ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第二十三話 不思議な贈り物

 秋が過ぎて冬になりました。すごく寒いです。外は寒いけど、家の中はもっと寒々しいです。常に吹雪いているような感覚がある。私だけだろうか。この家の中には、きっと見えない雪が積もっているのだ。

 

「ご、ご馳走様でした」

「…………」

 

 幽香は食事を終えると自分の部屋にさっさと戻っていってしまった。最近、やたらと部屋に篭っている。どうも人には言えない怪しげなことをしているらしい。私の目をごまかすことはできないのだ。

 

 一度物凄く気になったので、ドアをちょこーっとだけ開けてみたら。目の前に幽香の顔があって死ぬ程ビックリした。心臓が止まるかと思った。だって、悲鳴をあげることすらできなかったし。なんなのここは。黒すぎる家なの? 当然許されるわけもなく、逃げようとした瞬間に、私はお尻を蹴飛ばされてしまった。床に顔面から滑り込んだ私、きっとズコーという効果音が流れていた事だろう。しかし、追撃がこなかったところを見ると、本当に忙しいらしい。

 私の予想では、多分恐ろしい黒魔術を行なっているんだと思う。もっと強くなるための禁断の儀式みたいな。これ以上強くなってどうするのかは知りたくもない。或いは、邪神を召喚して幻想郷を滅ぼそうとしているのか。風見幽香、恐ろしい妖怪である。

 

「一度の失敗で懲りるようならば、私じゃない。幻想郷の平和のために、私が頑張らなくちゃ!」

 

 と、一時間ほど間を置き、ガラスの仮面の月影先生の如く、先ほどより警戒してドアを開けてみる。また幽香が目の前にいた。さっきよりも表情が険しい。お前はエスパーなの!?

 

「ど、どうして」

「ノックもなしに人の部屋を開けて良いと、誰が教えたのかしら」

「じ、自分の部屋とうっかり間違えちゃいました。え、えへへ」

「へぇ。そうなの」

「えへへ」

 

 私がごまかし笑いを浮かべると、幽香も穏やかな笑みを返してくる。しかし、全然笑ってないのが分かる。だって、目がやばいし。

 どうせやられるなら儀式の実態ぐらい調査してやると、ドアをこじあけて中に入ろうと試みる。吹っ切れた私はチャレンジャーなのだ。死なばもろともアタックだ!

 

「――ぐえっ」

 

 ――余裕で阻止されました。髪を掴まれた私の首が、ぐいっと後ろにやばい角度に曲がっている。なんだか天井見えてるし。そのまま天国も見えちゃいそう。

 

「冬はあまり動きたくないのだけど、少し教育が必要みたいね。こそこそと覗こうとするその腐った性根、嘘をついた挙句に開き直るその態度。全てが気に食わないわ。このまま殺してやりたいくらい」

「え、えへへへ」

「グズが。その汚らしい笑いを今すぐ止めろ。目障り極まりない」

「ごめんなさい」

「忙しいけど、少し相手をしてあげる。外に出ろ」

「えっと、お、お構いなく」

「お前に選択権はないのよ」

 

 恐ろしい独裁政権だ。いつかクーデターを起こしてやる。

 その後、攻撃を受け流す訓練という名目の下、私はそれはもうフルボッコにされたのであった。

 かなりムカついたので、奥の手の妖結界――『脳筋殺しのテトラカーン』を発動してみたりしたが、全然効果がなかった。

 結界は軽々とぶち破られ、私の顔面に拳がめりこんじゃったし。少しは反射したはずなのに全く効いてない。本当に意味が分からない。あの野郎無敵なのかと、私はまた心がポッキリと折れたのだった。

 

 ――が、次の日には治った。打たれ強くなければこの家で生きていくのは難しい。

 

 

 

 

 

 

 昨日はぐぅの音もでないほどボコられはしたけれど、冬は猛獣も動きが緩慢になる。普段は朝から夕方まで続く鍛錬も、冬は午前中で終了だ。そのまま冬眠してくれれば私の生活も平和になるのだが。永眠してほしいが、そこまで祈るのはちょっとひどいかなとも思ったりする。だから冬眠で許してあげるので、解放してください。

 

「あーあ、早く春にならないかなぁ。って、今年は長引くんだっけ。残念」

 

 冬の幽香は、大体読書していたり、お茶したり、裁縫していたり、人里に買い物にいったりとセレブな生活を満喫している。一見するとちょっとお嬢様っぽいのに、中身は悪魔なので注意しなければならない。

 何を読んでいるのかは、ご丁寧にカバーなんてつけているのでさっぱり分からない。漫画好きな私は、留守を狙って幽香の部屋に突撃したことがあるのだが、催眠花のトラップが仕掛けてあって私は眠らされてしまった。そして怒られてボコられた。なんで家に罠を仕掛けるんだあの悪魔は。

 

 と、散々な目に遭いつつも、幽香のテリトリー内ならば比較的自由な行動を許されている。冬は草むしりの手間がなくなるのも良いところだ。本当に寒いけど。

 壁とトークしたり、何故か枯れない謎の花々とトークしたり、冬でもしぶとく生きる益虫さんと遊んだりと忙しくも空しい日々を去年までは送っていた。

 しかし、今年はアリスの家に週三日いけるので、彼らとのトークタイムは減っている。素晴らしい事である。

 一番嬉しい事は、たまにルーミアが太陽の畑までやってきてくれることだ。ああ、心の友よ。花畑に囲まれながら、闇のトークを楽しみ、闇のような珈琲を飲む。なんだかリア充ライフを送れている気がする。

 

 そういえば、大物オーラの制御に成功してからは、妖精さんも少しずつ姿を見せるようになってきた。後、余計な害虫もだ。害虫駆除のときは心苦しいが、威圧感を全開にして全部おっぱらうことにしている。一種の農薬散布みたいなものである。

 実行する前に一応妖精さんたちに優しく警告するのだが、こちらの言葉を理解しているようには思えない。何を言っても楽しそうに遊んでいるだけだからだ。

 心を鬼にしてオーラを生じさせると、当然悲鳴を上げて逃げていく。とても悲しい事だ。その度に私の評判が落ちている気がしてならない。悪魔の娘として。気のせいということにしておこう。うん。

 

 それを考えると、チルノやら悪戯三妖精たちは特異な存在なのだろうか。強者を前にしても、彼女達の悪戯心がくじけることはなかったはず。この世界では会ったことはないから分からないけれど。もし会えたら友達になりたいが、難しそうだ。

 

「そして、私の彼岸花はいつも通り咲いていると。なんか物凄く萎れてるけど」

 

 彼岸花の開花のピークは秋である。もう冬なのになんで枯れないんだろうかと不思議でならない。

 太陽の畑の花は一度全開に咲くと、生命力が尽きるまでその状態を維持するという謎地帯である。流石は幻想郷、常識に囚われない場所だ。綺麗だから良いんだけど、ちょっとは遠慮しても良いと思う。主に幽香の向日葵のことだが。

 冬でも活き活きしている幽香管理下の花達と違って、私の彼岸花はなんかよれよれで萎れまくっている。多分、私の力不足が原因だ。

 だから、冬の間だけ私の花も管理下にいれてくださいと幽香にお願いしたら、『うるさい馬鹿』、『自分の花ぐらい自分で面倒を見ろ』と追いかえされた。正論だけど、なんだか納得がいかない。ちょこっと範囲を延ばすだけなのに。ケチめ。

 

 というわけで、冬限定の作業として、私の妖力を水と一緒に与える事にしている。少しだけ萎れがなくなっている気もするが、これが正しいのかは分からない。幻想郷におけるお花育成読本とか、そんな都合の良いものはないのである。

 

「それにしても、寒いなぁ。あーもう、ずっと布団にくるまってたい」

 

 妖力は抵抗力の源でもあるらしく、力を花に振り撒いた後は超絶に寒い。面倒だからこんなことやらなければいいとも思うが、彼岸花たちは私しか頼れるものはない。彼らを見捨てる事はできない。可哀そうだ。

 一仕事終え、汗を拭いながら私お気に入りの大きな石に腰掛けると、何か固い物がお尻に当った。虫でも潰していたらやだなーと思っておずおずと腰を上げると。

 

「ん?」

 

 謎の包みと、紫のバラが置いてあった。バラは幸いにもつぶれていなかった。

 

「む、紫のバラの人から? い、一体いつの間に!」

 

 神出鬼没。流石は紫のバラの人だ。私はありがたくお礼を言った後、包みを開ける。中には『充電式カイロ』が入っていた。なんか銀色の丸っこい形をした硬いもの。手榴弾をひらべったくしたような。爆発しそうなので今の例えはまずい気がする。

 でも、握るには丁度よさそうな形。なんだか良く分からないランプが気になる。エネルギー残量かな?

 後は、寒いので身体には気をつけてくださいというメッセージつきだった。なんと優しい人なんだろうと、私は思わずほろりとした。

 

「本当に嬉しいなぁ。これでどこでも暖かいねって、ここ電気通ってないじゃん!」

 

 電気はないけど、生活で不便を感じたことはない。家にある調理器具は幽香が妖力を使って火を出しているし。ランプ系も全部怪しげな魔術系統の道具。多分、幽香がどっかでパクってきたのだろう。冷蔵庫もないけど、保冷倉庫はある。水事情については、水道は一応通ってるし。お風呂はあるし、トイレも水洗だ。あれは一体どこにいくんだろう。というかここって下水道があるのだろうか? 色々と気になる事は一杯である。でも私は気にしないことにしている。自分のことで精一杯なので、文化について考えている余裕などない。幻想郷だから仕方ないということにしておくのが正解だ。

 

「うーん、でも電気は確かあるんだよね」

 

 人里には電気が通っている家もあるとかアリスが言ってた気もする。河童も電気製品を使っているらしいし。お願いしたら少しだけ電源借りられないだろうか。多分無理だろうなぁと思う。見知らぬ妖怪の私に親切にする理由がない。幽香ならば力こそ正義と、有無を言わせないのだろうが、私は平和主義なのだ。

 

 ――と、付属の分厚い説明書を適当に眺めていると、魔力とか妖力やらをエネルギーにすることで、暖かくしたり冷たくできると書いてある。冷暖房カイロ? とでもいえばいいのか。幻想郷の技術ってすげー。

 灼熱から凍結まで調整できるので、加減と爆発には注意しようとも書いてある。なにそれ。意外と恐ろしい道具である。お問い合わせは最寄の河童までということらしい。なるほど、やっぱり不思議道具は河童が作っているのか。とりあえず爆発には注意しておこう。爆発するときは、きっと髑髏の煙があがるだろうし。なんとなくそんなイメージが頭に浮かぶ。

 

「――さて、ものは試しにっと」

 

 握り締めて妖力を注ぎ込む。なんだか段々暖かくなってきた。というか、このカイロの一帯に謎の温帯が形成されているような。ポカポカである。

 奇妙なランプも緑色に点灯している。もしかすると、これは凄い便利道具をゲットしてしまったのかも。

 

「チャラララーン!」

 

 石の上に立ち、ゼルダの伝説ばりに効果音を奏でながら右手を高らかに上げると。

 

「なに、それ?」

「げ」

「私の顔をみて、げ、とはどういう了見なのかしら。もしかして、躾が足りなかったの?」

「げ、幻想郷で一番強いお母様が、私ごときに一体何の御用でしょうか」

 

 結構苦しいが、ぎりぎりセーフ!

 あぶねー! 本当に死ぬかと思った。家で謎の儀式をしていたくせに、なんでいきなり現れるの。最も来て欲しくないときにでて来るとか、本当に意味が分からない。

 適当に弁解しながら、充電式カイロを背中へ隠す。見つかったら確実に取り上げられる。多分、幽香はジャイアニズム信奉者だと思う。多分というのは、私から奪えるものなんてそんなになかったので、断定できる材料がないからだ。自由も失っている現状、私の財産なんて命ぐらいしか残ってないし! でも、幽香はジャイアニズム信奉者だと思う。私の推理は悪い方にはよく当る。

 

「今、なにを隠したの?」

「え? あはは、ちょっと背中が痒くて。乾燥しているからかなぁ」

 

 そんな私の言葉を鼻を鳴らして一蹴すると、指を私の額に突きつけてくる。こ、怖い。このままどどん波とか撃たれたら、本当に頭が吹っ飛んじゃう。

 それぐらい凄まじい威圧感。まばらにいた妖精さんの姿は、あっと言う間に掻き消えてしまった。ああ、妖精さんにまた嫌われてしまった。

 

「背中に隠した物を、見せなさい」

「な、なんのことでしょうか」

「3、2、1――」

 

 地獄の3秒ルール発動! 3秒以内に言う事を聞かないと私は死ぬ。理不尽すぎる!

 

「ど、どうぞ」

「さっさとしなさい」

 

 『剛符:お前のものは俺のもの』が発動してしまった。私は大人しく両手で特製カイロを差し出す。惜しいけど命には代えられない。心の方は立ち直っているが、勝てない勝負を挑むほどには力が溜まっていない。魔封波もあんまり練習できてないし。完璧にするまでにはまだ時間が必要だ。それに肝心の電子ジャーが見つからない。畜生。

 

「……河童が作ったものか」

 

 真剣な表情でカイロを綿密に調査している幽香。何が気になるのかは知らないが、どうか握りつぶさないで欲しい。

 そして、あの特徴的なランプに目を凝らすと、更に目を細めている。お前は鑑定士なのかと問いたい。『良い仕事してますか?』と思わず口に出しそうになったがグッと堪える。裏拳が飛んで来そうで怖い。嵐よ、早く過ぎ去りますように。

 そして、分厚い説明書を私から分捕って読み始める。

 

「……これは。なるほど、そういうことか」

 

 幽香が軽く頷くと、ぎゅっとカイロを握り、妖力を篭め始めた。するとランプが何か奇妙な光を発し、また直ぐに消えた。一体何をしたんだろうか。エネルギーを私の為に入れてくれるはずがないのは確かである。何の呪いをかけたんだろうか。恐ろしい。

 

「?」

「まぁいいわ。気に食わないけど、持ってなさい。ただし、常に携帯しているように」

「……なんでです?」

「お前が知る必要はない。嫌なら破壊するけど」

「わ、分かりました。常に持っています!」

「ふん」

 

 なんだか良く分からないけど、所持している事が許されたようだ。夏も冬も使えるなら、持ち歩いていて損になることはない。使わないときはリュックにでもいれておけばいいし。さっきの幽香の行動が気になるけど、答えは教えてくれないのでどうしようもない。呪いが発動したら、その時考えよう。

 と、その幽香は私の彼岸花畑を真剣な表情で眺めている。私は嫌いでも、花は気になるのだろう。流石は花妖怪、花には平等に優しい。その慈悲を一グラムでもいいので分けて欲しい。

 

「…………」

「あ、なんだか萎れてたので、妖力をあげていたんです。それでもいまいち元気がなくて」

「…………」

 

 幽香はしばし考え込んだ後、指を鳴らして妖力を一気に散布した。私の彼岸花は一瞬で元気になってしまった。やはり妖力の桁が違うらしい。それを見せ付けたかったのだろうが、一応礼を言っておこう。

 

「……あ、ありがとうございます」

「本当に情けない。あれだけ鍛錬してやってるんだから、少しは成長を見せなさいよ。グズが」

「は、はい。ごめんなさい。精進します」

「口だけじゃなく、結果で示しなさい」

 

 言いたいことだけ言うと、幽香はそのまま飛んでいってしまった。特製カイロの説明書を持ったまま。返してくれないのは確定なので、使いながら覚えていくとしよう。

 それと、今の行為は私への気遣いではなく、この萎れた彼岸花が可哀相だったからだろう。幽香は花をとても大事にする。それは凄く分かるので、私も幽香の花に悪戯したり復讐したりはしない。それは道理が通らないし理不尽である。私が理不尽にされても、人にして良いということではない。では、この感情はどこにぶつければよいのだろう。最底辺の者達の怒りや憎しみはどこへ行く?

 

「…………」

 

 なんだか闇が深くなりそうな気がしたので、思考を打ち切る。せっかく凄いお宝をゲットしたのだから、今日は気分良く一日を過ごしたい。アリスやルーミアに見せて、自慢したいし。勿論貸してあげるのもオッケーだ。あ、でも常に携帯してろとか偉そうに言ってた奴がいたから、気をつけないと。

 

「さーて、帰ろうかな。家の中が薄ら寒くてもこれがあるから平気だねっと」

 

 私はドナ○ナを歌いながら家へと帰宅した。私の一番お気に入りの歌である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ご機嫌で家に帰ると、非常に奇妙なことが待っていた。

 

「……何これ」

 

 私の部屋の床に、謎の物体が落ちていた。それは、手編みと思われる真っ赤なマフラーだった。

 私はそれを警戒しながら指先で摘み上げる。爆発はしなかった。多分、トラップもないようだ。

 手触りは抜群だが、問題はそういうことではない。これはどういうことなんだろうか。だって、服以外のものが放り投げられているのは初めてのこと。もしかして、何かと間違えたのか。分からない。アイツの考えている事は本当に分からない。

 理解し難い感情が私の中でぐるぐると回り始める。状態は“混乱”だ。

 

「……や、やっぱり、罠かな」

 

 私はベッドに腰掛けると、それを握ったまま氷の彫像のように固まっていた。

 どうしたら良いのか、私には分からない。


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