ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第四十話 絡まり始めた糸

 珍しい事に、フランが二日続けてやってきた。相当暇だったらしい。フランと話すのは楽しいので、いつでもウェルカムである。メリケン風なボディランゲージで歓迎の意思を表わしたら、フランがとびついてきた。美鈴に背中を掴まれて阻止されていたが、じつに腕白娘である。引き篭もっていたとはとても思えない。

 

 一方の私はといえば、未だにベッドの上から動くことを許されない。トイレとかお風呂は大丈夫だけど。目を離すとフラフラ出かけそうだからと、相変わらず人形が見張りについている。厳しい。そろそろ許してほしい。

 実は、こっそり外の空気を吸おうと、匍匐前進で脱走を試みたのだが、三歩進んだところで見つかった。なるほど、これが三歩必殺なのか。大脱走大失敗。こういうことをしているから許してもらえないのかも。

 

「アリスさん、頼まれていた物は間違いなく買って来たつもりです。一応確認してくださいね」

「ありがとう。お代はこれで。手間賃も入っているから」

「別にいりませんよ。いつも妹様がお世話になっていますから」

「気持ちは嬉しいけど、そういう訳にはいかないわ。こういうことはきっちりやらないと」

「こちらこそそういう訳にはいきません。お嬢様から代金は受け取るなとキツく言われていますし。申し訳ありませんが、絶対に受け取りませんよ」

 

 美鈴はアリスになにやら荷物を渡している。食料品の買出しを依頼していたようだ。代金の受け渡しで揉めているが、美鈴は意外と強情だった。結局、私のお見舞いということで今回はアリスが折れたようだ。さすがは門番、ガードの固さには定評がある。

 

 ……実は、アリスが人里に買出しにでかけたら、こっそり抜け出そうと機会を窺っていたのだけど。思考パターンを完全に読まれていたらしい。流石はアリス、私の行動などまるっとお見通しである。

 こうなったらフランを巻き込んで説得に当たるとしよう。持つべき者はフレンドだよね!

 

「フランからも言ってくれませんか。私は動きたくて死にそうなんです。このままじゃ寝たきり地蔵になってしまいますよ」

 

 なんのご利益もないお地蔵様。祈ると快眠できるかもしれない。主に私が。

 

「うーん。鏡で自分の顔は見たの? 私は見たことないけど」

「歯磨きのときに見ましたけど。別に普通でしたよ」

 

 吸血鬼は鏡に映らないというのは本当らしい。魂の結びつきが弱いからとかなんとか。それって結構不便な気もするけど、本人が気にしていないのだから問題ないか。

 ちなみにさっき鏡を見た時は、いつも通り愛想のない小憎らしい顔があるだけだった。思わず引っ叩きたくなる。髪の色以外幽香そっくりだから。そのくせ、妖力や膂力は幽香に勝てないというのだから嫌になる。どうせ似るなら、そこらへんも完全にコピーさせろというのだ。

 

「あちゃー。自覚症状がないなら、相当重症だよ。うん、今日も大人しくしてた方が良いと思う。口調は元気そうなんだけど、その顔色はちょっと引くよ」

「私がお母様に似ているからですか? 悪魔っぽいです?」

「ううん、そうじゃなくて」

 

 フランが私の顔を両手で挟んでくる。すべすべしていて柔らかい手である。いわゆる、子供の手。

 

「今血を吸ったら、本当に死んじゃいそうな顔してるよ。昨日に増して、本当に死人みたい。だから、私も吸いたいけど我慢してるんだよ」

「あれ、まだ諦めていなかったんですか」

「うん。いつか必ず吸うつもりだけど、当分は控えておくよ。それより、軽く遊ぼうか。ちょっと頭を使えば、眠くなるんじゃない?」

「かもしれませんね。暇で暇で暇で死にそうでしたし」

「ベッドから動かずに遊ぶとなると。やっぱりカードかなぁ」

「カードゲームからボードゲームまで、アリスは結構持ってますよ」

 

 アンティークとして、香霖堂とかでたまに買い集めてるらしい。中々良い趣味である。遊べるし、見ていても楽しいし、飾ってもOKなものもある。アリスに見せてもらったのは、初期の人生ゲームやら、軍人将棋、年季の入ったバックギャモンとか、謎のモノ○リー。謎というのは、イベントマスやイベントカードに書いてある言葉が理解できないので、全く楽しくないのである。何語かすら分からない。造りはやけに精巧なので、いつか翻訳したい。もしかしたら闇のゲームかも。

 

 ちなみに、アリスはチェスを得意としているが私は大の苦手である。将棋的思考しかできないから、軽く捻られる。なのにアリスは将棋も鬼強い。一度も勝てていない。必勝を期した居飛車穴熊もジワジワと嬲り殺しにされてしまった。恐るべしアリス。

 

「それじゃあ、トランプを二つ合わせた地獄の神経衰弱とか?」

「それは、凄いしんどそうですね。後片付けも含めて」

 

 考えるだけで億劫になるゲームだ。フランは4つまで合わせてやったことがあるらしい。色々な意味で凄い。

 

「一人でやると記憶力の鍛錬になるんだよ。凄く空しいけど。暇つぶしにはなるね」

「その時の気持ち、私には良く分かります」

「やっぱり?」

「はい」

 

 フランと握手。そこで、ふと良いことを思いついた。せっかくだから、あの謎のモノ○リーを改造してしまおう。といっても、駒と紙幣を借りるだけだから、アリスにも怒られない。マップは手書きで作り上げよう。地図の見本は私の幻想郷お楽しみ帳がある。

 

「良いことを思いつきました。フラン、モノ○リーは知ってますか?」

「うん、知ってる。パチュリーから借りたことある。でも一人だと楽しくないよね、百回ぐらいはやったかな。いつも勝つのは私だから全然面白くなかった」

「……それは、そうでしょうね」

 

 聞いていると涙が出るので止めて欲しい。ボッチだった私にも大ダメージだ。美鈴もハンカチで涙を拭っているし。だったら遊んでやれよと思うが、門番の仕事もあるし、色々な事情があったのだろう。今は落ち着いているが、昔のフランは相当ヤンチャだったらしいし。

 

 さすがの私も、一人モノ○リーはやったことはない。手作り人生ゲームを焼却処分された苦い想い出があるからだ。散らかすと幽香に怒られるし。玩具ぐらい良いじゃないかと目で反論すると、勘付かれて殴られた。ムカついたので、燃やされた手作り人生ゲームの燃えカスを幽香の部屋のゴミ箱に突っ込んでおいたら、更に殴られた。しかし焦げ臭さをお見舞いする事には成功したので、あの勝負は引き分けだろう。うん。

 

 そういうわけで、私の部屋は結構殺風景。余計な物はあんまりない。玩具もないし、漫画もない。鞄とか服とかほとんど実用品しかないのだ。彩りといえば、花の鉢植えが数個あるくらいか。幽香がいつの間にか部屋に設置したのだ。香りは爽やかで気分は良くなるが、あの家にいること自体が気分が悪いので相殺されてしまうのだった。

 あの部屋は、私のベッドがなくなれば、すぐに倉庫に転用できる。つまり、私はいついなくなっても大丈夫なのである。

 ――それはともかくとして。

 

「フラン、一緒に幻想郷版のモノ○リーを作りましょう。いや、著作権的に色々とまずいので、幻想郷征服ゲームと名前を変えましょう。傑作ができたら販売して一儲けするというのも手ですね。ガッポガッポです」

「なにそれ。凄い面白そう!」

「ここに、あまり上手ではない幻想郷の地図があるんです。これを別の厚紙にもっと綺麗に転写して、マスを沢山作ります。それで、マスに色を塗って、土地の値段を書いていきます。基本的には、このマスを一杯買い占めて、期限内に資産を増やした人が勝者です。ルールは当然そのまま!」

 

 人里、冥界、マヨヒガ、天界、地獄、博麗神社などがエリアである。イベントカードとか作るのは楽しそう。あまり酷いのを作ると、自分が喰らうのでほどほどにしないといけない。

 

「いいねいいね! あのね、私速攻で紅魔館を潰したいんだけど、撤去コマンドはあるの? 焼却でもいいんだけど!」

「じゃあイベントカードとして作りましょう。綺麗な更地にして、新しい建物を建てられるようにしましょうか」

「やった! パチュリーは可哀相だから『図書館』も作れるようにして引越しさせてあげよう。咲夜と小悪魔は私の従者にするから問題なし! アハハ、さようならお姉様!」

 

 フランは大喜びだった。愛憎入り乱れているなぁと私は頷いておく。

 

「あ、あのー妹様。私は?」

「美鈴は犬小屋でいい? 凄い豪華な犬小屋。ちゃんと用意するよ!」

 

 何故犬小屋なのか。それはフランにしか分からない。美鈴の顔は引き攣っている。

 

「せ、せめて普通の小屋にしていただけませんか?」

「門番のくせに我が儘だね。じゃあ門だけ残しておいてあげるから好きにしなよ。門が好きなんでしょ?」

「いえ、別に門が好きなわけじゃ」

「よーし、じゃあ早速作ろう! 紅魔館エリアのここはお姉さまのお墓にしてと」

 

 どこからか厚紙とペンを勝手にもってくると、いきなり紅魔館エリアに十字架を描き始めるフラン。よりによって十字架のお墓である。レミリアが見たらさぞかし怒る事だろう。まぁ楽しければいいか! ゲーム性などというのもは後で調整すればよいのである。今は作ることを楽しむべき!

 

 というわけで、私も太陽の畑を書く事にした。ここはいわゆる罰ゲームゾーン。転移マス、或いはその類のイベントカードを引いた場合、ここのエリアに飛ばされる。脱出マスに止まるまで、延々と支払いを続ける事になる地獄の周回エリアである。私の塗炭の苦しみを正確に表すことができそうだ。うっかり幽香の家にとまると、高価な代金を支払わされた上で一回休み。これも当然である。

 

「うーん、妖怪の山って何があるのかな」

「天狗の里とか、河童の住処じゃないですか? 山童とかもいるらしいですよ」

 

 陸にあがった河童が山童だ。サバゲーしたりしているらしい。陸戦型ズゴックみたいな感じ? 何か違うか。

 

「なるほどなるほど。燐香って結構物知りなんだね」

「ふふん。幻想郷の雑学王を名乗れるかもしれません」

「で、どうしてそんなこと知ってるの?」

「ふふ、天啓です」

「すごい嘘くさい!」

 

 ――こんな感じに賑やかに時間は過ぎていく。

 アリスにいい加減に止めろといわれるまで、私とフランの共同作業は延々と続いた。日が暮れるまで頑張った甲斐もあり、もう殆ど完成といって良い感じである。ぼっちと引き篭もりの集中力は凄いのだ。しかもフランは四人に分身して作業していたし、美鈴も途中から色塗りに手伝ってくれた。

 

 私も負けじと身代わり君を出してみたが、糞の役にも立たなかったので放置しておいた。簡単な命令しか実行出来ない役立たずである。お化け屋敷においたらいいかもしれない。肝試しとか。

 美鈴は、身代わりの精巧さを一応褒めてくれていたけれど、顔はちょっと引いていた。フランは試しにと噛み付いていたが、当然血など出るわけがない。滅茶苦茶がっかりしていたので、ちょっとだけなら吸っても良いですよと言ったら、アリスに怒られた。

 

「全く、自分の体調を考えて物を言いなさい」

「いや、吸わせると言っても、指先の血ですよ。それぐらいなら良いじゃないかなぁって」

「駄目よ」

 

 アリスに一蹴されてしまった。

 

「ごめんね、フラン」

「いいよいいよ。我慢した方が、先の楽しみが倍になるし! 心ゆくまで吸うから楽しみにしててね!」

 

 なんだか恐ろしいことを言っている気もする。私は聞き流す事にした。

 

「で、皆で何をしていたかと思ったら、これを作っていたのね」

「凄いでしょう。中々良い出来だと思います」

「確かに、細かく描けてるけど。……紅魔館エリアが、やけに前衛的な気がするわね」

 

 アリスが紅魔館エリアをジッと眺める。そこだけ書き込みが半端ないのだ。フランが心血注いだだけはある。

 

「そう? まだまだ甘いと思うけど」

「十字架に教会は良いとして、対レミリア用ヴァンパイアハンター生産基地とか意味が分からないんだけど」

「そのマスにとまると、レミリアお姉様が本当に死ぬの。凄いでしょう!」

「……止まった人の利点は、何かあるの?」

「そんなのないよ。私にはあるけど」

「そう。まぁ、好きにしなさい」

 

 アリスはさっさと諦めたようだった。私も何かメリットかデメリットをつけたほうがと言ったが、フランは聞き入れなかった。このマスに止まった場合、フランが実際に攻撃を仕掛けに行くという闇のゲーム仕様。どうしてこうなった。

 じゃあ私も真似しようかなぁと思ったけど、『今すぐ風見幽香の討伐に向かう。風見燐香が』とか書かれたら、とても困る。それって、私への罰ゲームじゃん!

 

「ふぅ」

 

 私は一息つく。ちょっと身体がだるい気もするが、顔には出さないようにする。

 

 アリスは人形の作成や家事で忙しく動き回っていた。私につきっきりのため、仕事が溜まっていたらしい。フランと美鈴が今日来たのは、もしかしたらアリスが頼んだのかもしれない。早く楽になってくれるといいのだけど。私のために自分の生活を犠牲にするなど、もっとも無意味なことである。そう思うなら、自分から断れという話だけど、それができない私は救いようがない。アリスの優しさに甘えているだけ。本当にこれで良いのだろうか。なんだか頭が混乱してきた。吐き気がこみ上げてくる。

 

「大丈夫? 大分疲れたみたいだけど」

「もちろん大丈夫ですよ。ずっと同じ体勢で疲れただけです」

「ごめんなさい。凄い楽しかったから、気付かなかった。本当にごめんなさい」

 

 フランが顔色を変えて謝ってくる。私は気にしないでと手を振って、そのままベッドに横になった。確かに、少し疲れているらしい。それだけ集中できたという事だ。その分完成度は折り紙つき。

 

「次に来たら一緒に仕上げましょう。完成したら、皆で遊びましょうか。一位は私が頂きますよ」

「う、うん。次は、もっと元気になっててね。約束だよ」

「ええ、分かりました」

 

 急に元気がなくなったフランを更に励ました後、私は静かに眠りについた。眠りといっても、仮眠のようなもの。そのつもりだったのだが、結局深い眠りとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ――アリスの家に来て以来、いや、誕生してから最大の悪夢を味わった後、私は布団を払いのけて飛び起きた。どれだけ寝ていたのだろうか。首を何度も振り意識を覚醒させた後、両手を見る。赤い液体はついていなかった。近くには、アリスの気配もある。

 と、あまりに乱暴に飛び起きたため、アリスが呆然としている。ずっと近くにいてくれたのだろうか。これはなんとか誤魔化さなければ。

 

「……お、おはようございます。あはは、ちょっと夢見が悪くて」

「…………」 

 

 アリスは私の顔を見て、言葉を失っていた。寝起きだから、相当面白い顔をしていたのだろう。

 

「大丈夫ですか、アリス。お化けでも見たような顔をしていますよ」

「早くこっちに来なさい!」

 

 すぐに抱き寄せられると、そのまま居間のソファーへと寄りかからされた。何か薬のような物を飲まされる。それからは人形達が寄り添ってくれたので、なんだか楽しかった。

 少し経つと、いつもの調子に戻ったので、美味しいご飯を頂いた。アリスはずっと私の様子を観察していた。まだ顔が変だっただろうか。そういえば、途中で鏡を覗いたら、やけに目が黒く濁っていた気がする。私の目はこんな色だったっけか。まぁどうでもよいことだ。髪の色も赤黒かった気もする。きっと寝起きで見間違えたのだろう。うん。

 

 ちなみに、悪夢と言うのは、私が嫉妬に狂ってアリスを殺してしまう夢だった。自分にないものを全て持っている完璧なアリス。私は彼女になりたいと思った。思ってしまった。だけど、アリスはここにいる。

 ならば、とって代わってしまえと、誰かが呟いたのだ。甘く暗い声色で囁いた。私は必死に止めようとしたが、身体が全くいう事を聞かない。悲鳴を延々と上げる私。そして、それを実行に移してしまったところで目が覚めた。最後に見た私の両手は、真っ赤に染まっていた。

 ……本当に恐ろしい夢だった。これが絶対に現実になることはないのが幸いだ。アリスは冷静で優秀な魔法使い。私のような半端者がどうにかできるような相手ではない。だから、本当に良かった。

 それに、アリスを殺すくらいなら、私がいなくなるのが当然のことだ。命に軽重はないと偉い人が言ったらしいが、この世界ではそれは間違っている。だって、ここは楽園じゃないのだから。いや、楽園などどこにも存在しないのだろう。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 ――今日は、アリスの家に泊まってから3日目だ。外は凄く良い天気。昼寝をするにはとても良さそうな陽気である。

 さて、どうやってベッドから逃げ出そうかと考えていたら、妖夢が見舞いの品を持ってやってきた。アリスは、玄関で別の客人の相手をしているようでここにはいない。最近のアリスの家は千客万来で大忙しだ。

 妖夢には白玉楼でお世話になったので、早速お礼を言う事にする。私はベッドの上に正座し、平伏する。妖夢は庭師だけど、剣を持っているから侍だ。しかも二刀流。そして侍と言えば土下座。誠意を見せるにはこれしかない!

 

「この前は本当にご迷惑をお掛けしました。どうか非礼の数々をお許しください。この通り反省しています」

「や、やめてください! そんなことをされたら、私が幽々子様に怒られます! いいからやめて!」

 

 泣きそうな顔をした妖夢に、強引に起こされてしまった。

 と、私は半霊に目を奪われる。これが幽霊なのかぁと、ツンツンしたくなる。でも迷惑だろうから自重する。

 

「わざわざ来てくれてありがとうございます。でも、この通り元気なので、もう大丈夫ですよ。幽々子さんにも、お気遣いいただき、ありがとうございましたとお伝え下さい」

「えっと、その。そういう訳にもいかなくてですね」

「?」

「実は、ちょくちょくこちらに窺う事になりました」

「それは、どうしてです?」

「幽々子様は、貴方に庇われた借りを返したいのだと思います。ですから、私は貴方の鍛錬のお手伝いをします。聞くところによれば、アリスさんのもとで武者修行をしているとか。私も色々協力できると思いますよ!」

 

 鼻息荒く、自分の胸をドンと叩く妖夢。なんというか、嬉しいけれど、非常に心苦しい。

 

「いえいえお気遣いなく。冥界からわざわざ来るのも大変でしょうし。お気持ちだけで結構です」

「そういう訳にはいきませんよ。アリスさんと風見幽香さんの許可は頂いていますし、何の問題もありません」

「え。お、お母様が?」

「はい。ちゃんと許可を貰いましたよ」

 

 アリスはともかく幽香まで許可を出した? 信じられない。まさに青天の霹靂だ。これは一体どういうことだろう。

 ……あ、そうか! 私が帰ってきたらぶち殺すつもりだろうから、それまではどうでも良いということだろう。つまり、私の命は、後4日なのだ。うん、実に恐ろしい。やばい。手が震えてきやがった! 武者震いではなく、当然怖気づいているだけである。

 どうするかといっても、どうしようもない。逃げる場所なんてもうないし。そもそもアリスの監視が厳しくて逃げ出せないし。もう先のことは考えたくない。今が楽しければそれで良いのである。私は宿題を放置する夏休みの小学生になりきることにした。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「え、ええ。大丈夫ですよ。問題ありません。でも、鍛錬の手伝いと言っても」

「幽香さんからは、武器を使った戦闘や、実戦的な弾幕勝負について教えろと指示されました。……ここだけの話、最初に話しかけたときはお化けより怖かったです。視線で殺されるかと思いました」

 

 そう語る妖夢の顔は青褪めている。幽香は花畑に来た人間や見知らぬ妖怪は問答無用で追い返している。聞き分けのない場合は、それなりに痛めつけてだ。

 太陽の畑には、たまに勇気があるというか、無謀な馬鹿者がやってくるのである。スルーされるのは妖精さんぐらいなものだ。

 つまり、いきなり攻撃されなかった妖夢は非常に幸運なのである。

 

「分かりますよ。あれはお化けなんてものじゃなくて、悪の大魔王なので。いつか封印しなければなりません」

「でも、燐香のことをとても心配していたと思うけど。なんだか元気なさそうでしたし」

「あはは、それは絶対にありません。私が死んだら大喜びで肥料にすることでしょう」

 

 私が強く言い切ると、妖夢は口ごもる。フォローしてくれようとしているのだろうけど、無理なのである。だって事実だから。

 

「これは、言っていいのかな。えっと、幽香さんだけど。実は――」

 

 妖夢が何かを言おうとしたとき、アリスが早足で部屋に入ってきた。素早い動きなのに、お盆に載せた紅茶が零れていないのは凄い。今すぐにメイドになれそう。

 

「これ、妖夢が持ってきてくれた最中よ。紅茶も用意したから、早速頂きましょうか。美味しそうよ」

「……アリスさん」

「妖夢。手伝ってくれるわよね?」

「は、はい」

 

 妙に迫力のあるアリス。何かあったのだろうか。良く分からない。なんにせよ、最中は楽しみである。たまには和菓子というのもいいものだ。しかも箱を見る限りすごい高級そう。私は甘いものが大好きなのだ。

 それにしても、こんなに幸せな生活を謳歌していて良いのだろうか。色々な人が来てくれるから、そんなに退屈じゃなくなった。無理して外にでなくてもいいかと思い始めてしまっている。あと4日間、のんびり過ごすのも悪くない。

 

「……ん?」

 

 ――ふと窓を見ると、ニヤリと笑いながらピースをしている白黒魔法使い、霧雨魔理沙の姿があった。箒に跨って、ホバリングしている。その顔は悪戯めいた笑みが浮かんでいる。私が手を振ると、白い歯を見せてニコッと笑ってきた。なるほど、これは惹き付けられるのが良く分かる。さすがは主人公。三国志でいえば、魅力100の人たらしである。

 

「どうかしたの、燐香」

「いえ。魔理沙がそこに」

 

 私が指を差すと、アリスの形相が今までにないほど険しくなる。いつもは優しい目なのに、今は敵意がありありと浮かんでいる。

 

「……あの馬鹿が。大人しく帰れと言ったのに」

「アリス。さっきのお客さんは、魔理沙が来ていたんですか?」

「ええ。別に知り合いでもなんでもないから、すぐに追い返したけど。パチュリーの話によると手癖が悪いらしいから、興味をもたれたくないのよ。迷惑だから」

「や、やけに冷たいですね。同じ魔法使いなんだから、もっとフレンドリーに――」

 

 このぐらいの時期に仲良くなってないと、永夜抄で不味い気がするんだけど。この前の春雪異変のときは、それなりに打ち解けていた印象があるのに。一体どういうことだろう。よく分からない。

 

「必要ないわ。魔法使いだからって、馴れ合わなければいけないルールはない。すぐに追い払うから気にしないで」

 

 アリスは舌打ちしてカーテンを閉めると、呪文を詠唱し始める。すると、外から爆音と悲鳴のようなものが聞こえてきた。一体何をしたのだろうか。

 カーテンを開けて外を確認しようとしたら、上海人形に制止された。

 

「ア、アリス?」

「人形を遣って追い払っただけよ。妖夢、もしこのあたりでアレを見かけたら問答無用で追い払って。お願いね」

「わ、分かりました。私にお任せ下さい。この剣にかけて近づけさせません!」

「宜しくお願いね。時間を稼いでくれれば、私もすぐに援護するから」

 

 誰にもそれなりに優しいアリスにしては、珍しいほどに冷たい対応だ。うーん、魔理沙とアリスはもっと仲良くなるはずなのに。春雪異変が終わったんだから、アリスの家にちょくちょく来ていてもおかしくない。というか、今来てたし。

 私のせいだろうか。ならばフォローしなければ。アリスと魔理沙、そしてパチュリーが揃ったお茶会を私は是非見たいのだ。三人の会話は聞いているだけで楽しいだろうし。

 

「あの、別に入れてあげても良いと思うんですけど。先に注意しておけば勝手に物を盗ったりしないでしょうし」

 

 もしかすると、アリスが厳重に封印しているあのグリモワールを取られることを恐れているのだろうか。流石の魔理沙も、あれを盗っていったりはしないと思うけど。図書館のアレはじゃれあい見たいなもので、本気で憎まれるようなことをするようには思えない。

 

「駄目よ。霧雨魔理沙をこの家に入れることはできない。というより、関わらせたくないの」

「どうしてです? 彼女も魔法使いだし、弾幕勝負はとても強いということですし、私も是非お話を――」

「……この件に関して、貴方はこれ以上気にしなくていい。もう会うことはないようにするから。さぁ、お茶にしましょう」

 

 アリスが私の頭を撫でると、紅茶を置いて出て行ってしまった。妖夢もそれに続いて行ってしまう。

 

「…………」

 

 なんだかアリスの行動が不自然な気がする。絶対におかしい。魔理沙への冷たい対応が私のせいなのは間違いない。でも、なんでだろう。私は魔理沙とも仲良くしたいと思うのだが。

 彼女の行動力は本当に凄いし、私にも友好的に接してくれたから悪い印象はない。手癖は確かに悪いだろうけど、悪人には見えないし。ちょっと話した限りでは、明るく元気な女の子である。私なんかと違って、眩しいくらいの生命力に溢れているし、霊夢に負けないくらい咲き誇っている。羨ましい。アリスの友人として実にお似合いだと思う。

 

 多分だけど、さっきは私の様子を見に来てくれたんだと思う。わざわざお見舞いに来てくれたのに、本当に悪い事をしてしまった。今度謝りに行くとしよう。アリスに見つからないように、こっそりと。私の隠形術は完璧だから、多分バレない。まぁ、今度があればだけど。私は来週生きているのだろうか。

 

「うーん、そのうち仲良くなるのかな?」

 

 流れに任せれば良いのかもしれない。下手に私が手を出すのも変な話だし。

 うん、今日はアリスの虫の居所が悪かっただけだ。そういうことにしよう。どんなにクールな魔法使いでも、そういう日もあるさ。

 昨日の私はなんか変だったけど、今日はとっても気分が良いし。そういうことだ。マリアリはジャスティス? だっけ。とにかく、仲良き事は美しい事である。幻想郷の皆には、常に笑顔で楽しくいてほしい。その方が見ていて楽しいし、幸せな気分になれるから。

 


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