ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第二十二話 郷愁

 段々と秋が深まってきた。アリスは現在魔法の実験中。私は外で焼き芋の準備中。芋が美味しい季節である。ついでに彼岸花が開花を迎える時期でもある。かといって私のパワーが倍になるわけでもなく、至って普通。元気玉のように集まれば凄いことになりそうなのに。現実はお芋のように甘くはない。

 

「お芋お芋を焼きましょうっと。ファイヤー!」

 

 芋を濡れた新聞紙に包み、集めた枯れ葉の中に投入。そして妖術により着火。あとは待つだけ!

 と、周囲の様子を慎重に窺いながら、私はあることを試して見る事にする。――それは魔法である。

 

 妖力を用いた小手先の技術――所謂姑息な手段を、私はかなり使う事ができる。だが使えるというだけで、極めてはいない。簡単にいうと、隠形術・初級、みたいな感じである。

 あらゆる手段で撹乱し、最後にドカンとでかい妖術光線でトドメというのが私の想定する基本戦法。本当の真剣勝負は一回も経験したことはないけど。もちろん弾幕ごっこもだ。スペルの練習はしているけど、実戦にはまだ早いとアリスに止められている。もう少しの辛抱らしいが、中々その時は訪れない。

 

 と、話がかなり逸れてしまったけれど、私は魔法を使いたいのだ。ルーラとか使えたら超便利。バシルーラとか覚えたら超役に立ちそう。ただし、魔法を使うには魔力と様々な知識が必要だ。

 妖力と魔力の違いは何度かアリスに簡単に説明されたけど、さっぱり理解できなかった。オドだのマナだのが重要らしいけど、へぇーと頷くことしかできなかった。一朝一夕で覚えられたら世の中魔法使いだらけ。アリスが言うには、適当に考えただけで行使できる私の妖術は滅茶苦茶らしい。更に魔法を覚える意味もないので、深く教えるつもりはないとも言われた。

 

 しかーし、私は魔法を使ってみたいのである。というわけで、妖力を魔力に変換して魔法を放つという、超非効率で訳の分からない方法を試してみる事にした。実際にできるかどうかは知らない。とにかくやってみようということで、これからやる。

 

 切り株の上に、『幽香』と刻み込んだ薪を置く。これが標的だ。見ているだけで憎しみが増しそうである。なんだか薪のくせに、威圧感が凄い。やばい、薪に負けそう。

 

「お、おのれ。薪の分際で」

 

 魔法魔法と頭で唱えながら、力を溜めていく。そして、膝を曲げて優雅に一礼。決闘の前にはおじぎを欠かしてはいけない。

 大きく息を吐き、極大火炎呪文を唱える!

 

「メラゾーマ!」

 

 ぼふっと火の粉が現れ、そのまま空中を漂い儚く消えていった。私の運命を暗示するように。

 勿論失敗である。今のは魔力ではなく、妖力を使ったただの火炎弾だ。薪が風に吹かれてカタカタと動く。馬鹿にしているようにみえるのは気のせいではない。

 

「バギクロス! イオナズン! ベギラゴン!」

 

 一々ポーズをとりながら、強力な呪文を唱えるが、その度に出るのはしょぼい火炎弾。やっぱり駄目かも。そもそも変換ってなんだよみたいな疑問が浮かんでくる。

 しかしここまできたら止めることはできない。最後にアレを決めて、終わりとすることにしよう。

 キリッと表情を作り、両手を前へ突き出す。

 

「聖なる雷よ、我が呼び声に答えて巨悪を滅せよッ! ギガデイン!!」

 

 ――しかし何も起こらなかった。なぜなら、私は勇者ではないからだ。オサレ呪文まで唱えたのに無駄になってしまった。一度はやってみたいものなのだから仕方ない。いつの日か、滲み出す混濁の紋章――とかやりたい。格好良いし。

 

「さーて、焼き芋はやけたかなっと」

 

 私はすべてをなかったことにして、後ろを振り返る。

 

「んー、中まで火が通るにはもう少しだね。慌てない慌てない」

「あ、まだ駄目そうですか?」

「うん。もう少し。ついでに、肉を燻製にさせてもらうね。この肉、取れたてほやほやだよ」

 

 ルーミアがもくもくと煙を上げている火の元の上に、器用に燻製道具をセットしていく。というかこれ人間の足の肉だし。また外来人の死骸を漁っていたのだろう。別に構わないが、私は遠慮しておきます。

 

 ……というか。

 

「い、いつからそこに」

「え? メラゾーマってところから」

「まさか、見ていたんです?」

「うん。滑稽で凄く面白かった。最後のは特に面白かった。あれは中々できることじゃないよ」

「oh……」

 

 ルーミアは穏やかな笑みを浮かべている。なんというか、アホな子供を見守る御婆ちゃんみたいな表情。

 私はメリケン人のように、大げさなポーズを取ってみる。だが突っ込んでくれる人はいなかった。

 

「あ、珈琲飲む? お湯も持ってきたんだ」

「……頂きます」

「ちょっと待ってね」

 

 闇を展開して、そこから珈琲を淹れる為のドリッパーやらサーバーやらフィルターを取り出す。鼻歌交じりに粉を取り出すと、テキパキと珈琲を落としていく。なんというか、アウトドア派である。流石はルーミア。というか、その闇は四次元ポケットなのだろうか。不思議である。

 

「そういえば、ルーミアは魔法を使えるんですか?」

「え? さぁ。別に使いたいとも思わないし。どうでもいい」

「でも、魔法使えたらハッピーになれそうじゃないですか。魔女っ娘になれたら」

「そうなの?」

「なってみないと分からないです」

「そうなんだ。あ、珈琲落ちたよ」

 

 ルーミアが珈琲をカップに注いで、更にミルクをちょこっとだけ掛けて渡してきた。

 

「はい、燐香」

「どうしてミルクだけ入れたんです?」

「その方が燐香っぽいから」

「そうなんですか」

「うん。間違いない」

 

 珈琲を口に含む。苦いが美味しい。精神が落ち着く。紅茶ばかり飲んでいるが、別に珈琲も嫌いじゃない。ほとんど飲む機会がないだけで。

 

「ね。暇だから闇鍋でもやる? 材料ならたくさんあるよ。秋は食材が豊富だから。あと新鮮なお肉もあるし」

「お肉を入れるならやりません」

 

 やるといったら、確実に鍋がでてきていただろう。そして、材料はヤバイものばかり投入される。恐ろしい。

 

「そっか、残念。あ、お芋もういいかも。いい感じ」

「今取りますね」

 

 用意しておいた棒を使って、中から芋を取り出す。ホカホカっぽい。火の元は、燻製しているので暫くこのままだ。

 新聞紙にくるまれている芋を、ルーミアの横において置く。後は私とアリスの分。

 

「あ、私にくれるの?」

「どうぞ」

「ありがとう」

「友達だから当たり前です」

「あ、心の友ってやつだっけ」

「そうですね」

「流石は心の友。何かあったら必ず助けるね」

 

 そんな言葉を吐きながら、芋に齧りつくルーミア。

 

「この前、饅頭で裏切ったのはどこの誰でしたっけ」

「過去を振り返っちゃ駄目だよ。未来志向にならないと」

「そうなのかー」

 

 またルーミアのセリフを取ってしまった。流れに乗せられてしまった。まさか、これも計算の上では。ルーミア、恐ろしい子!

 

「そうだよ。間違いない」

 

 心の友のくせに、すぐに裏切って発言を翻すのがルーミアだ。それでも一緒にいて楽しいし、なんだか落ち着く。なにより、発言内容が意外性に長けているのが素晴らしい。

 ルーミアから言わせると、私も十分意外性に長けているそうだ。何をしでかすか分からないから、毎日観察していたいらしい。それはちょっと困るので遠慮しておいた。一緒に遊ぶのは大歓迎である。

 

 熱々の焼き芋を頬張りながら、ルーミアにふと疑問に思ったことを尋ねてみる。

 

「魔力と妖力の違いって、ルーミアは分かります?」

「うーん。ゴキブリと白蟻の違いくらいじゃないかな」

「じゃあ霊力は?」

「蟷螂」

「さっぱり分かりません」

 

 うーんと目の前を見たら、いい感じの色がついてきた謎の足肉。凝視してると気分が悪くなりそうだ。反射的に空を見上げた。清々しい秋空が広がっている。ビューティフル。秋は素晴らしい。秋の神様達を信仰しちゃいそうだ。でも、家でお祈りしていたら殴られるだろう。家畜に神はいないというセリフと共に。

 

「私も聞いていい?」

「どうぞどうぞ。なんでも答えます。嫌いな妖怪とかでも遠慮なくどうぞ」

「どうして燐香は人間をそんなに食べたがらないの? 幻想郷は食べちゃいけない人間ばかりだから、これはご馳走なのに。紛い物なんかじゃないのに。だから、気になるなーって思った」

「……うーん」

「納得のいく回答がなかった場合、無理矢理にでも口に押し込むから。好き嫌いはいけないし。絶対に食べさせる」

 

 ルーミアが笑いながら告げてきた。だが目が笑っていない。このあたりはさすがに人食い妖怪である。

 さて、なぜ私が人間の肉を食べないか。食べたくないという忌避感はもちろんある。だが一番の理由は、食べ物として認識できないというの正直なところか。道徳的な意味ではなく、もっと違う理由。

 

「えっと」

「…………」

「その」

「なるほど。少し分かったからいいや。今日は諦めるね。お芋もあるし」

「“今日は”、なんですか」

「うん。また折を見て挑戦するよ。妖怪なら、人間を食べないと元気でないよ」

 

 そういって珈琲を飲み干すと、ルーミアは燻製肉を一気に食べつくしてしまった。凄まじい食べっぷりに、私は思わず拍手してしまっていた。これだけ見事に食べてくれれば、犠牲者も浮かばれるだろう。知らないけど。食べ残されたら腹立たしいのは間違いない。

 

「それじゃあ、ちょっと寝るね。眠くなっちゃった」

「え」

「お休み」

 

 我が道をゆくルーミア。自分の周りに闇を展開すると、そのまま動かなくなってしまった。もう眠ってしまったようだ。

 一人残された私。とりあえず芋を回収して、木の机に置いておく。そして火が燻っている枯れ葉に水を掛けて消化。これで安心。

 大きく伸びをした後、さてどうするかと考える。秋風が気持ちよすぎる。

 焼き芋はおやつタイムであり、本当はこのあとまた勉強とか鍛錬をしなければならない。だけど、なんだか凄く眠い。パトラッシュ的な意味じゃなくて、食欲が満たされたら次は睡眠欲というのは至極当然の話だろう。この圧倒的な誘惑にはとても逆らえそうにない。

 

「それじゃあ、私もお邪魔します」

 

 ということで、私もルーミアの闇布団にご一緒することにした。闇の中は外の光が完全に遮断され、何がなんだか良く分からない。外からも見えないけど、中からも見えないのだ。

 だが、とても落ち着く。私がいても良い場所なんだと、なんとなく分かる。

 ルーミアの横に寝転がると、そのまま目を瞑った。これなら直ぐに夢の世界へ旅立てそうだ。なんだか隣のルーミアが笑っているような気がした。

 

 

 

 

 

 身体を揺らされ、私は強引に起こされる。瞼を擦りながら目を開くと、上海人形を横に浮かべたアリスが、ジト目で私を睨んでいた。

 

「おはよう」

「……あれ? ルーミアは」

「おやつの後は、また勉強しなさいと言ってあったでしょう」

「ル、ルーミアは?」

「まだ寝ぼけているの? ここにいるのは、幸せそうな顔で寝ていたねぼすけさんだけよ。全く、眠いんだったら声をかけなさい」

 

 お腹一杯なので、寝てよいですか? とは恥ずかしくて言えないと思う。居眠りを見つかった時点で恥もなにもないけれど。

 私は話を誤魔化すために、テーブルの上においてある芋をアリスに差し出した。

 

「……お芋、いりますか?」

「冷めちゃってるみたいだけど、ありがたくいただくわ。さ、少し寒くなってきたから、中に入りましょう。暖かい紅茶を用意するから」

「ありがとうございます」

 

 ルーミア、我が心の友よ。帰るなら一声掛けてくれればよいものを。おかげで恥ずかしい目に遭ってしまった。

 やることがすんだらどこかへ行ってしまうルーミア。そしてまたふらっと現れるのだろう。まさに神出鬼没、宵闇の妖怪おそるべし。

 

 しかし、アリスが優しすぎるせいで、だんだんのび太化してきている気がする。勿論、家にいるときは相変わらず緊張する幽香の鍛錬は辛いけど、前よりも苦しいと思わなくなってきている。最近の生活が楽しすぎるせいで、孤独感が消え去ったから。

 アリスの教育が別に甘いわけではない。何度も失敗すれば呆れられるし、調子に乗りすぎれば怒られる。

 でも、叱られても、アリスには優しさがあるのが分かるので、なんとなく嬉しいのだ。

 だがこれではいけない。もっとしっかりしなくては。いつまでもここで鍛錬や勉強ができるわけじゃないのだから。また孤独になったときに耐えられるように、精神力も鍛えなければならない。

 アリスは近いうちに霧雨魔理沙と仲良くなりはじめるだろうし、ルーミアは私に飽きたらそのうちいなくなってしまうだろう。本物の家族がいるフランは言うに及ばず。皆にはちゃんと居場所がある。羨ましい。

 

「私の居場所は、どこなんだろう」

 

 もしかしてあの家なのだろうか。いや、あそこは幽香の居場所だ。私の場所ではない。第一、幽香にとって私はただのサンドバッグである。壊れたら捨てられるだけ。

 じゃあ私の場所はどこなんだろう。いつの日か自由を手に入れたら探してみよう。もしかしたらないかもしれないけれど。

 

 ――ああ、それにしても。

 

「もっと強くなりたいなぁ」


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