ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第三十七話 桜モラトリアム

 頬に心地よい風を感じたので、私は目を覚ます。頭は少し重い。ぼんやりと周囲を見回す。

 なんだか、見覚えのない部屋だ。綺麗な花が活けてあったり、高そうな謎の掛け軸や、謎の壺が惜しげもなく飾ってある和風の部屋。

 襖や障子なんて、幻想郷で初めて見た。ここはいったいどこなんだろう。というか、畳の上の布団で寝るというのは、実は初めてである。うん、和風も意外と悪くない。死ぬなら畳の上が良いと言った人の気持ちも分かるというもの。

 

「――あっ!! お、起きた!? 身体は、大丈夫なんですか?」

「よ、妖夢さん? ここはどこなんです?」

「いいから、とにかく寝ていてください! すぐに人を呼んできます!」

 

 近くにいたらしい妖夢が、大声を上げて部屋から出て行った。それを見届けた後、私は両手を上げて身体を伸ばす。なんだか凄い身体が固い。凄い凝り固まっている気がする。

 

「うーん」

 

 妖夢がいるということは、ここは白玉楼か。つまり、私は死んだみたいだ。特に驚く事はない。あの西行妖の一撃は、本当に強力で凄まじかった。

 記憶が確かなら、私は腹部を蝶弾幕に貫かれて、致命傷を受けた。身体はぐちゃぐちゃで生きていられる訳がない。なにせ、肉体の再生が追いつかなかったのだから。

 それがこうしてピンピンしているということは、そういうことだ。私は魂だけの存在になったのだ。姿がこのままであるのは、幽々子のちょっとした情けだろうか。暫くしたら形のない霊魂に変化させられるはず。まぁ、仕方がない。

 ちょっと惜しい気もするが、霊魂になれば冥界にいることくらいは見逃してくれるだろう。ある意味ではハッピーエンドだ。前向きに考えて、私は障子を開けてみる。

 

「わぁ。落ち着いて見ると、本当に凄い。全部桜だ」

 

 思わず声がでるくらいに、桜が満開。一面にずらーっと見事に咲き誇っている。まぁ、ずっと春を溜め込んでいたのだから、当然ではあるが。お花見とかこれからやるんだろうか。できたら私も参加したいなぁ。

 大欠伸をしながら、ぼけーっと縁側に座る。良く見ると私の服は白色の寝巻きだった。凄い肌触りが良いし、きっと高いのだろう。汚したら弁償だろうか。でもお金なんて持ってないし。私の赤い髪がこれにくっついたりしたら、なんだか血飛沫に見えるかも。

 

 血飛沫といえば、私は自分の血からも彼岸花を作れることに初めて気付いた。あの時は勢いでやっていたけど、今思うと不思議である。私はあんな技知らないし、練習した事もない。どういうことだったんだろう。

 ……まぁもう亡霊になったからどうでもいいや。このままここで何も考えずに、だらだらと――。

 

「もう、寝ていろって言ったのに! ほら、こっちに来て! 貴方は絶対安静なんですよ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。別に大丈夫ですよ。私は死んでるんですから」

「は、はぁっ!?」

「あの一撃は、そんなに生易しいものじゃなかったですし。気を遣っていただけるのは嬉しいですけど、私のことは私が一番分かっています。はい、私は見事に死にました!」

 

 胸を張る。まぁ、これぐらいは良いだろう。主人公を庇っての名誉の戦死だ! なかったことにされちゃうかもしれないけど、まぁそれはそれで。巫女が妖怪に庇われるなんて世間にだせないよね。うん。

 

「ちょ、ちょっと待って。だから――」

「いいんですよ。でも、もう過ぎたことだから前向きにいかないと。過去を振り返っていてはいけません! こういうときこそ、前向きです! レッツ、ポジティプシンキング!」

 

 私が拳を振るって力説したところ、妖夢の後ろにいた人が前へと進みでてくる。ここにいるはずのない私の一番大好きな人、アリス・マーガトロイドだ。……あれ、なんでいるんだろう。ああ、霊夢たちと宴会かな? あれ、でもいつの間に仲良くなったんだろう。ま、まぁ、喧嘩の後はノーサイド! そういうことで良いよね。

 良く分からないと、ぼけーと悩んでいると、今までで一番無表情に見えるアリスが私の前に立っていた。

 

「……燐香」

「げ、ア、アリス?」

「貴方、身体は大丈夫なの?」

「は、はい」

「おかしなところはない? 細かいことでも構わないから、隠さずに全部教えなさい」

 

 棘が含まれた命令口調のアリス。とてもじゃないが、逆らえそうにない。私は素直に全部ペラペラと喋ることにした。

 

「えっと、ちょっと頭が重いのと、身体が固いぐらいです。他は別にいつも通りです。多分、亡霊になったばかりだからだと思います」

「……亡霊。もしかして、それが貴方の目的だったの? こうなることが、全部分かっていて、貴方は、ここへ来たの?」

 

 一語一句、なんだか噛み締めるようにアリスが言葉を吐き出している。怒られるのは覚悟の上だったけど、やっぱりちょっと怖いかもしれない。どうしよう。なんとか怒りを抑えるように小粋なトークをしなければ。

 

「た、多少のイレギュラーはありましたけど、ちゃんと相殺できましたよ。異変も無事解決できたからいいじゃないですか。まぁ、終わりよければ全て良しということで。後はここでのんびりと余生? みたいなのを過ごしていけたら良いなぁ、なんて。あ、もう死んでるんですけどね。あ、あはは!」

 

 だんだんアリスの顔が険しくなっているような。角度が上がってきてる。やばい。マジで怖い。私はちょっと目を逸らす。妖夢と目が遭うと、違う違うと一生懸命首を横に振っている。生憎、意味が良く分からない。

 と、先ほどから黙って聞いていた幽々子が、会話に割り込んできた。

 

「初めまして、元気なお嬢さん。私はここ白玉楼の主、西行寺幽々子と申します。貴方には、色々とお礼や謝罪をしなくてはいけないのでしょうけど、まず最初に一つだけ。……貴方、まだ生きてるわよ」

「――ええっ!? そ、そんな馬鹿な」

「嘘じゃないわよ、燐香ちゃん。貴方は間違いなく生きている。この私が言うのだから間違いない。……一週間、意識がなかったけれどね」

 

 西行寺幽々子がニコリと微笑む。そのタイミングで、花びらがひらりと舞う。おお、なんだか後光が見える! 流石カリスマは違う。立っているだけなのに、絵になってしまうのだから。私も見習いたいものだ。

 しかし、一週間も生死の境を彷徨っていたとは。しかも生きてるなんて。どうせ苦しむのなら、そちらに傾いてしまえばよかったのに。

 だって亡霊の方が便利そうだし。ほら、蘇我屠自古さんも便利だって言ってたもの。そんなことを考えていたら、アリスが私の肩を、強く掴んできた。本当に凄い力だ。なんか、痕が残っちゃいそうなぐらい。

 

「身体は問題ないのね? 大丈夫なのね?」

「え、ええ、全然大丈夫です」

「本当に?」

「本当の本当です」

「……そう。なら遠慮なくいくわ」

 

 アリスの問いに全力で頷くと、閃光の如き何かが走った。続いて頬に痛みを感じる。

 どうやら私は叩かれてしまったようだ。幽香の拳と違い、そんなに痛くはないけど別のところが痛かった。叩いたアリスの方が辛そうな顔をしているし。

 

「あ、あの」

「本当に、本当に無事で良かった……!」

「ごめんなさい」

「うるさい、この馬鹿がっ!! 私が、どれだけ心配したと!」

 

 アリスに全力で抱きしめられた。こんなことをされるのは多分初めてなので、少し嬉しかった。アリスの頬を水が伝っていたので、袖で拭っておく。完璧なアリスにそういうのは似合わない。私の視界も滲んでいた気がするけど、それもバレないうちに拭いておく。

 数分後、アリスが私の体を離す。そして、問いかけてくる。

 

「こんな馬鹿な事をして、貴方は一体何を考えているの?」

「ごめんなさい。反省してます」

「絶対に許さないわ。嘘をつき、あんな身代わりまで使って私を騙そうとした。死体に擬態させるなんて、悪趣味にも程があるわ。その挙句に遺書まで書き残して。私の夢が叶うことをお祈りしているですって? 自殺するような馬鹿に祈ってもらっても全然嬉しくないのよ!」

 

 死体っぽいのは私のせいじゃない。そう見えなくもないというか、死体そのものだったけど。後、あれは遺書じゃなく、手紙だったのだが、よく考えるとそう取れなくもないかもしれない。でも嘘は書いていなかったはずだ。だから、謝る必要は感じない。けど、謝っておこう。心配をかけてしまったようだし。

 

「本当にごめんなさい。心の底から反省してます」

 

 反省だけなら猿でもできる。でも私は反省している。本当の本当に。

 ここまでアリスに迷惑と心配を掛けるとは思わなかった。そのことだけはしっかりと謝らなければならない。

 

「だから許さないと言っているのよ。貴方が意識を失っている間、私達がどれだけ心配したと思っているの? これから半日かけて、その能天気な頭に説教してあげる。私が嫌になるまで徹底的にね! 覚悟しなさいッ!」

「そ、そんなぁ」

 

 上海、蓬莱だけではなく全ての人形が私を押さえつけ、布団の上にと強制連行。そのまま正座させられると、アリスが居丈高に座り込む。

 

「よ、妖夢さん。た、助けてください。せ、説教は苦手なんです。このままだと成仏しちゃいます」

「成仏って大げさな。幽々子様を助けていただいたし、本当はそうしてあげたいんだけど――」

「妖夢、絶対に邪魔をしないで。この子には言っても無駄かもしれないけど、言わずにはおれないの。だから徹底的にやる。少しでも戒めることができるようにね」

 

 アリスがキッと私、そして妖夢を睨みつける。妖夢は慌てて手を振り、絶対に邪魔しませんアピールをしている。

 

「余計な手出しをしては駄目よ妖夢。こういうときは邪魔をしてはいけないの。とりあえず、ここは退散しましょう。燐香ちゃん、夜になったら、ゆっくりと話しましょうね」

 

 幽々子がそう言って退出すると、妖夢もその後に続いて行く。

 部屋には超怒っているアリスと、人形に拘束されている私だけが残された。

 

「あ、あはは」

「何かおかしなことでもあった? 良く笑っていられるわね」

「い、いやぁ。良い天気だなぁって。あ、良かったら花見でもしませんか? 湿っぽい話はなしにして!」

「……私は色々な感情がごちゃごちゃで、もう二、三発叩きたくなってきたわ。全力でね。ねぇ、やったほうがいいかしら?」

 

 アリスの目が据わっていた。反論したら、多分平手打ちが飛んでくる。幽香より痛くないけど、私の心へのダメージが大きいのだ。つまり、遠慮しておきたい。

 

「そ、それはもういらないです」

「そう? それじゃあ、一つずつ確認するけれど。亡命届けやら、あんな身代わりの術まで用意していたということは、前もって計画していたということで良いかしら」

「はい。間違いありません。全ては私の計画通り――って痛ッ!」

 

 某汎用人型決戦兵器の司令みたいに、ちょっと格好つけてみた。そうしたら上海人形から強烈なチョップを頂いた。正直に答えても許されないときはあるものである。

 

「あの桜――西行妖が、暴走することも知っていたの?」

「それは知りませんでした。けれど誤差の範囲内です。全く問題ありません。むしろ、計画の実現には丁度良いかなとは思いました」

「……どういうこと?」

「私はただ、冥界においてもらえれば良かったんです。だから、幽々子さんに恩を売る為にやりました。ここは霊魂が留まれる場所です。私の生死なんて別にどうでも良かったんです。どっちでも同じ――」

 

 また叩かれました。今度は平手打ち。さっきよりは加減されていたが、精神的ダメージが大きい。

 

「……貴方がここまで馬鹿だったとは予想以上よ。本当に、どうしたらよいのかしら」

「諦めると言うのはどうでしょう? な、なんちゃって。あ、あはは」

 

 私だけの乾いた笑いが響いた。ボケは不発に終わってしまった。残念! ルーミアがいれば突っ込んでくれただろうに。

 

「……先に言っておくけど、長くなるわよ」

 

 呆れを通り越して、私は嫌われてしまったようだ。いずれこうなる予定だったので仕方がない。最後の授業と言う事で、甘んじて受け入れよう。

 

「で、できれば、お手柔らかに」

「それは無理ね」

 

 

 

 アリスの詰問と説教は本当に夜まで続いた。夜桜が綺麗だなぁと思って視線を逸らしたら、怒鳴られた。トイレにいきたいと言ったら漏らしていいといわれた。他人の家で粗相はまずいと言ったら、うるさいと怒られた。竹中半兵衛もびっくりである。

 アリスは怒ると本当に怖いことが分かった。しかも間違っていることを言わない。全部正論なので私は頷く事しか出来ない。最後は涙と鼻水を流すという失態を演じて、私はひたすら謝り続けるのであった。アリスも少し目が赤かった。多分疲れで充血しているのだろう。

 

「そ、そろそろご勘弁を。あ、足が痺れて」

「貴方は、自棄にならないという私との約束を破った」

「や、自棄になってないので、セーフかと思っちゃいました」

「また延長したいの?」

「い、いいえ」

 

 私の余計な一言のせいで、既に二回延長がはいっている。私は本当に学習能力がない。というより、お説教のせいで頭が沸騰寸前である。

 

「今回の件で、貴方は約束を守る事ができないということが分かった。たとえ、もう一度約束させても、面従腹背で受け流すのでしょう。よって、幽香と同じ方針を取る」

「ま、まさか、暴力主義ですか? しゅ、修羅の世界は許してください」

「違うわ。私といるときは、極力目を離さないということよ」

 

 人形がぷかぷかと浮き出す。監視役ということだろうか。可愛いから別にいいけれど、アリスは大変だろう。

 

「別にそこまで手間をかけなくても。それに、これでお別れなんじゃ」

「また叩かれたいみたいね。遠慮はいらないわ。分かるまで何度でもやってあげる」

「ご、ごめんなさい。もう十分です」

 

 私がもう一度平伏すると、アリスはようやく無表情から穏やかなものへと戻った。アリスは、怒った顔よりも、無表情の方が怖いことが今わかった。あの冷徹な視線で射抜かれると、私は身体が竦んでしまう。

 

「それと、今日から一週間は私の家で寝泊りしてもらうから」

「え、でもお母様は?」

「……色々と事情があるのよ。いつか説明できる日も来ると思うけど」

 

 よく分からないけど、あの黒い家に帰らなくて良いらしい。これは不幸中の幸いだ。冥界亡命計画は頓挫したけど、アリスの家へのお泊り計画が発動した。やったね。

 嫌なことは後回し。夏休みの宿題は最後の最後まで延ばすのが私! 今を楽しむのが一番である。

 全力で喜ぶ私の顔を見て、アリスは複雑そうに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

「お姉さんのお説教はどうだったかしら?」

 

 幽々子が入ってくると、アリスは一旦席を外すと言って出て行ってしまった。だが人形はおきっぱなし。私の監視は始まっているようだ。当分は悪戯やこういった計画は実行できないだろう。身からでた錆びである。

 

「精神だけじゃなく腰にもきました。足は痺れすぎて、感覚がおかしいです」

「それだけ想われている証拠でしょう。どうでも良かったら、余計な時間を取る事はしないわ。私たち妖怪は特にそれが顕著よ。どうでもいいものには、見向きもしないもの」

「…………」

 

 そうなのだろうか。そうかもしれない。しかし私が愛されるというのはおかしいことである。私たちはそういう存在にはなれない。

 

「ところで、冥界に住みたいということらしいけど」

「あ、いいんですか!?」

「残念だけど、あの亡命届け、豪快に燃やされちゃったのよ。ちょっと前に貴方のお母様にね。別に私は構わないと言ったんだけど」

 

 楽しそうに語る幽々子。私は全然楽しくない。全てバレてしまったということは、私は恐ろしいことになる。

 というか、幽香は先ほどまでここにいたの? なんで? よくトドメを刺されなかったものだ。一体なにがあったのだろう。

 

「な、なんでここにお母様が?」

「さぁ。それは自分たちで考えなさいな。まぁ、貴方からすれば不思議よね。ありえないことだもの」

「…………」

 

 考え込む私。やっぱりよく分からない。あ、私の死ぬところを見て笑いたかったからとか? 死骸を肥料にしてやるとか言ってたし。想像すると実に恐ろしい。

 一つわかるのは、私は幽香への憎しみや怒りを再認識できるようになったということ。ぼやけていたのが、再び明確な形を持った。なんだか元気が出てきた。やはりアレを徹底的に叩き潰さなくては、私の幸福はやってこない。いつか絶対に殺してやる。よし、元気一杯だ!

 

「……本当に歪だけど、羨ましくもあるわね」

「何がです?」

「いえ、こちらの話よ。……そうそう、一番大事なことを言うのを忘れていたわ。話が逸れるのは、悪い癖ね」

 

 幽々子が軽く溜息を吐く。なんだか演劇の一場面みたいだった。

 

「は、はい」

「今回の異変で、貴方に多大な迷惑を掛けた事を謝りたいの。本当にごめんなさい。しかもこんな子供に庇ってもらったなんて、恥ずかしくて思わず成仏しちゃいそうなのよ」

 

 幽々子がこちらを向いて、深々と頭を下げてきた。私はあたふたして、頭をあげてくださいとお願いする。こんなカリスマ抜群の人に謝られても困ってしまうのだ。

 

「わ、私が勝手にやったことなので、どうかお気になさらず。幽々子さんに恩を売りたかったという、下衆な考えもありましたし。あはは」

「それでも私は感謝しているの。だから、貴方が困ったとき、私は必ず力を貸してあげる。私ができることならなんでもね」

「じゃ、じゃあ!」

 

 ここに住まわせてくださいと言おうとしたら、先に釘を刺される。

 

「ただし、今は冥界への亡命は諦めなさい。あの光景を見た後では、とても引き離すようなことはできない。……ただ、貴方が真剣に考えて考えて考えぬいた結果、それでも答えが変わらないなら受け入れる。誰がなんと言おうとね。貴方には、その資格もある」

「あ、ありがとうございます!」

 

 資格というのがなんのことかは分からない。だが、幽々子が真剣にそう言って来たので、私は思わず緊張しながら頷いてしまった。それを見ると、幽々子は柔和に微笑んだ。

 

「ふふ、別に深く考えなくていいのよ。慌てずにゆっくり答えを出しなさい。私達のような存在だけに許された特権だもの。そして、美味しいお茶とお菓子を飲めるのも特権の一つね」

 

 幽々子が声をかけると、お盆にお茶とお菓子を乗せた妖夢が現れた。そしてアリスも。さっきより目が赤くなっている気がする。あれだけお説教すれば疲れるのも当たり前だ。よって、私は慰めてあげる事にした。

 

「大丈夫ですか、アリス。元気出してください」

「それはこっちのセリフよ。こんなに感情が揺れ動いたのは久々で。ごめんなさい、私は上手く制御できないでいる。魔法使いとしては失格ね。そんなことだから、病み上がりの貴方に――」

「と、とにかくお茶をどうぞ」

 

 私はアリスにお茶を差し出した。多分10年程度しか生きていない私には、これぐらいしかできないのだ。

 

「夜桜を見ながらお茶というのも乙なものよねぇ。そうじゃなくて? 妖夢」

「は、はぁ。私には良く分かりません。ここの桜はもう見慣れていますので。特に感慨というのはないですね」

「……貴方は本当に仕方ないわねぇ。そういうときは、嘘でも頷いておきなさいな。風情というものを覚えないと、庭師失格よ」

「そ、そんな! えっと、凄い綺麗ですよね、幽々子様! はい、私もそう思います!」

「まだまだ修行が足りないみたいね」

「そ、そんなぁ」

 

 そんな感じで、後は和やかに時間は過ぎて行った。お茶タイムが終わった後、私はアリスに手を握られて、冥界を後にする。遊びに来るのはいつでも大歓迎だと幽々子が言ってくれたのは嬉しかった。アリスは二度と来させないと、なんだか怒っていたが。

 

 私は色々と迷惑をかけてしまったお礼として、白玉楼に彼岸花をちょっとだけ咲かせておいた。妖夢がなんだか困った顔をしていたのが面白かった。世話をするものが増えれば仕事が増えるからだろう。

 ……霊夢たちは、ここで異変解決の宴会をしたのだろうか。それはどんなに賑やかで眩しいのだろう。羨ましいな。

 私もいつかここの宴会に参加できるだろうか。分からない。多分無理だろう。

 

「燐香、どうかしたの? どこか痛いのなら、直ぐに言いなさい」

「いえ。なんでもありません。ただ、桜が綺麗だなって」

「……そうね。確かにそうかもしれない」

「元気を出してくださいアリス。顔がいつもより固いですよ」

「貴方が言う言葉ではないわね。……さっきお説教はしたから、もう言わないけど。ただ、お願いだから二度とこんなことをしないで」

「分かりました」

「…………はぁ」

 

 溜息を吐くアリス。やっぱり疲れているみたいだった。

 私は一つ嘘をついた。私たちはそのうち同じような事をするような気がする。私はしないつもりだけど。考えた末なら幽々子も受け入れてくれると言っていたし。でも、先のことは分からない。原作通りになんて進まないことも分かってしまった。だから、分かったつもりになってみた。

 

 一番の問題は、今回のことは幽香の耳に確実に入っているということ。今は見逃されたみたいだが、果たして、私は生き延びる事ができるのか。もう嫌な予感しかしない。

 

 いずれにせよ、当分はアリスのいう事を聞いて大人しくしておこう。元気のないアリスを見るのは、ひどく心が痛むから。

 




次で春雪編は終了です。
そこでちょっと休憩します。疲れたー!

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