ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第四十五話 童祭

 太陽の畑を飛び出した私。幽香の仕掛けたトラップに何回か被弾したものの、なんとか逃げる事には成功した。これは中々ないことである。もしかしたら悪運を司る神様が助けてくれたのかも。

 今の時刻は昼をちょっと過ぎたばかり。これからどこに逃げるべきか、頭をフル回転させる。現在の私のCPU使用率は100%! 熱暴走でハングアップしそう。ひとまずアリスの家とも考えたが、確実に迷惑が掛かる。酒の失敗だからきっと怒られちゃうし。それに、アリスが私を庇ってくれた場合が一番最悪だ。キレたあの悪魔は本当に何をするか分からない。よって紅魔館も駄目。

 

「……待てよ。彼女ならなんとかしてくれるかも」

 

 修羅には修羅、妖怪には妖怪退治の専門家。彼女なら倒せるかもしれない。幻想郷の平和を守るスーパーヒロイン、紅白の巫女博麗霊夢ならば! 私のお願いを聞いてくれなくても良いのだ。巻き込んでしまえばこっちのものというわけよ。百計のリンカの策は完璧なのだ。

 

「ぜ、善は急がないと!」

 

 私はカバンから地図を取り出し場所を確認し、全速力で飛び始めた。幸い、魔理沙から宴会のお誘いは受けている。その流れで、ちょっとお願いすれば良い。ちょっとこれからくる妖怪を倒してくださいと。最悪、夜まで匿ってもらうだけでも良いし。確実に追撃してくるだろうから、そこで修羅同士ぶつけてしまおう。これぞ二虎競食の計。なんという完璧な作戦だ!

 

 

 

 

 

 ――そして、妖怪神社こと博麗神社へと到着した。ここが噂の博麗神社か。建物自体はちょっと寂れている感じもするが、むしろ趣があるともいえる。でも、植わっている桜の木は見事に咲き誇っていて、見る物をさぞかし楽しませてくれるだろう。

 というか現在進行形で皆楽しんでいるし。境内ではござを敷いて、見覚えのある人間やら妖怪やらが、それはもう賑やかに酒を酌み交わしている。八雲家、白玉楼主従、紅魔館面々、騒霊楽団、妖精軍団に天狗などなど、賑やかというより喧しいほどだ。

 大体、まだ昼だというのに、どこもかしこも酒酒酒酒。超酒臭い。どんだけ酒を飲みまくってるんだこいつらは。私もいれてほしい。

 そういえば飛んでるときから、妙に酒の臭いが漂っていたような。まるで私を誘うように。私の嗅覚はそんなに鋭くないから気のせいだろうけど。

 

「……むむ」

 

 鳥居の下までこっそりと来てみたけれど、どうも輪の中に入りづらい。わいわい賑やかにやっている一団に、いきなり加わるのはとても難易度が高い。ほとんど知らない人達だし。私は皆のことを知ってるけど、相手は私を知らない。

 知り合いもいるけど、ちょっとここからでは遠すぎる。仲が良いとまで言えるのは、ぎりぎり妖夢くらいか。しかし、彼女は幽々子のお世話で忙しそうだ。誘ってくれた魔理沙は霊夢と話し込んでるし。

 『こんにちはー。私も仲間にいれて!』とか入っていって、『え、お前だれ?』みたいな流れになったら死にたくなる。考えるだけで吐き気がしてきた。

 

 ……あれ、もしかしてこれって。体育の授業とかで、二人組みになってとかいうアレだ。相方がいない私は先生に気付かれる事なくそのまま放置みたいな。やばい涙が出てきそう。私は大瓶を抱えて、一度だけ溜息を吐く。やっぱり来るんじゃなかった。策は良かったけど、私には場違いだったということだ。ここはスパっと諦めよう。

 

「撤収しよう。うん。私には完全に場違いだった」

 

 静かに後ずさりを始めた瞬間、首筋にぬめりとした何かが触れた。

 

「ぎゃああああああああああああ!!」

 

 いきなりのことだったので、私はつい悲鳴をあげてしまった。腰を抜かしながら後ろを見ると、スキマが開いており謎の触手がふるふると蠢いている。紫の仕業のようだ。どうやら私がいることに気がついていたようだ。流石は妖怪の賢者。隙がない。

 と、宴会を楽しんでいた魔理沙も私に気がついたようで、笑顔で近づいてくる。

 

「なんだなんだ、って誰かと思ったら燐香か! 絶対に無理だと思ってたのに来れたんだな。ほら、そんなところに突っ立ってないでこっちにこいよ!」

「い、いえ。私は……」

「ははっ、何を遠慮してんだよ。ほら、お前らどけ! 邪魔な酔っ払いどもは道を開けろ!」

 

 魔理沙が私に駆け寄ってきて腕を掴むと、そのまま一直線に奥へと連れて行く。途中にいた妖精たちはぎゃーという悲鳴をあげて蹴散らされていった。その中にリグルの姿があった。目が合うと、これまた凄まじい悲鳴をあげてどこかへ逃げていってしまった。

 なんだか射命丸文にカメラでばしばし取られているし。あれ、その写真はまずくないかな。私がここにいたという消せない証拠に。でももう遅いか。やっちまった!

 

 ようやく魔理沙から解放されて正面を向くと、なんだかしかめっ面をしている霊夢がいた。あまり機嫌は良くないらしい。

 

「……珍しい奴が来たものね」

「こ、こんにちは、霊夢さん」

「……ふん。元気そうじゃない」

「お、おかげさまで」

 

 私が微笑むと霊夢はそっぽを向いてしまった。アクション失敗!

 

「ほら、とりあえず一杯飲めよ! 霊夢が首を長くして待ってたんだからさ」

「誰も待ってないわよ!」

「ご、ごめんなさい」

「アンタ、何か謝るようなことをしたわけ?」

「い、いえ。何もしてませんけど」

「……ねぇ。この前の勢いとはえらく違うみたいだけど。アンタの本性はそれなの?」

「えっと、そうですね。はい。あれは、勝負を盛り上げようと思って、少し演技を」

 

 異変のときの弾幕ごっこのことだろう。あれは良かれと思ってやっただけであって、本当の私は平和主義。人妖仲良くがモットーだ。

 霊夢の目が段々と険しくなる。魔理沙がそれを見てニヤニヤと笑っている。

 

「……いいから座りなさいよ。立っていられると鬱陶しいのよ」

「し、失礼します」

 

 ござに座らせてもらう私。周囲から妙に視線を感じる。新参者だから仕方がない。私はボッチだから友達も知り合いも少ない。数少ない知り合いの妖夢が私を見て、凄く驚いた表情をしている。

 

「なぁ、その大瓶の中身ってもしかして酒なのか? 手土産だったりとか?」

「へぇ。妖怪のくせに気が利くじゃない」

「余計な気を遣わなくてもいいのになぁ」

 

 魔理沙が笑うと、霊夢がアンタは少しは気を遣えと文句を言っている。

 

「いや、その、これは」

「なに動揺してんのよ。もしかして毒でも入ってるのかしら? 私を殺すためにとか」

「そ、それは違います。半分は私が飲んだので、何も入ってないのは確認済みです」

「ふーん」

「これは花のお酒なんです。多分、太陽の畑で育てた花の」

 

 そして幽香が作った、多分大事なお酒。だってあんなにたくさん酒を飲んでたのに、これには手をつけていなかった。だから特別な何かっぽい。それを飲んでしまったのは私! やっちまった!

 

「花の酒か。そいつは珍しいな。なぁ霊夢!」

「……そうね」

「飲んでいいのか?」

「え、ええ。そのために持って来たので」

 

 思わず動揺してしまったのは、ここに至って、これを飲ませていいものか悩んでしまったからだ。本当は霊夢に飲ませて『お前も飲んだんだから同罪だよん』を狙った小物的な考えだったのだが、なんとなく悪い気がしてきた。私は結構小心者なので、鉄火場には向かないのである。

 

 

「……ねぇ。それ、かなり凝った細工がされてるけど。本当に私たちが飲んで良いお酒なの? 風見幽香のなんでしょ?」

「……え、えへへ。ど、どうなんでしょう。あはは」

 

 霊夢が怪訝そうに私の顔を見つめてくる。なんという鋭い勘の持ち主だ。本当は飲んじゃ駄目な奴だよ!

 

「なぁに、なくなったらまた作ればいいじゃないか。せっかくだからそれで乾杯しようぜ。あ、他の奴も呼ぶか。おーい、太陽の畑の花を使った珍しい酒があるぞ! 飲みたい奴は集まれよー!」

 

 魔理沙が大声を出すと、人妖たちが一斉に集まってきた。私は流れに押されて、差し出されたグラスにどんどんお酒を注いで行く。ああ、巻き添えがこんなに増えてしまった。ごめんなさい。皆、死ぬときは一緒だよ。旅は道連れっていうし! あの世への案内人は私にお任せ!

 

「よし、じゃあ仕切りなおしだ! ――乾杯!」

『乾杯!』

 

 何が仕切りなおしなのか分からないが、人は流れに乗れば良い。赤い人もそう言っていた。大瓶の中身がもう二割ぐらいしか残ってないけど、私は気にしない! 

 

「……ん。これは美味いな!」

「確かに、美味しいわね」

「あ、ありがとうございます」

 

 お礼を言っていると、後ろからいきなり抱きしめられた。振り返ると、数回見かけたことのある八雲紫の姿があった。紫も花の酒を飲んでいたらしい。私を見ると、訳知り顔で微笑んでくる。

 

「いらっしゃい、燐香ちゃん。貴方の事、ずっと待っていたのよ。もう待ちくたびれて、こっちから迎えにいっちゃうところだったわ」

「何言ってんのよ。ここはアンタの家じゃないわよ」

「冷たいこと言わないで、霊夢。私と貴方の仲じゃない」

「別に特別な仲じゃないでしょうが。後、呼び捨てにすんな」

 

 冷たく吐き捨てる霊夢。

 

「つれないわねぇ。貴方もそう思うでしょう、燐香ちゃん」

「は、はい」

「うふふ。可愛いわねぇ。誰かの宝物をこの手で弄ぶっていうのは、本当に堪らないわぁ。さぁて、どうしちゃおうかしら」

「……燐香。こっちに来なさい。そのスキマ妖怪は変態だから近づかない方がいいわよ」

 

 霊夢が私の肩を掴んで、引き寄せてくる。体勢を崩しながらも、お酒を零さないようにする。

 

「あらあらあら。もしかして友達を取られちゃうとかいうやきもち? ねぇ、やきもちなの?」

「春の陽気で頭でもやったんじゃないの。川で頭を冷やして来い。三日間くらい」

「ひどいわねぇ、もう。でも、子供達のふれあいを邪魔しちゃいけないわね。ささ、どうぞごゆっくり。それと、頑張ってね」

 

 ポンと私と霊夢の肩を叩いた後、私たちから離れていく紫。何を頑張れば良いのかはさっぱり分からない。魔理沙も怪訝そうな顔をしている。

 

「なんだあいつ。頑張れって、何を頑張れってんだ?」

「さぁ。宴会芸でしょうか」

 

 私は宴会芸には少し自信がある。花を咲かせたり、能力を使った植物手品も得意。できれば妖夢にも手伝って欲しい。

 

「気にする事ないわ。アイツは適当なことを言って、人をからかってるだけだから」

「やれやれ、迷惑な奴だぜ。お前も変なのに目をつけられたなぁ」

「いずれ叩き潰すから問題なしよ。私は巫女だからね」

「おー怖い怖い。あ、もう空じゃないか。さぁどんどん飲んでくれ。これはそんなに上等なやつじゃないけどな」

「ウチの酒なのに偉そうに。文句があるなら買ってきなさいよ」

「ケチくさいやつだな。つまみは持ってきてやったろうに」

 

 空になった私のグラスに、魔理沙が酒を注いでくる。

 

「ありがとうございます、魔理沙さん、霊夢さん」

「いいってことよ。なぁ、霊夢!」

「そこでなんで私にふるのよ」

「さぁてな」

「ふん」

 

 ご機嫌な魔理沙。仏頂面の霊夢。おどおどしている私。奇妙な三人の集まり。周りは相変わらず喧しい。

 

「…………」

「…………」

「ねぇ」

「は、はいぃっ!」

 

 霊夢に声を掛けられ、ビクッとする私。機嫌を損ねたら死ねるので、愛想笑いを浮かべる。

 

「……この前のことだけど。私はアンタの行動に感謝なんてしてないわ。あれぐらい、自分で防げたからね」

「は、はい。そうですよね」

「博麗の巫女を舐めないで。妖怪に庇われるなんて冗談じゃないのよ。分かる? アンタのしたことは迷惑な独り相撲だったの」

「ご、ごめんなさい」

「……それで、怪我はどうなのよ」

「もう治りました。大丈夫です」

「あっそう。良かったわね」

「……はい」

 

 微妙な空気。魔理沙は腹を押さえ明後日の方向を向いている。お腹でも痛いのか。その割に身体は小刻みに震えている。

 凄く微妙な空気に耐えられなくなった私は、グラスを一気に飲み干して空にした。なんだか全然酔えない。緊張しているからだろうか。

 

「あーもうッ!」

 

 霊夢はいきなり大声を上げると、自分の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。そして横にやってくると、同じように私の赤髪をわしゃわしゃと掻き乱してくる。頭をいきなり揺らされて視界が揺れる。これは攻撃されているのだろうか。

 

「ほら、グラスを出しなさい!」

「え? え?」

「いいから!」

「は、はい」

 

 霊夢が日本酒の瓶を掴むと、私のグラスになみなみと注いでくる。

 と、霊夢のグラスも空だった。もしかすると、これはそういうことなのかもしれない。私はグラスを置き、花の酒が入った瓶を差し出す。霊夢は顔を歪めながらそれを受け入れる。そして――。

 

「借りは借りだからね。いつか必ず返す。いいわね!」

「いや、別に気にしないでも」

「うるさい! 私が決めたんだから、素直に頷けばいいのよ! 文句あるの?」

「わ、分かりました」

「ほら、グラスを出しなさい! もっと飲め!」

「はい!」

 

 なんか凄い勢いだ。霊夢の顔は酔っているのかとても赤い。茹蛸みたいで面白いが、指摘したら確実に怒られるだろう。

 勢い良くグラスを打ち付け、仲直りの乾杯だ。魔理沙もそれに加わってくる。鬱陶しそうな霊夢の視線をものともせず、魔理沙はニコニコと笑っている。彼女の笑顔は本当に眩しい。

 

「いやぁ、面白いもんを見たぜ! くーっ、酒が美味いな! あはは、酒がすすむすすむ!」

「うるさいわね。酔っ払いは黙って飲んでなさいよ」

「あははは! あのおっかない巫女様が照れてるぞ! これは間違いなく異変だぜ!! おーい皆、霊夢の顔が真っ赤――」

「やかましい!!」

 

 霊夢が酒を速攻で飲み干すと、魔理沙にアームロックを掛け出した。すぐにギブアップする魔理沙。私はそれを見て、思わず笑ってしまった。

 

「あはは。二人は仲が良いんですね」

「ただの腐れ縁よ。まったく」

「いててて。加減しろよもう! お前の技は本当にやばいんだよ」

「どいつもこいつも人の神社で大騒ぎして。全員しばき倒してやろうかしら」

 

 修羅の巫女が恐ろしいことを言っている。これなら幽香も倒せるかもしれない。しかし、なんとなく利用するのが悪い気がしてきた。喧嘩してたわけじゃないけど、仲直りの乾杯はしたわけだし。これは、迷惑をかけてはいけない。適当なところでお暇しよう。

 

「でもさぁ。今日で宴会何日目だっけか」

「知らないわよ。アンタらが毎日毎日毎日毎日押しかけてくるんでしょうが! 最初は三日おきだったのに、甘い顔をしてれば図に乗りやがって! 後片付けが大変なのよ! いい加減にしなさいっての!」

「でも結局はいつも参加してるじゃないか」

「タダ酒にタダ飯食えるんだからそりゃ参加するわよ。じゃなきゃたたき出してるわ。当たり前でしょうが」

「はは、現金だねぇ」

 

 魔理沙がござに寝転がって、豆を口に放り投げる。

 

「……ずっと宴会してるんですか?」

「ああ。異変解決して、すぐかなぁ。なんだか急に皆集まり始めてさ。皆花見がやりたかったんだとさ。で、私もなんだか参加しなきゃいけない気がして」

「一回だけで終わると思ったのに。今日で何回目かも覚えてないわ」

「いやぁ、次はいつだって催促が凄くてさ。私が色々と声掛け捲ってたのさ。後で聞いてなかったとか文句言われたくないからな」

「全部お前の仕業か!」

「いやいやいや。声掛けも最初だけだって。後は自主的に皆来てるんだよ。これもお前の魅力ってやつじゃないかな? あはは!」

「妖怪に集まってもらっても嬉しくないわ。賽銭は全然増えないし!」

「……繰り返される宴会。皆が集まってくる。あ、萃まる?」

 

 私の脳に電流が走る。これは、まずい。

 

「どうしたんだ燐香。あ、腹減ったのか? 料理もいっぱいあるぞ。ほら、私特製のキノコご飯の残りがその釜に」

「それならもう食べちゃったわよ」

「おい。お前ふざけんなよ。あれは燐香のために残しておいたんだよ! さっき食べるなって釘を刺しただろ!」

 

 魔理沙がぷんぷんと怒っている。知らぬ存ぜぬの霊夢。

 

「知らないわよ。聞いてなかったから」

「この食いしん坊巫女が! はぁ、後でもう一回作り直すか。キノコと米はあるし」

「い、いえ、お気遣いなく」

「私がご馳走したいんだからいいのさ。子供は気を遣うなよ」

「アンタも子供でしょ」

「お前もな。この腹ペコ巫女」

 

 キノコご飯は食べたいけど、それよりもヤバイことがある。

 これは、始まってるくさい。本物の鬼がやってくる萃夢想が。あ、でも私には関係ないのか? 幽香と萃香は戦闘してなかったはずだし。ならそんなに慌てなくてもいいのかな。もしかすると、近くで観戦できちゃうかも。

 というかもっと良いこと考えた。お酒を飲んでしまったのは萃香のせいにすれば良いんじゃないかな。大事な花の酒を飲んでしまったのは誰だ! 私だけど、鬼に操られていたんです! 的な。……やっぱりそんなことで見逃してくれるとはおもえねー!! 連帯責任でお前も死ねってなる。これは駄目だ。

 

 と、そこに妖夢と咲夜が近づいてきた。

 

「燐香。貴方、なんでここにいるの? アリスさんから禁酒を命じられていたと思うんだけど。大体一人で外出なんて、許されてないんじゃないの?」

「え? あはは。ちょっと深ーい事情がありまして」

「今聞くから直ぐに話して。話によってはアリスさんと幽香さんに報告にいきます!」

「それは、ちょっと止めて下さい。アリスのお説教は、本当に心に刺さるので。お母様に言いつけられたら、多分死にます」

「お、大げさな」

 

 アリスは常に正しい。間違っているのは私。その上で、私の為に怒ってくれるのが心に痛い。だから内緒にしてほしい。

 幽香に言いつけるっていうのは、私に死ねと言っているのと同じこと。

 

「おいおい妖夢。私が誘ったんだから勘弁してやってくれよ。大体、あの魔法使いは過保護すぎだろ。子供は少しヤンチャなくらいがいいんだよ」

 

 魔理沙が呆れ気味に肩を竦める。

 

「アリスさんは本当に燐香を心配してるのよ。それに、幽々子様からも面倒を見るように頼まれているし」

「やれやれ。真面目ちゃんはこれだから困る。もっと遊んで失敗して、それを糧に成長していくほうが、深みがでるってもんだぜ」

 

 魔理沙が偉そうに話していると、咲夜が呆れたように首を横に振る。

 

「こそ泥が何を言っているのよ。パチュリー様が困っているから本当にやめなさい。直ぐに本を返すように」

「うるさいメイドだなぁ。分かった分かった。ま、気が向いたらな!」

「本当に仕方のない。パチュリー様は甘すぎるのよね」

 

 小言を言い終えると、咲夜がこちらに向き直る。

 

「久しぶりね。怪我の治りは順調みたいだけど」

「はい、もう大丈夫です。フランは元気ですか?」

「ええ、貴方と遊びたいっていつも暴れ回っておられるわ。だから、いつでも遊びにいらっしゃい。貴方なら喜んで歓迎するから」

「はい、ありがとうございます」

 

 私が頭を下げると、咲夜は微笑む。本当に良い人だ。霊夢とやり合っているときは本当に怖いけど。極道の女みたいだし。

 

「おーい。私とえらく待遇が違うじゃないか!」

「当然でしょ。自分の行いを省みなさい」

「へへん、そんなことは知らないね。私は過去を振り返らないんでね」

「成長のない人間ね。どこぞの巫女と同じじゃない」

「ああ?」

「間抜けな顔してないで、少しはまともな席を用意しなさい。こんなござにお嬢様を座らせるなんてありえないわ」

 

 レミリアたち紅魔館一行は、ござではなくなんか凄く真っ赤な敷物の上で賑やかに騒いでいた。咲夜が手配したのだろう。

 

「勝手に来てるくせにうるさいわね。なら次の宴会は紅魔館でやりなさいよ。たまには私をもてなしなさい」

「絶対に嫌よ。貴方がくると館が獣臭くなるし。臭いをとるのが大変なのよ」

 

 ハンカチで鼻を押さえる咲夜。空気がピシっと凍りつく。怖い怖い。

 

「殺すぞクソメイド」

「無理なことを言わない方がいいわ。自分で悲しくなるでしょう?」

「試してやろうか」

 

 霊夢と咲夜がガンを飛ばしあっている。この二人は修羅道らしい。私はこっそり後ろへと下がる。なんだか巻き込まれそう。簡単に言うと、萃夢想バトルに。こういう私の勘は悲しい事に当るのだ。

 

「ん? どこに行くんだ?」

「ちょっと他の皆に挨拶をしてきますね。あはは」

 

 極力目立たないよう腰を低くして、チルノやら大妖精のいるほのぼのグループのところへ移動しようとした時。

 

『お前を逃がすわけにはいかないんだよなぁ。これからが楽しいお祭りの本番なのに。野暮なことはなしにしようよ』

「――げ」

「ッ!!」

 

 私が声をあげるのと同時に、霊夢が目つきを変えて懐から御札を取り出す。その瞬間、白い霧のような何かが私達の周囲を覆う。一瞬だが、身体が浮く様な感触があった。まるで境界を飛び越えたような。

 

「な、なんだこれ!」

「幽々子様!? い、いや、狙いは私たちか! 強引に突破しますか!?」

「駄目ね、霧が邪魔をして逃げられない。時を止めたけど脱出は無理だったわ」

「全く、肝心なときに使えないわね」

「口だけの巫女に言われたくないわ。それとも何か名案でもあるのかしら」

「ふん。こういうのはね、元凶を潰せば解決するものなのよ」

 

 周囲の霧から、中央に粒子が集まり、ヒトガタの何かを形成しはじめる。私は誰がでてくるか知っている。だから、できるだけ目立たない位置へと移動する。修羅の霊夢、咲夜の後ろへ。ここが一番の安全ゾーン。本当に安全なのはこの外だと思うんですけど。お願いです、私だけ解放して!

 

『中々言うねぇ。前座だと思ってたけど、少し楽しくなってきた。小便臭い餓鬼たちの相手も、結構面白くなりそうだ』

「アンタの仕業ってわけ?」

『うん、そういうことだね』

「もしかして、最近やけに宴会が多かったのもアンタのせい?」

『それもご名答だ。誰かさんたちのせいで、宴会が少なかったからね。春の酒を楽しむために仕掛けたのさ。いやぁ、まさに思い通りってやつだったね。掌の上で踊るお前達の姿は、実に滑稽で面白かったよ。誰一人として気がつきやしないんだからね』

 

 ヒトガタは光を放ち、小柄な妖怪へと変生する。密と疎を操る程度の能力、山の四天王の一人、伊吹萃香だ。

 目つきは私達を嘲るように見下してきている。鬼だから当然だ。強靭、無敵、最強なのが鬼。私はへっぽこ妖怪。相手にならない。そう、化物を倒すのはいつだって人間だ。だから私はこそこそと隠れなければならない。頑張れみんな!

 

 というか、周囲のこの白い霧って、全部萃香ってことじゃない? ということは、監視カメラが一杯ついているようなもの。隠れても全くの無駄じゃん!

 

「――お、鬼」

 

 私はつい声を出してしまった。慌てて口を塞ぐが、もう手遅れ!

 

『へぇ。知っていてくれるとは嬉しいねぇ。そうさ、私は鬼! 山の四天王が一人、伊吹萃香とは私の事だ!』

 

 どーんと胸を張る萃香。外見だけならお子様だから怖くないが、威圧感が超やばい。ぶんぶん回している腕、この拳が直撃したら絶対死ぬ。私には分かる。攻撃力255! 彼女のメガトンパンチはやばい!

 

「鬼、ねぇ。もう幻想郷には存在しないでしょ? 嘘つきは魔理沙の始まりよ」

「おい。どさくさまぎれに私の悪口を言うな」

「本当のことでしょ」

『嘘だって? はは、この私が嘘なんてつくもんか! 嘘をつくのはいつもお前達人間だろう!』

「まぁそんなことどうだっていいわ。妖怪を倒すのが私の仕事。とっととこのチビを片付けて、終わりにしましょう」

 

 霊夢が手をボキボキ鳴らすと、咲夜もナイフを取り出して構える。

 

「貴方の意見に賛成するのは癪だけど、私も手伝ってあげる」

「あ? こんなチビ私だけで十分よ。狗はそこでお座りしてなさい」

『はは、あははははは!! 本当に良い度胸をしているなぁ。そんな啖呵、久々に聞いたよ』

「笑われてるわよ、妖怪巫女」

「直ぐに泣かすから問題ないわ」

『うんうん、気持ち良いぐらい勇敢で馬鹿な奴らだね。でもさ、あまり鬼を舐めてもらっちゃ困るんだよ。よし、話も飽きたし早速始めよう! ……と言いたいどころだけど。惰弱な糞餓鬼どもが私に挑める資格があるかどうか、ちょっと試してやるとしよう。ま、試験みたいなものかな』

 

 そう言うと、萃香の身体から黒い靄がでてきて、五人のちょっと小さな萃香が現れた。本体はニヤリと笑うと、瓢箪から酒をグイグイ飲み干している。

 

『こいつらと戦って、勝った奴だけ相手をしてやるよ。口だけじゃないところを見せてもらわないとね』

「アンタに指図されるいわれはないんだけど」

『十分あるのさ。この場においては、力こそが全てだ。支配者はこの私。気に入らないんなら、私を上回る力を示しな!』

「そうさせてもらうわ。鬼だかなんだか知らないけど、いい加減ムカついてきたし。その角、根元から圧し折ってやる」

「霊夢、気をつけてください! 見かけは小さいけど、かなりの強者です!」

「へへ、オニの角なら実験の材料になりそうだな。レア物は私がいただきだ」

「早く倒してお嬢様の元へ戻らなくちゃ。私は忙しいのよ」

『いいねいいね。恐れを知らないってのは、子供の特権だ!』

「……わ、私は観戦してたいなぁなんて。あ、あはは」

 

 小声で呟く私。しかし誰も聞いていなかった。ゴゴゴゴゴゴとか気力が高まってる音がする。きっと戦闘力が上がっているのだろう。

 なんか皆やる気満々だし。チビ萃香の数は5。ご丁寧に、私までカウントされているし。暴力反対! ここは修羅の国じゃないのに! 私は更に一歩下がって、防御コマンド実行。できたら霊夢か咲夜あたりが二人相手にしてくれることを祈っておこう。うん、それが良い。防御に徹して時間を稼ぎ援護を待つのだ。戦いは数だよと偉い人も言っていた。

 

『さぁて、妖魔に愛されし糞餓鬼どもの力、この伊吹萃香にとくと見せてもらおうか!! 』

 

 私は愛されてないので、今すぐ帰りたいです。アリスのお家に帰して。そんな私の小さな声は、当然誰にも聞き入れられることはなかった。だって、私以外全員やる気一杯なんだもの。

 ――大乱闘スマッシュシスターズ萃夢想の開幕だ! 畜生!

 


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