ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第六十五話 輝く夜の姫

 気がついたら、永遠亭の捕虜になっていた。何が起こったんだろうかさっぱりだ。本当どういうことなのか説明して欲しい。人里辺りから記憶が飛び飛びなのである。

 というわけで、答えを知っていそうな魔理沙に色々聞いていたところである。答えは簡単、私が乗り物酔いして気を失ったからだそうだ。箒で酔った妖怪というのは、もしかすると世界初ではないだろうか。幽香にでも知られたら本当に殺されかねないので、後で口止めしておかなくてはなるまい。

 

「まぁ、そんなこんなで大人しく投降したってわけさ」

「でも、随分素直に降伏したんですね。私を置いていっちゃえばよかったのでは」

「あのな、相棒を置いていける訳ないだろ」

 

 魔理沙が少し怒った表情をする。魔理沙は負けず嫌いのはずなのに。それを曲げさせてしまったのは、全部わたしのせいである。つい視線を逸らしてしまった私の肩を、魔理沙がポンと叩く。

 

「ま、こういうこともあるさ。何よりも、進む時と退く時、それを見誤らないのが大事なのさ。全部師匠の受け売りだけどな!」

「…………師匠?」

「はは、私にだって修行時代はあったんだぜ? 今も絶賛修行中だけどな!」

「……えっと。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

「おいおい、そんなにへこまなくていいって。勝つ時もあれば負ける時もある。そうだろう?」

「いえ、全部私のせいです。本当にごめんなさい」

 

 私が改まって更に平伏しようとすると、魔理沙に頭をパコーンと叩かれた。

 

「だから良いっていってるだろ。私とお前はペアだったんだ。だから何も気にするな! ……ああもう、次謝ったら全力でぶん殴るからな! いや、本気では殴らないけど本気で怒る!!」

「は、はい」

「分かればよし!」

 

 魔理沙に怒られたので、ここは素直に頷いておく。私は押しに弱いのだ。

 

「しかし八意永琳だっけか。アイツの栄養ドリンクの効果はすごいな。なにせ、お前の妖力が一気に回復したからな。何でできてるんだか調べてみたいぜ」

「え、永琳の薬?」

「ああ。ちゃんと私が毒見したから心配いらないぞ。本気でまずかったけど」

 

 そういえば口の中がなんだかイガイガする。なんだか後々の副作用が怖いが、まぁそのときは魔理沙も同じ運命だ。

 

「へへ。少し元気になったみたいだし、これからどうするかを考えたいところだな。気が変わったからやっぱり処刑するとか言われても困るし。とっとと逃げられれば一番なんだが」

 

 チャレンジャーな魔理沙。よく状況は分からないが、逃げてしまえばいいというのも確か。放っておけば他のペアがやってくるだろう。永遠亭の監視を抜けられればの話だが。主に永琳から。

 

「ど、どうします? 試しに逃げてみますか?」

 

 失敗したら、トイレに行こうとして道を間違えたとか適当なことを言えば良いのである。適当なことを言わせたら私の右に出るものはいない。

 

「うーん。さっき出口を探す為にこっそり感知魔法を使ったら、速攻で見張りの兎が飛んできたぜ。なんか結界でも張ってるっぽいんだよなぁ」

「うわぁ。それは厳しいですね」

「お前の母ちゃん並の監視だな」

「嫌なことを思い出させないでください」

 

 とにかく、こちらの行動は完全にお見通しと言うわけだ。それはそうだろう。私は見てないけど、月の賢者八意永琳なのだから。

 私が知る限り、幻想郷で一、二を争う強者のはず。実際にドンパチさせてみないと本当のところは分からないけど。ぶっちゃけ八雲紫と八意永琳ってどっちが強いんだろう。さっぱり分からない。

 それらと平然と殴り合ってそうな幽香も恐ろしい。スキマを展開しても、あの悪魔余裕で握りつぶしそうだし。永琳が永遠の命でも、幽香は『太陽が或る限り敗北はない。私は太陽の戦士だもの』とか言い出しそう。某仮面ライ○ー黒RXみたいに。――怖っ。

 

「一番やばそうなのは永琳だよなぁ。やけに神経質っぽかったし。赤青の変な服だったけど」

「き、聞こえちゃいますよ」

 

 どんな八意永琳なのかは分からないが、怒らせると怖い気がする。でも、赤青の二色服が似合うのは彼女だけだと思う。私が着たらあしゅら男爵レディになるだろう。笑いはとれるかもしれない。

 

「そんなこと気にする感じじゃなかったから平気だろ。冷徹な鉄の女って感じだったし」

「そ、そうですか」

 

 私は根にもつ方にベットする。永遠に忘れない感じ。本当に永遠に。

 

「……それにしても、なんだか外が慌しくないか」

「確かに、そうですね。一体なんでしょう」

 

 どたばたと廊下を駆ける音が聞こえてくる。『離せー!』という間抜けな声もだ。そのまま襖が開かれると、てゐの手によって誰かが放り投げられた。

 魔理沙は素早く湯呑と急須を持って回避。捕虜にもちゃんとお茶を用意してくれるあたり、永遠亭の文化度の高さが窺える。しかも多分高級茶葉だ。

 

「きゃあ!」

 

 畳にたたきつけられた天狗から、可愛らしい悲鳴があがる。

 一体誰が放り投げられたのだろうと観察する。うん、見覚えのある天狗だった。ツインテールが特徴的。

 

「ほい、新しいお客さんだよ。そこで大人しく仲良くしてなよね。脱走とか絶対に無理だから面倒な手間はかけさせないように!」

 

 てゐが手をパンパンとはたいて埃を落としている。打ん投げられたはたては腰を擦っている。涙目が似合う天狗である。

 

「い、痛いっ! なんなのよもう! ちょっと散歩がてら夜空を飛んでただけなのに! 暴力反対よ! 訴えてやる!」

 

 ダチ○ウ倶楽部なみのリアクション。ああ、私も混ざりたい。妖夢と私、それにはたてがいればバランスは完璧だろう。

 

「どこに訴えるんだよもう。それに嘘ばっかりついて。アンタ、ウチの兎に攻撃しただろう?」

「だ、だって。いきなり竹やり向けてくるし。その上竹やりを投げつけてくるし! 私はちょっと取材してただけなのに!」

「あのね。そういうのを威力偵察って言うんだよねぇ。アンタ妖怪の山の天狗でしょうに。ま、そのカメラは没収しないから安心しなよ。それじゃあ、他の客を歓迎しなくちゃいけないから」

 

 そう言うと、てゐは襖を閉めてまた慌しく廊下を駆けていってしまった。残されたのは、私、魔理沙、そしてプンプンと怒っている姫海棠はたて。一体どういうことなのだろう。永夜抄にははたての出番はないはずなのに。

 

「……なぁ。まさか、天狗が兎に負けたのか? あの傲岸不遜な天狗様が」

 

 魔理沙がジト目ではたてを見る。天狗が普段偉そうにしているのは誰でも知っている。

 

「な、なんのことかしら」

「いや、全部聞こえてたんだけど。なぁ燐香」

「ばっちり聞いてました」

 

 私が頷くと、はたてが更に動揺を見せる。

  

「ち、違うのよ。別に不意を衝かれてまんまとやられたわけじゃなくて。そう、敢えて捕まっての潜入取材を狙ったの! 私はわざと負けてあげたの! 分かる?」

「あっそ。じゃあ遠慮なく本懐を遂げに行ってくれ。そこら中に結界張ってあるけどな。ここのボスに見つかったら打ち落とされて、絶対焼き鳥にされるぞ」

「…………や、焼き鳥」

「焼き天狗でもいいけど」

「…………ゴホゴホ。腰が痛いからちょっと休憩しようかな」

 

 はたては元気をなくして座り込むと、深い溜息を吐きだした。私は魔理沙から急須を借りて、はたてにお茶を淹れてあげる。捕虜同士仲良くしたほうがお得である。何かあったら天狗の速度で連れ出してくれるかもしれないし。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとう。あ、あの……か、勘違いしないでよ。別に、お茶ぐらいで嬉しくなんてないし」

 

 はたては何故か顔を赤くしている。私のお茶じゃないし別に感謝する必要はないのだが。そのはたては、怒ってるのか、興奮しているのかは分からない。天狗ともあろうものが捕まってしまったので、もしかしたら恥ずかしいのかもしれない。

 

「は、はぁ」

「でも別に嫌なわけじゃないから。だからちゃんとお礼を言ったのよ。分かる? 分かるわよね? こんな言葉遣いだけど意地悪してるわけじゃないのよ。でも私は天狗だから仕方ないの」

「はい、とても良く分かりました」

 

 本当は良く分からない。

 

「ならいいわ。うん。勘違いされてたら嫌だし」

 

 面白いけどなんだか疲れる人である。はたてはお茶を一気飲みすると、カメラで写真を取りまくっている。携帯で念写できた気がするが、今日は外に出たい気分だったのだろうか。ほら、一応満月みたいなものだし。

 しかし、なんだか私たちの方ばかり撮っているような。何を取材しにきたのか分かっているのだろうか。

 

「……そ、そうだ。記念に写真撮るから、並びなさい」

「え?」

「写真?」

 

 唐突な言葉に私と魔理沙が顔を見合わせる。というか念写できるはずなのに、なんでわざわざここまでやってきたのだろう。

 

「そう、写真よ写真。知ってるでしょ?」

「それは知ってますけど。わ、私達のですか?」

「他に誰がいるのよ。知る人ぞ知るという超敏腕記者の、この、姫海棠はたてに撮ってもらえるなんて、とっても光栄なことなのよ。幻想郷中で自慢できるでしょう。ありがたく思いなさい」

「捕虜のくせに偉そうに。ま、いいか。捕まった記念に一枚撮ってもらおうぜ!」

 

 魔理沙が私を抱き寄せると、肩を組んでくる。そして、カメラに向かってピース。私も負けずにVサインだ。今回は負けて捕まったけど、細かいことは気にしないのが大事。

 

 私たちの意思を確認したはたては、笑顔を見せて嬉しそうにシャッターを切った。

 

「――って、きゃああああ!」

「な、なんだよおい」

「う、後ろ! 後ろ!」

 

 フラッシュがたかれると同時に、はたては悲鳴を上げて私達の後ろを指差す。一体なんだろうと振り返ると、そこには。

 

「こんばんは。なんだか楽しそうだから、私も入っちゃった」

 

 優雅にWピースをしているお姫様がいた。黒い長髪はなんだか艶かしい色をしている。その美人さんは和風ドレスっぽい着物を着て、楽しそうに笑っている。

 

「い、いつの間に」

 

 顔を引き攣らせているはたて。

 

「びっくりさせちゃった?」

「な、なんだよお前。ここの人間なのか?」

「さて、私は一体誰なのでしょう。ねぇ、貴方。貴方なら私のことが分かるんじゃない?」

「まさか、私ですか?」

 

 私にめちゃくちゃ顔を近づけてくる美人さん。というか蓬莱山輝夜さん。永遠亭だから間違いない。

 

「ええ。別に隠さなくてもいいわ。特に何かするつもりはないし。ね、貴方は私が誰か分かるわよね?」

 

 やけにテンションが高い輝夜。はたては眉をひそめながらも、私たちの写真をまた撮りまくっている。射命丸とは違った意味でちょっと鬱陶しいのだが、それは言わないでおこう。なんとなく、泣き出しそうな感じがする。

 

「えーっと」

「派手な服を着た変な女――って言ったら怒りそうだな」

 

 小声で耳打ちしてくる魔理沙。絶対に怒ると思うので、今回はボケるのはなしだ。

 

「か、輝夜姫、ですか?」

「ああ、大正解! 流石は異界の知恵を持つだけのことはあるわ。それじゃあご褒美に抱擁をあげましょう」

 

 輝夜が怪しく笑うと、私と魔理沙の間に強引に押し入ってくる。そして全力で抱きついてくると、人懐っこく微笑む。まさに生きるカリスマ。人を惹きつける魅力が凄まじい。歴史シミュレーションゲームなら魅力99とかありそう。

 と、なんだか手から青白い光が生じて、私の体に入り込んできた。なんだか身体が少し楽になった気がする。

 

「な、何を」

「うふふ。こう見えても一応姫だから、何かご利益があるかもしれないわ。まぁ、細かいことはどうでもいいじゃない」

「姫なのに、なんだかお転婆だな」

「よく言われるわ。それにね、今日は気分が昂ぶるのよ。人間に妖怪に天狗に悪霊。それをお迎えするのは月人と可愛い兎。まるでお祭みたい。ああ、こんなに賑やかなのは久しぶり。それなら天照大神だって思わず顔を出すというものよね」

 

 輝夜が私の湯呑をとって、お茶を飲む。姫なのになんだか行動的だった。輝夜ってこんな性格だったっけ。うん、知るわけがない。最近、原作の知識と違う事が起こりすぎて、あまりアテにはしなくなっている。主にルーミアのせい。原作のルーミアはあんなに腹黒くないと思う。うん。

 

「うーん。お前、本当に姫なのか?」

「ええ、間違いなく姫よ。凄いでしょう?」

「ということは、さっきの永琳より偉いのか?」

「ええ、永琳より偉いわね。彼女は私の大事な従者だもの」

「じゃあ、お前が異変の黒幕の黒幕ってことか?」

「……そうねぇ、黒幕と言うか、正当防衛みたいなものかしら。だって、私はここにいたいんだもの」

 

 そう言うと、輝夜は口元を袖で隠して笑う。今度は、高貴な感じがして近寄り難い雰囲気を醸し出している。中々難しい性格のようだ。

 

「じゃあ月をおかしくしてるのは、お前なのか? 一体なんのために?」

「さぁ。どうしてかしらね。ああ、ちなみにここから見える月は本物よ。あれこそが真実の満月。折角だしその目で直接見てみる?」

 

 輝夜が手を翳すと、庭側の木戸が勝手に開いていく。そこから見える夜空には、怪しく輝く満月が浮かんでいた。

 

「――本物の、月」

「ま、まずい。あれは駄目! 貴方たちは見ちゃ駄目!! 目をつぶって!」

 

 はたてが私と魔理沙に飛び掛ってきた。ついでに輝夜も巻き込まれて、四人全員畳に倒れこむ。

 

「きゃっ」

「ぐぶっ」

「おい! いきなり何をするんだ!」

 

 一番情けない悲鳴が私のである。はたてのダイブをもろにうけ、後頭部をたたみに打ち付けてしまった。痛い。でも、羽が肌にさわってちょっと気持ちが良い。

 

「あの月は、人間が直視して良いものじゃない! だから、見たら駄目! 貴方は人間じゃないけど駄目!! 駄目って言ったら駄目なの!」

 

 はたては駄目駄目連呼すると、私の目を両手で強引に塞いできた。よく分からないけど、従ったほうが良いのだろう。しかし、はたては意外と面倒見がよい性格らしい。人間の魔理沙だけでなく私まで助けてくれるとは。意外と良い人――天狗なのかも。

 

「ふふ。天狗のくせに意外と臆病なのね。それとも貴方が天狗の異端なのかしら。貴方にもっと興味を持っちゃったわ」

「わ、私のことは放っておいて。それに、私は天狗だからヤバさが分かるのよ。アンタ、悪戯半分で、この子たちを廃人にするつもり?」

「それも少し面白いかもね。白黒の魔理沙に、白黒の燐香。二人とも手元に置いて、永遠に愛でるというのも中々素敵かも。例えなんかじゃなくて、本当の意味で“永遠”にね」

 

 輝夜が邪気のない笑みを浮かべる。だが、目がちょっと怖い。本気なのか冗談かが本当に分からない。意思が読めない。魔理沙も少し顔を顰めている。はたてはすっと立ち上がり戦闘態勢を取りだした。私たちの前に立ち、羽を全開に広げている。

 

「ぜ、絶対に敵わないだろうけど、逃がす時間くらいは稼いでみせる。霧雨魔理沙、私が足止めするから燐香を連れて逃げなさい」 

 

 いきなり男前になってしまったはたて。一体どれが本当の顔なのか。魔理沙は箒に手を伸ばし逃走の態勢に入る。わたしの腕を掴んで。

 

「ふふ、冗談だから大丈夫よ、天狗さん。それに、ここには結界が張ってあるから、アレの悪い影響を受けることはない」

「…………」

「本当よ。姫は嘘をそんなにつかないの。本気だったら何も言わずに実行しているわ。そうでしょう、薔薇の騎士さん?」

 

 右手から真っ赤なバラを出現させると、はたてに放り投げる輝夜。マジシャンみたい。

 

「……な、なんでそれを!?」

「うふふ。さ、誤解が解けたら少し落ち着きましょうよ」

 

 意味深に笑う輝夜。驚きの声をあげたはたてだったが、ぐぬぬと唸ると、無言で座りこむ。少し目が怒っている。が、私の視線に気付くと、なんだか照れくさそうに顔を逸らした。

 魔理沙はしばらく警戒していたが、飽きてしまったらしく月を興味深く観察しはじめた。私も一緒に眺めてみたが、違いが良く分からない。でも、いつもとは何かが違う印象を受ける。

 

「うーむ」

「どうかしたの、魔法使いさん。難しい顔をして」

「お前らの狙いはなんなのか考えてたのさ。まさか、お伽噺にあやかろうとして月を弄ったのか?」

 

 竹取物語。魔理沙はまだ輝夜と永琳が不死の存在だとは知らない。

 

「ふふ、そうね。もしかしたらそうかもしれない。ちなみに、私の名前は蓬莱山輝夜。そのお伽噺に出ているのはこの私なの。ちょっと前に月から旅行にきたのよ」

「そうかいそうかい。で、月には兎が一杯いるんだろ? 皆で仲良く餅をついてるんだ」

「ええ、沢山いたわね。そんなに餅はついてなかったけど。もしかして、信じてくれるの?」

 

 輝夜が嬉しそうに尋ねる。

 

「ここは普通に亡霊がうろついて、鬼や吸血鬼もでる場所だしな。今更なにが出ても驚きはしないさ」

「ああ、それは確かに。カオスな世界ですよね!」

「…………」

 

 私が同意すると、魔理沙が何か言いたそうな目をこちらに向けてくる。私もカオスの一派に入れられた気がする。実に心外である。

 

「まぁなんにせよ、ご苦労なこった」

「そうなのよね。今まで本当に苦労してきたのよ。主に永琳がだけど」

「お前じゃないのかよ。……で、本当は何が目的なんだ?」

「ここに月の民を近づけさせない事よ。私はここが好きだから帰りたくないの」

「なるほど。絶賛家出中ってことか」

「ふふ。素敵な例えね」

 

 輝夜が心から楽しそうに微笑む。カリスマと魅力の光が溢れ出す。男性からしたらグラッとくるのかもしれない。私は女なので、嫉妬するべきなのだろうが、格が違いすぎるので、ぼけーとするくらいが関の山である。

 

「……それで、一番気になってることなんだが、結局私たちをどうするつもりだ」

「別に何もしたりしないわ。久々のお客様だから、のんびり楽しんでいってくれると嬉しい。それに、ちょっと不思議なことがあって。分かたれた全ての紐は一つに収束するはずなのに、貴方たちだけ何故か捻れていた。私はそれを解しにきたの。そうしないと、物語が破綻しちゃいそうだったから」

 

 今度は裾から紐を取り出した輝夜。8の字に結ばれたそれを、掌でまるめると四本の紐に分裂させてしまった。やっぱり手品師顔負けである。

 

「紐? なんのことです?」

「あら、気になるのかしら」

 

 私が問いかけると、また抱き着いてきた。悪戯猫かというぐらい、突拍子のない行動をとる人である。姫だから仕方がない。

 

「えっと、姫の能力のことでしょうか」

 

 蓬莱山輝夜の能力、永遠と須臾を操る程度の能力。ぶっちゃけ良く分からない。時間操作の凄いバージョンだと思うけど、もっと複雑らしい。知らないけど。それに比べて私の能力は凄く分かりやすい。植物を操る程度だし。

 

「紐に色がついたり、勝手に結びついたり、どこからともなくするりと伸びてきたり。この世界は思いもよらないことが起きたりする。それは私とて例外ではない。ああ、地上って本当に面白いわ。“見てる”だけで心が躍るもの」

 

 ねぇ? とはたてに上機嫌に語りかけている。はたてはなんだか引いているが、輝夜はおかまいなしだ。

 思いもよらないことが起きているというのは当たっている。私の存在がそれだ。イレギュラー極まりない。というか輝夜は色々知っていそうなのだが、絶対にはぐらかされる。蓬莱山輝夜も紫や幽々子系な性格らしい。大事なことをぼかして意味ありげに語るという厄介な人種。常に煙に巻く話し方だが、後になると核心を衝いていることが多い。

 というか、自分も例外ではないとはどういう意味だろう。さっぱり分からない。

 

「いきなり黙ってしまったけれど、また調子が悪くなってしまったの?」

「いいえ。ただ哲学系の話は苦手なんです。寝るときには丁度いいんですけど」

「今そんな話してたっけか? 意味がありそうでなさそうな話だったけど」

 

 魔理沙のツッコミ。素早い反応はさすがである。これが妖夢ならボケを重ねてくるところだ。私がそれにツッコム羽目になる。

 

「そういう類の話は私も眠くなるから安心して。それにしても、せっかく綺麗な赤髪なのに、偽物の金色に染めちゃうなんてもったいないわ。後でちゃんと直すようにね?」

 

 そう言って、私の頭をわしゃわしゃと触ってくる輝夜。染めている事すらお見通しとは流石は姫である。

 かなりこそばゆいので止めてほしいが、私は捕虜なので発言権はないのだろう。あまり機嫌を損ねると、永琳が飛んできて殺される可能性がある。八意永琳はやばい。

 と思ったら、襖が開いて、その八意永琳が現れた。その顔にはありありと敵意が浮かんでいる。主に私に対して! 寝ている間に、何か粗相をしてしまったのだろうか。全く覚えがない。寝ゲロとかしてたらどうしよう。

 

「姫、今すぐそれから離れなさい。貴方はそれに触れては駄目よ」

「ふふ、とても怖い顔ね永琳。皆脅えちゃうわ。ちなみに、どうして駄目なのかしら?」

「そいつが穢れているからよ。いえ、穢れそのものね」

 

 輝夜がいなければ、本気でぶち殺されそうな気配。目が本気でやばい。硬直していると、はたてに背中をひっぱられる。少し距離が開いたので、ちょっとだけ安心――できるわけなかった。なぜかというと、輝夜もセットでついてきたから。永琳を挑発するのはやめてほしいところ!

 

「ふふ、でも今は白いわよ。それにほっぺたが凄い柔らかいの」

「いつ爆発するか分からない危険物よ。貴方はそれに近づいては駄目。だから早く離れなさい」

「そうやって何でも隠そうとするから余計に興味を持つのよね。それが人の心理というものでしょう」

「隠さなくても興味を持つくせに」

「私から興味を取り除いたらお人形になってしまうわ」

「そうでしょうね」

 

 永琳が深い溜息を吐く。輝夜は相変わらず私を抱えて笑っている。

 

「ああ、私のことを本当に良く知っているのね。さすがは永琳」

「……一つだけ聞かせて、輝夜。それの何が気に入ったの。妖怪の“玩具”が欲しいなら他に用意するけれど」

「他のはいらないわ。私はこの子が気に入っているの」

「それはどうして?」

「白と黒の物語の行く末が気になるの。目が離せない天狗さんの気持ちが良く分かるわ。ほら、私は綺麗なモノが大好きだから。ね、これっていけないことかしら」

「ええ、いけないわ」

「それはごめんなさいね。でも私は我が儘だから、聞く耳を持たないわ。それに、貴方が困る姿を見るのも好きなの。私の大事な生き甲斐の一つね」

「…………」

 

 輝夜と永琳のやりとりが続く。はたては息を呑んでそれを見守っている。なんだか身体に力が篭っているようだ。ちょっと震えているみたいだけど、やるならやるぞという覚悟を持っているっぽい。魔理沙も気合十分といった感じ。うん、立派なことである。

 私はまな板の上の鯉になったつもりで観念している。永琳は超強いし、輝夜も超強いので逆らっても仕方がない。だって死なないし!

 

「失礼します師匠! また防衛線が突破されました! わ、私とてゐだけじゃとても止められません! とんでもない連中なんです!」

「今は取り込み中よ優曇華。下がりなさい」

「で、でも! もうすぐここまで来ちゃいますよ! 波長を乱してるのに、あの巫女全然効かないんです! 時を止める変な人間もいるし!」

 

 駆け込んできた鈴仙がひたすら情けない声を出している。永琳は鬱陶しそうに手で追い払うが、鈴仙は動こうとしない。それを見た輝夜は、立ち上がり永琳に近寄っていく。

 

「歓迎してあげなさい、永琳。この美しい満月に相応しい優雅な勝負をお願いね。あと、一番美味しいところは私に譲るように。何があろうとそれは忘れちゃ駄目」

「……本当に我が儘な姫ね。しかも理不尽極まりない」

「でも貴方は聞いてくれるのでしょう? あの時と同じように」

「ええ、あの時と同じように。私は貴方の言う事はなんでも聞く。どんな我が儘だろうと、理不尽な命令であろうとも、実行できるように最大限の努力をする。……でも、たまには私の言う事も聞いて欲しいわね」

 

 永琳が優しく笑う。どこか壊れているように思うのは気のせいだろうか。今の永琳の目には、輝夜以外映っていない。

 

「うふふ。じゃあちょっとだけ考えておくわ。それじゃあ、私はここで皆で楽しんでいるから。いってらっしゃい」

「ええ、いってくるわ。行くわよ優曇華」

「は、はい師匠!」

 

 輝夜が手を振ると、永琳は冷静な表情に戻り、鈴仙を伴って出て行ってしまった。恐らく、こちらに向かっている霊夢たちの迎撃に向かったのだろう。数が多いと鈴仙が言っていたから、多分人妖勢ぞろいみたいな感じ。つまりはオールスターバトルである。

 魔理沙も行きたいのだろうが、残念ながら私たちは姫の接待役である。

 

「今、団子を持ってこさせるから待っててね。月といったら団子だもの。忘れてはいけないわ」

「……弾幕勝負を見ながら月見団子をパクつくってか? 上品とは言い難いんじゃないか」

「全然きにしないわ。目で楽しむのも良いけど、美味しいのが一番だもの」

「ええそうですね。凄く分かります」

「ありがとう。花より団子というけれど、私は両方楽しんじゃうの。なにせ我が儘だから」

「確かに、姫は我が儘そうですね」

 

 私は輝夜の言葉に頷いた。怒られるかと思ったけど、嬉しそうに笑っている。

 

「ふふ。我が儘なくらいが丁度いいのよ。そうじゃなきゃ人生つまらないわ。貴方ももっと我が儘になるといい。子供だけに許された特権よ」

 

 なんというか、おちゃらけたかと思うと真面目になったり、つかみどころのない感じ。でも、カリスマは凄い。易々と触れてはいけない厳かな雰囲気があるし。さすがは姫だ。でも、彼女が触れてくるのでこれは不可抗力。

 ようやく輝夜が縁側に腰掛けたので、私と魔理沙もそれに続いて座る。はたては、なんだか居心地悪そうにうろうろした後、私達の前に立って、シャッターを切り始めた。

 

「あら。お行儀が悪い天狗ね。さっきまではあんなに怖い顔をしていたのに」

「……後で貴方にも写真をあげるから、今は見逃して。きっと、貴方達の素敵な記録になると思う。永い人生の、大事な思い出の一つに」

 

 なんだか真面目な顔のはたて。最初はへっぽこだったけど、今は結構格好よかった。

 

「ふふ。なら許してあげる。記憶も良いけど、ちゃんとした形として残すのも悪くない。後で、あんなこともあったと、感慨に耽られるから。……その日のことを想像するだけで、一カ月はしんみりと過ごせそう」

 

 輝夜は姫だけあって結構寛容だった。少しだけ寂しそうだったが、団子がくると嬉しそうにパクつきはじめた。私と魔理沙も遠慮なくいただく事にする。もしかすると、仲良くなれるのかもしれない。自分たちは一応捕虜のはずなのだが、もうそんなことを気にする人は誰もいない。

 

 でも永琳は本当に怖そうなので、怒らせないように気をつけよう。栄えある妖怪実験体第一号にされるのはごめんである。


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