ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第二十九話 紅き聖誕祭・中

 幽香と一緒に、やってきました紅魔館。幽香がアリスのように手を繋いでくれるわけもなく、私はいつも通り首根っこを掴まれている。延びるからマフラーはやめてくれと言ったら、それだけは勘弁してくれた。マフラー輸送だと、本当に首吊り燐香人形になってしまうし、何より台無しになったらもったいない。誰が作ったとしても、これは私の宝物なのだ。

 

「ほら、ついたわよ。約束通りにしているように」

「は、はい。分かっています」

 

 よし、大物オーラ全開ッ! 超サイヤ人みたいなイメージで。

 実際の所は、多分目つきが鋭くなっているぐらいだと思うけど。相手からすると、『何ガンとばしてんだこの野郎』みたいな、そんな感じ。いきがってるヤンキー下っ端みたいな? 総長はもちろん風見幽香。ヤンチャは止めて今すぐ脱退したい。

 

 そんな威圧感を超発生中の私を見て、美鈴は思いっきり顔を引き攣らせている。当たり前だ。一見幽香みたいなのが、今から戦闘しかけるぞみたいに睨みつけていたら、誰でもドン引きする。私でもする。今鏡をみたら引くと思うし。

 

「……いらっしゃい、と言いたいところだけど。ええと、今日は別に弾幕大会とかそういうのじゃないんだ。もしかして、招待状の内容が間違ってました? 今日は一応クリスマスパーティなんですけど」

「それくらい知ってるわ。悪魔のくせにクリスマスを祝うとか間抜けなことをしてるんでしょ。どんな愉快な面してるのか見に来てやったのよ。ほら、招待状よ」

「これはどうも。いやぁ、いきなり殴りこみかと思って身構えてしまいましたよ」

 

 幽香が美鈴に招待状を放り投げる。中を確認した美鈴は、それは良かったと安心している。

 

「いらっしゃい、今日はお母さんと一緒だったんだね」

「あはは、い、一応」

 

 そして、屈んで私に話しかけてくる。視線をできるだけ近くしてくれる気配り。流石は気を遣うことができる妖怪だ。嬉しくなったので笑いかけると、美鈴の顔がまた引き攣る。

 

「うわぁ。お嬢さん、なんか嫌なことあった? あれなら、お菓子とか用意するけど。せっかくの催しなんだし、機嫌を直して欲しいな」

「え、いや、別に怒ってないですよ」

「そうなの? いつもと違って凄い機嫌が悪そうだけど。なら、なんでそんなに敵意を発しているのかな?」

 

 美鈴が困惑したように頬を掻いている。これが私じゃなければ、多分強引に叩き潰しているのだろうが。紅魔館門番を舐めてはいけない。仲良くなっていて本当に良かった。

 

「……違うんですよ。悪魔――じゃなくて外道でもなくて、お母様がこうしていろって」

 

 危ない危ない。つい本音が連鎖してしまった。悪魔がこちらを睨みつけていたが、手は出されなかった。二回まではセーフだったみたい。

 

「悪魔?」

 

 美鈴が幽香に視線を向ける。悪魔みたいに笑っている幽香がいた。やべぇ。怖い。

 

「……ああ、そういうことか。お嬢さんも色々と大変なんだね」

 

 分かってくれてありがとうと、頭を下げる。そうしたら後ろから尻を蹴飛ばされた。いきなり汚れるわけにはいかないので、なんとか踏ん張る。通算三度目なので罰がきたらしい。私に罰を与えるときだけは異様に細かいのだ。

 

「中には木っ端妖怪や屑に等しい人間たちが大勢いるんでしょう? 最初が肝心と言うじゃない。こいつは特に馬鹿だから、舐められないように教育しているのよ」

 

 これが教育? はて、教育とはなんだったか。文○省に問い合わせたい。調教ならあっているかも。

 

「……あの。お願いですから、中で暴れないでくださいね? 今日はそういう集まりじゃないので」

「私に言われても知らないわね。中の塵芥どもにお願いしておきなさいよ」

「本当に止めて下さい。後生ですから、お願いしますよ」

 

 美鈴が中間管理職みたいに疲れた笑みを浮かべている。多分、次に苦労するのは咲夜だろう。もしレミリアが修羅道だったら、即座に殴りあいになりそう。

 もしかして、このまま大乱闘スマッシュ東方シスターズが始まるの? どうして私のペアはこの悪魔なの? なんだか急に帰りたくなってきた。幽香が美鈴を威圧している間に、私はちょっとずつ後ずさる。身体が勝手に動いたのだ。よし、このまま逃げよう。三十六計逃げるに――。

 

「ねぇ、お前は何処に行くつもりなの? ここまで連れて来た私の労力を無駄にする気かしら」

「い、いえ、ちょっと後退運動をしたくなっただけです。いやぁ、良い汗かきました」

 

 汗を拭うふりをして、誤魔化し笑いはなんとか堪えた。苦しい言い訳だが、幽香は鼻を鳴らすだけで許してくれた。良かった。中に入るまえにぐちゃぐちゃに服が汚れてしまっては悲しい。せっかく気合入れてきたのに。首にはマフラーだが、実は私はアリスからもらったクリーム色のコートを着ている。暖かくて実に心地よい。

 

「とにかく、中までご案内しますよ。お嬢さん、コートは預かるよ。かさばるでしょ」

「ありがとうございます」

「さ、妹様が首を長くしてお待ちですよ。もうはしゃぎっぱなしで大変でした」

 

 紅魔館の中にはいると、客を出迎える為に並んでいた妖精メイドたちが悲鳴をあげて逃げ出していった。化物をみたような表情で。

 いや、私も幽香みたいなのが手の骨をボキボキ鳴らしながら近づいてきたら全力で逃げるし、気持ちは分かる。でも、実際にやられてみると凄く悲しい。なぜ私が化物扱いされなければならないのか。全部隣のこの女のせいである。不意打ちローキックをしてやろうかと思ったが、反撃でKOされるのは間違いないので我慢した。私は我慢の達人だ。

 

「あはははは! 妖精たちがゴミみたいに逃げてった! 逃げ惑うアリンコみたいで面白いなぁ。私も今度やってみよう!」

 

 フランドールはその光景を腹を抱えて笑っている。一方の私は疲れた笑いしかでない。フランが怒らないでくれたのは幸いだったが。妖精たちには同情の気持ちを送っておく。

 

「あの。もうこれ止めていいです? このままだと私の第一印象が、地底より下までいっちゃうと思うんですけど」

「お前の印象なんてどうなろうが知ったことじゃない。嫌なら力で逆らってもいいわよ? お前にできるものならね」

 

 くくっ、と心底愉快そうに微笑む幽香。こ、この性悪妖怪め。私の『友達百人できるかな計画』が本当に頓挫してしまう。後先考えずに思いっきり睨みつけてやると、更に幽香の顔が歪んでいく。なんで喜んでるんだこの野郎。本気で殴りたくなってきたが、堪える。フランが近くにいるし。なにより素敵なパーティが滅茶苦茶になってしまう。心頭滅却心頭滅却と心の中で何度も唱える。そのうち悟りを開けそう。だが、即身仏になるのは嫌である。

 

「あーとっても面白かった! 今日は来てくれてありがとう燐香。また約束守ってくれて嬉しいな! それにしても今日はいきなり飛ばしてるね。何よりその殺気と敵意、凄いイカれてるよ。あ、そっかー隣にそいつがいるからかぁ! 本当にそいつが嫌いなんだね。もしあれなら今潰しちゃう? 私も全力で協力――」

「しー! しー!!」

 

 いきなり恐ろしいことを暴露しはじめるフラン。私は慌ててフランに抱きついて、口を塞いで強引に話を止める。なんだかフランは嬉しそうである。幽香をチラリと見ると、目が超怒っていた。後で本気のボディブローぐらいは覚悟しておこう。三日ぐらいご飯がまずくなる。

 

「うわぁ、近くだともっと凄いね! 身体だけじゃなくて心までビリビリきちゃった。折角だからそのまま会場に乗り込もうよ。皆きっと驚くよ!」

 

 フランは至近距離からの威圧感をものともせず、いつものテンションで接してきてくれる。流石は心の友。フランの優しさが身にしみる。

 私はフランから離れると、ちゃんと挨拶をすることにした。友達といえども、挨拶は大事。偉い人も言っていたし、古事記にも書いてある。日本書紀はどうだろう。それは知らない。

 

「ごほん。今日は招待してくれてありがとうフラン。えっと、メリークリスマス、でいいのかな?」

「うん、別になんでもいいよ。アイツ――あー、お姉さまが気紛れでやったことだし。クリスマスなんて騒ぐための口実だから。あとは幻想郷の連中に顔を売るためなんだって。パチュリーが言ってた。……でもそれだけじゃないと思う。多分燐香にちょっかい出したかったからだよ。何かされたらすぐに言ってね。速攻でぶっ殺しにいくから」

 

 フランが私と同じくらいの威圧感を発しながら、鋭い牙を見せてくる。なるほど、これは警戒されて当たり前。フランと友達じゃなかったら私も逃げ出している。

 

「わ、わかりました」

 

 フランのまくしたてるような言葉に圧倒されながらも、なんとか理解した。なるほど、紅魔館主催の親睦パーティと考えればよいだろう。ということは、アリスとかルーミアもいるかもしれない。いや、霊夢や魔理沙もいるかも。なんだか心がウキウキしてきた。

 

「それにしても今日はいつも以上に良い顔してるね。頭のおかしな妖怪って感じ! 流石は私のお友達だね! ね、いつか本当に幻想郷相手に大暴れしようよ。私達ならできると思うな」

「そ、そうですね。何かやるというのは良い考えです」

 

 幻想郷制圧はともかく、異変を一緒に起こすのは実に面白そう。フランの手伝いをするのも悪くない。私は1面ボスを担当しよう。そうなのかーと言いつつ、やられていくのだ。

 

「妹様。とりあえず会場に行きましょう。お客様を待たせてはいけません」

「分かってるよ。美鈴は本当にうるさいなぁ。このお節介」

「あはは、すみません」

 

 文句を言いながらも、フランは美鈴のいう事を聞いて先へと進んでいく。困った妹と、面倒見の良いお姉さんといった感じか。私とアリスの関係に似ている気がする。

 歩き出したフランだが、顔をこちらに向けて、どんな料理やお酒がでているかを細かく教えてくれる。翼がパタパタして、虹色の宝石がその度に揺れる。本当に楽しんでいるのだろう。

 

「珍しい料理に、血が入ったお酒もあるよ。紅魔館特製のワイン。燐香も飲んでみる?」

「それは美味しいんですか?」

「うん、あのワインは本当に美味しいよ。じゃあ飲むのに決定ね! 沢山あるから溺れるほど飲もうよ」

「は、はい」

 

 思わず頷いてしまったが、良かったのだろうか。まぁ、肉じゃないからいいか。輸血みたいなものと考えれば、別に忌避感もない。第一私は妖怪だし。でも人間の肉だけは勘弁だ。

 

 

 

 

 

 

 

「さ、こちらです」

 

 一際でかい両開きの扉が美鈴によって開けられる。ここがパーティ会場なのだろう。と、中に入った瞬間に、全員の目がこちらを向く。え、なにこれ。

 思わず固まっていたら、美鈴がよく通る声で声を発する。

 

「レミリアお嬢様。風見幽香様、燐香様をお連れしました」

「ご苦労様、美鈴。今日は門番の仕事はもういいから、後はお前も楽しんでいて構わないよ」

「ありがとうございます!」

 

 美鈴が一礼すると、近くの妖精メイドたちのもとへと向かっていく。なにやら指示を出している。門番以外でも色々と忙しいみたいだ。

 

「凄く賑やかですね。人や妖怪が一杯いますし。思わず圧倒されちゃいます」

 

 なんか凄いシャンデリアも吊るされてるし。キャンドルが幻想的でなんだか王宮みたい。絵とか壺なんかも高そう。ということは、グラスをうっかり落したりしたら大変だ。どんな価値があるか分かったものじゃない。弁償できないし、気をつけなければ。

 

「ふん、どうでもよい屑ばかりよ。覚えるのは力のある者だけで良い。いずれ、お前が叩き潰すべき相手になる。その点から言えば、この館の主もそこそこ楽しめそうね。チンチクリンだけど」

「…………」

 

 いや、私は戦わないし。なんでいきなり敵対リストを作り出しちゃうの。これだから修羅道は嫌なのだ。『おめぇつええな! よし早速殺し合いやろうぜ!』みたいな考えでしか相手を見ることができない。暴力反対!

 って、言ってるそばからレミリアにガン飛ばしてるし。こちらを興味深そうに眺めていたレミリアの顔も、当然ながら歪んでいく。

 何故か私まで挑発的な視線を送られているし。あ、それは大物オーラを発しているせいだった。後でちゃんと謝らなくちゃ。フランにお願いしちゃおうかな。

 それにしてもと、私は溜息を吐く。今日は楽しいパーティなのに。誰なの、この悪魔を招待したのは! 私だけでよかったのに!

 

 私は幽香から意識を逸らす事にした。ついでに気付かれないように一歩離れておく。こいつに巻き込まれるとやばい。レミリアVS幽香戦とか、私死んじゃうし。やるなら私の見えないところで勝手にやっていてください。

 

「さてと。どんな人が来てるのかなぁ」

 

 人外の化物は放っておいて、早速パーティに参加した面子をチェック! なんだかちょっと暗くて誰がいるのか良く見えない。キャンドルのぼんやりとした灯りは素敵だけど、もっと明るくしてもいいのに。

 というわけで、目をジッと細めて参加している人妖を一人ずつ確認する。顔をしっかりと頭に記憶する為に、限界までじっくりと見る。

 

「スカウターでもあればいいのになぁ。戦闘力とか見れたら面白そう。河童さん作れないかな」

 

 しまった。考えが戦闘民族的だった。今のやっぱなし。

 えーっと。まずは当主のレミリアでしょ。その隣にはなぜか嬉しそうにこちらを見ている八雲紫。話したことはないのに、こっちをガン見している。その後ろで紫の世話を担当しているのが八雲藍と橙か。彼女達はちょっと怒っているように見える。なんか顔が歪んでるし。料理が口に合わなかったのかな。まぁいいや。

 位置的に、レミリアと紫が談笑していたようだ。紅魔館当主と幻想郷の賢者の対談。うーむ。カリスマ抜群だ! 混ざるのは遠慮しておこう。

 しかし皆とっても美人さんである。レミリアはフランと一緒で可愛いし、紫は胡散臭そうだけどそこが魅力的だし、藍は国を傾けたとかいうあの伝説もある。橙は猫みたいで可愛い、って猫の妖怪だったか。うん、満足した。いつか話してみたいな。

 

 

「あれは、アリスにルーミアだ。二人とも来てたんだ」

 

 視線を次の場所に移すと、アリスとルーミアが一緒にいた。見知った顔があるととても落ち着く。私が小さく手を振ると、二人とも気付いてくれたようだ。というより、こっちを見て話していたのだから当然か。

 ルーミアは楽しげにこちらに手を振りかえしてくるが、アリスはなんだか困惑した表情だ。多分、コントロールできているはずの私の大物オーラがまた出てしまっているからだ。お前は学習能力がないなと呆れているのかも。後でちゃんと言い訳しないと。本当は声を掛けに行きたいが、幽香は側を離れるなと言っていた。本当に余計なことばかり言う女である。

 

「次はリグルにチルノたちかぁ。あそこなら仲良くなれそうなんだけど」

 

 アリスの隣のテーブルには、なんだか顔が青褪めているリグル・ナイトバグ。確か、花畑で一度だけ会ったことがある。そのときは後姿だけだったけど。凄いスピードで行ってしまったので、話すことはできなかったのだ。

 久しぶりの再会を喜ぶつもりで微笑みかけると、リグルは急にお腹を押さえて屈んでしまった。多分ケーキの食べすぎである。私もアリスのケーキを食べすぎて、ああなったことがある。腹痛に苦しむ妖怪というのは、実に滑稽である。思いだしたら笑いしかでてこない。すると、リグルの顔がさらに泣き出しそうになっていく。うわぁ、可哀相に。

 それに慌てて駆け寄るチルノ、大妖精、ミスティア・ローレライ。賑やかないつもの面子が勢ぞろいだ。でも、ルーミアは特に動こうとはしない。アリスと普通に話しているし。この世界ではカルテットにはならないようだ。もしかしたら私がいたせいかも。ごめんなさいと誰にともなくあやまっておく。イレギュラーはこれだから駄目なのだ。

 

「その顔、中々良いじゃない」

「あ、ご、ごめんなさい」

「構わないから続けなさい。ただし、無様な真似はしないように。堂々としていろ」

「はい」

 

 努力して作り笑いっぽいのを貼り付ける。幽香がいるから、愛想笑いは許されない。無表情でいろと最初に釘を刺されていたし。でも、笑っているのは良いみたい。これぐらいなら大丈夫かな、と幽香を見上げる。

 

「ふふ。とても良い表情をしているわ、燐香。そう、それでいいのよ」

「ありがとうございます」

 

 珍しく名前呼びで褒められた。大抵はグズか、クズと馬鹿にされるのに。幽香が実に満足そうに頷いている。なんだか嬉しくなったので、更に口元が上がってきた気がする。まぁそれは一旦置いておこう。どうせ気紛れだろうし。――人妖チェック再開だ。

 

 和風な装束の人達にかこまれているのが稗田阿求かな。その隣には本居小鈴。二人は友達なのかもしれない。

 というか、お供の人が全員懐に手をいれているから、異様な謎集団にしか見えない。なんだか主を守るかのように円陣を組んでるし。パーティなのにあれでは楽しくないだろう。まぁどう楽しもうが人の勝手なのだけど。

 機会があったら『人間友好度極高、危険度極低』にしてくれるようにお願いに行かなければなるまい。手土産に彼岸花はまずいだろうが。なんにせよ根回しは大事である。

 

 そこから更に離れた場所。椅子でグラスを傾けているのはパチュリー・ノーレッジと小悪魔。二人とも私を見て、なにかを堪えるような顔をしている。なんだか笑っているし。うん、楽しそうでなによりだ。私が手を軽く振ると、パチュリーが小さく頷いてくれた。アリスと同じくクールだけど、意外に面倒見が良いのである。魔法使いは優しいという定義が私の中に生まれつつある。

 

「あ、メイド長だ」

 

 十六夜咲夜の姿があった。紅魔館には何回か来ているけど、実際に会うのは今日が初めてだ。咲夜は凛としていて、なんだか触れてはいけないような美しさがある。流石は瀟洒なことに定評のあるメイド。姑息なことに定評をいただいた私とは格が違う。やっぱり普通の人間とは違うなぁと思った。眩しい限りだ。

 

「時を止めるそうよ。まぁ、殺し合いなら負けることはない。私達の再生力で圧倒すれば良いだけ。人間の体力なんて知れたものよ。だから気にしなくていい」

「そ、そうですか」

 

 修羅の話は聞き流しておこう。私はお前じゃないので、時を止める人を相手に戦いたくないのだ。目とか潰されたら嫌だし!

 ――と、咲夜が話しかけている白黒魔法使いの姿が目に入った。彼女のことは良く知っている。相手は知らないだろうけど、私は知っている。

 

「あれが霧雨魔理沙かぁ」

 

 ようやく、栄えある主人公の一人、霧雨魔理沙を見ることができた。白黒の典型的な魔法使い装束だ。その顔と目は、一目見ただけで生命力に溢れているのが分かる。

 彼女は見事に咲き誇っている。羨ましいなと心から思う。彼女の強烈な生き方に惹き付けられる者が多いのもよく分かる。殺してやりたいくらいに憧れる。本当に羨ましい。物騒な考えに思わず自嘲する。きっと幽香がそばにいるからだろう。私がこうなったのも全部こいつのせいだ。いつか殺す。

 

「そして、あれが――」

 

 魔理沙、咲夜と話している博麗霊夢。私は彼女のことも良く知っている。特徴的な紅白の巫女装束に、黒髪と大きな赤いリボン。凄い可愛いけど、なんだか不機嫌そうなオーラを発している。ここに妖怪が一杯いるからだろうか。

 博麗霊夢はどのような思考の持ち主なのだろう。私の知識だと、ぶっきらぼうで面倒くさがりで修行が嫌い。だが、天性の才能で数多くの異変を解決することになる人間だ。特に努力をしなくても、成功が約束されている人間のはず。ああ、実に羨ましい。私とは違う。私達とは違う。こいつも魔理沙や咲夜に負けないぐらい咲き誇っている。いや、それ以上か。ぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたいぐらいだ。殺してやりたい。いや、そうじゃない。実に羨ましい。いつか仲良くなりたいなぁ。

 

「あれが当代の博麗の巫女。あの面をよく覚えておきなさい。馴れ合う必要は全くない。ただし、いつか徹底的に叩き潰せ。身体と心に恐怖を刻み込んでやりなさい」

「え」

 

 本当に勘弁して。まぁ弾幕ごっこなら命のやりとりにはならないだろうけど。そんな剣呑な関係にはなりたくないのだ。神社で仲良く、ほがらかに笑い合えるような関係。それを私は望んでいる。いや、それすらも無理なら陰から眺めているのでも問題ない。

 

「何を呆けているの。更に馬鹿になった?」

「い、いえ。いきなり無茶を言うので。博麗の巫女に勝てる訳ないじゃないですか」

 

 私は首を思いっきり横に振る。無茶振りをされても困るのだ。

 

「本当に情けないわね。そんなことで私を超えるつもりなの? このグズが。いや、最初から負けを認めているなんて、屑にも等しいわ」

 

 幽香が意味もなく私の頭を小突いてくる。しかも連続で。アリスとは違い、鋭い痛みがある。この女、絶対に殺す。でも今は駄目だ。暴れてしまったらパーティが滅茶苦茶になる。そうしたらフランが悲しむ。だから我慢する。

 

「ごめんなさい。もしやることになったら、精一杯頑張ります」

「当たり前よ。絶対に勝て」

「…………」

 

 湧き上がってくる様々な負の感情を幽香に向ける事にして、私は霊夢に挨拶代わりに微笑む事にした。うん、これで第一印象はまずまずだろう。幽香のせいでなんだか物騒な思考になってしまったが、次に会うときはきっと仲良くやれるはず。そう、私の八方美人政策は未だ継続中なのだ。

 

「さて、私はあのチンチクリンに軽く挨拶をしてくるから。お前は、その妹と一緒に下に行ってなさい」

「え? 何で私達は下なんです? 会場はここなのに」

 

 なんで私とフランは地下室送りなのだ。納得がいかない。私達は隔離されるようなことをするつもりはない。明るい場所にいて何が悪い。言葉に棘が混ざる。

 

「あー、そういえば私達は下だっけ。ごめん燐香、お喋りに夢中で言うのを忘れてたよ」

「ごめんね、お嬢さん。妹様は賑やかすぎる場所が苦手なので、そう手配させてもらったんです。たくさん料理とお酒を持っていくので、一緒に来ていただけませんか。私と妖精メイドたちもご一緒します。色々と余興も用意してありますので、退屈はさせないつもりですよ」

 

 美鈴が頭を下げてくる。フランを見ると、特に不満はなさそうだった。

 

「フランはいいの?」

「ん? 私は別にいいよ。ここにいても話したいのは燐香だけだし。五月蝿くないところで美味しい物を食べている方が楽しいんじゃない。あ、それとも全力で暴れてアイツの面子潰しちゃう? それも面白そうだよね。やっちゃおうか?」

「妹様、どうかそれはご勘弁を。咲夜さんがまた泣いちゃいますよ。あんまり虐めてはかわいそうです」

「知らないよそんなの。咲夜とはほとんど喋った事ないんだし。で、どうする燐香。好きな方でいいよ。やるなら、ちょっとしたお祭りになるだろうけど。うん、クリスマスに相応しく火祭りにしようかな。館ごと派手に燃やしちゃおうよ!」

 

 フランは左手を楽しそうに何度か握ったり閉じたりしている。膨大な魔力がそこに溜め込まれていくのが分かる。幽香の顔色が僅かに変わる。ほかの妖怪の面々も、こちらへの警戒の度合いが高まったように感じられる。美鈴などはすでに腰を下げて、強引に止める態勢だ。

 私が一緒に暴れようといった瞬間、フランの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』が発動するだろう。それも少しだけ楽しそうだ。私の彼岸花を全開に咲かせて逃げ道を封じ、ここにいる連中全部壊してしまおうか。それでゲームオーバーだ。

 ――いやいやいやいや! なんで思考が修羅道にいってしまうのか。そんなのは絶対に駄目。楽しく平和に爽やかに。これが私のモットーである。というわけで、フランの肩に優しく手を乗せる。

 

「それじゃあ、フランの部屋にいきましょうか。地下でやるクリスマスパーティもまた乙かもしれません」

「あはは! 燐香は前向き思考なんだね。私達は明らかに邪魔者扱いだと思うけど、まぁここは寛大な心で許してあげようか。二人で一杯飲もう。あ、美鈴も一緒だったっけ。結構頑丈だから乱暴にしても大丈夫だよ」

「あ、あはは。どうかお手柔らかに」

 

 中間管理職紅美鈴。大皿にすでに料理の盛り付けを開始している。ビビっている妖精メイドたちを叱咤しながら。紅魔館の気配り妖怪は一味違うのだ。私は心から感心した。

 

「美鈴さん、宜しくお願いします。それじゃあ、お母様もまた後で」

「精々楽しんでくるといいわ」

 

 らしくない言葉を言い残すと、幽香はレミリアたちの方へと悠然と歩いていった。見てない間に何か悪いものでも食べたのだろう。うん、間違いない。あれが優しい言葉を掛けてくることは絶対にないのだから。

 

 

 

 

 

 

 私はフランに案内されて、地下へと向かうことになった。誰も見てないし、もう威圧感はいらないだろう。ここならわかりっこない。

 

「ふー。少しだけ疲れました」

 

 無意識のときは何も感じなかったけど、意識的に発していると結構疲れる。意識して呼吸しているとなんだか疲れるような感じだ。

 

「あ、解除したんだ。大物オーラだっけ? 中々ユニークなネーミングだと思うな。でね、この前お姉さまに『小物オーラ』が出てるよって言ってやったら凄い怒ってたの。燐香のおかげで新しい悪口覚えちゃったよ」

「それは、怒るでしょうね」

「うん、本当に楽しかった。これからも色々考えていかなくちゃ。だから一杯話そう」

 

 大物オーラから、小物という悪口を閃くフランドール・スカーレット。やはりただものではない。というか、私のせいにされるので名前を出すのはやめてほしい。レミリアの敵対度が勝手に上がってしまう!

 

「レミリアさん、私に怒ってないといいんですけど」

「なんで?」

「ほら、いきなりあれじゃ、怒らない方がおかしいかなって」

「平気平気。何かされたら、私が助けてあげる。というか、近づかせないから心配いらないよ」

 

 フランがニコニコと笑っている。

 

「後でちゃんと事情を説明しておきますのでご安心を。それに、お嬢さんは今の方が断然良いと思いますね。さっきまでは、中々アレでしたし。第一、あのままだと妖精メイドたちが仕事にならないんですよね。怯えちゃって」

 

 大物オーラを解除したので、おっかなびっくりついてきていた妖精メイドたちが、安堵している。逃げ出さないだけでも、妖精にしては凄いことなのだろう。流石は紅魔館所属だ。

 この際なので、前から気になっていたことをお願いしておくことにした。

 

「美鈴さん、私はお嬢さんじゃなくていいですよ。燐香と呼び捨てで構いません」

「あはは。気を遣われちゃいましたか。それじゃあ、燐香さんとお呼びしますね。私の事も美鈴と気軽に呼んでください」

「分かりました、えっと、美鈴」

「さ、美鈴なんてどうでもいいから厄介者同士、酒を酌み交わそうよ。まぁ美鈴も今日は一杯食べて飲んでいいよ。私が許してあげる」

「あはは、それはありがとうございます。実は、外に立ちっぱなしだったのでお腹がペコペコで」

「冬はずっとストーブにあたってるんじゃないの?」

「妹様は本当に鋭いですねぇ」

 

 そんな話をしながらフランの部屋に入ると、美鈴が椅子を引いて座らせてくれた。フランの部屋は、至って普通の女の子の部屋だった。ぬいぐるみやら、玩具やらがたくさんある。本も一杯あるし。おかしなことといえば、このような地下にあることぐらいだ。仕方がないとはいえ、長い年月を地下で過ごすのは大変だっただろう。想像を絶するものがある。だから、フランはその分幸福を得る権利がある。

 

「私の部屋を観察するのも中々面白いだろうけどさ、まずは乾杯しようよ。美味しそうなケーキもあるし。美鈴お酒!」

「分かってますから、そう急かさないでください。えっとグラスはっと」

 

 血のように紅いワインをグラスに注いでいく美鈴。これが血が入っているワインかな。見た感じは普通の赤ワインだし、臭いもしない。むしろ芳醇な香りが室内に漂って良い感じ。

 グラスがフラン、と私に渡される。美鈴も自分のを持ち、ついでに一緒についてきた妖精メイドにも渡して行く。彼女達も一緒にというのは、美鈴なりの気配りだろう。

 

「それじゃあフラン。乾杯の音頭をどうぞ」

「えっ、なんで?」

「なんでって、フランに招待されたんだから当然だよ」

「でも、わ、私でいいのかな。そんなのやったことないけど」

「簡単ですよ妹様。お客様への歓迎の言葉を述べたあと、乾杯と言えば良いんです」

 

 困惑するフランに、美鈴が優しく説明してあげている。実に微笑ましい光景だ。上からは追い出されてしまったけれども、ここはここでなんだか楽しいし幸せである。なにより、平和!

 

「う、うん、わかった。えっと、今日は、うちのパーティに来てくれてありがとう。絶対に来てくれないと思ってたから、来てくれて本当に嬉しい。この部屋で、こんな風にパーティなんてしたことないから、歓迎の言葉なんて本当に思いつかないけど」

 

 そこで一回言葉を切ると、フランがグラスを高く掲げる。

 

「我が紅魔館の客人、風見燐香を、私フランドール・スカーレットは心から歓迎する。皆、今日は心ゆくまで楽しんでいって欲しい。――それでは、乾杯!」

『乾杯!』

 

 急に立派になったフランに思わず見とれてしまっていたが、慌ててグラスを掲げて、皆と打ち鳴らす。そして一気に赤いお酒を飲み干した。うん、これは美味しい!

 宇宙の艦隊物だと、ここでグラスを叩きつけて戦意を高めるところだがそんなことはしない。優雅に、そして穏やかに食事を楽しまなければ。

 

「本当にご立派でした、妹様」

「うるさいな。お世辞なんていらないよ」

「ううん、凄く格好良かったよ。思わず見とれちゃった」

 

 私が同意すると、妖精たちが全力で拍手を始める。フランが顔を赤くする。そして、美鈴を睨みつける。照れ隠しだろう。

 

「はずかしいから止めてよ! あーもう、全部美鈴のせいだ! 門番のくせに余計な事を言うな! 妖精、お前達もやめろ!」

「不肖、紅美鈴。今日ほど嬉しい日はありません。ううっ」

「私の話を聞けよ!」

 

 美鈴が何故かほっこりとしているので、私もほっこりする。手酌でグラスにワインを注ぎいれる。そして飲み干す。

 なにこれ。めっちゃ美味い。口当たり良すぎ! というか、幻想郷にきてからアルコールを飲むのははじめてかも。だってウチやアリスの家では紅茶だし、紅魔館でも紅茶。ルーミアは珈琲党。あ、霊夢は緑茶党になるのか。やった全部揃ったぞ。

 

「あはは、本当にこれ美味しいですね!」

「そ、そう? 別に良いけど、ちょっと飛ばしすぎじゃない?」

「いいじゃないですか! 今日はクリスマスなんですから!」

 

 あははは、となんだか楽しくなってきたので、私はフランドールに全力で抱きついた。うわぁと驚きの声を上げるフラン。だがすぐにニコニコと笑ってくれた。仲良く肩を組んでグラスを掲げる。

 そうだ、こんなに幸福そうに笑えるのだ。私達は頭がおかしくなんかない。そう決め付けている奴らがくたばればよい。私達は絶対に幸せになれるのだと、声を大にして言ってやったのだった。

 それからは美鈴が泣き笑いを浮かべながらお皿を回したり、妖精たちが勝手にラッパを吹き鳴らしたりと、もう滅茶苦茶だった。フランが楽しそうだったので、それが一番である。だから、私も今までで一番笑って騒いで楽しんだ。本当に楽しかった。




イブにクリスマスイベントを起こす事になるとは
このリハクの目をしても見抜けなかった!

メリークリスマス!

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