ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第二十六話 楽園の祭壇

 あれから一週間たったが、まだ雪は積もったまま。膝の高さまで積もっており、歩くのにも難儀するほど。ズボッと埋まって靴は濡れちゃうし。私は飛べるから問題ないけど、普通の人間は大変だ。だから冬に備えて皆頑張るのだ。妖怪の私は一年中頑張っている気がする。妖怪はもっとぼけーっと暮らしていそうなのに。

 しかし、この状況では郵便屋さんはさぞかし大変だろう。幻想郷にもいるんだろうか。男前の飛脚はいそうだけど。いつか私も手紙を出してみたい。出すのはもちろん不幸の手紙。あて先は内緒だ。

 

「よいしょっと!」

 

 そんなことを考えながら、アリスの家の前の雪かきをせっせと行う。小まめにやらないと、玄関が埋もれてしまうから。アリスには「貴方は家の中に居ていいから」と何度も言われたが、私が無理を言ってお手伝いしている。アリスには役立たずのグズとか思われたくない。馬鹿だけど、頑張っているぐらいの評価であってほしい。

 

 そのアリスはといえば、屋根上を人形を遣って効率良く落としている。いつかは私もあの並列思考をマスターしたい。身代わり君が操作できれば、作業効率は二倍にも三倍にもなるのだから。ダブル、いや、トリプル身代わり君作成までは頑張るつもり。ジェットストリームアタックを極めたら、なんだかエースになれそうだし。なんか踏まれそうな気がするが、きっと気のせい。

 フランの四人分身は絶対に無理なので高望みはしない。私は謙虚なのである。

 

「それにしても、今年の冬は本当に厳しいわね。雪を楽しむのにも限度があるわ」

「残念ですが、当分春は来ないですよ。4月になっても来ない方に、今日のおやつを賭けても良いです」

「凄い自信だけど、何か根拠があるの?」

「花達が囁いています」

 

 草薙の素子さんみたいに格好つけてみた。アリスに苦笑いされた。ボケキャラがシリアスをやるとこうなるので注意が必要である。

 

「また適当なことを言っているでしょう」

「ほら、耳を澄ませば聞こえてきますよ。おお、寒い寒いと」

「それは貴方の独り言よ」

 

 私のサポートについていた上海がツッコミをいれてくる。人形達の中で、一番接触頻度が高いのは上海人形。ボケが私なら、ツッコミは上海。阿吽の呼吸の私たちなら、いつか幻想郷を大爆笑の渦に。

 

 それはともかく、今回の冬は大変なことになる。だって、5月まで収まらなかったはずだから。おー寒い寒いとか呑気に言ってられなくなる。人間はさぞかし苦労することだろう。本当に頑張って下さい。適当にお祈りしておいた。

 

「……あら、ルーミアがここに向かってきてるみたいね。人形が捉えたわ」

「あ、そうなんですか? 寒いから当分家にいるとか言ってたような」

「あの子は気紛れだからね。それになんだかご機嫌みたいよ。雪を盛大に落としながら近づいてきてるし」

 

 なんという迷惑な妖怪だ。雪山にいたら雪崩れを頻発すること間違いなし。

 

 と、どさっと木から雪が落ちる音と共に、ルーミアがとびっきりの笑顔で現れた。今日も赤いリボンが似合っている。ルーミアも流石にコートのようなものを着込んでいる。ついでにマフラーも。赤いマフラーの私とペアなので、密かに嬉しかったり。RRコンビの面目躍如である。誰も知らないと思うけど!

 

「こんにちは!」

 

 いきなりテンションが高いルーミア。鋭い歯を見せて元気に挨拶してくる。私が人間だったらそのままパクッといかれていたことだろう。

 

「こんにちはルーミア。寒いのにムカつくほど元気ですね」

「うん、ムカつくほど気分が良いの。だからさ――」

 

 なんだか嫌な予感がした。ルーミアがなんとなく悪戯めいた笑顔を浮かべているから。こういう予感はいつも当るのだ。上手くいきそうかなーという予想は大抵外れるのに。私はそういう星回りの下に生まれている。常に死兆星が輝くのが私。キラキラと赤く光っている。

 

「ちょっと人間狩りに行こうよ!」

 

 ほら、やっぱり当った。

 

 

 

 

 

 ちょっと人狩りいこうぜ! みたいなノリのルーミア。『OK!』とか軽く返事するわけにはいかない。人里にカチコんで、子供攫ってガブリとかやったら、絶対にやばい。主に私の命がやばい。慧音先生と藤原妹紅が刺客としてやってきそう。そしてなぜか私だけ打ち首獄門でデッドエンド! ルーミアは土壇場で確実に裏切るので助かるだろう。

 

「アリス、ちょっとガツンと言ってやってください」

「…………」

 

 当然、アリスが猛反対してくれるかと思いきや、ちょっと悩むような様子を浮かべただけだった。そして、絶対に遠くまで行かないこと、監視役として上海人形を付き添わせることを条件に、なんと許可してしまったのだ。

 

「い、いいんですか? 人間狩りですよ? キノコ狩りじゃないんですよ?」

 

 本当にいいのだろうか。アリスはもしかして寒さのあまり自暴自棄になっていないだろうか。

 下から覗き込むと、アリスは苦笑する。

 

「大丈夫よ。ルーミアは、貴方が考えているようなことをする訳じゃない。むしろ妖怪ならば当たり前のことよ。人食い妖怪の在り様を近くで見るのも、良い経験になると思う。そこで、貴方がどうするのかは自分で決めなさい」

「……わ、分かりました」

「でも、焦らないで良いから。迷ったらそのまま帰ってきなさい。妖怪にも色々な生き方があるのだから。この幻想郷ではそれも許される」

「ねー。行く前に甘い事を教えないでよ」

 

 ルーミアが口を尖らせている。

 

「一般常識を教えただけよ。燐香は世間知らずだから」

「甘いなー」

「普通よ」

 

 アリスが何も心配はいらないと、頭を撫でてくる。本当は不安しかないのだが、その手の暖かさで若干収まる。

 人間食べてもいいよって言われても全然食べたくないし。食べてしまったら何かが変わってしまいそうで怖い。私はビビリだから。

 ――あれ、そもそもこの世界って人間ぶっ殺していいんだっけ? 多分一般人なら一撃で殺せると思うけど、人里の人間は手出し厳禁だったはず。アリスは当然それを知っているはずだし。どういうことだろう。

 

「それじゃあルーミア。燐香をよろしく」

「うん、任せて」

「悪戯しないように」

「それは約束できないかな。燐香のリアクションは面白いし」

 

 歯を見せてケラケラと嗤うルーミア。この歯は凄まじく頑丈で、骨ごとばりばりいけてしまう強さがある。いつか噛みつかれないだろうかと最初は警戒していたのだが、今はその心配はしていない。友達だからである。

 

「よーし。それじゃあ行こうか。まずは魔法の森をぐるぐるとね。寒いけど、美味しいのが獲れるかもしれないから我慢しよう」

「は、はい。分かりました」

 

 若干の緊張を覚えながら、ゆっくり頷く。なんとなく寒気がするのは、気温が低いからだけではない。なんだか緊張してきた。

 私はマフラーに手をあて、紫のバラの人がくれた特製カイロを握り締める。結構暖かくなったので元気が出た。ついでに、お供の上海人形を胸に抱きしめる。これで完璧、護身完成だ。

 

 

 

 

 

 

 魔法の森をルーミアに続いて低速で飛び続ける。いくら妖怪でも歩くのは疲れるのだ。雪を舐めてはいけない。ちょっと進むだけでずぼっとなるし、靴には冷たいのが染みてくるし、体力は消耗するしで困ったことばかり。だが飛べば全てが解決。飛べるって最高。冷たい風が直にあたって滅茶苦茶寒いけど!

 

「あ!」

「え?」

「良いもの見つけちゃった」

「良いもの?」

「うん」

 

 ルーミアが飛行を停止して着地すると、雪の中にいきなり手を突っ込んだ。いきなり死体がでてこないかと身構えるが、ルーミアが取り出したのは白いキノコだった。驚くほどの白さで擬態は完璧。よくこんなキノコを見つけられたものだ。私は思わず拍手する。上海も拍手している。アリスの遠隔操作だと思うが、本当に意志を持っているみたいだった。

 

「これ超レア物だよ。一口食べるだけで、天国を味わえるスーパーキノコ。その名もイチゲキドクロタケ」

「て、天国。それは、すごいですね。しかも名前もすごい」

 

 思わず唾を飲み込む。どんな天国だろう。やっぱり、あの世的な意味だろうか。トリップしちゃう系は色々とまずい。キノコの毒は本当に怖いのだ。カエンタケ先生とか。いつかあれは大妖怪になると思う。

 このキノコもなんだかそっち系くさい。イチゲキはやばい。ドクロって名前もやばい。そもそも、白いキノコって殆ど毒のあるイメージがあるし。妖怪は無効化できるのかな。私は草属性だから多分大丈夫だと思うけど。食あたりで死んだら流石に情けない。流石の幽香も呆れて、私の死体を何度も蹴飛ばすことだろう。呆れなくても蹴飛ばしてたから問題なかった。

 実際に食べれば分かるけど、私の胃袋はそんなに頑丈だっただろうか。うーむ。

 

「火を通すと香ばしい匂いが広がって、口に入れると濃厚な旨みが溢れ出るの。それはもう形容しがたい極上の味。あまりの美味しさに、死んじゃった人間も大勢いるんだって。人間が当る確率は一口で5分5分だけど、妖怪なら大丈夫。後で焼いて食べようね」

「それは、楽しみです。色々な意味で」

 

 一口で五割死ぬ。全部喰ったら確実に死ぬ。あれ、思ったよりイチゲキじゃなかった。一口で死んだ人を見て名付けられたのかもしれない。名前なんて結構適当なものだし。

 でも、死ぬ程上手いキノコを食べて死ねたなら満足だろうか。フグとか根性で喰ったひともいるみたいだし。人間は執念深いから、多数の犠牲の上に毒を無効化する食べ方を編み出すだろう。

 

「よーし、じゃあどんどん行こう」

 

 と、レア物キノコを闇の中にポイっと投げ入れると、ルーミアは再び飛び立った。私も後に続く。

 

 

 更にしばらく飛行すると、ルーミアが再び空中で停止する。

 

「みーつけた」

「今度は何があったんですか?」

「食べても良い人間だよ」

 

 私は思わず言葉を失ってしまう。ルーミアが舌なめずりして視線を向ける場所。樹齢を重ねた木の根元が、少しだけ盛り上がっている。ルーミアが素早くそれを掻き分けると、中から人間の死体が現れた。

 だが、既に食い荒らされた後だったようで、死体は殆ど原型を留めていない。服も滅茶苦茶な有様で性別、年齢すら判断できない。雪が降る前に遭難し、こうなってしまったのだろうか。

 

「遅かったかー。残念」

「これは?」

「たまに、外来人が迷い込むの。それは食べても良い人間。人里とかに入られたら、食べたら駄目な人間になっちゃう。だからその前に襲って殺す」

「外来人……」

 

 神隠しやら、何らかの拍子で迷い込んでしまった死ぬほど不幸な人間だろう。外の世界では、行方不明として扱われそのうち忘れ去られていく。まるで私達妖怪のようだ。

 

「私のほかにも狙っている妖怪はいるからね。早い者勝ち」

 

 冬場は保存状態が常に新鮮だからいいんだよと、ルーミアがついでに教えてくれた。そして、心から残念そうにこちらを振り返る。特に死体に対して思うところはないらしい。当たり前だ。私達は妖怪なのだから。人間に同情する必要はない。私達は、恐怖されてこそなのだ。アリスが教えたいこととは、これだったのかもしれない。幻想郷における人間と妖怪のありようだ。

 人間と付き合うことがあったとしても、種族が違うということは忘れてはいけない。それを踏まえたうえで、私がどういう選択をするかは自由。アリスは人間と穏やかな関係を築き、ルーミアは一部を捕食対象として判断している。ならば、私は?

 

「人間の死体を見るのは初めて?」

「はい」

「怖い?」

「怖くはありません」

「それはそうだよね。もしかしたら泣き顔が見れるかなーって思ったのに。ちょっと残念」

「心の友なのに意地悪ですね」

「だって妖怪だから」

「知っています。でも私も妖怪だし、ルーミアは大事な友達です」

「うん、知ってる」

「ならいいです」

 

 死体を見ても、私は何とも思わなかった。だって、ここにあるのはただの骨と肉片。特に思うところはない。こちらに助けを求めてきていたりしたら、少しは思うところはあったかもしれない。だがそれも生きていればの話。死んでしまえばただの塊に過ぎない。

 虚ろな髑髏に見つめられたところで感慨はない。こんなものはただの残骸だ。埋葬してやろうとも思わない。もう何も残ってないし、心底どうでも良い。

 今の私はさぞかし冷たい表情をしていることだろう。

 

「あはは。今、ちょっと妖怪っぽい顔してるよ。よく似合ってる」

「そうですか?」

「うん。ちょっと嬉しくなった」

 

 なんでかは分からない。だが、ルーミアはなんだかご機嫌である。

 

「なら、私も嬉しいです」

「心の友だもんね」

「その通りです」

 

 ルーミアと死体を前にして笑いあう。上海はぷかぷかと宙に浮いている。なんだか不思議な光景だった。

 

「でも、妖怪っぽくない燐香も好きだよ。そっちはそっちで面白いし」

「それは、ありがとうでいいんですか?」

「もちろん。両方燐香だし」

「そうなのかー」

 

 おっとルーミア君、これをスルー。

 

「うーん、どうしようかな。悩むなー。でも心の友だし良いかな」

 

 と、いきなりルーミアが悩みだした。腕組みをして、私は今猛烈に悩んでいますとアピールしている。

 

「どうかしたんですか?」

「よし決めた。私のとっておきの場所を教えてあげる。今日はレア物も見つけたから、特別の特別」

 

 上海がルーミアの元に近づき、×印を作っている。だが、ルーミアは聞く耳を持たない。上海に雪玉を投げつけると、ニヤリと嗤う。

 

「そんなに遠くじゃないよ。ね、ちょっと行ってみない? 別に嫌ならいいけど」

「とっておきなんですよね? なら行きます」

「そうなんだ」

「なんで他人事なんです? 誘ったのはルーミアなのに」

「なんとなくそういう気分だったから」

「なら、そうなのかーって一度言ってみてくれません? そういう気分なので」

「嫌だよ」

 

 意外とケチだった。

 しかし、どんな場所なのかは本当に興味がある。なにより、ルーミアが誘ってくれているのだ。行ってみたい。あとでアリスに怒られるのは仕方がない。ここは甘んじて受け入れよう。好奇心は猫をも殺すと言うし。あれ、じゃあダメじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燐香は誘われるがままについてくる。しかも呑気に歌を口ずさんでいる。もしこのまま襲い掛かったらどんな反応をするだろう。別にしないけど、想像すると面白い。燐香のリアクションは見ていて飽きない。何もしていなくても面白い。だからよく遊びに行く。ルーミアのお気に入りの妖怪だ。

 

「何を歌ってるの?」

「かわいそうな家畜が売られていく歌です。私の十八番です」

「燐香に凄く似合ってるね」

「あんまり嬉しくないけど、ありがとうございます」

 

 幻想郷で、人間が最も多いのは人里だ。色々な人間がいて、色々な物がやりとりされる。だから、ルーミアもたまに遊びに行く。お金は、殺した人間から奪った持ち物を物好きな男に売って手に入れる。そのお金でお菓子や食べ物を買う。世の中は上手くできている。

 人里の人間は妖怪を見ても、それほど恐れることがない。本当は怖がっているのかもしれないが、顔には表わさない。恐らく、慣れはじめているのだ。

 

 闇が支配する夜でも酒場付近は明るく賑やかだし、人間のくせに自警団とやらを結成して妖怪に備えたりしている。半分獣の変な女が協力しているらしく、たまにルーミアも後をつけられたりする。煩わしいので頭から食ってやりたいが、人里の人間に手をだしてはいけない。それをするとルーミアより強い妖怪に殺されてしまうから。ルールを覚えてなかったときにそれをしてしまい、スキマ妖怪に一度殺されかけたので懲りた。

 それが嫌ならもっと強くならなければならない。ルーミアはそれで構わないと思っている。別に人間は他でも見つけられるからだ。次に人里を襲うときは、死にたくなったときだろうか。燐香が誘ってきたら乗っても良いかなとも思う。なんだか楽しそうだし。最後どうなろうとも、楽しいのが一番だ。

 

(お金が一番の人間も沢山いるらしいけど)

 

 幻想郷の人間は、貧富の差によって住む事のできる場所が変わるらしい。豊かに暮らすには、沢山の畑を持っていたり、大きなお店を持っていたり、何か希少な才を持つことが大事となる。貧しい人間は、人里でも外れの方へと追いやられ、着ている服も粗末である。

 もっと貧しい者たちは、人里で暮らすことができなくなる。自分から出て行く物好きたちもいるらしいが。そういった連中はお互いに身を寄せ合い、集落を築いて生活を送っている。粗末な柵を築いて獣除けとし、小さな社を築いて神に救いを求めている。夜は家に閉じこもって、決して外に出ようとはしない。

 たまに、ルーミアはそこの人間をからかいにいく。別に襲うつもりはないのだが、ただ顔を見せるだけであの人間たちは恐怖の表情を貼り付けて家の中へと逃げ込んでいく。その恐怖の感情がたまらない。満たされる。彼らは心から闇と妖怪を恐れているのだ。

 

 そんな貧しい連中が、稀に訪れる秘密の場所がある。その時だけは、彼らは危険を犯して夜に行動を開始する。

 ルーミアはその場所が何なのかを知っている。闇に紛れて一部始終を見ていたから。あれは実に面白い光景だった。それからは、ちょくちょくここの網を張って監視するようになった。

 特に、冬場は見つける事が多い。――さて、今日はどうだろうか。

 

「この奥だよ」

「…………」

 

 とある、森の近く。荒れている道の横には苔むした地蔵が置かれている。その道から少し外れて森の中へ入ると、奇妙な獣道を見つける事ができる。何が奇妙かと言うと、獣道の割にはやけに動きやすくなっている。獣は獣でも、二足歩行する獣の道だ。

 それに、雪が積もった今などは怪しいことこの上ない。雪は一面に積もっているのに、そこだけは何故か踏み固められているから。ここはちゃんとした道ではもちろんない。この先には何もないというのに、大小様々の足跡が残されている。

 

「一体何があると思う?」

「……分かりません」

 

 この分だと、色々と期待できそうだ。ルーミアは舌なめずりする。

 

「暗いですね」

「ここは、そういう場所なんだ。だから、とっておき」

 

 昼間だというのに太陽の光が射すことはない。ここは、常に薄暗い。だからお気に入りだ。

 燐香とアリスの人形を引き連れて、更に先へと進んでいく。ふわふわと浮きながら、ゆっくりと。

 そして、目的地へと到着した。倒れた木々が入り組んでできた自然の祠のようなもの。なんだか仰々しい感じはするが、別に何かが奉ってあるわけじゃない。偶然にできた、枯れ木の積み重なり。だが、人間はこれに意味を見出したらしい。

 ――生贄を捧げる祭壇としてのだ。

 

「あった! 今日は当たりだー」

 

 ルーミアは、木々の祠に置かれていたモノを掴む。今回は首を絞めて殺されたらしい、人間の赤子の死体。布に包まれて、意味ありげに捧げられていた。完全に冷たくなっている。夏場は腐るが、冬なので保存状態は完璧だ。

 

「赤ちゃんの、死体?」

「うん。たまに、ここに置いてあるの。人間からすると来るのが大変なんだけど、それが逆に良いんだって。前に話していたのをこっそり聞いたんだ」

 

 道のりが険しいほど罪悪感が和らぐそうだ。勝手な言い分だが、責めるつもりはない。どんどん捧げに来て欲しい。今年の冬は厳しいから、お代わりが一杯来そうである。

 冬を越えるまでに蓄えが尽きてしまえば、人間は死を待つことしかできない。助けてくれるような善人もいない。そして、自分達で狩猟できるほど、強い者ばかりではない。人間は、ほとんどが弱くて脆い。第一、人間が冬に獣を見つけても狩るのは至難の業だ。

 そんな時、最初に始末されるのは、食べるばかりで糧を生み出せない者。もしくは余命幾ばくもない弱者から。当たり前のことだ。

 

「…………」

 

 燐香は、そのまま押し黙る。もしかして、怖くなってしまったのかもしれない。燐香は人間の肉を食べない。食べたがらない。妖怪のくせに。ルーミアにはそれが不満でもあり、面白くもある。その在り様が面白いから、ルーミアは沢山遊びにいくのだ。見ていて本当に飽きない。

 

「食べた後は、あっちに集めておくの。見る?」

「…………」

 

 どっさり積もった雪をどけ、埋もれていた大きな石もどける。冷たい地面を手で適当に掘ると、ルーミアが今まで食べた人間の残骸が現れた。それは小さなものばかり。年齢に差はあるが、全部が子供だ。子供は柔らかくて美味しい。腐っていてもそれなりに美味しく食べられる。焼けば腐臭も和らぐけど、ここのは必ず生で齧りつくことにしている。特に理由はない。そうしたいからそうする。

 

「何故。どうして。おかしい。だって幻想郷は――」

 

 楽園ではなかったのか? 燐香は虚ろな瞳で、ぶつぶつと何かを呟いている。鮮やかな赤い髪の毛に、艶かしい黒が混ざりはじめる。まるで侵食していくように。ルーミアは少し魅入ってしまった。自分の闇に似ているような気がして。

 

「えっとね。ここに捧げられた子供は、次に生まれてくるときに幸福になれるんだって。誰が言ったのかはしらないけど。ま、私は美味しいお肉が食べられるし、別にいいかなー」

 

 生贄を捧げた後、悲痛な形相で再び訪れた人間は、何故か安堵した顔を浮かべていた。子供が神様に受け入れられたと勘違いしたのだろう。

 真実は全然違うけど、どうでも良いことだ。自分が綺麗に食べてやったと言っても良かったが、美味しいお肉がこなくなるともったいないので我慢した。この数年でもう20人ぐらいは食べている。これからも食べたい。

 ここはルーミアだけに許されたご馳走の場所。誰にも知られたくないとっておきの場所。だけど、燐香は心の友だから教えてあげた。一緒に食べたらもっと美味しいかもしれない。だから試してみようと思った。

 

「一緒に食べる?」

「……私は、これは食べられません。絶対に食べられない。だから――」

 

 そう言うと、燐香の瞳が赤く光る。ルーミアの食べた残骸、そして木々の祠、その周囲からなんだか黒い靄が生じ始めた。何か分からないけれど、なんだか凄く黒かった。ルーミアは目を丸くしてそれを見届ける。

 その靄は、燐香の身体に吸い込まれていく。燐香の口元が歪んでいく。

 

「残っているこれを頂きます。ルーミアは、その肉を食べて下さい。貴方の場所だから、それは貴方のものです」

「そっか。じゃあいただきまーす」

 

 ルーミアは遠慮なく頭から齧りついた。そのまま一気に半分まで食べ進める。保存状態がよかったからとても美味しい。冬は寒いけど、これがあるから多少は救われる。冬だけのお楽しみである。

 

「死ねばただの肉の塊。魂は既にここにはない。――が強ければ必ずこびりつく。たとえ誰に見向きもされなくても、私達は絶対に忘れない。お前達が忘れ去ったとしても、私達は永久に残り続ける。だから、いつか必ず――」

「燐香?」

 

 強烈な敵意と威圧感を発しだした燐香に、ルーミアは眉を顰める。すると、すぐにそれは収まった。なにかの間違いだったのか。よく分からなかった。

 

「ごめんなさいルーミア。ここに、ちょっとだけ飾り付けをしてもいいですか? とっておきの場所にしては、少し寂しいと思うので」

「うーん。別にいいと思うけど。なにするの? あれ、そういえば髪の色が――」

 

 燐香は黒になっていた。いつもは見える“白”が覆われて見えなくなっている。でも、存在が確認できるということはまだ完全ではないのだろう。

 黒い燐香は両手を伸ばし、身体をくるりと一回転。すると、雪で覆われていた地面に、赤い彼岸花が咲き始めた。白雪全てを覆い尽くすように。まるで赤い絨毯みたいだった。その上で寝転んだら、そのままあっちへ流されてしまいそう。

 

「凄いなー」

「ありがとうございます。ふふ、素敵になりましたか?」

「うん、とってもいい感じ。綺麗だし、少し美味しそう」

「残念ですけど、毒があるから食べられませんよ」

「私に毒って効くのかな」

「さぁ」

「今度試してみよう。綺麗で美味しかったら嬉しいよね」

「そうですね。ここはルーミアの場所だから、好きにしてください」

「燐香の場所にもなったよ。心の友だからいつでも入れてあげる」

「ありがとうございます、心の友よ」

 

 人間たちが勝手に作り上げた偽物の神様。いんちきな木々の祠。そこに咲き誇る本物の彼岸花。白を埋め尽くすように咲いた真っ赤な絨毯。とてもいい感じだった。ルーミア一番のお気に入りの場所になりそう。

 

「ねぇ、一つ聞いても良い?」

「なんですか?」

「貴方、燐香だよね?」

「はい、多分そうです。私は、風見燐香です」

 

 曖昧な返答。目は虚ろなままで、顔だけが笑っている。目からは、赤い涙が零れている。気付いているのかいないのか。指摘することはできるけど、止めておいた。

 だから、ハンカチを取り出し、それをぬぐってやった。あんまり意味はなかった。とめどなく流れているから仕方がない。地面は赤ばかりなので、特に問題はない。

 

「そっか。ならいいや」

 

 燐香は黒だった。いつもはちょっとだけ白が混ざっているのに、今日は黒ばかり。95%ぐらい黒。別に嫌ではない。でも、いつものちょっと白がある燐香もいいと思う。――こっちの燐香は、少し苦みが強い。

 

「ね、やっぱりこれ、食べてみない? 一口だけでも。騙されたと思って」

 

 小さな足一本だけになった肉。それを差し出す。燐香は首を横に振る。

 

「私は騙されないのでいりません」

「どうしても?」

「はい。私は食べません。変わってしまうから、食べられない」

 

 今は駄目みたいだった。また次の機会を試してみよう。多分、そうした方が良いと思う。いざとなったら無理矢理にでも。ルーミアはなんとなくそう思った。

 

「なら、珈琲飲む?」

「いただきます」

「ミルクは?」

「いりません」

「だと思った。でもちょっとだけ入れちゃうね」

「じゃあ最初から聞かないでください」

「そういう気分だったから」

 

 ルーミアは口についた血を拭い、残骸をいつもの場所に放り投げた後、珈琲を淹れる準備を始める。今日はお湯を持ってきていないから一から沸かさなくてはいけない。でも、雪がいっぱいあるから水には困らない。埃がまざっているから汚いとアリスに言われたが、そんなことは気にしない。飲めればいい。

 と、アリスの人形がさっきから静かなことに気がつく。

 

「それ、さっきから静かだね」

「アリスも疲れたんじゃないですか? 遠隔操作って大変でしょうし」

「そっか。うん、そうかもね」

 

 アリスの人形は燐香の方を向いて、ただふわふわと浮いていた。

 


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