ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第七十四話 分水嶺

「今戻ったぜ。燐香の出した『蕾』がそこら中を飛び回ってて、外は相変わらず賑やか極まりない。妖精も気に当てられて大騒ぎだ」

「……そんなことは言われなくても分かってるわ。それで、人里の様子はどうなの?」

 

 魔理沙は、挨拶もなしにアリスの家に入り込んだ。ノックをして開けてくれる親切な者は誰もいなかった。

 アリスは完全に作業に没頭。パチュリーがノートに筆ペンを走らせながら、気だるそうに声を掛けてくる。

 

「それはもう大騒ぎと思いきや、慧音が上手いこと抑えてたぜ。60年ごとの節目に起こる、通過儀礼みたいなもんだとか言って。阿求も誤魔化しに協力してたし。ついでに、変なもんぺ女が炎で一掃して見せたのも効いてるな。まぁいたちごっこなんだけど」

「既に被害は出ているのかしら」

「作物に影響が出始めてるみたいだ。北にある集落は、完全に彼岸花で埋め尽くされてたぜ。あれは誰が見ても引くぞ」

「幸い、死人は出ていないと。なら、まだ八雲紫は様子見ということかしら」

「……多分な。霊夢もまだ出かけてないみたいだったし」

 

 人前では平然としていたが、直接話を聞くと、慧音は苦悩の表情を浮かべていた。このままではいずれ暴動が起きかねないと。とはいえ、魔理沙から見れば人里はまだそれほどではない。

 咲いている彼岸花の量には明らかに差があった。貧しい集落ほど、彼岸花の咲く量が凄まじい。狙い済ましたかのように、特定の家屋をつぶしていたりもする。慧音は言葉を濁していたが、被害が顕著なのは、どうやら子供を捨てた家とのことだ。その住民は子供の祟りだと恐れ戦いて、半狂乱、もしくは発狂したとか。なんともやりきれない。

 燐香が意図したものではないと思いたい。だが、このまま放置しておけば、取り返しがつかないことになる。アリスいわく、恨みを晴らした怨念は、満足すると消え去ってしまうとのこと。

 

「なるほどね。それじゃあ報告ご苦労様。もう帰ってもいいわよ」

「おい。私はお前の使い魔じゃないぞ。命令するなよ」

「なら勝手に手伝いなさいな。できることは何もないでしょうけど」

 

 パチュリーは興味をなくしたように視線を戻す。魔理沙は思わず顔を引き攣らせるが、手伝えることは今はないのも分かっている。つまり、パチュリーの言動に文句をつけることはできないということだ。

 

「そういえば、紅魔館の様子はどうなんだよ」

「完全に制圧されたみたいね。レミィと咲夜は博麗神社に逃げ込んだって、小悪魔から連絡があったわ。美鈴は門番として雇われたみたいよ」

「……いいのかそれで」

「妹様がいるんだから、雇用契約上は問題ないでしょう。ちなみに、小悪魔は雑用係としておかれてるみたいね」

「はは、そりゃあ良かったな。お前の予想じゃ、半々の確率で始末される予定だったんだろう?」

 

 アリスから燐香が襲撃に行くと忠告を受けていたパチュリーは、紅魔館を脱出することに成功していた。レミリアにも一応伝えたらしいが、当主が逃げられる訳がないと一蹴されたらしい。そこであっさり頷けるパチュリーもどうかと思うのだが、本人は全く気にしていない。だが、アリスの研究に協力する事が異変解決に繋がると考えているに違いない。……多分。

 

「折角だからスパイとして使うつもりなんだけど、こっちを裏切る可能性もあるのよね。アレ、腐っても悪魔だから」

「そりゃあ厄介だな。あいつ性格が腐ってるから、普通に嘘つくだろうし」

「その時はその時よ。私に反旗を翻したら誅殺するだけだもの。次はもっとまともな悪魔がいいわね」

 

 物騒なことを言うパチュリー・ノーレッジ。やっぱりこの女は魔女だった。やるといったら絶対にやるだろう。

 というか、まともな悪魔ってなんだ。 

 

「まぁお前達主従のことだから勝手にしてくれ。それより、例の人形はどうなんだ?」

「……見ての通り難航中ね。実際に白と黒を閉じ込められるかなんて、やってみないと分からない。理論上はできるはずだけど、実験している時間はない。つまり、ぶっつけ本番になる」

 

 汗を滴らせながらひたすら人形作成に没頭するアリスに代わり、パチュリーが淡々と説明する。パチュリーの担当する術式は既に完成しているらしく、今は優雅にお茶を飲んでいた。手伝おうにも、人形関連だから手が出せないのだろう。それは魔理沙も同じ。だから外の様子を見に行っていたのだ。

 

 遠目から、作業の様子を眺める。

 

「しかし、どう見ても本物だよな、アレ。一体どんな素材使ってるんだ」

「それは企業秘密でしょうね。素材のいくつかは提供したけれど、全ては分からない」

「……本当、怖いくらいに精巧だ」

「アリスの技術は超一流だもの。当然ね」

 

 作業台の上に置かれている子供の大きさの人形。髪は燐香を模して赤髪だ。身体には人工皮膚のようなものが貼り付けられ、肘や膝などの球体部が上手く隠されている。これに服を着せてしまえば、絶対に見分けがつかなくなる。

 アリスはそれぞれの部位に、魔力を篭めながら何か呪文のようなものを刻み込んでいる。光の文字が刻まれるが、すぐに消えていく。

 

「……あれがヨリシロになるわけだ。で、花梨人形は何に使うんだ?」

「あれには特殊な魔法陣が刻まれている。できるだけ対象と一緒にいさせることで、性質を馴染ませていた。それを本命の人形に移植することで拒絶反応を防ぐのよ」

「拒絶反応?」

「いきなり見知らぬモノに移された場合、普通は精神が持たないのよ。だから、魂の移植にはヨリシロとなるものが必要なの」

 

 太古の昔から、魂を移植する禁断の実験とやらは繰り返し行われてきたらしい。どれもこれも悲惨な結末に終わったようだが。それとも、成功した奴が記録に残していないだけなのだろうか。それは当人にしか分からない。

 と、そこであることに気がつく。

 

「あれ? でも、あいつに魂は……」

「ええ、ないのでしょう。騒霊に近い存在なのかしら。なんにせよ、これは成功率を上げるための保険――もしくは気休めね」

 

 そう言って、目を閉じてカップに口を付けるパチュリー。アリスが小刀で呪文を刻んでいく音だけが部屋に響く。

 彼岸花があちこちに咲き出してからもう三日は経つか。それと同じ時間、アリスは作業に打ち込んでいる。目は充血し、自慢であろう金髪もボサボサ、顔はひどく青白い。声をかけることが躊躇われるほどの形相だ。

 

「凄まじい集中力だぜ。鬼気迫るというか」

「それが魔女というものでしょう。貴方にも経験があるのじゃなくて?」

「……そりゃまぁ」

 

 魔理沙は溜息を吐きながら、カップに紅茶を注ぐ。すっかり冷めていた。

 月の異変の後、魔理沙は自分の情報と推測を打ち明けた。アリスはかなり悩んでいたが、やがて事情を打ち明けてくれた。魔理沙の行動を縛る目的もあったのだろうが。確かに、魔理沙は行動を制限されてしまった。今関われば、爆発しかねないというのが理解できてしまった。

 

 そして、アリスは近いうちに訪れるであろう破綻に備え、ある計画を準備していると明かしてきた。そして、嫌悪しているはずの自分に頭を下げて協力を求めてきたのだ。それほどまでに時間が足らず、事態は差し迫っていたのだろう。

 アリスは人形の製作、協力者のパチュリーは術式の構築。そして魔理沙は情報収集と、移植実行時における魔力供給係。ぶっちゃけ自分はいなくてもいいのだが、余計な行動をさせないためなのだろう。

 このまま放置しておけば、ただでさえ少ない時間を縮めかねないとアリスは判断したようだ。

 色々と遺憾ではあるのだが、何も知らされていなければ間違いなく突っ込んでいたのは確かだ。もしそうしていたら、どうなっていたのかは考えるまでもない。魔理沙が殺されるか、燐香が霧散するか。異変が佳境を過ぎれば、燐香は確実に暴走する。そうなれば、人間相手に容赦することは一切ないと、パチュリー先生のお墨付きである。

 

「なぁ、パチュリー」

 

 カップを置いた魔理沙は、アリスに聞こえないように極めて小声で問いかける。

 

「……なに」

「私たちは、間違ってないよな?」

「どうしてそう思うの?」

「いや、なんとなくだけど」

「曖昧ね。そう考える根拠を聞かせなさい」

「……何か、こう、しっくりこないというか。理由はないんだけど、そんな気がして」

 

 全く論理的ではないので、自然と声が小さくなっていく。

 

「直感や閃きというのは、新しいものを生み出すときにはとても有用よね。天才というのはそういうものらしいわよ」

「遠まわしに馬鹿にしてるのか? いや、絶対にしてるよな?」

「違うわ。そういう考え方もあるのかと感心しているのよ。私にはできないから」

「悪いが全然嬉しくないぜ」

 

 燐香を構成する黒が暴走する前に、全てを人形に取り込んで霧散を防ぐ。それがアリスの計画だ。

 六十年ごとに起こるこの異変――回帰と再生の年。その時が近づくにつれ、燐香の様子はおかしくなっていった。何らかの要因で、彼女を構成する白と黒のバランスが崩れるからだ。負のエネルギーが強まるからではないかと、パチュリーは言っていた。

 

 これに燐香が耐え切れなければ、自我を失い暴走する。黒が優勢になれば、人間への恨みを晴らすべく行動し、最後には消える。それが黒の本能だから。白はそれを抑えるためだけに用意された存在。その二つが奇跡的なバランスを維持する事で燐香は存在していた。

 幽香はその白を鍛え、さらに黒の本能を自分に向けようと必死に努力した。黒は恨みを晴らすまでは消えることはない。だから、なんども叩き潰し、いつまでも黒に立ちはだかる壁になろうとした。娘に死ぬ程恨まれても。

 だが、結局黒は本能を取り戻してしまった。まだ完全に暴走していないのは、白が瀕死で生き残っているからだろう。

 アリスは、そのバランスを維持することは一旦保留、その構成要素を全て人形に取り込むことを考えた。時間さえあれば、いずれ燐香を再生させることができる。なぜなら自分達は魔女であり、時間は無限に存在するのだから。

 

「実際のところ、どうなるかは私も分からないわ。不確定要素が多すぎる」

「でも、他に手はないんだろう?」

「暴走するであろう風見燐香。人間に対する負の思念、感情の塊。それを説得できる自信があるなら、やってみたらどうかしら。……ああ、怖い。貴方のせいで睨まれたわ」

 

 アリスがこちらを睨んでいる。魔理沙が視線を背け、パチュリーがカップに口を付ける。アリスは無言でまた作業に戻る。あれでは本当に幽鬼である。夜中外で見たら、大半の者が悲鳴をあげるだろう。

 

 パチュリーがアリスに聞こえないように小声で話し始める。

 

「貴方や博麗霊夢のように活力を持った人間が彼女の前に姿を見せたら、その時点で暴発するかもしれない。餓狼の前に生肉を置くようなものだもの。自殺願望と破滅願望があるなら止めないけれど」

「期待に添えなくて悪いが、私は止めておく。大体、その前に怖いお姉さんに首を刎ねられそうだぜ」

「それが賢明ね。今のアリスは、冗談が通じるような精神状態じゃないわ。気をつけなさい」

「…………」

 

 魔理沙はソファーに寄りかかり、天井を見上げる。もう時間はない。そのうち霊夢が動き出す。霊夢が出張れば異変はあっと言う間に解決するのだろう。あいつはそういう存在だから。そして燐香は確実に死ぬ。幻想郷への被害は大きいのだろうが、それでも霊夢が勝つ。

 その前にアリスの移植術を実行しなければならない。霊夢の足止めは魔理沙が行うつもりでいる。例え敵わないとしても、時間稼ぎくらいはできる自信はある。それに、自分がいなくても、アリスとパチュリーがいれば術式は実行できる。だから、それが最善だ。

 ――だが。

 

(……やっぱり、何か間違っている気がする。いや、見落としているのか? でも手段は他にない。……なら、このままいくしかないのかな)

 

 魔理沙は迷っていた。いつもは鬱陶しく感じる声が、聞きたいと思った。お前は間違っていないと、背中を押して欲しかった。

 ――何故かは分からないが、『いつまでも甘えるんじゃない』と怒鳴られたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんでこんなことに? ちょっと展開が急すぎない? 訳が分からないんだけど!」

 

 はたては死ぬ程焦っていた。写真を現像して、カラスを使ってそれを燐香に届けさせて一仕事終了。紫のバラの人からただの引き篭もりに職種を変え、ぼけーっとのんびり昼寝したりして過ごしていたら、妖怪の山の状況が一変していた。赤くなっているのは山だけじゃなく、慌しく飛び回る天狗の顔もだった。

 

「ちょっと寝てる間に殺伐としすぎでしょ!」

 

 大天狗が意味深に唸り声を上げ、哨戒の白狼天狗は無意味にあたりを飛び回り、性悪鼻高天狗たちは猛烈にピリピリしているらしい。らしいというのは、はたてが見事に寝過ごしたせいで、集会に参加できなかったからである。いなくてもだれも気がつかないという存在感のなさは如何なものだろうか。文いわく、気付かれていたら粛清されていたと言われた。本当に物騒な山である。

 で、何がおこったかと言えば、幻想郷中にお花が咲いているらしい。メルヘンで実に良いじゃないかとほんわかしていたら、文に間抜けを見るような目で呆れられた。

 咲いていたのは彼岸花。幻想郷の平地を赤く埋め尽くすほどに咲き乱れているらしい。しかもその勢力圏がいよいよ妖怪の山にまで延ばされてきたのだ。お偉方は山への挑発行為と受け取り、臨戦態勢に入ったようだ。

 天狗の住居にまで彼岸花が現れたのだから放置できるわけがないとのこと。たかが花ぐらいで本当に喧しい連中である、彼岸花は食べられるのだから、別にいいじゃない――と、寝起きのはたては思ったのだが。肝心なことを忘れていた。彼岸花の異変とくれば、もう該当するのは一人しかいない。この状況は間違いなくやばいと気付いたはたては、即行で着替えて歯を磨いてお茶を一気飲みしてから家を飛び出したのであった。

 

「あーとにかく急がなくちゃ!!」

「ちょっと。そこの馬鹿はたて。アンタ集会すっぽかしたくせに、一体どこ行こうってのよ」

「うん、ちょっとお散歩に――」

「そんな暇があるなら早く詫び入れにいってきなさいよ。アンタがいなかったことに気付いたみたいで、上役連中カンカンよ?」

 

 全速力で山を抜け出そうと飛んでいたのだが、文に余裕で追いつかれてしまった。

 というか今更気付いて怒り出すなんて実に理不尽である。ずっと忘れていてくれれば良いのに。 

 

「私のことは放っておいて。いてもいなくても同じだから」

「それは知ってるけど、他の天狗に見つかったら牢にぶちこまれるわよ」

「大丈夫。私は捕まらないから」

「はぁ。どこからそういう自信がでてくるわけ? 馬鹿なの?」

 

 ちなみにどこに向かえばいいのかは自分でも良く分からない。ただ、このままでは致命的にまずいというのは分かる。

 なんでもっと早く気がつかなかったのか。今思えば、この節目の年に向けて風見幽香は足掻いていたのだ。「あーなんて馬鹿だったんだ」とはたては涙目になる。しかし、何か取る手があったかといえば何もない。自分のしたことといえば、ちょっと気の利いたお土産を届けたくらい。

 冷静に考えると、別に助けてやる義理はないのだが、放っておくには知りすぎてしまった。今更見て見ぬフリはできない。主に自分のために。ここまで知ってしまってからバッドエンドというのは、はたての精神に激しくきそうな気がする。更に引き篭もりになっちゃいそうだ。

 

「ほら。悩んでないで帰るわよ」

「しつこいなー。とにかく私は行くの。ウザイ上役には適当に上手く言っておいてよ」

「この馬鹿! もう哨戒天狗に見つかってるわ! ほら、後ろ後ろ」

「――うげっ!」

 

 犬走椛と白狼天狗たちがなぜかこちらに向かっていた。

 

「なんでこんな辺鄙なところ警戒してるわけ? あの天狗たちそんなに暇なの?」

「この厳戒態勢で、山の上を全力でぶっ飛ばしてたら警戒にひっかかるわよ。しかも、あの引き篭もりで有名なはたてが血相を変えてればねぇ。余計に悪目立ちするってわけよ」

 

 言いがかりだと思ったが、抜け出すのはまずいのは確かだった。

 

「そんなぁ。じゃあ文! 私の代わりに足止めよろしく!」

「ふざけんなこの馬鹿。ほら、さっさと帰るわよ。上手い言い訳を考えておきなさい」

「それは駄目! 多分だけど、私は行かないといけないし」

「だから意味わからんわ! 馬鹿やってると本当に粛清されるわよ!」

 

 粛清という言葉に思わずビビってしまいそうになるが、烏天狗を舐めるなとはたては気合を入れた。だが、日頃の運動不足が祟って身体がだるい。

  

「姫海棠はたて! 大人しく縛につけ!」

「ふん、犬が偉そうに」

「射命丸殿、我々は大天狗様に命じられての任務中です! 邪魔立ては止めていただきたい!」

「おお、こわいこわい」

 

 文が鼻で嗤うと、白狼天狗の顔が真っ赤になった。どうしていきなり怒らせているのか。

 

「捕まるのは嫌だし無理。椛、後生だから助けてよー。一応知り合いじゃない」

「申し訳ありませんがお断りします。……戻ってからお話は窺いますので。とにかくついてきてください」

 

縋るように犬走椛に視線を向ける。ちょっとだけ眉を顰めた気もするが、手心を加えてくれそうにはない。椛は真面目だから。文も足止めにはなってくれない。つまり、ここは逃げの一手しかない。

 

 

「そっか。残念無念。とにかくここは逃げないと」

 

 はたては大きく息を吸い込んだ。

 

「観念しないのならば、少し痛い目に遭ってもらうまでだ!」

 

 白狼天狗たちが弾幕を放って来る。ひらりと回避。言うほどひらりではなかったが、そういう気分で。文は当たり前の如く回避。はたてと違って戦闘経験が違うのだ。

 

「危ない危ない。やっぱたまには運動しておかないと駄目だねー。文はさすがだね」

 

 はたてはさりげなく文を褒めてあげた。

 

「姫海棠はたて、そして射命丸文! 貴様ら一体何を企んでいる!」

「はぁ? なんで私まで一緒なのよ。というかお前、誰に偉そうな口聞いてるの?」

 

 烏天狗は白狼天狗より偉いのである。普段こんな口を文に聞こうものなら、本気で半殺しにされるであろう。だが、今は少々状況が異なるらしい。地位と権力に弱い天狗がそれを無視するときは、何かしら材料があるときである。

 

「この緊急時に、山を逃げ出そうと企む連中に払う敬意などないわッ! 大天狗様も、きっと分かっていただけよう!」

「はぁ? だから、私はこいつを止めようと――」

 

 はたてはピンと閃いた。凄い名案を思いついてしまったので、指をパチンと鳴らして注目を集める。

 

「ふふふ。もはやこれまでという訳ね。そう、私と文は何かとてつもないことを企んでいるの! 聞いたら大天狗が腰を抜かすようなのをね。で、詳しく知りたかったら文に聞いてね! それはもう凄い詳しいから!」

 

 文も強制的に巻き込む事にした。死なばもろともである。後でお団子でも奢れば許してくれるだろう。多分。

 

「はぁ!? お、お前、何言い出してんのよ! ちょ、ちょっと待って。私はこれっぽっちも関係――」

「やはり謀反を企むか! 最早問答無用だッ!! 取り囲んで抹殺せよ!」

「お覚悟!」

 

 年配の白狼天狗が号令すると、白狼天狗たちが速度をあげて襲いかかってくる。椛などは一気に肉薄して斬りつけてくる。文はそれを上手くいなして、強烈な風で吹き飛ばす。

 

「この馬鹿犬どもがっ! 少しは私の話を聞きなさいよ!」

「ええい、聞く耳もたぬ!」

「あー、だから全部誤解だって言ってるのよッ! なんで私が裏切らなきゃいけないの!」

「とりあえず私は逃げることにしょうかな。それじゃお先に!」

「待ちなさいはたて! というか全部お前のせいだろうが! ぶっ殺すぞ!」

 

 激昂する文を置いて逃げ出すと、直ぐに追いかけてくる。

 ここまでは大体計算通り! というわけで文と一緒に逃走開始。椛たちは攻撃しながら執拗に追いかけてくる。さて、どこに逃げ込もうか。というか、このまま紅魔館に行ってしまうか。しかし、行ってどうするのだ。説得する? あの状況では無理だろう。あーどうすればいい。

 

「あー困ったなー!」

「それは私のセリフだ! な、なんで私がこんな目に!」

「日頃の行いじゃない?」

「お前が言うな!」

 

 ――と。頭を掻き乱しながら、後方からの攻撃を回避したとき。前方から凄まじい勢いで何かが飛んできた。頬を掠めたそれは、後方にいた白狼天狗の肩に突き刺さると、まるで感電したかのように痙攣してから墜落していく。

 飛んできたのは一本の矢だった。天狗は頑丈だから死んではいないだろうが、かなりの衝撃だったらしい。落ちていく天狗は完全に意識を失い白目を剥いていた。

 

「……全く。姫の我が儘にも困ったものね。下手をすれば妖怪の山と全面戦争になるわよ」

「ほ、本当にいいんですか? これってヤバイんじゃないですか? ヤバイですよね? ね、師匠?」

「ええ、あちらに気付かれれば戦争確定ね。ただし、死人に口なしとも言うわ。優曇華、私が撃墜するから、全員狂わせていきなさい。絶対に一匹も逃がすな」

「は、はいっ!」

 

 どこぞで見覚えのある人間が二人いた。永遠亭の八意永琳と、鈴仙・優曇華院・イナバだ。八意永琳は次の矢を構えている。天狗達は慌てて刀を向け直すが、その間にまた一人撃ち落とされた。

 

「き、貴様ッ! 知っているぞ! 永遠亭の薬師だな!? 我らと戦を起こすつもりか!」

「いいえ。私は亡命希望者を受け入れに来ただけよ」

「は、はあっ? 一体何を――」

「そこの姫海棠はたてよ。彼女を永遠亭で受け入れる事になったから。邪魔するならお相手する。というか、どう答えようとも全員記憶を失ってもらうのだけどね。というわけで失礼」

 

 永琳はそう呟くと、連続で矢を撃ち放つ。作業を行うようにひたすら淡々とした表情で。

 

「ひ、姫海棠はたて!! 貴様、そこまで落ちたか! 天狗の面汚しめ、刺し違えてでも成敗してくれるわ!」

 

 白狼天狗がいきり立つ。同胞を裏切ることは最大の罪である。それは怒るよなぁとはたては他人事のように思った。はたてからすると、同胞意識など欠片もないのだが。友達だと思っているのは、射命丸文だけか。なんとか知り合いなのが犬走椛である。

 そう、はたては妖怪の山では異端で孤独なのである。認めたくないが、事実だから仕方ない。もしかすると、風見燐香に惹かれたのもそのせいかもしれない。あの子は人間社会からはじき出された異端の集合体。でも、それを感じさせない明るさがあった。だから見ていて楽しかったし面白かったし悲しかった。

 ということで、適当に言い返しておくことにした。

 

「うーん、そう言われてもねー。私、貴方達のことなんて全然知らないし。裏切りとは全然思わないかなぁ。仲間なんて一度も思ったことないし。そっちもそうでしょ?」

「き、貴様ッ!」

「あ、あんた。本当に山を抜けるつもりだったの? あの引き篭もりのはたてが、なんて大胆な行動を」

 

 文が本気で絶句していた。心配してくれているのかと思ったが、本気で驚いているだけのようだった。

 

「亡命云々は知らないよ。私はただ燐香のところに行くつもりだったの。あー文は一応友達だし、椛は知り合いだと思ってるよ」

「やかましいわ! どさくさで私を巻き込もうとするな! あれ? というかもう私も同罪? 嘘でしょ!」

「…………」

 

 激昂する文。そして、無言でこちらを見ている椛。椛が何を考えているかは分からない。たまに将棋で遊んだりお裾分けをもらったりしたけど、話はさっぱり弾まないというか、椛は基本無口だし。仲は悪くなかったと思いたいが。

 

「じゃあ八意永琳! 亡命希望者一名追加で! ここの射命丸文も行くからよろしくね!」

「はぁっ!?」

 

 隣にいる文を指差すと、どうでもよさそうに永琳が頷く。当然、文は絶叫する。

 あ、何かを言いかけだった椛もやられた。これで追撃天狗は全滅だ。椛の様子を観察する。うん、全然致命傷じゃなさそうなので大丈夫だろう。

 

「おまッ! お前ええええッ!! 何言ってくれてんの!」

「ごめんね。でも、特ダネを掴むチャンスかもよ」

「ぶち殺すぞ!」

「まぁ一人も二人も同じ事か。面倒だから一緒に連れて行くわ。どうしても嫌なら記憶を失わせるからそこで待ってなさい」

「そ、そんな。なによその理不尽な二択は。ど、どうしてこうなった」

 

 呆然とする文を放って、永琳に近づく。

 

「それで、どうして私を迎えに? 何か知ってるの?」

「ウチの姫から、助けがいるだろうから迎えにいってやれとお願いされたのよ。私はリスクが大きいからやめろと言ったのだけどね。一度言い出すと聞かないから」

 

 溜息を吐く永琳。下では鈴仙が天狗たちに幻術を掛け始めている。

 

「それは、今回の異変に何か関係あるの? 貴方のところの姫は、一体何を知ってるの?」

「さぁ。私は何も知らないわ。何がどうなろうと別に興味もないし。姫に直接聞きなさいな」

「うーん、分かった。じゃあ時間がないから早く行きましょう! 文、行くよ!」

「あー。もうどこにでもつれてけばいいじゃない。ええ、どうぞご勝手に。ううっ、さようなら、我が愛しのふるさとよ」

「大げさだなぁ」

 

 はたては、魂がぬけそうになっている文の腕を掴み、永遠亭に向かって飛び始める。永琳が後をついてくる。

 まだ間に合うはずだ。何をすれば良いかは分からないが、きっと大丈夫。

 なぜなら、はたてはハッピーエンドが大好きだから。だから、この異変もめでたしめでたしで終わるのだ。

 


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