ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第七十一話 執行猶予

「……あれ」

 

 また綺麗に意識が飛んでいた。八雲紫が幽香の部屋に入ってから一体どれくらい経ったのだろう。もう時間の感覚が分からない。ぼんやりと時計を見れば、時刻は11時。まもなくお昼だ。

 私はふらふらと立ち上がり、幽香の部屋を開ける。部屋の中は酷い有様だった。なんだか嵐の後のよう。壁に大きな穴は開いてるし、窓ガラスはバラバラに割れてるし、花瓶やら机やらが見るも無残に粉砕されている。部屋の中で猪か熊でも暴れたのだろうか。よく分からない。隙間風がビュービュー吹き込んでいる。

 

 被害が特に顕著なのはベッドだろうか。ベッドは中央部から真っ二つ。ここに誰かが寝ていれば、上半身と下半身は見事なまでに分かたれたことだろう。でも、血痕はあるけど、臓物や肉片はない。ということはまだどこかで生きているのだろう。

 私は箒とちりとりを玄関から持ってきて、綺麗に掃除を行なうことにした。窓ガラスとベッドを新調したいところだが、そんな時間はない。汚れてしまったシーツを外し、丸めて洗濯籠に突っ込んでおく。

 

「お母様は行方不明と。なら、今日は外でお昼を食べようかな。いい天気だし」

 

 なんとなくそう思った。やることを終えた私は、幽香の部屋を後にしようとする。

 と、なんだか肌がゴワゴワして気持ちが悪いことに気がついた。半壊状態の鏡を見れば、血塗れの自分の姿が目に入る。

 ほぼ半裸状態だった。私は怪我を負っていないので、何かの返り血なのかもしれない。どうでもいいことである。意識がないうちに、適当な動物や妖怪でもぶち殺したのかもしれないし。

 そんなことよりも、少し気になる事がある。

 

「あれれ。……私、大きくなってる」

 

 今気がついたが、私はなぜか成長していた。良く分からないけど、幽香の娘から双子の妹ぐらいまでは成長した感じに。髪の色は赤黒く変色している。私は色鮮やかな赤が好きだったのだが、ちょっと残念だ。まぁ、もうどうでもいいことだけども。妖怪の成長が人間と同じとは限らない。植物の開花みたいに、こうやって一気に変化するのかもしれないし。

 

 私は風呂場に向かい、血痕を綺麗に洗い流した後、幽香の服を拝借することにした。サイズはちょっとゆったりめだけど、文句は言えない。それに、なんだか風見幽香になった感じがして気分が良い。この姿なら、どんな理不尽にも立ち向かえる気がするではないか。

 ――実際には、そんなことはありえないのだけれど。

 

「持っていくのは、パンだけでいいかな」

 

 私はパンを手に取り、出かけようと玄関から一歩足を踏み出す。なんだか後ろ髪を引かれる気分になる。何かやり残している気がする。

 もう一度自室に戻り、やり残したことについて考える。そうだ。手紙を書かなくては。お誘いには招待状が必要不可欠。ついでに、お母様あてに書置きも必要だろう。分かりやすく一言だけで良い。シンプルイズベスト。

 丁寧に最後の言葉を書き終えた後、ぺらぺらの紙を幽香の部屋にもっていき、壊れたベッドの上にわざとらしくおいておく。重石代わりに、紫のバラの人からもらった携帯カイロを置いておく。とても役に立ったし、大事な宝物だけど、もう私には必要がない。

 

 

 つたえるべきはただ一つ。『さようなら』。

 

 

 

 

「それにしても、紅いなぁ。紅霧異変も、こんな感じだったのかも」

 

 まだ昼過ぎだというのに、世界は赤みを帯びている。山は色彩豊かな秋色。平野部は、それとは異なる艶かしい真紅の色。なるほど、確かに彼岸花がたくさん咲いている。所々濃い赤があるのは、人間の集落だろうか。無意識のこととはいえ、中々愉快なものである。見覚えのある蕾が気侭に飛び回り、何か妖力みたいなものをばら撒いている。塗り絵みたいで見ていて退屈しない。

 

「――ッ」

 

 ドクンと一度だけ、鼓動が強く脈打った。どこかで力が暴発したようだ。私たちのうちの誰かが、勝手に復讐を成し遂げたらしい。身体から黒い靄が消失していく。本当に勝手で気侭な連中だ。でも、その負の力があるから私は存在できているわけで。表裏一体、お互いに切っても切り離せぬ関係だ。ならばこちらの都合も少しは考えて欲しいというものだ。

 

「さてと」

 

 パンを食べ終えてしまった。一枚でお腹一杯だ。やはり力が漲っている。

 私は小さく溜息を吐いた後、お気に入りの場所に向かう事にした。きっと彼女はそこにいる。そして、最初に誘うべきも彼女だ。なぜなら、私の最初の友達だから。

 

 ルーミアお気に入りの場所、通称『生贄の祭壇』に到着する。やっぱりルーミアはそこにいた。私の咲かせた彼岸花を座布団代わりにしながら、焼いた骨付き肉をご機嫌に頬張っている。

 

「こんにちは」

「こんにちはー」

「ここにいてくれて、助かりました。家、知りませんから」

 

 ルーミアは結局家を教えてくれなかった。もしかしたら、本当に家はないのかもしれない。暗闇を恐れないルーミアには、作られた小さな家の中は我慢できないのかもしれない。

 

「だからずっとここで待ってたんだよ。ここにいれば、会えるかなって思ってた」

「それはどうしてです?」

「なんとなくかなー。燐香は、絶対ここに来ると思った」

 

 ルーミアは笑うと、私に肉を差し出してきた。私はひとまず遠慮しておく。

 

「あれ? もう食べてもいいんでしょ?」

「どうでしょうね。分かりません」

「だってそんなに大きくなったんだし。人間くらい、一回は食べた方がいいよ。病み付きになるかも」

 

 そうは言っても、やっぱり食べたくない。 

 

「私、風見幽香に見えますか?」

「凄く良く似てるよ。はは、当たり前の話だった」

「それはそうです。だって、私は一応娘ですから」

「じゃあ大人になったんだね。なんだか凄く落ち着いてるし」

「別に反抗期だったわけじゃないですよ」

 

 私は彼岸花の上にごろんと転がる。というか、ほぼ埋め尽くされてるので、避けようがないのである。

 

「さっきね、ここの常連の人間が慌てふためきながら生贄を捧げにきたんだよ。それがこのお肉になったの。いつもより乱暴な殺し方だったね」

 

 子供のなれの果てが、花の下にあった。

 

「そうなんですか。全然見当外れなのに。まぁ、何を信じるのかは勝手ですけど」

「うん、本当に滑稽で面白いよね。集落が赤い彼岸花で埋めつくされたんだって。それでね、神様の祟りじゃないかって思ったらしいよ」

「へーそうなんですか」

「いきなり花が黒くなったと思ったら、住んでいる家の中まで侵入してきたとか、花に押しつぶされたとか泣きながら喚いてた」

「あー、もしかしたら」

「覚えがあるの?」

「さっき、何かが暴発した感覚があったので。多分そのせいかと」

 

 消え去ったのは前に捧げられた子供のものだったのだろうか。もう分からない。全てがぐちゃぐちゃに混ざり合っているから。

 

 私は人差し指を立てる。すっと、なれの果てから黒い瘴気が立ち上る。そして私たちに合流する。魂はすでにあちらへ行ったらしい。後で爆発したとき、どれだけの報いが与えられることやら。実に楽しみなことである。見れないだろうけど。

 

「そうなんだ。ま、どうでもいいや」

「それで、集落に死人は出たんですか?」

「知らないし全く興味ないかなー」

 

 ルーミアは骨をポイッと投げ捨てた。骨はいつもの墓穴に吸い込まれるように入っていった。

 

「人間の集落に手を出しちゃったから、もう私は処罰対象でしょうかね」

 

 八雲紫が出張ってきたら、私の命はここでお終いだ。それではフランとの約束も果たせない。だから、もう少し猶予時間が欲しい。

 

「まだ異変の範疇じゃないのかなー。この生贄だって、直接手を下したのは人間だしね。今はお花がたくさん咲いて、大変だーって感じだよ。セーフセーフ」

 

 ルーミアが呑気に笑う。私も表情を崩す。

 

「ならいいんですけど」

「で、やるんでしょ? 風見燐香の最初で最後の異変」

「付き合ってくれますか?」

「もちろんだよ。最後の最後まで一緒にいてあげる。だって、心の友だからね」

 

 ルーミアが満面の笑みを浮かべた。この笑顔にご用心。私は何度も騙されてしまったから。

 でも嬉しかったので、手を差し出すと、ルーミアも握り返してくる。私の手は肉の汚れでべちゃべちゃになってしまった。やっぱり油断できない友人である。

 

「では、心の友に一つお願いが」

「……えー」

 

 嫌そうな顔をする。人から頼まれごとをされるのが大嫌い。束縛が嫌いなのがルーミアである。ただし、興味をもったことを除く。自分勝手なのが妖怪だから問題なし。

 

「この招待状を、妖夢とフランに届けて下さい。私はここでこそこそ隠れているので」

「えー」

 

 露骨に面倒くさそうな顔をするルーミア。

 

「心の友なら、それぐらい良いじゃないですか。ケチくさい」

「自分でいけばいいんじゃないかな。私、食べたばっかりで動きたくないし」

 

 妖怪のくせに怠惰。いや、妖怪だから怠惰。

 

「ほら、この姿は目立ちすぎますから」

 

 私の今の姿は、完全に風見幽香2Pバージョン。髪が緑から赤黒に変化しているだけ。あからさまに怪しい。

 

「じゃあ仕方ないなー。適当に渡してくる」

「宜しくお願いします」

 

 ルーミアが立ち上がり、私から招待状を受け取る。異変への招待状だ。ふらふらと浮き上がると、そのまま上空へと飛び立って行った。

 フランは多分来てくれると思う。約束しているから。でも妖夢は無理かもしれない。彼女は真面目だから。でも、できたら来てくれると嬉しいなぁと思う。四人で派手に遊べたら、きっと素敵な思い出になる。

 

 

 

 

 特にやることもないので、彼岸花に埋もれながら寝転んでいると、誰かの気配を感じた。どうやらルーミアとは違うようだ。彼女よりも、明らかに身体が大きい。踏みしめる彼岸花の音でそれくらいは分かる。

 私は欠伸をするフリをしながら、ムクリと起き上がった。

 

「どなたです? 新しい生贄なら、今日は間に合ってます」

「通りすがりの死神さ。残念ながら手ぶらだよ。ま、この騒ぎの下手人に文句の一つくらい言いたい気分は分かるだろ?」

 

 軽口を叩いてくる赤髪の死神。私もそれに合わせておどけてみせる。

 

「さっぱり分かりません」

「ははは、まぁそりゃそうか。力が勝手に暴走してのことだろうし。今も派手に塗ってるしねぇ」

「世界が少しにぎやかになりましたか?」

「まぁそうなのかもなぁ。いや、賑やかというか、混沌というのかね。ところで、その姿はどうしたんだい。つい最近まで童妖怪だったはずなのに」

 

 試すような口調の小町。知っているが、あえて聞いているような。そんな感じ。

 

「ああ、子供の成長は早いんですよ」

「あはは、そうかいそうかい。そりゃあいいや。うんうん、アンタの母親と瓜二つだ」

 

 死神は鎌を一振りすると、周囲に咲いていた彼岸花を一挙に刈り取った。私との間に開けた空間ができる。死神はそこにどすんと座り込む。

 

「あたいは小野塚小町。そしてお前は風見燐香」

「はい」

「なに、話は至極簡単なことさ。……私の役目とはちょっと違うが、今ならお前を苦しませずに消してやれる。輪廻には乗れないが、これ以上の苦痛を味わうこともない。私の仕事も減って一石二鳥というわけさ。で、どうだい?」

「……どうだいと笑顔で言われても。まだ消えるにはちょっと早いので、遠慮しておきます」

「どうしても?」

「はい。私には約束がありますので」

「あたいの仕事が後で沢山増えるのに? というか、きっと面倒な事態になるのに?」

 

 遠慮なく迫ってくる小野塚小町。仕事を減らしたくて仕方が無いのだろう。

 

「そこまでは知らないです」

 

 私が一蹴すると、小野塚小町はあーあと溜息を吐いて肩を落す。

 

「まぁそうなるよなぁ。あーあ。あのとき、四季様が猶予期間なんて与えるからあたいの仕事が増えるんだよ。全く」

「あのときって?」

「覚えてないか。60年前のあの日のことさ。ったく、いつも偉そうなのに子供には甘いんだから。あたいには厳しいくせに。平等にしてほしいもんだよ」

「誰が甘いですって?」

「げえっ! 四季様!?」

 

 仰天している小町の頭に、勢いのついた悔悟棒の一撃が炸裂する。森の中に、鈍くて重い音が響いた。ばたんきゅーと倒れる小野塚小町。これはいわゆる会心の一撃だ。

 さりげなく帽子を直し、哀れな死神を見下ろす少女。四季映姫・ヤマザナドゥが現れた。

 

「まったく、目を離すと直ぐに仕事をさぼるんだから。それでいて減らず口ばかり叩く。救いようがないとはこのことかしらね」

 

 いきなり辛口の映姫。小町はすでに涙目である。

 

「そ、そんなぁ。私は仕事を減らすために最大限の努力をしようと」

「そんな努力をする必要はありません。貴方は私が与えた仕事を果たせば良いのです」

「で、でも。彼岸花に憑いた霊がそこら中にうようよしてますよ。これ以上放っておいたら」

「それについては、他の死神に応援を頼みました」

「そ、そうなんですか?」

「何も考えていないはずがないでしょう」

 

 映姫と小町の会話が続いている。私はなんだか疲れてきたので、横になろうとすると、映姫に首をつかまれた。

 

「お待ちなさい」

「え」

「少し、話をしましょうか」

「あはは。私は遠慮しておきます。閻魔様はお忙しいでしょうから」

 

 なんだか話が長くなりそうなので、ここはお断りしておく。

 

「拒否した場合、時間がくるまで説教になりますが」

「ぜひ話をしましょう。できれば手短に」

 

 私は襟を正すフリをして、映姫の目を見つめる。

 

「今年は、60年に一度訪れる生まれ変わりの年。そして、それに引き摺られて“貴方たち”の力が暴走している。それは、分かっていますね?」

「はい」

「そして、もう止めることはできない」

「はい」

「この異変が終わったとき、どうなるかも、“貴方”は理解している」

「はい」

「私が貴方を裁くことがないことも」

「それも知っています。私には魂がない」

「ええ、そうですね。それ故、貴方は裁かれることも輪廻の輪に入ることもない」

「さすがは閻魔様。全てお見通しなんですね」

 

 私は軽口を叩いた。八雲紫と同じくらい、四季映姫・ヤマザナドゥも相性が悪いだろう。彼女の一振りで私は霧散するに違いない。そういう存在だから仕方がない。その時は大人しく散っていくことにしよう。

 その映姫は両目を閉じてしばらく考えた後、口を開いた。

 

「貴方は既に覚悟を決めたのかもしれない。けれど、それが誰かを深く傷つけていることに気がついていない。そう、貴方は、諦めるのが少し早すぎる。貴方がすべきは、物事を冷静に見て、自分を見つめなおし、良く考える事なのです」

「既に暴走してしまっている私に、難しいことを言いますね。見つめなおしたからなんだっていうんです?」

「努力はいくらしても罰はあたりませんよ。むしろ望ましいこと。こんなときだからこそ善行を積むべきなのです」

「あはは。天国に行ける訳でもないのに馬鹿馬鹿しい。それに、一体誰を傷つけると言うんですか?」

「それは自分で考えなさい。私は貴方の親でも先生でもないのです。考える努力を放棄した者を助けるつもりなどありませんよ」

 

 冷淡な映姫の言葉。白黒はっきりつける閻魔様だけのことはある。慈悲と無慈悲を平等に兼ね備えた存在なのだろう。

 

「…………」

「その不満そうな今の貴方の顔、風見幽香に本当にそっくりですよ。どんな経緯があろうとも、やはり親子なのでしょうね」

「そんなことを言われても、別に嬉しくないです」

 

 映姫は少し悩んだ様子を見せた後、口を開いた。

 

「……今日に至るまで、貴方は色々な経験を積み、学んできたはず。それは決して無駄ではありません。最後の最後、それを良く思い出しなさい」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥはそう言い切ると、返事を待たずに踵を返した。結局何が言いたかったのか、私には分からない。

 

「……四季様、本当に何もしないんですか? 一応やる覚悟を決めてたんですけど」

「それは貴方の仕事ではない。私は今回の後始末の段取りを組まなければいけません。貴方は役目を果たすように」

「後始末?」

「霊に当たり前のように現世をうろつかれては困るのです。滞ることなくあちらへ向かわせなければなりません。当たり前のことです」

「ですから、その元凶を放っておいていいんですか? いつ爆発するか分かりませんよ」

「だから貴方を監視役につけているのですよ」

「まぁそうなんですけど。ずっと見張ってるのは大変というかなんというか。いつもみたいに、さっさと白黒つけてしまえばいいじゃないですか」

「まだ何者でもないものには白黒などつけられないわ」

「は、はぁ。んー? でも既に白黒分かれてますよね。それは一体どういう意味で」

「答えばかり求めてないで少しは自分で考えなさい。とにかく、貴方は今までサボっていたのだから、その分働くように。でなければ、貴方が地獄に落ちますよ」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥはそう言い残して飛んでいく。それに続いて小野塚小町も立ち上がる。

 

「やれやれ。四季様は他人事だと思って簡単に言うなぁ。しかもまたお小言だ。ま、アンタも精々後悔のないようにしなよ。それが一番だろうさ」

「ありがとうございます。できれば一回くらい渡ってみたかったなぁ。三途の川」

「はは、気が向いたら見に来るといいさ。乗せてはやれないが、自慢の船を披露してやるぐらいはできる。……そのついでに、望むなら介錯もしてやる」

「じゃあ、辞世の句を用意したらお邪魔します。ただ、約束があるので、いけないとは思いますが」

「そいつは大変だ。約束を破ると舌を引っこ抜かれちまう」

 

 小町が舌を出しておどけてみせる。

 

「それにしても、泣く子も黙る死神なのに、なんだか緊張感がないですよね」

「やるべきときはやる、やらないときはやらない。仕事っていうのはオンとオフが大事ってね。長続きと長生きの秘訣さ。四季様は常にオンだけど。あの人は仕事が趣味なのさ」

「あはは。もっと早く聞いていれば、何かに活かせたかもしれませんね」

 

 思わず苦笑する。来世で活かすなどとお茶を濁すことは、もうできない。

 

「こんなこと言っちゃあ本当は駄目なんだが。……約束、果たせるといいな。どんな形で終わるにせよ、私たちの出番がないことを祈っておくよ」

 

 小野塚小町はそういってヒラヒラと手を振ると、鎌を振り回しながら去って行った。

 小町は映姫とは違い、笑いながらも私を観察するように常にこちらを見ていた。見かけの軽薄さは見せかけ、彼女は全く油断していなかった。

 私が自我を失っていたら、多分あの鎌は容赦なく振るわれていたのだろう。そうならなかったのは、運が良かったのか。それとも。

 

「やっぱり見逃してくれたのかな。良く分からないけど」

 

 いわゆる執行猶予というやつだろうか。だが、時間がくれば彼女は再び現れる。彼女たち、かもしれない。分からないけど。

 時間切れによる破綻を彼女たちは絶対に許さない。私の自我が完全に乗っ取られた場合、恐らく未曾有の大惨事に発展するだろう。種はもう撒かれてしまった。私は防殻であると同時に起爆装置でもある。

 つまり、私は誰かの手により壊されなければならない。恐らく、博麗霊夢がその役目を担うのであろうが。彼女がやらなければ八雲紫、それも駄目なら小野塚小町が最後に現れるのか。どうなるかはその時のお楽しみと言うやつだ。

 今八雲紫が現れないのは最後の情けというやつか。もしくは霊夢に経験を積ませたいのか。いずれにせよ、彼女の気が変わるまえに、私はこの異変をスタートさせなければいけない。

 

 

 ――ああ、私には時間が足りない。私に、もっと時間を。

 




草属性は成長が早いから育てやすい。豆知識です。

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