今日の私は、ルーミアと一緒にお出かけ中だ。場所は、以前こっそり教えてくれた秘密の場所。そう、あの生贄の祭壇だ。
手入れをしていなければ枯れているはずの彼岸花は、未だ元気そうに咲き誇っている。ルーミアがちょくちょく様子を見に来ては、世話をしてくれているようだ。本人はとぼけていたが。私はちょっと嬉しくなったので、ありがとうと言うと、ルーミアはそっぽを向いた。多分照れているのだ。付き合いも結構長くなってきたので、大体分かる。
ちなみにいつものように上海人形がお目付け役である。つまり、こんな遠くまで魔力の糸を伸ばしているということになる。私からすればまさにありえないレベル。流石はアリスだ。まさにブラボー。
「もうお肉は寒くなるまでこないかー。残念だけど仕方ない」
「そうなんですか?」
「うん。届く期間は秋から冬までだね。それ以外であったことは一度もないかな」
それもそうか。冬を乗り越えたというのに、わざわざ子供を殺す親はいないだろう。決断せざるを得ないのは、収穫が少なかった秋、もしくはギリギリまで耐えて限界を超えた冬か。『仕方がない』、『どうしようもなかった』という言葉とともに殺されるのだ。ここは楽園じゃないから、仕方がない。
「ま、ないならないでいいや。昼寝するには良い場所だよ。本当に静かだし」
「確かに。それに桜も結構植わってるんですね」
「でも、大分散っちゃった。ちょっと前は本当に凄かったよ。上は桜で下は彼岸花。まるで天国と地獄の境界にいるみたいだった」
「おおー。それは凄いです」
「でも今は葉桜だから諦めてね」
「残念ですが、そうします。じゃあ、来年は一緒に見ましょう。私も見たいです」
「うん。一緒に見れたらいいね」
ルーミアはそう言うと、小さな闇を展開して中から袋を取り出す。なんだか液体が染み出ている。……ちょっと汚い。というか嫌な臭いが。
「あー。考えただけで憂鬱だけど、やるかなー」
「なにをです?」
「仕分けだよ」
「はい?」
よく分からないと私は首を捻る。ルーミアは袋を四方に破くと、包みを展開する。中には挽肉みたいなのが入っていた。液体が滴っている赤肉だ。
「これ、なんだと思う?」
「お肉です」
「何の肉かを聞いてるの」
「まさか。……に、人間ですか?」
「半分当り。これはね、紛い物なんだ」
ルーミアが前に教えてくれたことがあったはず。お願いすると支給されるらしい食料。やっぱり人間の肉なのだろうか。
「でも、このままだと本当に不味いんだ。だから、面倒だけど仕分けるの」
「……というと?」
「マシなのだけ取り出すんだよ。これ、二つの肉が混ざってるんだと思う。片方はそれなりに不味い肉。もう片方は吐き気を催すほど不味い肉。それが混ざり合ってるのがこれ」
うわぁ。昔あったと言われる、ブレンド米ならぬブレンド肉だ。今考えると、その米の生産国の人からしたら相当失礼な話である。日本人は米にうるさいから仕方ないのだけど。ところで、今の私は日本人ではないと思う。なら日本妖怪だろうか? なんかパッとしなかった。
ルーミアは溜息を吐きながら、挽肉のかたまりを解して、ほいほいと摘んでテキパキと仕分けていく。動作は速いけど、とても気が遠くなりそうな作業だ。
「そこまでしないと、これ、食べられないんですか?」
「……噛めば噛むほど不味くなるんだよね。空腹は紛れるけど、死にたくなるよ。仕分けた後なら、泣きたくなるぐらいで済むけど」
「そ、そうですか」
「うん」
どちらも悲惨である。どれぐらい不味いのか気になるが、食べたいとは全く思わない。そもそも、ルーミアがそこまで言う不味い肉とは一体なんなのだろう。
「その死ぬ程不味い肉って、一体何なんでしょうね。同じ人間なんでしょう?」
「んー。河童の話だと、部位だけを量産してるとかなんとか。だから、魂が宿った事のない肉なんじゃないかな。知らないけど」
「なるほど」
クローン技術を使ったお肉かな。生産工場を想像すると酸っぱいものがこみ上げてきそうだ。いや、新鮮なのも嫌だけど。
「普段はこんなの食べないよ。今日は、特別に見せてあげようと思って貰ったんだ。嬉しい?」
「全然嬉しくないです」
「これから団子にして焼くから、ちょっと待っててね」
「いらないです」
「タレは醤油でいいよね」
ルーミアがニコニコと笑いながら、醤油の入った容器を取り出す。
「いらないです」
「おかわりも沢山あるよ。むしろ全部あげる」
「いらないです」
「後は、普通の団子もあるよ。これも焼こう」
白い団子。こっちはお米系っぽい。これなら安心だ。
「そっちは欲しいです」
「燐香は我が儘だね」
「私が火を用意するので、それで勘弁して下さい」
「じゃあよろしくー」
私は近くから枝やら葉っぱを掻き集め、着火。そこにルーミアの買ってきた、ホイルで包まれた団子を突っ込む。どんど焼きみたいなものだ。ルーミアは再び仕分け作業に戻っている。没頭するタイプなのかもしれない。
「その紛い物の肉って、誰が作ってるんでしょうね」
「偉い妖怪に命令された妖怪じゃない? 知らないし興味もないけど」
「じゃあ、どうやって届くんです?」
「妖怪ポストに、名前と欲しい量を書いて手紙を入れると、いつの間にか届いてるよ」
「そうなのかー」
よ、妖怪ポスト。鬼太郎がでてきそうだけど、届くのはやばい肉。不幸の手紙とかいれたら、何が届くかわかったものじゃない。場所は聞かないようにしよう。悪戯したくなっちゃうと困る。
「人間の肉以外食べないっていう妖怪もいるから、そのためなんだってさ。こんなの毎日食べてたら、頭おかしくなりそうだけど」
ルーミアが舌打ちしながら、肉団子を弄る。相当お気に召さないようだ。
「そうですね」
「でも、いつか一緒に食べようね。妖怪なら、死ぬまでに一度くらい食べた方が良いよ」
「は、はは。どうでしょうね」
「ね」
「あはは」
笑って誤魔化しておいた。ルーミアも笑っている。いつか本当に喰わされそうで恐ろしい。いや、妖怪だし良いんだろうけど。食べたっておまわりさんに捕まるわけじゃない。霊夢にしばかれることもないだろう。支給品だし。でも嫌だ。食べたら変わってしまいそうで怖いし。
「あ、そういえば。ルーミアにはまだ見せてなかったですよね」
「なにが?」
「アリスが私に人形を作ってくれたんです。ほら、これです!」
鞄から花梨人形を取り出し、じゃじゃーんとルーミアに見せる。ルーミアは仕分け作業をしながら、へーと頷いた。そこはもっと驚こうよ!
「……なんか反応が薄いですね。もっと、こう、すげー! とか、腰が抜けた! みたいなのはないんですか」
「だって、そこにアリスの人形いるし。見慣れてるかなー」
「まぁ、そうですけど。でも、これは私が操作するための人形なんです。凄いでしょう!」
どや顔をしてみる。が、反応が薄い。もっとこう、なんかあって欲しい。興味を持って!
「へー。ということは、それを使って弾幕ごっこでもやるの?」
「い、いえ。実はまだ全く動かせなくて。今は、操るための糸を作る練習中です。後、私の妖力を馴染ませています」
「……そっか、そういうことか。その考え方は魔法使いらしいね」
ルーミアが納得して一人で頷いている。その度に、頭のリボンがちょこちょこ動く。
「そういうこと? 魔法使いの考え方?」
「うん」
話は終わってしまった。ルーミアの表情が一瞬、鋭くなった気がするが気のせいだろう。思いつきで行動するのがルーミアだから。
こうなったら、いつか人形マスターになってルーミアを驚かせてやろう。人形劇とかやったら楽しそうだし。
ルーミアは仕分け作業にひたすら没頭している。団子はまだ焼けない。というわけで、私は人形を操る練習をすることにした。時間を無駄にしてはいけない。
「むむむ」
「はぁ。不味そうな肉だなー。見てたら首吊りたくなってきた」
「お、落ち着いてください。それより私の人形さばきはどうですかね」
「糸が出てるだけ」
肉の仕分けをするルーミアと、人形に向かって糸を伸ばし続ける私。謎の光景である。
と、私はあることに気がついた。人形遣いといえばアリスだ。つまり、アリスになりきるというのはどうだろう。なんだか凄い上手く行きそうな気がする。
ものは試しだ。早速やってみよう!
「よいしょっと!」
「急にどうしたの?」
「折角なので、アリスになりきってみます」
「なんで?」
「人形といえばアリスだからです。アリスになりきることで、私は一流の人形遣いに近づけるのです」
「なるほど。その考え方は燐香らしいね。うん」
隣の上海が呆れているような気がするが、私は気にしない。両手を交差させ、全ての指から糸を伸ばすイメージをする。そしてキリッと格好よい表情を作る。複数の黒い糸は花梨人形に纏わりつき、やがて一体化した。おお。やっぱり上手くいった。前よりも伝達が強固になりそう。よし、この調子でいこう。
「――私は完璧な人形遣い、リンカ・マーガトロイド。この世界に操れない傀儡など存在しない。そう、私は神ですら操って見せる!」
私は右手の甲を見せて、腰を捻って格好良いポーズを決めた。なんだか凄い決まってる! 花梨人形も一緒に動いてるし。私と同じポーズをしてる。やった、大成功だ!
「……ぷっ。ね、それって誰の真似? もしかしてアリス?」
「アリスの戦闘モードをイメージしてみました。アリスは常に完璧なんです。多分、前口上もこんな感じかなーって」
「うーん、顔というか目つきだけは似てたよ。でも、そんな馬鹿っぽいことアリスは絶対に言わないと思うけど」
アリスはそんなこと言わないらしい。でも私がそう思うのは勝手である。
ルーミアに同意するように、上海がべしべしと私の肩を叩いてくる。やけにツッコミが激しい。もしかしてアリスが怒っているのかも。
「えー。何が気に入らないんですか」
「今度宴会芸で見せてあげたら良いよ。多分、ウケると思うなー。アリス以外には」
「そうですか? じゃあ今度――」
と、背後の草むらに気配を感じた。なんだか、必死に何かを堪えているような。怪しい!
「――曲者ッ!」
「ぎゃっ」
謎の気配を察知した私は、妖力の糸を草むらに放出した。あっさりと捕らえられた。意図したわけじゃないのに、絡みついてるし。なんだか汎用性のある能力だった。色々と活用できそうだけど、取りあえずは尋問だ!
「……って、妖夢じゃないですか」
「な、なにこれ! ねばねばする! 蜘蛛の糸にしては頑丈だし!」
「何してるんですか?」
「何って、貴方の護衛ですよ! こっそりと護衛してくれってアリスさんに頼まれたから」
「でも、見事に見つかってますよ」
「燐香がいきなり笑わせるからでしょ! あ、あんな真似いきなりされたら、笑うに決まってるでしょ!」
「失礼ですね。あー、ごめんねルーミア。秘密の場所がバレちゃいました」
「いいよ別に。アリスにはバレてるし。あんまり広めないでくれれば。お肉の競争率が上がっちゃうのは嫌だなー」
「広めませんよ。大体、私はそんな肉に興味はありません!」
糸を解き、妖夢を解放するとプンプンと怒りだした。子供っぽいが、言うと怒るので我慢しておこう。
「あ、団子焼けたみたいだよ」
「本当ですか? 妖夢は丁度良いタイミングででてきましたね。まさか、それが狙いだったんじゃ」
「そんなに意地汚くありません! 幽々子様じゃあるまいし」
と、妖夢が口を押さえる。私はニヤリと笑う。ルーミアも。しっかりしているように見えて意外と迂闊。それが妖夢である。
私が言うのだから間違いない。アリスいわく、私は見かけもおっちょこちょいだそうだ。幽香と同じような顔をしているから、それは違うと思うのだけれども。
それはそれとして。
「口止め料、何にしましょうか、ルーミア」
「甘いものがいいなー」
「う、ううっ。ふ、不覚」
「あはは、冗談ですよ。さ、一緒に団子を食べましょう」
「実はね、他にも良いものがまだあるんだ。これを飲みながら食べようか」
ルーミアが闇から、瓶を三本取り出す。歯で蓋を強引に開けると、中からシュワーっと泡がでてきた。これは、ビールか。
「外からたまに流れてくるの。幻想郷のと違って、変わった味がするのが多いんだ。見つけたらいつも買ってる」
「へー。それは凄い。ありがとうございます、ルーミア」
「わ、私は護衛中なので、遠慮させて――」
「そうですか。じゃあ言いつけちゃいますね」
「そんな横暴な!」
「はい、一本あげる」
「いや、そういう訳には」
「一本がノルマね。絶対飲み干してね」
「うう、わ、分かりました。お付き合いします」
流石にルーミアの善意を断りきれなかったらしく、妖夢は瓶を受け取る。私は瓶を調べる。よく分からない言語に、ピーチの絵がついている。果汁入りのビールかもしれない。そういうのがあるのは知っている。でも美味しいかはしらない。
「それじゃあ、乾杯!」
「はやっ! 待ってくださいルーミア」
「嫌だよ。お腹すいたし、紛い物触ってたら気分が滅入ってきた」
仕分け終えたらしい紛い物。死ぬ程不味いといっていた方を、土の中に埋めている。それほど食べたくなかったようだ。
「……うっ。こ、これは、中々変わった味ですね。なんというか、うん。わ、悪くはないですね。はは」
妖夢が顔を顰めながら、褒めている。嘘が下手くそだ。顔がこれ以上飲みたくないと言っている。
「団子には全然合わないね。あはは、口当たり最悪だ。……なにこれ! 不味ッ!」
持って来たルーミアがうげぇともがき苦しんでいる。後から効くタイプのようだ。私も飲んでいるから間違いない。本当に不味い。なんだこれは。
「うーん、不味い! 醤油との相性は最悪ですね。ねっとりと甘ったるい桃と香ばしい麦の味に、醤油味が混ざって絶妙な不協和音を奏でています。しかも生温いし。間違っても買いたいとは思いませんね」
「ちょっと。折角フォローしてあげたのに! ならなんでこれを用意したの。普通に焼酎とかでいいじゃない」
「気分かなー。それに、不味い肉には不味い酒かなって」
「あはは、ルーミアらしいですね」
団子は美味しいので、それを口に入れて浄化する。幻想郷入りしたビールだけはある。これは売れない。桃は桃、ビールはビールで飲むべきだ。
「よし、夏は美味しいビールにしましょう。麦100%で」
「そうだねー」
「はぁ。貴方達と話してたら頭痛がしてきました」
「でも、見つかったのは全部自分のせいじゃないのかなー」
「そうですよね。第一こっそり見張るからいけないんです」
「うっ、それを言われると。いや、私は気を遣わせない様にと思って」
悩める人妖夢。私は笑顔で慰める。
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です。妖夢はとても立派です」
「燐香にフォローされると、なんだか微妙な感じが。というか全然嬉しくないし」
「失礼ですね」
「燐香にだけは言われたくないよ」
妖夢が拗ねた顔で口を尖らせている。とても可愛らしい。友達になってからは、こういう所も見せてくれる。真面目だけどからかい甲斐があるのだ。弄られキャラとしての素質は十分。しかもツッコミもいける。貴重な人材だ。
「さーて、肉団子も焼こうっと。これも不味いんだよなー。あー、泣きそう」
ルーミアが顔を顰めながら肉団子を火にくべはじめる。嫌な臭いが漂ってきたので、少しだけ離れる。妖夢も慌てて離れている。
「に、臭いが強烈ですね」
「うん。紛い物だからね。仕分けないともっと酷いよ」
「は、鼻が曲がりそう。あ、服に臭いがついちゃう!」
「もう手遅れです。諦めて下さい」
泣きそうな妖夢の肩を叩く。必死に手で扇いでいるが、焼け石に水だろう。
「ね、二人とも一口どうかな。食べたら新しい世界が開けるかもよ。さ、勇気を出して」
「私は、遠慮しておきます。妖夢は食べたいかもしれませんが」
私はいらない。でも、妖夢は欲しいかもしれない。だから、『私は』を強調しておいた。
「ちょっと、燐香! 私だっていらないよ! というか、私は半分人間だし!」
「そうなのかー?」
「当たり前だ! 私をなんだと思ってたんだお前は!」
私がルーミアのネタを披露すると、妖夢が当たり前だとツッコミをいれてきた。
「でも、共食いすると闘争力増強になると言い伝えが――」
「そんな話聞いたことないし!」
甲賀の忍犬は共食いを行なうことで闘争心を増強したらしい。そう民明書房の本に書いてあったし。だから間違いないのである。
「あはは。二人とも、滑稽で面白いなー」
「こ、滑稽。わ、私が滑稽?」
妖怪に滑稽呼ばわりされてショックを受けている妖夢。リアクションもばっちりだ。
「ルーミアは意外と毒舌なんですよ」
「ただ、性格が悪いだけなんじゃ」
「うん。だって妖怪だからね。半分死んでるだけあって、妖夢は鋭いなー」
「それは関係ない!」
「妖夢はツッコミが鋭いですよね。やっぱり剣術をやっているからですか?」
「それも関係ない! 第一、剣術と何の関係もねーし!」
「勿論知ってますよ。ね、ルーミア」
「うん、知ってる。あはは、馬鹿だなぁ妖夢は」
私とルーミアの連携ボケが炸裂する。流石は心の友、阿吽の呼吸である。
「うがああああああああああ!! お前らちょっと正座しろ! 今日こそその腐った性根を叩きなおしてやる!」
妖夢が剣を抜いてぶんぶんしている。私は笑いながらそれを回避。日頃の鍛錬の成果がでている。
それにしても今日はいつも以上に賑やかだった。この三人が集まるというのも滅多にないだろう。中々珍しい経験ができた。私は笑みを浮かべながら、アツアツの団子を頬張り、ピーチビールを口に含む。うん、やっぱり不味い!
「――あれれー。フランの幻が。飲みすぎたかな?」
いるはずのないフランの姿が見える。しかし、そんなに頭はグルグルしていないのだが。
「幻じゃなくて、本物だよ。というかこんなところで遊んでたんだ! 彼岸花も咲いてるし。なんだか秘密基地みたい。本で読んだことあるよ」
「これは、アリスさんの案内がなければ分かりませんでしたね。獣道の奥でしたし」
「美鈴、私に任せてとか自信満々に言ってたくせに」
「あはは、申し訳ありません。辿りつけたからいいじゃないですか。あ、これ差し入れです」
なんとフランと美鈴までやってきた。お酒を大量に抱え、蓬莱人形に先導されての登場だ。今日も遊びに来ようとしていたらしいが、うっかり寝坊してしまったとか。吸血鬼だから仕方ないのである。で、どうしても私と遊ぶと大騒ぎしたらしく、アリスが人形を操って案内してあげたのだ。アリスは本当に保母さんになれそうである。
「また賑やかになっちゃったなー」
「まぁまぁ。ちゃんと後片付けしますから」
ルーミアが秘密の場所が秘密じゃなくなると、少しだけぼやいていた。けど、ルーミアのご馳走を取るような面子はここにはいないので問題なし。私との秘密がなくなってしまうという意味だったら嬉しいけど、そうじゃないだろう。だってルーミアだし。
「それじゃあ、改めて乾杯!」
『乾杯!』
そんなこんなで、そのまま宴会突入である。後で幽香やアリスに怒られるのは確定だが、もうどうにでもなれな勢いである。後悔先に立たずと言うが、今の私はそんなことは気にしないのである。
◆
このままドタバタで終わるかと思ったら、最後にルーミアが笑みを浮かべながら問いかけてきた。
「ねぇ燐香」
「どうしたんです、そんなに改まって。ああ、大丈夫ですよ。ルーミアのご馳走のことは皆に内緒にしてもらいますから。誰もとりません」
「そうじゃなくて。ちょっと大事な話なんだけど。何かやると決めたら、必ず呼んでね」
「はい?」
「多分そろそろなんだと思ったから。今日まで、結構楽しかったから付き合ってあげる。死ぬ程楽しんだ後なら、地獄まで一緒に行っても良いし。心配しなくても、全部私が一緒につれていってあげる。だから“必ず”教えてね」
ルーミアの一緒に地獄に行こうよ宣言。関○宣言とは全然関係ない。私はもちろん行きたくない。鬼に虐められるのはこりごりである。
「い、いきなり縁起でもない。飲みすぎですよ」
「そうなのかなー?」
「そうですよ。第一、どうせ行くなら天国の方が良くないですか?」
「あはは。それは無理だよ。絶対に無理」
「じゃあ閻魔様に一緒にお願いしましょう。二人で土下座しちゃいましょうか」
「考える事が本当に面白いなー燐香は」
本当に突拍子もないことを言い出してきたものだ。『アンタ、地獄に落ちるわよ』的な感じだし。流石はいきなり人肉を食べさせようとするだけはある。でも、申し出は少し嬉しいので気持ちは喜んで受け取っておく。だって、彼女は私の最初の友達だから。
でも“何か”って何だろう。壮大な悪戯計画かな。人里に侵入して、とっておきの悪さをしようとか考えているのかも。それなら地獄行きの意味も分かる。上白沢慧音あたりに見つかるか、巫女にとっちめられるか。どちらにせよ結末は決まっている。
私としてはやっぱり天国にいきたいけど、多分無理だろう。じゃあ地獄ならどうかな。――それも無理な気がする。じゃあどこへ行くんだろう。
延々と思考に耽っていたら、横からフランに声を掛けられた。なんか少し怒っている感じを受ける。
「……ねぇ、ルーミアと何かやるの? やるなら私も絶対一緒にやるよ。駄目って言ってもついていくから」
「うーん、そう言われても。私もなんのことか良く分からなくて」
「もしかして、誤魔化そうとしてるの?」
「違います。疑うなら、私のこの目を見てください。ね、嘘をついているようには見えないでしょう。お星様みたいにキラキラ輝いているはずです」
「……ほ、星? 星はどこにもないけど、いつも通りおっちょこちょいな顔してるね!」
「誰がおっちょこちょいやねん! ――ってそういうことじゃなくて! 私はちょっとしか嘘をつかないことで有名なんです」
「あ、ちょっとはつくんだ」
「それはもちろん。優しい嘘は許されるのです」
「嘘に優しいとかないと思うけど。というか、返事を教えて」
ツッコミとボケをかましていたら、ルーミアに頬を突かれて返事を催促されてしまった。結局なんのことかは分からなかったが、私は頷いておくことにした。何かをやるとしたら、彼女達を誘わないわけがない。楽しいことは山分けだ。
「……良く分かりませんが、とにかく分かりました! じゃあその時は、お願いしますね。女と女の約束です!」
「うん、約束。だって、心の友だもんね。なら、最期まで付き合わないと」
「あはは、その通りです! ありがとうございます、ルーミア」
「別に礼なんていらないよ。私も楽しかったから」
「ちょっと、二人だけでずるいよ。私も一緒にやるよ! 大体、先に約束したのは私だし。もし仲間はずれにしたら噛みついてやる!」
「もちろんフランも一緒です。だって、友達ですからね。あ、ついでに妖夢も!」
「ついで扱いされても全然嬉しくねーし! って、勝手に悪巧み仲間に入れるな!」
「あはは、妖夢って結構面白いんだね。燐香と同じくらいリアクションが面白いし。隠れた逸材だったんだね!」
「そうでしょうそうでしょう。私の見る目は確かですからね。この燐香の目は誤魔化せないのです」
フランが手を叩いて喜んでいる。私も負けじと囃し立てる。
「わ、私が燐香と同じ!? あ、ありえない! 絶対にありえないから!」
「まぁまぁ、落ち着いてください。武士は食わねど高楊枝と言うじゃないですか」
「いや、全然意味がわからないし!」
宥めようと思ったけど、ついボケを重ねてしまった。妖夢は誘いうけの天才だ。リアクションに定評のある妖夢が、キレのあるツッコミを見せてくれたところで一休み。
私はルーミア、フランと肩を組んで上機嫌に酒を呷る。ルーミアは密集しすぎで暑いと文句を言っているが、フランは完全に機嫌が戻ったようだ。妖夢は呆れた表情だけど、なんだか結構楽しそう。美鈴も穏やかに笑っているし。
なんだか、今、凄く幸せな気がする。アリスも研究がなければ一緒にワイワイ騒げたのに。それだけが残念だ。次は絶対に誘うとしよう。
――結局、アリス本人が迎えに来るまで笑顔で騒いでいた私たち。いつまでもこんな日が続けば良いなぁと、私は強く思ったのだ。