ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第三話 忌むべきモノ

 風見幽香は誰よりも強くありたいと思っている。そのための努力は惜しまないし、誰にも遅れを取るつもりはない。だが、最近自分の限界というものも感じ始めている。僅かにだが、山の頂が見えてきてしまったのだ。花妖怪としての限界。そこに至ったら、一体自分はどうすれば良いのか。分からない。分かりたくもない。

 

 ――諦めと停滞が精神を殺す。“退屈”、それが幽香には何よりも恐ろしい。

 

 

 

 

「完全な実力主義を否定する、か。実にくだらないことを考えたものね」

「そう言われては立つ瀬がありませんわ。私達が寝る間も惜しんで、一生懸命に頭を捻ったというのに」

「それはご苦労様。でも、やりたいようにやって何が悪いのかしら」

「全部よ。ここは私達の最後の楽園。最低限の秩序を守ることは当然でしょう」

「私が知ったことか」

「つれないわねぇ。でも、最後には貴方も守ってくれるのでしょう? 今だってちゃあんとルールを守っているのだから。貴方は妖怪の優等生さんね」

 

 前方の空間に薄気味悪い切れ目が入り、ゆっくりと、化物の口が開くかのように、ぬるりと広がっていく。中から扇子片手に現れたのは妖怪の賢者を名乗る、八雲紫。幻想郷の管理者を称する化物だ。

 

 

「挨拶もなしに人様の家に侵入するのが、管理者の仕事なのかしら?」

「友との語らいの前に、他人行儀な挨拶は無粋じゃなくて?」

「鳥肌が立つから冗談でもやめろ」

「奇遇ね、実は私もなのよ。ああ、寒い寒い」

 

 紫が隙間に腰掛ける。一体どういう仕組みなのかは分からない。神出鬼没の隙間妖怪、何度か戦ったがいまだ決着はつかない。というより、本気を出してこない。相手をしていても面白くないので、幽香もそのうち手を出すのを止めた。つまらないことはしないのだ。

 

 

「用がないならとっと帰れ。用があるならお前の式で知らせろ。顔を見るだけで不愉快なの」

「そんなに慌てないで。話はこれからじゃない。私は貴方と、直接話をしたかったのよ」

「なら早くしなさい。私はお前みたいに暇じゃないの。今すぐに用件を話せ」

「だから慌てないで、幽香。もっとゆとりを持ちましょうよ。……ああ、呼び方は幽香お母様、の方が良かったかしら?」

「殺されたいみたいね。なら今すぐにやりましょうか。いい加減、決着をつけましょう」

「ふふ、冗談よ。そんなことより、あの子、健やかに育っているみたいねぇ。子供の成長は本当に早い。見違えちゃったわぁ」

 

 試すような視線を送ってくる。恐らく挑発しているのだろう。今攻撃を仕掛けても、隙間で受け流される。こいつを表にたたき出すには、ある程度の溜めが必要となる。

 

「お前には関係ない」

「ね、少しは優しくしてあげたらどうかしら。知っていて? あの子、たまに泣いているのよ。もう見ていられなくて」

「なら見るな。お前には関係ない」

「はぁ、本当につれないわね。少しは会話を続かせなさいな。私達は獣じゃないのだから」

「そうする意義を欠片も見出せない。つまらないことはやらない主義なの」

「なるほど。じゃあ、燐香ちゃんの育児は面白いってことよねぇ。語るに落ちるとはこのことかしら」

 

 幽香は激しい敵意を露わにする。自分の世話している花に手を出されたら、誰だって殺したくなるだろう。あれは、私が育てるべきものだ。今は誰にも邪魔させない。

 

 

「お前はあの子に関わるな。見るな触るな話しかけるなッ」

 

 声を荒らげてしまったが、何も問題ない。感情を押し殺してまで堪える必要はない。あるがままに生きるのが妖怪だ。

 

「あらあら怖い。地底の妖怪もびっくりするほどの嫉妬を感じるわ。肌が焼かれてしまいそうね。――うふふ」

「スペルカードだろうがなんだろうが、お前の好きにやればいい。私達には何の関係もない。だから私達にも関わるな」

「残念だけど、そうはいかないのよ。幻想郷に住まう者にこのやり方を浸透させるのが今の私の使命。殺し合いを繰り広げていた世の中に戻ったら、今度こそ――」

 

 滅びる。だからなんだというのだ。ありのまま、自分の本能のまま生きていくのが妖怪の本分だろうが。他のことなど知ったことではない。最後に待ち受けるのが破滅ならば受け入れる。自分を曲げるのは死んでもご免だ。

 

 

「ふふ、目は口ほどに物を言う。貴方のその愚直なまでの考えは、妖怪の在り方としてとても好ましい。だけど、少しだけ我慢も覚えてくれないかしら。貴方の力は、放置できるほど生易しいものじゃないのよ。いい? ここは“私達”の楽園なの。それを貴方もしっかり認識して頂戴」

「知るか。それこそ私の知ったことじゃない。責任を負った覚えはないわ」

「本当につれないわね。……はぁ。貴方がいつまでもそういう態度だと、あの子に直接お願いするしか――」

 

 最後まで言わせず、妖力を纏わせた手刀を紫へと繰り出した。喉を潰してやるつもりで放ったそれは、紫の左手で受け止められる。即座に結界を展開したらしい。だが、そんなに甘い攻撃ではない。結界を貫き、紫の左手の指が何本か吹き飛んだ。

 

 

「ふふふ。守るものが出来た女は強い、とでも言えばよいのかしら。それって、素敵なことよねぇ。私も可愛い式がいるから、気持ちは分かるわぁ」

 

 消し飛ばしたはずの左指が、一瞬で再生していく。

 

「うるさい。黙れ。今すぐに帰れ。出て行け。不愉快だ」

「言われなくても、私も忙しいからお暇するわ。ああそうだ、お土産代わりにいいものをあげるわ。きっと、貴方の役に立つと思うの。続きが欲しくなったら、人里の貸し本屋にいくと良いわよ」

 

 紫はにこりと笑って会釈した後、本を机に置いて隙間に消えていった。机に残されたのは、分厚い本。人間の赤子の表紙には、ぴよこ倶楽部と書かれていた。

 幽香はそれを無造作に掴むと、外へと乱暴に投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー本当に面白かった! あいつ、あんなに感情をむき出しにしちゃって。ちょっと痛かったけど、なんだか癖になっちゃいそうねぇ」

 

 紫は上機嫌で住処へと帰還した。幽香とのやり取りは緊張感があって実に面白い。友人の西行寺幽々子との穏やかな空気とはまた違う趣がある。あのむき出しの殺意は、妖怪として実に好ましい。率直にそれを表せる幽香を、少しだけ羨ましいとすら思う。自分の立場でできることではない。八雲紫には背負っているものがある。

 

 

「また風見幽香をからかいに行っていたのですか?」

「ええ。あいつとやりあっていると、まだまだ自分も若いって思えるようになるのよ。それって素敵なことでしょう?」

「……はぁ。そうでしょうか」

 

 呆れた藍の声。この趣が分からないとは、能力だけは一丁前だがまだまだ未熟である。

 

「たまには緊張を味わっておかないと、闘争本能が腐っちゃうでしょう」

「そうなのですか?」

「適度な緊張は若さを保つ秘訣よ。私の式なんだから、それくらい理解しなさいな」

 

「……はい。それで、風見幽香は従いそうでしたか?」

 

 話題を変える藍。こういう余計な技術だけは一丁前になってしまった。誰に似たのだか知らないが、たまに横っ面を叩きたくなる。小生意気とでもいうのだろうか。それもひっくるめて可愛いのだが。

 

「口では反抗していたけど、流れには従うでしょうね。だって、あいつは今育児に夢中だし。限界まで成長する前に暴れるなんてことは、絶対にしないと思うわ」

「風見、燐香ですか」

「そうよ。あいつのイカれた鍛錬、貴方も知っているでしょう。気が触れたかのようなスパルタ教育。まさにドSの本分発揮って感じよ。あそこまでやるなんて、本当に馬鹿よねぇ」

 

 

 本当に馬鹿だと思う。同時に、それだけ入れ込んでいるということだ。そうでなければ、あのような行為はできない。続けられない。自分ならば、風見燐香はこの世にすでにいないだろう。

 

「……紫様。あれは、危険な存在ではないでしょうか。あれは、我々の監視に気がついております」

「あらあら。可愛らしい少女に、あれだなんて、藍はいけない子ねぇ」

 

 愉快そうに紫は笑う。そんなことは言われなくても百も承知だ。何度か監視している際に、目がバッチリあっている。

 不敵にも凄まじいまでの敵意をぶつけてきたので、こちらも遊び半分に殺気をぶつけてやった。特に反応がなかったので、その時は大人しく引き下がったのだが。もう少し手をだして、底を見ても良かったとも思っている。ただし、その場合は幽香とも遣り合っていただろう。

 

 折をみて、一度話をする必要がある。当然、風見幽香とはやりあう羽目になるが。どういう思考の持ち主なのか、見極める必要がある。

 

「まだ誕生してから十年足らずだというのに、あの妖力です。さらに恐るべきは、潜在能力の底が見通せないこと。風見幽香がこれから数百年掛けて鍛え上げたとしたら、果たして」

「へぇ。中々見えてるのねぇ、藍」

「当然のことです。危険因子であることに疑うところはありません」

 

 紫は扇子を口元に当てる。藍の危惧するところは紫ももちろん考えている。

 一見、幽香のやりたいことは単純明快だ。最強の妖怪を作り上げること。自分の妖力から生まれた娘を幻想郷で大暴れさせる。そして、最後には自分を消滅させるほどまでに育て上げたいのか。もしくは自分の手で摘み取りたいか。藍の考えはこんなところか。

 だが、物事はそう単純ではない。色々と裏がある。藍は知らないだろうが。

 いずれにせよ、歪んだ愛情だと思う。

 幽香は愛情など欠片もないと否定するだろうが。その癖、少しちょっかいをかけたら、雌の獣の如く怒り狂う。

 そこまで考えていると、藍が真剣なまなざしで訴えてくる。

 

「直ちに排除するのが最善かと。あの幼い妖怪の根幹を成すもの。アレは間違いなく――」

「藍。それ以上は言わなくても分かっているわ。私だけじゃなく、幽香もね。それを理解したうえでもう一度見てみなさい。違う側面も見えてくるかもしれないわよ?」

「申し訳ありませんが、分かりかねます。私としては、やはり排除するのが最善と考えます。病巣を取り除くのであれば、早いに越したことはありません」

 

 病巣と例える藍を、八雲紫は目を細めて一瞬だけ睨みつける。

 

「あぁ、藍はせっかちさんなのね。後、病巣なんて言い方はやめなさい」

「……申し訳ありません」

「別にどれだけ強くなろうが構わないのよ。鬼や悪魔、神より強くなっても問題はない。最低限のルールさえ守ってくれれば、幻想郷は全てを受け入れるもの」

「あの風見幽香が、それを守るでしょうか? 風見燐香に対しての教育、鍛錬、あれは、別の目論見もあるのでは?」

「さぁてね。いずれにせよ、ルールを守らせるのが私たちのお仕事。それでも聞き分けないときは――」

「はい、無論承知しております」

「あらあら。藍は本当にせっかちさんねぇ。私はまだ何も言っていないというのに」

「申し訳ありません。しかし、お任せ下さい」

「ま、今は大人しく見守りましょうか。時間はまだまだあるものね。私達妖怪は、慌てる必要なんて一つもない。――ね、橙」

 

 紫は駆け寄ってきた橙を抱き寄せる。誰でも子供は可愛いものだ。それは幽香も変わりはない。しかし、一方的な愛情というものは、子供にとって大きな負担である。それを、あの戦闘狂は気付いていない。もしくは気付いた上で行なっているのか。

 

(このままじゃ永遠に救われないわよ、幽香。でも、安心して?)

 

 だから、いつの日か鎖をつけてしまおう。この八雲紫の手でだ。そのとき、風見幽香がどんな顔をするのか。ああ、本当に楽しみである。

 


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