おいでよ紅魔館! ということで、私とアリス、ついでにルーミアの三人は紅魔館目指して進行中である。
ルーミアは途中まで見送りしてくれるらしい。ついでに謎のミートボールをオススメされたので、丁重にお断りしておく。挨拶代わりにこういったものを毎回くれるのだが、全然嬉しくない。お菓子が良いと言ったら、贅沢は駄目だと注意された。自分はキャラメルを食べながら。
「見送りするぐらいなら、一緒に行けばいいじゃないですか」
「図書館はジメジメしてそうだからいいかな。吸血鬼や魔女と話すのは面倒くさいし」
「見送りは面倒くさくないんですね」
「燐香は友達だからね。面倒くさくても我慢するよ」
すごい正直者だった。面倒だけど、一緒にいたいからついてきてくれる。これも一つの友情の形である。いわゆる本音で語り合う仲。妖怪には過ごした時間の長さなど関係ないらしい。気に入れば一緒にいるし、気に入らなければ離れるだけ。そしてまた気が向いたらやってくる。そういう淡白な関係って、なんだか素敵に感じる。ぶっちゃけ仲良く過ごせれば淡白でも濃厚でもどうでも良かったり。
ということで、疑問におもっていたことをぶつけてみる。
「ルーミアは、どうして私と友達になってくれたんです?」
こういうことを素面で聞けるのは、妖怪のいいところ。外面を取り繕う必要が全くない。
ちなみに、されたら面倒な質問の上位に入るだろう。でも気になったのだ。興味本位でも別に構わない。知りたかっただけだから。
私と仲良くなっても特典は彼岸花をプレゼントできるくらい。がっかりキャラなので放置推奨である。利用価値は全然ないと思うので素人にも玄人にもオススメできない。
「知りたい?」
「はい」
「どうしても?」
「どうしても知りたいです」
もったいつけるルーミア。交換条件が謎肉でないところを見ると答えてくれるようだ。そう判断した私は、積極的にいくことにした。
「燐香が真っ黒だったから」
「はい?」
腹の中のことだろうか。卑怯と言われたことはあるけれど、そんなに腹黒だとは思わない。目の色は黒いけど、感情が昂ぶっても緋色には変わらない。つまり、私は特質系ではない。たぶん、操作系。幽香は絶対に強化系だ。
「でも、ちょっとだけ白もある。この先どっちに転んでも面白そうだから、ずっと一緒にいたいなって。楽しみだよね」
「うーん」
よく分からないけれど、私に飽きるまでは友達でいてくれるらしい。本当に嬉しい。不安だから明確な言葉を求めるくせに、それをそのまま信じる事ができない。私は本当に救いようのない愚か者である。だからこうなったのだ。
――と、思考が悲観的になってきた。ルーミアが黒が濃くなったとなんだかニヤニヤしている。
「黒が優勢かな? でもそうなったら――」
「ルーミア。余計な事ばかり言ってると、幽香に口を縫い合わされるんじゃない?」
「あはは。あの妖怪、本当にやるから怖いよね。口が開いているうちに食べちゃおう」
ルーミアが楽しそうに笑いながら袋にはいったミートボールをパクついている。
「……白と黒」
囲碁。オセロ。シマウマ。霧雨魔理沙。食べ物ならおはぎとかオ○オとかお汁粉とかおはぎに餡子の団子。私は甘いものが大好きだ。
「そう。珈琲みたいに黒ばかり。白はミルクだね。上手く混ざらずに、ぐるぐると渦を巻いてる。私は、ミルクが少ない方が好きなんだ。でも一滴も入ってないのは嫌。黒だけじゃ飽きちゃうもんね」
そう言うと、ルーミアがいきなり抱きついてきた。なんだかそのまま齧られそうだったが、そういうことはなかった。ルーミアの口からは微かに血の臭いがした。
「うーん、なんだか哲学的ですね」
「哲学者には珈琲が似合うらしいよ」
「そうなんですか?」
「さぁ。そんなの知らないよ」
「この野郎。ルーミアが言ったんじゃないですか」
「そうだったのか」
「貴方達の会話を聞いていると、頭痛がしてくるわ」
アリスが呆れ顔を浮かべる。
「燐香馬鹿にされてるよ」
「ルーミアのせいでしょう」
「そうなのかな?」
本当に惜しい。『な』を消して語尾を延ばさないと。しかもわざとらしく右手だけ伸ばしている。どうして磔ポーズをとらないのか。私ががっかりすると、ルーミアは笑顔になった。
ちなみに、私も珈琲を飲みたいときは結構あるのだが、風見家は紅茶一筋。幽香はたまにお酒も飲んでいる。私には緑茶すらでてこない。一回だけお願いしてみたら、外で泥水でも啜ってろと言われた。絶対に許さない。
「そろそろ着きそうだから退散するね。門番に見つかると面倒くさいから。またね」
「あ、さようならルーミア! また遊びましょう」
ルーミアが離れると、そのまま霧の湖へ降下していった。あ、もしかしたらチルノとかいるんじゃないかな。でも今はまだ弾幕勝負できないから、遊ぶ事ができない。とてもがっかりである。いつかミスティアの屋台もいってみたいなぁ。八目鰻はグロテスクだけど、美食ハンターとしては是非試してみたい。
「それじゃあ降下するわよ」
「別に飛ぶのは苦手じゃないんですけど」
「見張ってないと、ふらふらとどこかへ行きそうなのよ」
「私は風船じゃありません」
「でも本当は行きたいんでしょ?」
「もちろんです」
そんなことを言いながら、紅魔館の門前へとゆっくりと降下。そこには、門柱に寄りかかる隙のない美人、紅美鈴がいた。
とても凛々しくて格好いい。だらけているようでいて隙が全くない。切れ長の瞳でこちらへ視線を向けてくる。
ゴゴゴゴゴゴとなんだかスタンドバトルが始まりそうな感じ。ああ、これが威圧感というやつか。こんなものを向けられたら、それは警戒するだろう。私はどれだけ失礼なことをしていたのか思い知る。全部幽香のせいということにする。不可抗力だ。
「ちょっと。お客様に対して、それは失礼じゃなくて?」
「いらっしゃるという話を聞いているのはアリスさんだけですよ。もう一人は聞いていません。妖怪は外見では判断できないというのは良く知っています。警戒に値します」
私を値踏みするように見てくる紅美鈴。初対面だというのに敵対心が高すぎる。多分私の顔のせい。ここで笑ったりしたら攻撃を受けそうなので、まずは挨拶をしよう。挨拶はコミュニケーションの基本。笑顔は潤滑油なのだが私の場合は燃焼材。真顔で一礼だ。
「你好」
「……はい?」
「燐香。その続きは言えるのでしょうね」
当たり前である。私はただの観光客ではない。
「謝謝。再見!」
いやぁ、紅魔館は実に立派だった。直接この目で見れて本当に良い記念になった。
挨拶もすませたし、このままお暇しようと踵を返したところで、アリスに服を掴まれる。
「待ちなさい」
「分かったアルよ、アリス」
「変な言葉遣いは癖になるからやめなさい」
「はい」
アリスに窘められたので大人しくいう事を聞く。基本的に私は良い子である。多分。
「……というわけで、見かけと雰囲気だけは油断ならないけど、中身はお調子者の子供なの。だから通してくれないかしら」
「あー、良く分からないけど良く分かりました。なんとなく妹様と似ているような気もします。どうぞお通りください」
「えっ」
フランドール・スカーレットと似ていると言われた。それはつまり、お前頭がちょっとアレだぞ、という宣告である。もしかして風見幽香の瘴気に当てられすぎたのだろうか。
「さぁ、中に入りましょう」
「あ、その前に」
リュックの中から、美鈴に小さな彼岸花をプレゼント。小型なので可愛らしい。不吉などとは決して言わせない出来栄えである。存在自体が不吉といわれてしまえばそれまでだけど。
「これは、彼岸花ですか?」
「はい。紅魔館に相応しい素敵な赤色だと思います。本当はチューリップと思ったのですが、自己紹介も兼ねてこっちの方がいいってアリスが」
「自己紹介と言うと?」
「私は彼岸花から生まれた妖怪なので」
「あーなるほど。それはご丁寧にどうもありがとう。さっきは冷たい態度で悪かったね。ここを守るのが私の仕事だから」
ずっと無表情だった美鈴の顔が初めてニコリと笑顔になった。笑うともっと美人さんだった。それでもできる女感が滲み出ている。ここの美鈴は居眠りとか全然しそうにない。立ち姿はまさに達人といった感じ。
すると、見上げる私の頭を撫でてくれた。私の頭は相当撫でやすいらしい。触ってもご利益がないのが悲しいところ。
「紅魔館へようこそ、お嬢さん」
◆
紅魔館の敷地に入った私は、キョロキョロしながら庭園を歩いている。いつスタンド能力による攻撃を受けるか分からない。そういう感じでドキドキしているほうが色々と面白い。
「ちょっと。少しは落ち着きなさいよ。子供じゃないんだからって、貴方は子供だったわね」
「今のは、ノリツッコミという奴ですね。さすがはアリスです」
「うるさいわよ」
軽く小突かれた。照れ隠しだろうか。少し顔が赤い気もする。
最近は本当にお姉さんと出来の悪い妹といった関係になってきているような。そうなれればいいなぁという私の願望に過ぎないけれど。今が楽しければそれで良いのである。
と、アリスがそのまま私の手を取ってくれた。私がどこかへ勝手にいかないようにするためだと思うが、意識すると気恥ずかしいものだ。その手は冷たかったが、むしろ心地良く感じた。幽香の手はどっちだろうか。握ったら火傷しそう。殴られたことは沢山あるけど、手を握ったことはないと思う。
「まずは当主様に挨拶にいったほうがいいのだろうけど。……珍しくメイドが出迎えないわね」
「噂の十六夜咲夜さんですか」
「ええ。もしかしたら今日はいないのかもね。なら図書館にそのまま行った方が良さそう」
ちょっとだけガッカリした。時系列的から推測すると、紅霧異変後だからもしかして博麗神社だろうか。
この世界の霊夢とレミリアがどんな会話をしているのか凄い興味がある。楽しく賑やかに宴会とかやっているのかな。というか博麗神社にいってみたいな。私は陰から眺めているだけでいいので。
別に参加したいとは思わない。私のようなのがはいっては駄目だ。アリスやルーミアと仲良くなれただけで本当に満足している。僅かな時間だけかもしれないが、私は二人にとても感謝している。
色々な人と友達になりたいという思いは少しはあるけど、霊夢の周りは多分違うと思う。――あそこは多分、眩しすぎる。
「さ、この中よ。本当に広いから、迷子にならないように」
「でも、紅魔館ってそんなに広かったでしたっけ」
「咲夜が能力で空間を弄っているらしいのよ。油断していると、本当に迷うわよ」
「わ、分かりました」
扉を開けると、本の空間が広がっていた。本がぎっしり詰った棚の列、山の様に詰まれた本、本、本と、目がおかしくなりそうだ。
「パチュリーが使役している小悪魔がうろついているけど、基本的に無害だから気にしなくて良いわ。ちょっかいを出してきたら、威圧しておっぱらいなさい。貴方の妖力の方が上だから」
「えっ」
「親しげに話しかけてきても、所詮は悪魔。決して気を許さないように」
アリスが真剣な顔で警告してきたので、素直に頷いておく。
と、早速赤い髪の毛の女性司書、小悪魔がやってきた。
「あはは、アリスさんはひどいことを言いますね。もう少し私を信用してください。私はパチュリー・ノーレッジの使い魔ですよ?」
「嫌よ」
「手厳しいですねぇ。しかし、私にはパチュリー様との契約がありますからね。ですからお客様にひどいことはできませんよ。あはは」
親しげに笑みを浮かべているが、なんだか目がおかしい。本気で笑っていない。あれ、ここは本当は怖い幻想郷の紅魔館なのかな。思わず手に篭める力が強くなる。アリスが大丈夫だと握り返してくれたのがとても心強い。私を庇うかのように一歩前へと出てくれた。そこまで過保護にしなくても大丈夫である。私の体は耐久性には定評がある。
「常に契約の穴を突こうと企んでいるくせに良く言う。私の魂を抜こうと企んだこともあったわね。あれだけ痛い目に遭って、まだ懲りてないの?」
「あはは、過去の過ちは忘れる性質でして。……ところで、そちらの美味しそうなお子様は妹さんですか? 随分と可愛らしいお客様でいらっしゃる」
「初めまして。風見燐香です」
「風見燐香……? なるほどなるほど、あの花妖怪の! それで納得しましたよ。お母様のお噂はかねがね伺っております」
「早く案内するつもりがあるなら早くしてくれないかしら」
「と、こ、ろ、で。燐香ちゃんは中々素敵な素質をお持ちですねぇ。若いのに本当に素敵です。青くて本当に瑞々しい。よければ私と楽しく気持ちよく遊びませんか? こんな真昼間から本を読むなんて退屈ですよねぇ。もっと身も心も楽しくなれる遊びがあるんですよ?」
「えっと」
「気にしなくていい。存在すら忘れて構わないわ。こいつの言う事は全て無視していなさい。悪魔との取引なんて、最終的には損をするだけよ」
反応に困ってアリスを見上げると、今までになく敵意を露わにしている。
「アリスさん。私は燐香ちゃんとお話ししているんです。邪魔しないでもらえませんかねぇ。さ、私としっぽりと遊びましょう」
「警告するけれど。この子に手を出すのはやめておいたほうがいいわよ」
「へぇ? それはそれは随分と過保護なんですね。なら、握手ぐらいはしてもいいですか? もちろん、友好の印としてですよ」
「自分の頭で考えればいいんじゃない? どうなろうと私は知らないわ」
小悪魔がニヤニヤと笑いながら左手を出してくる。私の右手はアリスが握っている。フリーな左手を差し出す。手が触れあいそうになった瞬間、バチバチッと火花が飛び散る。
「あ、あら? 弾かれた?」
「貴方の術では、この娘の抵抗を打ち破ることは難しい。幽香に徹底的に鍛えられているから。だから、わざと無抵抗に陥らせない限りは効かないでしょう。まぁ、そんな真似をしたら、恐ろしい化物がぶっ飛んでくるから止めた方が良いと思うけど」
「……あはは。それは怖いですねぇ。パチュリー様に怒られるので、今回は止めておきます。でも、私は諦めませんよぉ。私は禁断の果実が大好きなんです。それはもう、命を懸けてでも手に入れたい程にですね」
赤い舌をだらりと伸ばす小悪魔。おお、怖い怖い。というか本気で怖い。アリスが掌を私の目に当てる。これ以上見るなと塞がれてしまった。子供がイケナイビデオを見てしまったときのように。
「どうしても諦めないというのなら、お前の存在を幽香に話さざるを得なくなる。紅魔館を舞台に素敵な戦争になるから、存分に人外バトルを楽しむといいわ。最初の犠牲者は確定しているだろうけどね」
「私は平和主義の悪魔ですよ? アリスさん、脅迫とか卑怯なことはやめましょうよ。貴方はもしかして悪魔なんですか?」
「黙りなさい。それより早くご主人様のところに案内して」
「承知しました。ささ、こちらですよ。いやぁ、それにしても楽しいお話でしたねぇ。いつも本当に暇なので、こういうのは大歓迎なんですよね。よければもっとお話ししませんか? 貴方から話しかけてくる分には誰も文句を言わないはずですし」
「耳障りだから口を閉じていなさい。できれば顔も隠しておいて」
「相変わらずクールですねぇ。そこがパチュリー様と気が合うところなんでしょうけど。私としては面白みがないんですよねぇ。もっと欲望やら野心でギラついている人にお会いしたいですよ」
なんだか超クールなアリス。意地悪そうな顔でゲゲゲと汚く笑っている小悪魔。折角の美人が台無しである。
しかし私を置いて話がどんどん進んでいってしまった。本当にわけがわからない。一ついえるのは、この小悪魔はちょっと近づくのはやめておいたほうが良さそうということか。これはこれで魅力的ではあるけれど、被害を受けるのは主に私なのである。