ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第四話 明日への逃走

 ――時は来た。それだけだ!

 

 笑みを押し殺しながら、心の中でガッツポーズをとる。空は真っ赤な霧模様。空気は濁って体に悪そう! だがそんなことは全く問題ではない。いよいよ紅霧異変が、『東方紅魔郷』が始まったのだ! 本編開始おめでとうございます!

 

 

「……ふふふ。くくくっ。ははははは!」

 

 魔王みたいに小声で笑ってみる。テンションMAX、いますぐ小躍りしたい気分を必死に押さえ、鏡を見る。

 真っ赤な髪に、目つきの悪いいつもの顔。笑みを浮かべれば、なんというか嘲笑と形容するしかないレベル。服装は赤と黒のチェックのベストにお気に入りの白いワイシャツ。心が綺麗になる気がする。洗濯は自分で一生懸命しているので血の痕は残っていない。表情に気をつければ、友達百人などすぐにできてしまうだろう。

 

 ああ、とにかく人が恋しい。十年間も常にプレッシャーを受けながら生活するというのは本当に辛かった。経験したことはないが懲役生活と例えても良い。言いすぎか。修行地獄の虎の穴ぐらいにしておこう。

 

 

「…………ううっ」

 

 思わず涙が出てくるではないか。さぁ、地獄のような日々にサヨウナラ。ウェルカム自由な日々よ! 

 ここに至ってはもう恨みつらみを述べるのは止めよう。ご飯を食べさせてくれ、死ぬ寸前まで特訓してくれた自称母親に、嫌だけど感謝しよう。骨髄に徹した恨みを忘れ、仏のような寛大な心を持ってだ!

 

「…………」

 

 チラリと幽香の部屋を覗き見る。先刻は珍しくなにかの本をひたすら読んでいた。寝やがったのはつい先ほどである。早く寝ろと念を送った効果が現れたのかもしれない。

 しかし、あれほど真剣に読み込むとは、恐らく暗殺術教本か何かに違いない。『笑いながら人を殺す術』を伝授される前に、修羅の家とはオサラバしよう。お前で試してやろうと確実に言うからだ。

 

「忘れ物はないようにっと」

 

 幽香が気紛れで買ってきてくれたリュックサックに、着替えと食糧を詰め込んでいく。ついでに私の背丈に合わせた日傘もだ。

 あの風見幽香とお揃いだーと呑気に、そして健気に喜んでいた時が懐かしい。いきなり日傘で剣術もどきを叩き込まれるとは思わなかった。

 もう我慢ならないと必殺の牙突を繰り出してやったら、正面からマスタースパークで薙ぎ払われた。剣術勝負だと思っていたのになんでもありだったらしい。子供相手にルール無用とは恐ろしい女である。絶対に許さない。

 

 

「――と、その前に」

 

 同居人がいきなりいなくなったら、流石の悪魔も少しは驚くかもしれない。よって、どろどろと滾ってくる感情を篭めた書置きを残してやることにする。

 

 

『今まで本当にお世話になりました。自分探しの旅に出ます。絶対に探さないでください。お元気で。さようなら。くたばりやがれ』

 

 

 完璧である。絶対にというところを波線を引いて強調しておく。最後の『くたばりやがれ』という文字は認識できないくらい小さく隅に書いておいた。念のためである。だって報復が怖いし。

 まぁそれは大丈夫だろうけど。幻想郷はとにかく広い。絶対に見つからないと私は確信できる。

 誰かの魂を勝手に懸けても良いぐらいの自信がある。

 

 なにしろ、私はこのときの為に隠形術を自力で習得しているのだから。なんと、念を篭めている限り透明になっていられる素敵な術だ。これがあればどこでも入りたい放題間違いなし。食い逃げもできちゃうし、多分幽香が張っている警戒線も抜けれる。実際に抜け出たことがないので分からないが。多分平気。

 

 そして逃走術全般。妖術で身代わりを作成して囮としたり、脚力を強化して行方をくらませる。幽香は足がそんなに速くない……と思う。全力を見たことはないが、いつも強者の余裕をもって行動している。つまり、息を切らせながら追いかけてくることはないと断言できる。見栄っぱりなのだ。

 そして最大の理由は、私のことなどそのうち忘れるからだ。幽香にとって、自分は形の珍しい石ころのようなものである。手放すにはちょっと惜しいが、執念深く追いかけるほどでもない。それが私なのだ。一日経てばケロっと忘れているだろう。

 

 

「準備オッケー。オールグリーン」

 

 適当なことを呟きながら、こっそりと家を出る。辛かったけど十年以上過ごした場所だ。少しは感傷もある。

 だが浸っている余裕はない。この紅霧が出ているうちにできるだけ遠くへ逃げなければ。いや、ちょっとだけ紅魔館を見学にいっても良いかもしれない。だって、一度しかない紅霧異変だもの。この世界にいるなら、色々と体験したいというか、この目で見たいではないか。

 十六夜咲夜の時を止める術とか凄い見てみたい。ザワールドごっこを私もしたいです。時の世界に入門してみよう。

 ああ、本当に心がウキウキしてきた。イヤッホウと叫びたい気持ちを押し殺しつつ、隠形術を行使して私は向日葵畑を後にする。途中で念を篭めた葉っぱを回収して、そのまま脱出だ!

 

 

「Hello World! 焦がれ焦がれた新世界への第一歩! 超元気にいってみよう!」

 

 

 

 

 

 

 夜の闇と紅霧を切り裂いて、私は全速力で飛び続ける。いまいち速さがたりないけど、これが私の全力だ。

 無名の丘を越えて、魔法の森上空へとようやく到着。この森のどこかには、東方シリーズ主人公の一人、霧雨魔理沙の住居があるはず。それとアリス・マーガトロイドの家かな?

 ちょっとだけ見に行きたいけど、森は予想以上に広い。探すのは骨が折れそうだ。それになんだか不気味である。夜に迷子になったら洒落にならない。狼とかいたらどうしよう。マジこわい。むしろ妖怪とかに襲われたりしたら困る。

 いや、別に飛べばいいだけなんだけども、なんとなく歩いてみたい気もする。

 そんなことを唸りながら考えていたら、背後に気配を感じてしまった。

 

「――ッ!?」

 

 げえっ、幽香!? とばかりに目を見開いて後ろを振り返る。違ったのでちょっとだけ安心する。

 

 

「…………」

「…………こ、こんばんは」

 

 

 都会派魔法使い、アリス・マーガトロイドが現れた!

 先手をうって挨拶だけはしておく。

 この人の属性は、エスパーだろうか。私は草と多分炎なので相性的には問題ない。でもかなわないと思う。エースと新兵ぐらいの格の差がある。機体性能だけの私では太刀打ちできそうにない。

 

 

「……風見幽香?」

「いいえ、違います。人違いです。見間違いです。ただの勘違いです」

 

 

 即座に否定する。あの悪魔と同一視されてしまっては、今までの私の苦労が救われない。それと友達ができなくなってしまう。

 私の予想では、修羅の幽香は、相手を選ばずに喧嘩を吹っかけているに違いない。多分、東方世界にも色々な世界があるのだ。

 私の生まれてしまったこの世界では、修羅道を極めようとする風見幽香だっただけのこと。運命とは実に無常である。レミリアに頼んだらなんとかならないだろうか。

 ああ、優しさMAXな幽香がいる世界に移動したい。誰かトレードしてくれないかな。こちらの風見幽香をゴローニャに進化させてくれる友達を募集したい。友達一人もいないけど。というか知り合いもいないけど。

 

 

「どうみても、そうは思えないけど」

「情けがあるなら見逃してください。一生のお願いです」

 

 泣き落としにかかる。アリス相手では絶対に勝てないと思う。風見幽香に顔が似てる、よし殺す! という超展開が、この人も修羅道を邁進していたらありえる話だ。だから初手泣き落とし。哀れみをかうために慈悲を乞うのだ。自慢ではないが、私にプライドなどかけらもない。

 

「発言は情けない割に、突き刺さるような威圧感は凄まじい。それに、その服装。ただ似ているという訳ではなさそうね。まさか、あの妖怪の子供?」

 

 ……なんだか悲しいすれ違いが発生している気がする。人類はもっと分かり合えるはず。私は妖怪だから駄目かもしれない。

 

「話せば長くなるので、話さなくて良いですか?」

「そういうわけにはいかないわ。私は自分の身を守らなければならないから」

「そうですか。残念です」

 

 

 もっとフレンドリーに話したいのだが、10年間ボッチで、話し相手が幽香だけだったので上手くいかない。固い敬語になってしまう。せっかくアリスと会えたのに本当に残念である。誰のせいであろうか。もちろんあれのせいである。

 現実逃避しようとしていたら、更に尋問は続く。アリスは見逃してくれないらしい。

 

 

「……何が目的で、ここにいるの?」

「明日への逃走のために」

「意味が分からないんだけど」

「話せば長くなるんですが、聞いてもらえますか? 大体三時間ぐらいで終わります」

「…………」

「戦う意志はありません。本当です。トラストミー」

 

 警戒心バリバリのアリス。多分、この邪悪な外見がいけないのだと思う。ああ、次生まれ変わったら妖精になりたい。そんなことを思っていると。

 

 

「まぁいいわ。この下に私の家があるの。そこで話を聞きましょうか」

「え?」

 

 まさかのお言葉。もしかして、この人は修羅道じゃないのだろうか。それとも、油断させて騙まし討ちする気なんじゃ。馬鹿が、引っ掛かったな!みたいな。

 

「お茶ぐらい出しても良い。ただし、私に敵対するような行動はしないと約束できるならね」

「や、約束します。命を懸けて約束します!」

 

 即答する。人の優しさが身にしみる。涙目になってしまう。話を聞いてもらえる、ああ、これだけなのになんて素晴らしいのだろう。問答無用で襲い掛かられることがないだけで、世界が救われた気分になる。

 

 

「ちょ、ちょっと。なんでいきなり泣いてるの!?」

「――ううっ。は、話せば長くなるのですが」

「わ、分かったから。ほら、とにかく行きましょう。……なんだか面倒なことに首を突っ込んでしまった気がしてならないわ」

「当ってます」

「自分で言わないでくれるかしら。こっちが泣きたくなるから」

 

 

 何故かアリスに頭を撫でられながら降下していく私。精神年齢が幼いから仕方がない。感情が引き摺られるのだ。

 ――ふと強烈な殺気を感じて周囲を見渡す。誰もいなかった。気のせいだったようだ。疲れているのかもしれない。緊張しすぎていたし。

 大丈夫。気付かれているはずがない。私の隠形術は完璧だったはずだから。

 


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