竹林での東方フライトレーシングが始まった。追ってくるのはアリスとルーミアコンビ。スピードならば魔理沙が有利だが、ここは障害物が多すぎる。魔理沙は竹に当たらないようにするだけで一杯一杯。アリスとルーミアは器用に回避しながら距離を詰めてくる。やばい。彼女達の方が、小回りが利いて速いかも。魔理沙はスピードが乗ると超速い、いわば玄人仕様だ!
私は魔理沙の背中にしがみつきながら、後ろの状況を報告する。
「まずいです魔理沙さん。もうすぐアリスの射程に入っちゃいます! って、マジでヤバい! 左舷後方から人形の射撃が来ます!」
「あらよっと!」
魔理沙が切り返しで回避。戦艦のオペレーターばりにナビゲート。左舷ってどこだという話だが、こういうのはノリである。魔理沙なら言わなくても回避していただろうけども。
「お見事!」
「ありがとうよ!」
「でも、このままじゃ埒があきませんね」
「全くだ。ハッキリ言って目的地がさっぱり分からないから、適当に飛んでるだけなんだ」
「そうなんですかって、うわ」
振り返ると、ニヤリと笑うルーミアが。なんかいつになく楽しそうである。
「また射程距離内に入りました! 今度はルーミアです!」
「と見せかけて本命はアリスだろうな。牽制はできそうか?」
「と、とりあえずやってみます!」
『草符 葉っぱカッター乱舞』を使用。カードを取るのに格好つけてる余裕がないので、適当に宣言。迫りつつあるアリス、ルーミアに対して妖力を篭めた葉っぱをばら撒く。狙いも適当だ。当たれば痛いぐらいの勢いで!
「本気でこないなら、こっちからいくね」
ルーミアが妖力弾を適当にばらまき、葉っぱカッターと相殺。ついでになにやら物騒なことを呟きだした。
「『月符 ムーンライトレイ』。楽しかったけど、これで落ちちゃうかもね?」
「ルーミアが本命でした!」
「マジでか!」
ルーミアが最後の葉っぱカッターをひらりと回避。その拍子に胸からカードを取り、颯爽と宣言。ずるい。あれは私が教えてあげたポーズだ。回避しつつ宣言したら格好良いよと、二人で練習したのだった。
さらに両手から光のレーザーを放ち、私たちを挟み撃ちにしようとする。レーザーは結構な幅があるので、上手く上下で避けないと押しつぶされてしまう!
「魔理沙さん、また来ますよ!」
「分かってる! お前は弾幕をとにかくばら撒いてくれ!」
「了解!」
ブライトさんに弾幕薄いよと言われた気分になったので、威力を下げて本当に適当に弾をばら撒く事にした。ついでに『蕾』も放出だ!
数は適当に10個。ヒャッハー並みに撃って撃って撃ちまくる。
「いきなさい、私の可愛い蕾たち、眼前の敵を打ち滅ぼせ!」
アリスになったつもりで攻撃宣言! 思ったよりも格好良かった。そう思っているのは本人だけだろうけど。ルーミアがまたニヤニヤと笑っている。あいつめ、後でデコピンしてやる!
「『騎士 ドールオブラウンドテーブル』。二人を拘束しなさい」
「――うげ」
竹をなぎ倒しながら迫るレーザーを上昇して回避したところへ、蕾の弾幕をかいぐぐって迫る人形たち。私は手から蔓のムチを生じさせて、それをペシペシと必死の形相で打ち落としていく。難易度の高いもぐら叩きみたいな感じ。というか超大変なんだけど!
「まだ来るのか!?」
「すみません、私の弾が全然当らなくて! 『蕾』もなんかやるきないって感じで」
私の出した蕾は、なんだかイマイチやる気を見せない。以前霊夢と対峙したときの鋭い動きはカケラもない。形だけぽんぽんと緩い弾を吐き出している。これではただの妖力の無駄遣いである。
「まずいな。何か良い考え良い考え! あー、竹が邪魔で集中できない!」
「魔理沙さん、真後ろから弾幕! 来ます!」
「おおっと!」
華麗にローリングで回避。私はやっぱりオペレーターなのか。メビウス1、ミッソーミッソーみたいな。
「こうなったら、私がルーミアを説得してみます」
「良く分からんが任せる!」
「ルーミア! ここは見逃して下さい! 私たちは心の友でしょう!」
私が拝むと、追撃してくるルーミアがニコニコと笑う。
「うん。だからアリスを手伝って止めに来たんじゃない。こんな危ない夜に無茶は良くないよ」
「いや、異変が終わったら戻りますから!」
「駄目」
「じゃあ後でお菓子をあげます。甘くて美味しいチョコレート饅頭があるんですよ!」
「それはそれでちゃんともらうけど、まずは捕まえてからね」
「この鬼! 悪魔! ルーミア!」
「あはは。でね、燐香は手加減するけど、魔法使いさんの方は特に何もいわれてないんだ。だから、ちょっと味見しないとね」
「お、恐ろしいこと言ってやがるぜ! 私は絶対に捕まらないぞ!」
魔理沙が加速を高める。少しだけ距離が開いた。しかし、迷いの竹林を抜けられる気配はない。鈴仙の支配領域ということなのだろうか。色々と歪められているのかも。
実は、少しだけさっきから頭が痛い。内緒だけど。これは波長を歪められているせいかもしれない。私が妖怪だから分かるのか。魔理沙は特に感づいていないようだけど。
少し気持ち悪くなってきた。そう、これは乗り物酔いだ。箒って、結構アレだ。動きが激しい。3D酔いした。
「うえっ」
「だ、大丈夫か?」
「え、ええ、ちょっと酔っただけです。ただ、このままじゃ本当に埒があきませんね」
「ああ。時間はかかるが、こうなりゃやりあうしかないか。もし霊夢たちに追いつかれたら、そっちも叩き潰す。全員ぶっ潰して、異変の黒幕も叩けば問題ないだろ!」
やる気モードの魔理沙はとても凛々しくて格好良い。女でも思わず見とれるほどの凛々しさ。なるほど。これは人妖が惹かれる理由も分かる。
背中を掴む手を、魔理沙の細首に回して捻り潰してやったらどんなに爽快だろう。絶対にやってはいけないことをやるというのは、どんな気分になるだろうか。放出している『蕾』たちが、嬉しそうに私を催促してくる。
私はそれを睨みつけ、消失させる。消えても私の中に帰ってくるだけなのだが。あれと私は一心同体。最後の時まで一緒なのである。
「魔理沙さん。私に名案があります」
「お。どんな案なんだ?」
「魔理沙さんの魔力を少し貸してください。私のとっておきをアリスたちにお見舞いします」
「良く分からんが、考えがあるなら任せる!」
「これに魔力をお願いします」
私は左手に彼岸花を作成。魔理沙の手をそれに握らせる。そこに魔力を注いでもらう。人間の力を借りることに、私の一部分が激しく抵抗するが、強引に抑え込む。捕まったら、この異変はそこまでだから。私は連れ戻されて、魔理沙は一人で行ってしまうだろう。
別にそれでも良いような気もするが、ここまで魔理沙がお膳立てしてくれのだ。最後の最後まで協力したい。私のために、彼女はこんなことをしてくれている。本当はアリスと行くはずだったのに。偽物のアリスである、私と行動を共にしてしまった。その分の仕事はしなければ。
「それぐらいでOKです。絶対に後ろを向かないでくださいね。とっておきの余波を喰らっちゃいますよ」
「わ、分かった」
「――行きますよ、アリス、ルーミア!」
魔理沙の魔力と私の妖力をブレンドした特製彼岸花。色は折角なので白黒のツートーンカラーにしてみた。なんか微妙な感じだが、まぁ良いだろう。
それを手裏剣の要領でくるくるとアリス、ルーミアの正面へと投げつける。
アリスは人形を使って、それを切り払おうとしている。
「白黒の彼岸花……一体なんのつもり?」
「――あ、それマズい」
ルーミアは感づいたようだが、もう遅い。ルーミアが警告を告げる前に、私は目を閉じ更に両手で顔を覆う。そして彼岸花に篭めた妖力を炸裂させる。弾けるのは力ではなく光である。簡単に言えば、強化型閃光弾だ。
「――くっ!!」
「うわぁ。やられたー」
アリスの苦悶の声とルーミアの棒読み声が聞こえてくる。彼女達の足止めには成功したようだが、なんと私にも効果は抜群だった。
なぜかというと、溢れる光が瞼の上から突き刺さったのだ。手のひらは焼け石に水で全く効果を為さなかった。距離的に、私の方が近かったかも。ちょっと距離の目測を誤った。目が痛い。眩しい。くらくらする。私は魔理沙の背中にぎゅっとしがみつく。
「ぐ、ぐう」
「なるほど、目晦ましか! こいつは上手い手だな! 偉いぞ燐香、お手柄だぜ!」
「め、目が。目が」
どこぞのム○カ大佐になってしまった。ちょっと強力すぎた。アリスとルーミア、きっと怒ってるだろう。後で土下座して許してもらう事にしよう。
「だ、大丈夫か? まさか、目を開けてたのか?」
「い、いえ。閉じてたんですけど、その上から突き刺さりました。目がチカチカします」
「そ、そうか。ならしっかり掴まってろよ。今のうちに飛ばすぜ!」
「アリスたちは?」
「目を抑えながら、悶絶してたぜ。まぁ引き篭もり魔法使いと闇の妖怪だし、今の光は効くだろうなぁ」
「ちょっとやりすぎたかも」
「ま、後で私も謝ってやるよ。大事なのは今! 優先すべきは異変解決一番乗りだぜ!」
「分かりました、“魔理沙”」
魔理沙が私を励ましてくれた。なんだか元気が出てきたので、私も笑顔で頷いておく。ドサクサ紛れに呼び捨てにしてみた。魔理沙はとくに何も思っていないようなので、いいのかも。
このおかしい月の異変を解決したら、魔理沙とももっと仲良くなれそうだし。友達が増えるのは本当に嬉しい事だ。
思えば、紅霧異変ではなにもできず、春雪異変は勝手に飛び出して墜落。萃夢想では美味しいところを貰った気もするけど、あんまり異変という気はしなかった。
だから、この永夜異変は全力で参加できてなんだか楽しい。魔理沙とペアになり、最初のステージから挑めている気がする。私のような存在が、こうして表舞台に立っているのだ。外見はミニアリスの格好だけど。なんだか本当にアリスになったみたいで、嬉しい。
だって、アリスは主人公の一人だもの。魔理沙とアリスは本当にお似合いのコンビだと思う。だから、アリスである私と、魔理沙が異変を解決するのは必然である。
そう、アリス・マーガトロイドは完璧なんだから、もっと皆から尊敬を受けてしかるべきである。普段のお礼も兼ねて、アリスの評判を上げる事にしよう。それが今の私の使命である。うん。間違いない。
私は大きく深呼吸し、霧雨魔理沙の服を強くつかむ。
「どうかしたのか? まだ酔いが治らないなら、少し休憩してもいいけど」
「いいえ。なんでもない。さぁ、早く目的地を探しましょう。時間が押してるわ」
「お、いいね。それはアリスの真似だろ? 見下す目つきと表情は怖いくらいに完璧だぜ」
「当たり前じゃない。だって、私がアリス・マーガトロイドなんだから」
「……そ、そうか」
「変な魔理沙。月の魔力に当てられたのかしら。私はいつも通りでしょう?」
「…………」
私が笑いかけると、魔理沙はちょっと妙な表情をした後で前を向いた。ああ、今日は本当に月が綺麗だ。偽物には実に相応しい月である。うん、とても良い夜だ。
――先程よりも、頭痛が激しくなっている。