ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

8 / 89
第八話 アリスの家

 ――翌朝。

 

 突撃アリスのお宅! とばかりに気合を入れていたら、魔法の森にあるアリスの住居へ強引に連れ去られた挙句、上空から放り投げられた。パラシュート部隊投入といった感じにぽいっとだ。危うく地上犬〇家を再現するところであった。

 

 一人だとどこに行くか分からないと、幽香が送り届けてくれることになってしまったためである。帰りはアリスがわざわざ送り届けてくれるらしい。私は小学生なのだろうか。……年齢的には10才だった。

 しかし、私も空を飛べるのに意味が分からない。せっかく太陽の畑から抜け出せたのに、幽香に首をつかまれたまま飛行してきたから全然自由を謳歌できていない。

 

 しかも、幽香が余計な手間を増やしやがってと嫌な顔をしていたので、「私一人でいけます。どうかお気になさらず」と、内心の笑みを必死に押し殺して進言したところ、頬を抓りあげられた。手間が増えたのは私のせいではないと最後の抵抗をしたら、鼻で笑われた。

 

 

「私に意見しようなんて百年はやいのよ」

「なら、百年経ったら?」

「私とお前の年齢差は永遠に変わらない。つまりはそういうことよ」

「…………」

「文句があるなら口に出しても構わない。ただし、発言には責任を持ちなさい」

「な、何もありません!」

 

 こんなやりとりだった。酷すぎる話である。しかし今日は我慢してやろうじゃないか。寛大な精神で!

 

 10年待った甲斐があり、ようやくあの忌まわしい太陽の畑地帯から解放されたのだ。こんなに嬉しい事はない。もう死んでもいいやとすら思える。……やっぱり今の嘘。なんだか楽しくなりそうなので死にたくなくなった。

 

 

「ここがあのアリスのハウスね……」

 

 

 呟きながらアリスの家の正面に立つ。というか一度お邪魔したことはあるけれど。あの時はいっぱいいっぱいで観察する余裕などなかった。しかも前は夜だったのでよく分からなかったが、小奇麗な洋風の住居。小さな花壇もあったりして、住んでいる人間のセンスが窺える。

 ちょこっとだけフォローすると風見家も悪くはない。むしろ自慢できる外装と内装なのだが。悪い思い出しかないので印象が最悪だ。季節の花とかが良い感じに飾ってあったり、花柄の小物や装飾が沢山あったりするのだけれども。

 住んでいる住民約一名に問題がある。ありすぎる。名前を言ってはいけないあの人だ。本人の前で呼び捨てにしたら、本気のグーパンがとんでくる。

 

 

 ――ここだけの話だが、風見幽香と色違いのこのチェック柄の洋服。なんと幽香のお手製である。わざわざ人里で下地を買って来て、似合わない裁縫をチクチクやっている。完成品は無造作に私の部屋に投げ込まれる。なんでやねん。

 最初は勘違いして、丁寧にお礼を言ったり、実はこれも隠れた愛なのかなぁとか思っていたけど、今は全くそうは思わない。多分、自分の服の耐久テストを兼ねているのだ。家電製品とか、わざとぶっ壊すまで稼動させ続けたりする。あれと同じ。鬼のような鍛錬のせいで私の服の耐久値が減るのは早い。

 

 

 余計な思考を振り払うようにゴホンと咳払いし、ドアを軽くノックする。気分がドキドキで高揚してくる。

 暫く待っていると、ガチャリという音と共に扉が開いた。アリスがいるかと思いきや。

 

 

「……人形。………な、なんて可愛らしい!」 

 

 

 上海か蓬莱かは知らないが、人形が開けてくれたのだ。残念なことに細かい違いまでは覚えていない。というか、違いがあるのだろうか。首をつっているほうが蓬莱か? やっぱり分からない。ごめんなさい。

 

 ――と、ぼーっと浮遊する人形の髪を撫でていたら、不審そうな表情のアリスがやってきてしまった。

 

「……はいらないの?」

「は、入ります」

「どうぞ」

「お、お邪魔します」

「あら。今まで人の家に行ったことなんてないでしょうに。礼儀はしっかりしているのね」

「……一般常識です」

「そう。幽香の教育のおかげかしらね」

「それは違います。あれに限って、絶対にありえません。習った覚えもありません」

 

 前の知識が役に立っている。そういえば、幽香は一度も突っ込んでこない。なんでそんなことを知っているのかなど聞かれたことはない。そこらへんは器が大きいのか、私に興味がない証左なのか。多分後者である。だってサンドバッグ候補だから。

 

 

「これ、悪魔――じゃなくてお母様からです。必ず渡せと言われましたので、先にお渡しします。私は死にたくないので」

「心の声が時折出てるわよ」

 

 アリスになんだか色々な植物が入った布袋を手渡す。興味を覚えて中を覗いたら、なんだかやばそうな色をした毒々しい植物が詰っていた。うわぁと思ったが、魔法実験に使うのなら納得がいく。

 

 

「うっかり間違えました」

「本人がいないと、大分余裕があるみたいね。饒舌だし」

「……あの、監視されていませんよね?」

「それは知らないわ」

 

 背中に冷たいものが流れていく。ハッと後方を振り返る。誰もいない。殺気も感じない。ささっと壁際に隠れて気配を探る。いない。多分いないと思う。いないはずだ。いないでください。

 

 

「……延々と見張っているほど幽香も暇ではないでしょう。さぁ、時間がもったいないわ。私も契約を交わした以上、やるべきことはやらせてもらうから」

「はい、分かりました。えっと、アリス先生と呼べばいいですか?」

「アリス、で構わない。些か奇妙な縁ではあるけれども、宜しくお願いね」

「こちらこそ、宜しくお願いします!」

 

 頭を直角に下げる。アリスは微妙な表情を浮かべている。

 

 

「その顔で、頭を下げられると、なんだか困惑するわね」

「やっぱりですか? お前の顔が気に食わないと何度も言われました」

「そ、そう」

「やはり整形したほうがいいですよね」

「そこまでする必要はないでしょう。あまり自分を卑下するものじゃないわ」

 

 

 フォローしてくれたが、やはりこの私の顔がまずいようだ。たとえば、目の前に紫がいたとして。小さな紫がいきなり現れて、馬鹿丁寧な態度を取られたら困惑するだろう。誰か私の顔をささっと整形してくれないだろうか。

 例えばあそこならどうだろう。

 

 

「永遠亭、とか?」

「……?」

「えっと、永遠亭って、今ありましたっけ」

「……さて、勉強を始めましょうか」

 

 

 アリスが話を強引に打ち切った。……思い出せない。紅霧異変のとき、永遠亭はどうなっていたっけか。さっぱり思い出せない。内容は結構覚えているのに、時系列が滅茶苦茶だ。私は年表とかを覚えるのが大嫌いである。

 

 

 

 

 

 

 ここは人形がたくさん飾ってある部屋。なんだか高級そうな机に座り、私はアリスから講義を受けている。ノートとペンを持って、気分は学校の授業である。そしてアリスは実に教師が似合う。人里の寺子屋でもきっとうまくやることだろう。いつか人里にいって、お団子とか食べたいものだ。賑やかなんだろうか。

 ――というか、幻想郷はどれくらいの生活レベルなのかとか、そういうこともよく分からない。結構栄えてるらしいことは、幽香がたまにかってくる商品からは窺えるのだが。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、アリスの言葉で大事そうなところをどんどんメモっていく。

 

 

「スペルカードルールについては、以上の通り。戦い方、決着のつけ方は全て暗記しなくても、自然と身についていくでしょう。でも、理念については確実に覚えておいて。このような勝負方法を、なぜ取り入れるようになったかはとても重要なポイントよ」

「はい、しっかり覚えます!」

 

 テストにでるらしい。というか、本当にテストを出されそうなので油断できない。あまりな馬鹿はもうこないで良いと、見捨てられたら悲しすぎる。

 

「ちなみに、スペルについては何か考えているの?」

「はい、一応こっそり考えていました」

 

 鞄にいれておいた、手製のカードを取り出して机の上に広げる。自宅にあった厚紙を使って、バレないように作成したもの。宣言のときに、相手に翳すだけだから、別になんでもよいのだ。丈夫なほうが勿論グッドだが。

 

 

「“草符:私の両手はタネマシンガン”、“花符:口からファイヤーフラワー”、“花符:素敵なパックンフラワー”、“草符:彼岸花の雑草魂”。……なんだか色物っぽいのが多いわね」

 

 オススメは口からファイヤーフラワーだ。口から火炎弾を大量に吐き出すスペル。私は草属性だけど、火も結構使えるのだ。見かけは派手なので宴会芸にもってこいである。なんだかお腹をぶちやぶられて、全身炎上しちゃいそうなイメージがあるけど。

 私の場合、毎回仮想敵が幽香となり、弾幕勝負がいつのまにか格闘戦になっているのだ。そして、つまらない技ねと一蹴されたあげく、秘孔を衝かれて私は死ぬ。……アリス先生、平和な弾幕ごっこがやりたいです。レベルは常時イージーで。

 

 

「初心者なので、分かりやすさを重視しました」

「そうみたいね。試行錯誤は大事だから、色々と試してみればいい」

「ありがとうございます。他にも色々と考えようと思っています。えっと、アリスは、人形を使ったものですよね?」

「ええ。……私はどんなスペルを使っていると思う? 適当でいいから、言ってみて」

 

 アリスが笑みを浮かべて問いかけてくる。綺麗な笑顔に思わず見とれてしまい、ぼーっとしながら考える。なんだっけ。えっと。

 

 

「確か、ドールズウォー? あとは、オペラ座だっけ……いや、グランギニョル座の怪人? うーん?」

 

 一瞬で綺麗な笑みが消えてしまった。こちらの目をじっと凝視してくる。敵意は感じないが、なんとなく居心地が悪い。私はビビりなので、相手の目を見て喋るのが苦手だ。

 逸らす振りをして出されていた紅茶に口を付ける。美味しかった。幽香のついでのついでに淹れてくれたものぐらい。でも、緊張しなくて良いぶんこっちの方が美味しい。

 

 

「念のために聞くけど、貴方、さとり妖怪ではないわよね?」

「もし心が読めたら、もう死んでるか叩き出されていると思います」

 

 鬱陶しいという理由で確実に。同じ容姿ということで減点100、心を読めたりしたらさらに減点。赤点確定でバッドエンド一直線だ。

 

 

「確かにね。それじゃあ、貴方のは予知能力の一種かしら。どこぞの吸血鬼は、運命を操るとか言っているらしいし。何がいても不思議じゃないかもね」

「私のは、ただの勘とうっかりです」

「後者は当ってそうね」

「えへへ」

 

 愛想笑いではない、慣れない照れ笑いを浮かべてしまった。愛想笑いは幽香の前では基本的に厳禁だ。ご機嫌とりなど誰が教えたの? と殴られる。それを分かっていても誤魔化すためにやってしまう。少しでもダメージを減らそうと試みて肉体が勝手にやってしまうらしい。

 

 知っていてはいけない情報を口に出すのは、余計な警戒をもたれることになるから注意しなければならない。だけど、うっかり口にでる。精神年齢が幼いせいだろうか。うっかりポカが多い。後は、思考にたまに黒い靄がかかると、何かを口走ったり、わけの分からない行動をとるときがあるようだ。……ようだ、というのは記憶が曖昧だからである。

 でも幽香は全然気にしていない。多分、頭が残念な子に思われているのだ。だから私も気にする事がなくなってしまった。他に気をつけなければならないことは山ほどある。例えば、命とか!

 

 

「そういうことにしておきましょう。別に、何か不都合があるわけじゃないしね」

 

 そういって、私の頭を優しく撫でてくる。ああ、優しさが身にしみる。私は優しくされる事に弱いようだ。弱点、人からの優しさ。しばらく、無言でそれを受け入れる。

 

 

「…………」

「ところで、いきなりの長話でお腹空いていないかしら。それに疲れたでしょう」

「ちょ、ちょっとだけ。でも、別に大丈夫です」

 

 食べなくても死なないけど、空腹感は自然と湧いてくる。なら食べたほうがいいよねと、大体の妖怪は考えるようだ。面倒くさがりは本当に食べないらしいけど。

 

「よければ、パンケーキを焼いてあげましょう。時間はこれから沢山ある。私達は焦る必要はそれほどない。少しずつ慣れていきましょう」

「……ありがとうございます。本当にありがとう。ありがとうございます」

 

 テーブルに額をくっつけて何度も感謝する。横にいた多分上海人形に、慌てて身体を起こされる。

 

 

「馬鹿ね。そう一々大げさにしなくてもいい。そんなことじゃ、いつか狡賢い輩に騙されるわよ? 幻想郷には悪魔が実在するのだから」

「そういう経験もしてみたいです。すでに不幸の最中なので、これ以上はまずないでしょう」

「好奇心旺盛なのもほどほどにしておきなさい。私が幽香に怒られるからね」

「はい」

 

 多分、怒られるのは私である。自分と同じ顔なのだから、みっともない真似を晒すなと。

 ……今度人形を使った呪いの掛け方でも聞いてみようか。藁人形とか。そんなことを一瞬考えたが却下しておく。あの悪魔には全く効きそうにない。大魔王バーンに即死魔法は絶対に効かないし、マホカンタまで使えるのだから。

 きっと私がぐったりと寝込むのだ。呪いを見事に跳ね返されて。最後には幽香の罵声と威力マシマシの折檻が待ち受ける。いつものパターンである。本当にがっかり。

 

 

「不幸を肩代わりしてくれる人形ってありませんか?」

「あるにはあるけど。物理的なものは防げないわよ」

「なんということでしょう」

 

 顔を覆って残念さをアピールしていたら、色々な人形が近寄ってきて、楽しげなダンスを披露してくれた。

 私は思わずおおっと唸り、いつのまにか全力で拍手をしていた。アリスは子供を楽しませる達人である。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。