ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第七十五話 神は、賽を振るか?

 幻想郷を赤く染める計画は順調に進んでいる。人里はもちろん、博麗神社、永遠亭、冥界、ありとあらゆるところに彼岸花は撒き散らされている。だがまだまだ足りないとルーミアは思っているらしい。やるなら徹底的にやらないと面白くないと。フランもだ。だが妖夢は一人難色を示す。

 

「……もう十分じゃないかな。誰がどう見ても、私たちの異変だって分かるし。これ以上やらなくても」

「全然足りないよ。もっと赤くしようよ。意味なんて後で考えればいいじゃない」

「私もそう思う! もっともっと赤くしたい!」

 

 高級そうなテーブルを囲んでいるのは、燐香、妖夢、ルーミア、フラン。少し離れたところで小悪魔が控えている。紅魔館を陥落させた瞬間、こちらに寝返ってきた。

 テーブルの上には、以前幽香の家で皆で作った幻想郷征服ゲームが乗せられている。その手書きのマップにフランが赤いクレヨンで、豪快に塗りたくっていた。彼女が赤く塗った場所は、すでに彼岸花の散布が終了しているということだ。

 

「燐香。これ以上は――」

「あはは、私のことは何も気にしないで大丈夫ですよ。存分にやりましょう。指示してくれれば、そこに蕾を飛ばしますから」

 

 一人だけ椅子に座っている燐香は、薄く笑った。その目は少しずつ、濁り始めている。以前のような感情豊かな目に戻ることは、もうないだろう。燐香は指を鳴らすと、一つの『蕾』を発生させる。この『蕾』を大量に生じさせて幻想郷中に飛ばし、彼岸花をばら撒かせているのだ。妖力源は黒い瘴気。今は負の力が増大しているため、黒に莫大な力をもたらしている。

 

「じゃあ、地底、天界、地獄がいいなぁ。隠しマップまで赤くなったら凄いよね」

「それいいね。鬼や天人、閻魔もびっくりするよ」

 

 ルーミアは手を叩いて賛同する。

 

「それを塗ったら完全制圧?」

「うーん。ここには裏ボスがいるんだよねー」

「誰それ」

「それは制圧してからのお楽しみ」

 

 ルーミアが意味深に嗤う。フランは教えてとごねているが、ルーミアは口に手を当てて絶対に教えないとアピールしていた。

 

「燐香は知ってる?」

「さぁ。誰なのかは大体分かりますが、どこにいるのかは知りません」

「そうなんだ。ま、後で分かるからいっか!」

「…………」

 

 先ほどから妖夢が視線で燐香を牽制しているのだが、それに気付く様子はない。そもそも、ちゃんと妖夢の姿が見えているかすら分からない。

 紅魔館を落としてから、燐香は一人で行動することはなくなった。ずっと椅子に座って、『蕾』を飛ばしているだけだ。

 その変調に、フランは気付いていないようだった。燐香の『蕾』の操作に忙しいという言い訳を、純粋に信じているのだろう。だから、これが最後だということも当然知らない。燐香は教えなくて良いと、妖夢に言った。最後の時まで、楽しい思い出を作りたいと。それが約束を果たす事になると言ったのだ。この異変を起こしたのも、フランとの約束を果たすためだった。

 ルーミアと妖夢は、燐香から異変前に事情を打ち明けられた。その上で、最後まで手伝って欲しいと告げられた。ルーミアは二つ返事で了解したが、妖夢は深く悩んでいた。だが、最後には燐香に付き合う事を選んだ。

 

「霊夢さんはまだ動きませんか?」

 

 燐香が霊夢の様子を尋ねる。彼女が動き出したときが、異変が佳境を迎える合図となる。

 

「多分、明日には来ると思う。それに、アリスさんも」 

「そうですか。最後にお母様と決着をつけたかったんですけど。難しそうですね」

「幽香さんは行方が掴めないくて。もし探した方がいいなら――」

「いえ、もういいです。それに、どういう顔をして会えばいいのか、本当言えば分かりませんし。向こうも会いたくないでしょう」

「ん? それってどういうこと?」

 

 不思議そうに首を捻るフラン。燐香は誤魔化すように笑うと、話題を変える。

 

「なんでもないですよ。それより、私がボス役で本当にいいんですか?」

「うん! だってお花の異変なんだから、燐香がボスじゃないと駄目だよ」

「あはは。ありがとうございます」

「……ね、本当に大丈夫? なんだか少し調子悪いみたいだけど」

「ええ、大丈夫ですよ。幻想郷制圧までもうひと頑張りです。花を全地域に咲かせたら、次はフランの仕事です」

「う、うん」

 

 最初は節目の年に起こる、花々の異常。これに便乗する形で、燐香は彼岸花を咲かせた。そして幻想郷中に行き渡される。これが異変の第一段階。

 そして、第二段階は更にフランの手により紅い霧を撒き散らすというもの。全世界を真っ赤に染めて皆を驚かせようというのが、この異変の一応の目的だ。最後はフランに花をもたせたいと、燐香は笑っていた。そして、そこまで自分はもたないだろうとも。

 

 燐香から事情を打ち明けられ、妖夢が協力を約束したとき。妖夢は、もう一つの仕事を依頼されている。

 それは、燐香の“白”が“黒”に呑まれそうになったら、直ちに始末してくれというもの。白が自壊するならば、黒は霧散するだけで済む。恨みを向けられた人間には相当の被害がでるだろうが、それで終わりだ。

 だが、白が黒に呑み込まれてしまった場合、彼岸花を“黒化”させる命令を確実に出してしまうと燐香は言った。そうなれば大災害とも呼べる事態を呼んでしまう。

 花を操るのは白の燐香の能力。黒はそのエネルギー源。だから、花を操るには白を取り込まなければならない。つまり、起爆スイッチの役割なのだと、燐香は淡々と説明した。

 話のあまりな内容を聞いて激怒する妖夢に、燐香は困ったように苦笑していた。

 

『そうなる前に、八雲紫か死神が始末しにくるよ。だから、これは保険。でも、もし誰もこなかったら、その時はよろしく』

 

 そう言うと、妖夢とルーミアの手を取り、何かを送り込んできた。それは、黒い瘴気だった。

 

『あとでフランにも渡すけど。この力を使えば、確実に白を潰せる。しかもこの異変の間だけパワーアップできちゃうし。つまりボーナスタイムだね。ちょっとずるいけど、黒幕側の特権だよ』

 

 妖夢は苦悶の声をあげていたが、ルーミアとは相性が驚くぐらいに良い力だった。これならば、とルーミアはリボンを触っていた。

 後で渡されたフランも、特に苦もなく力を受け入れた。彼女は少し気が触れているからだろう。常識人ほど苦しむということだ。

 

『異変の後でもしも怒られたら、私とこの瘴気のせいにすればいいよ。それで全部上手く回るから』

 

 燐香はそう言って、穏やかに笑っていた。

 

 

 

 

「皆さん、お食事の用意ができましたよ。腹が減っては戦はできぬと言いますし、よければいかがです? 私の私財をはたいて、豪勢な食事にしてみました。」

「お前、毒でも入れたんじゃないの。大抵ろくなことしないし。というかパチュリーに情報流してるでしょ」

 

 フランが冷たく言い放つ。小悪魔の本性を本能的に感づいているのだ。

 

「滅相もないですよ妹様。私は皆様の忠実な僕です。疑われるのは心外ですねぇ」

「ふーん。まぁ、何かしたら握りつぶすだけだしね。今日はいつもより魔力が満ちてるからさ」

「嫌だなぁ。この私が悪さなんてする訳がないじゃあないですか。そうでしょう、妹様―ーいえ、今は偉大なる当主様でしたか」

 

 いけしゃあしゃあとおべっかを述べる小悪魔を、胡散臭げに眺めるフラン。だがすぐに興味をなくしたらしい。妖夢は汚いものを見るような目で睨んでいる。

 ルーミアは心からどうでもいいので、一度も小悪魔とは話をしていない。

 

「だってさ。一応食べに行く? 料理の腕は確かだよ。性格は糞だけど」

「私は結構です。見回りでもしておきます」

「お腹空いたし、いいかもねー。私は毒じゃお腹壊さないし」

 

 ルーミアは同意する。気分的には人間を丸ごと噛み千切りたい気分だ。この黒い瘴気を纏っていると、食欲がどんどんと溢れてくる。妖怪としての本能を刺激される気がする。後で懲罰を受けても良いから、人里を襲いに行きたい気分になる。

 だが、まだ駄目だ。もう少し我慢しよう。楽しみはまだまだこれから。それに、まずないと思うが、もしも、もしもルーミアが当たったら。

 

「燐香は、どうする?」

「……そうですね。明日は忙しくなりそうですし。早くご飯を食べて、少し休息を取りましょうか」

「うん、分かった」

「じゃあ先に行って何があるか見てくるね! 罠があるかもしれないし!」

「だからそんなことしませんって。これからが本番なのに自分でケチなんてつけませんよ」

「意味分かんないし」

 

 フランは小悪魔を引き連れて食堂へ向かって行った。それを見送ると、妖夢は燐香の肩を持ち上げる。やはり目が見えなくなっているようだ。黒の侵食はかなり進んでいるらしい。異変の最後までもつだろうか。ルーミアの見る限り、明日、太陽が落ちるぐらいが限界だろう。

 

「……調子は」

「ご心配なく。完全に見えないわけじゃなくて、世界が歪んで見えるだけです。結構吐きそうですけどね」

「じゃあ、いいものがあるんだけど。食べる?」

「遠慮しておきます」

「ミント味のキャンディーだよ。気分がすっきりするかも」

「……ならいただきます」

 

 ルーミアがポケットから飴玉を取り出すと、包みをほどいて燐香の口に放り込む。燐香はそれを舐めながら、歩き始める。

 

 ルーミアは燐香と妖夢の後姿を眺めながら、口元を歪める。燐香はこれが最後の異変、そして明日で全てが終わると考えているようだが。

 

(それじゃあ、あんまり面白くないよね。だって、それだと燐香のシナリオ通りだし。なんだか面白くない)

 

 燐香の考えを裏切った方が、面白くなる。今までもそうだった。ルーミアが彼女の考えを裏切ると、燐香は面白いリアクションをとってくれる。見ていて楽しいし、隣にいて面白い。だからルーミアは彼女の友達なのだ。よって、勝手に消えることは許さない。ルーミアはまだまだ全然遊び足りない。

 だが、この異変はどう転がるか本当に予測できない。燐香のシナリオ通りにいかないのは確か。だが、他の不確定要素が多すぎる。だから、ルーミアも流れに任せることにした。その方が面白そうだから。

 

(ルーレットの玉がどこに落ちるか分からないけれど。……もしも、もしも私の所に落ちたなら)

 

 ルーミアはリボンを優しく触りながら、歯を剥き出しにする。そのときは遠慮しない。全部巻き込んでやろう。全部巻き込んで黒にしてやる。燐香は白も黒も逃がさない。霧散などさせるわけがない。全部取り込んで、最期まで一緒だ。

 

 ――私たちは、心の友なのだから、いつまでも一緒なのは当然である。

 

 

 

 

 

 最後の晩餐を終えて談笑していると、あっと言う間に日付が変わってしまった。休息を終えた私たちは、主の間に場所を変える。私は、異変につきあってくれる友達に視線を向ける。

 フランはやる気満々で笑っている。ルーミアはいつも通りに笑っている。妖夢はどことなく沈んだ様子。だが、私と視線が合うと無理矢理に笑ってくれた。

 全部私の勝手なイメージ。もう彼女たちの表情は分からない。多分、あっていると思う。

 

「じゃあ、私はここで、ひたすら彼岸花を咲かせ続けるから。皆は、出来る限り時間を稼いで。地底、天界、地獄にまで私の花が咲いたら勝ち。もしくは全員撃退しても勝ち」

「そうしたら、私が霧をばら撒いて勝利宣言するんでしょ?」

「そういうことです。ですから、私を頑張って守って下さい。『蕾』を操作している間は無防備ですから」

「うん、分かった! さっき魔力を適当にばら撒いたから、妖精たちが更に興奮し始めると思う。それに美鈴もいるから、少しは時間を稼げるかな?」

 

 フランが悪い笑みを浮かべながら嗤っている。外ではメイド妖精たちが発狂したように飛び回っているようだ。甲高い声が喧しいほどだ。

 

「どうかなー。多分全員一撃じゃないかなー。美鈴は知らないけど」

「ご飯抜きだったから駄目かもね」

「持って行こうとしたら、フランが食べちゃったんだよね」

「ルーミアも食べてたじゃん。中途半端は良くないって全部」

「まったく」

 

 妖夢が溜息を吐いて呆れている。

 

「あはは。二人ともひどいですね」

「妖怪だしね!」

 

 私たちは声をあげて笑う。

 

「じゃあ何か軽く届けてあげて下さい。飲まず食わずは可哀想です」

「うん、分かった」

 

 頷くフラン。私は隣に控えている小悪魔に話しかける。歪んで見えるが、輪郭で大体分かる。

 

「そろそろ図書館に避難していたほうがいいですよ。流れ弾に当たるかもしれません」

「うふふ。こんなに心が躍るビッグイベントなのに、大人しく避難していろなんて殺生です。是非、この目で最後まで見届けさせて下さい。勿論、巻き込まれたくないのでこっそり潜んでます。巻き添えはお断りです」

「本当に、性格が腐ってますよね。最初会ったときも酷い目に会いましたし」

「あ、覚えてましたかぁ?」

「下手をすれば、あのとき暴発していましたよ」

「そうですよねぇ。しかし、今回はどう転んでも、ぐふふっ。いやぁ、ありがとうございます。貴方のおかげで、絶頂を迎えられそうです。そうだ、誰かに伝えたい事があったらなんでも言って下さい。メッセンジャーやりますよ?」

 

 気味の悪い笑い声をあげる小悪魔。私は少し悩んだ後、首を横に振る。もう伝えたいことはない。いまさらさようならを告げてどうしようというのだ。もう賽は投げられたのだ。

 

「そうですか。では、代わりに私が気の利いた言葉を皆さんに送っておきますね」

「どうぞご勝手に。……じゃあ、始めましょうか」

「おー!」

 

 フランが腕をあげる。ルーミアが顔を歪めて妖怪っぽい笑みを浮かべる。妖夢が自慢の二剣を握りなおし、口を開く。

 

「第一波は私が受け止めます。多分博麗霊夢でしょうから。アリスさんの担当は、ルーミアでいいですか?」

「いいよ。というか誰でもいいよ」

「魔理沙にパチュリーさんも来るかもしれませんよ?」

「全員相手してあげるよ。今日はパワーアップしてるからね」

 

 ルーミアが右手をにぎにぎしている。

 

「私はどうすればいいの?」

「多分、レミリアさんと咲夜が紅魔館の奪取に来るでしょう。そちらをお任せします。太陽が出ていますので、中で迎え撃って下さい」

「うん分かった! あはははっ! またお姉さまの悔しがる顔見れそう! 今度は咲夜をもらっちゃおうかな?」

「……あと燐香」

「はい? あ、私はここにいるつもりですけど」

「何かあったら直ぐに来るから。小悪魔を寄越して。もしくは蕾でもいいから」

「あはは、それは頼もしいですね。そういえば私の用心棒でしたっけ」

 

 おどけるが、返事はない。どんな表情をしているかまではもう分からない。だから私は笑っておく。

 

「…………」

「ああ、そうだ。もしも」

 

 私は、絶対にないと思うが、もしものことをお願いしておく事にした。

 

「お母様が来たら、私のところまで通してください」

「……うん。分かった」

「あの人とは、私が決着をつけなくちゃいけませんから。まぁ、来ないと思いますけど。今まで、酷いことばかりしてきましたから」

 

 長い間本当にお世話になった。白の私には分かる。沢山迷惑を掛けてしまった。今までは、それを感づいてはいけなかった。だから、気付かないようにしていた。でももう良いのだ。黒の憎悪の対象はすでに人間へと変わっている。今なら素直に色々と話せそうだが、残念ながら時間がない。最初からバッドエンドしか用意されていないのだから、どうしようもなかった。ならば、せめて楽しく踊ることにしよう。そうすることで、私という存在がこの世界に記憶される。馬鹿な真似をした花の妖怪がいたと、稗田阿求が残してくれる。それでよしとしよう。

 

「では、花々の異変――彼岸花異変はこれからが本番です。後世に残るくらい、派手にやるとしましょう!」

 

 私は瘴気を全身に漲らせて蕾を限界まで作成。あっと言う間に力が膨れ上がる。人間への恨みと妬みが凄まじい。こんなに大量だと個々での制御などできないが、もうする必要もない。私は、それらを両手を広げて一斉に散開させた。蕾たちは紅魔館を飛び出し、それぞれの目的地まで飛んでいく。私の最後の制御が効かなくなれば、即座に人間を殺害するための毒花に変化するだろう。それが幻想郷中に仕掛けられているのだから、真実を知る者は顔を青くしているはず。例えば八雲紫とか。まぁ、そうはならないのだけど。

 

「じゃあ、行ってくるね!」

「また、後でね」

「……絶対に無理しないように」

 

 フランたちはそれぞれの持ち場に向かっていった。これが最後になるかもしれないので、彼女達の背中をしっかりと目に焼き付けておく。この一年とちょっと。本当に楽しかった。あーあ、もっと一緒に遊びたかったなぁ。

 

「博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、アリス・マーガトロイド。さーて、誰が最初にここにたどり着くかな。ああ、本当に楽しみだなぁ」

 

 私はたった一人、玉座に深く腰掛けて、その時を待つ事にした。こういう黒幕というのははじめての経験なので、中々新鮮である。

 私の予想だと、霊夢が本命だ。彼女に始末されるのが、一番後腐れがないのかもしれない。相性的にも、霊夢の力は私たちへの効果は抜群だ。容赦なく殺してくれるだろう。物語的には一番のハッピーエンドになりそうだ。

 

 ――なんにせよ、死神に首を刈り取られるオチだけは勘弁してほしいものである。




次回は、4つ一気に投稿予定です。見直しが大変です。
まだ完結ではないですが、構成上そうなります。
前書きに注意事項を書きます。

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