ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第四十二話 夢見るヒビ

 春特有の柔らかい陽射しを感じたので、私はベッドからのんびりと起き上がる。そして大きく伸びをする。寝起きは良いほうなので、朝から元気百倍である。

 

「うーん。身体が固い!」

 

 アリスはとっくに起きて、朝食の準備をしているに違いない。アリスが寝坊するなど想像できないし。

 私も起こしてくれればお手伝いできたものを。最近迷惑を掛け捲っている気がするから、少しは恩返ししたい。それに、なんだか幸せな家族といった感じがするし。

 というか、今から手伝いに行こうかな。

 

「よーし、そうと決まれば行動開始だ」

 

 自分の部屋に戻り、テキパキと着替え始める。

 いやぁ、何が素晴らしいかって、朝一番で幽香の顔を見なくて済む事だ。あの沈黙の朝食がないだけで、心が穏やかになれる。味は問題ないのに空気が最悪なのだ。思い出したら負のオーラが湧き上がってくる。あー、もう一生ここに住みたい。

 

 そんな感じで幽香への憎しみを募らせていくと気分が昂ぶってきたので、窓を開けてみる事にした。外の世界は春全開といった感じで、空気がとても気持ちよい。瘴気漂うこの魔法の森の中でもだ。私は妖怪なので瘴気だろうが一切問題なし。妖怪万歳!

 

「……ん? これはなんだろう」

 

 窓の桟に、なにやら妙なものが引っ掛かっていることに気付く。意味ありげな白い封筒だ。これは、手紙に間違いない。差出人は、『普通の魔法使い』と記されている。これは、もしかして霧雨魔理沙からじゃないかな? 一体なんだろうか。

 

「どれどれっと」

 

 早速封筒を開き、手紙を読む事にする。内容は、私の体調を気遣うものから始まり、先の異変で迷惑をかけたことへの謝罪、霊夢も気にしていたという事などが書かれている。

 そして、一度ゆっくりと話をしたいので、気が向いたら翌深夜一時にここまで出張ってくれと、地図が記されていた。この家から少し離れた場所にある小川の近くか。アリスにバレると色々と面倒なので、秘密にしてくれとも書いてある。

 勝手に私がいるだけだから、無理にこなくて良いとも書いてある。星を見るついでだから気にするなと。

 ……そう書かれると、余計に行きたくなるというもの。

 

「うーむ。でもちょっと難しいような」

 

 夜中に出かけるのはかなり難易度が高そう。アリスの監視を突破しなくちゃいけないし。

 でも、魔理沙の直々のお誘いだからやっぱり行ってみたい。この前はちょっとしか話せなかったから。あの時の私の印象はあまり良くなかったはず。異変を起こした側と疑われていたし。

 うん、ここは色々な誤解を解く上でも行かねばなるまい。顔は幽香そっくりだけど、私は良い妖怪なんだよと。『私は良いスライムだよ、ぷるぷる』ぐらい、フレンドリーに会話をしなければ。私の八方美人政策は今も継続中なのだ!

 

 というか、魔理沙との会話は普通に楽しそうだし。それに深夜の外出なんて、なんだかワクワクする。私の隠形術は完璧なので、こっそりでかければ誰にもバレないのだ。多分。

  

 封筒をリュックにしまいこむと、私は部屋を出て台所へ向かう。アリスはすでに調理を終えてしまっていた。これには私もガッカリである。

 

「どうしたの? なんだか残念そうだけど」

「いえ。私もお手伝いしたかったんです」

「ふふ、気持ちだけ受け取っておくわ。それより、体調はどう? 顔色は大分良くなったみたいだけど」

 

 アリスがテーブルに料理を配膳しながら、私を気遣ってくる。というかアリスは心配のしすぎである。私は何も問題ないのだ。顔色が悪かったのはあれだ。貧血!

 

「もう完璧です。外の陽気と同じく、春満開な気分です。今日は絶対に外にでますよ。もう身体がなまって死にそうです! 根っこが生えますよ!」

「はいはい。分かったから、落ち着きなさい。今日も妖夢が来てくれるから、少しずつ身体を動かして慣れていきましょう」

「だから、私は病人じゃないんです。別にリハビリの必要は――」

「それは私が判断してあげる。さぁ、まずはご飯にしましょう」

「……はい。あ、さくらんぼだ」

 

 真っ赤に熟していてるから、とてもおいしそう。宝石みたいに輝いているし。買ったら凄く高いだろうな。私は生まれながらの庶民派である。パンがないなら我慢するのだ。もしくは彼岸花を食べて共食い。……想像するだけで悲しい。

 

「白玉楼からの差し入れよ。ありがたく頂きましょう」

 

 トーストに目玉焼きとベーコン。サラダにさくらんぼ。ついでにコーンスープとルーミア提供の豆を使ったモーニングコーヒー。ありふれた料理なのに、いつもと全然違って本当に美味しい。緊張しなくていいというのは本当に幸せだ。

 

「あー、あと数日でこの幸せな日々とはさようならか。本当に残念です」

「泊まりは終わりだけど、別にお別れという訳じゃないでしょう。貴方の勉強はまだまだ続くのだから。私も途中で放り投げたりしないわ」

「私は、あの家に帰りたくないんです。朝食がこんなに楽しく食べられたのは初めてですし。いつもは緊張感に包まれてますから」

「……そう」

 

 アリスが珈琲を一口飲むと、私の顔を見つめてくる。

 

「どうかしましたか?」

「貴方は、幽香の事をどう思っているの?」

「あはは。いきなりな質問ですね」

「確認のためよ」

 

 考えるまでもない。答えはいつも同じだ。

 

「勿論大嫌いですよ。一刻も早くお母様を打ち倒して、あの家から出て行きたいです。そのために、私は必死に鍛錬しています。お母様のいう事を聞いて、散々痛めつけられて、ひどい罵詈雑言にも必死に耐えて」

 

 幽香と和解できる機会など永遠に訪れない。何度も何度も私は頑張ってみたけど、無駄だったのだから。

 相手が嫌ってくるならば、こちらも憎しみをぶつけてやるまで。憎悪の螺旋はこれから永遠に続いて行くだろう。それが底に辿りついた時が、私と幽香、どちらかの終焉だ。恐らく、私の“死”で終わるだろうが、別に諦めたわけじゃない。時間切れになるまでに、私が成長すれば良いだけの話。そうすれば運命は逆転する。

 

「そう」

「……でも、アリスのことは大好きですよ。私なんかに優しくしてくれて、本当に嬉しいです。いつか必ず恩返しします。どんなことでもやりますから、何でも言って下さい。必ず、役に立って見せます」

 

 人形の素材になってくれといわれても、私は頷くと思う。それでアリスが喜んでくれるなら、私の命に価値はあったということになる。それぐらいの恩を私はアリスに感じているのだ。私を素材にした人形なんて、アリスが嫌がるだろうけど。顔が幽香にそっくりだし。呪い人形になりそう。

 今のは極論だけど、役に立ちたいというのは本当だ。自律人形制作の夢、私なりにこっそり協力していけたらいいなと思っている。アリスの夢が叶えば、私も嬉しいだろうから。

 

「そんなこと、子供は考えなくていいの。ただ、無理をしないでくれればそれでいいわ」

「……ありがとうございます」

 

 今の言葉は効いた。孤独に苛まれ、温もりに餓えているであろう私には効きすぎる。ちょっと視界が歪んでしまったので、欠伸をして誤魔化す。

 駄目だ。この人は優しすぎる。甘えてしまっては、いつまでたっても成長できない。幽香を打ち倒せない。私は自由になれない。だから、私はもっと頑張らなければならない。

 でも、アリスが差し出してくれた手を、振り切るほどの強さは私にはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 呑気に食休みをしていたら、今日も妖夢がやってきた。また大量の差し入れを持っている。物には限度があると思うのだけど。

 

「こ、こんにちは」

「うわぁ。これは凄い」

「ゆ、幽々子様が持っていけと仰られて。お、重かったです!」

 

 野菜やらお米やらが入った重量感のある大袋を下ろすと、深呼吸を繰り返す妖夢。傍目から見ても重そうだった。重量で地面がへこんだし。ドスンってなった。

 もしかすると、これは妖夢の修行も兼ねているのかもしれない。わざと重い物を持たせて、スタミナ強化を図るという。もしくは、誰かに物をあげるのが幽々子が好きなのか。あれもこれも、どんどん持って行きなさいという感じで。亡霊だから、物に執着がないのかもしれない。

 

「あのね、妖夢。気持ちは本当に嬉しいんだけど。……私と燐香で、これを消化するのにどれだけかかると思っているの。西行寺幽々子に、もう十分と伝えて。私は困窮している訳じゃないし」

「そ、そんなことは言えません! 幽々子様は燐香をやたら気にかけているようでして。いや、本当はちょっとやりすぎではと言ったんですよ。そうしたら、いきなり泣き崩れられてしまって」

「貴方、どう見てもからかわれてるわよ。どうせ顔を袖で隠していたのでしょう」

「……た、確かに、顔は見ていません。でも、幽々子様を疑ったりすることはできません。ですので、どうかお納めを」

 

 妖夢が深々と頭を下げる。融通の利かなさは、まさに頑固侍といった感じ。武士に二言はないのか。

 

「はぁ、仕方ないわね。燐香、当分はここにあるものがおかずになるわ」

「あ、私ならなんでもオッケーですよ。アリスの作る物はなんでも美味しいですから」

「ふふ、褒めてもなにもでないわよ」

 

 と言いつつ、まんざらでもなさそうなアリス。クールな表情がちょっとだけ緩んでいる。

 

「で、今日はどうしたら宜しいでしょうか。なんでも遠慮なく言って下さい!」

 

 やる気に満ち溢れている妖夢。アリスは少し考えた後、言葉を発する。

 

「そうね。今日は回避について練習をしましょうか。妖夢の放つ弾幕を、燐香が避ける。私は貴方の動きのクセをチェックするから、後で修正していきましょう」

「お任せください。えっと、どの程度の力でやれば?」

「最初は妖精でも避けられるレベルから。そして、少しずつ強く、速くしていって。危ないと判断したら、私が相殺するから」

「分かりました」

「燐香、疲労を感じたらすぐに言いなさい。体力は回復していると思うけど――。とにかく、無理をしないように」

「分かっています。なに、全力で避けますから、心配いりません。当たらなければどうということはありません!」

 

 赤い三倍の人の真似をしてみたけど、そんなに上手くはいかないだろう。大事なのは意気込みだ。戦いは気合! 気合コマンドで+10!

 外に出て、宙に浮いて妖夢と対峙する。

 

「じゃあ、行くよ!」

「どうぞ!」

 

 妖夢は二刀を抜くと、威力を超手加減した霊力弾を放って来る。ぽわんぽわんとこちらに向かってきている。着弾を待ってたら欠伸がでそう。横に動くだけで回避可能。

 あまりにも舐めた攻撃だ。私は幼稚園児かと。

 

「……妖夢さん。もしかしなくても、私を舐めてますよね」

「だって、最初は手加減しろって言われたし。段階を踏まないと」

「面倒なので上級からはじめて下さい。私もお母様の鍛錬を生き抜いてきてるんですから。ビシッとやってください!」

「そ、そう言われても」

「なら私も攻撃しますね。手加減なんて出来なくしてあげます。――弾幕ごっこスタート!」

「え? え?」

 

 速攻スペル宣言、両手からタネマシンガンを発射。威力ではなく手数を重視した妖力弾が妖夢に次々と着弾する。痛くないけど、あたるとムカつく系の弾幕だ。ペシペシと顔面に当てられた妖夢は、鬱陶しそうにタネを振り払う。

 

「こ、この! いきなり何をするの!」

「こっちの方が私も楽しいから良いじゃないですか。攻撃に回避も学べて一石二鳥です」

「貴方が避けるという訓練でしょうが!」

「まぁそうなんですけど。アリスが止めにこないから、多分このままで良いってことですよ。さ、どんどんいきますよ!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 私は先日使えなかったスペルをどんどん発動していく。なんだか調子が良い。漲る葉っぱカッターが妖夢を執拗に追いかけていく。

 

「お、おのれっ。手加減してやれば調子に乗って!」

「あれ、怒ってます?」

「別に怒ってない!」

「うわー妖夢さんが怒った!」

「だから怒ってねーし!」

 

 妖夢の顔が一気に怒りの表情へと変わった。これで良い。本当に面白くなってきた。手加減されていてはつまらない。どうせ当っても死なないんだから、どんどん当って身体で覚えていくべきである。

  アリスは過保護すぎるのだ。気持ちは嬉しいけど、それでは私は成長できない。というわけでちょっとだけ反抗してみることにしたのである。私は悪い子なのだ。

 

 

 

 ――結局、調子に乗りまくった私は最後ガス欠になり、妖夢のスペルに被弾してしまった。実際には被弾確定の段階で、アリスが相殺してくれたから無傷だったが。

 結構避けられたと思うが、本気寸前の妖夢は強かった。でも、何度も練習すれば追いつけるかもしれない。弾幕ごっこは誰にでもチャンスがある素晴らしい決闘法である。ガチバトルを強要してくれる修羅道とは違うのだ。

 

「全く。本当に悪い子ね」

「心から反省してます」

「嘘ばっかり。顔が笑ってるわよ」

「あはは」

「笑い事じゃないのよねぇ」

「も、申し訳ありませんアリスさん。つい燐香に乗せられてしまって」

 

 アリスのお説教タイム。アリスが考えた教育法を無視したのだから当然である。私は正座して、しっかりと謝った。何故か隣で妖夢も正座している。なんだか切腹しそうなので、先手を打って止めておく。

 

「妖夢さん、切腹しないでくださいね」

「しないよ! でも、安い挑発に乗ってしまうなど、私はまだまだ未熟です。申し訳ありませんでした!」 

「本当にごめんなさい」

「今は謝ってるけど、またやるつもりなんでしょう?」

「はい」

「馬鹿者」

 

 超威力のない拳骨が私の頭に触れる。全然痛くない。

 

「とはいえ、これはこれで実戦的で良いのかも知れないか。妖夢はこの鍛錬でも平気かしら? ちょっと疲れるかもしれないけど」

「全く問題ありません。というか、私も良い修行になりそうです。流石に幽香さんに鍛えられているだけあって、結構エグい攻撃が来るんですよ」

「ふふん。攻撃は最大の防御と言いますし。私は攻撃力と耐久力に特化するように育てられ続けました」

 

 避けるとかそういうのは知らない。サンドバッグに必要なのは、壊れない頑丈さとたまに反撃してみせることだ。丁度良いスリルになると昔言っていた。おかげで回避知らずの特攻仕様に成長してしまった。絶対に許さない。

 

「弾幕ごっこは避けることが何よりも大事なの。貴方の動きには無駄とムラが多すぎる。どんな感じかは、座学で教えるから。頭で覚えて、実践してを繰り返して修正していく。後、妖夢の癖も記憶しておいたから、一緒に付き合いなさい」

「わ、私もですか!?」

「ええ。貴方は感情が昂ぶると動きが単調になる悪癖がある。燐香の拡散弾幕のときはそれが顕著だった。折角だから、修正するといいわ」

「あ、ありがとうございます。……私もなんだかアリスさんに修行を受けている気になってきました。私がお手伝いしているはずなのに」

「まぁまぁ、良いじゃないですか。ほら、一石二鳥ですよ」

 

 私が妖夢の肩を叩くと、更にしかめっ面をする。

 

「何か違うような気がするけど」

「それより、今度一緒に辞世の句を考えませんか。よければ、友情の印に考えてあげますよ。私のは妖夢さんが考えて下さい。自信作を交換しあいましょう」

 

 辞世の句には花関連のものも結構ある。忠臣蔵の浅野さんとかね!

 

「え、縁起でもない。大体、なんで私に辞世の句が必要なの!」

「いや、なんだかハラキリガールっぽいし。何かあるたびに『切腹します!』とか言い出しそう。だったらたくさん辞世の句が必要かなぁって」

 

 私は妖夢をからかう。打てば響く反応の鋭さは、弄り甲斐があって面白い。これは天下を狙える逸材である。ボケとツッコミの才能を持つまさに二刀流。

 

「言わねーし! 私をどういう目で見ているんですか貴方は! アリスさん、一体どういう教育しているんです!」

「それは幽香に言いなさい。人格形成に影響を与えたのは幽香だもの」

「あ、お母様に駄目出ししてくれるんですか? うれしいなぁ。流石は妖夢さん!」

「……そ、それはまた次の機会に。うん。あー、ちょっとお腹が痛くなってきたかも。あはは、困ったなぁ」

 

 笑いながら視線を逸らす妖夢。こういうところは、私に似ている気がする。というわけで、遠慮なく突っ込むとしよう。

 

「侍なのにメンタル弱いんですね」

「う、うるさいな!」

 

 そんなこんなで妖夢との最初の特訓は終了した。なんだか精神的に疲弊していた妖夢は、肩を落としながら帰って行った。これを繰り返す事で、色々な意味での打たれ強さが身につくのである。私が言うのだから間違いない。

 

 

 

 

 

 

 ――そして深夜。アリスが寝入ったのを確認すると、私はこっそりとベッドを抜け出す。そして素早く隠形術を使用。アリスは優秀な魔法使いなので、恐らく対侵入者トラップを起動しているだろう。迂闊に玄関から出たら絶対にバレる。

 

 バレずに出て行き、帰ってきてアリスのベッドに戻って寝る。これがミッション成功の条件だ。ここ数日は普通にアリスと寝ているので、安眠できるのだが、今はそれが仇となっている。でも、最初の難関だったベッドを、無事に出れたので一安心。

 

「……インパス! じゃなくて見えるアイ起動! サーチ!」

 

 そんな魔法はないが、なんとなく小声で呟いてみた。アリス直伝の感知の極意で、居間の窓を凝視。怪しげな魔力が見える。これがトラップだ。この光に触れると、警報か自動攻撃が発動しそう。触ってはいけない。気分はルパン三世か怪盗キッドだ。よし、私はキャッツアイになるぞ! 

 

「一箇所ぐらい掛けてない場所がありそうだけど」

 

 どこかに抜け穴がないか、忍び足で探し続ける。本当にこそ泥になった気分。抜き足差し足忍び足。

 ――と、一箇所だけ穴があった。穴といっても、本当に小さな小窓。そこだけは魔力が感じられない。多分、外に人形を繰り出すとき用の出口だ。私が身体を捻れば、なんとか出られるだろうかといったところ。一見無理そうだけど、多分いけると思う。私の体は結構柔軟なのだ。

  私はそこを関節をうまい事曲げながら通り抜け、外へと抜け出る。

 

「これでよし、と。ふふ、この怪盗リンカにかかれば脱走するなど容易いこと」

 

 太陽の畑からは逃げられないけど! 素早さには自信があるけど、スタミナはイマイチ。それが私。

 外で人形が監視しているかと思ったが、特に見当たらなかった。アリスが寝ているときは動けないのだろうか。どこかに潜んでいるかもしれないが、分からない。が、今は考えるよりも魔理沙との待ち合わせ場所に向かわなければ。

 月明かりだけで光源がないので、私は手に彼岸花を咲かせる。これは妖力をまとっているので、簡単なランプ代わりとなるのだ。生活に活用する術については、かなりのものと自負している。戦うだけが能ではない。便利につかってこその魔法である。妖術だけど。

 

 

 目的地目指して五分くらい飛んでいると、小川の側で焚き火をしている魔理沙がいた。木にもたれかかって、星を眺めているようだ。

 私はその横に静かに着地すると、軽く礼をした。

 

「こんばんは、普通の魔法使いさん」

「いよう。本当に来るとは思ってなかったぜ。アリスは?」

「ぐっすり寝てますよ。私はこっそり抜け出してきたんです」

「はは、それは悪い子だ。そんな悪い子に、私からプレゼントだぜ」

 

 魔理沙は白い歯を見せて快活に笑った。横においてある鞄をごそごそ漁ると、キノコが一杯詰った袋と、タッパーを渡してくる。

 

「これは?」

「身体に良いキノコと、菜の花のおひたしだ。キノコは私が集めた厳選品だぜ」

「ありがとうございます! キノコは、焼いて食べればいいんですか?」

「生以外ならなんでもいけるぜ。だが生は絶対に駄目だ。私は一週間寝込んだからな」

「あはは。意外とチャレンジャーなんですね」

「まぁ、死ぬことはないと実験で分かってたからな。しかし、最終的には自分で試してみようと思ったら、痛い目を見たのさ。ま、解毒剤は予め飲んでたけどな」

 

 私が笑うと、魔理沙も大笑いする。笑顔が素敵である。この真っ直ぐな性格と朗らかさが魔理沙の人気の秘密だろう。私には到底まねできないことだ。引き裂いてやりたいほど羨ましい。なんでこんなにも違うのだろうか。私たちはどうして魔理沙のようになれなかったのだろう。何が悪かったのか。そういう運命だったとしたら、一体誰を憎めば良い。

 ……おっと、いけないいけない。思考が乱れてしまった。菜の花のことも聞かなくちゃ。もしかして、魔理沙は料理もできてしまうのだろうか。意外と家庭的だったり?

 

「このおひたしも、魔理沙さんが?」

「ん? ああ、これか。これはだな、素直じゃないやさぐれ巫女からの贈り物だ。私がお前のところに行くっていったら、無言で押し付けてきたのさ。いやぁ、あのときの顔は面白かった」

「霊夢さんが?」

「今度あったら、何か一言いってやるといい。きっと、面白い事になるぜ。それも結構美味いから、つまみにはいいぞ」

 

 魔理沙がそう言いながら、水筒から何かを注いで渡してくる。

 

「そうします。って、これはなんです?」

「残念ながら酒じゃない。私特製の葡萄ジュースさ。けっこういけるんだ。さ、飲んでくれ」

「遠慮なくいただきます」

 

 まずは一口。うん、濃厚でそれでいてしつこさがない。こんなに甘いのに、後味はとっても爽やか。これは、美味しい!

 

「ほ、本当に美味しいです。こんなに美味しいジュース初めて飲みました!」

「はは、喜んでもらえてなによりだ」

「魔理沙さんの手作りですか?」

「ああ。自給自足が基本だからな。お金は節約する方なのさ」

「それは凄いですね」

「……それにしても、今日は意外と普通なんだな。前はもっと威圧感があった気がするんだけど」

「あれは場を盛り上げるためですよ。ボスっぽい方が楽しいだろうと思って。そうしたら霊夢さんに酷い目に遭わされましたけど」

「ははは! なんだ、そういうことだったのか。確かに、どうせやるなら楽しいほうがいいもんな。いやいや、お前、ただのチビ妖怪だと思ってたけど、大事なことが分かってるなぁ」

「私はとっても平和で温厚な妖怪なんです。暴虐がモットーのお母様とは違います」

 

 私がはっきり告げると、魔理沙が興味深そうに見つめてくる。

 

「お前の母ちゃんは、風見幽香だろ? もしよかったら、色々聞かせてくれよ。何か手伝える事があるかもしれないぜ? 私も魔法使いだからな」

「本当ですか? それはありがとうございます。といっても、何を話せばいいんでしょう」

「そうだなぁ。じゃあ私が適当に質問するから、それに答えてくれればいいさ。言いたくなければ別に答えなくていいし」

「分かりました!」

 

 なんだか上手い事魔理沙に乗せられている気もするが、まぁよしとする。私を嵌めたところで何の得もないだろうし、そもそも失うものなどない。

 私としては、主人公の一人である魔理沙とこうして話せていることが嬉しいのだ。私のような存在が、彼女に少しでも関われているということが嬉しい。……嬉しい? 本当に嬉しいのかな。よく分からない。少しぐちゃぐちゃしてきたので、誤魔化すために幽香への憎しみを思い出す。うん、黒い気分が充満したので思考がスッキリした。

 

 魔理沙の質問は、私と幽香の関係とか、得意な能力、鍛錬方法についてとか。後は太陽の畑のことや、アリスには何を教えられているのかとか、そういったことだった。

 

「なるほどなるほど。……あ、そうだ。ちょっとお腹見せてくれないか?」

「え? お、お腹ですか」

「別に変な意味じゃないぞ。この前の怪我が心配なだけさ。少しぐらいなら、医療の心得もあるんだ。自分の怪我は自分で治さなくちゃいけないからな」

 

 ちょっと躊躇したけど、素直にシャツを捲ることにした。実は、今の私は寝巻きのままである。ごそごそ着替えていたらバレそうだったから。

 で、傷痕だけど。あの時、確かに私の腹部は貫かれたはずなのだが、特に何も残っていない。私が感じたよりも小さな傷だったのかもしれない。感覚的には、腹部を完全に抉られて、臓物がグチャグチャになっていたと思うんだけど。エアダメージ?

 

「……完全に再生してるのか。しかし、あの時の傷はもっと……。それに、アレはどういうことなんだ? 何故あいつは、あんなことをする必要があったんだ?」

 

 魔理沙が顎に手を当てて、深々と考え込んでいる。なんだか研究者みたいな顔つきに変わっている。なるほど、魔法使いだ。

 

「魔理沙さん?」

「あ、ああ。いや、こっちのことさ。それよりさ、お前、強くなりたいんだろ?」

「はい、勿論です!」

「じゃあさ、今度何か異変が起こったら、私と一緒に解決にいこうぜ。鍛錬よりも、実戦経験を積んだほうが百倍役に立つ。私が言うんだから間違いない。霊夢より早く解決すりゃ、経験値もガッポリさ」

 

 魔理沙は胸をドンと叩いた。異変を間近で眺めたい私としては願ってもない申し出だ。戦うのは魔理沙、私は近くで観戦。きっと楽しいだろう。実力者たちのお祭りだ。その光景をこの目に刻み込んでおきたい。

 

「私なんかが一緒で、いいんですか?」

「おう。実は、私も親とは上手くいってなくてさ。それで、家を飛び出してこうなったのさ。だから、お前の気持ちが分かるんだ」

「……そうなんですか」

 

 そういえば、魔理沙の実家は人里にあったっけか。商店か何かやっているとかいう話だったような。知識であるだけで、本当にあるのかは知らないけど。だって人里になんていった事がない。いや、自由に幻想郷を飛び回ることすらできないのだから。

 

「自由はいいぞ。全部自分でやらなきゃいけないし、責任も負わなきゃいけない。でも、それを上回る楽しさがある。私は魔法使いになって、初めて生きているって実感できるようになったんだ」

「……生きているという、実感」

「ああ。だから、頑張ってる後輩を応援してやろうと思ったのさ。なーに、お礼は後払いでいいさ。色々と楽しいことになりそうだしな!」

 

 魔理沙が指先から星を出す。彼女を象徴する星型弾幕。魔理沙はとっても活き活きとした笑顔を浮かべている。

 そして、こちらに手を差し出してきたので、私もおずおずとそれを握り返す。

 

「あの、宜しくお願いします、魔理沙さん」

「おう! こっちこそ宜しくな、燐香! あ、もしまた抜け出せそうなら、神社に遊びにくるといいぜ。桜が満開なせいか、最近毎日宴会やってるんだ。霊夢も多分喜ぶぞ。間違いなく悪態つくだろうけどな」

「分かりました。霊夢さんにもお礼を言いたいですし」

「まともな反応を期待するのは止めておけ。魔理沙さんからの忠告だ。それより、お前のスペルについてもっと教えてくれよ。この前のあのポーズ、格好良かったぜ?」

「ああ、アレですか! あれを身につけるのには苦労したんですよ」

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 ――それから二時間くらい話しこんだだろうか。月が雲に隠されてしまった頃、私は魔理沙に別れを告げて家に戻る事にした。最後まで魔理沙は笑顔だった。本当に良い人だった。

 

「楽しかったな。本当に良い人だった。うん、流石は霧雨魔理沙だ」

 

 彼女には人を惹き付ける魅力がある。多分、霊夢もそうなのだろう。私達とは違うのだ。

 私はぐしゃぐしゃした気分を振り払うかのように全速力で飛んだ。暗闇の中を飛び続けた。何故か涙が止まらない。――畜生。どうして。どうして私たちはこうなのだろう。憧れる気持ちよりも、劣等感で覆い尽くされてしまう。そんなことを思いたくないのに、勝手にそうなってしまう。そんな自分が一番嫌なのだ。

 何かにピシッと皹が入る音がした。何の皹かは分からないが、これが大きくなると取り返しがつかないような、そんな気がした。完全に割れたら、一体どうなるのだろうか。……試しにやってみようか。やってみたい。やってみよう。やれ。

 私は皹に意識を集中する。黒が滲み出てくる。周囲に黒の靄が生じ始める。私はその黒を凝視する。向こうもこちらを見ている。向かい合う白と、数え切れないほどの黒。

 

「……これは。そうか」

 

 なんだか少し見えてきた気がする。皹の意味も、私の存在意義も。“私”がこの世から消し去りたいのは幽香ではなく、本当は――。

 

「…………」

 

 答えを頭に浮かべながら、アリスの家の前に着地する。手に限界まで妖力を篭める。そして、爪を自分の首筋に当てたところで、滲んでいた視界がはっきりとしてきた。

 いつの間にか、アリスが立っていた。氷のように無表情で。私を感情のない目で見下ろしている。また言う事を聞かなかったから、怒っているに違いない。いや、そもそも最初からバレていたのかも。だってアリスは完璧なのだ。私の行動など全て読まれているはず。

 ――ほら、いつの間にか背後に上海と蓬莱がいる。彼女達は、いつから私の後をつけていたのだろう。もしかして、ずっと?

 

「アリス。私は、ようやく分かったんです。イレギュラーである私がここにいる意味。色々なことを知っている理由。そして、私が本当に憎んでいるのはッ!」

「おかえりなさい。大丈夫だから、落ち着いて」

 

 私が半狂乱で叫ぶと、アリスがこちらに近寄ってきた。首筋に当てた手を横に走らせなければ。そうしなければ、きっと私は怒られる。強く叩かれた後に失望される。最期にそんな思いはしたくない。

 ごめんなさいと思わず叫び、私は目を閉じた。覚悟を決めた次の瞬間。人形たちに腕を拘束されて、強引に阻止されてしまった。無理に動かせば、人形たちを壊してしまうかもしれない。

 躊躇している間に、私はアリスに抱きしめられ、髪を乱暴に撫でられる。手から、何か強い魔力を感じる。何らかの魔法を使っているのだろうか。だが、私には良く分からない。

 

「あまり、心配させないで」

「……え?」

「さぁ、中に入りましょう。ぐっすり寝れば大丈夫。もう何も心配要らない。私がついているから」

「ごめんなさい。でも、私は――」

「深呼吸して、気分を落ち着かせなさい。余計なことは何も考えなくて良い。……貴方はここを抜け出して霧雨魔理沙と会った。その後、呑気に帰ってきて私に見つかった。そして私に叱られながら、疲れて眠りについた。――貴方は、何も気付くことはなかった。明日はいつもと何も変わらない。それが真実よ」

 

 アリスの言葉が、まるで子守唄のように聞こえる。凄まじい眠気が襲ってくる。とても耐えられない。私は目を閉じ、それに身を任せる。皹から溢れ出ていた黒が、落ち着きを取り戻していく。同時に、余計な記憶も掻き消えていき、幽香への憎しみが湧いてくる。何もかもが全て元通り。

 

 ――ああ、明日はきっと一日お説教だ。妖夢に笑われてしまうかもしれない。自分のせいなので全て受け入れよう。私は、夜中に勝手に抜け出すような悪い子なのだから。




ほのぼのしてきた。ほのぼのパワー充填!


誤字報告してくれた方、感謝しております。
あれ、凄い便利ですね。自分で一個ずつ修正するのって結構大変なので、
ボタンポチ! で全適用できるのが凄いと思いました。


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