ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

43 / 89
第四十三話 不如帰

 ――次の日。勝手に抜け出したことへのお説教は、予想外にあっさり終わった。なんでだろう。お前にはほとほと呆れ果てたみたいな? もしやかける言葉もないとか。

 なんだか居た堪れなくなったので、私はアリスに真剣に謝っておいた。そうしたら、特に変わりなく接してくれたので、絶縁やら破門やら勘当とかそういうのじゃないみたい。まぁ血縁関係はないけど。

 私の一門は、風見流よりマーガトロイド流だと思う。でも姓を捨てる訳にはいかないので、仕方なく風見を名乗ってやろう。仕方なくだ。そしていつか勝利した上で、自分の流派を起こすとしよう。某合気柔術の先生みたいに。そう、目指すは免許皆伝だ!

 

 そんなわけで、アリスに心配かけるようなことは極力控えようと思ったのだった。絶対にとは言わない。世の中何が起こるか分からないから、できない約束はしないのである。

 私の場合、約束と言うのは『できるだけ守る方向で前向きに努力します』ということなのだ。頑張る事に意味がある。うん。

 そもそも、アリスにそこまで心配してもらえるほどの価値は、私にはないのである。実に残念だけど。やっぱりこの顔がいけないんだと思う。殴りたくなる小憎らしい顔してるし。幽香に似てるというのが致命的。

 

「……おーい。さっきから、ずーっと待ってるんだけど。鍛錬中になんでボーっとしてるのッ!」

「あ、ごめんなさい。じゃあ、いきます!」

「よし、来なさいッ!」

 

 思わずぼーっとしてしまった。

 今は妖夢と武器を使った戦闘術の訓練中だ。幽香から依頼されたということで、アリスも渋々認めることにしたらしい。

 私の武器は愛用のMY日傘。折り畳めるし、雨も防いでくれる優れもの。しかもすごい頑丈で折れない。

 幽香がよこしたものだから、なにかいわくつきの品物に違いない。多分村正みたいな。でも今の所私への害はないので、そのまま使っている。インパスしたら絶対に呪われてると表示されるだろう。

 一方の妖夢はただの木刀である。流石に真剣は不味いと判断してくれたらしい。素晴らしい気遣いだ。

 日傘を構えた私は、こっそり妖術を発動。妖夢の足元に蔦を生じさせ、足を搦めとる事にした。動きを抑え込んでしまえばこっちのもの。

 

「草符『からみつく』」

 

 スペル名はそのままだった。『絡まる運命』とか付けようと思ったけど、なんだか笑っちゃいそうなので止めておいた。効果はその名の通り、相手にからみつきます。けっこうウザいはず。しかもそこそこ耐久力もある。

 

「な、なにこれ!」

「あはは、隙だらけです! もらったッ!」

「この卑怯者! 正々堂々と戦いなさい!」

「うーん? 聞こえませんね! くらえ、風見流刀殺法が奥義――」

 

 無論そんな都合の良い奥義はない。私は剣術など全然知らない! という訳で馬鹿正直に真っ直ぐに妖夢へと向かう。上段に構えた私は当然隙だらけ。妖夢の目に怒りが滾っている。

 

「そんな攻撃に当たるものか! 私を舐めるなッ!」

 

 妖夢は強烈な薙ぎ払いで迎え撃ってくる。裂ぱくの気合をのせた木刀が私に炸裂。もろに受けた私は体をくの字に曲げながらぶっ飛んで行った。あれはまともに受けたら痛いだろうなぁ。南無三!

「ええッ!?」と驚愕する妖夢。それはそうだろう。全く抵抗する事無くその一撃を喰らって見せたのだから。しかも薙ぎ払われたはずの私が目の前にいるのだ。

 

「な、なに。どういうこと!?」

「――残像です」

 

 飛影みたいなことを言って見る。邪眼とか懐かしいね! 私も頑張れば額に目が開かないだろうか。三つの眼で光線はなったらちょっと格好良いかな。やっぱりキモイかも。

 

「いやいや、全然消えてないんだけど! え、なに。あのぶっ飛んでいった燐香はなんなの!?」

「あれは身代わり君です。得意技は死体ごっこです」

 

 こっそり身代わりを作成して盾にしていたのだ。本体は隠形術で姿を消していたというわけ。そんな訳で呆然としている妖夢にポコッと一撃。日傘なので全然痛くないだろう。

 

「……み、身代わり」

「あれ。な、なんだか怒ってません?」

「怒るに決まってるでしょう! 鍛錬でこんな汚いやり方してどうするのッ! もっと真面目にやりなさい!」

「だって、お母様相手に武器を使っての戦闘なんてどうせしませんし。万が一やるとしても、こんな感じの搦め手で――」

「うるさい卑怯者め! その腐った性根を叩きなおしてやる!」

 

 木刀をぶんぶん振り回してくる妖夢。頭に血が上っているから攻撃が単調だ。鋭さは増しているけど、私でも察知できてしまう。

 私はひょいひょいとそれを連続で避ける。あれ、なんか良い感じだ。回避経験値がぐんぐん上昇している。

 

「――見える。私にも妖夢の動きが見える!」

「舐めるな! ええい、邪魔だ!」

 

 妖夢が、行動を阻害していた足元のつたを剣で切り裂く。彼岸花の呪縛効果が解除される。自由になった妖夢は木刀を投げ捨て、二刀を使って攻撃してくる。ちょっとだけ本気モードっぽい。しかし今の私はエリート兵!

 

「ふふん、踏み込みがたりませんよ!」

「逃げまわっておいてよく言う!」

 

 妖夢は精神コマンド熱血を使っている感じ。けれど怒っているから攻撃が真っ直ぐすぎる。つまり、当たらなければどうということはないのである。

 

「本当にちょこまかと! いい加減、堂々と打ち合え!」

「分かりました。えい!」

「あ」

 

 突き出してきた腕を絡め取り、えいやっと体落し。呆然とする妖夢の顔に、日傘を突きつけてチェックメイト。

 

「一本!」

 

 相手の勢いを利用した合気技。今のは何かを掴んだ気がする。そうだ。幽香の圧倒的パワーを正面から受けるのではなく、利用して返せばよいのだ。渋川先生のお力を借りれば、幽香なんてケチョンケチョンにできそう。……受け流しに失敗して、顔面を叩き潰される未来がちょっと見えた気もするけど。

 

「こ、こんなちびっ子に一本取られた……。そんな、馬鹿な」

 

 なんだか切腹しそうなほど落ち込んでいる。ここはひとつ元気付けなければ。

 

「何言ってるんです。妖夢さん全然本気じゃなかったじゃないですか。しかも本当に斬っちゃまずいって、凄い手加減してましたし。だからですよ。妖夢さんは超強いから心配ないです。ね?」

 

 ポンポンと座り込んだままの妖夢の肩を叩く。これは本当だ。うっかり刀を抜いてしまった妖夢は、引くに引けず、直撃させないように凄い気を遣っていた。最後の突きも、凄く迷いが含まれていた。私が回避できなければ寸止めするつもりだったのだろう。じゃなければいきなりカウンターで体落しなんてできないし。

 

「し、しかも慰められてるし! ゆ、幽々子様、未熟な私をお許し下さい!」

「分かりました。どうしてもって言うなら仕方がありません。僭越ながら、この私が介錯役を務めさせて頂きます。では辞世の句をどうぞ!」

 

 私は袖まくりして、妖夢の背後に立つ。妖夢が顔を赤くして大声を上げてくる。

 

「私は腹なんて切らない! なんでいつも切腹に結び付けるのッ!」

「でも、半分幽霊なのは切腹の後遺症なんじゃ。次は半霊が三分の二霊になるんですよね?」

「ならねーし! これは元からだ!」

 

 ボケにボケを重ねる私に対し、律儀に全部ツッコミを入れてくれる。相方の鑑である。一緒にデビューしてほしい。ルーミアとフランもいれて、いつかグループ漫才をやりたいところだ。

 妖夢がプンプンと起き上がったところで試合終了。アリスが手を鳴らして、終了を知らせてくる。

 

「はい、そこまで。燐香、今回はなんでもありのルールじゃなかったでしょう」

「お母様相手ならなんでもありです。そもそも武器を使っている時点でなんでもありなのですよ。お母様相手に正々堂々なんて、私に死ねといっているようなものです」

「全く。……でも、貴方達の場合はそんなに間違ってもいないのかもね」

「そうでしょうそうでしょう」

 

 私が胸を張ると、アリスが呆れた顔をする。

 

「何を偉そうにしているの。まぁ、幽香の指示通り武器を使った鍛錬はしたから、良しとしましょうか」

「流石、アリスさんは話が分かる!」

「おだてても何もでないわよ。このいたずらっ子」

 

 アリスが笑いながらおでこをつついてくる。

 そんな私達を、恨めしそうに見つめてくる妖夢。超絶完全にスルー状態だった。

 

「……なんだか唐突にハラキリしたくなりました。いや、絶対にしませんけど」

「今のは燐香が小ずるい真似をしたせいだから、あまり気にしない方がいいわ。ただ貴方は唐突な事態に遭遇すると焦る癖がある。いつもの貴方ならば、簡単に受け流せたでしょう。最後のだって、カウンターを受けることは絶対になかったはずよ」

 

 アリスが冷静に指摘すると、妖夢の背中が丸くなる。

 

「……恥ずかしい限りです。私も修行が足りないようで」

「そういった意味でも、燐香を相手に鍛錬するのは良いかもしれないわね。この子の行動は予測できないもの」

「それは確かに。なんでいきなり身代わりが出てくるのか理解不能でした。全く読めません」

「相手の虚を突くのが私のモットーです」

「ついでに相手を怒らせるのが上手いから、妖夢には丁度良いわね」

「それも当たっています。話してるうちにどうもペースを乱されちゃって。耳を貸さないようにしたんですけど、どうにも」

 

 妖夢が溜息を吐く。軽口をまともに受けてしまう妖夢は、私にとって絶好のカモである。実力ではなく、精神を掻き乱すという意味でだが。妖夢は生真面目なので、受け流すこともできない。が、性格の悪い連中には通用しない。例えば幽香とか幽香とか幽香とか。

 いずれにせよ、経験と実力がまだまだな私は、ありとあらゆる手段を使わなければならない。幽香に勝つためには手段を選んでいられない。あらゆる手段と策略をめぐらせてやろう。

 

「そう、人呼んで“百計のリンカ”とは私のこと。どんな手を使おうと勝てばよかろうなのです!」

 

 ふふんと鼻を鳴らす私。アリスが頭を突いてくる。

 

「誰も呼んでないし聞いた事もないわ」

「大体、それって小細工を多用するってことなんじゃ」

「正々堂々でお母様に勝てるなら苦労はありません」

「……ま、まぁ。それはそうだけど」

 

 妖夢が苦笑する。幽香に会ったから、その怖さと言うか強さが分かるのだろう。

 

「あ、妖夢さんって、今は私の用心棒なんですよね?」

「う、うん。まぁそうかな。幽々子様からは、そのつもりでやりなさいって言われてるけど」

「やった! じゃあ、一緒にお母様を叩き潰しにいきましょう。一番手は宜しくお願いします、妖夢先生!」

「え、い、嫌だよ。私関係ないじゃない!」

「先生のお力でここは一つ。もちろん報酬は色をつけますよ。スパッと宜しくお願いします。スパッと!」

 

 もみ手をする私。妖夢のリアクションが段々大きくなる。

 

「いや、報酬なんていらないし! 大体なんで私が幽香さんと戦わなくちゃいけないの!」

「えー。用心棒なのに情けないなぁ。そんなんじゃ腰の剣が泣きますよ」

「な、なにッ!?」

「戦わずして負けるんですね」

「お、おのれっ! よーし、そこまで言うならやってやろうじゃない!」

「やった!」

 

 指を鳴らす私。そこに待ったがかかる。

 

「待ちなさい妖夢、燐香ワールドに嵌ると抜け出せなくなるわよ。深呼吸して落ち着きなさい」

「……はっ。あ、危ないところでした」

 

 妖夢は一息つくと、ハッと思い出したような表情をする。惜しい。もうちょっとだったのに。

 

「あーあ、もうちょっとだったのに。残念」

「貴方もあまり妖夢を乗せないように」

「あはは、つい」

「全くです! ……っと、申し訳ありませんが、今日はこれであがらせてもらいます。実は、幽々子様に付き添って神社に行かなくてはいけませんので」

「神社? 何かあったの?」

「いえ、特に事件ではありません。紫様から宴会に誘われたようでして。私は準備の手伝いや手土産を持たなければいけません」

「なるほど。……最近、毎日のように宴会をやっているみたいだものね」

 

 アリスも誘われていたのだろうか。私がいるから断っているのだとしたらそれは悪い事をしてしまった。どんどん行ってほしい。できれば私も連れて。お酒が一杯飲める!

 

「はい。私も霧雨魔理沙から何度も誘われてまして。見境なく人を集めまくっているようです。いくら花見を我慢してたからって限度があると思うんですが。……楽しければいいって、幽々子様が仰るので」

「そう。でも、幽霊が冥界をちょくちょく出るというのはどうなのかしら」

「結界を直す気は全くないみたいですね。やはり、その方が楽しいから構わないと。お蔭で私の仕事は増えるんですが。抜け出して迷子になる幽霊もいるし!」

 

 宴会、お酒。それは凄く良いお話! 私は目を輝かせて妖夢を見つめる。ついていきたいオーラ全開だ!

 

「……あの。そんな目で私を見られても」

「それでも妖夢さんなら、妖夢さんならなんとかしてくれます」

「し、知らないよ。アリスさんに言ったら?」

 

 妖夢は困ったようにアリスを見る。首を横に振るアリス。

 

「駄目よ。宴会なんて出たら、貴方は加減なしに酒を飲むでしょう。ようやく依存症から回復してきたのに、また再発するわ」

「えー」

「……燐香って依存症だったんだ。ん? というか、その歳で酒に溺れてるの!?」

「あはは。現実から逃避したかったんです。お酒に溺れている間は忘れられますからね」

「……お、重い。見た目は凄く軽そうなのに」

 

 意外と失礼なことを言う妖夢だった。

 

「ですから、次はお酒を手土産にお願いしますね。アリスに内緒で私に渡してくれればOKです。是非宜しく――」

 

 もみ手をする私。アリスは私の耳を軽く引っ張った後、それを一蹴する。

 

「絶対に駄目よ。妖夢も真に受けないでね」

「分かりました。絶対に耳を貸しません」

「ケチ」

「拗ねないの。後でアルコール控えめの果実酒を出すから。甘くて美味しいわよ」

「本当ですか? やった!」

 

 私が飛び上がって喜ぶ。薄かろうがなんだろうがお酒はお酒。しかもアリス手製の果実酒ならば味は完璧だろう。楽しみが増えてしまった。

 

「ははっ。やっぱり子供ですね」

 

 妖夢が分かったような顔をしているので、私はからかうことにする。

 

「妖夢さんにだけは言われたくありません」

「な、なにおう! アリスさん、燐香の方が子供ですよね?」

 

 そういうことを聞くのは凄く子供っぽい。というか妖夢って何歳なんだろう。分からない。女性に年齢を聞くのは失礼でもあるし。実は百歳ですとか言われたら困るので、聞くのは止めておこう。うん。

 

「ふふ、確かに燐香は子供ね。思い込んだら一直線に突っ走りだすし。他のことなど一切気にせずにね。……だから、目が離せないの。そのまま泡のように消えてしまいそうで」

「あはは。アリスは大げさですね。心配いりませんよ」

 

 そしてちょっとポエムっぽかった。私がシャボンのように華麗で儚き女っぽい。誰かに未来を託す為に戦ってそう。

 それはともかく、今度私のために詩集を作ってくれないかな。アリスは都会派だから、かなりの出来栄えになるはずだ。私の場合は常に死臭が漂っているので、それを緩和してくれそうだし。ちなみに今のは燐香ギャグだ。ちょっと毒と自虐が入っているのが私流。

 

「……なるほど」

「何がなるほどなんです?」

「あまり、アリスさんに心配かけないようにってことです! この悪戯者!」

 

 妖夢が大人ぶって注意してくる。半霊がしかりつけるように私のまわりをぐるぐる旋回している。

 

「アリス、心配しないでください。私は大丈夫なので。心配してもいいこともないですし」

「はぁ。やっぱり分かってないじゃない」

「失敬な。自分のことですから、ちゃんと分かってますよ。10年間、自分との対話に勤しんできましたからね」

「うるさい。口ごたえしない!」

 

 妖夢の拳骨が飛んできた。結構痛かったので蹲る。理不尽である。

 

「よ、用心棒なのに!」

「アリスさんはもっと怒った方がいいと思いますよ。こいつを甘やかしすぎです」

「あはは。お母様が悪魔のように厳しいので、バランスはとれてますね。問題なしです」

「そういうことを自分で言わない。叱られて反省して、人も妖怪も成長していくの! それを分かれ!」

 

 妖夢が超プンプンしている。ラグビーの熱血教師みたいである。今から私はお前を殴る的な。なんだかこっちまで熱い。半分死んでるのに。

 

「ということは、貴方も幽々子に怒られているの?」

「――うっ。ま、まぁ多少は。私もまだまだ未熟者ですから。と、とにかく! 私の前で卑屈なことを言ったら怒るから。うん、そう決めた!」

「ええー。私から卑屈さをとったら、何も残りませんよ。第一、卑屈でいないとお母様に殺されちゃいます」

「大丈夫。私じゃないから。それに、そんなことにはならないと思うし」

 

 理由もなく断言する妖夢。その自信はどこから湧いてくるのか。

 

「そんな、ひどい」

「ふふ、楽しそうね。妖夢、色々気を遣ってくれてありがとう」

「礼には及びません。それではまた!」

 

 

 ――結局、アリスの家に泊まっている間は、宴会に参加することができなかった。代わりに、ルーミアとフランが来て、パーティみたいなのをやったけど。美鈴お手製中華料理は美味しかった。一日中にぎやかで本当に楽しかった。

 

 けど、楽しい時間と言うのはあっと言う間に過ぎてしまう物で。刻々と迫るタイムリミットに、私は夜中震えていた。アリスが抱きしめてくれると、収まったけれど。

 でも、やっぱり恐ろしいのだ。自分の家に戻るのが本当に怖い。ずっとここに居たいと、何度言おうと思ったか分からない。でも、アリスに迷惑なのでそれは我慢した。アリスを困らせるだけだし。だから絶対に言わないようにした。

 

 そして、アリスの家にいられる猶予期間が終了した。

 私は、宿題をやり忘れた小学生のごとき絶望を感じている。アリスが何か言っているようだが、全く耳に入ってこない。私は魂が抜けた表情をしていることだろう。このまま時が止まればいいのに。

 

「それじゃあ行くわよ。ほら、背筋を伸ばしてシャキっとしなさい」

「…………」

 

 アリスに手をつながれ、私は太陽の畑へと連行されていく。このまま手を振り払って逃げてしまおうか。いや、アリスに迷惑がかかる。あの悪魔はきっとアリスに因縁をつけることだろう。本当に殺してやりたい。だから強くなろう。自由を手に入れるまで、私は我慢する。でも、いったいいつまで我慢すれば良い? それに、強くなる時間は私には残されていないじゃないか。幽香が、勝手に抜け出した私を許すはずがない。

 

 怖いくらいに咲き誇っている向日葵たちが私達を出迎えた。全ての向日葵が私を見ているような感覚を受ける。まるで私の帰りを嗤っているかのように。そして私の彼岸花は、畑の隅でちょこんと咲いていた。燃やされてはいなかったらしい。いずれ向日葵に侵食されてしまうだろう。可哀相に。

 

「さようなら、アリス。今までありがとうございました。どうかいつまでもお元気で。青い雲の上から見守っていますね」

 

 ちょっと線香臭いセリフだった。

 

「そういう事を言わないの。余計な心配をしなくても大丈夫よ。また4日後に会いましょう」

「はい、そうですね。さようなら」

「もう」

 

 私は死んだ魚のような目でアリスに別れを告げた。アリスは何度も慰めてくれたが、私に気力が戻ることはない。アリスが先に家の中に入っていく。少しすると「本当に大丈夫だから」と言い残して、こちらを気にしながら去って行った。

 

「…………」

 

 場には私だけが残される。このままここにいても仕方がない。早いところ刑を執行してもらうことにしよう。罪状は、冥界へ逃亡しようとしたこと、幽香の手を煩わせたこと、幽香の気分を害したことである。

 亡命云々の件は既に伝わっているはず。絶対にあの女は許さないだろう。それに、なんだか他にも色々とやらかした気がする。殺されても仕方ない事を、私はしたような気がする。よく覚えてないけど。情状酌量をお願いしたいところだが、弁護人はいないのだった。裁判官幽香、検察官幽香、執行人幽香、弁護人必要なし。『疑わしきは罰せよ』がモットーのこの風見裁判所は、幅広く人材を募った方が良いと思う。主に私の生命を助ける意味で。

 

 私も大人しくやられるつもりもない。今の実力ではとても敵うとは思えないが、一矢ぐらいは報いてやる。最低でも腕、いや、指一本ぐらいは折ってやるつもりだ。そのぐらいやらなきゃ、アリスや妖夢に申し訳ない。気合を入れる。気合が50上がった。もとが0だったから、まだまだだけど、動く事はできそう。

 

「行こう。この一週間、本当に楽しかったし。楽しい思い出と共に逝くなら、少しは納得できるかも。それに、まだ負けてないし。よし、や、やってやんよ」

 

 震える足を必死に堪え、冷や汗を流しながら、一歩ずつ自宅へと歩き始める。たどり着くまでの道のりが、やけに長く感じた。きっと、処刑台へと向かう死刑囚はこんな気持ちを味わっているのだなぁと、私は他人事のように実感するのだった。

 




 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。