ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第二十八話 紅き聖誕祭・上

 メリー苦しみます――じゃなくてクリスマスパーティ開催! 幻想郷にもそういうのはあるのか!

 いや、一応知ってはいたけど。家のカレンダーに、意味ありげに赤で印をつけたりしたし。

 一緒にケーキを食べて、なんだかよくわからないものに感謝を捧げたいなぁとか。どこからかサンタさんがやってきて、素敵なプレゼントくれたりしないかなぁとか思ったり。ケーキとケ○タッキーで、家族仲良く素敵なイブを過ごしましょうみたいな? 後で見つかって、余計な落書きをするなとしばかれたけど。修羅の家にクリスマスなんてものはないのです。でも期待するだけならタダなので、私は毎年赤で印をつけている。そして毎年しばかれている。学習能力なし。

 

 そんなクリスマスを祝おうじゃなくて、お前を苦しめてやる的思考の幽香が、クリスマスパーティに連れて行ってくれると言ったときは、腰が抜けるかと思った。いや、私は今腰を抜かしている。ついでに顎が外れそうなほど驚いた。嫌な汗が背中を流れ、ガクガクと驚愕している。世界が滅びそうなほどの衝撃だった。自分の頬を抓るが、感覚がない。いや、指が震えているから抓れてないだけだった。

 

「それは、何をしているの?」

 

 幽香が虫を見るような目で見下ろしてくる。

 

「い、いや、まだ夢の中かなぁと思って。だってありえないし」

「その顔で無様な態度を取るな。3秒以内に立ち上がりなさい」

「ご、ごめんなさい。直ぐに立ちます! はい!」

 

 地獄の3秒ルール。下僕からの反論を一切許さない、あまりにも効率的なシステム。後生だから、だれかこれ改善して。白蓮さんなら、白蓮さんなら何とかしてくれる。でも彼女が復活するまで、私の体はもつのでしょうか。無理な気がしてきた。

 

「実は、紅魔館から招待状が届いたのよ。チンチクリンの吸血鬼が、私達を招待したいとね。お前、妹の方と仲良くなったそうじゃない」

「は、はい。フラン――フランドール・スカーレットとお友達になりました」

「へぇ、そうなの」

「…………」

 

 友達をやめろとか言われたら最悪だ。そういうことは受け入れないので、先制攻撃をするためにチャージ開始。その言葉が出た瞬間にぶん殴ってやる。きっと殺されるけど。

 この前、人間と仲良くするなとか言われた気もするけど、それも当然従わない。いや、従うフリをして、いう事は聞かないことにした。面従腹背の術だ。ついでに笑裏蔵刀もしこんじゃう。海のリハク先生、私に力を与えたまえ!

 

「まぁ、アレは構わないわ。特に興味もないし、勝手にしなさい」

「え?」

「毎度毎度聞き返すな、グズが。お前は頭だけじゃなくて耳まで悪いのね。ねぇ、一つでもまともなところがあるなら言ってみてくれないかしら」

「じ、次回までに捜しておきます」

「ふふ、本当に馬鹿ねぇ。お前にまともなところなんてある訳がないでしょ」

 

 そう嘲笑されて小突かれた。

 

「…………」

 

 あやうく、じゃあ聞くなこの陰険性悪女! と声に出かけたが堪える。心頭滅却、心頭滅却。うん、無理だ。黒い憎しみが溢れていく。全部こいつにぶつけてやる。殺意を篭めて幽香をにらみ付けると、何故か心底楽しそうに笑っている。何が楽しいんだこの女。

 

「良い目をするわね。本当に腹立たしくなる。だから殴り甲斐――躾甲斐があるんだけど。ねぇ、これからも精々楽しませてね?」

「痛っ!」

 

 強烈な拳骨が頭にヒット。マジで痛い。そして畳み掛けられる罵声。悪口は聞き流して軽く受け流す。本当は受け流したつもりでグサグサ心に刺さっているけど。心を堅くして受け流したつもりになる。そうしないとあまりに辛すぎるので我慢だ。ATフィールド展開! ATフィールド消滅!

 

 まぁとにかく、フランと友達でいることは問題ないらしい。良かった良かった。余計な拳骨と悪口を頂戴してしまったが。本当にムカつく女だ。アクマイト光線でも使えれば、一撃で葬ってやれるものを。残念無念。

 

「で、行くつもりなんて欠片もなかったんだけど。この前、不愉快な霧を撒き散らされた借りがあったのを思い出したの。だから、チンチクリンの顔を拝むついでに、話をつけようと思って」

「……そうですか」

 

 話だけじゃなくてやりあうつもりかもしれない。幽香は「お前強いんだって? じゃあ死ね!」と普通に言い放つ修羅のキャラだし。私はずっと影に隠れていよう。紅魔館当主VS大魔王幽香の全力バトルなんかに巻き込まれたら死んじゃうし。……ああ、怖い怖い。心の中ではレミリアを全力で応援だ。まだ会ったことないけど、この悪魔を倒してくれるなら誰でも応援しちゃう。

 

 ま、理由はなんにせよ、連れて行ってもらえるだけ僥倖ということにしておこう。『お前がいると不愉快だから留守番してろ』とか言い出しそうだし。一人でクリスマスソングを歌いながら雪景色を眺める私。……容易に想像できて涙が出る。ルーミアやアリスは多分リア充生活送ってると思うし。『クリスマスに家で一緒に遊ばない?』なんて言えない。迷惑だろうし。寂しい。

 

「ただし、お前を連れて行くのには条件があるわ」

「じょ、条件」

 

 心臓を捧げてみせろとか言われたらどうしよう。私は冷や汗をダラダラ流す。

 

「どうやら人間共も来るらしいのよ。本当に不愉快だけど、お前は私に似てしまっているでしょう。そんなお前が、情けない顔で人間に媚びへつらうのは絶対に許されない。つまり――」

「ま、まさか、ずっと仮面でもしていろと?」

 

 私は仮面の女になってしまうのか。幻想郷ならそれもありかもしれない。まぁもうなんでもいいや。今からお前の顔を、原型がなくなるまでボコボコにしてやる以外なら。

 

「顔を隠すなんて無様は許さないわ。……よく聞きなさい。最近は制御しているみたいだけど、前みたいに威圧感を発しておけ。そして表情を一切崩すな。そうすれば人間共は絶対に近づいてこない。私が許可するまでは、決して側を離れるな」

 

 それって全然楽しくなさそう。むしろ罰ゲームかなにかだと思う。あの大物オーラは皆に怖がられちゃうし。『新入りのくせに、いきなり喧嘩売ってるの? 超ムカツク!』みたいな流れにならないかな。多分なるよね、なっちゃうよね。だからつい、不満であると口に出してしまった。私は正直者なのだ。

 

「……えー」

「不満があるなら発言を許可するわ。遺言は残しておきなさいよ」

 

 発言は許すが、後で酷い目に遭わせるという宣告。普段は発言すら許されないのでこれでも有情である。だが結末はいつも無情。諸行無常なのがこの家での私の運命。

 

「えーと、わかりました! え、えへへ――ぶげっ!」

 

 両頬を抓られた。抓られたというより、万力のように抉りこむような捻り。これは黄金の回転だ。恐ろしいほど痛い。骨身に染みる痛さとはこのことだ。

 また愛想笑いをしてしまった罰らしい。真っ赤なお鼻のトナカイじゃなくて、真っ赤なほっぺの燐香になってしまう。いや、抉れちゃう。それにしても今日はイビリが激しい。いつもの三倍だ。私の憎悪をどうしても掻き立てたいらしい。妖怪嫁イビリに名前を変えれば良いのである。うん。というか痛いのでそろそろ離してください。

 

「で、どうするの? 守ると約束するなら、連れて行ってやる」

「や、やくひょふひまふ」

 

 即答した。フランには事情を説明しておけば怒らないでくれるだろう。それに、わざわざ招待状を送ってくれたというのに、私がいかなければ悲しむかもしれない。あ、パチュリーや美鈴にもちゃんと説明しておかなくては。

 問題は、レミリアや咲夜の私に対しての第一印象は、死ぬ程悪化するだろうということ。ついでに参加していそうな人間たちも。例えば魔理沙とかに嫌われてしまう。私の完璧な八方美人政策は、幻想郷のジャイアンの手によって、泡と消えようとしている。おのれ大魔王め。

 解放された私は、床にくずおれるのであった。別に戦闘してたわけじゃないのに、体力はすでに赤メーター。世の中って理不尽である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗霊夢は、霧雨魔理沙とともに紅魔館主催のクリスマスパーティに参加していた。正直糞さむいし、外出などしたくはなかったのだが、魔理沙がどうしてもというので参加することにした。あれは賑やかなことが大好きな性分なのだ。つきあってやるのも悪くはないかと思っただけ。

 霊夢も別に賑やかなのは嫌いではない。というか、別にどうでもよいというのが本音だ。沢山いてもいいし、一人でもいい。賑やかでも静かでもどうでもよい。自分は何も変わらない。ただそれだけだ。

 

(まぁ、ただ酒にただ飯が食えるのはラッキーだけど。蓄えを崩さずにすむし。それだけは感謝してやろうかしら)

 

 皿に料理をどんどんと盛っていく。各テーブルに食事や酒が用意されている立食形式だ。客人をもてなすために、妖精メイド達が一応の頑張りを見せている。割ったり落したりとまぁ、散々なものではあるが、賑やかな会場なので誰も気にしていない。近くの妖怪やら妖精、物好きな人間が招待されているようだ。人里の稗田阿求までお供と一緒にやって来ている。ついでに本居小鈴の姿もあった。図書館でも見に来たのだろうか。

 

「ま、どうでもいいんだけどね」

 

 面倒くさがりでぶっきらぼう。色気よりも食い気。それが博麗霊夢だった。

 

「なんだよなんだよ霊夢。さっきからグラスが空じゃないか。グイッといっとけよ!」

「空きっ腹だから、バランスよくいこうとしているだけよ。まずは食い物優先。大体、アンタは最初からかっ飛ばしすぎなのよ」

「へへっ。紅魔館の酒は高いのばかりだからな。今のうちに飲み溜めしておこうってね」

「あっそ。お腹壊しても知らないわよ」

「私のお腹は鋼鉄製だからな。何の問題もない」

「ああ、妙なキノコ食ってるのを忘れてたわ」

「妙とは失礼な奴だな。魔力増強の効能がある由緒正しきキノコだ」

「そういうのを、世間では妙なキノコと言うのよ」

 

 魔理沙の顔はすでにうっすらと赤みがかっている。紅魔館には、パチュリー・ノーレッジとかいう魔法使いにちょくちょく会いにいっているらしい。というか、目の前にいる紫色の寝巻きを着込んだような顔色の悪い女だ。無表情で、ワイングラスを傾けている。目があってしまった。

 

「…………」

 

 パチュリーは無言で霊夢を眺めている。なんとなく価値を見定められているようで気に入らない。だから、つい敵意を含んだ声を出してしまう。

 

「何? 用があるならさっさと言いなさいよ」

「貴方と会うのは、あの異変以来だったから。博麗の巫女がどんな人間なのか観察しているだけ」

「ムカつくから止めてくれる? 私はあのメイドと違って、アンタらの愛玩動物じゃないのよ」

「気を悪くしたら謝るわ。幻想郷の要さん」

「私の名前は博麗霊夢よ。二度と私を部品扱いするな。次は警告しないから」

 

 霊夢の顔が険しくなる。この世で最も腹が立つのは、霊夢を霊夢として見ない輩と接するときだ。自分は替えの効く歯車ではない。博麗の巫女としての自覚はあるが、私は私なのだ。一度警告して止めなかったやつには、実力で分からせる事にしている。それでも分からなければ、分かるまで痛めつけるまで。

 

「気を悪くしたならごめんなさい。でも、今のやりとりで少しだけ興味が湧いたわ」

「こっちは料理が不味くなって散々よ」

「おいおい、パーティなんだから仲良くしろよ。そういやこれって、一応親善を深めるための催しじゃないのか?」

「まぁ、それもあるけどね。本当はただの暇つぶしよ」

「はぁ?」

「レミィがクリスマスとやらへの当て付けに開催しただけ。悪魔に祝われるなんてざまぁあないと笑ってたし」

 

 霊夢は頭痛がしてきた。あの吸血鬼ならそれが理由だとしても驚かない。呆れてはいるが。

 

「流石は吸血鬼様だな」

「ええ。我が儘もつけると完璧ね」

 

 パチュリーはそういうと、胡散臭い妖怪と話し込んでいる幼い吸血鬼へと目を向ける。紅魔館当主レミリア・スカーレット。外見は子供にしか見えないが、それには不相応な大きな黒い翼を持っている。その実力はかなりのものだ。本気を出されたら、霊夢も全力をださなければならないだろう。そうなっても負けるつもりはさらさらないが。博麗霊夢が妖魔の類に負けることは許されない。

 

(なのに、まさかウチに入り浸るようになるなんてね。まったく、頭おかしいんじゃないの)

 

 何故か自分を気に入ってしまったらしく、よく神社に遊びに来る。人間のメイド、十六夜咲夜を連れて。話していても別に不快ではないので、そのままにさせてあるが。

 と、その咲夜が作り笑顔を浮かべて近づいてくる。

 

「こんばんは、霊夢、魔理沙。巫女の方は相変わらず剣呑な表情ね。こんなときくらい、少しは柔らかくできないのかしら」

「生憎だけど、妖怪に振るような尻尾はもっていないのよ」

「じゃあ私には?」

「人間相手に愛想をふりまく必要性を感じない。しかもアンタは悪魔の狗でしょ」

「貴方、言ってる事が色々とおかしくない? 妖怪も人間も駄目なら誰と仲良くするの」

「別に仲良くなんてしたくないし」

「……はぁ。今ので疲労が溜まってしまったわ。どうしてくれるのかしら」

 

 紅魔館メイド長、十六夜咲夜が疲れたように溜息を吐く。失礼な奴である。

 

「こいつはいつもこんな感じだぞ。ぶっきらぼうだけど、実は楽しんでるから気にしないでいいぜ。素直じゃないのさ」

「魔理沙、お前は私なの?」

「はは、そのツッコミは意味が分からんぞ。お前にしちゃ哲学的すぎる」

「私もそう思うわね」

 

 魔理沙が笑うと、咲夜も口に手を当てて笑う。霊夢は舌打ちして、空のグラスを出す。

 

「うるさいわね。ほら、客人のグラスが空よ。とっとと酒を注ぎなさい」

「偉そうに。貴方は一体何様なのよ」

「私はお客様よ」

「私からすれば、招かれざるがつくわ」

「招いたのはアンタのご主人様よ」

 

 霊夢がグラスをほらほらと差し出すと、咲夜が苦笑しながらワインを注いでくる。

 

「そういや、妹の方はどうしたんだ? あの騒ぎ以来、また引き篭もってるのか?」

「いいえ。今日はお友達がくるから、ずっと大はしゃぎしていらっしゃったわ。意味もなくお嬢様をぶん殴ったりして。喧嘩を止めるのが大変だったわ」

「……なぁ、前より悪化してないか?」

 

 魔理沙が引き攣った笑みを浮かべる。霊夢は唐揚をパクつきながら、吸血鬼姉妹の片割れを脳裏に浮かべる。レミリア・スカーレットには、フランドール・スカーレットという妹がいる。一度弾幕勝負を行ったが、それ以来は姿を見ていない。姉とは違い、引き篭もり気質らしい。実力は姉に劣らない程度と思える。殺意の濃さだけなら、妹の方が上だったか。制御しきれていないとも言うが。

 

「妹様は不安に思われているのよ。お嬢様にお友達を取られないかって。だから、何度も妨害して一度も会わせようとなさらなかった。――と、美鈴が言ってたわ」

「それはどういうことよ」

「お友達が遊びにくるときは、必ずお嬢様を館から追い払おうとするの。それも本気で。だから、その度に館がボロボロになってしまって」

 

 咲夜が目を閉じて嘆息している。なんでも修理費用がかさむだの、仕事が洒落にならないほど増えるだの、お嬢様に幾ら言ってもからかうのを止めてくれないだの。色々考える事が多すぎて頭が痛すぎると。しかも少し涙目の咲夜。流石にこれをからかうのは気の毒だと思ったので、やめておく。

 

「あっそ。姉妹そろって馬鹿じゃないの」

「お願いだから妹様に言わないでね。本当にお願い。これ以上は私の身体がもたないわ」

「へへ。さすがのメイド長も音を上げたか。ほら今日は私の奢りだぞ。遠慮なく飲め飲め!」

「全部ウチのお酒でしょうが。でも、一杯だけいただくわ。お嬢様から客人の勧めは断るなと言いつけられているし」

「はは、出来た当主様だぜ」

「本当にね。お嬢様は常に完璧よ。私と違って」

「そうかしら? アンタも結構優秀だと思うけど」

 

 時を止められるメイドなんてそうはいないだろう。色々と便利そうだし。そこだけは認めても良い。

 

「私なんてまだまだよ。はぁ。もっと頑張らないと、本当に追い出されちゃうわ」

「それはないと思うけどねぇ。ま、知らないけど」

 

 霊夢たちに敗北したのがまだ堪えているのだろうか。殺し合いなら、魔理沙は咲夜には絶対に及ばない。時を止めて一撃で喉を切り裂かれるから。霊夢は対処できる。

 だが、弾幕ごっこでは咲夜は魔理沙にまだ勝てないでいる。これは経験と努力の差か。咲夜が仕事をこなしている間、魔理沙は常に自分の能力を向上させる事に力を注いでいる。本人は認めないが、心血を注いでいるのは間違いない。こと弾幕勝負に限れば、魔理沙は相当な強者である。

 

「とりあえず、貴方達を負かして見せないと瀟洒なんて言っていられないわ」

「ん、リベンジならいつでも受けつけるぜ」

「私は暇なときだけにしてね。忙しいから」

「言ってなさい。次は絶対に負けないわ」

 

 霊夢はワインを飲み干す咲夜を見て、やれやれと首を振っておいた。レミリアが遊びにくる度に咲夜もくるため、いつのまにか自然と会話をするようになってしまっている。本当にやれやれである。多分あちらもそう思っていることだろう。

 

「あら、噂をすればいらっしゃったみたいね」

「うん? 誰が来たんだ?」

「妹様のお友達よ。ほら、あんなに嬉しそうになさって」

 

 フランドールが特徴的な翼を嬉しそうにパタパタやりながら、会場に入ってきた。友達とやらと話すことに夢中になっているらしく、後ろ向きのままだ。門番の美鈴が一緒に案内をしているらしい。

 

「で、そいつは一体誰なんだよ。もったいぶってないで、教えてくれよ」

 

 魔理沙が野菜スティックを咥えたまま咲夜を肘で突く。

 

「そうしたいのだけど、私も会ったことはないのよ」

「なんでだよ。そいつは紅魔館に遊びに来てるんだろ? 呼んでないのに毎度出てくるお前が会ってないわけがない。私が言うんだから間違いないぜ」

 

 さすがコソ泥常習犯。頻繁に迎撃されている奴は言う事が違う。その過程ですら修行の内に入っているのだろうが。

 

「本当よ。私もお嬢様とセットで追い出されるから。妹様に嫌われているのかしら」

 

 悲しそうな咲夜。とくにフォローする気もおきないので放っておく。どうでもよい。

 

「中々お買い得なセットだな。今ならおまけがつきそうだ」

「うるさいわね。私はともかく、お嬢様に失礼でしょ」

「それなら全く問題ないな」

 

 咲夜と魔理沙がやりあっている。だが、霊夢は態勢を変えて、万が一に備える。仮にも親善を深めようというパーティには、相応しくない気配を強く感じるからだ。というか、明らかに喧嘩を売ってきている。会場の中の面々もそれを感じたのか、視線をそちらへと一斉に向ける。魔理沙に咲夜も気付いたらしい。二人とも顔を顰めている。

 

「慌てる必要も感じなかったからゆっくり来させてもらったわ。で、チンチクリンはどこかしら」

「お母様、失礼ですよ。この度はお招きいただき、ありがとうございます」

「ふん」

 

 現れたのは、顔つきがそっくりの妖怪二体。違うのは背丈と髪の色か。色が違うとはいえ、ご丁寧に服まで同じだ。

 片方は見たことがある。髪が緑の方は風見幽香、太陽の畑を縄張りにする凶悪な妖怪だ。知ってはいるが直接やりあったことはない。その視線からは、明らかに人間を見下しているというのが分かる。まさに妖怪そのものといった存在だ。一度会話をしたことはあるが、本当に腹の立つ妖怪だった。人里でなければ戦闘になっていただろう。それを見越して挑発してきたのだから余計に腹が立つ。

 

 そしてもう片方の赤毛は多分娘だろう。そもそも娘がいたこと自体初耳だが。どうでも良いことだから情報が入ってこなかっただけかもしれない。

 そいつは赤いマフラーを纏って、無表情を保ったままこちらを見回している。値踏みするかのように視線を一人一人に移していっている。凶悪な敵意を纏った威圧感を発しつつ。楽しげなフランドールの言葉に、時折頷きながら。

 全てを確認し終えた後、口元を歪めてニヤリと嗤う。相手になる奴は一人もいないとばかりにだ。幽香に何か話しかけると、首を横に振っている。話にならないとでも言いたいのか。

 

(あのチビ妖怪。私を有象無象扱いしやがったな? ……アイツだけは確実にぶちのめすわ)

 

 霊夢は拳を握り締めて、決意を固める。決めたことは必ず実行する。それが霊夢の信念である。人間は妖怪よりも圧倒的に弱い。だが、最後に勝つのは人間でなくてはならない。博麗の巫女としてそれは絶対に守るし、守らせる。誰にも破らせない。

 

「なんなんだよアイツ。いきなり威圧感バリバリでさ。もしかして喧嘩売ってんのか?」

「親の教育がさぞかし素晴らしいんでしょうよ。自分以外は屑や塵芥以下、そんな目をしているわ。……本当に頭に来るわね。なんなら今すぐに思い知らせてやろうかしら。舐めやがって」

 

 霊夢が幽香をにらみ付けると、挑発するように微笑んでくる。こちらは以前と同じ。そして次に娘の方に視線を向けると、『何を怒っているんだこの雑魚が』と言わんばかりにまた首を捻ってみせる。とことん人を怒らせるのが上手い連中だ。

 酒のせいか、頭に血が上る。思わず懐にしのばせた札に手を掛けてしまった。

 

「お、おい。落ち着けよ霊夢。会場を破壊する気か?」

「アイツ、さっきから私に喧嘩売ってるのよね。さっきは眺めるだけだったくせに、今は私だけ執拗に挑発してきやがる。いい度胸じゃない」

「……おかしいわね。妹様から聞いていた話と全然違うのだけど」

 

 咲夜が何故か困惑している。顎に指を当てて。

 

「何が違うってのよ」

「妹様いわく、すっごくフレンドリーで、ユニークな妖怪だって話だったのよ。門番の美鈴もその性格を褒めていたし」

「あの吸血鬼、引き篭もりすぎで目も悪くなったんじゃないの。門番はどうせ夢でも見ていたんでしょうよ」

「妹様に失礼なことを言わないで。美鈴はどうでもいいけれど」

 

 馬鹿馬鹿しいと一蹴し、霊夢は酒をあおる。あれのどこがフレンドリーなのだ。この世の全てが敵という印象を受ける。いや、妖怪に対してより、人間に対しての敵意の方が強そうだ。発せられる圧力からはそう感じ取れる。

 

「ふふ、なんだか面白くなってきたわね。なるほど、そういう教育方針なのか。なるほどなるほど。理に適っているようなそうでもないような。もしかして、迷っているのかしらね」

 

 パチュリーがぶつぶつと独り言を呟いている。幽香と娘に視線を向けると、納得したように頷いた。

 

「何がだパチュリー。というか、さっきからずっと黙りっぱなしで寝たかと思ってた」

「こんな明るい場所で寝られるほど精神は図太くないわ。貴方と違って」

「お褒めの言葉をありがとうよ」

「忠告しておくけど、今日はあの二人に近づくのは止めておきなさい。咲夜、貴方もよ」

 

 パチュリーの言葉に、咲夜が意外そうな顔をする。

 

「私もですか?」

「ええ。碌なことにならないわよ。主に、館の平穏という意味で」

「よく分かりませんが、かしこまりました」

「聞き分けるのはやっ。もっと疑問を持とうぜ! そんなことじゃ人生つまらないぞ」

「面白くても館の補修をするのは主に私なのよ。貴方が手伝ってくれるなら、一緒に歓迎にいきましょうか」

「はは、そいつは丁重に遠慮しておくぜ。お、これ美味いな」

 

 魔理沙は笑いながらソーセージをパクつく。

 

「そういや、パチュリーはあいつらと話したことあるのか?」

「親とはないけど、娘の方とはあるわ。あの娘の名前は風見燐香。本人曰く、彼岸花から生まれた妖怪だそうよ。たまに図書館にきて勉強しているの」

 

 なるほど、彼岸花の妖怪か。人間からすると、あまり良いイメージはないだろう。霊夢は全く気にならないが。どんなに悪評を背負ったところで所詮はただの花だ。それにいわくをつけて勝手に恐れるのは、人間である。馬鹿馬鹿しい。

 

「あんな奴が近くにいて、よく平然としていられるな。いつ噛みつかれるか分からんぜ」

「あら、私はそれなりに仲良くしているわよ? 美鈴も彼岸花を貰ったみたいだし。この前は妹様と一緒に鍋を囲んだわ」

「はぁ? 鍋ですって?」

 

 私は思わず声がでる。あの剣呑で我こそがこの世の支配者だと言いたげな面をした親子。その片割れが、魔法使いや吸血鬼と仲良く鍋を囲む。全く意味が分からない。理解出来ないししたくない。サバトか何かじゃないのか。

 

「あれと、鍋? お前、本を読みながら夢でも見てたんじゃないか。あんな狂犬みたいな妖怪と鍋なんてありえないだろ」

「失礼ね。一緒に麻雀したりもしたわ。見掛けはあれなのに、意外とおっちょこちょいで面白いのよ」

「……うーむ。お前には悪いが、全く信じられん」

「別に貴方が信じなくてもどうでもいいし。好きにしなさいな」

 

 パチュリーが言い切る。到底信じがたいが、嘘をついてるようには思えなかった。この魔法使いは不必要なことを喋るような性格には思えない。どこぞの魔理沙とは違って。

 と、燐香はフランドールにつれられて、会場を去っていく。美鈴が大皿に適当に料理を取り、大量のお酒を持たせた妖精メイドを引き連れてその後に続いていく。どうやら別の場所に案内するようだ。

 幽香はレミリア・スカーレットやら胡散臭い妖怪のもとへと近寄り、なにやら剣呑な表情で会話を始めている。あそこはいつ戦闘になってもおかしくないだろう。折角だから、全部まとめて片付けてやろうか。当分は平和になることだろう。

 

「霊夢。お願いだから、ここで暴れないで。私の涙と血を吐くような労働を見たいなら止めないけれど」

「そんなものは見たくないけどさ。私じゃなくて、自分とこのお嬢様を止めた方がいいんじゃないの。一触即発っぽいけど」

「大丈夫よ。お嬢様は宴をぶち壊したりすることはしない。主催者としての面子があるから。他の妖怪も、招かれておきながら礼儀に反する真似はしないでしょう。やるなら相応しい場所があるはずよ」

 

 妖怪の矜持というやつか。霊夢には理解出来ないが、大妖怪ほどそういうのを重んじるらしい。どうでもいい話だ。

 

「ま、いつかあいつと勝負しないといけないなぁ、霊夢。チビ助のくせに生意気だぜ」

「アンタと同じ考えなのは気に食わないけど。必ず叩き潰してやるわ。親子共々ね」

「……なるほど。風見幽香はこうしたかったわけね」

 

 霊夢がそう宣言すると、パチュリーが袖で口元を押さえて身体を小刻みに震わせている。小悪魔が現れて、背中を優しく擦っている。

 確か喘息だとか咲夜が言っていたので、体調が悪化したのだろう。妖怪のくせに情けない話である。自慢の魔法で何とかすれば良いものを。

 

「パチュリー様、大丈夫ですか?」

「え、ええ。ごめんなさい。ちょっと、堪えられなくて。あの娘が本当に可哀相で、ぷっ」

 

 ごほっごほっと咳をしながら、小悪魔に肩を抱えられて離れた席へと向かっていく。なんだか笑っていたような気がするが気のせいだろう。

 

「さて。私はムカついたからもっと食って飲むわよ。全力で食いまくってやる」

「それはいい考えだな。ほら、咲夜も仕事はいいだろ。あ、もうちょい適当に暇そうな奴をつれてくるか。チルノにリグルもいるみたいだしな。賑やかなほうが酒は楽しいぜ」

 

 魔理沙の視線の先、しゃがみこんでガタガタと震えている虫妖怪リグルを、チルノと大妖精、それに夜雀が囲んでいる。どういうことなのかはさっぱり分からないが、楽しそうでなによりだ。そこに魔理沙が声をあげながら近寄っていく。

 魔理沙は意外と顔が広いらしく、どうでもよい妖怪にも声をかけて交友関係を作っているらしい。あの魔法使いは一体どこを目指しているのだろうか。まぁ、霊夢にとってはどうでも良い話だ。害になりそうな連中だけ頭に入れておけばよい。

 

「はぁ。ただ酒って、本当に美味しいわねぇ」

 

 霊夢は年代物らしいワインの瓶を握って、そのまま豪快に飲み始めた。

 

 




クリスマスイベント突入。
そしてようやく自機組登場!

皆仲良くなれそうで良かったです。

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