ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第十六話 時よ止まれ

 ようやく辛い日々が終わった。楽しくないときというのは、本当に長く感じる。

 だが、一度ルーミアが家まで遊びに来てくれたのは嬉しかった。幽香とは顔見知りらしく、心配していたいざこざなどは起きなかった。闇討ちを企てた件をバラされたら、またしめられるところだったけど、ルーミアは内緒にしておいてくれた。さすがは心の友、空気が読める。

 ありがとうと礼を言ったら、「なら今度私のお土産を食べて」と言われたので、やっぱり感謝はなしと伝えておいた。露骨に不満そうな顔をしていた。

 

 

 で、寝ようかと思って部屋に戻ったら、布団の上に『紫のバラ』と『幻想郷お楽しみ帳』と書かれた謎の本が置いてあった。本といっても中身は、上手とはいえない幻想郷の手塗りの地図と、後は白紙のページだけである。白紙の一番裏には、幻想郷の日々を楽しんでねと達筆で書かれていた。

 私はこれをくれた人の正体を知っている。きっと紫のバラの人が幻想入りしていたに違いない。私はベッドの上に座って感謝の言葉を述べた後、紫のバラを抱いて寝たのであった。日記を書いたりはしないけど、気がついたこととかを書くのには良いだろう。ちなみに、バラは棘がささって痛かった。幽香に見つかってしまい、紫のバラは取り上げられてしまった。これぞジャイアニズム。お前の物は私の物。本が見つからなかったのは不幸中の幸いであった。

 

 

 

 その翌朝、私はいつも通りアリスの家に投下され、いつもと同じようにグラスを使った鍛錬を行っている。だんだん慣れて来たので、半分ぐらいは割らずに透明にすることができるようになった。うん、中々いい感じだ。

 

 

「なかなか上達してきたみたいね」

「ありがとうございます」

「完全に割らずに済むようになったら、いよいよ弾幕の練習もしてみましょうか」

「今じゃ駄目なんですか?」

 

 私はせっかちなのだ。この調子だと、コントロールが完璧になるまでは、後一ヶ月くらいかかると思う。スペルカードと弾幕を試してみたくて。実はうずうずしているのだ。なにしろ、ここは幽香の目が届かないサンクチュアリなのだから。

 

 

「何事も基本が大事よ。妖怪を相手にするだけなら別に構わないけど、貴方は力のある人間とも弾幕勝負をしたいのでしょう?」

「はい」

「なら慌てずにやっていきましょう。いつになっても、対戦相手は腐るほどいるでしょうしね」

「分かりました」

 

 アリスが言うのだから間違いない。私の願望がただの我が儘なのは明白だ。慌てずコツコツ一歩ずつ。要は私の頑張り次第ということである。

 

 

「そうそう。言い忘れてたけど、明日は気分を変えて外出しようと思うの」

「……えっと、私も一緒でいいんですか?」

「ええ。ちゃんと根回しもしておいたから大丈夫よ。たまには課外学習も良いかと思ってね」

 

 いたずらっぽく笑うアリス。本当に可愛いなぁと思う。普段がクールなだけに破壊力も抜群だ。私の忠誠度となつき度は常にMAX。多分喜んではくれないだろう。ご利益はなにもない。周囲に幸運をもたらしたりとかもなく、彼岸花を咲かせるだけのハズレ妖怪である。

 

「それで、どこへ行くんですか?」

「紅魔館よ。行ってみたかったのでしょう?」

 

 私は嬉しさのあまり思わず立ち上がり、腰に手を当てて膝を曲げ、指を突き出してしまった。

 

 

「――グッド!!」

「……いきなりなんなの。それにそのポーズは」

「心からの喜びを表すポーズです」

 

 アリスは顔を抑えると、上海と蓬莱を使って私のポーズを強制解除させる。お気に召さなかったようだ。がっかり。

 

「それ、幽香にはやらないほうがいいわよ。間違いなく、怒られるから」

「悲しみを表すポーズで既に経験済みです」

「貴方、意外とチャレンジャーよね。結果ぐらい予測できるでしょうに」

「実は好奇心の塊なんです。楽しそうなことには、貪欲に挑戦していきます。先のことは後で考えます」

「……なるほど。その性格は、意外と魔法使いに向いてるのかもね」

「魔法使い」

 

 これは……もしかして転職クエスト発生なのでは。草妖怪から魔法使いへの華麗なる転身。新番組『魔法少女まじかるりんか』がはじまりそう。悪い魔女幽香りんから世界の平和を守るのだ。その中で本物のアリスゲームとかやってしまったり。いや、あれは人形たちの話だった。何故か分からないが、頭から丸齧りされるイメージしか湧かないのは何故だろう。

 

 

「また馬鹿なことを考えているのでしょう」

「ちょっとだけ、素敵な魔法使いになることを夢見てしまいました。もし魔法使いになったら、私に人形を作ってください」

「……別にならなくても、作ってあげるけど」

「じゃあ、赤いドレスが似合う人形がいいです。名前はもちろん真紅にします」

「真紅? その名前に何か意味はあるの?」

「いいえ。特にありません」

 

 

 そう言いながら、上海と蓬莱と一緒にラインダンスを踊ってみる。特に意味はない。私に付き合って、人形を操作してくれるアリスはノリが良い。本人は特にアクションを起こさないところもポイントが高い。難度の高いスルー芸である。

 リアクションがモットーの私には真似出来ないことだ。

 

「それで紅魔館に行く目的なんだけど、図書館で座学を行おうと思っているの。知識を増やす事は良い事だからね」

「おおー。ということは」

「ということは、なに?」

「動かない大図書館、紫の日陰少女ことパチュリー・ノーレッジに会えるんですね。実は、風の噂で聞いた事があります」

 

 賢者の石とか作ったり、怪しい儀式とかやっているのだろうか。とても興味深い。実は私は魔法が大好きである。生活が便利になりそうだし。チンカラホイでできる初級魔法とかいつか覚えてみよう。

 

「……本人の前では絶対に言わないように。一見大人しく見えるけど、気難しい性格だから怒らせると怖いわよ。しかも根に持つタイプだからね」

「わ、分かりました」

 

 

 ジト目で注意してくるアリス。確かにいきなり日陰とは失礼だった。だが、幽香より怖いものなどこの世にはないので、そんなに脅える必要はない。しかし、礼儀は弁えねばならない。友達をたくさん作るためには、失礼があってはいけない。

 

 

「そうだ。何か手土産は必要でしょうか」

「別に何もいらないでしょう。何かを貰って喜ぶ様な性格でもないし」

「なら、お花を持っていこうと思います」

 

 私の代名詞たる彼岸花はまずいだろう。赤だけど不吉だし。不吉な印象のひまわりもやめておく。ここはやはり赤系がよいだろう。チューリップでいいかな。

 

 

「まぁ、門番が喜びそうだけど」

「そういえばアリスは、好きなお花はありますか?」

「……嫌いな花は特にないわね。花は好きよ」

「なら、今度家の周りにお花を植えてもいいですか?」

「好きにしなさい。別に彼岸花だろうと私は気にしない。くだらない迷信は信じないから」

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 

 後でさっそく大量に彼岸花を咲かせておこう。なんだか私の居場所が増えたみたいで嬉しくなる。咲かせるのは玄関側ではなく、目立たない裏側だ。いくらセンスの良いアリスの家でも、正面玄関に彼岸花が盛りだくさんだったら、皆ドン引きだろう。弁えねばならない。

 

 

「一度聞こうと思ってたんだけど。貴方の咲かせた花って、四季の影響を受けないの?」

「咲かせるだけなら問題はありません。妖力で咲かせますから、基本的には水と日光、欲を言えば土の栄養があれば更にベストです。適当に妖力を与えていれば、生命力の限りは咲き続けます」

「へぇ。中々汎用性がある能力なのね」

「彼岸花を咲かせて喜んでくれる人なんて、殆どいないと思いますけど。むしろ怒られそうです」

「そんなに卑下しなくてもいいんじゃない? 私は綺麗だと思うわ」

「……ありがとうございます」

 

 アリスが気遣ってくれた。この室内にも、私が咲かせた彼岸花が鉢植えに小さく埋まっている。可愛らしい。ちゃんと世話をしてくれているようだ。なんだか嬉しくなった。

 

 

「たまにですね。なんで、見かけだけで地獄花とか言われなきゃいけないんだろう、とか思ったりします。私達は何もしていないのに。――以上、彼岸花一同からの遺憾の意をお伝えしました」

「私に伝えられてもね」

「こういった地道な努力が、いずれ実を結びます。まずはアリスからということで」

「まぁいいけれど。……でも、その畏れこそが、貴方を生み出したのではなくて?」

「さぁ、私には良く分かりません。私は頭が良くないので」

 

 自分の誕生した意義。本当によく分からない。私は外の世界で生まれたわけではなく、幽香の妖力を受けて幻想郷内で誕生した妖怪だ。だが、違うのは余計なことを知りすぎていること。

 この知識はなんなのだろう。生きていく上では不要だと思うのに。知らなければ不満も生まれない。きっと幽香のところでも普通に耐えられたと思う。どうしてこうなのだろう。余計な知識や感情など、私には必要ないのではないか。私達に本当に必要なのは、全てを黒で塗りつくす、怒りと憎悪と妬みと嫉み――。

 

 

「余計なことを聞いてごめんなさい。あまり考え込まない方が良いわよ。ほら、えーと、――お、大物オーラとかいうのが出てるわ」

「……あれれ。うっかりしていました」

 

 アリスの指摘どおり、大物オーラが出てしまっていた。

 アリスは大物オーラと言う事に抵抗があるらしく、少しだけ顔を赤らめている。恥じらう姿もまたサマになっている。美人さんは何をやらせても絵になるのだ。私がやると、多分喜劇になってしまう。

 ちなみに、幽香に大物オーラと名付けたことを告げたら、虫を見るような目で見られた。その時の幽香は、私の三倍以上の大物オーラを纏っていた。顔面を踏み潰されないで本当に良かった。

 

 

「あ、紅魔館といえば、用意しなくてはいけないものが!」

「どうしたの?」

「磁石を用意しないとと思って。後、できるだけ厚めの本を」

「……また意味の分からないことを」

「だって、時を止める人がいるって、この前アリスが言ってたじゃないですか」

「それが磁石や本にどう繋がるのか、全く分からない」

「磁石で時の中でも動けるように見せ、本でナイフによる攻撃を防ぐんです。そうしないと勝てません」

 

 私が時の世界に入門するまでは、まだまだ時間がかかる。というか、入れない気がする。そもそも時を止めるってなんなんだ。どうやって練習すれば覚えられるんだろう。実に気になる。気になるけど、多分私は覚えられないので、深く考えるのは止めた。

 

 

「だから、戦いに行くわけじゃないの。余計な心配はいらないわ」

「でも、念には念を入れておきます。常在戦場の心意気です。いくさ人には欠かせません」

「ここではそんな心意気はいらないから」

 

 適当に取った厚い本を服の中に仕込もうとしたら、上海アタックによって強引に止められた。別に痛くはない。可愛い人形なので、そのまま抱きしめて頭を撫でてやる。表情は変わらないし、感情は持っていないはずなのに、なんとなく嬉しそうな雰囲気がある。

 やっぱり、物にも魂は宿るのではないだろうか。アリスが目指すものとは違うのかもしれないけれど。確か、自律人形の製作だったっけ。全力で応援したいと思っている。私が死んだら人形の素材になってあげても良いくらいだ。お断りされてしまうだろうが。

 

 

「さぁ、本を渡しなさい。嵩張ってみっともないわ」

「はい、分かりました」

 

 とても残念だが、時の世界への入門を試すのは諦めよう。

 そういえば、紅魔館に時計台ってあったかな。半径20メートルエメラルドスプラッシュの練習をしたい。アリスに大事なことを伝えなくてはいけない。いつも親切にしてくれてありがとうございました、と。

 

 

「あれ、でもそのメッセージを伝えたら私って死ぬんじゃないかな」

「そんな危険な連中は。……ああ、いることはいるけど、礼儀を弁えていれば心配いらないわ。それに、何かあったら私が守ってあげる」

 

 おおう。これには思わずグッときてしまった。アリスは妖怪落しの達人である。

 

 

「じゃあアリスは私が影ながら守ってあげます。絶対の約束です」

「別に表に出てきてもいいと思うけど。なんで影からなの?」

「私は恥ずかしがり屋さんなんです。ね、上海、蓬莱」

 

 笑顔で上海と蓬莱の手を取り、優雅に一礼しておいた。私達のコンビネーションはばっちりだった。


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