ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

38 / 89
第三十八話 焼け落ちていく夢の中で

 アリスたちが去った白玉楼。西行寺幽々子と八雲紫は縁側で桜を楽しみながら酒を酌み交わしていた。

 

「これにて異変も無事解決。藍に叩き起こされたときは寿命が縮むかと思ったけど、終わりよければ全て良しよねぇ」

 

 紫の呑気な言葉に、幽々子は素直に頷く事ができない。

 

「…………」

「どうしたのよ幽々子。元気ないじゃない。二人っきりで飲むなんて久々なんだし、もっと楽しみましょうよ」

「……私としては、あまり楽しめるような気分じゃないのだけどね」

「あら。それはどうして?」

「あの時、西行妖は明らかに暴走していた。恐らく、狙いは私ではなかった。幻想郷、そして貴方にとって大事な存在である霊夢を殺そうとしていたのよ。それをどうして笑っていられるの。私からすれば、貴方の方が理解出来ないわ」

「それはねぇ、幽々子。――何にも起きなかったからよ。そして、これからも何も起きないの。だから後は笑うだけで、無事解決ってわけよ」

 

 紫が手を振りながらケラケラと笑う。

 

「貴方はいつでも前向きね。羨ましいわ」

「そうじゃなきゃ管理者なんて仕事は勤まらないのよ。悩もうと思えば材料は幾らでもでてくるもの。後から後から湧き水のように。……でもね、考えることを放棄したわけじゃないのよ? 手を打った後は、上手く行くことを信じるのが大事なの。人事を尽くして天命を待つってやつね」

 

 幽々子は、これは嘘だなとなんとなく思った。紫がこうして明るく振舞っているのは、全て見せかけだ。その本心は長年の友人である自分にも決して見せないだろう。誰かに弱みを見せることは、隙に繋がるから。紫は自分勝手に生きているように見えるが、そうではない。全てに対して予測を立てた上で行動しているのだ。その計算があまりにも速いから、好き勝手やっているように見えるだけ。

 

 今回幽々子が起こした春度を奪うという異変。当然紫は全て把握していたに違いない。全てを計算した上で、問題ないと判断したから眠りについたはず。

 故に、異常事態が起こったとき、紫は相当焦りを感じたはずだ。予期していないイレギュラーを紫は苦手とする。だから、先の一件が起きると、冬眠から目覚めてすぐに現れた。冥界を監視していた八雲藍に起されたのだろう。

 血相を変えて現れた紫は、動揺する霊夢に封印するよう指示を出し、自らも対処に乗り出した。とはいっても西行妖は既に力を失っていたらしく、再度の暴走はなかったが。あの一撃で力を使ってしまったのだろう。

 

「本当に怒ってないの? 私が余計な事をしなければ、まだまだ寝ていられたのに。貴方の仕事を増やしてしまったのよ?」

「あらあら、なにを言うのかと思えば。私が怒るわけないじゃない。何せただの偶然とはいえ、ようやく霊夢に名乗れたんだもの。ああ、今の私は幸せ一杯夢一杯よ。お酒が進むわぁ」

 

 そう言って、杯になみなみと酒を注いでいく。溢れても全く気にしていない。

 

「挨拶までに、随分と時間がかかったものね」

「でも結構楽しかったわ。あの子を見ていて、退屈を感じたことなんて一度もなかったもの」

 

 今まで、博麗霊夢とのやりとりは式神の八雲藍が行ってきたらしい。彼女の修行内容を考え、組み立ててきたのはすべて紫だ。それを事務的に伝えていたのが藍。言われたことを黙々と実行し、あそこまで実力をつけてきたのが霊夢。最近は修行を怠けているのが頭痛の種らしいが。

 

(自慢するだけのことはあるけれど、素直に認めるのも癪なのよねぇ。霊夢のことだと、直ぐ図に乗るから)

 

 実際に弾幕で勝負してみたが、流石に強かった。あの突き刺すような気迫は、幽々子ですら気圧されるほどだった。

 紫が気に入る理由も分かる。強烈な生命力と気力が満ち溢れていた。博麗霊夢と共に来た仲間たちもだ。紫は彼女達を気に入っているのだろう。紫は人間も妖怪も好きだから。ある意味では一番平等なのかもしれない。

 ――ただ、亡霊の幽々子には、彼女達の存在を直視するのは辛い。

 

(……私のような存在には、少し眩しすぎる)

 

 その点、妖夢は丁度良い。明るさと暗さ、甘さと厳しさを併せ持った彼女はとても可愛げがある。どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘である。少し精神が弱いところがあるが、それは愛嬌というもの。霊夢みたいになってしまっては可愛げがない。

 

「でさぁ。見た見た? 霊夢の見事な大活躍。貴方も実際に戦ったから分かってくれると思うけど! 本当に惚れ惚れするわよねぇ」

「ごめんなさいね、紫。悪いけど、惚気話は間に合ってるの。だから家に帰って自分の式神相手にやるといいわ。一週間でも一ヶ月でも遠慮なくね」

「ちょ、ちょっとぉ。いつも妖夢の成長譚を聞いてあげてるじゃない。少しくらい私の話にも付き合いなさいよ!」

「嫌よ。貴方の自慢話は本当に長くなるから」

「ひどいわねぇ。貴方といい幽香といい、長年の友の私に冷たすぎない? 紫ちゃん、いじけちゃうわ」

 

 紫が拗ねる。あまりに子供っぽいその態度に思わず吹き出す。こういうところが幽々子は好きなのだ。それを正直に言うと更に拗ねるので言わないが。

 

「……それにしても、この一週間は本当に千客万来だったわ。亡霊たちもさっきまで騒がしかったもの」

「幽々子は賑やかなのは嫌いだったかしら」

「別に嫌いじゃないわ。たまになら大歓迎よ。まぁ、次はもっと友好的にお話ししたいけれどね」

 

 幽々子は、心身共に傷ついた母親の顔を思い浮かべる。見ていてひどく哀れになる顔だった。恐らく、本人は自覚していないのだろうけれど。

 

「ああ、アイツのこと? 別に気にしないでいいわよ。あれも後に引き摺るような性格じゃないから」

「そうかしら。放つ言葉や外見ほど強くないかもしれないわよ? 彼女も女性であり母でしょう」

「アレがぁ? ないない。石を笑顔で噛み砕くようなやつよ? そもそも、あれを女と呼んで良いかすら怪しいものよ。……とはいえ、あの怪我の後だからねぇ。当分は大人しくしているでしょう。腹に穴開けられて、首掻っ切られたくせに、普通の顔して動き回れる方がおかしいのよ」

「……そうね」

 

 紫が嘆息する。幽々子もそれには同意しておく。やせ我慢もあそこまでできれば大したものだ。

 

「治療してあげようと思ったのに。余計なこと言うなって殴りかかってくるからねぇ。本当に負けず嫌いというかなんというか。素直じゃないのよね」

 

 ――風見燐香が西行妖の弾幕を受け、墜落してからのことだ。

 幽々子、対戦していた霊夢、そして観戦していた者達は燐香の元に慌てて駆け寄った。その目には既に生気がなく、顔は血色を失い蒼白になっていた。腹部に開いた空洞からは、とめどなく赤い血が流れ出る。千切れた内臓を見た霧雨魔理沙などは口元を押さえていたほど。どう見ても致命傷だった。

 

 空からは、燐香が咲かせた彼岸花の花びらが舞い散り続ける。――もう助からない。誰もがそう思った。

 何かをぶつぶつと呟くと、燐香はその目を閉じた。すると、身体が少しずつだが、薄くなり始めた。黒い靄が生じ、そして消えていく。それは、西行妖から放たれた、あの蝶の色に良く似ていた。それが霧散していくと、燐香の身体も消え始めようとしていた。まるで蒸発していくかのように。

 

(この私が、思わず見とれてしまうなんてね)

 

 幽々子たちは、それを呆然と見ていることしかできなかった。いや、幽々子はそれを見ていたいと思ってしまった。彼女たちが消え行く瞬間、それがあまりにも美しく思えて。憎しみや悲しみが、一緒に消えていくように思えて。その方が、救いになると思ってしまったのだ。

 

 そこに、花妖怪風見幽香と、魔法使いアリス・マーガトロイドが血相を変えて乗り込んできた。燐香の名前を叫びつつ。

 動揺のあまり名前を呼びつづけるアリス。それを強引に引き剥がすと、幽香はいきなり燐香の首を絞め始めたのだ。いや、押さえるなどという甘いものじゃない。あれは、絞殺しかねないほどの力が篭められていた。

 

(あれには本当に驚かされた。……もしも手を出していたら、確実に引き裂かれていたでしょうね)

 

 何をするのかと激昂するアリス、引き剥がそうと近寄る霊夢たちに、幽香は本気の殺意を向けたのだ。牙を剥き出し、顔を限界まで歪め、目には憎しみを蓄えて。「次に邪魔したら、警告なしで引き裂くわ」と極めて冷たい声で宣告してきた。

 

 幽香は首に延ばした手に更に力を加える。燐香は苦しみのあまり、目を剥いて泡を吹く。幽香は、それを待っていたとばかりに怒声を上げる。

 

「憎しみを維持しろ! 全力で私を憎め! 全ての殺意を私に向けろッ!」、と。

 

 幽香は怒鳴りながら、両手から妖力を発し始める。幽香の妖力は燐香の身体に凄まじい勢いで注がれていく。死に行く妖怪に、一時的に妖力を与えれば延命も可能かもしれない。だが、結局は無駄なのだ。一度破れた風船は絶対に治らない。それでも幽香はそれを止めようとはしない。妖力の枯渇など考える事無く、暴力的とも思えるほどの勢いで、それを流し込み続けた。

 

 ――すると。消えかけていた燐香の右手が再生し、いきなり幽香の腹部を貫いたのだ。ニヤリと顔を歪めると、鋭い牙で幽香の首筋に噛み付く。肉は裂け骨が砕かれる音が耳に入る。二人は赤く染まっていく。激しく吐血しながらも、幽香は抵抗することなくそれを受け入れ、燐香を力強く抱きしめた。そのまま抱き殺すかのように、全力で。

 

 何かを叫んでいたと思うが、幽々子には聞き取れなかった。声なき咆哮とでもいうのか。それが怒声だったか、悲鳴だったか。あの時は判断ができなかった。おそらく、他の皆もそうだっただろう。それほどまでに凄絶で鮮烈な光景だったのだ。

 

 

 

 

 その後、燐香は再び意識を失い、幽香は力を使い果たしたのかそのまま倒れこんでしまった。

 紫は霊夢以外の者たちを退避させると、西行妖の完全封印へと向かった。幽々子と妖夢は、ようやく怪我人の搬送に回ったというのが今回の顛末。

 致命傷と思われた燐香の傷は、まるで何事もなかったかのように再生していた。精神へのダメージは深刻だったようで、意識を回復したのはあれから一週間後の今日だったが。

 

 一方の幽香は、紫が提案する治療を拒み、燐香の様子を窺いながらひたすら自己再生に努めていた。肉体は傷つき、妖力は枯渇寸前だというのに、誰の力も借りようとはしなかった。幽々子は何度か事情を尋ねようとしたが、風見幽香は何も語らず黙したままだった。

 そして、燐香が目覚めたことを確認すると、アリスに何かを伝えてそのまま白玉楼を去っていってしまった。娘の顔を、僅かに眺めただけで。

 

 

「……あの二人。本当に歪な関係だけど、私は心底羨ましいと思ったの。あんなに感情をむき出しにするなんて、私には絶対に真似出来ない」

「幽々子?」

「でも同時にとても悲しいと思った。彼女の心が張り裂けんばかりの悲鳴は、私の心に深く突き刺さったわ」

 

 そう言いながら幽々子は紫から酒を注いでもらい、そのまま口をつける。いつもよりペースが速い。あれを思い出して、気分が高揚しているせいかもしれない。

 

「生憎だけど、私は全然思わないわね。そんなに殺伐とした関係はお断りよ。大体、アイツは悲鳴なんてあげてなかったでしょうに。背筋が凍るような、怒声を上げていたのは確かだけど。まさに獣の咆哮ね」

「私には彼女の声が聞こえたのよ。貴方と違って耳が良いからね」

「へぇ。いわゆる、壁に耳あり、障子にメリーというやつね」

「また馬鹿なことを。全然違うわよ」

 

 たまに真顔で冗談を言うのだが、あまり面白いとは思わない。そこが友人の大きな欠点の一つ。他にもたくさんあるが、並べたてると紫が半泣きになるのでいう事はない。喧嘩をしたとき以外はだが。

 最近の主な喧嘩の原因は、霊夢と妖夢のどっちが優れているかが拗れた場合が多い。もちろん、年季が違うので妖夢の方が優れている。将来性も勘案すると、妖夢に軍配だ。紫がなんと言おうとも、それだけは譲れないのだ。

 

「まぁいいんじゃない。幽々子がそう思うならそれで。私にはただの怒声に聞こえたってだけだもの。そう、この世の理不尽に対して怒っていたように聞こえたわね」

 

 それも間違っていないだろう。悲しみと怒り、彼女の中でどちらが強いかは分からない。しかし、誰も助けてあげることはできない。彼女達に助けを与えるという事は、死を与えるのと同義だ。だが、他にやりようがないわけではない。大きな痛みを伴うだろうが、幽々子にならできる。望むかは分からないが。

 

(本当に厄介極まりない。最悪の状況になれば、紫は確実に処置するでしょうけど。その前に、私が手を出させてもらう)

 

 紫は全てに対して寛容だが、同時に一線を超えた場合は容赦がなくなる。自分の手に負えない、或いは幻想郷に害を為すと判断した場合がそれだ。

 風見燐香を構成するもの、そして縛り付けている者、幽々子にはそれが大体分かった。時間が解決する可能性も、ゼロではない。だが、果たしてそれまで耐えられるか。燐香と幽香、どちらも限界が近づいているように見える。それがいつになるのかは、まさに神のみぞ知るというやつか。

 

「…………」

 

 本来なら彼女達がどうなろうと構わないのだが、庇われてしまったという借りがある。自分はあれを喰らっても死ぬことはなかっただろうが、借りは借りだ。利子をつけてでも返さなければならない。西行寺幽々子の誇りにかけてだ。

 

「幽々子ったら。どうしたの、いきなり黙りこんじゃって。しみじみ飲んでないで、もっと騒ぎましょうよ。これは異変解決のお祝いよ? 貴方主犯のね!」

「うるさいわね。あの子の未来に、幸がありますようにと祈っていたのよ」

「あのねぇ、幽々子。今回の元凶である西行妖に向かって祈られても、あの子は喜ばないと思うんだけど」

 

 紫が呆れ顔を浮かべる。

 

「そう、趣味が合わなくて悲しいわ。この桜には何の罪もないのに。ただ、そういう性質を持って生まれてしまっただけだというのに」

「ええ、勿論知っているわ。……私は、よく知っている」

 

 そう言いながら紫が杯に酒を注いでくれた。そして、静かに呟く。

 

「どういう結末になるかはわからないけど、選択肢はいつか提示してみようと思っているの。幽香とは長い付き合いだから。多分断られるけどね。アイツ、本当につれないのよねぇ」

「じゃあ私もそうしましょう。貴方よりはマシな選択肢を提供できそうだしね」

「あらあら、えらく目をかけるじゃない。あの歪な親子は、お姫様のお眼鏡にかなったの?」

「……そういうのじゃないわ。ただ、まさか子供に庇われるなんて思ってもみなかったから。貴方ご自慢の博麗の巫女も中々だったけど、あの素敵な彼岸花の美しさには思わずグッと来ちゃったわ。あれを見れただけでも、異変を起こした意味は十分にあった。満開の西行妖は見れなかったのは残念だけどね」

 

 血を変化させた真っ赤な彼岸花。そして西行妖の桜。二つの色が混ざり合った色と儚さを、幽々子は心から美しいと思った。自分が存在する限り、永遠に忘れることはない。

 

「ま、あんまりちょっかいを出すと、母熊に噛み殺されるから注意しなさいな。アイツは本当に冗談が通じないわよ」

「ふふ、貴方にそんな心配をされる筋合いはないわ。方々でお節介しているくせに」

「だってそれが私の趣味だもの。だから、今も沢山お節介しているのよ。いけないかしら」

 

 紫がそっぽを向く。ここには幽々子と紫しかいない。面子を保つ必要性がないと判断した場合、紫は一気にだらける悪癖がある。

 

「貴方の好きにしなさい。それにね、私はそれほどちょっかいを出すつもりはないのよ」

「へぇ?」

「子供は子供同士が一番でしょう。修行のついでに、妖夢をもっと外に出させてみようと思って。今回の異変で敗北と屈辱を知ったみたいだから、後はそれを糧に強くなるだけね。この先が楽しみだわぁ」

「またのろける気なの!? なら私の霊夢の話も絶対に聞いてもらうからね。自分ばっかりずるいわよ!」

 

 紫がジト目で睨んでくる。そっちの話のほうが長いくせによく言うものだと、幽々子は呆れる。

 

「ふふ、貴方のモノじゃないでしょう。私はしっかり見ていたのよ? 貴方ったら、あからさまに邪険にされていたじゃない。見ていて思わず同情しちゃいそうだったもの」

 

 馴れ馴れしく話しかける紫を、霊夢はあからさまに邪険にしていた。どう好意的に見ようとしても、鬱陶しがられているのは明白だった。霊夢からすれば、胡散臭い妖怪以外の何者でもない。

 

「しょ、初対面だから仕方ないじゃない。でも大丈夫よ。第一印象はバッチリ、掴みはOKのはず。これからガンガン攻めていくわよぉ。妖怪の賢者の名にかけて!」

「どうみても、胡散臭い妖怪としか見ていなかったと思うけど。むしろ、藍ちゃんの方が親しい関係なんじゃなくて?」

「ふふん、藍は私の式神よ。式神の物は私の物。私の物は私の物なの。つまり、藍への好意は私へのそれと同義なのよ! 全く問題なし!」

 

 絶対に違うと幽々子は思った。藍が聞いたら涙を流すことだろう。

 

「そんな酷い話は初めて聞いたわ。そんな意地悪ばっかり言ってると、藍ちゃんが泣いちゃうわよ」

「別にいいわよ。藍ったら最近冷たいし、素っ気無いし。というかね、相手がどう思っていようとどうでもいいのよ。大事なのは私の気持ちだもの。そう、私が一番!」

 

 紫は言い切った。傲岸不遜だが、それを成し遂げる力と知恵を持っている。だからこそ幻想郷と言う楽園を築き、維持する事ができているのだろう。

 

「貴方、長生きするわよ。きっと」

「当たり前じゃない。私はもっと楽しい事を見て聞いて触っていきたいもの。誰よりも長く生きてやるわ。愛する幻想郷と一緒にね」

 

 紫が断言したので、幽々子は苦笑してから杯の酒を飲み干した。

 

「あッ! そうそう、肝心なことを言い忘れていたわ」

「なに? いきなり大声を出したと思ったら、急に改まったりして」

 

 紫がこちらに向き直り、軽く頭を下げてくる。殊勝に見えるが、こういうことを先にしてくる場合、後で本当に迷惑がかかるときである。軽く許してやろうとか思ってはならない。それも計算しての行動だからだ。

 

「貴方に先に謝っておくわ。多分、そのうち面倒なことか厄介事に巻き込んじゃうと思うの。本当にごめんなさいね?」

「何に対しての謝罪か分からないと、どう応対すれば良いか困るのだけど」

 

 幽々子は苦笑することしかできない。こういうことは、今までに何度かあった。実際に面倒事が起こるのが、性質が悪いのだ。それを追及すると、ちゃんと謝ったじゃないと開き直る。そう、紫は老獪なのである。

 

「だって。こういう事態になると思っていなかったんだもの。だから私のせいじゃないわ」

「なんで言い訳しているのかしら。詳細を説明しろと言っているのよ」

「だって、怒るでしょう?」

「怒られるという自覚があるのね」

「ええ。だって貴方の大事な妖夢も巻き込んじゃうから」

「霊魂引っこ抜いて百回ぶち殺すぞ」

 

 冷徹な声で、思わず本音を出してしまった。――と、紫が扇子で顔を隠し、およよと泣きまねをする。

 

「ド、ドスが効いてて怖すぎよ。やっぱり怒ったし。紫ちゃん悲しいわ」

「ふん。嘘泣きなんかに誤魔化されないわよ? それに今まで何度騙されたことか」 

「謝ったのに怒るなんて酷いわ。親友なのに!」

「御託は良いから面倒事を止める努力をしなさい。全力を尽くすように」

「うーん、頑張るけど多分無理よ。だって、あの子凄く張り切ってたし。まぁ、私の可愛い霊夢も巻き込まれちゃうから、差し引きゼロということで」

 

 紫がいつもの胡散臭い表情に戻る。こういう顔つきをするから、相手に誤解を与えるのだ。それを本人も分かっているだろうに、直そうとしない。そっちの方が好都合だからと。

 

「はぁ。貴方は本当に仕方のない妖怪ね」

「褒めてくれてありがとう」

「別に褒めてないの。ただ、呆れているの」

 

 幽々子が睨むが、紫は素知らぬ顔だ。

 

「ただ、一番の問題はね。アイツの娘、燐香ちゃんも確実に巻き込んじゃうのよねぇ。もう私が話しちゃったから。それってさぁ、とーってもまずいと思うのよ。治ったばかりの娘に手を出して、また怪我させでもしたら。――ああ、どうなっちゃうのかしら。考えるだけで恐ろしいわ。幻想郷に血の雨が降りそう。……わりと本気で」

 

 何をやらかしたのかは知らないが、若い人妖たちを集めて何かさせようと企んでいたのか。その協力者というのが、途中で中止などということを許さない性格なのだろう。いつもなら助けてあげるところだが、今回は放っておくことにする。たまには痛い目を見たほうが良いのだ。むしろ本人もそれを望んでいる節がある。

 

「とにかく、私は知らないからね。妖怪の賢者なんて呼ばれているんだから、知恵を絞って自分でなんとかしなさいな」

「そう言わずにさぁ。幽々子もフォローしてちょうだい。ほら、今回の異変だって、色々と見ない振りをしてあげたでしょう?」

 

 それを突かれると少し痛い。幽々子は扇子を扇いで誤魔化すことにした。

 

「ま、気が向いたらね。当分は向かない予定だけれど。さーて、色々と仕事が溜まっているからやらなくてはね」

「都合が悪くなると自分だっていつもそれじゃない! もういいわ。何かあったら化けて出てやるから。覚悟しておきなさいよ!」

「それは楽しみね。貴方ならいつでも歓迎するわ。私と貴方の仲だもの、葬儀の手配は任せてね?」

「だから、私はまだ死なないって言ってるのよ! 絶対死なないわ!」

 

 紫が顔を赤くして怒り出したので、幽々子はぷっと吹き出した。




ちょっと愉快な紫ちゃんというのが私の中のイメージ。
でもやるときは全力でやります。怖い!

次から物語はまったりモードに入ります。
一週間はアリスさんの家にお泊りです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。