ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第五十話 大吉天狗

 射命丸文は、ほくそ笑みながらシャッターを切りまくっていた。今日は本当にラッキーデイだと。運勢でいえば大吉に間違いない。

 特ダネの臭いを感じて、妖怪神社に入り浸って(酒を飲みまくって)いたら、予想だにしない展開が待っていた。まさか、鬼の伊吹萃香と若き人妖たちの戦いにめぐり合えるとは。

 八雲紫いわく、今回限定の弾幕ごっこ特別ルールだと言っていた。あくまで宴会の余興なのだと。だが、あの力と敵意のぶつけ合いは、明らかに弾幕ごっこの範疇を超えている。腕の一本や二本は構わない、ぐらいの勢いだったことは間違いない。

 

(私がチェックしてた連中がこぞって参加しているのも素晴らしい。ふふ、他の記者連中とは目の付け所が違うのよ)

 

 博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、魂魄妖夢、風見燐香。どいつもこいつも、力のある妖怪と関わりが深い連中ばかり。そんな奴らが、苦戦しつつも鬼を封じて見せた。その勝利の場面は、大鏡越しではあるがちゃんと写真に収めている。次に出す新聞の一面はこれで決定だ。欲を言えば、もっと鮮明で大きな写真が欲しかったが、戦闘している現場にいられなかったのだから仕方がない。

 

(しかし、いつも偉そうな鬼が、まさか餓鬼どもにしてやられるとは。実に良い気味だ。くくっ、本当にざまぁない)

 

 天狗は鬼に力では絶対に敵わない。だから下手に出る。必要以上にへりくだってもみせる。だが、内心は馬鹿にしている。鬼など、地下に篭ることを選んだ敗残兵に過ぎない。今の妖怪の山は天狗が治めているのだ。時代は変わったのだ。だから永遠に地底に篭っていれば良いのである。幻想郷の空は天狗のものだ。

 ――と、負け犬のことはどうでも良いのだ。勝者に根掘り葉掘りインタビューしなくては記事にならない。文は自宅から持参した秘蔵の酒を持って、博麗霊夢たちのもとへ近寄っていく。参戦した面々が輪になって、かなり盛り上がっているようだ。

 

「ったく、なんなのよアイツ。勝ったのに文句つけるなんて頭おかしいんじゃないの。アンタもアンタよ。言われっぱなしで悔しくないわけ?」

「仕方ありません。いつものことですし。それに、何度も戦いを挑んでいますよ。その度に負けてますけど!」

「……そういえばそうだったわね。なら次こそは勝ちなさいよ。ボコボコにすればいいだけじゃない!」

「む、無茶を言わないでください。正面からじゃとても……」

「まぁまぁ、そう怒るなよ霊夢。大体、あれは一種の照れ隠しだろ? 良く観察すれば一目瞭然じゃないか。私には分かる!」

「そうなの?」

「いえ、絶対に違います。天地がひっくり返っても有り得ません」

「おいおい。頭を真っ白にして良く見てみろっての。先入観なしでさ」

「ガン飛ばすなとぶん殴られるので遠慮しておきます」

 

 燐香が即答したので、魔理沙が苦笑する。

 

「苦労してるわね。あれならいつでも紅魔館に逃げていらっしゃい。妹様が喜ぶでしょうから」

「咲夜さん、本当にありがとうございます。でも、もれなく悪魔が襲撃にきますよ」

「なら逃げてくる前に一言言ってね。迎撃の準備が必要でしょうし」

「いちいち大げさねぇって。――げ、天狗」

 

 文に気がついた霊夢の顔が一気に不機嫌になる。この前新聞を強引に押し付けたから怒っているらしい。というか、わざと怒らせて反応を見ようとしたのだが。からかい甲斐のある人間なのだ。この巫女は面白い。幻想郷の部品であることを突かれると、一気に殺意を露わにしてくる。逆に、博麗霊夢として接してやると、案外普通に会話ができる。

 

「人の顔をみるなり、げ、とはご挨拶ですね!」

「何の用よ。こっちは天狗に用なんてないわよ。あっちいってなさい」

「まぁまぁそう仰らずに。天狗を代表して、皆さんに勝利のお祝いをと思いましてね。ほら、山で作った秘蔵の酒ですよ」

「どうせ新聞のネタが欲しいだけでしょ。あ、酒はもらっておくから」

 

 そう言うなり、酒瓶だけ奪っていく巫女。思わず顔が引き攣るが、ここは我慢のしどころだ。こんなことで怒っていては霊夢の相手などできはしない。

 

「流石は霊夢さん。鋭いですねぇ」

 

 霊夢は博麗の巫女だけあって恐ろしい存在だ。だが、それ以上に面白い。コンプレックスのある奴は本当に面白い。

 ここに並んでいる面々はそれぞれがコンプレックスを抱えている。人妖観察が趣味の射命丸文からすると、それはもう垂涎の逸品ばかりである。眺めているだけで暇を潰せてしまうほどに。

 

「なんだよ。人の顔を見てニヤニヤしやがって」

「いえいえ。それにしても、今回は素晴らしいご活躍でしたね」

「ったく、本当に嫌な奴だな」

「本心から思っているんですよ」

「よく言うぜ」

 

 霧雨魔理沙は普通の人間であることに劣等感を持っている。だから、才能ある者達、特に博麗霊夢に嫉妬心を覚えているのだがそれを決して見せようとしない。だが、文には分かる。時折見せる負の視線からそれを感じ取れる。突いてやるとそれが顕著になる。いつか爆発して霊夢あたりを刺し殺してくれることに期待したい。

 

「咲夜さんも、いぶし銀の働きでしたね。レミリアさんもさぞ鼻が高いでしょう」

「…………」

「はは、相変わらずつれませんねぇ。もう少しコミュニケーションを取る努力をしましょうよ。“一応は”瀟洒なメイドを自称しているのでしょう?」

「心の底から遠慮しておくわ」

 

 十六夜咲夜は自分に自信を持てないでいる。レミリア・スカーレットが博麗霊夢にちょっかいを出し始めた事に、恐怖と嫉妬を覚えているようだ。いつか自分が紅魔館から追い出されるのではないかと。レミリアはその不安に気付いているくせに、態度で表わそうとしない。むしろ、その弱さも楽しんでいるようだ。文からすると、見せ付けられた気分になるのでムカつくことこの上ない。だからたまにゴシップネタで咲夜をからかうことにしている。顔は平然としているが、動揺が手に取るように分かって面白い。

 

「妖夢さんも“今回は”素晴らしかったですね。鬼と正面から打ち合うとは驚きましたよ」

「相手も本気じゃなかったから」

「やはり、“今回は”何か期するところがあったのですか? 剣に気迫が篭ってましたね。お見事でしたよ」

「……それはどうも」

 

 魂魄妖夢はまだ観察対象になってから日が浅いが、先日の敗北が堪えているようだ。性格が真っ直ぐな分、脆い。半人前であることを改めて認識させられたのが効いている。そしてこいつは他人との付き合い方を知らない。それらに費やす時間を修行に立ててきたのに、呆気なく人間ごときに敗北。見ている分には非常に面白かった。

 一度インタビューがてら、その脆い精神を叩き折ってやろうとしたら、西行寺幽々子に本気で脅迫されてしまった。あまりに美味しそうだったので、取材対象に手を出してしまったのは反省点である。これからは今回みたいにツンツン突く程度に留めておこう。

 

 ――そして風見燐香。こいつは風見幽香と合わせてセットだ。虐待とも思えるほどの教育を受けながら、精神が折れることがない。だが、どうも奇妙な様子も見受けられる。普段は大人しいくせに、先ほどのように変わることがある。あまり近づくと、風見幽香の射程内に入ってしまうので詳しくは分からないが。もしかすると、あちらが本性かもしれない。だとしたら、いずれ面白いことになる。外面は大人しいが、内面は憎悪で塗り固められている。

 その全てが風見幽香に向かい、本気の殺し合いになったとしたらどうなるのだろう。その場には是非立ち合わせてもらいたい。どちらに転んでも特ダネだ。天狗に受けそうなのは、娘を手にかけて発狂するようなオチだろう。文としてはありきたりで面白くはない。もっと弾けてもらわないと。

 

「皆さんも遠慮なさらずにどうぞ。天狗自慢の酒です。中々手に入らない逸品なんですよ? このままでは霊夢さんだけに飲まれてしまいます」

「何よ。何か文句があるわけ?」

「へへ。ならありがたくもらってやるか。普段の取材費ってことでな。霊夢だけに美味しいところを取られてたまるか」

「なら少しは取材に協力的になってくださいよ。魔理沙さんがまともに答えてくれたことなんて一度もないでしょう」

「私は色々と忙しいからな。そういうのはいつも暇してる霊夢にやるといいさ」

「ちょっと、私に押し付けようとするな。紅魔館か白玉楼で密着してなさいよ」

 

 霊夢がしっしっと手を払う。咲夜と妖夢が眉を顰める。

 

「ウチだってお断りよ。強引な新聞勧誘に頭を悩ませているんだから」

「幽々子様が天狗の新聞はお断りと言っていたので、遠慮します」

 

 あまりな態度に文は罵声を吐きたくなるが、それを堪える術は当然心得ている。普段の上司とのやりとりに比べれば大したことはない。

 

「ははは、皆さんつれないですねぇ。――ところで、今回の鬼との勝負はどうでした? 是非感想を聞かせていただければと思いまして」

「どうもこうもないわよ。勝手に仕掛けられて迷惑極まりないわ」

「しかし、鬼といえば伝説に残るほどの強者です。それを見事に退けたのだから、何かしらあるでしょう」

 

 あまり鬼を扱き下ろす記事はかけない。後の復讐が怖いから。陰口ならともかく、名前のでる新聞では絶対に書けない。報道の自由よりも命の方が大事である。

 だから、事実を文なりの視点で書く。ぎりぎり怒らせない程度に。それが読者を楽しませるコツだ。ありのままに事実を箇条書きにするだけなら記者はいらない。

 

「と言われてもねぇ。完全な封印には至らなかったみたいだし」

「ん? それはどういうことだ?」

 

 霊夢の言葉に魔理沙が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ほら、さっき幽香に何かぶん投げられてたじゃない。あれだけ逃げ延びてたのよ。ま、殆ど封じ込めたから悪さはできないでしょうけど」

「へぇ、流石は鬼ってとこか。本当にしぶといなぁ」

「いいんですか、そんなに余裕で? もしかしたらリベンジがあるかもしれませんよ。怖くありませんか、魔理沙さん。巫女である霊夢さんならともかく、貴方の力では……。いえいえ、今回の働きは本当に素晴らしかったのですが、一対一では流石の魔理沙さんでも……」

 

 文が軽く挑発すると、魔理沙の表情が険しくなる。それは咲夜も同じ。こいつらは霊夢の強さに嫉妬しているのだ。燐香は妖怪だし、妖夢は純粋な人間ではない。今回、鬼相手に最後まで戦いぬいた人間は霊夢のみ。霊夢へ向ける感情は察するにあまりある。だからこそからかい甲斐があるのだが。

 

「次は絶対に遅れはとらないさ。何より、あそこじゃ私の機動力が活かせなかったしな」

「なるほど、今回は場所が悪かっただけですか。“幻想郷一”を誇る魔理沙さんの速さなら、鬼ですら撹乱できるでしょう。それで、どうやって頑強な鬼を倒すのか教えていただいても? ああ、正当な弾幕勝負なら貴方でも勝てますね。流石は魔理沙さんです」

「……うるさいな。せっかくの酒が不味くなるからあっちいけよ」

「これはこれは申し訳ありません。つい差し出がましいことを」

 

 魔理沙を虐めることには成功したので、次の標的を探す。霊夢のコンプレックスを突くのは命懸けなので、今は遠慮しておきたい。じゃあ妖夢にするかと思ったが、先ほどから西行寺幽々子からの視線を感じる。これも今はまずい。前回の警告から時間がそんなに経っていないから、本気で怒らせることになりかねない。匙加減が重要なのだ。

 となると、ずっと聞き側に回っているこいつが良いか。普段接する事が少ないから、獲物としては申し分ない。咲夜でも良かったが、それは次回に預けるとしよう。

 

「さて、風見燐香さん。私は射命丸文と申します。何度かお見受けしたのですが、こうしてご挨拶するのは初めてですね。どうぞ宜しくお願いします」

「こ、こちらこそ宜しくお願いします」

「おやおや、そんなに改まらないでください。あの風見幽香さん自慢の娘と伺っておりますよ。さぞかし愛されているのでしょうねぇ」

「いや、それは全然違います。何もかも間違っています」

 

 両手で違うとアピールする燐香。勿論知っている。

 

「そうなのですか? しかし、本当に幽香さんに似ていますね。怖いほどです。ということは、いつかはお母様のようになりたいとお考えなのですか?」

「全然思っていません。欠片も」

「おお! では全く違う道を歩みたいと! なるほどなるほど。それは素晴らしいですね!」

「…………」

「ただ、何年、何十年経っても、幽香さんを超えることは難しいかもしれませんがね。所詮模造品は模造品に過ぎませんから」

「模造品?」

「ええ。言い方を変えれば、紛い物ですね」

 

 燐香の顔色が変わった。風見幽香と見紛うばかりの敵意だ。これは面白くなってきた。後一押しで本性を見れそうだ。そこを写真に収めた後は適当にあしらい、凶悪妖怪登場とでも適当な見出しをつけて一面に載せてやろう。

 

「おい天狗。お前いきなり何を言いだすんだ?」

「今はインタビューの途中なので、邪魔をするのは止めてもらえませんか。貴方の相手をしているほど暇じゃないんですよ」

「……本気でムカついたからちょっと上へ行こうぜ」

「あはは、怒らせてしまったのでしたら申し訳ありません。生憎、私は超がつくほどの正直者でして。それより燐香さん。貴方のその姿を見て風見幽香を連想しない者はいません。つまり、どこへ行っても何年経っても貴方は風見幽香の娘なんですよ。……この意味が分かりますか? 風見幽香がこの世に存在する限り、貴方についてまわるのです。つまり――」

「ったく、ペラペラと良く喋る天狗ね。庭のカラスより喧しい」

 

 核心を突いてやろうとした瞬間、霊夢に肩を掴まれた。ついでに咲夜と魔理沙も立ち上がっている。妖夢などは剣に手を掛けている。どうにも戦闘の気配がする。まさか四対一か? しかし問題はない。文の速度に敵う者などこの幻想郷にはいない。しかもこいつらは消耗している。負ける要素が欠片もない。

 

「おやおや。これは穏やかじゃありませんねぇ。私はただ燐香さんとお話を」

「アンタのは話じゃなくて挑発でしょうが。――ちょっと、このカラスそっちでなんとかしなさいよ。私達は私達で飲んでたんだから」

「ええ、承ったわ。その出歯亀天狗には借りもあったしねぇ。少し遊んであげましょう」

 

 八雲紫が扇子をパチリと閉じると、スキマが現れる。文はそれに落とされると、博麗神社上空へと投げ出された。

 正面には再び八雲紫。

 

「まさか弾幕ごっこのお誘いですか? 折角のお誘いですが、私は忙しいのですけど。できましたら次の機会に」

「貴方に拒否権はないのよ。これは弾幕ごっこじゃなくて、調教なのだから」

「これまた穏やかじゃないですねぇ。親馬鹿も度を過ぎれば見苦しいものですよ? 妖怪の賢者様」

「本当に憎たらしい天狗ね」

「それが天狗ですからねぇ」

「だそうよ、幽々子」

「はぁ。この前妖夢にちょっかいを掛けるなと言い渡したはずなのに。貴方はそれを確かに受け入れたわよね。貴方が忘れても、私はしっかりと記憶しているわ」

 

 右手に、西行寺幽々子が現れた。既に蝶型弾幕を構築している。洒落にならない能力持ちなので、思わず頬が引き攣る。

 

「え、ええ、それは存じてます。今回のは、ちょっかいというか、軽くインタビューを」

「所詮は鳥頭なのさ。だから三歩歩けば忘れてしまう。……射命丸文。咲夜をイジっていいのは私だけだと言ったはずだったなぁ。で、遺書は残してきたか?」

「げ。子供吸血鬼」

 

 左手にレミリア・スカーレット。手には真紅の槍を手にしている。

 

「――ちょ、ちょっと待ってください。こんな複数で嬲るようなまねしたら、どんな悪評が立つか! 真実を追い求める正義の記者を弾圧するのはよくありません!」

「黙れ」

 

 背後からドスの効いた短い声がした。振り返ると、日傘を手にした風見幽香がいた。なんか顔に血管が浮かんでいるし。太陽の畑で追い掛け回されたとき以上の殺気である。

 

「あ、あはは。ゆ、幽香さん。いやぁ、さっきのはちょっとしたジョークというか。あの、顔がヤバイんですけど」

「ああ?」

「心配しないでいいわ。これから行われるのは、皆には弾幕ショーだと伝えてあるの。いわば余興の第二幕ね。私達が派手にやるのを、速さ自慢の貴方が華麗に避けることになっている。当ったら死ぬから精々逃げ回りなさいな」

「ちょ、ちょっと! なんです死ぬって! この面子の四対一はあまりに卑怯でしょう!」

「あら、妖怪が卑怯で何がいけないのかしら」

「悪魔に卑怯は褒め言葉だ。さぁ、どんどん言ってくれ」

「死ね」

 

 ――風見幽香の短い言葉とともに、弾幕ショー第二幕は始まった。宴会に参加している者達はその華麗で派手な弾幕に大歓声。

 四人の妖怪は、直撃するかしないか程度の勢いで、射命丸文を包囲して射撃を続ける。普段は相性が悪い者もいるというのに、まるで打ち合わせたかのような完璧な動き。力を抜こうとすると、それを咎めるように強力な攻撃がぶっ飛んでくる。延々と王手を掛けられているような状態である。観客の立場だったらさぞかし楽しいことだろう。本気の遊びというか、そんな感じで本当に派手である。一足早い花火大会に観客の盛り上がりも最高潮だ。

 

(ちょっと匙加減を間違えただけでこんな目に! 何が大吉よ! 大凶だ畜生!)

 

 必死に避けて、全力で動き続ける羽目になった文は、最後には半泣き状態であったという。

 


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