ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第三十一話 依存症

 気がついたら忌むべき我が家だったでござるの巻。何を言っているか分からないけど、自分でも分からなかった。なんだか頭が痛い。多分飲みすぎで二日酔いだ。一体どうやって帰ってきたのだろうか。さっぱり分からない。

 お酒が凄く美味しかったこと、最後まで騒がしかった記憶はちゃんと残っている。いやぁ、本当に楽しかった。地下はちょっと寂しくない? なんて最初は思ったりしたけど、騒ぐのに場所は関係なかった!

 フランや美鈴、メイド妖精の皆とわいわいがやがや賑やかに。うん、私の望んだ光景はあそこにあった。フランも一杯喜んでいたし、パーティは大成功だろう。

 そして、楽しいときはあっという間の格言通り、私はまたここに戻ってきているという訳だ。とても悲しい事である。

 

「ういー」

 

 ふらふらしながら居間へと向かう。机の上には冷たいパンと、目玉焼きにハム、サラダが置いてあった。これが朝食のようだ。幽香の姿は見当たらない。自室にいそうな気配もない。どこかに出かけているのか。まぁどうでもいいや。触らぬ悪魔に祟りなし。触らなくても災いは降りかかるけど。

 

「うーん。美味しいけど、味気ない。やっぱり賑やかな方がいいなぁ。ああ、孤独だー! つまんねー! 幽香の悪魔! 外道! 大魔王!」

 

 愚痴と一緒に悪口を言ってみる。やっぱりいないらしい。いたら私は既にボコボコだ。

 楽しい時間を知ってしまうと、退屈な時間というのは実に苦痛である。私は気を紛らわせる必要性があると判断した。そう、今の私にはお酒が必要だ。お酒を飲みたい。もう浴びるほど飲みたい。意識を失うほど飲み続けたい。

 

 いやぁ、この前初めて飲んだけど、あんなに美味しい物だとは思わなかった。もうお酒だけ飲んでいれば幸せでいられそうだった。なにより、酒に浸っている間は時間の感覚が曖昧になる。楽しいことはもっと楽しく、悲しい事は認識しないで済む。つまり、酒を飲んでとっとと自我を失ってしまえば、この家での生活が短くなるという寸法。うん、完璧な理論である。――名付けて相対性酒理論。

 キリッとしてみたけど、ツッコミ役がいなかった。やはり寂しい。

 

「そうと決まれば善は急げってね!」

 

 目玉焼きを一気に食べ、パンを咥えながら立ち上がる。幽香がいたら確実にぶん殴られているだろう。食事中にこんな真似をすることは許されない。でも今日は大丈夫。鬼のいぬ間になんとやらだ。一生帰ってこないでほしい。

 

「けけけ。自分ばっかり美味いお酒を楽しみやがって。だが、ここにお酒を隠していることは百も承知。ふふふ、甘いぞ幽香! この名探偵風見燐香の目はごまかせないのだ!」

「へぇ。何が誤魔化せないのかしら」

「――え?」

 

 な、なんだこのプレッシャーは。こ、この私が圧されている! いや、幻聴だろう。だっていなかったじゃん。お願い、幻聴でありますように!

 

「なんでお前は、勝手に棚を漁っているの? しかもパンを咥えながら。そんな食べ方、誰がいつ教えたかしらねぇ」

 

 現実は非情だった。私はパンを咥えたまま、ぐぎぎぎとゆっくり振り返る。超笑顔の幽香がいた。でも、拳をボキボキやっている。すげー北斗の拳だ! 汚物は消毒しちゃいそうな感じ。北斗有情拳でお願いしたいところだが、絶対に北斗残悔拳だと思う。残り3秒でお前の罪を数えろ的なあれ。

 というか、どうしてこのタイミングに戻って来るんだろう。なんなの、私がうっかり油断するのを見張っているの? この性悪悪魔め!

 しかしだ。いまはなんとかして切り抜けなければ。どうする、どうする私。ええいままよ! くらえ!

 

「お、お帰りなさい、お母様! えっと、死ぬ程大嫌いじゃなくて、大好――」

「鬱陶しいから近づくな。正しい食事方法を忘れたみたいだから、少し教育してやる」

 

 ネックハンギングで私は釣り上げられた。これのどこが正しい食事方法なのだ。しかしジタバタするのもみっともない。今日は私が全面的に悪いので仕方がない。因果応報。悪行は自分に帰ってくる。ならば、風見幽香にはいつ帰るのだろう。全然野放しじゃないか。やはり四季映姫・ヤマザナドゥの下へ直訴しにいかねばなるまい。花映塚はまだかなぁ。

 あ、いまちょっとだけ死神の顔が見えたかも。あれ、でも小野塚小町じゃなくて、フードを被った髑髏だった。というかこれって――。

 残念、私の幻想郷生活はこれで終わってしまった。

 

 

 

 

 

「こ、ここは」

「私の家よ」

「……凄く驚きました。三途の河かと」

「生憎だけど違うわ。貴方は幽香に運ばれてきたのよ」

 

 完全に意識を失った後、私はアリスの家で目覚めた。最近、意識を失うたびに目覚める場所が変わっているんですけど。これって軽くホラーじゃない? 本当は怖い幻想郷ってこれのことだったんだ。

 

「おはよう、という時間でもないけれどね。もう11時よ」

 

 三時間近く意識を失っていたのか。どんだけ首を締められたのか。手加減という言葉をそろそろ覚えて欲しい。あいつにグラスの鍛錬をやらせたら、確実に破壊するだろう。そんな面倒なことは必要ないとか言ってやらないだろうけど。超強化系だから仕方ない。

 それはともかくアリスにちゃんと挨拶をしなければ。

 

「おはようございます。私は時の旅人ですか?」

「旅人と言うより、荷物扱いされてたけどね」

「やっぱり」

「それはそうと。この前の紅魔館のパーティ、随分と楽しんだみたいね。最初と最後はアレだったけど。何事かと思ったわ」

 

 アリスが意地悪気に微笑む。ちょっと小悪魔っぽい。悪い意味ではなく、この笑顔は罪作りだなぁと思うわけだ。普段クールな分、破壊力抜群だ。

 しかし、最初と最後ってなんのことだろう。最初はあれだ。大物オーラ全開パワーのあれ。大体幽香のせい。

 

「……やっぱりアレはまずかったですよね。私は嫌だったんです」

「事情を知らなければ、最悪の第一印象でしょうね。それが幽香の狙いだったみたいだけど」

「はぁ。最悪です」

 

 がくっと頭を垂れる私。実るほど頭を垂れる稲穂となりたいものだ。私の場合、がっかりするときぐらいしか機会がない。もっと実らせるような教育をして欲しいものである。

 

「それよりもよ。あんな状態になるまで、お酒を飲むのはやめなさい。意識を失うなんてありえないわ。最後に運ばれるときなんて、泡吹いてたわよ。どれだけ飲んだのよ」

 

 アリスお叱りモード。最後というのはこれのことか。意識を失って運ばれるとは情けない。しかも泡って。ブクブクブクって蟹なのか私は。しかし記憶がないので、何も言い訳できない。

 

「いやぁ。た、楽しかったので。だからじゃないかな。あはは」

「楽しんだのなら、それこそ節度を弁えなさい。美鈴みたいに粗相をしたくないでしょう。良い思い出が台無しになるわよ」

「美鈴が何かしたんですか?」

「飲みすぎて嘔吐していたらしいわ。フランドールの部屋で豪快に。パチュリーの話だけどね」

「あちゃー」

 

 皿回しやら剣を飲み込んだりする大道芸を披露して場を盛り上げていた美鈴。沢山お酒を飲み捲くり、最初にダウンしていた。あれは潰れても仕方ない。飲んだというより、フランに飲まされたというか。まぁ、本人が楽しそうだったから良いだろう。

 

「分かったなら約束しなさい。意識を失うまで飲んだりしないと。節度を守って酒を楽しむと」

 

 なんだか母親みたいなアリス。だが私は素直に頷く事ができない。折角現実逃避できる素晴らしいアイテムを見つけたのに。溺れるほど飲まないと意識を失えないし。

 

「いや、その」

「今まで、私が貴方に間違ったことを言ったことがあったかしら。逆に、意識を失うまで飲んでよい理由を教えてくれる? 私を納得させられたら、好きにして構わないわ」

「そ、その方が楽しくなれるから、かなぁ。楽しければ、後はどうでもいいかなぁみたいな。あはは」

「……それだけ?」

「それだけです。え、えへへ」

「却下よ。これからは節度を守って飲みなさい。別に禁酒しろと言っている訳じゃないのよ」

「わ、分かりました」

「本当かしら」

 

 アリスの目が少し険しくなったので、私は更に頷く事にする。『私のいう事は絶対に正しい』思考の幽香と違い、アリスは理知的に攻めてくる。私はアリスを尊敬しているし、その言葉は常に正論だ。私の言い訳など、子供の駄々に過ぎない。それは自覚している。

 よって迂闊に反論すれば、一時間くらい説教を受ける可能性がある。今日の私は正直二日酔いが抜けていないので、それは勘弁して欲しい。それこそ倒れてしまう。つまり、ここでの最善の選択は。

 

「はい! アリスの教えを言葉ではなく心で理解できました! 出来る限り節度を守ると誓います」

 

 なんだかペッシになった気分だった。マーガトロイドの姉貴のいう事は間違いなし! ……あれ、でもこれって二人とも死んじゃうじゃん。アリスは死んだら駄目だし。

 というわけで、一応分かった振りをしてやりすごすことにした。出来る限りだから、出来なかったら仕方ない。アリスを困らせたくはないので、これが最善だ。

 酒の美味しさを知ってしまったので、もう手放せそうにない。次の宴会というかパーティはまだかなぁ。紅魔館ぐらいにしか呼ばれないと思うけど。というか、正月になったら甘酒がでるじゃないか。風見家でも一応門松やら餅がでる。刑務所でもそういうイベントはあるものだ。超ラッキー。

 

「……燐香。貴方、『分かった振りをしてやりすごしてやろう』と考えたでしょう」

「い、嫌だなぁ。そんなこと思うわけがないじゃないですか。あはは」

「嘘をつくとき、貴方、目を泳がせる癖があるのよ」

「……え? そ、そんな馬鹿な!」

 

 咄嗟に窓を見てしまう。窓の反射で確認するが、多分泳いでいない。あ、しまった。またひっかかったね、燐香ちゃん! いや、嘘を言った瞬間に目が泳いでいるのかも。ああ、正解はどっちなんだ!

 

「ほ、本当に泳いでいたんですか?」

「本当かどうかは教えないけど。間抜けな子は見つかったみたいね」

 

 アリスに額を軽く突かれた。悪戯を叱られているみたいで結構恥ずかしい。私は頬を膨らませて視線を逸らす。

 

「アリスはずるいですよ。ポーカーフェイスでそんなことを言われたら、誰だって騙されます」

「先に嘘をつくほうが悪いのよ。大体、子供のくせに酒に溺れるなんて言語道断。だから今日は厳しくいくわ。しばらく、お酒を飲もうなんて考えられないようにね」

「そんなぁ」

「甘えた声を出しても無駄よ。さ、早速始めましょう。鍛錬が十分と思えるまで、今日のお昼は抜き。当然おやつもね!」

 

 ば、馬鹿な。アリスの美味しいご飯をお預けとは。というか、そんなに遅くなったらおやつの時間に食い込んでしまう。アリスのおやつ抜きというのは、辛い。アリスのおやつは超美味しいのに。並んでも食べたい逸品だ。

 

「が、頑張ります」

「食欲だけは十分みたいね」

「なので、おやつ抜きだけは勘弁を」

「ふふ、考えといてあげるわ」

 

 私は汚名返上のために頑張る事に決めた。失った信頼は、結果を見せる事でしか取り返せない。やってやりましょう!

 ……そういえば、アリスの家にもお酒あるかな。後で聞いてみよう。

 

 

 今日の鍛錬は本当にハードだった。アリスは有言実行タイプ。多分、お酒の場所を聞いたのが悪かった。あれでまだ有情だったアリスの目が変わってしまった。普段優しい人は怒ると怖いのである。普段怖い人は普通に怖いけど。

 

「むむむ」

 

 鍛錬の内容は、アリスがつけた魔法の炎を、私が引き継いで限界まで維持するというもの。妖力のコントロール+限界値の底上げ。幽香の訓練方針まで混ざっていた。辛い。

 ちょっと気を抜けば炎が消えてしまうし、気合を入れすぎると一気に勢いを増して熱い。それに消えるたびに上海のハリセンが、勢いが増すと蓬莱のハリセンが私の頭に振り下ろされる。地味に結構痛い。音は派手なのでテレビ映えはするだろう。というか幻想郷にテレビはないよね。……あってもおかしくない気もしてきた。河童TVとか。

 

「き、きつい。も、もうマジ無理です」

「もう少しよ。頑張りなさい」

 

 で、今何時かというと、もう三時である。アリスは延々と私を観察しながら鍛錬に付き添っている。そろそろ飽きないのだろうか。私はアリスや人形たちの顔を見ている分には飽きないけれど。壁に話しかけているよりよっぽど有意義だ。美人は幾ら見ても飽きないのである。だが、これを維持している事には飽きてきた。私はせっかちさんなのだ。あー、おやつ食べたい。お酒飲みたい。アリスと遊びたい。

 

「――あ」

「上海」

「あべし!」

 

 炎が消えたので、バシっとハリセンが振り下ろされる。というかなんでハリセンなのだ。やはりアリスは関西芸人好きなのだろうか。幻想郷はどっちの圏内? 教えてアリス先生。

 

「……あ、足が」

 

 そんなことを考えていたら、膝から力が抜けてしまった。これだけの耐久テストは久々である。幽香のときと違い、全力でやるのとはまた違う疲れがある。集中力の持続は精神をやたらと消耗する。

 これは弾幕勝負が長期戦に及んだ場合を想定してだろうか。どんだけハードな勝負なのだろう。まさにデスゲーム!

 

「まぁ、今日はこの辺で良いかしら。ちょっと私も大人げなかったわ。ごめんなさいね」

「いえ、私が全面的に悪いので謝らないでください。アリスは何も悪くありません」

「じゃあご飯にしましょう。お腹減ってるでしょうし。お詫びに、できるものなら何でも作ってあげる」

 

 ここに女神がいた。よし、早速リクエストをしてみよう。今私が欲しい物は決まっている。

 

「お酒に合う料理ならなんでもいいです! あと、できたらお酒を――」

「…………」

「えっと今のなしで。やっぱりお菓子がいいです!」

「ねぇ。どうしてそんなにお酒に拘るの?」

 

 呆れ顔のアリス。私は精神が疲れているので、上手い言い訳が思いつかない。だから思いついた事が口からどんどんと出てくる。

 

「あはは、簡単ですよアリス。お酒は嫌なことを忘れさせてくれます。それに、意識を失っているときはお母様もひどいことはしない。されたとしても、私の記憶には残らない。酷い悪口を言われることもない。嫌われることもない。だったら、ずっとお酒を飲んでいたらいいんじゃないかなぁって思ったんです。そうすれば、あの家でも上手くやっていけます。簡単なことでしょう?」

「……はぁ。これは、重症ね」

 

 呆れたようなアリスの溜息。そう思われても仕方がない。

 

「ごめんなさい」

 

 私は疲れたので、一言謝ってから椅子にもたれかかる。

 すると、アリスが近寄ってきて隣に座り、私の肩を抱き寄せてくれる。なすがままに抱きしめられる私。これでは私はただのお子様だ。だが、温もりが心地よい。これが私に罅を入れる。知ってしまうと、我慢ができなくなる。ならば、知らないほうが良かったのに。それならあの孤独な家でも我慢できた。だって自我が芽生えてから10年も我慢してきたのだ。では、これからはどうだろう。――私はあとどれくらい我慢すればよい? いつまで耐えられる?

 

「もう少し、貴方は強くならなければならない。それは絶対に必要なこと。だから、自棄になるのはやめなさい。私と約束して」

「どうしてアリスはそこまで私に関わろうとするんです? 別に放って置いても構いませんよ。だからお酒をください」

 

 アリスは私の質問に答えてくれなかった。友達でもないし、ただ契約で私と関わっているだけだから仕方がない。困らせてしまった私は死んだほうがいいとおもう。死んだ後、私はきっと地獄に落ちるだろう。どんな罪状が並べられるか非常に楽しみだ。いや、三途の河を渡りきれないかも。それも仕方ない。その時は大人しく魚の餌になるまでだ。

 

「今、紅茶を淹れて上げる。きっと心が落ち着くわ」

「お酒が欲しい。お酒をください。それで私は救われます」

「私と約束してくれたら、美味しいアップルパイを用意するわ」

「…………」

 

 私は朦朧とする意識で考える。意地を張るのと、アップルパイどちらがいいか。無論、アップルパイだ。

 

「……約束します」

「良かった。……それと、さっきの質問だけど」

 

 私は眠気が堪えられなくなってきた。本当に疲れている。ひどく頭が痛い。酒が欲しい。酒をくれ。浴びるほど飲んで私は死にたい。幸福のまま眠りにつきたい。質問の答えを聞くのが本当に恐ろしい。

 

「私は貴方を気に入っている。いくら契約でも、嫌なことを続けるほど暇じゃないしお人好しでもない。それが答えよ。貴方が望む限り、ここに来て構わない」

 

 この言葉に縋りたくなってしまうのが恐ろしい。これは私の見ている幻覚か夢ではないだろうか。アリスの幻影に、都合良く答えさせているだけ。だって、私達は誰からも好かれるはずはないのに。いや、私はどうだったか。そもそもどっちが本当の私だったっけ。よく分からない。思考が混濁する。

 

「…………」

 

 やはり今日の私はおかしいのだ。アリスのアップルパイを食べればまた元気になるだろう。

 無言でアリスを眺め続ける私。人形たちが私の周りに集まってくる。上海が私の肩に飛び乗ると、器用に目元を拭ってくれる。ああ、本当にここは居心地が良すぎる。だから、恐ろしい。




最近忘年会がつづいています。
飲んでるときは超楽しいのですが、帰ってからいつも地獄を見ます。
寒気、悪寒などなど。水を大量に飲んではいるのですが。
まいっか!

というわけで、お酒の話でした。

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