ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第五十八話 永き夜の始まり

「あー暑い暑い。でも私には秘密道具があるから問題なっしんぐ!」

 

 ちゃらららーんと効果音をつけて、特製カイロを取り出す。最近はこれを手放せない。カイロという名前だが、ちょいと妖力を篭めるだけで、ひんやり空気に包まれる優れものだ。

 おかげで、アリスの家にいくとルーミアとフランがくっついてきて暑苦しい。いくら私の周りがひんやりしていても、そんなにくっついたら暑苦しいのである。そう言って強引に引き剥がすと、カイロの一日所有権を賭けて弾幕勝負だとか理不尽なことを言われるし。

 でも流れ自体は面白いので、喜んで受けて立つ。勝負というのはノリが大事だ。そして勝ったり負けたりする。勝ったら冷気をお裾分け。負けたら、勝者に復讐の意味も篭めてくっついてやる。うん、どっちにしろ暑かった。

 

「いやー夏はいいなぁ。走り回った後のカキ氷は最高だ!」

 

 皆に別れを告げた後、カキ氷を食べる。これが堪らない。幽香も文句を言ってこない。なぜならついでにアイツの分も作ってやるからだ。相変わらずのみぞれシロップだけど、冷たいから美味い! くーっ、と片目をつぶりながら夏をエンジョイ。

 そんなこんなで終わらないロングサマーバケーションを楽しんでいる私。一方の幽香は少し疲れた表情で、自分の部屋に篭っていた。一応カキ氷食べる?と声をかけたのだが、不機嫌に舌打ちされてしまった。人の親切を無碍にするとは超ムカツクやつである。

 

 こっそりドアを開けて様子を見てやったら、なんか空の酒瓶が一杯転がっていた。幽香はぐでーっと壁に寄りかかっている。なるほど、自分ばっかり一人酒を楽しんでいたらしい。余計な気を遣って損をしてしまった。

 

「寝てる」

 

 と見せかけて、罠かもしれない。殴りかかったら、そのままカウンターをくらいそうな幻が見える。ちょっとだけやりたい気持ちもあるが、今日は勘弁してやろう。カキ氷を食べたので少しだけ寛大なのだ。

 というか、相当警戒心が薄れているらしい。こちらに全然気付く様子もなく、壁にもたれかかったまま寝ている。

 楽しみながらというよりは、なんというか、酒に溺れているという飲み方な気もする。なぜかというと、私の飲み方とそっくりなのである。知らんけど。私の予測だと、今日は拳のキレがいまいちだったとかそういう悩みだろう。間違いない。

 しかし、寝ている顔は凄く美人なのだが、中身はデビルなのが残念だ。どうか、そのまま寝ていてくださいと祈りつつ、私はそっとドアを閉める。

 

「…………」

 

 なんだかいまいちスッキリしない。モヤモヤする頭。しばらくうろうろして考えた結果、遺憾ながら行動を起こす事にした。

 もう一度ドアを開けて素早く中に入り、タオルケットを幽香にかけてやる。うむ。

 風邪でもひかれて、私に八つ当たりされても困るし。部屋を出るついでに空瓶を適当にもって退出。台所のゴミ袋に入れておく。ふー、疲れた。飲兵衛の駄目親を持つと大変なのである。

 

「……待てよ? 今ならもしかして」

 

 ここから逃走できるんじゃなかろうか。久々に一発試してみようか? 今日はそのまま脱走するつもりはない。軽く夏の夜を散歩するのも悪くないかなーと思ったのだ。よーし、そうと決まれば善は急げだ!

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん」

 

 

 自室に戻り、鼻歌混じりにでかける準備を整える。といっても行く場所なんてあんまり思いつかない。博麗神社にでも行ってみようか。もしかしたら皆で宴会とかやってるかも。霊夢や魔理沙とはあんまり話す機会がないので、どんどん話していきたいものだ。友好度を高めておくことは、この修羅の世界では大事なことだ。いざというときに見逃してもらえるかも。いや、霊夢は見逃してくれなそうだけど

 

「これでよしっと」

 

 ばっちり着替えた瞬間、部屋の窓をトントンと軽く音。なんだろうとそっちを振り返ると、窓にはニヤリと笑う魔理沙の顔があった。ホラー映画だったら悲鳴をあげるシーンである。

 

「おーっす。暇か?」

「うわぁ!! び、びっくりした」

 

 とりあえず窓を開けて、中へと招き入れる。外に居たら、どんなトラップにひっかかるか分かったものじゃない。というか、よく引っ掛からずに来れたものだ。流石は魔法使いというべきか。

 

「いやぁ、ここまで来るのは結構骨だったぞ。お前の母ちゃん神経質過ぎだろ。一体どんだけトラップし掛けてんだか。流石の魔理沙さんも苦労させられたぜ」

「でも、よくここまで来れましたね。本当に凄いですよ」

「へへ、まぁな。私もそれなりにやるってことさ。それで、そんな格好してるってことは、やっぱり気付いたのか?」

「……? 何がですか?」

「何がって。満月がおかしいことにだよ」

「満月?」

「なんだ、気付いてないのかよ。ほら、月を見てみろよ」

「分かりました。……どれどれっと」

 

 魔理沙に言われて、窓から身を乗り出す。夜空に浮かぶ立派なお月様。じーっと見つめてみると、確かに何かおかしかった。虫が齧ったみたいに、ちょっとだけ欠けている。月は出ているか! 残念、これは偽物の月でした! 思わずブルーツ波を出して月もどきを作り出したくなったが、私はサイヤ人ではないので何の意味もなかった。あれ結構凄い技だと思うのに、知名度が低いと思う。弾けて混ざれ! とか一度は言ってみたい日本語である。

 それはともかくとして、今日はもしかして永夜異変の日だったのか。なるほどなるほど。それは大変だ。私には全然関係ないけど。一日ぐっすりと寝ていれば勝手に終わる異変だし、寒さに耐えなければいけない春雪異変とは全然違う。みんな、がんばれー!

 

「よく分かりました。ちょっと欠けてますね」

「だろ? 人間にはあんまり影響はないけど、妖魔連中からするとこれは一大事。つまり、立派な異変ってことだ」

「なるほど。それで、ここに来た理由と何か深い関係が?」

「ああ、大有りだ。ほら、この前約束したじゃないか。次の異変は一緒に解決しようって。だから、約束通りに来たってわけさ!」

「あれ、約束は破る為にあるとか前言ってませんでしたっけ」

 

 前の宴会のとき、そんなことを大声で叫んでいた。霊夢に突っ込まれていたけど。

 

「確かに言った。だが、たまには守る時もあるのさ。それが霧雨の魔理沙さんなのさ」

「勝手な人ですね」

「ああ、その通りだ。私はとっても勝手な人間なんだ。だからさ、一緒に行こうぜ」

 

 魔理沙が無邪気に微笑む。思わず私は見とれてしまう。なんて綺麗な笑顔なんだろうと思った。同時に本当にずるいなぁと思う。信念と夢を持って生きている人間の顔だ。魂が眩いほど輝いている。見ているだけで私の目が潰れそうだ。だから、私たちは白い仮面を被る。溢れるモノを塞いでくれる。こうしていれば大丈夫。誰とでも楽しくやっていくことができる。

 

「それはいいんですけど、あれ?」

「どうしたんだ?」

 

 永夜異変では、魔理沙はアリスとペアを組んでいたはず。禁呪の詠唱コンビで。これで私が魔理沙と組んでしまうとどうなるのだ。というか魔理沙とアリスって微妙に仲が宜しくない。マリアリは私のジャスティスとか、そんなこと口が裂けてもいえない程度には悪い。多分というか、確実に私のせいだろう。本当にごめんなさい。存在してしまっているだけで罪なのだ。でも死ぬ度胸も覚悟もない。完全な消失はとても恐ろしい。仕方がない。流れるままに任せよう。

 

「いえ。私なんかより、魔法使い同士で解決に向かった方がいいんじゃないかと思って。パチュリーさんとか、アリスとか」

「はは、パチュリーがこんな真夏に外に出歩くはずないだろ。それに、私はアリスとは完全に敵対しちまってるからな。一緒に行動なんて絶対にありえないぜ。なんせろくに話もできないしなぁ」

「そうなんですか?」

 

 ここまで仲が疎遠だとは思わなかった。まぁそのうち勝手に仲良くなるだろうけど。魔理沙とアリスの凸凹コンビは見ていて楽しそうだし。私は上海たちとそれを一緒に眺めていられればいいなぁと思う。

 

「ああ。全く、過保護もあそこまでいくと病気だぜ。ま、今回はそれを逆手に取るわけだがな」

 

 魔理沙はそう言うと、提げた鞄からなにやら服を取り出した。フリルのついた上着とスカート。青と白を基調とした感じ。というかこれって。

 

「服、ですね。しかし、なんというかまた、少女趣味というか」

「私には似合わないってのは言わなくていいぞ。まぁ、見よう身まねで作ってみたんだけどな。即席の割には意外と良くできてるだろ。ちなみにサイズは適当だ!」

「……本当に器用ですね」

「へへ。この服だって実はお手製なんだぜ? 魔法使いたるもの、自分の物は自分で作らないとな」

 

 なるほど。白黒魔法使い装束なんて、そう簡単に作れなそうだし。自分で作っていたのか。凄い! で、それが一体何だというのか。良く分からない。

 

「で、このアリスに似合いそうな服をどうするんです?」

「簡単なことさ。妖夢から聞いたんだけど、お前最近人形の操作を覚えているんだろ?」

「え、ええ。まだまだ絶賛練習中ですけど」

「それと、アリスの物まねが結構上手いらしいじゃないか」

「ふふ、それだけは自信がありますね。完璧なアリスの演技ならお任せ下さい。宴会で盛り上げてみせますよ」

 

 アリスは常に完璧だ。アリスを演じていると、なんだか自分じゃないみたいになれる。彼女は私の憧れなのだ。だから、その時はちょっと楽しい。素に戻ると悲しいけれど。

 

「だからさ。お前は、その恰好をして私のペアになればいいのさ。それなら途中で他の妖怪に見つかっても、何も問題ない。例え天狗に見つかったって、風見燐香がいたとは分からない。初見の奴はお前を『人形遣いの少女』と認識するはずだしな」

 

 人形遣いといえばアリス。新聞に書かれても私とバレる心配はない。写真に撮られたとしても、私とは絶対に分からないはず。

 

「でも、アリス本人に尋ねられたらどうするんです? 絶対怪しまれますよ」

「私とアリスは仲が悪いから、あいつが疑問に思ったところで何ら問題ない。なぜなら、私はとぼけるし、これ以上関係が悪くなる心配もない。お前も知らぬ存ぜぬで通せばオッケーだ」

 

 それも問題だと思うが。この異変が終わったら、関係改善のために何かした方が良いのかもしれない。そんなに仲が悪くなっているとは思わなかったし。

 それはそれとして。

 

「私が、アリスに」

 

 私がアリスになる。それは是非ともやってみたい。そう、私はアリスになりたいのだ。

 

「お前が夜抜け出したってことがバレたら、色々と面倒なんだろ? おっかない母ちゃんに怒られたりさ。だから、今日は家出の予行演習ってことで、変装したほうが良いんじゃないかと思ってな」

「な、なるほど。流石は魔理沙さんですね」

「そうだろうそうだろう。というわけで、さっさと着替えてみてくれよ。折角の異変なのに、他の奴に先を越されたらガッカリだしな。既に霊夢辺りが動いていてもおかしくないぜ」

「はい、分かりました!」

 

 私は素早くいつもの服を脱ぎ捨て、魔理沙が用意してくれた服に着替える。ちょっと胸がスカスカだけど、まぁ許容範囲。私はまだまだ成長過程だからね。仕方ないね。うん。

 カチューシャを身につけようとすると、魔理沙が小ビンを渡してくる。

 

「おっと、大事なことを忘れてた。こいつを髪につけて馴染ませてくれ。特製の毛染め剤だ」

「おおー。そんなものまで。でも、染めてから乾くまで時間がかかるんじゃ」

「即効性の上、時間経過で元に戻るから心配いらないぜ。ま、永久的なのができたら、私の店で売るつもりなんだけどな。生えてくる毛にまで影響させるのが中々難しいんだ」

 

 瓶の中身を髪にふりかけて、軽く揉む。おお、なんかジュワーっとしてる。鏡を見たら、金髪になっていた。暗くてあんまり輝いていないのが残念。リボンつきのカチューシャを身につけ、花梨人形を抱えたら、チビアリスの完成。まほうのちからってすげー。

 これはあれだ。いわゆる旧作アリス。自分で言うのもなんだが結構可愛い。

 

「中々良い感じじゃないか。これなら、お前だって簡単には気付かれないだろう」

「確かに。アリスちびっこバージョンですね」

「誰かに突っ込まれたら、満月のせいで、ちっちゃくなったとでも言えばいいさ」

「そ、そんなんで誤魔化せますかね」

 

 ルーミアならそーなのかーで許してくれそう。いや、やっぱり駄目かも。意外と細かいところがあるのだ。

 

「それはお前次第だな。ま、適当に頑張れ!」

「は、はい」

 

 魔理沙に背中を叩かれたので、私は思わず頷いてしまった。流石は主人公、押しが強い。

 

「じゃあそろそろ行くか。花畑のトラップは一部だけ無効化してあるから、そこを通っていくぞ」

「分かりました」

「それと、基本的に私が戦うから心配しなくていいぜ。でも、やりたくなったら言ってくれよな。異変を一緒に解決するんだから、今の私達はいわば相棒同士だ。助け、助けられてで進んでいこうぜ」

「はい!」

 

 私が強く頷くと、魔理沙が私の頭を撫でてきた。うーむ、やっぱり私の頭は撫でやすいのか。皆気軽に撫でてくる。別にいいんだけど!

 魔理沙が箒をもって、窓から飛び出す。私もシュワッチと夜空へ飛び上がる。花梨人形を常に浮かべるのは大変なので、これは手持ち。うんうん、なんだかアリスになった気分。アリスイン幻想郷? ちょっと違うか。

 

「よーし、しっかりと魔理沙さんに掴まってな! ちょっとだけ全力で飛ばすぜ!」

「分かりました!」

「レッツゴーだ!」

「ラジャー!」

 

 私は魔理沙の背中に抱きつくと、一気にスピードがあがる。流石は幻想郷最速と自称するだけはある、天狗がどれくらいかは分からないが、本当に速い。うん、サラマンダーよりはやーい!

 ――こうして、私は魔女の宅急便気分でしがみつきながら、永き夜の異変に向かうのであった。




変則魔理沙アリスペア。マリアリ? マリリン?

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