ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第六十話 螺旋

 魔理沙と慧音の弾幕勝負が決着した。慧音もかなり強かったけど、最後は魔理沙のマスタースパークが炸裂。直撃を受けた慧音は地上へと落下していった。

 ……いやぁ、近くで見ると改めて思うが、アレは本当にえげつない。スピードで撹乱し、相手が動揺したところを見計らっての強力な一撃。魔理沙は『弾幕はパワーだぜ』と強気なことをいつも言っているが、有言実行、本当に見事なものだった。考え抜かれた戦法とスペル、一体どれだけの努力を重ねたのだろう。

 その魔理沙が、白い歯を見せながらこちらへと近づいてくる。私は手をあげてそれに応える。

 

「へへ、大当たりだぜ!」

「お見事です、魔理沙さん」

「ようやくお前に良い所を見せられたかな? よーし、手出せ!」

「なんです?」

「ほらよっと!」

 

 私が手を上げると、魔理沙が勢い良くタッチしてきた。景気の良い音が響く。いわゆるハイタッチというやつ。彼女はノリが本当に良い。

 私と魔理沙は地上へと降りていき、悔しそうな顔を浮かべる慧音へと近づく。

 

「く、くそっ。ま、まだまだ」

「おいおい、勝負は終わりだろ。教師なら、ルールは守らないとな。負け惜しみなら聞いてやるし、リベンジも大歓迎だ」

「ま、満月さえ出ていれば、お前なんかに」

「そうそう、それについて聞きたかったんだよ。私たちは、いつもの満月を取り戻そうとしているんだけどさ」

「……何だと?」

「ほら、あの月、明らかにおかしいだろ? だから私と燐香で、一発異変を解決してやろうってことで夜に出張ってきた。そしたら、お前が襲い掛かってきたから、正当防衛で叩き落したわけだ」

「…………」

 

 慧音が魔理沙を見つめ、そして私に視線を送ってくる。魔理沙のときとは違い、私にだけ敵愾心バリバリだった。とどめの一撃を与えるつもりはないのだが。なぜなら私は平和主義である。

 

「そんなに警戒しなくても、私は何もしませんよ。魔理沙さんが勝ったんですから」

「この魔法使いはともかく、お前はとてもじゃないが信用できない。私の命に代えても、お前を通すわけにはいかない!」

「あはは、そんなに人間が大事ですか?」

 

 私は肩を竦めながら慧音に問いかける。慧音はよろよろと立ち上がると、こちらを睨みつけて強い口調で言い放った。

 

「当たり前だ!」

「なら一つだけ聞きたいのですが。私が――私たちが、貴方たちに何かしましたっけ? そこまで憎まれなければいけない“何か”をした覚えがありません。私は人里に来たことなどないのですから。是非、教えていただけますか?」

 

 話しているうちに黒い感情が湧きあがってくる。慧音が息を呑むのが分かる。花梨人形の瞳が真っ赤に輝きだした。いつの間にか私の『蕾』を握り締めている。私の感情が糸を通じてダイレクトに伝わっている。気をつけないと、攻撃を仕掛けるかもしれない。

 慧音の背後でこそこそしている人間共の顔が青褪めていく。実に良いザマだ。殺さないまでも、この場にいる人間全員半殺しにしてやろうか。その方が面白くなりそうだし。殺さなければいいのであれば、精神崩壊ぐらいは許されるのかな? いっそ、試してみるというのはどうだろう。でも、どうせやるならルーミアとフランを誘った方が面白くなりそうか。彼女たちなら一緒に遊んでくれると思う。そんなことを考えていると――。

 

「おい燐香、落ち着けよ。何をカッカしてるんだ。偽物の満月にあてられたのか?」

 

 魔理沙に肩をつかまれたので、私は無意識に溜めていた妖力を霧散させる。花梨人形も動きを止めた。危ない危ない。変な月のせいで、テンションが妙な感じになってしまっていたらしい。人間に危害を加えたら駄目だ。また何をかかれるかわかったものじゃない。

 

「すみません、魔理沙さん。私は大丈夫ですよ」

「別に良いけどさ、ちょっと目がヤバかったぜ」

「あはは。慧音さんが、睨んでくるせいです。私としたことがつい挑発に乗ってしまいました」

 

 私が困ったように笑うと、慧音も少しだけ敵意を緩める。

 

「確かに、お前の言う通りかもしれない。碌に話もせずに、敵対行動を仕掛けてしまったのは不味かった。だが、話が通じる妖怪かどうか確認できる余裕が、今はなかったんだ。すまない」

 

 と言いつつ、警戒は解いていない慧音。先ほどの私の強烈な敵意のせいだろう。憎めば憎まれ、憎まれれば憎みかえす。それがぐるぐると螺旋を描いて紐は絡まっていく。悪意と言うのはそうやって形成されていくのだ。

 

「…………」

「お詫びといってはなんだが、この異変について心当たりが一つある。それを教えるから、今日のところは立ち去ってくれないだろうか。……今人里に通すのは色々と問題があってな。次に会うときは、多分、落ち着いて話もできると思う」

「だってさ。私は良いと思うが」

「私も別に構いませんよ。人里にこんな夜に入ったって、酒場ぐらいしかやってないでしょうし」

「じゃあ、とっとと話してもらおうか! 早くしないと、でしゃばり巫女様に解決されちゃうからな!」

 

 慧音との話は魔理沙に任せる事にした。次に会ったとき、私は慧音と上手く話すことはできるだろうか。慧音は人間の守護者。私は人間の天敵である妖怪。そして、多分だが、私を構成するモノは人間に大して、含むところが大いにある。ワーハクタクである慧音はそれを見抜いているのかもしれない。歴史を編纂している彼女なら知っていてもおかしくはない。人間達も幻想郷縁起を信じて私を危険視することだろう。関係の改善は難しいと思う。風見幽香が人間には近づくなと言ったのはそれが分かっていたからか。勿論、私を心配したからではなく、面倒を背負いたくなかったから。アレに注意されるのは極めて理不尽だとは思うが、世の中とはそういうものである。だから私たちは存在するのだ。

 

 

 

 

 

 

 通称、迷いの竹林。慧音の情報を得た私達は、そこに向かって全速力で飛んでいた。すると、魔理沙がいきなりニヤリと笑い急停止、ミニ八卦炉を取り出して大声を張り上げる。

 

「動くと撃つ! いや違う、撃つと動くぞ!」

「ひいっ! お、おばけ!?」

 

 ビクッとしたまま硬直している妖夢がいた。実に隙だらけである。こちらを振り返る勇気がないらしい。ビビリだった。

 

「……両方とも何か違うと思いますけど。普通は動くな(フリーズ)なんじゃ」

「いいんだよ。こういうのはノリだからな。最初からこいつと分かってればうらめしやーだったけどな!」

 

 明るい会話が聞こえたせいか、妖夢の硬直が解け、こちらをグルッと振り向いてきた。剣術と弾幕の腕は上達しているのに、精神の方は全然成長していなかった。

 

「お、おのれ、私の背後を取るとは! って、き、霧雨魔理沙!?」

「反応遅っ!」

 

 私は相変わらず魔理沙の箒に乗っている。背中から、ひょいと顔を出して周囲の状況を確認する。口をぽかんと開けて面白い顔をした妖夢と、それを呆れながら見ている幽々子がいた。主人公組の一つと遭遇してしまったようだ。

 

「……貴方、私を守るとか立派なことを言って強引についてきたのよね? 私の記憶が確かならだけど」

「あ、い、いや、これは違うんです幽々子様!」

「ああ、情けなくて成仏しちゃいそう。全く、どうしてくれるの」

「しょ、少々お待ちを! こ、この汚名はすぐに雪いでみせます!」

 

 妖夢は慌てて幽々子に言い訳をしたあと、颯爽と二刀を抜き放つ。さっきの後なのでイマイチ格好良くなかった。戦闘になりそうだったので、一応箒を降りて距離を取っておく。

 

「霧雨魔理沙! 不意打ちとは卑怯なり! 正々堂々と勝負しろ!」

「不意打ちって、私はまだ一回も攻撃してないぞ。ただ挨拶しただけじゃないか」

 

 ニヤニヤと笑う魔理沙。完全にペースを握ったようだ。このまま勝負に突入すれば、恐らく魔理沙が勝つだろう。妖夢は完全に動揺してしまっている。

 

「う、うるさい! 細かいことはどうでもいいんだ! それより、お前はこの月をみて何も感じないのか!」

「いや、感じたからここまで来たんだけど」

「……そ、そうなんだ」

「ああ。そうなんだぜ」

「…………」

「なぁ、もう行ってもいいかな」

「いや、ちょ、ちょっと待って。戦う理由を考えるから」

 

 呆れ顔の魔理沙と唸っている妖夢。先ほどからぎこちない会話が繰り広げられている。見ている分にはちょっと面白い。幽々子もそう感じているらしく、袖で口元を隠している。うん、美人は何をしても絵になるのである。

 と、その幽々子と目があった。

 

「ところで、貴方はどなた? どこかで見覚えがあるようなないような」

「――げ」

 

 見つかってしまった。というより隠れていなかったけど。今の私はアリスっぽい格好をしている。幽々子とアリスは面識が一応あったはず。妖夢はアリスのことはばっちり知っている。しかし、今は暗いので問題なし。偽者の満月のせいで小さくなってしまったとか、適当に押し切るのがベストである。

 

「こ、こんばんは、亡霊のお姫様。私はアリス・マーガトロイド。たしか、前に会ったことがあったはずだけど」

 

 えへへ、と愛想笑いを浮かべる私。それをじーっと観察した後、にこりと笑う幽々子。なんというか、全てお見通しという感じである。

 

「ふふ、そうだったかしら。妖夢、貴方は知っているかしら?」

「え、ええ、それはもちろんって、アリスさんはそんなにチビじゃない! お前は何者なんだ!」

「この満月のせいで小さくなってしまったの。だから、こうして出張ってきたってわけ」

「嘘をつけ! 狼男じゃあるまいし、そんな話誰が信じるか!」

 

 妖夢のツッコミが炸裂する。うむ、私もそう思う!

 

「いやいや。こいつは間違いなくアリス・マーガトロイドだぜ。ほら、金髪だし、フリフリの服だし、人形も持ってるじゃないか。一体何をもって否定するんだ?」

「何をもってって、明らかに違うじゃないか! そもそも、アリスさんはお前と仲が悪いだろう! いつもボコボコにやられてるくせに!」

「うるさいな。勝負は時の運だぜ。大体3対1なんて卑怯すぎるだろ」

「私相手にいつも卑怯で姑息な真似をしているのはお前だろうが! どの口が言うんだ!」

「本当に失礼な奴だな。あれは作戦なんだから、引っかかる方が悪い。いつも引っ掛かるお前はカモネギって奴だな!」

「お、おのれぇ!!」

 

 激昂して顔を真っ赤にする妖夢。口喧嘩では魔理沙の方に軍配だ。

 

「落ち着きなさい妖夢。まだ話の途中じゃない。何をいきなり打ち切ってるの」

「も、申し訳ありません。ですが、明らかにアリスさんじゃないので、つい」

「そう。じゃあ、あの可愛らしい子が一体誰なのか、貴方には分かるかしら」

 

 幽々子が楽しそうに妖夢に問いかける。幽々子の顔を見る限り、私の正体は完全にバレているだろう。幽々子やら紫を相手に、嘘をつきつづけるというのは無理な話。幽香の場合も同様。ラスボスクラスの妖怪は、心の動揺を見抜くのが上手すぎる。

 

「……そうですね」

「な、何かしら?」

「…………」

「ちょっと。ち、近いんだけど」

 

 妖夢が凄い近づいてきた。私はそっぽを向く。すると、そちらには白い半霊。いつのまにか囲まれていた。

 

「その声に特徴のある仕草、まさか、貴方、燐香? ……え、でも、なんでこんなところに」

 

 私に特徴のある仕草などあっただろうか。全く分からないが、ここはすっとぼけなければ。

 

「全然違います。完全に人違いです。私はそんな間抜けな人は知りません。なぜなら私はアリスだからです」

 

 私は口笛を吹きながら上を向く。しまった。アリスはこんなことしない。これは私が誤魔化すときによく使ってしまう癖である。

 

「やっぱり! そのすっとぼけた時に出す声と仕草! 貴方絶対に燐香でしょ! こんな夜、しかも異変の最中だっていうのに何をやっているの!」

「お、落ち着いてください妖夢」

「しかも、魔理沙なんかにつれられて! まさか、これは誘拐事件!?」

「おい! 人聞きの悪いことを言うな! そもそも、私は人間だ! 誰が妖怪を攫うかっての!」

「おのれ霧雨魔理沙! 物盗りだけでは飽きたらず、妖怪攫いをするとは! お天道様が見逃しても、この魂魄妖夢は許さない! 覚悟しろッ!」

 

 時代劇みたいな口上を述べるといきなり魔理沙に斬りかかる。魔理沙も即座に意識を切り替えて戦闘態勢に入ったようだ。

 

「本当に話を聞かない奴だな! 大体、一対一で私に勝てると思ってるのか? この半人前庭師が!」

「また私を馬鹿にしたな! あれから修行を一杯積んだんだ。お前如き、けちょんけちょんのギッタギタにしてくれる!」

「喋りが微妙に侍っぽくなったのだけは認めるよ」

「幽々子様、ここは私にお任せください! 手出しは一切無用に願います!」

「はいはい、好きにしなさいな。でも、負けたらきついお仕置きだからね」

「……え?」

 

 妖夢の勢いが止まった。きょとんとして、幽々子の方を向いている。

 

「なにかしら、その『そんなこと聞いていません』みたいな顔は。何か不服なの?」

「い、いえ、なんでお仕置きされるのかが理解できなくて」

「そんなのは当たり前でしょう。主の目の前でむざむざ敗北を喫するということは、私の面子に泥を塗るも同然。手出し無用と言ったからには、相応の覚悟を持って挑みなさい」

「しょ、承知しました! 霧雨魔理沙、その首、絶対に貰いうける!!」

 

 覚悟完了した妖夢が、剣を構える。流れはコントっぽかったのに、気迫だけは凄かった。

 

「おい、弾幕勝負ってことだけは忘れるなよ!」

「うるさい、問答無用だ!」

 

 なし崩し的に魔理沙と妖夢の弾幕勝負が始まった。良く分からないけど、本人たちが楽しそうならそれで良いだろう。私のこともうやむやになったし!

 と思ったら、近づいてきた幽々子に抱きしめられてしまった。良い子良い子されてしまう。私はお子様か!

 

「さて、宴会以来ね。そんなに経ってはいないけど、元気にしていたかしら」

「え、ええ。私はいつでも元気一杯夢一杯です。それに、私はアリスですよ。風見燐香なんて間抜けな人はしりませんね」

「あら、自分を悪く言うもんじゃないわ。それに、私に嘘が通用すると思って? 貴方独特のその気配。いくら外見を誤魔化そうと、私には一目瞭然よ。まぁ、見抜けない人の方が少数派でしょうけどね」

 

 ニコニコご機嫌な幽々子。『幻想郷胡散臭い選手権』で上位入賞間違いなしの逸材なので、私では絶対に太刀打ちできない。一位は勿論八雲紫である。

 

「ぐ、ぐぬぬ」

「さぁ、大人しく白状したらどう? 別に取って食べたりしないから。ね?」

 

 凄い。あっという間に追い詰められた。取調室のベテラン刑事もビックリの話術である。私は口まで参りましたと出掛かっていた。でも、ここで参るわけにはいかない。ここまできたら、永遠亭の姿くらい拝みたいのである。正体を認めたら、なんとなく家まで直行コースになりそうだし。

 

「……な、ならば黙秘権を行使します。私は何も喋りません。そう、私は貝なのです」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥには通用しないけど!

 

「別に構わないけれど。その間、頭を撫でさせてもらうわよ?」

「な、何故!?」

「この髪、手触りが良さそうだもの。でも、作られた金色より、元の赤色の方が素敵よ。異変が終わったら早く戻すようにね。貴方のお母様もきっとそう言うわ」

 

 幽々子が意地悪っぽく笑うと、私の頭を撫で続ける。私はどこぞのお地蔵さんか!

 とにかく、ここは魔理沙を応援だ。魔理沙が勝たないと、妖夢幽々子の『幽冥の住人』チームが解決役になってしまう。それでは魔理沙に悪い。わざわざ手間とリスクを犯してまで、やってきてくれたのだ。

 そう、永夜抄を解決するのは、この『妖魔の詠唱』ペアである! いや、戦うのは殆ど魔理沙で、私は見物したいだけだけど。永琳コースか、輝夜コースか。さて、どっちになるのだろう。私としては輝夜がいいかなぁ。色々な宝具を見れそうだし!

 


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