ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第四十九話 乾杯

「宴会はこれ以上ないほどの盛り上がり。また全て上手くいってしまったわぁ。それもこれも紫ちゃんのおかげって感じじゃない?」

「どの口がそんな言葉を吐くんだ? おい。一回死んでみるか?」

「いやよ。私が死んだら皆泣いちゃうじゃない」

「それはないから安心していいぞ」

 

 レミリアに睨まれるが、紫は笑顔で受け流す。凄んでいる割に、顔には私の機嫌は悪くありませんよとしっかり書いてある。レミリアだけじゃなく、他の保護者たちも一緒だ。なんだかんだで子供たちが鬼に勝ったから嬉しいのだろう。紫ももちろん嬉しい。鬼と対等に渡り合ったのだから、抱きしめて撫でてあげたいくらいだ。

 

「ちょっと危なかったけど、なんとかなってホッとしたわね。じゃなかったら、紫を埋めなくちゃいけないところだったもの」

 

 幽々子が聞き捨てならないことを言ったので、問い質す。

 

「埋めるってどこによ」

「お墓よ。他になにがあるの」

「ひ、ひどすぎるわ。私が一体何をしたっていうの!」

 

 紫が異議を唱えると、幽々子が溜息を吐く。

 

「何をしたって、何もかもよ。最初に余計なことをしでかしたのは一体誰なのかしら」

「濡れ衣よ。それに、余計なんかじゃないわ。人生に余計なんてないの。私は思い出を沢山作りたいだけ」

「……つまり、貴方は本当に良かれと思って、しでかしたと。悪気はなかったと言いたいのね?」

「色々あったけど、最後には上手くいった。それが全てよ」

「はぁ。頭の回転が速すぎるというのも考え物ね」

「それは、褒められてるのかしら」

「貶してるのよ。少しは反省しなさい。まったく、愛しの霊夢からお仕置きされたというのに、懲りないわねぇ」

「知らないの? あれは霊夢の愛情表現なの。貴方達みたいに、愛のない仕打ちはしてこない。私には分かるのよ」

 

 紫の顔に赤い腫れが二つ。一つは霊夢によってつけられた出会いがしらの顔面パンチの痕。腰の入った良いパンチだった。流石は博麗の巫女。紫も感心するほどの攻撃力だった。

 もう一つの方はこの三妖怪の仕業である。勝負が決した瞬間、幽香と幽々子は紫の両腕をガッシリと拘束。事態が把握できず混乱していると、レミリアが熱々のおでん(卵)を紫の顔に押し付けてきたのだ。パチュリー・ノーレッジの魔法がかかっているとかで、本当に熱かった。紫が火傷するぐらいの力を秘めたおでんだった。

 

「その腫れは自業自得だろう。しかし、霊夢に愛があるようには見えなかったがな。お前、もしかして嫌われてるんじゃないか?」

「ふふ。それは貴方の目が曇っているだけよ。私にはちゃんと分かるの」

 

 ニヤニヤとからかってくるレミリア。もちろんそんな挑発には乗らない。こんなものは挑発のうちに入らない。

 むしろ、さっきから黙っている幽香の方が腹立たしい。

 

「……ところで幽香。なんだか、さっきから機嫌が良さそうじゃない。なんでそんなに勝ち誇ったような顔をしているのかしら」

「お前の目が曇っているだけじゃないの? 私はいつも通りよ」

「嘘ばっかりついて。なによ、さっきまで顔真っ赤で怒ってたくせに。怒髪天を衝くという表現がピッタリだったわよ」

「はぁ? 一体なんのことかしら。老齢だからって、頭まで春満開にするのは止めた方が良いわよ」

 

 ニヤリと嗤われた。こいつ本当に腹立つ。燐香が萃香にボコボコにされだしたときなんて、激昂して大鏡を叩き割りやがったし。結構高かったのに。しかも殺気を滅茶苦茶に放って、今すぐにあそこに連れて行けと殴りかかってきやがった。当然いなしたが、恐ろしいほどの手数で相殺しきれなかったのだ。回避できなかった拳は紫の顔面に何度か突きささっている。服はボロボロになってひどいありさまだ。

 

 ――かと思ったら、燐香の封印術が成功した途端に大人しくなって、小さくガッツポーズ。誰にも見られないように、こっそりと拳を握っているだけだったが、紫はちゃんと目撃している。このツンデレ女マジでムカつくと、紫は心から思った。

 

「ま、なんにせよ、今回の鬼退治のMVPは霊夢で決まりね。流石私の愛しの霊夢。実力の差を思い知らせたって感じよね」

「ふふん、甘いな八雲紫。確かに霊夢は派手に暴れていたが、影の功労者こそ讃えられるべきだ。サポートに徹し、鬼の脱出を阻止した咲夜こそがMVPに決まり! うん、誰がなんと言おうと咲夜が一番だ! 愛してるぞ、咲夜!!」

 

 レミリアが大声を張り上げ、咲夜に手を振っている。霊夢たちと祝杯をあげていた十六夜咲夜は顔を赤らめて、下を向いてしまった。

 

「くくく、恥ずかしがらなくてもいいものを。そうだ、後で褒美にミスリル製のナイフをプレゼントしてやらないとな。今回は武器が悪かっただけさ。うちの咲夜は出来る子だからな! そうだろうパチェ!」

「耳元で怒鳴らないで。まぁ、材料を貴方が揃えてきたら作ってあげるわ」

「くくっ、なら次の誕生日プレゼントはそれに決まりだな! 赤く染めてスカーレットナイフと名付けよう!」

 

 レミリアが一人ではしゃぎ、パチュリーは迷惑そうに身体を押しのけている。

 

「やれやれ、親馬鹿ここに極まれりねぇ。大事なことが全然見えてないんだもの。その点、幽々子は分かってるわよね。今回、だれが一番活躍したか」

「うん? ああ、妖夢は本当に頑張ってたわよね。最後まで燐香の手助けをしていたし。私はしっかりと見ていたから分かるの。ええ、私は妖夢のことを誇りに思うわ。本当に感動しちゃったもの」

 

 感慨深そうな幽々子。酒を飲み干すと、ケラケラと笑い出す。少し目を離した隙に出来上がってしまったらしい。今日はやけにペースが速かった。いつもは穏やかに飲んでいるから、本当に珍しいことだ。

 

「違うわ幽々子。そうじゃなくて、霊夢の活躍についてよ。ちゃんと見てたでしょう?」

「うんうん。霊夢と妖夢の連携攻撃も素晴らしかったわね。あんなに険悪だったのに、我を殺して協力できるようになったなんて、本当に成長したわ。しかも鬼相手に最後まで立派に戦って、その上勝っちゃうなんて。……私は嬉しいわ」

 

 今度は凄くほっこりしている。駄目だこれは。幽々子についてはひとまずおいておく。

 そして、離れた場所に置かれている席を見やる。酒瓶は完全に空になっている。やっぱり、見に来ていたらしい。気配の残滓がある。魔理沙がどれだけ会いたがっているか、知った上で会わないのだ。その方が楽しいからと。あれも素直じゃないから仕方がない。

 

「…………」

 

 そして、最後に残った幽香をチラリと見る。こいつが一番素直じゃない妖怪だ。無表情を装うとしているらしいが全然隠せてない。溢れ出る笑みが口元にゆがみを作っている。見ていたら段々イラついて来た。少しからかうことにしよう。

 

「貴方のところの燐香ちゃんも頑張ったけど、最後の詰めが甘かったからMVPには相応しくないわよね。残念だけど、諦めてね?」

「…………」

 

 嫌がらせでダメを出してやる。あの技は素晴らしかったけど、溜めが長すぎる。それに、燐香本人の技量が未熟。今回成功したのは本当に幸運だっただけに過ぎない。萃香にとっては不幸であったが。まぁ、そういうことで、博麗霊夢がナンバー1なのである。

 

「最初から最後まで、安定した強さを見せ付けた霊夢がやっぱり一番。最後の封印も霊夢がいなければ成立しなかったし。この八雲紫が言うんだから間違いないわ。MVP確定というわけ。さぁて、そうと決まったら一度皆で祝杯を――」

「――くくっ。そう言い聞かせないと、精神を保てないのね。かわいそうに。小細工ばかり弄する情けないチビ妖怪が、鬼を封印するなんて思ってもいなかったんでしょう。ねぇ、今どんな気持ちなの? 自慢の巫女が出し抜かれてどんな気持ち?」

 

 まさかの反撃。娘に聞かせてやりたいセリフだが、本人を前にしたら罵倒するのだろう。超ムカツク女だ。

 

「ふん。別になんとも思ってないわ。私は出し抜かれたなんて思ってないもの」

「あ、そう。まぁ、好きなように喜んでいていいわよ。真の勝者が誰かなんて、今更言う必要はないものねぇ」

 

 酒をあおりながらケタケタと嗤う幽香。紫はぐぬぬとうなり声を上げる。何を言っても、こいつをぎゃふんといわせられない気がする。一番目立ったのは、燐香であることに疑いない。美味しいところ総取りである。本当は、あれを霊夢に担当させたかったのだ。誰のためでもない、ただ紫の満足のためだけに! 写真に残したかったのに!

 

「こいつ本当にムカつくわぁ。幽々子ぉー、ちょっと見てよこのドヤ顔! 本当に腹立つのよ!」

 

 幽々子に泣きつくが、全く聞いていない。代わりに幽香が反応してきた。

 

「くくっ、それは私にとって大いに喜ぶべき事ね。どんどん腹を立てると良いわ。皺だらけの顔が滑稽で面白いから」

「皺なんてないわよ! 子供の勝利を素直に喜べないツンデレ女のくせに! この妖怪お花ババァ!」

「負け犬の遠吠えは耳に心地いいわぁ。それがスキマババァのだと余計にね」

「ねぇ、幽々子もなんとか言ってよ! 親友のピンチなのよ!」

「うんうん、皆とても頑張ったわ。私はちゃんと見ていたから知ってるの。子供の成長って本当に早いのねぇ。……ううっ、私は本当に嬉しいの。こんなに幸せなことはないわ。ああ、生きてて良かった」

 

 いや、生きてないし。でもツッコミを入れるのも野暮な気がするのでそこは流しておく。

 幽々子はハンカチを取り出して目元を拭っている。泣き上戸じゃないのに、なんで泣いてるのか。何か琴線に触れてしまったようだ。ここだけ感動の空気が流れている。夜なのになんだか眩しいし。このまま成仏しちゃいそうな流れである。しないだろうけど。

 

「だからなんでそんなにほっこりしてるのよ。そうだレミリア、貴方も何か言ってやりなさいな。こんなに勝ち誇られて腹が立つでしょう」

「うん? 別にいいじゃないか。燐香はフランのお気に入りでもあるしね。いやぁ、良い土産話ができたよ。これで一週間はフランをからかえる。『友を名乗るくせに、肝心な時に傍にいないとは。お前は本当に残念な奴だなぁ。薄情な妹の代わりに、この私が見届けてやったぞ』とね。うんうん、実にいいことだ! 想像しただけでゾクゾクするね!」

 

 本当に最低の姉である。そんなことを言えば、確実に殺し合いになるだろう。別に知った事ではないので、永遠に喧嘩し続けると良いだろう。彼女達のコミュニケーションの取り方に口を出すつもりもない。勝手にやっていろというやつだ。

 

「ああ、どいつもこいつもろくでなしばかりで嫌になるわね。よし、こうなったら私が霊夢の素晴らしさを小一時間――ぐべらっ!」

 

 紫の顔に陰陽玉が直撃した。鬼のような顔をした霊夢が「さっきからやかましいッ! 大人しく飲んでろクソ妖怪!」と罵声を吐いてきた。ああ、愛が痛い。

 

 と、霊夢たちの輪から、燐香がおずおずと立ち上がりこちらに近づいてくる。その腕には残り少なくなった酒瓶が抱えられている。座っている幽香の横に立つと、声を掛けてくる。

 

「あ、あの」

「…………」

「お母様、ちょ、ちょっとお話ししたいことが」

「……お前の話を聞く前に確認したい事があるの。まず、何故お前はここにいるのか。留守番はどうしたの?」

「じ、実はこれにはとっても深ーい訳が。聞くも涙語るも涙の話なんですけど」

「当ててあげましょうか。私が隠しておいた花の酒をうっかり沢山飲んでしまい、隠しきれないと判断したお前は恐怖に駆られて神社に逃げ出した。あわよくば博麗の巫女に助力を求める為に。……ねぇ、当ってるかしら?」

「ぜ、全部当たってるし!! エスパーかお前は!」

 

 燐香のオーバーリアクション。見ていて楽しい妖怪である。本人は必死なのだろうが。

 

「“お前”?」

「……い、いえ、なんでもないですお母様。あはは、い、いやぁ、そんなに遠からずもなく近からずもなくと言うか。え、えへへ」

 

 完全に図星だったようだ。幽香の顔が嗜虐心全開に歪んでいく。流石の紫もドン引きである。幽々子が庇おうとするが、視線で阻止されたらしい。殺し合いにはならないだろうが、いざとなったらスキマで庇ってやることにする。

 

「それだけで十分万死に値するけど、お前の罪はまだあるのよ。さっきの無様な戦い振りは何? 時間を稼いで人間の助けを待つなんて情けない。小細工を弄する戦い方は止めろと、一体何度言わせれば分かるんだ、このグズが!」

「ひいっ」

 

 幽香の手が凶悪な形状に変化し、燐香の頭を鷲掴みにする。並みの妖怪だったら、恐怖で縮み上がってしまうだろう。ここに居る面々は桁外れの者ばかりなので、特に慌てる素振りはない。だが、レミリア、幽々子ともに妖力を溜め始めている。いざとなったら横槍をいれるつもりなのだろう。今は宴の最中だから、無粋な真似は見過ごせないということだ。

 

「挙句には、怒りに駆られて後先考えずに暴走する始末。馬鹿かお前は。何の為にアリスのもとで力の制御を学ばせていると思っているの? お前の頭は空っぽなの? 一度潰して確認してみようかしら」

「ご、ごめんなさい。本当に反省してます」

 

 後先考えずに暴走してた女が言うことかと思うが、口を挟むのは野暮と言うやつか。紫は扇子を口に当てて笑いを堪える。

 

 一方の燐香は平謝り。鬼に勝ったというのに、これだけ叱られるとは思っていなかっただろう。本人はさぞかし理不尽に感じているに違いない。聞き耳を立てている人妖たちもそんな表情だ。霊夢などは、そろそろブチ切れそうな顔をしている。霊夢は、理不尽なことが死ぬ程嫌いな性分なのだ。

 

「しかも、人間の力を借りるなんて情けない。お前は本当に妖怪なの? ねぇ、生きていて恥ずかしくない?」

「ううっ」

 

 幽香の途切れない罵倒に、燐香は涙を浮かべている。だが目には敵意と殺意も浮かびはじめている。この感情こそが燐香が燐香であり続けられる源なのだ。

 向こうから御祓い棒を握り締めた霊夢と仲間たちが、こめかみに青筋を立てて駆け寄ってくる。戦闘になりかねないので、紫はスキマを展開して一時的に足止め。まだ早い。

 

「泣くな。涙は弱者の証、そう教えたはずよ。歯を食い縛ってでも堪えろ」

「ご、ごめんなさい。で、でも私にはあれしか方法が」

「勝手に私の酒を飲んだ罪、逃げ出した罪、情けない醜態を見せた罪。全部合わせた罰として、本当はこのまま捻り潰してやろうと思ったけれど」

「…………」

「……最後のあの技だけは、そんなに悪くなかった――かもしれない。だから、今回は特別に見逃してやるわ。私の酒を勝手に飲んだことも逃げ出したこともね」

 

 幽香は視線を宙に浮かせた後、手を唐突に離す。転げ落ちる燐香。その目は驚愕で見開かれている。

 

「――え? み、見逃す? ま、まさかこれは悪魔の罠――」

「文句があるならここで潰してやるけど」

「い、いえ、ありません! 全然ないです!」

「次に鬼とやるときは、必ず一人で勝て。誰にも文句を言わせない完全な勝利を掴め。仮にも風見の姓を名乗るなら、それぐらいの覚悟を持ちなさい」

「……は、はい。全力で頑張ります」

「…………」

 

 幽香は無言で燐香の身体を強引に引き寄せると、その手にグラスを握らせる。そして、燐香の持っていた酒瓶を奪い取り、花の酒を注ぎいれる。

 

「え、え?」

 

 混乱している燐香。幽香は険しい表情のまま、自分のグラスを差し出す。暫く戸惑っていた燐香だったが、ようやく意図を察したのか、そこに酒を注ぎこむ。花の酒はなくなってしまった。

 幽香は少しだけ寂しそうな表情を浮かべるが、直ぐに自嘲めいた笑みを浮かべる。もしかすると、あれは特別な酒だったのかもしれない。それは知る由もない。

 

「ふん」

「か、乾杯?」

「調子に乗るな、グズが」

 

 鼻を鳴らすと、幽香はグラスを掲げる燐香を無視して一気に酒を飲み干した。乾杯が空振りに終わった燐香も、それに続く。

 酒を飲み終えた幽香は、燐香の髪を乱暴にグシャグシャに掻き乱した後、背中を突き飛ばして霊夢たちのもとに向かわせた。

 何度か振り返る燐香だったが、霊夢たちに囲まれるとそのまま自分たちの席へと戻って行った。

 

「…………」

「…………」

「……何よ。言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」

「別にぃ」

「うざいわね。その顔をやめろ」

「うふふ」

「死ね」

「脅されてもぜーんぜん怖くないしぃ」

「ニヤニヤと本当に気色悪い。不愉快だからこっちを見るな」

 

 紫は幽々子とレミリアに視線を送る。二人とも、苦笑しかでてこないらしい。

 

「はぁ、いつもこれなのよ。ちょっかいを出したくなる私の気持ちが分かるでしょう?」

「私は知らん。お節介を焼きたくなるのはお前の性癖だろう」

「失礼ね。ほら、幽々子もビシっと一言――」

「私は愛の深さを感じたわ。なるほど、愛には色々な形があるのね」

「亡霊。お前、脳が腐ってるんじゃないの? 一度顔を洗ってくると良いわ」

「ふふ、もしかして味噌汁でかしら? 貴方って家庭的なのね」

 

 幽香の言葉に、幽々子は笑って頷いている。全く会話になっていない気がするが、誰も気にしていないので良いだろう。

 

「ま、いずれにせよ、丸く収まって万々歳なのは間違いないかしらね。ああ、本当に疲れたー」

 

 紫は首を回した後、息を吐く。気がかりがないと言えば嘘になる。燐香の見せた豹変ぶり。あれは危険な印象を受ける。すぐにどうということはないだろう。本人は平和と友好を望んでいるらしいが、今回の一件でそれは限りなく遠のいたことだろう。少なくとも、宴会場にいた妖怪、妖精達は、鬼に噛み付いた凶暴性をしっかりと脳裏に刻み込んだはずだ。幽香の娘という血筋も手伝い役満である。見事に恐怖の対象になったとしたらどんな顔をすることやら。実にからかい甲斐がありそうだ。

 そして鬼を倒した今回の一件は、射命丸文によって広められることだろう。上司にあたるから、鬼をこき下ろすようなことはしないと思うが、逆に今回の偉業を囃したてるに違いない。戦うのが好きな連中からはさぞかし興味を持たれることだろう。かわいそうに。

 そして――。

 

『あ、あぶねぇ。完全に封印されるところだった! なんなんだよあれは! 逃げられない上に、強制的に妖力を霧散させる技なんて反則だろ!』

 

 息を切らせた萃香が、紫の横に倒れこんでくる。妖力はかなり消耗しているようだ。多分残りは1割程度。それだけ追い詰められた証拠であろう。

 

「だったら避ければよかったでしょうに。わざわざ喰らうなんて馬鹿じゃないの」

『子供相手に避けるような真似できるかっての。受けた上で勝つのが私の主義だ!』

「じゃあ文句は言わない事ね。自分の主義を貫いて負けたんだから」

『嫌だ! 私は言うぞ!』

「ん? なんでチビ鬼がこんなところにいるんだ? 風見燐香が封じたんじゃなかったのか?」

『お前もチビだろうが!』

「全く、本当にアイツは詰めが甘い。封じるぐらいなら、徹底的に殺せっていうのよ」

『娘と違って物騒な奴だな! いや、本性は似ているかも!』

「ね、折角だしやっちゃう? 今なら誰にも気づかれないわよ。うふふ」

 

 幽々子が指で、虫をつぶすような仕草を取る。その指に死蝶が止まってるのが恐ろしい。さっきまでのほんわか幽々子はどこかへ行ってしまったらしい。

 

『止めろっての! もうやるつもりはないって。戦いの時間はとっくに終わってるよ。いやぁ、大した連中だったね』

 

 萃香が両手を上げて降参のポーズを見せる。子供連中相手にああまで見事にやられたのだ。もう戦う意志はないだろう。これ以上は恥をさらす結果となる。なによりも大人気ない。

 

「貴方ともあろう者が、見事にしてやられるとはねぇ。まさか油断したのかしら?」

『油断なんてしてないさ。……いや、ちょっとはしたかも。最後のあの技、あれが命取りだったな。参った参った』

「おい。コイツがここにいるってことは、あの釜に封じられてるのは一体何なんだ? 中身は空っぽなのか?」

『いや、私の九割はあそこにいるよ。完全にしてやられたからね。なぁ、負けを認めるから出すように言ってくれよ。このままだと身体がだるくてさぁ。落ち着いて酒も飲めやしないよ。いや、このままでも飲むんだけど』

「なら自分でお願いしてきなさい。第一、私の計画を勝手に変更するような妖怪の頼みなんて聞かないし、聞きたくもないわねぇ」

 

 紫がにらみ付けると、萃香が僅かに怯む。嘘はつかないが、こいつはとぼけるのだ。だから性質が悪い。鬼のくせに、狡賢いというか。だから友人でいられるのだろうが。

 

『な、なんのことかな。アハハ』

「アハハ、じゃないのよ。あの子たちをボコボコにした後、人質に使うつもりだったのよね? 私達と本気で殺しあうために」

『そうだけど、未遂に終わったんだからいいじゃないか』

「全然良くないのよ」

「……ほう。それは面白い話を聞いてしまった。よし、今から第二ラウンドを始めようか。大丈夫、酔いが回る前に終わらせてやる」

 

 レミリアが指の骨をボキボキと鳴らして威嚇する。普段の萃香なら怯むことはないが、今は状況が違う。プチッと潰されてしまうくらい弱体化している。霧になって逃げたとしても、それらまとめて消し飛ばされるかもしれない。

 

『だから、今の私は一割だって』

「私は全く気にしないぞ」

『お、鬼を虐めて楽しいのか! この悪魔!』

「とても楽しいね。私は悪魔だからな! 全く心が痛まん!」

『やるのはいいから、まずはあの釜をだな! 封印を解いて――」

「さっきからやかましいわね。負けたんだから、しおらしくしていたらどうなの。というか、鬼は外だったわよね」

『お、おい! 離せ!』

「潰されないだけありがたく思え、このチビ鬼がッ!」

 

 幽香がぐいっと萃香の角を握ると、反動をつけて全力で空へと放り投げる。放物線を描いて飛んで行く萃香。そこに向かって極大妖力光線をぶっ放す幽香。

 

「貴方、鬼でしょう」

「知った事じゃないわ」

 

 可哀相に、あれは直撃だ。萃香はそのままぶっ飛んで行った。

 どこにいったかは知る由もない。鬼があれぐらいで死ぬことはないが、弱体している萃香には結構キツイだろう。酔いを醒ますには丁度良いのかもしれない。

 本当は紫がお灸を据えるつもりだったのだけれども。幽香が代わりにやってしまったから良しとする。多分、燐香がボコボコにやられたことの意趣返しである。さっきの怒りはまだ収まっていなかったようだ。紫の大鏡を一枚叩き割ったくせに。

  

「燐香ちゃんが付け狙われても知らないわよ?」

「それも私の知ったことじゃない。次は勝てと言ってあるから丁度良い」

「あっそう」

 

 どうせ警戒は完璧なのだろう。萃香も興味は持つかも知れないが、問答無用で襲うようなことはしないはず。一度戦って満足しているから、分別はつけるだろう。

 とりあえず、あの封印の壺はそのまま霊夢に預けておくこととする。というより、霊夢からあれを取り上げようとしたら、怒られてしまうだろうし。

 

「とはいえ、萃香はこれからちょっと大変かもねぇ。霊夢は結構厳しいから」

 

 問答無用で消滅はさせないだろうが、わざわざ封印を解くとも思えない。恐らく、それをだしに自分のいう事を聞かせるくらいのことはやるだろう。そういう性格だから。萃香には災難だろうが、それはそれで良いのかもしれない。人間との関わりを持てる理由付けになる。なんだかんだで人間が好きなのだから。表現の仕方はアレだけど。

 

「ま、自業自得だろうな。いやぁ、私も最初は痛い目にあったものだ!」

「そうなんだけどね。彼女も皆と仲良くやりたかったのよ。だから、機会があったらお酒でも飲んであげて。意外と寂しがりやだから」

「一応は考えておく。鬼には少し興味があるからな。仲良くできる可能性が米粒くらいはあるかもしれん」

 

 レミリアが悠然と応える。紫はそうしてくれると助かると、素直に礼を述べておいた。

 多分、萃香は今回戦った面々とかかわりを持とうとするはずだ。スペルカードルールを守り、仲良くやってくれれば越したことはない。ルールさえ守れば、鬼だろうと受け入れるのが幻想郷なのだから。

 その点でいえば、今回の件は萃香にとって良い結果につながるかもしれない。実力差があっても、鬼に勝つ事ができるという証明になった。

 いくら強くても、誰からも相手にされないというのは死ぬ程寂しいものだ。かつての鬼たちは、そうやって忘れ去られていったのだから。




○渕さんの結婚式の歌が頭に流れていました。

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