ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第六十四話 賢者の選択

「捕虜?」

「は、はい。侵入者が現れたので迎撃したのですが、その、呼びかけに応じて素直に投降してしまいまして。どうしたものかと」

「なんで貴方が困っているの。自分で呼びかけたのでしょうに」

「いや、物の弾みと言いますか。普通、あの流れで投降するのはありえないと思って、その、つい挑発じみた物言いを」

 

 廊下で状況報告を受ける八意永琳は、片目を閉じる。鈴仙は、困惑した表情で立ち尽くしている。竹林を突破されるのは想定済み。

 後は鈴仙の能力で大半を削ぎ落とし、永琳が残りの全てに対処する。それが終わる頃には、月の使者たちも諦めるというのが計画だ。夜が止められているようだが、そんなものは妨害には入らない。誰がやっているのかは知らないが、偽の月を元に戻すだけの力はないようだから。ただの時間稼ぎならば、むしろこちらに利益がある。

 

「それで、捕虜というのは一体何者なの」

「魔法使いを名乗る霧雨魔理沙という人間です。人間のくせにかなり動きが素早い奴です。それを活かしてここへ一番乗りしたとか言っていました」

「なるほど。一番乗りということは、他にも向かって来ている訳ね」

「はい。博麗の巫女と妖怪の賢者、亡霊姫の主従、人形遣いと妖怪コンビ、吸血鬼とそのメイドがこちらへ向かっているそうです」

 

 鈴仙の言葉に八意永琳は溜息を吐く。ここの人妖たちは好奇心が強い連中のようだ。黙って見ていれば良いものを。いずれにせよ、誰にも邪魔はさせない。

 

「はぁ。それはまた千客万来ね。ならばしっかりもてなしてあげなさい。言うまでもないけど、絶対に姫の元へ通しては駄目よ」

「もちろんです! 今はてゐが迎撃しているはずです。……そ、それと、もう一人の方なんですが」

 

 何故か言葉を濁し気味になる鈴仙。

 

「あら、まだいたの?」

「はい。霧雨魔理沙が連れていた子供の妖怪が。名前は風見燐香、能力は花を操るようです」

「そう。で、その妖怪に何か問題でもあるの?」

「こいつの波長がどうにも異質なんです。幾百の波が、ぐちゃぐちゃに混ざり合ってるというか、混沌としているというか。今は昏睡状態なので、客間で寝かせてあります」

「混沌、ねぇ」

 

 永琳は顎に指を当てて考えを巡らす。どうにも厄介な属性もちらしい。そういう連中を排除するのが鈴仙の仕事なのだが。

 

「霧雨魔理沙が投降してきたのも、彼女の体調が悪化したからなんです」

「それはまた面倒な捕虜をとったものね。とっととお帰りいただけばよかったのに」

「そう思ったんですけど、その。放置するのもなんだか後味が悪いと言うか。子供を見殺しにするのは、ちょっと」

「私たちの敵なのに?」

「て、敵でも、子供は流石に」

「なるほど。貴方は迎撃が任務にもかかわらず、情けを掛けて連れてきてしまったと。そういうことね」

 

 鈴仙が視線を逸らす。彼女の欠点、あるいは長所とでもいうべきなのか。どんなときでも、甘さを殺しきれないのだ。それは自分に対してもだ。その子供への同情心と同じくらい、後で自分が傷つきたくないという思いがあったはずだ。子供を見殺しにしたという罪を背負いたくない。だから、助けてしまった。

 その甘さ故、故郷の月が侵略されたとき、鈴仙は同胞を捨てて一人で逃げ出した。命を賭けて戦うという決断ができなかった。だから目を閉じ耳を塞いで逃げ出した。

 別にそれを責めるつもりもない。本人もひどく後悔しているようだし、二度と繰り返さないと誓っていた。その約束が守られるかは知らないが。

 なんにせよ、永遠亭で保護してからの鈴仙の働きは十分である。現状、特に不満もない。ならば問題はない。逃げたとしても、最後の門番たる自分が全てに対処するだけのこと。

 

「まぁいいわ。別に貴方がやりすぎた訳でもないのでしょう? 文句を言われる筋合いもないはずよ」

「まぁ、それはそうなんですけど」

「話を聞く限りでは、精神操作系統の能力に致命的に弱いのかしらね」

 

 できるだけ侵入者の戦い方に合わせろと、永遠亭の兎たちには命令してある。敵が弾幕勝負で来るならばそれで迎え撃ち、殺傷目的で攻め寄せて来たならば全力で殲滅する。報告を受けている限りでは、スペルカードルールは守られているらしい。

 

「恐らくは。私の波長を操る能力が、風見燐香には効き過ぎるようなんです。彼女からしたら、私は最悪の天敵ではないかと」

「とても良く分かったわ。後は私が“適切”に処置するから、貴方は持ち場に戻りなさい」

「……師匠。まさか」

「貴女が心配する必要は何もないわ。余計な敵を作るつもりはない。恩を売る格好の機会でもあるしね。まぁ、どうするかは見てから決めるけれど」

 

 医術についての知識はあるつもりだ。どういう状況なのかは見ないと分からないが、助けてやれば恩義を感じるだろう。恨みを買うよりも、恩を売って今後に活かした方が都合が良い。月の使者を追い返したとしても、この場所は露見してしまっている。周囲の人妖たちと、嫌でもやりとりをしなければならない。あわよくば今後の交渉の潤滑油となってもらおう。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 何故かお礼を言ってくる鈴仙。永琳は思わず呆れてしまう。甘いにも程があるというものだ。

 

「全く。貴方は、割り切るという事を少し覚えた方がいいわね。そんなことじゃ早死にするわよ」

「や、やめてください。縁起でもない!」

「冗談よ。馬鹿みたいに真面目なのも相変わらずね。それじゃあ防衛指揮を引き続きよろしくね、優曇華」

 

 鈴仙の肩を優しく叩くと、永琳はその場を離れる。捕虜は客間にて待機させてあるらしい。招かれざる客人という意味では、そこが最も相応しいのかもしれない。そもそも、この永遠亭には牢屋などという無粋なものは存在しないから仕方がない。

 

 

 

「お疲れ様です、永琳様。捕虜は大人しくしています」

「話は聞いているわ」

 

 監視役の兎に合図して客間の襖を僅かに開けさせ、中の様子を覗き見る。

 布団に横たわるのは、金髪の子供。これが風見燐香か。髪から僅かに魔力が感じられる。恐らく色を誤魔化しているのだろう。集中してみれば、本来の髪色は赤だと分かる。わざわざ変えている理由は知らないが、知る必要もないだろう。

 それを見守るように壁にもたれかかっているのが魔法使い、霧雨魔理沙だろう。特に暴れるでもなく、大人しい。話では箒に乗って玄関から威勢よく突撃してきたらしいが。

 

「中に入られますか?」

「……そうね。一応挨拶ぐらいはしておこうかしらね」

「分かりました。どうぞお通りください」

 

 中へ入ると、霧雨魔理沙がゆっくりとこちらに目を向けてくる。特に何かを企んでいる気配はない。捕虜としては模範的な態度である。

 

「……あー、ついに黒幕のお出ましかぁ」

「そういうことね。それで、貴方のご期待には沿えそうかしら?」

「はは。折角だけど私達は捕虜だからな。評価できるような立場じゃない。負け犬の遠吠えぐらいなら聞かせてやれるけど」

「それは遠慮しておくわ。まだまだお客様がいらっしゃるみたいだし。ああ、いちおう名乗っておくわ。私は八意永琳。それで、貴方達がここに来た理由を聞かせてくれる?」

 

 問いかけると、魔理沙が苦笑する。

 

「あの月の異常をなんとかするためだった。ま、後は他の奴に任せるさ」

「やけに諦めが早いのね。それとも、牙を隠して何かを狙っているのかしら?」

「私だけなら、そうするかもしれないけどな。燐香がいるから無茶は止めておくよ。本当は歯軋りするほど口惜しいが、外に出さないように努力してるのさ。……歯を食い縛って、無理矢理頭を冷やしてな」

 

 魔理沙が何かを堪えるような表情で、淡々と呟く。この様子なら、勝手に抜け出して何かを企むといったことはないはず。嘘を言っている様子はない。永琳が威圧をかけながら問いかけたにも関わらず、特に動揺する様子はなかった。嘘を言っていれば必ず反応する。

 

「捕虜にこんなことを聞くのも妙な話だけど。私は少々医術の心得があるの。貴方がよければ、その子を診てあげてもいいけれど」

「へぇ。さっき出された高級そうなお茶に続き、診察までしてくれるとは至れり尽くせりだ。是非お願いしたいところだが、その代償はなんだ?」

「代償?」

「魔法使いとの取引は基本等価交換だからな。タダほど怖いものはないのさ」

「ああ、そういうことね」

「ああ、そういうことさ」

 

 魔理沙がおどけてみせる。

 

「なら、貴方への貸しということでどうかしら。どう返してくれるかは貴方に任せるわ」

「……何よりも恐ろしい話だぜ」

 

 永琳としてはどうでも良い。返さなければそれだけの話。そういう人間なのだという判断材料になる。この身体になって以来、欲しいものなど特にはない。

 

「ふふ。貴方、中々面白い性格をしているわね。ただの人間なのに、中々興味深いわ」

「お褒めに預かり光栄だよ」

 

 そう言って、魔理沙が頭を下げてきた。取引は成立だ。永琳は横たわる燐香の傍に座る。掛け布団をどけて、右手を翳す。

 

「……何をするつもりなんだ?」

「まずはこうして身体を診るのよ。私は全知全能の神じゃない。情報がなければ、どう対処するかなんて分からないでしょう?」

「ごもっとも」

 

 強く警戒心を露わにした魔理沙が、それをすぐに和らげる。

 風見燐香は青白い表情で眠りについていた。僅かに動く胸が、いまだ生きているという事を証明している。だが、それが止まれば本当に死体のようだ。まるで生気を感じられない。

 翳した右手に霊力を篭め、頭部から足元へゆっくりと動かして精密に『調査』する。それが何から構成されているか、どれほどの力を持っているか、身体の部位、臓器に異常はあるかなどの情報を得る事が可能だ。治せるかどうかはまた別の話であるが。

 

「…………」

「……ど、どうなんだ?」

「……肉体に異常は見られない。臓器も問題なし。鈴仙の能力の影響で、この子を構成する妖力に乱れが生じたのが原因と思われる。最善の処置は、安静にして体力と精神力を回復することでしょうね」

「……そうか」

「うちの兎用に作っている栄養ドリンクを持ってきてあげる。妖力の回復を早めてくれるはずよ」

「それは有難いが、高い借りになりそうだなぁ」

「さぁて、それはどうかしらね」

 

 永琳は口元を歪めると立ち上がり、部屋を静かに退出した。

 

「…………」

 

 嘘はついていない。肉体、臓器ともに異常はない。妖力が乱れているのも本当のこと。だが、一番の問題はだ。風見燐香を構成している“何か”が壊れかけている。核、のようなものだろうか。

 彼女の力の源は人間の『穢れ』だ。それは本来、時とともに霧散し一箇所に留まることはない。それがこの世の摂理だからである。

 しかし、何らかの要因によりその『穢れ』が強引に繋ぎとめられている。そのおかげで、風見燐香はこうして存在する事ができている。

 その核とも言える『何か』に皹が入っている。少し不安定になれば、構成物質が噴出してしまうだろう。人事不省になったのもそのせいだ。つまり、その核が壊れれば風見燐香は霧散する。

 繋ぎとめられている『穢れ』が何らかの要因で暴れ狂いでもしたら、それも命取りとなる。ああ、なんと脆い存在だろうか。まるで砂上の楼閣だ。

 

(……さて、どうするか)

 

 永琳は悩む。このような存在だとは予想もしていなかった。軽く診てやり、恩を売るという考えしかもっていなかった。だが、これの存在は正直厄介だ。はっきり言って、燐香が消えようが死のうがどうでも良い。いや、輝夜以外の誰がどうなろうと、本当にどうでも良いのだ。――もちろん、自分も含めてだ。

 だが、それでは輝夜が喜ばない。よって、面倒見の良い性格を努めて演じているだけである。かなりの年月をそうして暮らしているから、それもある意味では自分と呼べるのかもしれないが。

 

(このまま見過ごすか、直ちに殺すか。どうするのが最善かしら)

 

 ここで霧雨魔理沙ともども風見燐香を殺してしまうのが一番楽だ。そうすれば何かが起こることはない。構成している『穢れ』は完全に封印し、宇宙空間にでも放り込んでしまえば良い。それで全て終わり。知り合いやら身内の人妖が復讐に来たら、それも含めて皆殺しだ。

 逆に見過ごしたらどうだろうか。しばらくの間は良い。だが、燐香の取り込んでいる『穢れ』が、万が一にもばら撒かれでもしたら。いや、下手をすると数倍にまで膨れ上がっている可能性すらある。バランスが完全に崩れたとき、どう転がるかは予測ができない。強力な『何か』に押さえ込まれている分、その反動の強さは想像を超えるだろう。

 最も避けなければならないのは、輝夜に影響が及ぶことだ。命より大事な輝夜に、あの娘の『穢れ』が振り掛けられでもしたら。想像するだけで全身に鳥肌が立つ。地上は穢れていると月人共は言うが、輝夜はあの時から変わりなく輝いている。その名の通りに、永琳を照らし続けてくれている。それを汚すことは何人だろうが許されないし許さない。絶対にだ。

 

「――よし。殺そう」

「悪いがそうはいかないんだよ。月の賢者様」

「……あら。まだお客様がいたなんてね。ちょっと油断したかしら」

「いや、アンタは油断なんてしていない。ただ、私がアンタを上回っただけのことさ」

 

 永琳の背に、鋭利な何かが突きつけられている。油断した覚えはない。ただ、気がついたときには背後に誰かがいただけのこと。かなりの実力者なのは間違いない。だが恐れる必要はない。どうせ自分は死ぬことはないのだから。

 

「なら振り返っても良いかしら? 素敵なお客様の顔が見てみたいのだけど」

「駄目だね。そのまま前を向いてな。おっと、悪巧みはするなよ。こちらを向いたら、その瞬間から戦闘開始と見做す」

「そう。じゃあもう少しだけこのまま話をしましょうか。私の不意を突いたのはお見事だけど、この後はどうするつもり?」

「まずは物騒な決定を撤回してもらいたいね。月の賢者を名乗るぐらいなら、あの子達に善意を振り撒いてやりな。それぐらいの余裕を見せても罰は当たらないだろう」

 

 その身勝手な言葉を聞き、永琳は思わず鼻で笑う。

 

「誰から聞いたのかは知らないけど、賢者などと名乗った覚えはないわね。それに、見るに堪えない『穢れ』の塊を助けてやれと? あれは存在しているだけで罪よ。とても見過ごせない」

「それでも助けてやれ。全てを受け入れるのが幻想郷のお約束らしいからね。なぁに、心配要らないよ。あの子のバランスが崩れても、アンタの大事な姫に影響は及ばない。例え物語が悲劇に終わっても、そういうことにはならないのさ」

 

 断言する女。永琳は少しだけ興味を覚える。

 

「とてもお詳しいのね。良ければ理由を知りたいわ」

「簡単な話だ。色々と手を貸したのはこの私だからさ」

「あの子の核を形成したのは貴方だと言うの? それはどういう意図により?」

「長年の友誼と興味本位だね。くくっ、どんな最後を迎えるか、考えるだけでワクワクするよ」

 

 背後で愉しそうに笑う女。さぞかし素敵な笑顔を浮かべているだろう。

 

「なるほど。貴方、中々良い性格をしているようね」

「そりゃそうさ。私は悪霊だからね」

「それは怖い。で、理由は本当にそれだけ?」

「あとは未熟な弟子の尻拭いかな」

「なるほど。それを聞いて完全に納得できたわ」

「そうかい。……で、どうするね?」

 

 悪霊が試すように問いかけてくる。どういう理由かは分からないが、こちらの事情についてはかなり知っているようだ。月から来たこと、そして輝夜がいることすら知られている。このまま戻したくない相手だ。悪霊を殺すというのも変な話だが、始末してしまうのが最善に思える。

 

「私たちのことはどこまで知っているのかしら?」

 

 念のためにカマを掛けて見る。返答次第では即座に攻撃を仕掛ける事にする。

 

「ある程度は」

「それを聞いているのよ」

「絶対に死なないんだろう」

「ええ」

「恐ろしい話だね」

「そうでしょう。他に知っていることは?」

「さぁて、ね。――ただ」

 

 意味ありげに間をおく悪霊。

 

「何かしら」

「お前、自分は死なないから、『敗北は絶対にない』と考えているんだろう? でも、そうじゃあないんだよなぁ」

「へぇ?」

「大事なお姫様を汚されたくないんだろう? そんなに『穢れ』が嫌いなら、お姫様ともども穢れの大元に落としてやるよ。そこで私と未来永劫戦い続けるってのも乙なものだろう」

「それはとても魅力的なお誘いだけど、お互いにかなり疲れるのは確かでしょうね」

「だからさ、私としてはあの子たちを助けてやって欲しいねぇ。そんな無粋な毒薬は捨てて、愛情たっぷりの栄養ドリンクを持っていきなよ」

 

 背後の悪霊の殺意が薄れていく。永琳も臨戦態勢を解く。お互いに利益がない選択肢だからだ。永琳としても、わけのわからない場所に引きずりこまれるのは面倒だ。直ぐに脱出できるだろうが、数日は輝夜に不自由をさせてしまう。それは避けたい。万が一にも、本当に穢れの大元とやらに落とされてしまったら大問題だ。

 ならば当初の予定通り適当に恩を売り、あとは無干渉というのが最適解だろう。

 

「それにしても。ここまでやるくらいなら、とっとと弟子とアレを回収して脱出すればいいものを。わざわざ余計な手間をかける理由があるの?」

「ふふ。こっそりと手助けするから格好良いのさ。後で馬鹿弟子が気がついたときに、たくさん自慢できるだろう?」

 

 心から愉快そうな声。死んでいるくせに人生を謳歌しているようだ。

 

「悪霊の癖に、人間のようなことを言うのね。私にはさっぱり理解できないわ」

「生きていようが死んでいようが、好きなようにやる方が楽しいさ。長い人生だもの」

「ああ、それには同感ね」

 

 永琳は毒薬の入った瓶を庭へと投げ捨てた。割れた瓶から漏れた液体が、音を立てて蒸発していく。

 

「それじゃあ後は任せるよ。私がいたことは秘密で宜しく」

「ちょっと待ちなさい。さっきから貴方にだけ都合が良すぎるわ」

「悪霊だから仕方ないだろう」

「開き直らないで頂戴」

 

 永琳が棘を含めて言葉を投げつけるが、悪霊は笑って誤魔化す。こちらは未だに顔すら見る事ができていない。

 

「私がでしゃばると弟子の教育に悪いのさ。そうそう、姫様に迷惑をかけないってのは約束するよ。何が起ころうと、『穢れ』はアンタの姫様には影響をもたらさないようにする。ま、ちょっと世界が騒々しくなるかもしれないが」

「なら、名前ぐらい教えなさい。顔も見せてもらわなくてはね。それが私と貴方の契約の証となる。それが出来ないなら、今の話は全部なかったことにするわ」

「一々細かい女だねぇ。まぁいいさ。それじゃあ、振り返りなよ」

 

 八意永琳は振り返る。青い装束に、月を模した杖を握る悪霊がそこにはいた。得意気に笑う目の奥には、深い闇が湛えられている

 なるほど、かなりの実力者と分かる。永遠の命をもっていても、殺しきるのは骨が折れそうな相手。なにより、その表情が『私は死んでもしつこいです』と訴えかけている。絶対にしつこいだろう。

 永琳が無言で観察していると、悪霊はニヤリと笑う。その悪戯っぽい表情は、先ほどの霧雨魔理沙のそれととても良く似ていた。なるほど。師弟というのは似るものらしい。一つ勉強になった。

 

「初めまして。そして幻想郷へようこそ。どこぞの妖怪の賢者に代わって、心から歓迎するよ」

「素敵な歓迎をありがとう、悪霊さん。……私は八意永琳よ」

 

 こちらから名前を名乗って手を差し出すと、初めて悪霊は意外そうな顔をした。そして愉快そうに笑った後、手を握り返してきた。 

 

「私の名前は――」

 




謎の悪霊……一体何者なんだ。
この物語の永夜抄編は地雷選択肢が多いので要注意。

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