ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第十八話 悪魔の棲む館

 図書館の一画。本やら謎の魔術用具やらが整頓されて置かれている机に、自分用と思われる本棚で囲いが作られている。パチュリー・ノーレッジはそこにいた。

 羽ペンを片手に、なにやらさらさらと書き込んでいる。こちらには気付いているのかいないのか、特に視線を向けてくるようなことはない。

 

 第一印象は、綺麗だけど話しかけづらそうという感じ。フレンドリーに話しかけても、一瞥されて無視されそう。

 どうしようかなぁと悩んでいたら、アリスが近づいて声を掛けた。

 

 

「お邪魔しているわ。これ、約束していた素材」

「……ああ、アリス。集中していて気付かなかったわ。希少なものなのに、本当に良かったのかしら」

 

 アリスが小袋を手渡す。あれは、太陽の畑でとれた謎の植物が詰っていたはず。魔法実験の素材になるらしい。私もいつかは手をだしたいものだ。禁断の錬金術とか。石ころから金を生み出してウハウハの生活。目指せゴールドラッシュ。

 

「構わないわ。定期的に納入されるからね」

「そう、ならありがたく頂いておく。で、それが風見幽香の?」

「ええ。前に話した、燐香よ」

 

 アリスに挨拶は大事だと教わっているので、実践することにする。挨拶は人付き合いの基本である。あの幽香も挨拶だけはちゃんと行う。

 

「初めまして。風見燐香です」

「ふぅん。なるほど」

 

 

 アリスから小袋を受け取り、そのままこちらを品定めしてくるパチュリー。その顔には友好的なものも敵対的なものも浮かんでいない。感情を一切含めない、経験豊富な鑑定士といった印象を受ける。

 ――と思ったら、薄く微笑んできた。妖艶で魔女の雰囲気抜群である。アリスはクール、パチュリーはミステリアスな感じ。

 

 

「お客様は歓迎するわ。この図書館の利用者は本当に限られていてね。折角の本が宝の持ち腐れになっていたの。本は読まれてこそ価値がある。抱えているだけでは意味がないものね」

「あ、ありがとうございます。これから宜しくお願いします!」

 

 ちょっと緊張しながら、頭を深々と下げる。図書館利用の許可をゲット! お邪魔するにはアリスにつれてきてもらわないといけないけれど。早く自由に行動したいものだ。

 

 

「こちらこそ宜しく。私はパチュリー・ノーレッジ、種族は魔法使い。紅魔館の居候みたいなものかしら。読みたい本、調べたい事があったら尋ねなさい。私か小悪魔が探してあげる。ここで暴れない限りは、追い出したりしない」

「分かりました。絶対に暴れたりしません」

「ふふ、まともで素直な客人は本当に久しぶりよ」

 

 友好的な感じで最初の接触は終了した。パチュリーは良い人だったようだ。いきなりお前を実験の材料にしてやるだの、おじぎをするのだ! と強制するようなことはなかった。まさに魔法使いの鑑である。私も将来は魔法使いを目指すべきだろうか。聖のもとで僧侶の修行もすれば、なんと賢者にクラスチェンジできてしまう。いや、ここは大魔道士と名乗るべきだろうか。メドローアにはロマンが詰っているし。

 

 そういえば、アリス、パチュリーと魔法使い二人とお知り合いになってしまった。これに霧雨魔理沙が加われば凄い事になってしまう。サバトとかできちゃうかもしれない。となると、やはり私も魔法使いにならなければなるまい。マジカルカルテット誕生である。

 

 

「急に考え込んで、どうかしたの? 何か疑問な点があったかしら」

「立派な魔法使いになるにはどうしたら良いですか?」

「……は?」

 

 

 私の唐突な質問に、ポカンとした表情を浮かべるパチュリー。そういう気分だから、今日から魔法使いに私はなる! というわけにはいかないだろう。何かしらの儀式があるはずだ。例えばダーマの神殿にいくとか、変な生き物と契約するとか。

 

 

「ごめんなさい。この子は見かけと違って、少し変わっているの。外見はこうなんだけど、内面は相当なお調子者ね。ギャップが激しいのよ」

 

 パチュリーがまじまじと私を凝視してくる。変わり者というのは、悪く省略すると変人である。少し異議を唱えたいところ。

 

 

「……そうなの?」

「そうなんですか?」

「自分のことは自分で考えなさい」

 

 私も一緒に聞き返すがスルーされてしまった。仲良くなるにつれ、ボケをいれたときのアリスの反応は、人形によるツッコミかスルーになってきた。そこから更にボケられるので、問題はない。いわゆるアリスルー。

 最後にはしかたがないわね、と困った笑みを浮かべてくれる。アリスさんは芸人の救世主。

 

「じっくり考えた結果、私は善良な妖怪と言う事が分かりました。人間友好度は間違いなく極高、危険度は極低ですね。安心安全二重まるです」

「それは良かったわね」

「……なるほど。良く分かったわ」

「色々とバランスが悪いの。少しずつ矯正していくつもりだけど。先は長そう」

「大変ね。……もしかして、家庭教師の経験を積んだ後は人里の教師にでもなるつもりなの? それなら色々と参考になるものがあるわ」

「ならないから心配しないで。貴方も発想が先をいきすぎる癖を直しなさい。飛躍しすぎよ」

「嫌よ。それじゃあつまらないもの。なにより、発想の停滞は私にとって死を意味するわ」

 

 パチュリーが笑う。アリスが「本当に仕方がない」と肩を竦める。なんというか、色々と分かり合っているという親友めいたものを感じる。この独特の距離感は羨ましい。

 

 

「ところで、今日は当主様は? メイドもいないみたいだけど」

「レミィなら咲夜をつれて博麗神社に行ったわよ。どうも博麗霊夢に目をつけたみたいでね。ウキウキしながら向かっていったわ」

「吸血鬼が神社に? それはまた。しかも巫女を気に入るなんて」

「悪魔は、人の大切にしているものに目をつける悪癖というか、本能があるでしょう」

「それは良く知ってるけど」

「霊夢に目をつけたのも、多分それが理由でしょうね。誰かの宝物を、掌でコロコロと転がして弄びたいのよ。いつでも握りつぶせるけど、それを敢えてしない。でもたまにじっくり舐めたり味見をする。そういう背徳感を味わうのが好きな変態なの。世の為、人の為、妖怪の為にとっとと死ぬべきよね。ああ、だれか本気で退治してくれないかしら」

 

 意外と毒舌のパチュリー。表情が変わらないので冗談なのか良く分からない。ポーカーが非常に強そうである。

 

 

「その変態と長年友人をしている貴方も、同類なのかしら」

「私は常識人よ。何も心配要らないわ。第一、その論法が正しいならば、貴方も変態ということになる。私の親愛なる友人アリス・マーガトロイド」

「お願いだから貴方達と一緒にしないで」

「あら、同感ね。私は紅魔館唯一の良心よ」

「ノーコメント」

 

 レミリア・スカーレットの情報を手に入れたが、なんとなく小悪魔を強化したバージョンなのだろうか。少し会うのが不安になる。パチュリーの冗談だということにしておこう。カリスマ満タンなのか、それともブレイカーなのか。どちらにせよ、楽しみには違いない。

 

 

「さっきの話だけど。博麗の巫女が宝物って、幻想郷にとってということよね?」

 

 結界を維持する重要な役割を持つのが博麗の巫女。それを殺害することは絶対に許されない。だから博麗霊夢に決定的な敗北はない。説明だけ聞くと修羅道一直線なのがちょっと嫌な感じ。どうか穏やかな心を持った優しい霊夢でありますように。私は神に祈りを捧げた。

 

「それは少し違うわ。あれは八雲紫のお気に入りらしいのよ。まぁ、博麗霊夢は八雲紫のことを名前しか知らないみたいだけどね」

「意味が分からないわ。それが宝物ってどういうことなの」

「異変の最中に色々と釘を刺されたってレミィが話してたの。少し本気で挑発したら、顔色変えやがったって喜んでた。その日はパーティを開くほどの喜びようで、本当にウザかったわ。まぁ、それが切っ掛けで博麗霊夢に照準を合わせたって訳。変態だからね」

 

 見守る愛もある。足長おじさん的な。そう、紫のバラの人の妖怪版だ!

 

「……なるほど。確かに変態みたいね」

「そういう意味では、今日レミィに見つからないでよかったわね。出会いがしらに噛み付かれていたかもしれないわよ?」

「――へ?」

 

 いきなり話を振られたのでビックリして声をあげてしまった。

 

 

「悪魔は目移りしやすいの。しかも全部を欲しがる我が儘娘。レミィのことだから、二股でも三股でも四股でもかけるでしょうし」

「……あの当主、そんな性分だったの? そこまでには見えなかったけど」

「ふふっ。まぁ私の勝手な想像よ。実際どうなのかは自分で判断すれば良い。いやでも対面することになるでしょうし」

「な、なんだかドキドキしてきました」

「そう、それは良かったわね。好奇心を持つというのは、精神を活性化させる一番の燃料よ」

 

 パチュリーが微笑んできた。うーむ、やはりこの世界の魔法使いは皆優しいのではないだろうか。ということは、霧雨魔理沙も心配いらないだろう。魔法使いに必要なのは優しさなんだ。一つ勉強になったので、幻想郷お楽しみ帳にメモっておく。

 

 

「ところでそれは何? 私も初めて見るけど」

「いつの間にかベッドの上に置いてあったんです。紫のバラと一緒に」

「紫のバラ?」

「地図もついていて便利なんですよ。絵はあまり上手じゃないですけど」

 

 アリスが覗き込んでくる。ついでにパチュリーも身を乗り出して。一応本だから、興味深々なのかもしれない。

 

 

「……これは、妖力かしら。微かに力を感じるわ」

「害を為すようなものじゃない。劣化を防ぐ保護のようなものが掛かっているようね。図書館にも似た様なものがあるから」

 

 耐久性強化の術が掛かっているとか。流石は紫のバラの人である。

 

 

「でもちょっとお粗末な術ね。見よう見まねでかけてみたという印象。努力は認めるけど、修行が足りてない」

「紫のバラねぇ」

 

 アリスが顎に手を当てている。一体誰なのかと推測しているのだろう。

 私は最初八雲紫が親切にくれたのかなぁとか思ったんだけど。でも、一回も話した事がないのにそんなに親切にしてくれるだろうか。イマイチ信じられない。しかも、話を聞くに霊夢にご執心みたいだし。

 神様がくれるわけもないので、私は“紫のバラの人”の概念みたいなものが幻想入りしたのではないかと睨んでいる。私があまりにアレなのをみかねて、本当は興味ないけど助けてあげるかみたいな。いずれにせよ、いつかは正体を知りたいものだ。

 

「これは、魔法の書なんですか?」

「そこまで高度なものじゃないけど、まぁ分類上はそうなるわね。それなりに価値のあるものだから、大事にすると良い」

 

 パチュリーが姿勢を正す。そんな貴重なものをもらえるなんて、紫のバラの人、ありがとう!

 

 

「幽香には見せないほうがいいわよ。常に鞄に入れておくか、私の家に置いておくことをオススメするわ」

 

 アリスが真顔で警告してくる。

 

 

「それはどうしてです?」

「紫のバラの人からの贈り物と分かったら、多分、原型も残さないほど破かれて燃やされるわ。紫色というのが印象最悪ね」

「わ、分かりました」

 

 

 悪魔は人の大切にしているものに目をつけるらしい。つまり、宝物となったこのお楽しみ帳は、格好の獲物ということ。

 確かに、見つかったら大笑いしながら燃やそうとするに違いない。幽香が悪魔である証拠をまた一つゲットしてしまった。

 

 

「そうだ。パチュリーさん、ちょっと探したいものがあるんですが」

「なにかしら。大体のものは揃っているわよ」

 

 ちょっと自慢げなパチュリー。表情は変わらないけど、なんとなくそう感じる。

 

 

「悪魔払いの書ってありませんかね。できれば、大魔王クラスに効く様な」

「そんなもの、何に使うの?」

「ちょっと試してみたい相手がいるんです」

 

 神をも切り裂くチェーンソー的な便利なものが欲しい。

 

「悪戯に使うのはやめておきなさい。そういったものを素人が触れば怪我だけじゃ済まないわ。子供が玩具にするようなものじゃない」

 

 軽く叱られてしまった。悪戯ではなく本気だったのだが。だが焦る必要はない。いずれそういう機会もあるかもしれないし。

 

 

「好奇心から聞いておくけど、誰につかうつもりだったのかしら」

「もちろんお母様です。幻想郷の平和を守る為に」

 

 

 私は即答する。パチュリーはしばらく私を眺めた後、ニヤリと口元を歪める。

 

 

「……アリス」

「何かしら」

「中々興味深い子ね。存在が面白いわ」

「そう? 毎日が騒がしくなるから、貴方には辛いわよ」

「ウチも十分騒がしいから問題ない。それに見ていて退屈しなそう。よければ、うちの使い魔と交換しない? この館は変態ばかりでしょう。少しばかり数を減らしたいのよ」

 

 パチュリーの言葉に、アリスが眉を顰める。お前もその変態の一人だと、目が言っている気がする。多分気のせいだろう。うん。

 

 

「ごめんなさい。心から間に合っているわ」

「そう、とても残念だわ。もし気が変わったら――」

「未来永劫変わらないから、心配しないで」

「アレの性格を矯正するのと、貴方の気を変えるの。どちらが難しいかしらね」

「両方とも無理だと私は思うけど」

 

 アリスがおどけると、パチュリーの小さな笑い声が図書館に響いた。いつのまにか小悪魔もやってきていたらしく、一緒になって大笑いしていた。暫くすると、「うるさい」という言葉とともに本の角で頭を殴られて悶絶する小悪魔。

 今のは面白かった。ボケが小悪魔でツッコミがパチュリーなのか。私達も負けていられませんねとアリスに言うと、見習わなくて良いと一蹴されてしまった。残念。

 


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