ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第四十一話 交差する欲望

「だから、何が気に入らないんだよ! ちょっと会って話をするだけじゃないか!」

「問答無用!」

 

 魔法の森上空、霧雨魔理沙は愛用の箒を小刻みに駆って、魂魄妖夢の弾幕を回避する。こちらの撃墜が目的ではないようなので、それほど脅威ではない。だがこのままでは、肝心のアリス・マーガトロイドの家にたどり着けない。やはりここで勝負せざるを得ないらしい。妖夢の相手はかなり疲れるのだが、仕方ない。

 

「そんなに相手をしてほしいならやってやるよ!」

「以前の私と同じと思ったら大間違いだ!」

「そうかいそうかい。大体なんでお前がここにいるんだよ。お嬢様のお守りに戻ってろよ!」

「幽々子様を馬鹿にすると許さない! それと、今の私は白玉楼の庭師兼用心棒だ!」

 

 二刀を構えてキリッとしたポーズをとる妖夢。それなりに格好良いけど、この少女は見た目ほど弾幕勝負は強くない。速度で撹乱すると徐々に焦りを見せ始めるので、そこが狙い目だ。もちろん、剣術では相手にならないだろうが、生憎今の幻想郷はスペルカード全盛。魔理沙にとっては実にありがたい。

 ということで、軽く挑発から入る事にする。頭に血を上らせてしまえば、妖夢を崩すことは容易い。

 

「あ、もしかしてこの前の勝負のこと根に持ってるのか? ははっ、妖夢ちゃんは背だけじゃなくて、器も小さいんだなぁ」

「お、お前にチビだなんて言われたくない! それに、これは根に持っているとかじゃねーし!」

 

 面白い言葉遣いになるのが、冷静さを失っている何よりの証拠。本当に分かりやすい奴だ。

 

「へぇ。じゃあなんなんだよ」

「私の使命だ! 私の誇りに賭けて、ここは通さない!」

「全く、通行の邪魔しておいて何が使命に誇りだよ。少し頭を冷やしな、この半人前庭師!」

「ば、馬鹿にするなッ! 私は半人前じゃない!」

「へへ、それじゃあ行くぜ!!」

 

 魔理沙は魔力を解放して、妖夢に一挙に肉薄しようとする。――が、横から不意に現れた弾幕により阻止された。これは牽制ではなく、当っても構わないという類のもの。しかも威力は相当なもので、まともに当たれば撃墜されていたかもしれない。

 魔理沙は魔力弾が放たれた方角へ視線を向け、大声を出す。

 

「おい! いきなり横からは汚いだろう! 乱入するならするで宣言くらいしろっての!」

「うるさいわね。招かれざる客人にはこれで十分よ」

「ちえっ、また二対一かよ」

「ネズミには十分すぎる歓迎でしょう。手間をかけられるこちらは良い迷惑よ」

「別にもてなしてくれとは言ってない。ただ、アイツの様子を見に来ただけだ。弾幕勝負なら、後でやってもいいからさ。物事には順序ってものがあるだろ?」

 

 戦う意志はないと魔理沙が両手を軽く上げると、妖夢がアリスの顔色を窺う。

 

「……アリスさん、どうしますか? 手を上げてますけど」

「別にこちらも戦いたいわけじゃないわ。ただ、あの子に近づいて欲しくないの。特に貴方にはね」

「なんでだよ。この前の怪我を心配して何が悪いんだ? 私はそんなに薄情じゃないぜ」

 

 魔理沙は純粋に風見燐香のことが心配だったのだ。腹部を貫いた黒い蝶の弾幕。友人である霊夢を庇った代償によるもの。一度顔を会わせたぐらいで、大した縁もないのに、燐香は命懸けで霊夢を守った。あれが直撃していれば霊夢は危なかったはず。

 素直に礼を言う事ができない友人の代わりに、魔理沙はここを訪れたのだ。ちゃんと見舞いの品も持っている。取れたての新鮮キノコ。ちゃんと滋養強壮になるものを選んでいる。

 それなのに、先日は妖夢だけを家に入れて、自分はたたき出される始末。裏から入ろうとしたら人形までけしかけられた。一日置いてやってきたら、今度は妖夢まで邪魔してくる。いい加減頭にきてもおかしくないだろう。

 

「そもそも、燐香の怪我の原因を作ることになったのは貴方達のせいでしょう。そんな人達に心配してもらう謂れはない」

「おいおい。あの異変は私達がやったことじゃないぞ。それなら妖夢のほうが罪が重いんじゃないか? 異変を起こした黒幕側だ」

「――ううっ。それは、その、そうなんだけど。ごめんなさい、アリスさん」

 

 妖夢が目を伏せる。別に責めている訳ではないが、難癖をつけられるのも腹立たしい。言うべきことははっきりと言う。それが魔理沙が魔理沙たる所以である。

 

「気にしないで妖夢。私は異変を起こした者を責めているわけじゃない。燐香が異変に関わる切っ掛けを作ったことが腹立たしいだけ。貴方たちが来なければ、あの日は何事もなく過ぎ去ったというのに」

「それは言いがかりだぜ。第一、あの時は普通に話してたのに、なんで急に私を敵視するんだよ。霊夢と燐香が弾幕ごっこしてたときも怒ってなかっただろ。唐突すぎて意味がわからない」

「……言いがかりですって? 難癖をつけた挙句、私達に強引に戦いを仕掛けておいて、良く言えたものね。――あの日、私達は関係ないと何度も言ったわ。聞く耳を持たなかったのは貴方達よ」

 

 アリスの目が険しくなる。先ほどから敵意全開である。というか、殺意まで混ざっている。これは流石にどうかしている。

 

「だから、敵意を向けるのは止めてくれ。まずは穏やかに話をだな……って、言い合ってても埒があかないか」

「…………」

「まさか、あんなことになるなんて思ってもみなかったんだ。でも、顔を見るぐらいは構わないだろ。巻き込む切っ掛けを作ったことを、本人に直接謝るよ。だからさ――」

 

 アリスが怒っている理由は、燐香が危険な目に遭ったからと推測する。だから、本人に会って謝罪するといっているのだ。それなのに、表情は一切変わらない。完全に敵を見る目である。異変の夜に会ったときとは真逆だ。あのときは、冗談を言い合える感じだったのに。

 

「貴方の事情と言い分は良く分かったわ」

「そいつは嬉しいね。なら――」

「私の考えは何も変わらない。帰りなさい」

「この分からずやが!」

 

 魔理沙はこうなれば強引に突破してやると、ミニ八卦炉を構える。二対一だろうが受けて立ってやろうじゃないか。不利な状況ほど燃えるというもの。魔理沙は苦境をバネにしてここまで力をつけてきたのだから。

 だが、アリスは特に何かをする素振りはない。人形を遠ざけ、まるでわざと受けるような態勢を取っている。

 

「撃ちたいならどうぞご自由に。それで気が済んだら帰りなさい」

「……おい。私を舐めるのもいい加減にしておけよ? 人間だからって舐めているのか? 本気でぶっぱなしてやろうか」

「舐めてはいない。ただ、燐香にあわせたくないだけ。だから、一撃なら喰らっても良いと言っている。……あの子は今不安定なの。人間である貴方たちと関われば、恐らく碌なことにならない」

 

 アリスの冷たい声。魔理沙はやりづらさを感じて、髪を掻きあげる。とんがり帽子の位置を直して仕切りなおしだ。

 

「過保護すぎだぜ。大体、あいつは妖怪なんだろ? 私みたいな貧弱な人間がどうこうできるとは思わない。というかさ、それならなんで妖夢はいいんだよ。そいつだって人間じゃないか」

「妖夢は半分は幽霊だから問題ない。貴方が死んだら会わせてあげてもいいわ。死んだらね」

「そいつは名案だがお断りだ。……つまり、人間と関わらせると不味い事情があるわけだ。理由があるなら聞いてやるぜ。納得したら大人しく引き下がるさ。さ、どんと話してくれ」

 

 燐香が不安定というのには、思い当たることがある。母親であるはずの、幽香の腹部を手刀で貫いた事。なぜあんなことをしたのか。そして、幽香も燐香の首を締めていた。凄まじい妖力を注ぎ込みながら。あれは一体どういうことなのか。分かる訳がない。だから気になる。

 そういうことも、チャンスがあれば本人に聞こうと思っていたのだが。魔理沙はとにかく知る事に貪欲である。知識欲は誰よりも旺盛なのだ。

 

「貴方が知る必要はない。とにかく余計な興味を持たないで。お願いだから」

「へへ、嫌だね。私は色々なことを知る為に魔法使いになったんだ。隠されると余計に知りたくなる。それに、そんなことを言う権利はお前にはないだろ。幽香ならともかく、お前はアイツの親でもなんでもないじゃないか」

 

 魔理沙がそう言い放つと、アリスの顔が一瞬だけ酷く歪む。ゾッとするような殺気が周囲に迸るが、直ぐに収まった。そして、アリスは人形のように表情がなくなった。凍りついた、という表現がもっとも相応しいか。

 衝かれたくない“モノ”というのは誰にでもある。それに触れてしまったため、本気で怒らせてしまったらしい。一言余計なのが悪癖なのは自覚しているが、どうにも直すことができない。だから、こういうときは素直に謝ることにしている。

 

「悪い、言い過ぎた。ごめん」

「……本当の事だから良いわ。そして、これ以上話しても無駄ということが分かったから、強引に排除することにする。死んでも悪く思わないでね」

「――げっ」

 

 いつの間にか背後に、アリスの人形が回りこんでいた。回避しようにも、箒に人形が纏わりつき邪魔をしてくる。

 

「おい、こんなの反則だろ!」

「誰が弾幕勝負をするなんて言ったのかしら」

「ちょ、ま――」

 

 スペルを発動する間もなく、容赦ない魔力弾が放たれ、魔理沙は撃墜されてしまった。弾幕ごっこなら、避けられない攻撃はルール違反だと文句をつけるところだが、今回はそんな話はしていなかった。単純に自分の油断が原因。魔理沙は汚れた服を手で払いながら、ふて腐れて帰る事にしたのだった。次は絶対に顔を拝んでやると心に決めて。

 

(……というか、なんでお見舞いするだけでこんな目に会わなきゃならないんだ? 割に合わないぜ。けど、絶対に諦めないからな!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、そんなこんなで叩き落されたってわけだよ。全部おまえのせいだ。さぁ、詫びを寄越せ」

「はぁ? なんで私のせいになるのよ。アンタが勝手にお見舞いに行っただけじゃない」

「お前の代わりにお見舞いに行ってやってるんだろ。感謝してほしいぜ」

「ふん、なんで私が妖怪なんかを見舞わなきゃいけないのよ。御札の一撃ならお見舞いしてやってもいいけどね」

「あーやだやだ。子供に庇われたのに、素直に感謝できないなんて。私は本当に悲しいよ。あーあ、情けない情けない」

「――くっ」

 

 魔理沙が全身を使って嘆息してやると、グラスをもったまま霊夢が視線を逸らす。

 こいつは本当に素直じゃないのだ。本当はお見舞いにいきたいだろうに、博麗の巫女という立場が邪魔をして身動き出来ない。面子とかプライドとか、そういうのが邪魔をする。

 妖怪の、しかも子供に庇われたという事実。命を救われてしまったことを素直に受け入れられない。霊夢の代わりに風見燐香は重傷を負って、瀕死に陥ってしまったのだ。霊夢はさぞかし焦っただろう。死なれでもしたら、どうしようもなくなってしまう。

 そういった色々な事情を汲み、魔理沙は代わりに行ってやることにしたのだ。少しは霊夢の気分が楽になるだろうから。

 

「う、うるさいわね。違うのよ。あれは、何かの間違いよ」

「間違い、ねぇ。ま、お前がそう考えてるなら別にいいけどさ」

「…………」

「…………」

「……で、ちょっとは会えたの?」

「まぁな」

「ど、どうだった? アイツ、ちゃんと生きてた? 怪我は大丈夫そうだった?」

 

 興味がないような素振りをしておきながら、身体を乗り出して聞いてくる霊夢。愛想もないし言葉遣いも汚いが、根は悪い奴ではないのだ。死ぬほど素直じゃないだけで。

 魔理沙の予想だが、霊夢はそのうち自分で様子を見に行くだろう。そして気まずい時間を過ごした挙句、罵倒して帰ってくるのだ。こいつはそういう奴だから。

 

「昨日、窓からちょっとな。ベッドで寝てたけど、ピースしてやったら元気に笑ってたよ。多分大丈夫だと思うけど」

「ふーん。そうなんだ」

「ぷっ。あははは! なんだその顔!」

 

 魔理沙は堪えきれずに噴出した。霊夢の何かを噛み潰したような顔が面白かったから。

 

「何がおかしいのよ! 失礼な奴ね!」

「いや、なんでもないさ。こっちのことだ。あー、酒が美味いぜ」

 

 霊夢が睨んできたので、慌ててグラスに口をつけて誤魔化した。

 

「なるほどねぇ。あの異変でそんな面白そうなことがあったなんて。咲夜、私もお前と一緒に行けばよかったかな」

「冥界の空気はお嬢様には相応しくありません。あそこは死者の世界ですから」

「私は全世界を支配する定めをもった女よ? どこだろうが何も問題ないわ。天界から地獄、果ては月までも支配する事ができる」

「流石はお嬢様です。この咲夜、恐れ入りました」

「かしこまる必要はないよ。お前は私の従者なのだから、胸を張りなさい」

「はい!」

 

 隣で先ほどから黙っていたレミリア・スカーレットと十六夜咲夜がアホな会話を繰り広げている。その横には、魔理沙が最近良く訪れている図書館の管理人もいるのだが、沈黙したままだ。というか、外に出たのを初めてみる。本当に出不精極まりない女なのだ。

 

「おい、そこの吸血鬼。勝手に私の家の酒を飲むんじゃない」

 

 霊夢は不機嫌そうにお馬鹿な主従を睨みつける。

 

「おかしいわね。だって今日は宴会のはずでしょう。客人をもてなすのはお前の義務だろう」

「私は誰も呼んでないわよ。というか、宴会なんてやると言った覚えもないのに、なんでこいつらは集まってんのよ! 私の家は花見会場じゃないってのよ!」

 

 博麗神社には、妖精やら妖怪やらがたむろして酒を煽っている。一体どこから集まってきたんだという感じだ。

 

「騒がしい奴だな。もっと心に余裕を持ったらどうだ」

「出て行けこの馬鹿共が!」

 

 霊夢が立ち上がって怒り出す。だが誰も聞いていない。騒がしくて、雑音に混じってしまっている。しかも酒が回っているから余計だ。霊夢が実力行使に出ても、多分事態は好転しないだろう。

 

「ははっ、妖怪神社に相応しい有様だな。おめでとう、妖怪巫女。将来は妖怪の旦那を迎えるんだろう? どんな子供が生まれるか楽しみだな!」

「……魔理沙。アンタ、全力のグーで殴られたいみたいね。今日は10発行くから歯を食い縛れ」

「ま、待てよ。旦那は冗談だけど、妖怪が多いのは本当のことじゃないか。人間がここじゃ希少生物だぜ」

「……否定出来ないのが悲しいわね。でも、ムカついたから一発殴らせろ」

「いてっ!」

 

 参加している人間は、魔理沙、霊夢、咲夜のみ。後は全部妖怪と妖精だ。どこからか酒や料理を持ってきたり、持ち出したりと非常に騒がしい。

 その中には八雲紫のような胡散臭いのまで参加している。霊夢の方を見ては、ニヤニヤと笑っているのが少し気色悪い。何を考えているか分からないが、どうせ碌なことじゃないだろう。目つきが怪しいし。

 

「お嬢様。こんな小汚い場所にわざわざ来なくても宜しいのでは?」

「おやおや。咲夜はここが気に入らないのか?」

「住んでいる人間が貧乏くさいせいか、少々饐えた臭いが致します。偉大なお嬢様には相応しくありません」

「ああ? お前の鼻がおかしいんじゃないの。この犬っコロが」

「あら失礼、つい本当のことを言ってしまいましたわ。心から謝罪いたします」

 

 全然謝っているようには見えない。頭も下げてないし。というか見下してるし。背丈は咲夜の方が上だ。

 

「謝罪にしては誠意が足りないんじゃないの? ほら、悪いと思うなら土下座しなさいよ。土下座」

「性格が悪いと、顔が醜くなるという話を聞いた事があるの。どうやら本当だったようね」

「ぶっ殺すぞ」

 

 ガンを飛ばしあう霊夢と咲夜。竜虎相打つみたいな題字をつけられそう。本気でこいつらが暴れると、ここは更地になることだろう。

 

「出来もしないことを言うのは止めなさいな。貴方は妖怪専門でしょう? 本気の私に敵う訳がないじゃない」

「ふん、この前見事に負けたくせに良く吠えるわね。今度は半べそ程度じゃすまさないわよ?」

「遊びと本気は違うわ。私が本気を出したら貴方は泣いちゃうでしょう? 泣き虫巫女なんて噂が立ったら大変。幻想郷の平穏のためにも、そうやって永遠に強がっていて頂戴」

「よし、全力で泣かす」

「やってみなさい」

 

 霊夢と咲夜がやりあっているのを、レミリアが心から楽しそうに眺めている。しばらく拳を繰り出しあっていた二人だが、宴会の騒がしさに我を取り戻したらしく、再び座り込んだ。勝負はお預けのようだ。

 魔理沙はなんだかアホらしくなったので、桜を眺めながら酒を楽しむ事にした。と、これでもう全部空っぽだ。

 

「霊夢、もう酒がないんだけど。どうしたらいい?」

「アンタたちのせいで、ウチにあった酒がすっからかんになったのよ。……まぁ、ちょっと持ってくるわ。八雲紫がなんだか沢山寄越してきたからね。一人じゃ飲みきれないぐらいあるのよ」

「なんだ。お前の酒じゃないのかよ。思わず感謝しちまうところだったぜ」

 

 魔理沙が呆れると、霊夢が何も問題ないと言い放つ。

 

「今は私のよ。だから、どんどんお礼を言いなさい。あとお賽銭もよろしく」

「それはまた今度な」

「咲夜。貴方も手伝ってあげなさい。ついでに適当に料理を作ってきて。小腹が空いたわ」

「ちょっと待ちなさい。勝手にうちの食材を使わないで。後で私が困るでしょうが!」

 

 食糧のことになったので、霊夢の表情が真剣になる。賽銭の収入が乏しいので、かなりの節約家なのだ。たまにキノコを土産に持っていくととても喜ぶ。現金な巫女である。

 

「紅魔館から持って来たのがあるから心配するな。あまりはあげるわ。ガリガリの巫女なんて私は見たくないからね」

「……それなら好きにしなさい。でも、台所を汚したら殺すわよ」

「私がそんなことをする訳がないでしょう?」

「それじゃあよろしくね、咲夜」

「承知いたしました。直ちに――」

「時を止めて作業するのはなしよ。風情がないからねぇ。私もお前を待つ楽しみを味わいたいじゃないか」

「……承知いたしました」

「こっちよ」

 

 霊夢が家の中に入っていくと、咲夜も無言でそれに続いて行く。

 両者の姿が見えなくなると、レミリアが押し殺した笑い声を漏らす。

 

「ククッ、堪らないねぇ。ねぇねぇ今の見た、パチェに魔理沙。いやいや、もう酒が進む進む!」

「ええ、全部見てたわよ。本当に趣味が悪いわね」

「ん? なんのことだ?」

「咲夜の嫉妬する姿だよ。私が霊夢に構うから、咲夜は嫉妬していたのさ。ああ、あの感情は実に私を潤してくれるよ。なんて愛らしい従者なんだろうね。一生この手で愛でてやりたい。いや、私は愛でるぞ!」

「……変態。うつるから近寄らないで」

「おやおや、パチェも嫉妬か? なぁに全然構わないよ。私の器は何千人、何万人だろうが受け止めるられるほどに大きいからね。遠慮なくどんと来るがいいさ。来るものは拒まないのがこのレミリアだ。さぁこい!」

「うるさいのよ、変態」

「確かに、見事なまでの変態だな」

 

 魔理沙は引いた。

 

「嫉妬の感情は人間も妖怪も変わらない。ククッ、それに霊夢にちょっかいを出すと、さっきからあの賢者が睨んでくるのも面白い。それも堪らない。素直じゃない霊夢は確かに愛らしいがね。いやぁ、幻想郷はまさに楽園だよ。なぁパチェ、こっちに来て正解だったろう」

「知らないわ。私は巻き込まれただけだし」

「一番ノリノリで準備を進めていたのはお前じゃないか。まぁいいか。過去を振り返っても仕方がない。……ところで魔理沙、私には夢があるんだが聞いてくれるかな?」

「なんでだろうな。あんまり聞きたくないんだが」

 

 知識欲旺盛な魔理沙だが、これはあんまり関わりたくない。知りたくないというか。

 

「いやいや、是非聞いてくれ。この幻想郷には瑞々しくて美味しそうな青い果実がたくさんあってだな。私はそれを全部味わいたいんだよ。嘗め回したり撫で回したり血を存分に吸ったりじっくりと弄んだりしたい。私の咲夜を奪われるのはいやだけど、他人のは欲しいんだ。だって私は悪魔だから。私は全部欲しいんだよ」

 

 クククと薄ら笑いを浮かべるレミリア。酔いが回っているようには見えない。つまり、これが素なのである。レミリアを止めてくれとパチュリーに視線を送るが無視された。誰にも止められないという意志表示だろう。

 

「へ、へぇ。そうなんだ」 

「ああ。当面の目標は霊夢だ。アイツの血を吸って下僕にした姿を、八雲紫にまざまざと見せ付けるのさ。さぞかし愉快で痛快だろう。次は風見燐香。我が妹フランの初めてのお友達。しかも風見幽香の娘だとか。あれも血を吸って下僕にしたい。フランがさぞかし嘆いてくれるだろう。私はその悲痛な姿を想像するだけで至福の気分に浸れるよ。嗚呼、愛しの我が妹よ!」

「……おーい。帰ってこーい」

 

 魔理沙が声をかけるが、レミリアの意識はあっちへ行ってしまっている。

 

「あとは白玉楼の魂魄妖夢だっけか? うん、あれも欲しいな。ついでにお前も欲しいぞ、霧雨魔理沙。ククッ、どいつもこいつも私が死ぬまで面倒をみてやろう。嫉妬だろうが色欲だろうが憤怒だろうが、どんな感情でも私は受け止めてやる。私は偉大な悪魔だからな! でも怠惰な奴はノーサンキュー。なぜなら怠け者は私だけで十分だからだ。分かったか!」

 

 腰に手を当てて、ふんぞりかえるレミリア・スカーレット。力で止めてくれそうな博麗の巫女様は現在離席中だった。

 

「誰かこいつを止めてくれ。私にはとてもじゃないが無理だ。常識人だからな」

「私も無理よ。変態の面倒を見るなんて本当に嫌だし」

「では、少しだけ味見をするとしようか。――大丈夫、痛いのは最初だけで、すぐに気持ちよくなる。エスコートは任せておけ」

「お、おい。よせ、この馬鹿! ちょっと、わ、私から離れろ! 止めろって!」

 

 魔理沙が助けを呼ぶ為に声を上げる。咲夜か霊夢が戻ってこないと対処できそうにない。この吸血鬼は我が儘だからだ。どちらかというと、フランドールの方が冷静に話ができるような気がする。というか、マジでやばい。冗談だとは思うが、普通に口から牙が覗いているし。抱きついてきた手を引き剥がそうにも、全く動かない。なんて馬鹿力だ!

 

「た、助けてくれ!」

「――お困りのようね、魔理沙。少し静かにさせましょう。どうも聞き捨てならないことを言っていたようだしね」

「八雲紫か。無粋な奴だな。一体なんの用だ――って、ぎゃああああああああああ!!」

「少しは目が覚めたかしら」

 

 夜だというのに、レミリアの頭から赤い光が照射されている。スキマが開いているらしい。多少加減しているのか、日光は夕陽のようだ。それが加減していることになるのかはしらないが。だって同じ太陽だし。

 

「ばたんきゅー」

 

 レミリアは口から煙を出すと、そのままバタっと倒れてしまった。パチュリーがご臨終ですとばかりに拝んでいる。面白い連中だ。

 

「なぁ、お前は仏教徒じゃないだろ」

「こういうのは気の持ちようなのよ。ようやく静かになって清々したわ」

「だけど助かったぜ。ありがとうよ」

 

 胡散臭い妖怪だが、一応感謝しておく。

 

「お気になさらず。全く、あちらこちらに手を出そうとするのは頂けないわ。咲夜ちゃんが可哀相でしょうに」

「手を出したときの各人の反応を楽しんでいるから、余計に手に負えないのよ」

「はぁ。難儀な性癖ね」

「そこでお願いなんだけど、妖怪の賢者。これ持って帰ってくれない? 紅魔館の当主は妹様に継いでもらうから。吸血鬼だけあって結構力持ちだから、雑用ぐらいはできると思うけど」

 

 かなりひどいことを言っているが、レミリアは口から泡を吹いたままだ。特に同情する気にはなれないので放っておく。

 

「ウチも間に合っています。それでは、私は戻りますわ。ごきげんよう」

 

 そういうと、扇子を口に当ててゆらゆらと浮きながら式神の元へ戻っていく紫。実に良く分からない妖怪だ。だが、実力者なのは間違いない。そして、霊夢に興味津々らしい。吸血鬼に謎のスキマ妖怪。霊夢は本当に碌でもない連中に目をつけられるらしい。

 

「あ、そうだ。パチュリーは、あの人形遣いと仲が良いんだろ?」

「アリスのことかしら。まぁ、数少ない友人の一人ね」

「だったらさ、ちょっと間を取り持ってくれよ。アイツ、私をやたらと敵視してくるんだ。話もできなくてさ」

「……そうなの? アリスが理由もなくそんなことをするとは思えないけど。彼女は無意味に敵意をばら撒いたりしない。幻想郷における、数少ない人格者だもの」

 

 パチュリーが怪訝そうな表情をする。これはお願いできそうだと思ったので、事情を説明する事にした。

 

「いやぁ、実はさ――」

 

 春雪異変でのこと、白玉楼で起こったこと、今日撃墜されたことなどを大体説明し終えると、パチュリーは一言だけ発した。

 

「諦めなさい」

「おい。長々と人に話をさせておいて、それはないだろ」

「貴方の長所はその行動力と執着心、そして貪欲な知識欲。それが貴方の魔法使いとしての原動力となっている。それを奪う気はない。だからといって、何にでも首を突っ込んで良いという免罪符でもない」

「そりゃそうだけどさ。お見舞いするのがそんなに悪い事か?」

 

 魔理沙が頬を膨らませると、パチュリーが苦笑する。

 

「本心は、それだけじゃないのでしょう? だって、貴方は風見燐香の無事を、昨日その目で確認しているのだから。その上で、私に仲を取り持つように依頼している。それは何故かしら?」

「い、いや、それはその」

 

 完全に見透かされている。西行妖の一件でのこと。燐香の正体と風見幽香との歪な関係。それを知りたいという気持ちはある。何かしたいわけじゃなく、どういうことなのか知りたいだけ。相手からしたら良い迷惑だということは分かっている。だから、見舞いがてら様子を見るぐらいで最初は収めるつもりだった。だが、最初の一歩すら許されないから納得がいかない。

 

「知りたいという欲望に素直なのは構わない。魔法使いである私には、貴方の気持ちが良く理解できる。ただ、アリスにはそれを認められない事情があるのでしょう。故に、私はどちらかに肩入れするつもりはない」

「……それはどうしてだ?」

「貴女とアリス、両方とも友人だと思っているからよ。どちらかを失うという選択肢はとりたくないの」

 

 あまりに素直なパチュリーの言葉に、魔理沙は言葉を失った。恥ずかしいという意味で。

 

「……あのさ。そういうのは、なんというか、オブラートに包んだ方がいいと思うぜ。素面じゃなくても相当恥ずかしい」

「貴方が興味を持っている風見燐香がね。友達と思ったらもう友達なんだと言ったのよ。資格や条件など必要ないと。そう言って妹様と友人になった。実に分かりやすいので、それを採用させてもらったの」

「なるほど、それは実に良い話だなぁ。じゃあ、私も私の信じる道を行くとするか!」

 

 魔理沙が酒を一気に飲み干すと、パチュリーが注いでくる。意外と気配りができる女なのだ。

 

「止めても無駄でしょうし、好きにしなさい。――ただし」

「なんだ? まだありがたいお話があるのか?」

「……無知は罪ともいう。そして、知らなかったでは済まないことがある。貴方が取り返しのつかない失敗をしないことを、心からお祈りするわ」

「……お、おい。縁起でもないことを言うなよ。本当に寒気がしたぜ」

「脅しているのだから当然でしょう」

「だから止めてくれ。お前が言うと洒落にならん」

 

 本気で背筋にヒヤリとしたものが流れた。無知は罪。だから魔理沙は多くを知ろうとしているのだ。つまり、今のままで何も問題ないということだ。そうだよな?

 

 ――と、そこにレミリアとは違う意味で鬱陶しい奴が現れた。先ほどまでは、八雲紫に接近していた天狗の射命丸だ。新聞勧誘に命をかけるはた迷惑な妖怪である。

 

「毎度お馴染み射命丸文でございます。この暖かい陽気に寒気とは聞き捨てなりませんね。是非、その理由を教えてはいただけませんか?」

「主にお前が来たせいだと思うぜ」

「いやはや、これは一本とられました。それに、これはこれは。珍しい事に紅魔館の魔女さんもご一緒ですか。いやぁ、お二人は仲が宜しいんですねぇ。できたら馴れ初めなどお聞かせいただけませんか?」

「面倒だから嫌よ」

「紅霧異変で知り合った。以上」

 

 魔理沙が一言で斬って捨てると、文は心底がっかりして嘆息してみせる。わざとらしいので、ただの演技だろう。

 射命丸はへりくだる態度ばかり取る天狗だが、その実力は相当なものだ。内心ではこちらを馬鹿にしているのだろう。それが天狗と言う種族の特徴だ。

 

「あのですね。それじゃあ記事になりませんよ。……というかですね、今回の異変もいまいちハッキリしないんですよ。どうせなら、西行妖に満開になってもらいたかったものを。『残念ながら満開になりませんでした、異変は解決してめでたしめでたし』じゃ、盛り上がりに欠けるんですよね! 分かりますか!?」

「そう言われても私は知らないよ」

「でもですねぇ。何かがあったのは分かっているんですよ。でも皆さん口がとってもお堅い! 霧雨魔理沙さん! 是非教えてください! 一部始終、一から百まで全て! あますことなく私に教えてください!」

「春が来たんだから異変は無事解決、それだけじゃないか。何か問題があったっけか」

「そうやって誤魔化すつもりですね? 私が何も知らないと思って! ちょっと私の愚痴を聞いてもらえますか?」

「聞きたくないけど、少しぐらいなら。聞かないとしつこそうだし」

 

 文が手酌で酒を注ぐと、一気に飲み干してから懐から何かを取り出す。どうやら写真らしい。

 

「これを見てください。これって、西行妖と風見燐香ですよね? そして、その先にいるのは霊夢さんと幽々子さん。どうしたらこういうシチュエーションになるんですか? 教えてください!」

 

 文が見せてきたのは、西行妖の放った弾幕から、霊夢を庇おうと射線上へと飛んでいく燐香の姿。それを遠景で撮ったもののようだ。

 

「なんだ、これ? どうやってこんな写真を……」

 

 アングルがおかしい。こんな角度から撮影できるはずがない。そこには誰もいなかったのだから。魔理沙からすると、そっちの方が摩訶不思議である。

 

「……へぇ。これが咲夜が話していた例の妖怪桜。なるほどね、実に忌まわしい」

「パチュリーさん。忌まわしいとか忌まわしくないとかはどうでもよいんですよ。これ、特ダネの臭いがプンプンするじゃないですか。間違いなく何かあったんですよ。でも、何が腹立たしいかって、この写真を寄越した奴が! その価値を! 全く! これっぽっちも、一ミリも理解してないことなんですッ! どうして記事にして公表しないのか! 私には理解できませんよ!」

 

 魔理沙はあのときのことを思い出す。文の話からすると、身内の誰かが撮ったらしいが。あの現場に、天狗なんかいたか? 色々あって気付かなかっただけかもしれないが、こんなタイミングばっちりの写真なんか取れるだろうか。そんな場所にいたら、まず見つけられると思うが。やっぱり摩訶不思議だ。

 

「で、その写真どうするんだ?」

「他人の写真を使って記事にするほど落ちぶれてはいません。全く、あの女は本当に馬鹿なんですよ。最近ヤケに活き活きしてると思ったら、肝心の新聞はさぼってるし。それでいてこんな特ダネ写真を密かに撮ってるんです。しかも能力が上がったとか自慢までしてきやがって! ああ、本当に頭にきますね!!」

 

 文が大声で激昂する。アイツというのが誰かは分からないが、同じ天狗の仲間だろう。記者同士というのも色々とあるのかもしれない。ライバルというやつだ。

 

 魔理沙も霊夢をライバル視している。向こうは絶対にそう思っていないだろうが。パチュリーの言葉ではないが、自分がそう思っているならばそれで良いのだ。大事な友人でもあるが、最大最悪の強敵でもある。いつの日か、完膚なきまでに叩き潰すのが魔理沙の夢であり野望でもある。背中を追う人間の気持ちと言うのを、霊夢にも思い知らせてやりたい。それが、誰にも知られたくない魔理沙のドス黒い本心なのである。

 

「まぁまぁ、落ち着いてもう一杯飲めよ。ほら」

「ありがとうございます、魔理沙さん。もう、飲まなきゃやってられませんよ。風見燐香は良いネタになりそうなんですけどねぇ。アレ関連は命に関わるんで、探るなら覚悟が必要なんですよ。そこまでして空振ったら泣くに泣けませんし」

「そりゃどうしてだ」

「母親が恐ろしすぎて手が出しにくいんです。太陽の畑は恐ろしい罠だらけですし。多分、あの娘のネタはアイツに独占されるんでしょうねぇ。そして一流のネタが、恐ろしくつまらない記事にされてしまうんです。嗚呼、私はそれが悲しい!」

 

「そ、そうか。そりゃ大変だな」

「そうなんですよ! 分かってもらえて嬉しいです!」

 

 それから射命丸文の愚痴が延々と続くかと思ったが、天狗というのは気分の切り替えが早いらしい。

 霊夢が戻ってきた瞬間、態度を変えて密着取材を始める始末だ。足蹴にされてもくっついてインタビューする根性。先ほどまで凹んでいたというのに、天狗と言うのは実に逞しい。魔理沙もそこだけは見習っていこうと思った。

 


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