ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第三十話 紅き聖誕祭・下

 人妖入り乱れる紅魔館のパーティはまだまだ続く。

 料理に酒は途切れる事無く提供され、それは瞬く間に妖怪たちの胃袋へと納まっていく。

 

「紫様。少々、ペースが速すぎるかと」

「何よ藍。せっかくの料理を食べないなんて、こんな素敵な会を開いてくれたレミリアに失礼よ? ほら橙。貴方は遠慮せずにガンガン食べなさい」

「はい! 一杯頂きます!」

 

 藍が袖を引っ張るが、紫は気にせずケーキを口に頬張る。苺はあえて避けてある。最後に美味しく頂く為に。こういった拘りが長い生においては重要である。

 紫が促したこともあり、橙は魚料理目掛けて走り去っていく。元気で非常に宜しいと紫は深々と頷く。こういった場では世間体よりも楽しむ事が重要なのだ。そこを藍はまだ分かっていない。

 

「ククッ。以前、ウチに脅しに来た賢者様と同じとは信じられないね。いやいや、主催者冥利に尽きるというもの。遠慮なく食べてくれ」

「言われなくてもそうするわ。全く、貴方達には本当に手を焼かされたんだから、これぐらい当たり前よ」

「これは手厳しいね。あの件は手打ちが済んだじゃないか」

「まだまだよ。美味しい酒をたらふく頂いてようやく貸し借りゼロね」

 

 吸血鬼異変の際は本当に頭を悩まされたものだ。今となっては良い経験になってはいるが。幻想郷のルールを守ろうとしない妖怪が、突如として現れた場合の対処法。どれだけの事態を想定したとしても、実践は違うというもの。この経験は今後起こりうるイレギュラーへの良い判断材料となる。

 

「――で、だ。そろそろ妖怪の賢者様と話すのも飽きてきた」

「あら、もしかしてフラれちゃったのかしら」

「安心しろ。後でまた構ってやろう。私の器は海よりも広く空よりも高い」

 

 とにかくでかいということを言いたいらしい。

 

「流石は偉大な吸血鬼ですわ。それで、目移り激しいお嬢様は、次は誰にちょっかいを出すつもりかしら」

「それは勿論こちらのお客人だとも。先ほどから私をやけに挑発してきていてね。そろそろ応えないと失礼に当たると思うのだ」

 

 招待されたことに嫌味ったらしく礼を述べた後、無言で酒を飲み続けている花妖怪、風見幽香。先ほどから馬鹿にしたようにこちらを見下ろすばかりで、交流を深めようといった気持ちはさらさら見受けられない。

 霊夢たちと一緒にいる十六夜咲夜などは、こめかみに青筋を浮かべている。登場時から喧嘩を売っているようなものだから当然なのだが。藍や橙も風見燐香に対して敵意を発していた。従者としては好ましいが、八雲の式としてはあれくらいは受け流す余裕も求めたい。

 

「ああ、これ? 捻くれ花妖怪の風見幽香よ。常に捻くれた反応をすることに定評があるわ。私が知る限りでは幻想郷一ね」

「くだらないことばかり言っていると、殺すわよ?」

「ほらね。言った通りでしょう? でも可愛いところもあるのよ。だってお花の妖怪だし。水をあげると喜ぶの」

 

 紫がからかってやると、幽香からの威圧感が増してくる。打てば響く反応が、実に面白い。これが先ほどからこちらを窺っている天狗ではそうはいかない。あいつらは腹の探りあいばかりで全く面白くない。

 

「私は風見幽香。太陽の畑に住んでいるわ。今日は、お前とはよろしくするつもりはないと伝えにきたのよ」

「これは丁重な挨拶痛みいる。私はレミリア・スカーレット、紅魔館の当主だよ。是非、今後とも宜しくお願いしてもらうことにしよう。妹もお前の娘と仲良くやっているようだしね」

 

 レミリアはニヤリと笑う。外見は子供だが、実力は立派な吸血鬼。才能、素質共に十分だ。舐めてかかると痛い目にあうというのは、先日の吸血鬼異変での犠牲者の数が示している。紅魔館は単独で幻想郷相手に戦争をするだけの力を持っている。今は、紫たちによって鎖を掛ける事に成功しているが、今後も油断はできない。契約を交わしたとはいえだ。抜け道を探すことぐらい、悪魔ならやりかねない。

 それを理解した上で、あえてトドメを刺さなかったのは、妖怪の山の力を削ぎ落としたかったからだ。最近やけに口出しするようになってきていたので、それを牽制するための勢力が欲しかった。そこに紅魔館が当てはまっただけ。

 全てを駒として考えてしまうのが、八雲紫という妖怪の悲しい性である。この会に出席することで起こりうる変化も当然考慮している。それを意識したくないので、紫は敢えて騒がしく振舞っている。どうせ、これが表面上だけの演技だと見做されていることも分かっている。自分は、未来永劫そういう存在なのだから。

 

(仕方がないという言葉は嫌いだけど、仕方ないのよね。こういう性分なのは変えようがない。いつ死ぬのかは知らないけど、死ぬまで治らないのは間違いない)

 

 ――だから、厄介そうなことに進んで首を突っ込む事にしている。幻想郷の安定のためもあるが、その方が楽しそうだから。楽しまないと、いつか発狂してしまうかもしれない。色々なお節介を焼くのも最終的には自分のためである。というわけで、早速幽香を弄る事にする。こいつを弄るのは、スリルがあって本当に楽しい。一番楽しいのは、霊夢の成長を見守っているときである。

 

「ねぇねぇ、幽香。あれほど娘を外に出したがらなかったのに、どういう思考の変化なの? ようやく子離れできたとか? 今日は本当におめでたい日ねぇ」

「お前には関係ない。後、馴れ馴れしくするな。ぶち殺すぞ」

「怖いわぁ。レミリア、ちょっとガツンと言ってやりなさいな。紅魔館当主なんでしょ。吸血鬼たるものここで舐められちゃ駄目よ。一発いっときなさい」

 

 レミリアをけしかける。どうなろうと自分には被害はない。全く問題ない。

 

「お前の言っている意味が分からん。だが、最初のアレは中々の余興だった。親子そろっていきなり喧嘩を売ってくるとは考えてもいなかった。実に意表を衝かれたよ。ククッ、フランが気に入るわけだ」

 

 そう言ってレミリアは心から楽しそうに笑う。風見燐香が会場に現れたときのことだろう。あれだけの威圧感を見せられては、木っ端妖怪やらまともな人間は近づこうとはしまい。稗田の護衛退魔師などは、完全に戦闘態勢に入っていた。あの親子の前では糞の役にも立たないだろうが。所詮付け焼刃の集団だ。なにしろ、道具の力を借りなければ何もできない無能共。霊夢の爪の垢でも飲んだほうが良い。まぁ、そういう連中だから放ってある訳だが。幻想郷のバランスを崩す要因には絶対になりえない。

 幽香いわく、害虫避けの効果は十分にあったと言えよう。彼らは今後風見燐香の恐ろしさを人里で触れ回り、人間たちを決して近づかせないようにするはずだから。

 だが、同格、あるいは格上には逆効果だった。霊夢などは完全に討伐対象へと入れたはずだから。燐香は既に能力をコントロールすることに成功している。つまり、無意識でああなったのではない。この性悪妖怪が敢えてやらせたのだ。結果がどうなるか分かっていて、燐香にあれを強制させたということは――。

 

「ふむふむ。つまり、温室での無菌栽培はやめたということでいいのかしら? 愛しの娘を世間の荒波に揉ませようと」

「うるさいわね。お前は黙って食ってなさいよ。この意地汚い隙間ババァが。狐と一緒にぶちのめしてやろうか」

「な、なぜ私まで」

 

 うろたえる藍。そこは私が盾になりますと激昂するところだろう。減点である。橙を式にしてからというもの、自重を覚えてしまったようだ。昔の藍はもっと尖っていたのに。紫がつけた異名は、切れたナイフ。本人は凄く嫌がっていた。

 

「主の罪は式の罪。つまり連帯責任よ」

「……そ、そんな」

「らーん。主を守るというのがお前の使命でしょう。どうして一蓮托生の運命から逃げようとするの?」

「そういう訳ではありません。ですが、些か理不尽な気がしたもので」

「妖怪が理不尽で何が悪いの。この愚か者め」

「痛ッ」

 

 扇子を取り出してペシッと藍の額に打ち付ける。ぐぬぬと唸ったまま、藍は座り込んでしまった。反省しているようだ。だが反省だけなら猿でもできる。ここで許してはいけない。

 

「くくっ。お前の主は、本当に理不尽のようだね。同情するよ」

「きゅ、吸血鬼に慰められるとは。なんと言って良いのやら」

「喜ぶが良い、忠実なる狐よ。それはこれから一生続くぞ。私にはお前の運命が見えるんだ。どうだ、嬉しいだろう」

「……はは。思わず愕然としました」

「それは重畳。さぁ、ウチの酒を飲んで是非至福の時を味わってくれ。自慢の逸品揃いだよ」

「……お心遣い、感謝しますよ」

 

 レミリアと藍が楽しそうに話している。些か聞き捨てならない藍の言葉もあったが、今は見逃してやろう。だが絶対に忘れない。

 

「ねぇ幽香。吸血鬼と狐って中々珍しいペアよね。和洋折衷って感じ? ――って、そうじゃなくてさぁ。貴方の娘のことよ。人形を遣う魔法使いになんか入れ知恵されたんでしょう? じゃなきゃ急に外に出したりしないはずだもの」

「…………」

 

 視線をアリス・マーガトロイドへと向ける。今は宵闇の妖怪と話し込んでいるようだ。何の気の迷いか、幽香は燐香をアリス・マーガトロイドのもとへ教育に通わせている。独占欲と保護欲があれほど強かったくせに。

 自分だけでは限界が近いという事に気がついたのか。それとも気付いていないのか。いずれにせよ、興味深い。

 

「……全く。だったら私が預かってあげてもよかったのに。長年の付き合いだってのに、つれないわねぇ」

「冗談は顔だけにしときなさい」

「私にそこまで真正面から罵声を放つのは貴方ぐらいのものよ」

「だったら話し掛けて来るな」

「嫌よ。楽しみが減っちゃうじゃない」

「おい、そこの二人。主催者を放ってイチャついてるんじゃない。八雲紫、偉大な吸血鬼を狐に相手をさせてどうするんだ。ついでに風見幽香もだ。招いてやったんだから、もっと私を歓待しろ」

 

 レミリアが不満そうに間に入ってくる。言っている事が滅茶苦茶だが、傲慢な吸血鬼には相応しくも思える。幽香が苛々しているのが少々不安だが。爆発すると、物理的な意味で館も爆発する。被害が甚大になるだろう。その際は人間だけは守ってやる事にする。

 

「チンチクリンが、中々言うじゃない」

「仕方ないわねぇ。ほら、グラスを持って。さぁ血のように紅いワインをどうぞ。幽香も一々膨れてないで」

「うんうん。それでいいんだ。私は退屈が大嫌いでね。だから、楽しそうなことや面白そうなことは大好きなのさ。そういうわけで、風見幽香」

「……何?」

「ウチのフランを宜しく頼むよ。別に嫁に出すわけではないが、アレはかなり気難しいやつでね。うっかり半殺しにしてしまったりするのさ。その際に、一々めくじらを立てないでくれということだ」

「その時は、お前たちを同じ目に遭わせてやるから心配しなくていいわよ。この悪趣味な館ごと破壊してやる」

「くく、それは実に恐ろしい。フランにはよく言って聞かせる事にしよう。精々丁重にもてなせとね」

 

 アハハハと哄笑しながらグラスを煽るレミリア。威厳たっぷりに周囲を見回した後、椅子に悠然と座る。そして、『あーつかれたー』と大きく伸びをすると、だらっとしてテーブルに突っ伏した。

 

「でさぁ、ちょっと真面目な話なんだけどさぁ」

「……なにこいつ。急にオーラがなくなったわよ」

「ね、結構面白いでしょう、この吸血鬼。見ていて退屈しないわよ。暇なときに良く見てるんだけどさ」

「おい、私を覗くのは止めろ変態妖怪め。いや、そうじゃなくてさぁ。風見幽香、お前の娘の事だよ。私は何回も挨拶しようとしたのに、いっつもフランに邪魔されるんだよ。『神社でも行ってろこの馬鹿』、『うざいから100回死ね』、『お子様吸血鬼』っていつも罵られるし。なんなのよ。私はここの当主なのに。フランの初めての友達に挨拶しちゃいけないってどういうことよ? おかしいでしょう?」

 

 レミリアのカリスマパワーが瞬く間に減っていった。今ここにいるのは、気難しい妹との仲に悩む、外見相応の悲しい姉である。

 

「そうねぇ。何か嫌われることでもしたんじゃなくて?」

「うーん。アイツがあまりにヤンチャだから、軽く495年間地下に押し込めたぐらいかな。後は聞き分けないときは殴っていう事を聞かせたり」

 

 レミリアの言葉に、紫は肩を竦めた。閉じ込められている方からしたら堪ったものではないだろう。お前のためといわれて納得するのはドMぐらいだ。

 

「間違いなくそれが原因でしょうね」

「だって誰彼構わず、見境なく殺しまくるからさぁ。さすがの私もああするしかなかったんだよ。そこからすると、最近は本当に落ち着いてるよ。思わず嬉しくなっちゃって、全力で抱きつきにいったら上半身ふっとばされたけど。いやぁ、我が妹ながら恐ろしい魔力だった。末恐ろしいね」

「姉妹揃ってイカれてるわね」

「幽香、貴方が言えたことじゃないわよ。どの口がそれを言うの」

「お前が言うな」

「いや、貴方にだけは言われたくないわよ」

 

 幽香と本気で言い合っていると、レミリアの話はまだ続いていた。

 

「あのスペルカードルールな。あれは本当にいいものを作ってくれたよ。フランの破壊衝動を満たしつつ、それでいて手加減を覚えさせる事ができた。いやぁ、あの白黒と紅白がフランと相対したときは、絶対死んだと思ったのに。何事もなくて本当ラッキーだったよ。いや、全部私の運命操作のお蔭なんだけど。流石は私だな」

 

 レミリアの能力はいまいち正体が分かっていない。運命を操るといっているが、ならなぜ先の吸血鬼異変で敗北したのか。その方が良い運命だったということだろうか。ハッタリの可能性も否定できないでいる。しかし、プライドの高い吸血鬼がそんな嘘をつくだろうか。いずれにせよ、妹のフランドール・スカーレットともども警戒に値することだけは確かである。

 スキマという反則的な能力を操る自分がいるのだから、どのような存在がいてもおかしくないのだ。

 

「恐ろしいことをさらっと言わないでくれるかしら。心臓に悪いから」

「済んだことは振り返らないのが私の主義だからな。……それでさぁ、ようやく大人しくなってきたと思ったら、しかも新しい友達までできたとか言い出すし。その時の私の気持ちが分かるか? 思わず泣きそうになったね。泣かなかったけど」

「はぁ」

 

 なんだか疲れてきた。帰りたい。幽香は全然聞いてないし。やはり自分が聞き役なのかと、紫はそっと溜息と吐いた。

 

「妹の友達ならさ、私も会ってちゃんと挨拶しないとって思うじゃない? そしたら問答無用で消し飛ばされた私の気持ちが分かる? ねぇ、分かる? 分からないだろうなぁ。いや、分かってもらったら困る! 私の苦悩は山よりも高く、谷よりも深いのよ」

「それは、本当に大変だったわねぇ」

 

 うぜぇと思いつつ、紫は笑いながらそれに付き合う。幽香はすでに明後日の方向を向いている。こいつはそういう冷たい奴なのだ。それでも続いているのは、ひとえに紫の度量が広いおかげである。でなければこんな腐れ縁が長続きするわけがない。やっぱり紫ちゃんがナンバーワン。勝ち誇っていたら幽香が虫を見るような目で眺めてきた。こういうときの勘だけは霊夢並に良い奴である。

 

「どうもね。咲夜を近づけさせなかったのを根に持ってるみたいでさ。だってあの馬鹿、加減知らないし。私の大事な咲夜を壊されたらたまったものじゃない。そうしたらお返しとばかりにこの扱いでしょ。もう、どんだけガキなのよ。私を見習って一人前のレディになりなさいってのよ。ねぇ咲夜、お前もそう思うだろう?」

「はい、お嬢様」

 

 いつの間にか近くに戻っていた十六夜咲夜が深々と頷いている。本当に全部話を聞いていたのかは知る由もない。

 

「そうでしょそうでしょ。ああ、咲夜とパチェだけよ。私の気持ちを完全に理解してくれるのは。門番はフランの派閥に取り込まれてるし! この館の当主は私、私なの! この麗しのレミリア・スカーレット!」

 

 テーブルをばんばんと叩きまくる吸血鬼。

 ――マジでうぜぇ。近くで写真を取り捲っている糞天狗もうぜぇ。スキマで消し飛ばしてやりたいが、後で天魔やらが五月蝿いからここは我慢のしどころだ。紫は笑みを顔に貼り付けて、なんとか受け流す。我慢するというのは、中々精神力を使うのだ。幽香は欠伸をしながら、酒のお代わりを注いでいる。

 

「大体さ、隠されると見たくなるでしょ? いや、誰が何を言おうと私は見たいの。だって私悪魔だし」

「そういうところがいけないのよ。多分、妹さんは貴方に大事な友達を取られちゃうと思っているんでしょうねぇ」

「なるほど、そういうことか。うん、それはいい考えだ。取り上げたら、アイツどんな顔するかなぁ。ちょっとやってみたくなった」

 

 レミリアの目に怪しい光が浮かび始める。駄目だこいつはと、紫は深々と嘆息した。姉妹で一生喧嘩していればよろしい。外に迷惑をかけなければ問題ない。多分、今この段階でキレかかっているのは幽香だろうが。

 というか、この吸血鬼は霊夢にもちょっかいを出している。見張っている限り、特に怪しい素振りはないが、眷属にでもしようと企んだ瞬間に消し飛ばしてやるつもりだ。何でも欲しがるのが悪魔とはいえ、見境がなさすぎる。たまには痛い目にあったほうがいい。というか、妹に何度も叩きのめされているのに治る気配がない。もっとキツめにやられたほうがいいだろう。

 紫は心の中でフランドールを応援する事に決めた。

 

「一つだけ言っておくわチンチクリン。あれはお前のじゃないの。余計な手出しは一切するな。全く、フランドールの方がマシだとは思わなかったわ」

「お前は本当に失礼な奴だね。ふふん、今すぐ私の実力を思い知らせてやりたいが、今日は日が悪いから勘弁してやろう。ありがたく思え」

「あっそ。勝手にほざいてろ」

「いやぁ皆さん、仲が宜しいですねぇ。これだけの実力者が集まると、実に壮観です! ところでレミリアさんに幽香さん。ちょっと、妹さんと娘さんのことでインタビューしたいのですが!」

 

 写真を心ゆくまで撮り終えた射命丸文が、額を拭いながら声をかけてきた。

 レミリアと幽香は全く同じタイミングでそちらを向くと――、

 

『死ね』

 

 と声をハモらせながら告げたのだった。

 やっぱり、こいつらは面白いなぁと紫はしみじみと思うのだった。

 

「……お嬢様」

「なんだ、咲夜。改まって。私への称賛の言葉ならもっと声を大きくしていいぞ」

 

 と、十六夜咲夜がレミリアに何かを耳打ちすると、その表情が変わる。颯爽と立ち上がると、悠然と微笑む。

 

「すまないが、少々席を外させてもらう」

「あら、どうかしたの? いきなりやる気になっちゃったみたいだけど」

「なに、大事な妹の教育を少々ね。何事にも一線というものはある。それを越えるには、相応の覚悟が必要ということさ。アイツはそれを全く分かっていない」

 

 

 

 

 

 

 ――紅魔館地下、フランドールの部屋。酒精やら料理の匂いが充満している。ここには窓がないから当然のことだ。外の空気が入ることも、忌まわしい日光が入り込むことも決してない。

 

「ひどい状況だなぁ。うん」

 

 フランは椅子に座りながら、部屋の惨状を見渡す。別に暴れて破壊した訳ではない。もっと別の意味での惨状だ。

 美鈴は何故か下着姿になりながら、鼾を掻きながら眠っている。手には大きな酒瓶を抱えながら。完全に油断しきっており、とてもいつも凛とした表情で門を守護している妖怪とは思えない。きっと、本当に楽しかったのだろう。フランが笑うと、美鈴も喜んでくれる。だからだと思う。紅魔館で一番親しいのは美鈴である。いつも何かと気に掛けてくれる。それを分かっていても、素直に感謝することはない。何度も酷い目に遭わせてしまった自分にはそんな資格はないからだ。

 

 そして、いつもはおどおどとしているメイド妖精たち。個々の名前など知るわけもない。だが、彼女達もいつの間にか宴に混ざり、グラスを交わして歌い踊り、やがて疲れて眠ってしまった。彼女達がここまで無防備なのは初めて見る。

 そして、この部屋が、これほどまでに賑やかだったことはこれまでなかった。こんなにも笑い声が響くものだと初めて気付かされたものだ。美鈴の宴会芸が多種多様なことや、妖精メイドが意外と愉快な性格をしているということも初めて知った。本当に今日は新しい発見が多かった。楽しかった。面白かった。いつまでも続けば良いと思った。

 

 ――そして。

 

「…………」

 

 美鈴に寄りかかって意識を失っているのは、風見燐香。頭がおかしいフランドール・スカーレットの初めての友達。

 最初は幽香の命令で威圧感をやたらと発していたが、地下に来てからはすぐにやめてしまった。フランは別に気にしないといったのだが『私が気にします』と不快そうに舌打ちして、幽香への悪口を言いまくっていた。本人がいないと、やたらと強気なのが燐香なのだ。

 

 そして、酒を飲み始めると更に気分が高揚してきたらしく、笑顔で自分の傍に寄り添い続けてくれた。

 『フランは絶対沢山の友達ができる』、『いつかレミリアとも仲良く出来る』、『今まで我慢した分絶対に幸せになれる、私はそれを知っている、私が保証する、フランは優しくて他人の痛みが分かる』などなど、もうこちらが赤面するぐらいに褒めまくってきた。顔は笑っているのに、目が極めて真剣だったのが印象的だ。これがただの機嫌とりだったら半殺しにしてやっていたのに。この馬鹿は、本心からそう告げてきたのだ。どこをどう見たら、そういう考えに至るのか。全く以って理解不能だった。

 そもそも、自分と友達になろうなどと考える事がイカれている。姉ですら自分を恐れて地下に閉じ込めたというのに。自分は大丈夫だとでも思っているのだろうか。だが、それを試してみようとは思わない。燐香を傷つけたくないという思考が、潰してしまいたいという破壊衝動を抑えこんでいる。実に不可解な話だ。

 

「……よく寝てるね」

 

 フランは、完全に寝てしまっている燐香を眺める。特徴的な赤い髪が血のように見えてきた。それとは対照的に、汗で光を放つ色白の肌がやたらと艶かしい。その首筋に視線を向ける。完全に無防備だ。今なら、フランが何をしても、絶対に阻止出来ないだろう。その時には何もかもが手遅れだ。

 ――牙が疼く。心臓の鼓動が早くなる。

 

「…………」

 

 他の友達なんていらない。燐香が永遠に傍にいてくれるなら、それでいい。そうしなければ、いつかあの性悪の姉に取られてしまう。自由は既に奪い取られている。だから、これからすることは正しいことなのだ。

 

「ごめんね? でも、これで私たちは永遠に友達でいられるの。だから、いいよね」

 

 燐香の身体を押さえ、口を限界まで開ける。牙に力を篭め、術式を詠唱する。対象を完全に支配下におくためのもの。一定以上の血液を吸い取り、自分の魔力を流し込んでしまえばもう抵抗できない。これは永遠に自分のものだ。

 

 ――白い首筋に、牙を突きたてようとした瞬間。

 

「馬鹿者」

 

 背中を掴まれて、強引に引き剥がされる。その拍子に、美鈴のお腹にダイブしてしまった。ぐぶっという呻き声をあげ、美鈴は更に昏倒した。なんか口から溢れてるし。

 

「おいたはそこまでだよフラン、我が最愛の妹。相手の同意をとらずに、そういうことをしてはいけない。お前に吸血鬼としての誇りがあるならね。覚悟があるなら話は別だが」

「そんなものあるわけないでしょ。私にあるのは495年分の憎悪だけ。ねぇ、今度は本気で殺すよ? 分かったら私の邪魔をしないでよ。そう、私のモノに手を出すな!」

「お前は何も分かってないな、幼き吸血鬼よ。それはいけない。実に浅はかな考えだ。……フランドール、そいつはお前の何だ?」

「私の初めての友達」

「そうだ。だが、それをお前は自分から手放そうとしているんだ。分かるか、半人前の悪魔よ。お前が牙を突きたてた瞬間、関係は決定的に壊れる。それを分かっているのかと言っているんだ」

「ぐだぐだ五月蝿いんだよ! でていかないと本気で殺すぞ!」

 

 フランは殺気を篭めてレミリアを睨みつけるが、相手はどこ吹く風で微笑んでいる。脅しで左手を翳してやっても全く動じない。

 

「魂を支配下におくというのは、そう簡単なことじゃない。お前は簡単な手段で、永遠に自分のものにできると思ったのだろうがね。強引にそれをやったら、できあがるのはただの木偶だ。お前の命令をひたすら従順に聞く、つまらない玩具のできあがりだよ」

「――嘘だッ! この嘘つきッ! お前は嘘つきだ!」

「嘘じゃないさ。お前は私が操っていたグールを見たことがあるだろう。あれがそうだよ。あれが成れの果てさ。私は自分の戦力を増やすために敢えてそうした。なぜなら私は悪魔だからだ。無間地獄に落ちる覚悟は常にできている。故に、駒の意志を尊重する気などさらさらなかった。でだ、お前はどういうつもりで、そうしようとしているんだっけかな?」

「わ、私は。――私はッ、ただずっと友達でいて欲しいって!! 私はいいなりの木偶なんかいらない! 私が欲しいのは――」

 

 フランが両手で顔を押さえて嗚咽を漏らすと、レミリアが近寄り抱きしめてくる。

 

「いいんだよフラン。間違いは誰にでもあるものさ。お前は知らなかっただけじゃないか。ならこれから学んでいけば良い。幸い、うちには優秀な魔法使いがいる。優秀かつ偉大で美しくて素晴らしい大先輩の私がいる。そこそこ優秀な門番もいる。不完全だが瀟洒なメイドもいる。おまけに腐れ小悪魔までいる始末だ。誰にでも好きなだけ聞けるじゃないか、そうだろう?」

「……お、お姉様」

「ふふん。やっとそう呼んだか。そう、それでいいんだ。私は栄えある紅魔館の当主なのだから。私達化物の時間は飽きるほどに長い。幸い、そいつも妖怪だ。慌てる必要はなにもない。何をそんなに焦る必要があるんだ。私の妹ならば、もっと堂々としているべきだ」

 

 レミリアが背中を軽く叩き、そして離れる。フランは、自分の中で抑え切れなくなっていた欲望の嵐が収まっていくのを感じる。そうだった。慌てる必要なんてないのだ。私達の時間は、とても長い。

 

「……ごめんなさい、お姉様。私、とんでもないことをしちゃうところだった」

「別に構わないさ。私達は家族なんだ。互いに迷惑をかけてかけられて、その度に絆を深めていけばいい」

「……ありがとう。ありがとう、お姉様」

 

 フランは、数百年ぶりにレミリアに感謝を伝えた。レミリアは優しく微笑むと、フランの頭を乱暴に撫でてきた。姉は、いつもそうするのだ。一番腹が立つのは、それが不快と思わないことか。

 

「さてと、これで一安心だな。それじゃあ、ベッドに寝かせてっと――」

 

 レミリアが燐香を持ち上げ、フランのベッドに寝かせて介抱している。そのまま顎を持ち上げ、流れるような動作で首筋に牙を突きたてようとした。

 

「――ぐげっ!」

「……ねぇ、何をしようとしているの? 我が愛しのお姉様」

「い、いや、ちょっとだけ味見をだな。お前がそんなにいれこむぐらいだから、きっと血は美味しいんだろうなーとか。あのいけ好かない風見幽香へのあてつけになるかなーとか。先に抜け駆けしてやったらお前はどんな顔するのかなーとか。世の中早い者勝ちって言うじゃない? そういう世間の厳しさを引き篭もりのお前に教えてやろうとおぼっだんだげぼ!」

 

 手の力を強める。フランの変化した右手は、完全にレミリアの顔を捉えている。レミリアの顔はひょっとこみたいになっている。

 

「うーん、やっぱり死んじゃいなよ。多分、その性悪な性格は長い時間をかけても治らないからさ。なんだっけ。馬鹿は死んでも治らないだっけか。パチェも言ってたし」

「ぶ、ぶらん! や、やべて」

「うるさい」

 

 強化した手で、レミリアの顎を更に締め付ける。ひょっとこの次は顔が茹蛸みたいになってきた。そのまま死んでしまえとばかりに、フランは万力のように力を篭めていく。何、顔が潰れても直ぐに再生するから問題ない。

 

「本当にいつもいつもいつもいつも美味しいところだけもっていこうとするよね。前からそう思ってたんだけど」

 

 咲夜の血をこっそりと飲んでいることは美鈴から聞かされている。こいつは自分だけ美味しい血を飲んでおきながら、私には適当な血を飲ませていることも知っている。本当に頭にくる奴なのだ。その上、燐香の血まで飲もうとしやがった。フランより先にだ。このまま顔面を消し飛ばしてやろうと、力を入れる。

 

 ――と、自分よりも丁度良い相手が見つかったので、そちらへ引き渡すことにした。

 

「ねぇ。こいつ、燐香の血を吸おうとしてたよ。一回半殺しにしたほうがいいと思うな」

「へぇ。客人に対して、中々愉快なおもてなしじゃない。せっかくだし、少し遊んであげましょうか。最近の吸血鬼は太陽が平気なのもいるんでしょう? 試してみましょう。上でスキマ婆に用意させてあるから、少し日焼けすると良いわ。肌が白すぎるみたいだしね」

 

 スキマで日光を直接取り入れるつもりか。当分は起き上がれなくなるだろう。ざまぁみろとしか思わない。ちなみに、フランもレミリアも太陽は苦手である。陽射しを浴びれば、ダメージを受ける。

 

「げえっ、風見幽香! な、なんでお前がここに」

「人間のメイドが案内してくれたのよ。ご丁寧に部屋の前までね」

「さ、咲夜あああああッ! 何してくれてんのお前は! っていねぇ!」

 

 咲夜はすでに立ち去っていた。去り際の顔には、ちょっとだけ嫉妬のような感情が含まれていたような。なるほど、確かに不完全である。それが良いとかレミリアは言っていた。ならば甘んじて受け入れることだろう。ハッピーエンドだ。

 

 

「ま、待て! ふ、フラン! 元はといえば最初はお前が! 私はそれをとべぼうぼ」

「はい、これあげる。もう返さないでいいよ」

「さて、行きましょうか。吸血鬼が灰になるところは初めて見るから少し楽しみなの」

「た、太陽は、太陽はだめぇ! 本当に融けちゃうし! 火傷するから! マジで無理!」

「やかましい」

 

 風見幽香にレミリアを投げ渡すと、そのまま頭を掴まれて部屋を出て行った。ずるずると引き摺られて。

 この分では、レミリアが止めていなくても、恐らく風見幽香が止めにきていたのだろう。最後の視線が、少々剣呑だったから。親は怒らせると怖いらしい。フランには親の記憶がないので分からないが。だから、少しだけ羨ましいなと思った。

 

「あーあ。せっかくずっと友達でいられる方法を見つけたと思ったのになぁ。でも時間は長いし。どうするかはこれからゆっくり考えよう。どう転がるかは想像できないけど、退屈はしなそう。……ここは本当に楽園なのかもしれないね」

 

 パチェが楽園と称したこの世界。フランは初めてそうかもしれないと思った。

 フランは、燐香の横に寝転ぶと、そのまま目を瞑って寝てしまう事にした。ここの片付けは美鈴に任せればいいだろう。人の部屋で嘔吐するという醜態を見せているのだから、至極当然である。

 

 

 




セーフ!

レミリア様は本当に頭の良いお方。
やるときはやるけど、普段はだらけていたりギャグ属性。
そんなイメージ。

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