ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第七十二話 襲撃 (挿絵あり)

 紅魔館、門前。美鈴は、周囲に咲き乱れている彼岸花を眺めながらボーッとしていた。異変なのだろう。だが、特に自分には影響はない。収穫期の真っ最中の人間たちにとってはたまったものではないだろうが。この彼岸花は、咲く場所を全く選ばない。しかも、排除してもまたいつの間にか咲いているのだ。絶対にこの場所を譲らないという鉄の意志を持っている。実に立派である。

 

「あー抜いても抜いても生えてくる」

 

 美鈴が抜いていく最中にも、空を飛びまわる奇妙な蕾のようなものが横に近づいてくる。ピューと紅い光が照射されそこからすくすくと彼岸花が現れる。攻撃してくることはないが、抜くとこいつらがやってくる。攻撃すると一応潰せるのだが、すぐに再生するので実に不毛であった。

 

「やめたやめた。給料分は働いただろう。うん」

 

 よって、美鈴は主の命令を実行するのを早くも諦めた。『自慢の庭園から一刻も早く無粋な花を排除せよ』という命令。どうせ無理なのだし、やっているフリをするのも不忠だろう。だから、無理だと言ったら怒られた。そこまで言うなら運命とやらを操って、自分でなんとかすればよいのである。

 そんなことを思いながら両腕を上に伸ばすと、視界に誰かの姿が入った。上空に四名。日傘を差しているのはフランドール・スカーレット。ルーミアに連れられて遊びにいくと言っていた。いつもは美鈴が共をするのだが、最近は別の者に慣れさせるという練習を行っている。これはレミリアの命令だ。少しずつ世界を広げさせたいらしい。

 

「あれは、妹様を含めたいつもの四馬鹿が勢ぞろいかな。……ん? いや――」

 

 

【挿絵表示】

 

 少し様子がおかしい。フランドール、妖夢、ルーミアもなんだか黒い瘴気のようなものを纏っているが、一番おかしいのは最後の一人。初見ならば、風見幽香と判断する。髪を赤く染めたのだろうと。だが、あれの性格上そんなことはありえない。つまり、この妖怪は風見燐香ということになる。なんらかの要因で、一気に成長を遂げたらしい。フランドールの手を握って飛ぶ姿は、引率者にしか見えない。

 その面々が、驚くべき速度で美鈴の目の前に一気に降下してきた。

 

「……おかえりなさい、妹様。これは、なにかの、遊びの最中なんですか?」

「ううん、違うよ美鈴。これから本番が始まるんだよ」

「は、はあ、そうなんですか。それと、そちらの方は……」

 

 左手をにぎにぎするフランドール。そして、燐香に目を向ける。燐香は苦笑している。風見幽香そっくりで違和感があるが、これは燐香なのだなぁと思った。彼女の笑みは本当に母親にそっくりだ。だが、なにかがおかしいような。違和感を感じたのは、彼女の外見ではなく――。

 思考が燐香の言葉で打ち切られる。

 

「いいんですか、フラン? 多分、滅茶苦茶になりますよ。提案した私がいうのもアレなんですが」

「別に良いよ。思い入れもそんなにないしね。私の居場所のほとんどは地下室だったから。でも、どうせやるなら派手にやろうよ。だって、私たちの異変だもんね」

「い、異変? もしかして、この彼岸花の」

 

 フランドールが聞き捨てならない事を呟く。いや、会話も非常にきな臭い。嫌な予感しかしない。

 

「うん、そうだよ。お姉様の異変を皆の記憶から消し飛ばすくらい、派手にやることにしたんだ。私たちの手でね!」

 

 美鈴は目を剥く。今年が花が咲き乱れる特別な年というのは分かっていた。だからそんなに慌てなかった。種類が限定されていても、まぁそういうこともあるだろうと思っていた。だが、フランドールの言葉を聞く限り、完全に関わっているようだ。つまり、この異常な彼岸花の発生は燐香の手によるもの。それを他の三名が手伝っていることになる。

 紅魔館は、既に一度紅霧異変を起こしてボコボコにされている。舌の根も乾かぬうちに、ここまでの騒動をおこしたらどうなるか。博麗霊夢の般若の顔を思い出すと、本当に恐ろしい。

 ここはひとまず時間を稼ぐべきと判断。なんとか作り笑いを浮かべる美鈴。

 

「あのぉ。あまりに唐突なんで、まだ理解が及ばないんです。よければ、中にはいって、ゆっくりお茶でも飲みながら――」

「そんな悠長な時間はありません。申し訳ありませんが、遮るならば斬るのみです」

 

 流れるような動作で剣を抜き放つ妖夢。剣からは黒い何かが迸っている。操る妖夢の目にも、いつものおどおどとした様子はない。覚悟を決めた意志を感じる。剣客というよりもこれでは刺客である。

 

「お、穏やかじゃないですね、妖夢さん。ゴホン。妹様はともかく、門番として、紅魔館に害をもたらそうと企む連中を通すわけには――」

「あーもう!! うるさいなー! とっととどいてよ!」

「――ぐえっ!」

 

 フランの腰の入ってない拳が、美鈴の腹に突き刺さる。滅茶苦茶な姿勢なのに、背骨が圧し折れたかのような衝撃を感じる。流石は吸血鬼と言うべきか。

 

「次邪魔したら、本気で潰しちゃうから。でも、美鈴には手伝ってもらいたいこともあるんだ。だからさ、しばらく大人しく寝ててよ。こんなところで足止めなんて冗談じゃないし。ね、燐香」

「ええ、そうですね」

 

 フランドールの言葉に燐香が淡々と頷く。成長して風見幽香そっくりになったからかは分からないが、以前の明るさが完全に消えうせている。目はなんだか濁っているようにも思える。

 それに、手伝って欲しいこととは一体なんであろうか。

 

「て、手伝う、と、言いますと?」

「後で確実にやってくるであろう“お客様”以外の露払いを、美鈴さんにお願いしたいんです。多分、妖精たちが死ぬ程騒ぎますから」

「……な、なるほど」

 

 理解はしたが、納得はしていない。しかし、何を言ってもフランドールたちを止めることはできないだろう。邪魔するなら今度は潰すと言っていたし。美鈴は空気が読める妖怪なのである。ここは当主に丸投げしてしまうとしよう。運命を操る力とやらでなんとかしてもらえばよろしい。

 

「よーし、じゃあさっさと下克上とかいうのをやろうよ。私がお姉様の首をとればいいんでしょ? それから晒し首にするのかな?」

「大体あってますけど、別に殺さなくてもいいですよ。追い払うのが目的ですし、もし捕まえてしまったら幽閉で構いません」

「えー甘くない? うーん、折角だし殺したいなぁ。多分殺しても生き返るからさ、殺してみても良いかな?」

 

 レミリアはゾンビか何かだっただろうか。いくら殺しても死にそうにないのは同意できる。

 

「それじゃあ、異変の最終段階を自慢できなくなりますよ。フランが本物の紅霧を見せ付けるんでしょう?」

「あーそういえばそうだった。じゃあ、羽をもぎ取って半身不随にしちゃおうか!」

 

 物騒なことを易々と口にするフランドール。なんだかんだで止めに入る燐香は、それを煽る側。ルーミアは最初から当てにならず、常識人であるはずの妖夢も今日は様子がおかしい。この連中を止めてくれるような殊勝な者は、この場には存在しないようだった。

 

「では、十六夜咲夜は私がやります。春雪異変で戦ったこともありますから」

「じゃあ私はパチュリー・ノーレッジだね。あー、でももういないかなー? あの魔女、勘が良さそうだったからなー」

 

 妖夢とルーミアがそう言い放ちながら、わざわざ門を飛び越えていく。ルーミアの言葉は正解だ。パチュリーは今朝方、用事があるといって抜け出している。アリスのもとへ作業を行いにいくと言っていた。

 もしこうなることを読んでいたのだとしたら、とんでもない女である。門番兼、フラン付きの美鈴に一言くらい教えてもバチは当たらない。

 

「あれ、なんです貴方たちは。ちょ、ちょっと待ってください! なんで剣なんか抜いて――。って、きゃー!! 敵襲よー!!」

「全員集まれー。敵をたたき出すぞー! ぎゃー!」

「おのれ狼藉者めー! 門番隊の名にかけてここは通さない! やっぱり無理ー!!」

 

 妖精メイド門番隊が妖夢たちを制止しようとするが、彼女達が放った弾幕で軽々と一蹴されていく。意気込みは認めるが勝てるはずがない。普段の能力に加えて、何かが妖夢たちを後押ししている。おそらく、燐香が何かしている。黒い瘴気は、燐香の能力なのだろうか。

 妖精たちの悲鳴を楽しそうに聞きながら、フランドールが口元を歪めた。

 

「始まった始まった!! あ、もちろん私がお姉様だからね。燐香はゆっくり見てていいよ! あははははははは! 今なら指先一つで勝てちゃいそうだし! この後が楽しみだなあ!!」

「い、妹様。いったい、何をするつもりなんですか?」

「うん? ああ、これから何をするかって? 異変の第一歩は紅魔館を乗っ取るの。それから博麗の巫女への宣戦布告!! 全部叩き潰したら、燐香の彼岸花と私の紅霧で幻想郷を真っ赤に染め上げるんだよ!!」

 

 フランドールは狂ったように哄笑すると、紅魔館の一画に手を向け、一気に握りつぶした。レミリアの私室がある区画が爆音を轟かせて吹き飛んだ。あれくらいで死ぬとは思えないが、腰を抜かすくらいレミリアが驚いたのは確かだろう。なんだか情けない悲鳴が聞こえた気もするし。

 

「挨拶はこれくらいかな? さーて、掃除も終わったみたいだし、行こうよ燐香」

「ええ、行きましょうか。時間がもったいないですから」

「うふふ。燐香、良い顔してる! 凄い悪い顔!」

「フランも今までで一番楽しそうですよ。ああ、傘がずれて羽が」

「へーきへーき。痛いのも感じないくらい、気分が良いんだ。うん、本当に楽しい。ああ、案内は任せて? 一応、私のお家だからさ!」

「ではお願いしますね」

「もちろん。――ようこそ、私の紅魔館へ。今日から私のだから遠慮はいらないよ!」

 

 フランドールは燐香の手を恭しく取ると、ゆっくりと紅魔館の中へとはいっていった。美鈴は、薄れる意識の中で、紅魔館の仲間の無事を祈っておく事にする。フランドールはハイになっているが、理性はぎりぎりとんでいないように見える。だから、多分大丈夫だろうと信じておく事にした。常に楽観的に考えるのが、この職場で胃を痛めないための秘訣なのである。

 

 

 

 

「……問答無用で襲撃を受けるほど、私たちは恨みをかっていたのかしら。それなりに友好関係はあった気がするのだけど。それとも、私への個人的な恨みなのかしらね」

 

 深い溜息を吐く。厄介極まりない事態に巻き込まれた。その確信があるから。

 

「いいや。貴方に恨みがある訳じゃないし、紅魔館に対して恨みがある訳でもない。ただ、今日の私の相手は、咲夜が一番相応しいと思っただけ」

「それは、光栄ね!」

 

 十六夜咲夜は魂魄妖夢と相対していた。

 泣き叫ぶ妖精メイドたちが駆け込んできて、要領を得ない報告を多数投げつけてくる。なんとか落ち着かせて事情を聞き取ると、侵入者が現れたとのこと。迎撃に向かったメイド妖精門番隊と美鈴はやられてしまったと。

 不埒な侵入者とやらを迎撃すべくやってきてみれば、いつもの四馬鹿の仕業だった。先日のロケット花火騒動の再現かと思いきや、今日は本気で紅魔館制圧をたくらんでいた。フランドール、燐香の姿は既にない。ルーミアは、妖夢に「任せたよー」と気楽にいうと、大図書館の方へと向かってしまった。幸か不幸か、パチュリーは留守である。そちらは守る必要はない。

 しかし、このままでは、主であるレミリアの元へ、“敵”を易々と侵入させてしまうことになる。たとえフランドールであろうとも、今はレミリアの敵なのは間違いない。傷つけるわけにはいかないが止めなければならない。

 だから、咲夜は本気の攻撃を仕掛けることにした。もちろん、殺傷目的ではない弾幕でだ。まずは邪魔な妖夢を戦闘不能にし、燐香とフランの制止に向かわなければならない。時を止めればすぐに追いつける。

 

「――っ!」

 

 だが、時を止めて配置したナイフは、全て妖夢に打ち払われた。手に持った楼観剣を軽く一閃させただけで。その刀身からは、黒い瘴気が迸っている。いや、剣だけではない。妖夢の身体、半霊からも滲み出ている。

 

「それは、一体何なの? オーラとでもいうのかしら」

「似て非なるものかな。……常に冷静であれか。借り物の力とはいえ、制御の鍛錬にはなるな。本当に、振り回されそうになる」

「……借り物? 貴方の様子がいつもと違うのと、その瘴気、何か関係があるの?」

「ああ、あるよ。これは、大事な友達からの借り物なんだ。この異変の間だけの」

 

 妖夢が薄く笑うと、一気に肉薄してくる。素早くナイフを二本取り、両手でそれを押さえる。だが、力負けする。咲夜は力よりも技術で翻弄するのを得意とする。だが、ここまでパワー負けするはずがない。

 

「なるほど、随分と馬鹿力になったようね!」

「自覚はないんだけどね」

 

 時を小刻みに止めながら、斬る、斬る、フェイントを入れて突きの連打。半人前などといわれているが、咲夜から見れば、十分に妖夢は剣術の達人だ。まともに相手をしたらとても敵わない。だから、強引に隙を作ろうとしているのだが。

 

「――はあッ!!」

「くッ!!」

 

 フェイントをかけることが見破られ、先読みで刃を振るわれる。紙一重で回避。

 やはり今日の妖夢は、正面からではとても受けていられない。時を止めて、背後に回ろうとする。容赦なくナイフを振るう為に。だが、その移動しようとした場所に、すでに剣先が向けられている。――いや、まだ動いてはいない。だが、解除した瞬間に、妖夢はそこへ剣を振るうのが見えてしまった。

 慌てて方向転換。死角にナイフを配置。――時間停止解除。

 動き出したナイフが妖夢に襲い掛かる。それを目で追うことなく、妖夢は左手で簡単に掴み取った。そして、そのままナイフの刃をへし折る。

 殺気で咲夜の行動をコントロールしているとでもいうのか。本当に、熟練の剣客でも相手にしているかのようだ。やりづらいことこの上ない。

 

「飛び道具では今日の私は倒せないと思う。かといって近づくのも止めた方がいいと思う。全然やられる気がしない。いや、攻撃が当たるイメージもない」

 

 妖夢が一切の感情を含めず、淡々と述べた。いつもとのあまりの違いに、咲夜は思わず苦笑する。隙はないが、いつものへっぽこさがないので可愛げが全くない。

 

「えらく自信満々なのね。もしかして、今日は貴方の誕生日かなにかなの? えらく貴方に都合が良い展開だし。私が理不尽に押されすぎている」

「……近からず遠からずかな。でも、これは私の力じゃない。だから勝っても嬉しくない。それに、全然めでたくなんてないんだけどね」

「それについて、詳しく聞きたいわね。事情があるなら、聞いてあげるけど」

 

 妖夢の表情から、何か事情がありそうなことは読み取れる。だから、聞いてやっても良いと思った。後は単純に時間稼ぎだ。

 

「気持ちは嬉しいけど、話す時間がもったいない。今は紅魔館制圧が最優先。つまり、問答無用ッ!!」

 

 そう言うと、妖夢が気迫のこもった掛け声とともに、剣を振るう。剣から黒い衝撃波が迸る。いつもの威力と速度の比じゃない。これでは時を止める暇もない。横っ飛びで慌てて回避。だが衝撃波はひとつではない。妖夢が剣舞のように振るうたびに、幾重にも衝撃波が生じているのだから。

 一、二、三。乱れるスカートがきにかかるが、直してる余裕もない。自分がちょっと前までいた場所が、激しい破壊音とともに切り刻まれていく。チェーンソーでもぶちまけられている気分になる。やってるほうは爽快だろうが、追い掛け回される方はたまったものではない。

 四、五、六! 回避してもしても攻撃がやむことはない。いつもの妖夢なら、ここらで次の攻撃に移るはずなのに。良い意味で思い切りが良く、悪い意味で諦めが早い。粘り腰に欠けるというのが、咲夜からみた妖夢の欠点だったはずだ。

 

「ちょっと、いい加減にしなさいよ。そこら中、本当に滅茶苦茶じゃない! 誰が掃除すると思っているのよ! もう!」

「今日から当主が代わるんだから、心配いらないでしょ。休暇が取れてよかったじゃない」

 

 妖夢がなんでもないことのように言うので、咲夜は怒鳴り声を上げる。瀟洒ではないと思うが、こうなった以上仕方がない。思うがままに感情をぶちまけるのみ。

 

「ふざけるのも大概にしなさいよ! 何で真面目ちゃんの貴方がいきなり不良になってるのよ!」

「ははは。祭の間くらい、馬鹿やったっていいじゃない。だって、私たちは四馬鹿で有名なんでしょう?」

 

 妖夢はなぜか辛そうに笑うと、さらに剣閃を飛ばしてくる。だんだんと鋭さが増してきている。この技一本で咲夜を潰すつもりなのだ。ここまで舐められて頭にこない方がおかしい。

 確かに押されているが、まだまだ負けたわけじゃない。なにより、自分の領域で大暴れされているのだ。負けるとしても、一刺ししてやらないと気がすまない。

 

「相打ちになってでも刺してやるから、覚悟なさい。その後は、貴方の主にクレームをつけさせてもらうから」

「無駄なことは止めた方がいいよ。怪我でもしたら、レミリアさんが悲しむから」

「それこそ余計なお世話よ、この半人前が!」

「私は半人前だけど、力を貸してもらった。だから、今日は一人前だ。誰にも負けない」

「ふん、なら全力でいくわよ――って、ぶぎゃッ!!!」

 

 突撃しようとしたとき、上階層から何ががぶっとんで、咲夜に覆いかぶさってくる。というより、押しつぶされた。重くはないが、体勢が崩れてしまったので身動きができない。

 

「……ぐぬぬぬぬぬ!!」

 

 上から落ちてきた人物は、頭の木の破片を跳ね除けると、真っ赤な形相で唸り声を上げる。咲夜の主、レミリア・スカーレットだった。どうやら主の間から、叩き落されてきたらしい。

 その犯人は、出来てしまった空洞を悠々と降りてくる。レミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットだ。フランドールも、妖夢と同じく黒い瘴気を迸らせている。それが強く現れているのは、フランドールの特徴でもある虹色の宝石がついた羽。その宝石が、漆黒の色へと変わっていた。それはそれで綺麗だが、どことなく不吉な感じがする。

 そのフランドールは、レミリアを見下ろすと指を差して笑い始めた。

 

「あははははははは!! お姉さまがダンゴムシみたいに転がってる!! 超ウケルんだけど!!」

「こ、この糞妹がああああああああああああッッ!! 生意気にもギャル語使ってんじゃないわよ!! マジで死ぬ程超ムカツクんだけど!!」

「え、もしかして怒ってるの? ダンゴムシのくせにマジウケル!」

「私を虫呼ばわりしてんじゃねぇぞ! このド畜生があああああああああああッ!!」

 

 レミリアが怒気を露わにして立ち上がる。本気で怒っているらしいが、フランドールが相手だと、どうもシリアス度に欠ける。だが、その魔力は凄まじいので、舐めていると余波で死ぬことになる。咲夜は体勢を整えた。

 

「その怒った顔、超面白いよお姉様!! あ、ダンゴムシじゃあ可愛いから、やっぱりワラジムシに変更ね!! 丸くなることもできない半端虫だよ! お姉様にお似合いだよね!」

「ふざけんな!! 私あれ嫌いだから、せめてダンゴムシにしなさいよ!! ほら、今すぐに訂正しろッ!」

「一々うるさいなぁ! どっちでもいいから死んじゃいなよ!!」

 

 手からダイヤ型の魔法弾を数百一気に作り出すフラン。それに黒い瘴気がまとわりつき、ブラックダイヤへと変色していく。

 

「来るぞ咲夜! ちなみに私はダメージを受けていて動きが鈍い!」

 

 なんで偉そうなのかよく分からない。咲夜は思わず尋ねなおしてしまった。

 

「え。く、来るといわれましても、あの数を避けるのはちょっと」

「馬鹿! 時を止めて逃げればいいだろう!」

「え。に、逃げるんですか?」

「えー。逃げるのぉ。超ダサーイ。尻尾を巻いて逃げるなんて吸血鬼失格じゃないのぉ」

 

 ケタケタ笑って挑発するフラン。レミリアの顔がトマトになる。

 

「ならやってみろこの馬鹿妹!! お前の弾幕なんぞ何千発くらったって――」

「何千? あはははははははははは!!!! そんなんで済ますわけないじゃない。手加減なしの百万発、きっちりぶちこんでやる!!」

「お、おい! やめろ、この馬鹿! 私の大事な家が」

「今日からは私たちの家になるんだよ! ね、燐香」

 

 フランが上を見上げて笑いかけると、ゆらゆらと降下してくる一人の女。風見幽香、ではなく、赤髪の風見幽香だった。

 

「そ、そちらの方は? まさか、あの風見幽香が、年甲斐もなく不良に?」

「どうしたらそういう発想がでてくるんだこの馬鹿メイド! あれは、風見燐香だよ。私が言うのだから間違いない」

「でも、やけに成長していますが。おもに背と胸が」

 

 幽香よりちょっと下ぐらいか。妹レベルまでは成長している。その不敵な表情は親そっくりだ。

 

「ああ、羨ましいな。って、そうじゃなくてだ。こいつが今回の騒動の主犯だよ」

 

 燐香はスカートの裾を持って、優雅に一礼してきた。

 

「暫くの間、フランと一緒にこの館を占拠させていただきます。というわけで、今日はお引取りをお願いします」

「ふざけるなよ。なんで主の私が引き取らなくちゃいけないんだ!」

「元当主でしょ」

「やかましい! 誰が譲るか!」

 

 フランドールの軽口に応酬するレミリア。

 

「待って燐香。ここは私とフランが」

 

 妖夢が気遣うような視線を燐香に向ける。だが、燐香は首を横に振る。そして、フランドールの肩に優しく手を乗せる。

 

「ううん、私とフランで一緒にやるよ。思い出は沢山つくりたいし。紅魔館は、フランの家だしね。妖夢は館の残りの掃討に向かって。ルーミアがもうやってるけど、広すぎて大変ぽいから。面倒だって叫んでたし」

「……うん、分かった。でも、無理はしないようにね」

「あはは。妖夢は心配性ですね」

 

 妖夢が立ち去っていく。残ったのは燐香とフランドール。

 

「燐香。そろそろやっちゃおうよ。のんびりしてると、巫女が来ちゃうかも」

「そうですね。というわけで、ふっ飛ばしましょう。フラン、一緒に」

「うん!」

 

 燐香がこちらに両手を翳してくる。そこにヤバい量の妖力が溜まっていく。何が起きるかは、言うまでもない。それにフランドールのブラックダイヤ弾幕も、凄まじい密度に膨れ上がっている。

 

「お、お嬢様。ここはひとまず――」

「うむ。戦略的撤退、いや、転進だな。だって、紅魔館当主に敗北はないからな」

「存じております!」

「そうかそうか。実は図書館の辞書で調べてみたが、やはり敗北の二文字は――」

「舌を噛むので黙っていてください!」

 

 咲夜はレミリアの身体を持ち上げる。同時に、燐香とフランドールの弾幕が炸裂する。燐香のは案の定マスタースパーク型。時を止めて、割れ窓から脱出する――。

 

「げっ」

 

 ブラックダイヤ弾幕は、館の外にまで膨れ上がっていた。これは、浮遊機雷のつもりだろうか。時を止めているから、当たっても大丈夫――。と思うのは早計だ。酷くいやな予感がする。念のために当たらない位置に移動し、解除。

 

「ふー!」

 

 能力の乱発はしんどいし苦しい。掃除のときとは違い、戦闘しながらというのは気力の消費が激しいのだ。

 

「おい! 安心してる場合か! 黒いヤツが拡散して向かってくるぞ!」

「え?」

「あー、もう間に合わん!」

「嘘でしょ!?」

 

 燐香の魔力光線はある程度の距離ではじけると、一気に拡散してこちらに向かってくる。周囲のブラックダイヤを巻き込みながら。それはバチバチ弾けながら、こちらにむかってくる。レミリアが咲夜の身体を抱きしめ、翼で覆う。

 

「も、申し訳――」

「うるさい! 舌を噛むからしばらく黙ってろ! お前は私が守ってやる!」

 

 一際大きい破裂音がすると同時に、暴風に巻き込まれるのを感じる。ああ、これは前に博麗霊夢のスペルを喰らったときと同じ感覚。

 レミリアが強力な結界を展開しているようだ。特に、咲夜の身体の周囲に強固に。その壁に、ガガガガガガと刻み込むような音がしきりに聞こえてくる。もう間もなく破られるだろう。あの二人、特にフランドールは普段から普通ではなかったが、今日は何かが違う。妖夢と同じく、力に満ち満ちている。あれが、借り物なのだろうか。

 ――確証はないが、なんとなく予想はつく。恐らくは風見燐香のなんらかの力。それが、フランドールたちに分け与えられている。この彼岸花が咲き乱れる異変を起こしたのが風見燐香ならば、できるのかもしれない。

 

「咲夜。大丈夫か?」

「は、はい」

「ならばいい。ちなみに、悪い知らせがある」

 

 レミリアの悪い知らせというのは、本当に悪いことばかりなので、あまり聞きたくないのだ。しかし、良い知らせという場合でも、咲夜にとってどうでもいいことが多い。世の中というのは意外と不公平なのだ。

 

「なんでしょうか」

「もう間もなく、結界が破れて派手にぶっとばされることになる。ああ、ちょっとだけ痛いかもしれないが、私がしっかり抱きしめてやるから我慢するように」

「は、はぁ」

「なぁに、こういうのは慣れも重要だ。それに、派手に吹っ飛ばされてこそ悪の本懐を遂げられるというものさ」

 

 キリッとした顔で偉そうにいうことではないと思うが、不敬なので黙っておく。

 

「それでだ。やられるのが分かっているにも関わらず、喋る余裕があるときにどうするかを教えてやろう」

 

 どうでも良い知識になりそうだが、一応聞いておく。そうしてほしそうだったから。

 

「一体、どうするのです?」

「こういった感じで叫ぶのさ。うん、久々だから結構緊張するな」

「…………」

「あーあーゴホン。――お、覚えてろよ、貴様らッッ!! 私は必ず戻ってくるからなぁッ! 偉大なる吸血鬼、レミリア・スカーレットは絶対に滅びぬのだッ!!」

 

 そう激しく叫ぶと同時に結界が吹き飛んだ。満足そうなレミリア・スカーレット。咲夜は目を閉じ観念して衝撃に備える。身体が宙に吹き飛ばされたのを感じる。百万発の追撃が来ないのは、フランドールの情けと思っておきたい。

 

「フランめ。やるようになった。くくっ、次は私が姉としての威厳を見せる番だな」

「それはともかく、お嬢様。館がボロボロですが」

「そんなものは直せばいいのさ。それより、ここはフランの成長を喜ぶところだぞ。友と徒党を組んで当主を追放するとは。ああ、やればできると私は信じていたよ。……この異変がどう終わるにせよ、フランは著しく成長するはずだ」

 

 一瞬だけ、レミリアの顔が真剣なものになる。だが、すぐにニヤニヤとしたものに戻った。

 

「……直すのは、私と美鈴ですよね」

「なぁに、私も手伝ってやるさ。フランにも手伝わせるし、コソコソ逃げてやがった紫もやしも働かせる。紅魔館総出でやれば一週間もかかるまい! あはははは!」

 

 そんな感じで、咲夜と何故か満足気なレミリアは、夜が更けてきた空へと吹き飛ばされていったのであった。

 

 

 





紅魔館当主交代のお知らせ。
レミリア・スカーレットに代わりまして
フランドール・スカーレット。

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