ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第五十二話 嵐が過ぎて

 宴会の翌日、私は頭痛と倦怠感を覚えながら目を覚ました。明らかに飲みすぎである。もういつ帰ったとかそういう記憶がさっぱりない。酒に溺れる私は駄目妖怪である。でも仕方ない。だって妖怪だもの。

 

 でも、霊夢たちと飲むのはとても楽しかった。修羅道の人と思ってたのに、いきなり殴りつけてもこなかったし、悪口を言っても来ない。幽香とは違うようだった。多分、修羅道に入りたてなのだ。これから立派な修羅になっていくのだろう。

 なんだか軽く謝られたような気もしたので、全然気にしてませんと言っておいた。そうしたら、霊夢がなんともいえない変な顔をしたので、隣の魔理沙と咲夜がいきなり噴出していた。真面目な妖夢まで。だから私も笑ってしまったのだ。そうしたら私だけ抓られた。世の中というのは理不尽だなぁと改めて思ったものだった。

 まぁ、そんな感じで全員潰れるまで飲んだので、神社の後片付けはさぞかし大変だろう。今度あったら御礼を言っておくとする。

 

 ――それはともかくとして……。

 

「あ、頭が痛い。し、死ぬ」

 

 水を飲めば、多少は緩和されるかと思い、ベッドから起き上がる。

 と、コンコンと部屋の窓を叩く音がする。一体なんだろうと目を向けると、巾着袋と紫色のバラがあった。袋に入っていた手紙には、『二日酔いには気をつけてください。鬼との戦い、お見事でした』というメッセージと、二日酔いに効果がある丸薬のセット。

 なんで鬼と戦ったことを知っているのだろう。あの場にいたのか、それとも全てお見通しなのか。

 私が考えるに、紫のバラの人は神様じゃなかろうか。見るに耐えない境遇に同情して、こうしてプレゼントをくれるのだ。

 飛んでいくカラスを神様に見立てて拝んだら、嬉しそうにカァーと鳴いていた。早速、薬を飲ませてもらう事にしよう。

 

「お、おはようございます」

「…………」

 

 息が酒臭いのを感じ取られたらしく、幽香にゴミクズを見るような目で見られた。飲みすぎた馬鹿は私なので、特に反論もなし。口元を抑え、怒りを買わないようにすることだけは忘れない。

 朝はあっさり風味のオニオンスープとパンだった。胃に優しいけど、私のためではないだろう。美味しいから良いけど。

 

 泣いても笑っても、我慢する生活もあと僅か。私はすでに魔封波もどきを完成させている。伊吹萃香すら封じ込めた必殺の技だ。最早勝利は疑いようがない。

 さて、勝利のポーズはどうするか、小粋な挑発セリフも考えておかなくてはなるまい。今まで散々虐められてきたのだ、いわゆる臥薪嘗胆である。これでもかというほど、憎たらしげに挑発してやることにしよう。

 ああ、次の模擬戦闘の日が待ち遠しい。そうだ、妖夢に見届け人になってもらわなくては。ついでに蓋押さえ係。最後にポカをするほど私は愚かではないのである。――勝利の栄光、輝けるヴィクトリーロードを私は駆け抜けるのだ!

 

「ねぇ。なにをニヤニヤ笑っているの?」

「い、いえ。昨日の宴会を思い出していただけです。はい」

「あっそう」

「そうなんです。あはは」

「愛想笑いをするな。本当に何度言っても分からない奴ね」

「痛っ」

 

 幽香の拳骨がとんできた。痛い。だが、問題ない。全ての怒りと憎しみを力へと転換するだけのこと。私はどんどん強くなる。大勝利まったなし!

 くくっ、駄目だ。まだ笑ってはいけない。警戒されては元も子もない。し、しかし。愉悦がどんどん溢れてくる! 

 

「ご、ごちそうさまでした」

 

 私は笑いを必死に堪えながら、食器を流しへと運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで食事は終わり、今日はアリスの家に送り届けられました。いつものごとく首ねっこを掴まれて。私は猫じゃないのだけど。試しにニャーと鳴いてみたらぐるぐると勢い良くぶん回された。マジで吐きそうだった。また幽香への敵対ポイントが1あがった。既に限界を突破しているけど、まだまだ上がっていく。

 しかも到着した瞬間に、ドアにむかって勢い良くポイ捨てだ。漫画的な感じで、私はドアに顔面から衝突してしまう。鼻は赤いし、踏まれた猫みたいな奇声は出ちゃうし! もう敵対ポイント+100だ! あの女、絶対にゆるさねぇ! 私はいいけど、アリスの家のドアが壊れたら大変である。

 

「な、何の音? それに今の奇声は何事よ」

「お、おはようございます」

「……ああ、そういうこと。おはよう」

 

 私の顔を見るなり全てを把握するアリス。やはりアリスは完璧だった。

 

「あはは、朝から騒がしくてすみません。いやぁ、これには複雑な事情がありまして」

「何があったかは聞かないから、早く中に入りなさい。貴方にお客さんも来てるしね。もう朝からうるさくて。それに色々、大活躍だったみたいだしね」

 

 察してくれたアリスは、私を家へと招き入れる。ただ、なんとなくアリスの表情がいつもと違うような。なんとなく拗ねているというか、そんな感じを受けた。直ぐに治ったけど。

 

「誰が来てるんです?」

「いつもの面子よ」

 

 誰だろうかと居間を窺ったら、ルーミアとフラン、美鈴がいた。こんなに早くから来るなんて今まで一度もなかったと思うが。一体何事だろう。

 

「おはよう燐香。貴方はやればできる妖怪だと信じてたよ。実はずっと見てたんだけど」

 

 手を差し出してくるルーミア。一応握手するけど、凄くわざとらしかった。この可愛い笑顔に騙されてはいけない。

 

「ルーミアもいたんですか? なら声ぐらいかけてくれれば良いのに」

「心の友の大活躍にジーンと来ちゃって。とても会わせる顔がなかったんだよ」

「声に感情が篭ってないんですけど。どうせ、私のボロボロの顔みて笑っていたんでしょう」

「あはは、ひどいなー。でも笑ったのは当たってる!」

「やっぱり」

「よければ、お祝いにご馳走したいんだけど。ちょっとふやけてるけど、焼けば平気」

「それは遠慮しておきます」

 

 ルーミアが闇を展開して謎の肉を取り出そうとしたので、直ぐに押さえつける。危ない危ない。朝っぱらからグロいのはご免である。

 

「残念。あ、そうそう。後は博麗霊夢がいたから声を掛けなかったんだ。あの巫女に絡まれると面倒くさいし」

「まぁそんなことだと思いました」

「でも、燐香が活躍して嬉しいのは本当だよ。ほら、私嘘つかないから」

「それが嘘だと思うんですけど」

 

 棒読み口調のルーミアにツッコミを入れ、私は椅子に腰掛ける。美鈴とフランが直ぐに声を掛けてくる。

 

「いやぁ、本当に大したものですね。まさか鬼相手に勝ってしまうとは! 大金星ですよ!」

「うん。私も鬼の強さをパチュリーに聞いて、本当にびっくりしたんだ。天狗の新聞みた時は嘘じゃないかと思ったけど、迫力満点の写真が載ってたし。これは嘘じゃないと思って飛んできたの。あとは、お姉様本気で喧嘩売ってくるからさ。顔見るだけでムカつくし。部屋に妖力弾ぶち込んでこっちに来ちゃったの」

「妹様。咲夜さんが泣きそうになるから、止めて下さいと言ったじゃないですか。我慢するって約束したのに」

「うるさいなぁ。アイツが咲夜の自慢ばかりしてくるからいけないんだよ。挙句には、私を挑発してくるし。本当にムカツク奴! あー、私も宴会いけばよかったなぁ。そうしたら一緒に戦えたのに。ねね、鬼って強かった?」

 

 感情を目まぐるしく変化させた後、フランが興味津々に尋ねてくる。

 

「それはもう。一撃一撃が死ぬ程重くて。あんなの顔に喰らったら弾けちゃいますよ

「そっかぁ。私も一緒に戦ってみたかったなぁ」

 

 残念そうなフラン。フランなら萃香とタイマンはっても良い勝負しそうな。鬼と吸血鬼ってどっちが強いんだろう。やっぱり経験の差で萃香かな? 聞くのは止めておこう。試されても困るし!

 

「へー。じゃあ、そんなのに勝った燐香は鬼殺しの英雄だね。幻想郷中に名前が轟いちゃったんじゃない?」

「は? いや、轟かないでいいんですけど」

「もう遅いんじゃないかなー」

 

 ルーミアが訳のわからない称号で呼んで来る。あれは封印しただけで別に殺してないし。それに幻想郷中に広まるとは大げさである。

 

「あ、新聞のことでしょ? ほら見て燐香。これだよこれ」

 

 フランが新聞を二つ私に押し付けてくる。『文々。新聞』と『花果子念報』と書かれた新聞だ。そういえば天狗の新聞を読むのは始めてかも。

 

 まず最初に射命丸の新聞から眺めることにする。『文々。新聞』の見出しは、『鬼の四天王伊吹萃香、人妖連合軍に敗れて死亡!? 謎の花妖怪の禁呪炸裂!』とショッキングなものとなっている。『死亡』の後に『!?』がついているので、実際には死んでいませんでしたと言い訳できる汚いやり方である。というか、いつの間にこんな写真を撮ったのだろう。まぁ、あまり映りはよくないので、胡散臭い感じが滲み出ている。というか禁呪って何だ。

 

「あー、そっちは誇張がひどいから、適当に斜め読みでいいよ。それよりこっちのは凄いよ。燐香のことが凄く纏まってた!」

「確かに、燐香特集と呼んで良いほどだったわね。ここで特訓してる写真もあったし、一体いつの間に撮ったのかしら。天狗って油断ならないわね」

 

 アリスが眉を顰める。アリスの警戒すら突破するとは、天狗恐るべし! 今回の記事作成者は射命丸文と姫海棠はたて。射命丸文には喧嘩を売られた気がするが、酒の席なので気にしない。でもあんまり仲良くなれる気もしないのは残念。

 

「それはそれとして。どんなことが書かれているのかなっと」

 

 『花果子念報』の見出しは、『鬼の四天王、激闘の末打ち破られる。勝者は幻想郷の若き少女たち』とシンプルな感じ。一面は私が魔封波もどきを放っているところ。自分で言うのもなんだが、凄く格好良い。私の背後からのアングルで、烈風渦巻く光景がばっちり収まっている。他にも、萃香を封印した後の傷と埃だらけの私たちの写真もあるし。皆疲れてるけど、良い顔をしている。これは記念にとっておきたい。後でアリスにお願いして頂戴することにしよう。

 

 ――と、次のページを開いたら、私は思わず固まった。

 正直引くぐらい色々な場面がおさまっている。花の世話をしているところやら、鍛錬に励むところとか、幽香相手に模擬戦闘をやっているところやら。それぞれに解説が入っており、しかもそれは的確だ。

 白黒だから、なんか幽香子供バージョンみたい。でも顔が情けないから、これは私である。もっとキリッとしないとまずいだろうか。でも疲れるからやめておこう。

 

「……それにしても、取材なんて一度も受けてないのに、どうしてこんなに詳しいんでしょう」

「さぁ。天狗だからじゃないの? あ、この写真凄くいいね」

「どれです? って、私がやられてる写真じゃないですか!」

 

 どうでもよさそうなルーミア。だが、私がぼこぼこにされている写真を見つけると、楽しそうに笑っている。最近ますます性格の黒いところを見せるようになってきた。心の友だから仕方ないね。いつか覚えていろ!

 と、そこで私は一つのことに気がついた。

 

「……ん? そうか。そういうことか」

 

 謎は全て解けた!

 花果子念報は姫海棠はたての新聞。ということは、念写を使ったのだろう。姫海棠はたてとは全く面識がないし。能力は念写だったから、下手すると一生会えないかもしれない。まぁ仕方ない。妖怪の山に亡命でもしない限り、会う機会はないだろう。というか、勝利は確定しているから亡命する必要はもうないんだけど!

 

「急に納得してどうしたの?」

「いえ、ただ天狗は凄いんだなぁと思って。それにしても、プライバシーもなにもありませんね」

「注意してやめる連中じゃないわ。野良犬に噛まれたと思って諦めなさい。注意するだけ疲れるだけだし」

「慰めになってませんよ」

 

 はぁと溜息を吐くと、部屋の中に酒の臭いが一気に充満する。あれ、私ってこんなに酒臭かったっけ? 歯磨いたのに超酒臭い! いや、これは私のじゃないような。

 

「はは、若いのにそんな溜息はいてると幸せが逃げていくぞ?」

「…………お、鬼?」

「なんだい、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

「ぎゃあああああああああああああ!! お、鬼! 鬼の亡霊! 鬼は外!! あ、悪霊退散!」

 

 隣で瓢箪に口を付けていたのは、封じられているはずの伊吹萃香。いや、完全にではなかったけど、どうしてここにいるの!? あ、復讐以外ないじゃんと気がついた私は、恐怖にかられて悲鳴をあげたのだった。早く霊夢のもとに逃げなくては!

 

「ははは、言ってることが滅茶苦茶だぞ。鬼退治の英雄なのに、情けないなぁ。人里はお前達の噂でもちきりだったのに」

 

 鬼をも倒す恐ろしい妖怪とか評判になっても全然嬉しくない。人里から警戒されちゃう! もっとこう、フレンドリーでキュートな妖怪として紹介してほしい。いつでも話しかけてOKみたいな。

 

「ちょっと待ちなさい。いきなり現れて、なにを堂々と居座っているの。ここは私の家よ」

「ん? ああ、勝手に邪魔して悪かったよ。一応声掛けたんだけど誰もでないからさ」

「だからって勝手に入って良い事にはならないわ。……で、何しに来たの? まさか、報復でもするつもり?」

「いやいや、そんな不意打ちみたいなことはしないよ。昨日のことを謝ろうと思ってさ」

「謝る?」

「いきなり喧嘩吹っかけて悪かった。問答無用だったことは反省してる。ごめん!」

 

 萃香が真面目な表情で謝ってきたので、私は硬直した。鬼に謝られてしまった。

 

「い、いえ。別に怒ってないので」

「そうかい? あー良かった。なら、またいつか宜しくな!」

「よ、よろしく?」

「うん。次は弾幕勝負でいいから、気が向いたらやろうよ。ああ、やるにしてもちゃんと挑戦状だすから安心していいよ! 私は不意打ちはしない!」

「き、気持ちは嬉しいのですが、お断り――」

「それまでは仲良くやろうや、若いの。いやぁ、なんだかばばくせー! こういうのは紫だけでいいよな! あはは!」

 

 絶対にお断りしますと言って逃げようとしたところを、萃香にガシっと掴まれる。助けを求めてルーミアを見る。光速の勢いで視線を逸らされた。フランを見る。凄く楽しそうに笑っている。駄目だこいつら!

 萃香が瓢箪を私の口に押し込んでくる。く、苦しい! たすけてアリス。ごぼごぼ。

 と思っていたら、アリスが強引に割り込んで助けてくれた。しかもハンカチで口元を拭ってくれる親切さ。流石はアリス先生である。

 

「乱暴はやめなさい。この子は二日酔いの最中なのよ」

「そうなのか? じゃあ仲直りの一杯だけ。これだけは許しておくれよ」

「はぁ。それにしても、なんでいきなり戦う事になったの? 貴方は伝説に残るほどの妖怪なんでしょうに」

「そんなのは黴臭い昔話さ。いやぁ、紫の話じゃ、妖怪が手塩にかけて育てている連中がいるっていうからさ。そいつは是非とも唾を付けとこうと思って。徹底的に叩いておいて、その屈辱を糧に私に再戦を挑んできたら燃えるじゃん。結果的に逆になっちゃったけど! ま、それはそれで面白いよな。あはははは!」

 

 自分の敗北を他人事のように笑っている萃香。でも、目は笑っていないような。なんとなく、私を見る目が剣呑な気がしてならない。本当に怒ってないのか分からない。

 いつの間にか私はアリスの腰にしがみついていた。今は魔封波の用意など全くしていない。あれには釜か電子ジャーが必要なのに。しかも、二日酔いで衰弱中だ。今戦ったら確実にぶっ殺される!

 

「心配しないでいいわ」

 

 アリスはそんな私の頭を撫でると、そのまま萃香を睨みつける。その手にはいつのまにか謎の魔道書が。しかもこれは封印されているやつ。

 私のうろ覚えの知識によると、アリスが本気のときはこれを使うとかなんとか。一体どんな魔法が飛び出てくるのか恐ろしい。でも、本気のアリスってどのくらい強いんだろう。全力を出さないのがアリスのポリシーだったはずだし。というか、アリスって外から幻想郷にやってきたのだろうか、それとも魔界の出身なんだろうか。まぁ、どっちでも良いか。アリスはアリスである。

 

「良い殺気だね。ゾクゾクするよ。今のはちょっとカマを掛けてみただけだから、心配しないでいいよ。やるとしても弾幕勝負さ。なんでも試したくなるのは、私の悪い癖でね」

「とにかく、ここでは暴れさせない。どうしてもというなら、代わりに私が相手になる。――本気でね」

「へぇ。そいつはいいねぇ。お前も保護者だったんだなぁ。実はさ、最初はそれが目的だったんだよ。糞餓鬼共を徹底的に痛めつけて、ぶちギレた親馬鹿共と殺しあおうってさ。だから、本当は今すぐにやりたいんだけど」

 

 萃香が言葉を止めると、残念そうに首を横に振る。そして酒を一口あおる。

 

「――だけど?」

「今の私は二割程度の力しか出せないし。燐香、お前のあの技で封じられちまってるんだ。しかもだ、あの釜は霊夢がきっちり見張ってるからさぁ。派手な悪さができないんだよ! 飲まなきゃやってらんないよ! まぁ挑まれれば受けて立つけど!」

 

 顔を赤くしてブーブー文句をたれる萃香。ちょっと子供っぽいが、中身は疑いようもなく鬼である。鬼そのもの。外見に騙されてはいけない。

 

「えっと、ごめんなさい」

「馬鹿だな。そこは謝らなくて良いんだよ。私を罵るとか嘲るとか、それぐらいじゃないと盛り上がらないだろう。そこらへんは母親に教えてもらえ」

 

 幽香は人を罵ることに関しては定評がある。主に私相手にだが。ある意味では教えてもらっているような気がするが、こうはなりたくないものだという反面教師にしかならない。私は平和主義の八方美人なのである。

 

「いや、そういうわけにも」

「大体、あの時はお互いに真剣にやりあったんだ。手を抜く方が失礼ってやつだ」

「それは、そうですね」

「おう! 次はもう喰らわねぇからな。餓鬼の技と侮って喰らっちまった私がアホだったよ。うんうん、まさに油断大敵だ。ま、それもまたよしだ。増長慢心してこその鬼ってもんだし! あははは!」

 

 負けたのに本当に上機嫌な萃香。賑やかで楽しい妖怪である。まだ戦ってすぐだから、私としては複雑な感情もある訳だが。そのうち、あんなこともあったねと言える間柄になるかもしれない。というか、萃香は既にそうなってるし。強敵と書いて友達という間柄になっちゃう気がする。私だけじゃなく、あの時戦った面々全員だ。友達が増えるのは大歓迎だけど、もうちょっと穏やかなのがいいな!

 とにかく、殺し合いだけは本当に勘弁してほしい。次は絶対に効かない気がするし。しかも油断はしないって言ってるし。最初から全力で突っ込んできそうで恐ろしい。そういうのは修羅道を歩んでいる人たちでやれば良いのである。

 

「なるほど。ということは、今なら私でも潰せそうね。後学のために、色々と実験しておこうかしら。教え子を痛めつけられた借りもある訳だし」

 

 アリスから敵意があふれ出している。ここまで怒っているのは私が冥界に行ったときぐらいか。多分萃香が酒臭いのが原因である。 

 

「うーん、どうしてもやるっていうなら別にいいけどさ。つまんないからオススメしないよ。弱体化してる分、戦い方もしょっぱくなるからね。しょっぱい勝負って、人間の言葉らしいよ。いやぁ、面白いこと考えるよなぁ。人間は本当に面白い」

 

 正直スマンカッタみたいな。あんな感じか。鬼には似合わない気がする。こう、足を止めて全力で殴りあう方が似合ってる。幽香VS萃香で潰しあって欲しい。最後に私が乱入して漁夫の利というわけよ。やったね!

 

「自分勝手すぎるわ。第一、私たちは人間じゃないでしょうに」

「面白けりゃなんでもいいのさ。それが鬼だよ。好き勝手にやるのが私達の生き方だ。そんなだから忌み嫌われていたけど」

 

 強制的に相手にされてしまった人間からすれば堪ったものじゃないだろう。だから、人間は鬼の存在を否定した。お伽噺だけの存在にしてしまった。最後には必ず打ち倒され、消滅する存在として。

 鬼はどうしてそれを受け入れたのだろう。私たちには分からない。

 

「自覚があるのがなおさら性質が悪いわね。……それで、これから一体どうするつもりなの。地底から来たと新聞にはあったけど」

「うん、神社に住みつく事にしたよ。なんだか地上も楽しそうだし。後は、霊夢の役に立てば、少しずつ力も返してくれるって約束してくれた。いやぁあの巫女、鬼を小間使いにしようなんて恐ろしいなぁ。あははは、いやあ面白い!」

 

 流石は霊夢。鬼すら使役する鬼巫女に進化したようだ。絶対に怒らせないようにしようと私は心に誓っている。春雪異変の弾幕勝負は結構トラウマである。

 

「そういや、今日は吸血鬼のちっこいのもいるのか。挨拶代わりに、軽く弾幕ごっこでもやるかい。あれぐらいなら、二割でもいけると思うし」

「本当!? 鬼と戦えるなんて面白そう。私も燐香と一緒に鬼退治したいし!」

「――え?」

 

 なぜに私の名前が!

 

「いいよね、美鈴。というかお前が何を言おうとやるんだけどさ。馬鹿みたいに頷いてよ」

 

 たまに口が悪くなるフラン。悪意があるわけじゃなく、言葉の使いどころに慣れてないだけ。なぜかと言うと、引き篭もりだったから。これでも最近は改善されていると美鈴は前に言っていた。

 

「ええと、私としてはあまり賛成したくないんですけど」

「駄目っていってもやるし。あ、ルーミアもやろうよ」

「えー。鬼って強いんでしょ?」

「強いほうが面白いじゃん」

「勝つほうが面白いよ」

「そうかなぁ。強い相手に勝つほうが面白くないかな。お姉様相手に勝つと超嬉しいし! 雑魚を蹴散らしてもつまんない」

「その通り! そこの妖怪もやる前から諦めるなよ。できるできる! やる気があればなんでもできるってもんさ! できなきゃそのとき考えろ!」

 

 どこぞの修造みたいな萃香。しかも無責任。酒の息を浴びせられたルーミアは非常にだるそうだ。

 

「でも、今は太陽が出てますよ」

「勿論暗くなってからだよ。それでいいよね?」

「ああ、暗くなるまではお酒を飲んでればいいじゃないか。酔っ払って弾幕ってのもいいぞ。知らんけど!」

「えー。それは滅茶苦茶じゃないかな」

「えー。私はやっぱりだるいなー。帰って良い?」

「えー。私も本気で遠慮したいです」

 

 フラン、ルーミア、私の順。フランが自分で言い出したのに、先手を打ってえーと言う。今のは実にグッド。場のノリが分かっているのが素晴らしい。いつでも3人漫才ができそう。美鈴などは流れの美しさに拍手している。これは親馬鹿という。

 

「えーじゃないよ。お前らまだまだ若いくせに。ほら、酒だ飲め飲め! 飲んでりゃお天道様も勝手にお帰りになるって!」

「ちょっとやめなさい! まだ昼前なのよ! 子供になんて教育する気なの! 私の家では絶対に認めないわ」

「けちくさいねぇ。あー、アンタの名前はアリスだっけか」

「そうだけど、それが何か?」

「うーん。なんだかさ、所帯染みてるよね。お袋の臭いって奴? 外見は綺麗で若々しいのに。私が言うのもなんだけど、若く生きたほうが楽しいぞ」

「――しょ、所帯染みてる!? ……こ、この私が? そ、そんなまさか」

 

 アリスがかなりの衝撃を受けている。暫く沈黙した後、こちらを向くアリス。私は自然に視線を逸らす。実は、品の良い若奥様みたいだなぁと思ったことは何回かある。もちろん言わないけど。だってアリスは少女だし。少女は奥様や母親とは対の属性にある。うん。

 でも若奥様もいいよね。ふりふりエプロンとかアリスには似合いそう。フラン、ルーミア、そして私、いわゆる駄目な三人娘と、苦労人の若奥様。召使の美鈴。奥様は魔女! 頑張れアリス! そんなことを考えながら、視線を限界まで逸らす。しかし回り込まれてしまった。

 

「ねぇ。どうして視線を逸らすのかしら」

「ゴホッ、ゴホッ。あれれー、か、風邪かなぁ」

「大丈夫。貴方は風邪を引かないわよ」

 

 クールな一言で一蹴された。

 

「ひ、ひどいですね」

「だって妖怪じゃない」

「いや、今のは絶対に“馬鹿は風邪を引かない”という意味でしたよね? 言葉に棘がありましたよ」

 

 アリスはさぁと意地悪く笑った。こんな表情でも良く似合う。美人というのはずるいのである。

 

「とにかく、お酒は駄目よ。大体燐香は二日酔い真っ只中でしょう。今日はお茶にしなさい! 全員お茶! 貴方もよ!」

「えー。酒は水みたいなもんだろう」

「嫌なら出て行け」

「分かったよ。ま、たまにはお茶も悪くないかもな。次の酒が美味くなるかもしれないし。……となればいいんだけど、世の中そんな上手い話はないんだよねぇ。あー世知辛い」

 

 萃香が心底嫌そうな声を出した。私はドンマイと萃香の肩を叩いておいた。よし、仲直りできた。別に萃香は嫌いじゃない。いきなり戦闘挑まれたので、ちょっとというか、かなり動揺したけど。神社にも住める事になったみたいだし、上手く萃夢想はおさまった。めでたしめでたしだ。

 

 ――その後、太陽が落ちるのを待って、フラン、私、ルーミア連合VS伊吹萃香の弾幕勝負変則マッチが始まった。ふはは、三人に勝てるわけなかろうと余裕ぶっかましていたら、私は真っ先に被弾した。某マクロスの柿崎並みにあっさりと! 

 あまりにも早すぎるということで復活を認められたので、今度は全力でぶつかる。それでも、私は大苦戦だ。萃香が私を集中的に狙っているせいだ。この前の恨みがあるからだろう。鬼だけあって性格が悪い。最後は闇を展開していたルーミアと頭をぶつけて墜落する始末。私はまだまだ修行が必要らしい。まぁ、次の幽香戦には切り札があるから修行なんて必要ないんだけど! 

 

「へへ、結構やるねぇ。なかなか面白くなってきたよ」

「アハハ! 鬼って本当に頑丈なんだね。でも、そのしぶとさにしつこさ、お姉様みたいでムカつく!」

 

 結局最後まで残っていたのはフランと萃香。この二人の勝負は見ごたえがあった。夜空に光り輝く弾幕はとても綺麗。時間切れで引き分けになったが、フランが楽しそうだったのでOKだろう。

 私はフランの健闘を讃える。恥ずかしそうなフラン。その後は、萃香が宴会だーと叫んで、結局酒盛りに突入。私は地獄の三日酔いに苦しむ事となった。

 アリスからは弾幕勝負の反省点や、日常生活についてのお小言などを沢山いただいた。返す言葉もありませんでしたとさ。

 

「めでたし、めでたし、と。終わりよければってね」

「……ちょっと。綺麗にまとめた顔をしてるけど、まだ話は終わってないわよ」

「な、なんでです? もう一時間ぐらい話してますよ。そろそろ休憩を」

「駄目よ。大体、貴方は自分の価値を低く見すぎなのよ。それにちょっと目を離すとどこかへ行くし。気がついたら鬼と戦ったりしてるし。どういうことなの。あの新聞を見せられた時の私の気持ちも少しは考えなさい。どれだけ心配したと思ってるの。ね、聞いてるの?」

 

 目が据わってるアリス。こんなアリスは始めて見た。逃げようとしても、肩を掴まれてしまう。

 

「は、はい。超聞いてます」

「どうしてこの私が、貴方の初勝利に立ち会えないの? おかしいじゃない。私に何か足りないところがあったせい? だったら教えて。すぐに直すから」

「そんなものはありません。アリスはいつだって完璧です」

「違う、私は完璧なんかじゃない。いえ、完璧な存在なんてこの世にはいないの。あの人ですら完璧ではないのだから。分かる? 分からない? 分かるわよね?」

 

 三段階質問。ここは頷いておかないと、面倒くさい事になりそう。でも、アリスは完璧だと私は思っているので、曖昧な感じにしておこう。

 

「そ、そうなんですか」

「ええ、そうなのよ。で、私は貴方の初勝利を祝いたい気持ちはあるの。嬉しいのは確かだし。でも、納得いかない気持ちもあるの。だって悔しいじゃない。ちゃんと立ち会って、良くやったわねって褒めてあげたかったのに。……だから今日は徹底的にいくわ。んー、どこに行くんだったかしら。まぁいいか……ヒック」

 

 話が段々支離滅裂に。アリスが悪酔いしていた。人形たちが私を拘束し、絶対に逃がさないぞと言う態勢だ。これは鬼が調子に乗って強い酒を飲ませすぎたせいだ。気がついたときにはこの状態。最早私は脱出不可能。閻魔顔負けの説教地獄に突入した。

 

「あはは、愉快愉快!」

「滑稽で面白いなー」

「ねぇ、アリスってこんな性格だったっけ?」

「色々と溜まっていたんでしょう。苦労する性分みたいですから」

「じゃあパチュリーも酔わせるとこうなるの? 面白そうだから今度やってみよう!」

「それは、どうでしょうね。あ、あはは」

 

 元凶の萃香はニヤニヤしているし、ルーミア、フラン、美鈴は私の情けない姿を肴にして酒を飲んでるし。これもゴルゴムの仕業に違いない。

 しかし、完璧なアリスでも、こういうこともある。うん。だからそろそろ許してください。

 


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