図書館の一画。本やら謎の魔術用具やらが整頓されて置かれている机に、自分用と思われる本棚で囲いが作られている。パチュリー・ノーレッジはそこにいた。
羽ペンを片手に、なにやらさらさらと書き込んでいる。こちらには気付いているのかいないのか、特に視線を向けてくるようなことはない。
第一印象は、綺麗だけど話しかけづらそうという感じ。フレンドリーに話しかけても、一瞥されて無視されそう。
どうしようかなぁと悩んでいたら、アリスが近づいて声を掛けた。
「お邪魔しているわ。これ、約束していた素材」
「……ああ、アリス。集中していて気付かなかったわ。希少なものなのに、本当に良かったのかしら」
アリスが小袋を手渡す。あれは、太陽の畑でとれた謎の植物が詰っていたはず。魔法実験の素材になるらしい。私もいつかは手をだしたいものだ。禁断の錬金術とか。石ころから金を生み出してウハウハの生活。目指せゴールドラッシュ。
「構わないわ。定期的に納入されるからね」
「そう、ならありがたく頂いておく。で、それが風見幽香の?」
「ええ。前に話した、燐香よ」
アリスに挨拶は大事だと教わっているので、実践することにする。挨拶は人付き合いの基本である。あの幽香も挨拶だけはちゃんと行う。
「初めまして。風見燐香です」
「ふぅん。なるほど」
アリスから小袋を受け取り、そのままこちらを品定めしてくるパチュリー。その顔には友好的なものも敵対的なものも浮かんでいない。感情を一切含めない、経験豊富な鑑定士といった印象を受ける。
――と思ったら、薄く微笑んできた。妖艶で魔女の雰囲気抜群である。アリスはクール、パチュリーはミステリアスな感じ。
「お客様は歓迎するわ。この図書館の利用者は本当に限られていてね。折角の本が宝の持ち腐れになっていたの。本は読まれてこそ価値がある。抱えているだけでは意味がないものね」
「あ、ありがとうございます。これから宜しくお願いします!」
ちょっと緊張しながら、頭を深々と下げる。図書館利用の許可をゲット! お邪魔するにはアリスにつれてきてもらわないといけないけれど。早く自由に行動したいものだ。
「こちらこそ宜しく。私はパチュリー・ノーレッジ、種族は魔法使い。紅魔館の居候みたいなものかしら。読みたい本、調べたい事があったら尋ねなさい。私か小悪魔が探してあげる。ここで暴れない限りは、追い出したりしない」
「分かりました。絶対に暴れたりしません」
「ふふ、まともで素直な客人は本当に久しぶりよ」
友好的な感じで最初の接触は終了した。パチュリーは良い人だったようだ。いきなりお前を実験の材料にしてやるだの、おじぎをするのだ! と強制するようなことはなかった。まさに魔法使いの鑑である。私も将来は魔法使いを目指すべきだろうか。聖のもとで僧侶の修行もすれば、なんと賢者にクラスチェンジできてしまう。いや、ここは大魔道士と名乗るべきだろうか。メドローアにはロマンが詰っているし。
そういえば、アリス、パチュリーと魔法使い二人とお知り合いになってしまった。これに霧雨魔理沙が加われば凄い事になってしまう。サバトとかできちゃうかもしれない。となると、やはり私も魔法使いにならなければなるまい。マジカルカルテット誕生である。
「急に考え込んで、どうかしたの? 何か疑問な点があったかしら」
「立派な魔法使いになるにはどうしたら良いですか?」
「……は?」
私の唐突な質問に、ポカンとした表情を浮かべるパチュリー。そういう気分だから、今日から魔法使いに私はなる! というわけにはいかないだろう。何かしらの儀式があるはずだ。例えばダーマの神殿にいくとか、変な生き物と契約するとか。
「ごめんなさい。この子は見かけと違って、少し変わっているの。外見はこうなんだけど、内面は相当なお調子者ね。ギャップが激しいのよ」
パチュリーがまじまじと私を凝視してくる。変わり者というのは、悪く省略すると変人である。少し異議を唱えたいところ。
「……そうなの?」
「そうなんですか?」
「自分のことは自分で考えなさい」
私も一緒に聞き返すがスルーされてしまった。仲良くなるにつれ、ボケをいれたときのアリスの反応は、人形によるツッコミかスルーになってきた。そこから更にボケられるので、問題はない。いわゆるアリスルー。
最後にはしかたがないわね、と困った笑みを浮かべてくれる。アリスさんは芸人の救世主。
「じっくり考えた結果、私は善良な妖怪と言う事が分かりました。人間友好度は間違いなく極高、危険度は極低ですね。安心安全二重まるです」
「それは良かったわね」
「……なるほど。良く分かったわ」
「色々とバランスが悪いの。少しずつ矯正していくつもりだけど。先は長そう」
「大変ね。……もしかして、家庭教師の経験を積んだ後は人里の教師にでもなるつもりなの? それなら色々と参考になるものがあるわ」
「ならないから心配しないで。貴方も発想が先をいきすぎる癖を直しなさい。飛躍しすぎよ」
「嫌よ。それじゃあつまらないもの。なにより、発想の停滞は私にとって死を意味するわ」
パチュリーが笑う。アリスが「本当に仕方がない」と肩を竦める。なんというか、色々と分かり合っているという親友めいたものを感じる。この独特の距離感は羨ましい。
「ところで、今日は当主様は? メイドもいないみたいだけど」
「レミィなら咲夜をつれて博麗神社に行ったわよ。どうも博麗霊夢に目をつけたみたいでね。ウキウキしながら向かっていったわ」
「吸血鬼が神社に? それはまた。しかも巫女を気に入るなんて」
「悪魔は、人の大切にしているものに目をつける悪癖というか、本能があるでしょう」
「それは良く知ってるけど」
「霊夢に目をつけたのも、多分それが理由でしょうね。誰かの宝物を、掌でコロコロと転がして弄びたいのよ。いつでも握りつぶせるけど、それを敢えてしない。でもたまにじっくり舐めたり味見をする。そういう背徳感を味わうのが好きな変態なの。世の為、人の為、妖怪の為にとっとと死ぬべきよね。ああ、だれか本気で退治してくれないかしら」
意外と毒舌のパチュリー。表情が変わらないので冗談なのか良く分からない。ポーカーが非常に強そうである。
「その変態と長年友人をしている貴方も、同類なのかしら」
「私は常識人よ。何も心配要らないわ。第一、その論法が正しいならば、貴方も変態ということになる。私の親愛なる友人アリス・マーガトロイド」
「お願いだから貴方達と一緒にしないで」
「あら、同感ね。私は紅魔館唯一の良心よ」
「ノーコメント」
レミリア・スカーレットの情報を手に入れたが、なんとなく小悪魔を強化したバージョンなのだろうか。少し会うのが不安になる。パチュリーの冗談だということにしておこう。カリスマ満タンなのか、それともブレイカーなのか。どちらにせよ、楽しみには違いない。
「さっきの話だけど。博麗の巫女が宝物って、幻想郷にとってということよね?」
結界を維持する重要な役割を持つのが博麗の巫女。それを殺害することは絶対に許されない。だから博麗霊夢に決定的な敗北はない。説明だけ聞くと修羅道一直線なのがちょっと嫌な感じ。どうか穏やかな心を持った優しい霊夢でありますように。私は神に祈りを捧げた。
「それは少し違うわ。あれは八雲紫のお気に入りらしいのよ。まぁ、博麗霊夢は八雲紫のことを名前しか知らないみたいだけどね」
「意味が分からないわ。それが宝物ってどういうことなの」
「異変の最中に色々と釘を刺されたってレミィが話してたの。少し本気で挑発したら、顔色変えやがったって喜んでた。その日はパーティを開くほどの喜びようで、本当にウザかったわ。まぁ、それが切っ掛けで博麗霊夢に照準を合わせたって訳。変態だからね」
見守る愛もある。足長おじさん的な。そう、紫のバラの人の妖怪版だ!
「……なるほど。確かに変態みたいね」
「そういう意味では、今日レミィに見つからないでよかったわね。出会いがしらに噛み付かれていたかもしれないわよ?」
「――へ?」
いきなり話を振られたのでビックリして声をあげてしまった。
「悪魔は目移りしやすいの。しかも全部を欲しがる我が儘娘。レミィのことだから、二股でも三股でも四股でもかけるでしょうし」
「……あの当主、そんな性分だったの? そこまでには見えなかったけど」
「ふふっ。まぁ私の勝手な想像よ。実際どうなのかは自分で判断すれば良い。いやでも対面することになるでしょうし」
「な、なんだかドキドキしてきました」
「そう、それは良かったわね。好奇心を持つというのは、精神を活性化させる一番の燃料よ」
パチュリーが微笑んできた。うーむ、やはりこの世界の魔法使いは皆優しいのではないだろうか。ということは、霧雨魔理沙も心配いらないだろう。魔法使いに必要なのは優しさなんだ。一つ勉強になったので、幻想郷お楽しみ帳にメモっておく。
「ところでそれは何? 私も初めて見るけど」
「いつの間にかベッドの上に置いてあったんです。紫のバラと一緒に」
「紫のバラ?」
「地図もついていて便利なんですよ。絵はあまり上手じゃないですけど」
アリスが覗き込んでくる。ついでにパチュリーも身を乗り出して。一応本だから、興味深々なのかもしれない。
「……これは、妖力かしら。微かに力を感じるわ」
「害を為すようなものじゃない。劣化を防ぐ保護のようなものが掛かっているようね。図書館にも似た様なものがあるから」
耐久性強化の術が掛かっているとか。流石は紫のバラの人である。
「でもちょっとお粗末な術ね。見よう見まねでかけてみたという印象。努力は認めるけど、修行が足りてない」
「紫のバラねぇ」
アリスが顎に手を当てている。一体誰なのかと推測しているのだろう。
私は最初八雲紫が親切にくれたのかなぁとか思ったんだけど。でも、一回も話した事がないのにそんなに親切にしてくれるだろうか。イマイチ信じられない。しかも、話を聞くに霊夢にご執心みたいだし。
神様がくれるわけもないので、私は“紫のバラの人”の概念みたいなものが幻想入りしたのではないかと睨んでいる。私があまりにアレなのをみかねて、本当は興味ないけど助けてあげるかみたいな。いずれにせよ、いつかは正体を知りたいものだ。
「これは、魔法の書なんですか?」
「そこまで高度なものじゃないけど、まぁ分類上はそうなるわね。それなりに価値のあるものだから、大事にすると良い」
パチュリーが姿勢を正す。そんな貴重なものをもらえるなんて、紫のバラの人、ありがとう!
「幽香には見せないほうがいいわよ。常に鞄に入れておくか、私の家に置いておくことをオススメするわ」
アリスが真顔で警告してくる。
「それはどうしてです?」
「紫のバラの人からの贈り物と分かったら、多分、原型も残さないほど破かれて燃やされるわ。紫色というのが印象最悪ね」
「わ、分かりました」
悪魔は人の大切にしているものに目をつけるらしい。つまり、宝物となったこのお楽しみ帳は、格好の獲物ということ。
確かに、見つかったら大笑いしながら燃やそうとするに違いない。幽香が悪魔である証拠をまた一つゲットしてしまった。
「そうだ。パチュリーさん、ちょっと探したいものがあるんですが」
「なにかしら。大体のものは揃っているわよ」
ちょっと自慢げなパチュリー。表情は変わらないけど、なんとなくそう感じる。
「悪魔払いの書ってありませんかね。できれば、大魔王クラスに効く様な」
「そんなもの、何に使うの?」
「ちょっと試してみたい相手がいるんです」
神をも切り裂くチェーンソー的な便利なものが欲しい。
「悪戯に使うのはやめておきなさい。そういったものを素人が触れば怪我だけじゃ済まないわ。子供が玩具にするようなものじゃない」
軽く叱られてしまった。悪戯ではなく本気だったのだが。だが焦る必要はない。いずれそういう機会もあるかもしれないし。
「好奇心から聞いておくけど、誰につかうつもりだったのかしら」
「もちろんお母様です。幻想郷の平和を守る為に」
私は即答する。パチュリーはしばらく私を眺めた後、ニヤリと口元を歪める。
「……アリス」
「何かしら」
「中々興味深い子ね。存在が面白いわ」
「そう? 毎日が騒がしくなるから、貴方には辛いわよ」
「ウチも十分騒がしいから問題ない。それに見ていて退屈しなそう。よければ、うちの使い魔と交換しない? この館は変態ばかりでしょう。少しばかり数を減らしたいのよ」
パチュリーの言葉に、アリスが眉を顰める。お前もその変態の一人だと、目が言っている気がする。多分気のせいだろう。うん。
「ごめんなさい。心から間に合っているわ」
「そう、とても残念だわ。もし気が変わったら――」
「未来永劫変わらないから、心配しないで」
「アレの性格を矯正するのと、貴方の気を変えるの。どちらが難しいかしらね」
「両方とも無理だと私は思うけど」
アリスがおどけると、パチュリーの小さな笑い声が図書館に響いた。いつのまにか小悪魔もやってきていたらしく、一緒になって大笑いしていた。暫くすると、「うるさい」という言葉とともに本の角で頭を殴られて悶絶する小悪魔。
今のは面白かった。ボケが小悪魔でツッコミがパチュリーなのか。私達も負けていられませんねとアリスに言うと、見習わなくて良いと一蹴されてしまった。残念。