ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第五十五話 予感

 ――くくくっ。待ちに待ったときがやってきたのだ。長き屈辱の日々は、今日終わる!

 

「パンは何枚食べるの」

「一枚で良いです」

「ほら」

 

 今日は比較的機嫌が良いのかもしれない。何枚食べる? など普段は聞いてこないし。だが、笑っていられるのも今のうちだ。

 あ、このコーンスープ美味い。いや、そうじゃない。ちゃんと根回ししておかなければ。

 

「お母様。今日は妖夢さんが見学にきます。私達の鍛錬の様子を見てみたいそうなんです」

「へぇ、そう」

 

 こちらの真意を窺うようにジッと見つめてくる幽香。小心な私は視線を逸らすしかない。こいつに見られると、なんだか全て見透かされているような感じになるし。思わず緊張してしまう。

 

「…………」

「別に構わないわ。好きにしなさい」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 なんとか根回しは終了だ。迎撃トラップが発動したら厄介だから、これはやらなければならなかった。今、太陽の畑を自由に出入りできるのはルーミアとアリスぐらいである。紫はスキマがあるから自由自在だろうけど。他の侵入者は全てトラップ発動の対象らしい。たまに凄い勢いで、向日葵が妖力弾を発射してるし。見ている分には綺麗だけど、やられる方はたまらないだろう。うん。

 

「ごちそうさまでした」

 

 そして朝食終了。今日で二人でとる食事は当分おさらばになる。今まで育ててくれて本当にありがとうございました……とでも言うと思ったか! よくも今まで酷い目に遭わせてくれたものだ。釜の中に入って暫く反省しているが良いわ!

 

 私は部屋に戻り、赤いマフラーを首に巻く。勇気百倍! 戦闘態勢はばっちりだ。頬を一度強めに叩き、更に気合を入れる。今日は久々の模擬戦闘形式。やるなら今日がベストだ。私が最初に放つ技は、幽香は必ず受ける。そこにつけこむ!

 幽香に続いて外に出る。私は準備運動しながら、心を落ち着かせる。幽香はこっちをジッと見ている。ちょっと恐ろしい。気取られてはならない。奇襲でなければ駄目なのだ。

 と、飛んでくる妖夢の姿が目に入った。背中には風呂敷に包まれた大荷物を背負っている。私の傍に着地すると、声を掛けてくる。

 

「おはようございます燐香、幽香さん。お待たせしてすみません」

「いえいえ、ちょうどこれから始まるところです。妖夢、今日は宜しくお願いしますね」

「う、うん。分かった」

「……妖夢」

「は、はい!?」

 

 幽香に声を掛けられると、ビクッとしながら声が引き攣る妖夢。態度が不審すぎる。お願いだからばれないようにして。私は祈るしかない。

 

「その荷物はなに? やけに大きいみたいだけど」

「え、えっと、これはですね。鍛錬の後に、皆さんに食事でも振舞おうかと。材料は用意してありますよ!」

「ふうん。なら、そういうことにしておきましょうか。何を企んでいるかは知らないけどね」

「あ、あはは」

「貴方、本当に嘘が下手ね。もう少し隠す努力をしなさい」

「…………」

 

 妖夢の顔が引き攣ってる。たったこれだけの会話で妖夢が超追い詰められてる。だ、大丈夫なのかな。しかしここまで来たら後には引けない。後は当たって砕けるのみ! いや、砕けないけど。

 妖夢に目で合図を送ると、小さく頷いてくる。準備は万端らしい。私と幽香が戦闘開始して、技を放つと同時に、妖夢は釜の準備をする。中には昨日の米の残りが詰っているはずだ。屈辱を与える為にわざとそうした。そして、封じ込めると同時に、妖夢は蓋を閉めて御札を貼り付ける。御札は妖夢にお願いして、博麗神社から貰ってきてもらった。成功したら、賽銭を入れにいかなければ。

 

「さて。はじめましょうか。地上と空中、どっちでやりたい? お前に合わせてやるわ」

「ち、地上でお願いします」

「そう。じゃあ、いつも通りお前の攻撃から開始で構わない。地べたを舐める覚悟ができたら、かかってきなさい」

「分かりました」

 

 ふふん。いつもなら、世の理不尽を嘆くところだが、今日の私には必勝の策がある。地べたどころか、昨日のお米の残りに顔を突っ込むのはお前である。ざまぁみろ!

 

「ああ、そうだ! お母様の準備は大丈夫ですか? ちょっと心配になっちゃって」

「……準備? 何のかしら。お前に心配される覚えは欠片もないけど」

「いえいえ。この世でやり残した事はないかと思って。あれでしたら、少しだけ待ってあげますよ。当分お日様は拝めないんですから」

 

 ニヤリと幽香の真似をして嘲る。多分だけど、怖いくらい似ているはずだ。だって、真似したら自分でドン引きしたくらいだし。 

 

「春の陽気に当てられたのか。それとも、寝ぼけているのか。どっち?」

「私は正気ですよ。娘からの最後の贈り物というやつです。ありがたく受け取ったらどうです?」

「……へぇ。それは面白いわね」

「これからもっと面白い事が起きますよ」

 

 私が挑発すると、幽香の口元がニヤリと歪む。プレッシャーが凄まじい。し、しかし私は怖くない。このまま戦闘開始でも何も問題ない。既に準備は終えているのだ。彼岸花地帯に妖力を既に溜め終えているのである。くくっ、完璧すぎる!

 

「いつになく、威勢が良いみたいね。今日は、それだけ自信があるということかしら」

「ええ。今日の私は、約束された勝利を掴むためにここに立っています。……思えば、今まで本当にたくさん虐めてくれましたね。恨み骨髄に徹すとはこのことです。これから存分にお返しするので、是非受け取ってください」

「ふふ、半人前が偉そうに。この前もそう言って叩き潰されたのに。グズは記憶力が悪いのね。悲しくなるわ」

「くくっ、最後に笑うことができれば過程などどうでも良いんですよ。今の私には鬼を退治した経験もあります。たかがお花の妖怪如き、ほんの一分で片付けてあげましょう」

 

 私もお花の妖怪だけど、それは勢いというやつで誤魔化そう。私は幽香は嫌いだけど、向日葵は好きなのだ。花に罪はないのである。花妖怪は大嫌いだ。

 更に指でくいっくいっと挑発してやる。ついでに、首をかききる仕草も取ってやる。今は怒らせる事が重要だ。

 

「どうです? 貴方の顔に似ているから、結構サマになっているでしょう」

「…………ふん。少し、躾が必要みたいね」

 

 幽香は鼻を鳴らすと、首を鳴らす。そして手をボキボキとやりはじめた。これはかなり怒っているという証拠だろう。挑発は成功だ。

 側で待機している妖夢の顔が、引き攣っているのが視界に入る。だが何も心配はいらない。激おこプンプン幽香はそのまま釜へレッツゴーなのである。

 

「いいことを思いつきました。お母様に初手を譲ってあげましょう」

「ああ?」

「貴方がいくら最低だとしても、私は親孝行の気持ちを忘れたりはしません。年長者は敬わないといけませんからねぇ。ですから、お年を召したお母様に、最初の一撃を譲って差し上げます、と言っているんですよ。私の言葉が、聞こえてますかぁ?」

 

 耳に手を当てて、最大級の挑発をする。実を言うと、背筋の冷や汗は凄いことになっている。震えはなんとか押し殺しているだけ。マジですっごい怖いけど、これで仕込みは完璧だろう。怒り狂った幽香は必ず突っ込んでくる。そこを逆手にとる。カウンターで必中必殺だ!

 

「今日は本当に調子に乗ってくれるじゃない。口の効きかたといい、雰囲気といい、随分と“妖怪”らしくなってきた。私の娘なだけはある」

 

 予想に反してなぜか褒められてしまった。そういうことは今は求めていないのだ。とっとと怒ってかかってこいというのだ。 

 

「……そんなことを言われても嬉しくありませんね」

「とはいえ、度が過ぎると不愉快極まりないわ。教育代わりに、その鼻っ柱を叩き折ってやる」

「ふふん、できるものなら」

「――はあッ!!」

 

 え。私がふんぞり返って嘲笑しようとした瞬間、幽香が大地を踏み蹴った。なにそれ、速すぎ。油断しまくっていた私は、反応が遅れる。

 

「し、しまっ――ぐげっ!」

 

 回避しようとした私の肩を掴み、全力の頭突き。脳が激しく前後にシェイクされる。やばい。一発で超ダメージ。

 棒立ちは駄目だ。とりあえず右のパンチを繰り出してみる。幽香は避けようともせずそれを受ける。顔面に炸裂したのに、全然ダメージなし! 脳が揺らされてたから、腰に力がはいらない。

 

「あ、あぶぇ。……あ、あれれ、お、おかしいな。ちょ、ちょっとタイム」

 

 慌てて手でTマークを作ってみるけど、代わりに拳骨が飛んできた。拳骨というか、鉄骨という感じの重い一撃だ。頭がへこんじゃいそう。

 

「この糞餓鬼が。大口叩いてそのザマはなんなの? まぐれとはいえ、鬼に勝ったんじゃなかったのかしら?」

「う、うるさいっ! 彼岸花、呪縛ッ!」

 

 きょ、距離を取らなければ。私は彼岸花を大地に咲かせ、素早く幽香を拘束しようとする。だが、幽香が気合でそれを打ち消す。彼岸花は霧散してしまう。

 

「鬼退治の英雄ともあろう妖怪が、距離を取りたいの? そんな真似をしなくても、私が取らせてやるわ」

「ぐべら!」

 

 いつの間にかヒットマンスタイルになっていた幽香。フリッカーが私の顔を数度打ちつけた後、右のチョッピングライトが炸裂! コンボをもろに喰らった私は、凄まじい速度で大地を転がされていく。ごろごろごろと転がって、向日葵に頭から突っ込んでしまった。頭の中のカラータイマーが鳴り始めた。

 

「ぐ、ごぶ。い、痛い」

「早く立て。教育はまだまだこれからよ」

 

 れ、冷静になるんだ。慌てない慌てない。心頭滅却心頭滅却。

 これはむしろチャンスと捉えよう。劣勢から逆転するのがヒーローだ。最初苦戦しておいて、最後に勝つのが王道の展開。それに、ダメージは受けたが距離も取れたし、ここは仕切りなおしだ!

 

「ま、まだまだぁ! 今日の私は、絶対に勝つ!!」

「まだまだも何も、私はまだ全然ダメージを受けていないんだけど」

「く、くうっ。ち、違いますよ。今のは思い出作りのために、わざと受けてやったんです。そう、全ては私の計画通り! 敢えて受けてやったんですよ!」

 

 負け惜しみだけど、強がる事で自分を奮い立たせるのだ。まだ切り札が残っている。それを当てれば、良いだけの話!

 

「へぇ。言い訳は情けないけど、良い顔するようになったじゃない」

「うるさい! 今度はこっちの番だ!」

「全力で来なさい」

 

 仁王立ちで待ち受ける幽香。私はそこに一直線に駆け寄る。大地を踏み切り、勢いをつけた右拳を炸裂――と見せかけて。後方に身体を捻りながら一回転。そして!

 

「陽符、サンフラッシュ!!」

「――くっ!」

「ひっかかりましたね! 目潰しですよ!」

 

 まんま太陽拳だ。卑劣なのは自覚しているが、勝てば良いので問題なし。

 幽香は目を手で覆っている。失明させるほどの威力はないので、そのうち回復してしまう。それまでに決着をつけなければならない。

 

「……成長したかと思えば、また小細工か」

「その小細工をばっちりくらいましたね? くらっちゃいましたね? あはは! これが勝利の方程式の第一歩!」

 

 全てが思い通り。額から流れる血を拭い、妖夢に声をかける。

 

「いきますよ、妖夢! これで仕留めます! 絶対に最後の詰めを誤らないでください!」

「わ、分かった。いつでも大丈夫! 頑張れ、燐香!」

「はぁあああああ! 彼岸花たちよ、私に力を!」

 

 まだ怯んでいる幽香。だが、この化物は何をしでかすか予測できない。下手すると、目を自分で潰して攻撃を仕掛けてくるかもしれない。それが修羅道だ。だが、そんなことをする時間は与えない。

 印を全速力で結び、全身に妖力を滾らせる。彼岸花地帯に蓄えておいた妖力を全て回収。準備OK!!

 

「喰らえ、風見幽香ッ! これが私の全力全開、鬼をも封じた魔封波もどきだッ!!」

「――ッ!!」

「いけええええええッ!」

 

 膨大な妖力を帯びた烈風が、風見幽香へと襲い掛かる。竜巻のようなそれは、もう間もなく風見幽香を飲み込む!

 

「――や、やった!?」

 

 妖夢の叫び声。どうだろう。多分当たったはず。じゃなければ、既に反撃が来ているはずだし。それに、竜巻の制御は前よりも上手くなっている。どうか当たっていて!

 両手を前にかざしながら、私は祈る。

 

「…………や、やった」

 

 ――荒れ狂う風は幽香を完全に捕らえている。幽香は動く事ができていないし。これは、命中だ!

 

「あ、あははははは!! 当たった、当たってる! いやっほう! やりましたよ、妖夢!」

「分かったから油断しないで! 最後まで制御をしっかり!」

「ふふん、慌てなくてももう大丈夫ですよ。なんだか、前より凄い楽なんです。このまま珈琲タイムに突入できそうなくらいに」

「いいから早く封印して! 詰めを誤るなと言ったのは燐香でしょ!」

「もっと勝ち誇っていたかったんですが、ま、油断大敵といいますし。じゃあ、いよいよフィナーレといきましょうか! 勝利の栄光を私に!」

 

 私の技量が上がったせいか、萃香戦のときよりも余裕がある。なんというか、全然辛くない。制御には大量に妖力が必要なはずなのに。うーん、もしかして私のレベルが上がりすぎたせいかもしれない。まぁそれはともかく!

 

「安心して下さい、お母様。貴方がいない間は太陽の畑は私が管理して差し上げます。忘れなかったら、100年後に解放してあげましょう! それまでは、残り物のご飯と一緒にすやすや眠っていて下さい!! あはははは! まさに気分爽快というやつですね!」

「…………」

 

 心から哄笑する私。何故か微動だにしない幽香。いつもなら怯んでしまう視線だけど、竜巻は見事に直撃しているから絶対に動けない。動けないなら怖くないのである。

 ――勝った! やったよアリス、ルーミア、フラン、妖夢! 

 

「これで、終わりっ!!」

 

 私は両手を天に掲げてから、一気に振り下ろす。これで、竜巻は上昇した後、釜目掛けて突入していくはずだ。もう目を瞑っていても大丈夫。勝利のポーズを決めるだけ。……決めるだけ?

 

「……あ、あれれー? おかしいな。なんで?」

 

 ……なんかおかしい。竜巻が、全然動かない。なんで上昇しない。

 

「どうしたの、燐香?」

「いえ、コントロールが。……コントロールが、効かない」

「欠片も気付いていなかったみたいね。お前が勝ち誇って馬鹿笑いしてたとき、既に私の制御下にあったということを」

 

 幽香の声が聞こえてくる。

 

「……う、嘘だ。そんなこと、できるわけが」

「まともに喰らうと危ない技だけど、そもそも直撃されなければ全く問題ないのよ。お前、自分の技の性質すら掴んでいなかったの?」

「わ、私の技を奪い取った? こ、こんな僅かの間に、そんな真似、できるわけが」

「できるわ。ご覧のとおりにね」

 

 実際、竜巻は幽香に操られている。コントロールは完全に奪われている。妖力を纏った風の渦は、唸りをあげながら宙を旋回している。

 そういえば、幽香が回し受けみたいな動作をとっていた気もする。まさか、あの一瞬で受け流したのか。目は見えていなかったはずなのに。

 人の技を利用するなんて、そんなのずるい。そこは空気を読んでくらわないと!

 ……あれ、というか、これって凄いピンチなような。

 

「さて。簡単なテストをすることにしましょう」

「て、テスト? あはは、私、テスト嫌いなんで」

「愛想笑い」

「ご、ごめんなさい!」

 

 幽香の指摘に思わず謝ってしまう。既に勝負になっていない。完全に心を折られてしまった。直ぐに治るけど、今は駄目だ。戦意が萎えてしまっている。今考えることは、いかにこの場を切りぬけるかだけ。

 

「自分の技を盗まれたとき、対処できるかどうかのテストよ。私と同じようにやれば良いだけの話、簡単でしょう?」

「む、無理――」

「そんな事態に陥る事はないと、過信していたわけもないでしょうし。私の娘なら、きっと打ち破る事ができるはずよね」

「……う、ううっ」

 

 全く対策してません! 一発こっきりの切り札だから。やばい。こっちに手を向けやがった。竜巻がこっちにくる。どうしよう。いや、逃げないと。三十六計、逃げるが勝ちだ!

 

「よ、妖夢」

「な、なに? まさか、助太刀しろとか? し、死んじゃうよ」 

「逃げましょう! ここは逃げるんです! と、とりあえず白玉楼に!!」

「なんでウチに!? 幽々子様に怒られるのは私じゃない!」

「とにかくお先に!」

 

 私は大地を踏みけって、全力で空中へ飛び出した。もう振り返らない。今は一刻も早く――って、竜巻が迫ってるし!! ま、間に合わない!

 

「逃げられるとでも思っているの? この私から」

「……い、嫌だ。釜飯妖怪になるのだけは嫌だあっ!!」

 

 彼岸花の妖怪から、釜飯どんに進化するのは嫌だ! せめてメロンパンナちゃんで! って、現実逃避しても竜巻は追ってくるし!

 

「り、燐香あああああ!!」

「に、逃げられ――うぎゃああああああああああああああ!!」

 

 遠くで妖夢の叫び声が聞こえた直後、私は竜巻に飲み込まれる。そのままグルグルと渦を巻く烈風に流される。これは、まさか。やるつもりなのか。

 

「技の構想は素晴らしかった。問答無用に拘束する性質はとても厄介だもの。そして使うタイミングも悪くはなかった。だけど、一番の問題は相手が私だったことね。大人しく諦めなさい」

「ち、畜生ぉおおおおおおお!! 」

「じゃあ、また百年後に会いましょう。覚えていたらそのうち解放してやるわ。グズのことなんて、今日中に忘れそうだけど」

 

 そんな言葉を聞きながら、私は釜の中へ一直線に落下して行った。釜に入るとき、スポンという音がしたような気がした。そして、蓋が閉まる。中はご飯のにおいが充満していた。炊き立てではなかったのだけが救いである。白米に囲まれて絶望にくれる私は、やがて考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 ――その日の夕方に私は解放された。妖夢いわく、解放直後は魂が抜け落ちたような顔をしていたとのこと。

 幽香に拳骨の制裁を受けたあと、私は妖夢と一緒に草むしりをするのだった。多分、自分で草むしりをするのが面倒だから私を解放したのだろう。全く脅威に思われていないという証拠。悔しさで泣きそうになったが、必死に堪えた。

 なに、まだまだ機会はある。あるはずだ。更に技に磨きをかけて、リベンジしてやるのだ。そう思わなければ、ここではやっていけない。……本当は死ぬ程泣き叫びたいけど我慢だ。我慢我慢。

 つき合わせてしまった妖夢には申し訳ないが、友達ということで大目に見てもらわなければ。

 

「……ごめんなさい。妖夢にまで草むしりなんて付き合わせて。でも、今日こそは勝てると思ってたんですよ」

「別にいいよ。色々と参考になったし。……しかし、幽香さんは本当に凄いね。目が見えていない状態で、アレを返すなんて相当だよ」

「ええ、あれは化物なんです。あれが、あれこそが修羅なんですよ。いずれ妖夢が倒すべき敵です」

「いや、私関係ないし! ……でも、解放してくれたんだから、優しいところもあるんじゃないかな」

 

 妖夢がありえないことを言うので、私は溜息を吐く。

 

「それは目が曇ってますね。曇りすぎです。いいですか? あれは優しさとは対極の存在です。そう、悪鬼と書いて幽香と読みます」

「そ、そうかなぁ」

「そうですよ。娘の私が言うから間違いありません。……それにしても。はぁ、また負けちゃった」

 

 力が抜けていく。思わず地面にひれ伏してしまう。背中を妖夢が撫でてくる。その気遣いは嬉しいけど、情けなくなる。今日こそはいけると思ったのに。もう諦めたほうが良いという心の声も聞こえてくる。……また逃げ出しちゃおうか。

 

「え、えーと、幽香さん相手の啖呵は見事だったよ。あのプレッシャーで、あれだけ言い切れるのは凄いよ」

「……ありがとうございます。でも、負けたらただ無様なだけです。今の私は負け犬、いえ、負け花です。枯れてるのがお似合いです」

「ほら、元気だしなよ。鍛錬ならこれからも付き合うから」

 

 気を使わせてしまったようだ。こんなことでは駄目だ。愚痴を吐いていても、次に繋がらない。悔しさをバネに、憎悪を滾らせるのだ。萎えそうになる気力を昂ぶらせよう。そうすることで、私はこれまでやってきたじゃないか。

 でも、普通のやり方では勝てない。今日でつくづく分かってしまった。私には何かが足りないのだ。私が一年時を重ねて力を蓄えれば、幽香も同じように力を蓄える。いつまでいっても距離は縮まらない。何かが必要だ。

 

 でも、もう少しで何かが変わる気がする。そんな予感がするのだ。台風が来る前には、なんだか生暖かくなる。地震が来る前には、恐ろしいほどの静寂を感じるときがある。そんな感覚。でも、その時は確実に近づいている。

 ――だって、今年は、私たちにとって特別な年だから。

 

「…………」

「燐香?」

「いえ、なんでもありません。少し、気力が戻ってきました。ありがとうございます、妖夢」

「礼なんていいよ。あー、その、うん。と、友達なんだから」

 

 妖夢がちょっとだけ照れくさそうに呟いた。

 

「そこはビシッと断言しましょうよ。さぁ、恥ずかしがらずに!」

「と、友達だから」

「正面から言われると、結構恥ずかしいです。しかもクサくて身体が痒くなりそうです」

 

 これが青春てやつか。超むずがゆい!

 

「お前がそうしろって言ったんだろう!」

「ごめんなさい、今日はボケる気力がもうありません。妖夢のフリに反応できない私は相方失格です。方向性が違うようなので、今日でコンビは解散ですね」

「余計な気力は十分あるじゃないか! って、別に漫才してるんじゃねーし! ああもう!!」

 

 私は妖夢のツッコミを聞きながら、草をひたすらむしるのであった。ああ、滲む夕陽が眩しい。私はマフラーで、目元を拭うのであった。

 


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