ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第二十五話 雪化粧

 ――冬真っ盛り。あのマフラーの一件のあと、幽香と仲良くなれたとかそんな都合の良い話はなかった。寒空に相応しい空気が家の中にも漂っている。すっごいクール!

 自分の彼岸花のお世話を今日もやろうと外に出たら、滅茶苦茶雪が積もってるし。なんか吹雪いてるし! やばい。かまいたちの夜っぽい。

 こんや 12じ りんかが しぬ。謎はすべて解けた。犯人は幽香です。

 

 馬鹿な事を考えている場合じゃなかった。慌てて家の中に入る。マフラーに手をあて、寒い寒いと震える。マジ寒い。特製カイロは機能してるけど、吹雪には効果がうすい。だって、暖かい空気が風ですっとんでくし。

 

 あれ、もしかしてこれって雪かきしなきゃいけない流れ? 妖術でパーッとやったら、地面がグチャグチャになって凄く怒られたことがある。よって、妖怪の頑丈さを活かしてホイホイ雪を一纏めにしなければならない。

 

 一応確認しておこう。範囲が分からなければ、体力配分もできない。太陽の畑全部雪を掻き出せとか、言いかねないのが恐ろしい。やるのは確定しているので、『雪かきやったほうがいいですか?』などとは聞かないのである。うん、労働者の鑑である。だからボーナスください。

 

「あのー、雪かきはどこまでやれば」

「お前がグズグズしている間に、屋根の上は終わっている。それより、彼岸花は大丈夫なの?」

「あ」

 

 すっかり忘れていた。それもこれも考えるのに忙しかったせい。私は悪くねぇ!

 

「早く行け。花が可哀相でしょう。別にお前はどうでもいいから、花だけは全力で守りなさい」

「は、はい!」

 

 という訳で、すたこらさっさと畑に駆けつける。私は雪塗れになりつつ、彼岸花たちに保護を掛けたのであった。これで当分は大丈夫。幽香は畑全体にこれを掛けているのが凄いところだ。どうせなら私の彼岸花たちも入れて欲しい。無理だろうけど。

 

「うーん、仕事はもうないし。凄く暇だなぁ」

 

 ――完全にやることがなくなってしまった。アリスの家にいけるようになるのは、明日から。それまでに吹雪が止んでいると良いのだが。

 あまりに暇すぎるので、グラスを使った鍛錬を行うことにした。この家でやるのは初めてだ。なぜかといえば、うっかりグラスを割ってしまった場合、私では直す事ができない。そして、グラスは幽香がわざわざ買い揃えたお気に入りのものばかり。

 もしも制御に失敗して割ってしまったりしたら。考えるだけで恐ろしい。

 

「……ふ、震えが止まらない」

 

 十分に着込んでいるのに、震えがくる。これは武者震いなどではなく、ビビっているだけである。幽香をちらりと横目でみると、また分厚い雑誌に目を通している。少年ジ○ンプでも買っているのだろうか。それとも少女雑誌のり○んだろうか。幽香がお星様キラキラの少女漫画を読んでいたら面白いのだが。漫画トークを切っ掛けに仲良くなれたりして。

 ないな。うん。ないない。

 

「ゴホン。さーて、鍛錬でもしよっかなー。毎日やらないとなまっちゃうし!」

 

 幽香に聞こえるようにわざとらしく声をあげ、グラスに水を注いでいく。幽香はこちらを完全に無視している。少しぐらい興味を持ちなさいよ。普段どんな鍛錬しているのかとか、普通は気になるじゃん!

 

「はあッ!」

 

 必要ないけど気合を入れて掛け声を放つ。やる気をアピールだ!

 水とグラスに妖術をかけ、妖力光も一時的に付与。少し間を置き、それに同程度の妖力を注いで再び無力化する。グラスは割れていない。ふふん。この程度ならもう目を瞑っていても出来てしまう。完璧だ。

 

 どや、と言った顔で幽香に視線を向けると、やはりこちらのことなどどうでもいいようだった。私を完全に無視、そして幽香は本の虫。うまい。今のは座布団1枚欲しい所である。

 

「……さ、寂しい」

 

 本当に孤独すぎる。もうやるべきこともないので、今日は窓から外を見て一日を過ごす事にしよう。雪が積もっていくのを延々と見るのも悪くない。だって退屈なときは、いつも景色を見て過ごしてきたんだし。

 ――幻想郷に自分が存在する。存在することが許されている。それだけで、今まではなんだか嬉しかったものだ。

 

 だが、アリスやルーミア、フランやパチュリーなどと話ができるようになると、欲がでる。もっと彼女達と仲良くなりたいなぁとか。もっと色々な場所を見てみたいなぁとか。色んな人達と関わりたいなぁとか。

 だから、私は冥界への亡命を決意したのだ。もっと楽しく生きていくために。そのためには作戦を練らなければならない。まぁ、大体の流れはもう考えてあるけれど。

 鍵となるのは、私が現在覚えようとしている『身代わりの術』だ。本当はこの身代わり君を自在につかいこなして、勝利を得ようとしていたのだ。最終的には最強と名高い“虎咬真拳”をマスターして、幽香を驚かせた後にギャフンと言わせたい。しかし、異変までには間に合わないだろう。残念だけど、それについては一旦保留だ。それに、別の使い道を思いついたから。

 

 雪を見ていたら、なんとなく喋りたくなってきた。そういうこともある。

 

「お母様は、雪は好きですか?」

 

 窓に向かって、私は喋りかける。返事はどうせないだろう。壁君ではなく、今日は窓君が会話相手である。心が透明な良い奴なのだ。でも割れやすいので注意。

 

「…………」

「私は、あまり好きじゃないです。綺麗なものも、汚いものも全部覆い隠されちゃうし。それって、なんだか寂しいですよね。存在が消えちゃうみたいで」

「……どうでもいいわ。興味がない」

「そうですよね。ごめんなさい」

 

 幽香は花のことと、強くなること以外に興味がないのだろう。じゃあ私は一体なんなのかという話だが。サンドバッグ程度の認識なのは間違いない。喋るサンドバッグとかちょっと珍しいし。なにより頑丈なのが長所である。

 

「…………」

 

 愛想笑いが浮かびそうになるがなんとか堪え、再び視線を窓に向ける。大粒の雪はまだまだ降り続いている。あまりに寒かったので、私はマフラーをぎゅっと握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、幸いなことに雪は止んだ。当たり前だが、一面雪だらけである。積もりすぎ! 日光に反射して、雪化粧が目に眩しいし。

 念のために彼岸花に再度保護をかけて、準備は完了。私は赤いマフラーを首に装着して、いつも通り幽香により輸送されていく。さすがにそろそろ送迎はいらないと思うのだが、いまだに一人旅が許可されない。私の信用度は常にマイナスを維持しているようだ。多分、上がることは今後もない。

 許可された瞬間、私は逃亡したいという欲求に駆られるだろうから、ある意味では正しいのかも。幽香め、以外に鋭い。

 

「げぼっ!」

 

 今日はいつも以上に投下が激しかった。なぜか知らないが、機嫌が相当良くなかったようだ。ギャグ漫画のように顔面から着陸した私。冬の犬神家である。

 外で雪かきをしていた人形たちにより、私はようやく掘り起こされる。冷たさで顔はきっと赤くなっているだろう。雪がなければ即死だった。人形達に心から礼を言う。

 

「あ、ありがとうございまふ」

「ちょっと、大丈夫?」

 

 アリスがばたばたと家から出てきた。私を見つめると、またやられたのかと溜息を吐いている。私のせいではないと思うのだが、受身がとれなかったのは確かである。というか、鼻水がでていそうでとても恥ずかしい。

 

「だ、大丈夫ですけど、か、顔がつめたいです。あはは、は、鼻水が」

「ほら、早く中に入って。お湯を用意するから顔を洗いなさい。服も濡れてるから、替えを用意するわ。風邪を引くわよ」

「ほ、本当にありがとうごじゃいまふ」

 

 震えながら家の中にお邪魔する。鍛錬と教育が始まってからもう4ヶ月くらいになっているだろうか。もう自分の家のように慣れてしまっているが、礼儀は重要である。ありがとうとごめんなさいを、ちゃんと言える妖怪なのだ。

 常に捻くれている悪い見本が傍にいるから、素直になることは全く苦ではない。そこだけは感謝しておこう。

 お湯で顔を洗い、アリスのものと思われる服に着替える。可愛いけど、私が着ると違和感が凄い。いや、慣れれば大丈夫かな。どうだろう。やっぱダメかも!

 

「それにしても、凄い雪だったわね。太陽の畑は大丈夫なの?」

「ええ。お母様の管理している花は、完璧な保護術がかかっています。私は毎朝掛けなおしにいくので、いつも雪まみれです。でも、家の雪かきだけはやってくれています」

「流石は花の妖怪といったところかしら。もちろん、貴方も十分よくやっていると思うわ」

 

 私は褒められる事になれていない。なんだか嬉しくなってきた。寒さが吹き飛ぶ!

 

「ありがとうございます」

 

 上海人形が紅茶を、蓬莱人形がクッキーを持ってきてくれた。アリスのクッキーは手作りで、本当に美味しいのだ。料理はできる、気遣いもできる、気立ても良くて、魔法も使えちゃう。まさに完璧超人である。是非とも弟子になりたいというか、もう弟子になっていた。でも全然近づける気がしないのが悲しいところ。

 

 むしろ幽香側に近づいている気がする。このままいくと、中途半端に修羅道へ足を踏み入れる事になりそうな予感がしてならない。いわゆる、かませキャラである。前座で私が登場し、ボコボコにやられて幽香に泣きついたところをぶっ殺されるのだ。『戦えない花妖怪など必要ない!』と、汚い花火にされるに違いない。そして、真打登場とばかりに幽香が颯爽と現れるのだ。格好良いけど、私だけデッドエンド! 

 

 ――お、恐ろしい。

 

「今日はのんびりとしていていいから。私は人形の手入れをしなくちゃいけないし。貴方も、たまには羽を伸ばしなさい。外も雪が積もってる事だしね」

「あ、それなら手伝います」

「いや、そういうわけには――」

「是非やらせてください。日頃お世話になっているお礼がしたいんです。お願いします!」

 

 このまま土下座しても良いぐらいに感謝している。だから、何か手伝える事があれば是が非でもやりたいのだ。ちょっと博麗神社に殴りこみに行ってこいと言われたら、『喜んで逝って来ます!』といえるぐらいの覚悟を持っている。結果は芳しくないだろうけど。

 

「なら、一緒にやってくれるかしら。地下の倉庫にしまっている人形たちを、綺麗にしてあげたいの。もう今年も終わりに近づいているし」

「分かりました!」

 

 紅茶を全部飲み終えた後、アリスの後について地下の倉庫へと向かう。跳ね上げ式の扉を開けた先には狭い階段があり、下に降りられるようになっている。薄暗くて、ちょっと埃っぽい。これは掃除のし甲斐がありそうだ。

 アリスがランプに火を灯すと、そこには棚に整列している色々な人形達がいた。ドレスを着ている洋風人形もいれば、五月人形みたいなのもいる。多種多様な文化がここに集まっている様子は、まるで人形博物館だ。

 

「わぁ。これは、凄いですね」

「ありがとう。私の大事な宝物よ。本当は上で飾ってあげたいのだけど、スペースがなくて。上海たちを使って上に運び出すから、貴方は人形を渡してくれるかしら。私は上で、手入れをするから」

「分かりました」

「それじゃあ、宜しくお願いね」

 

 アリスが戻っていくと、入れ替わりに上海、蓬莱、露西亜、西蔵、京都、倫敦人形達が等間隔で並んでいく。バケツリレーで上へと運び出すということだ。アリスはこの作業の指示を出しながら、上で手入れも行っている。どういう思考能力なのだろう。感服するしかない。

 

 実を言うと、私が訓練中の『身代わりの術』は、アリスの人形操作技術を真似たいと思って編み出したもの。人形はないので、じゃあ自分でいいやと頑張って作り出した。そこまでは上手く行ったが、全然思い通りに動かない。頑張って動かしてみたら、化物みたいに動いて自分でも怖くなった。よって、今の私の力では、相手を騙すための囮か、死体役ぐらいしかできないのである。

 

「――と。どんどん運び出さないと」

 

 落さないように、極めて慎重に端から人形を取る。これは市松人形さんだ。夜に髪が伸びそうで怖いと思いきや、愛嬌があってとても可愛らしかった。上海にゆっくり手渡すと、ほいほいほいと、どんどん上へとあがっていく。流しそうめん逆バージョンみたいである。面白い。

 次は洋風人形。これはリアルすぎてちょっと怖い。というか、一体ずつゆっくり見ていたら時間が全く足りなくなりそうだ。上海がすでにウエイトしている。やばいやばいと、慌てて渡す。コンベアみたいに次々と上へとあがっていく。人形は、後でゆっくりと眺めさせてもらうとしよう。

 

「よーし! これは、気合を入れないと追いつかない。頑張るぞ!」

 

 私は頬を叩いて気合を入れなおすと、全力で人形の搬送作業にあたることにした。

 その甲斐あってか、お昼までに全て上に運び出す事ができた。完璧超人のアリスはすでに手入れを終えていて、昼食の準備を始めている。軟弱超人の私は「お見事です」と感嘆の拍手をすることしかできなかった。

 

「ありがとう。貴方のおかげでずいぶんと捗ったわ」

「……そ、そうでしょうか。なんだか、邪魔をしてしまったような」

「それは違う。人形を丁寧に取り出すというのは、一番気を遣う作業だから。貴方がとても真剣にやってくれたお蔭で、私は手入れに集中できた。きっと、人形達も喜んでいると思うわ」

 

 全身を丁寧に磨かれた人形たちが部屋に鎮座している。確かに、なんだか嬉しいオーラが出ているような気がする。気のせいかもしれないが、なんとなく満足感をゲットできた。

 

「アリスは、本当に人形が好きなんですね」

「ええ。だから、人形を大事に扱ってくれる貴方に感謝を。いつも、上海たちにも丁寧に接してくれているし」

「あはは。アリスは褒めすぎですよ」

 

 照れくさいので髪を掻きながら視線を逸らすと、人形達が一斉に抱きついてきた。

 

「お昼を食べたら、人形たちと遊んでいて。そういう命令を与えておくから。後は私が片付けるわ」

「いえ、最後まで手伝いますよ」

「ふふ。そこまで甘える訳にはいかないわ。締めの作業まで貴方にもってかれてしまったら、持ち主の立場がないもの。貴方は大人しく人形と遊んでいなさい」

 

 意地悪っぽく微笑むと、アリスは台所へと戻っていった。

 

「わぁ。ちょっと、あまりくっつかないで! くすぐったい!」

 

 人形が更にじゃれついてくる。まるで自分の意志を持っているみたい。皆それぞれ動き方に特徴があり、魂を持っているみたいだった。

 私は人形達を軽く抱きしめると、ちょっとした幸せに身を委ねる。

 そして、いつの日か、アリスの夢――人形を自律させることが叶います様にと、心から祈るのであった。


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