ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第十五話 勝者に花束を

 楽しかった三日間があっと言う間に終わった。これからの四日は地獄の日々のはじまりだ。

 

 風見家での一日の過ごし方を説明すると、朝幽香と朝食を食べる。鍛錬鍛錬鍛錬、草むしり(超大変)、太陽の畑一帯の水やり(上空から散布)、害虫駆除である。妖力で保護してるから、そこまでしなくても枯れないはずなのに、なぜかやらせてくる。私の辛そうな顔を見ると、気分がスッキリするかららしい。本当に死ねばいいのに。

 どれかをさぼったりしたら怒られるので、真面目にやる私は律義者である。10年もやれば諦めもつく。最初は反抗してたけど、その度にどいひーな目に遭えば私でも学習する。

 

 というか別に花の世話は嫌いじゃないし。向日葵をみると怖気が走るけど、花に罪はないし。

 鍛錬は、幽香がつきっきりの時もあれば、一人だけの時もある。一人のときは、妖力弾を気侭に打ち出して適当に遊んでいる。見えないところで楽をするのがここで暮らすコツである。

 

 

「…………」

 

 

 溜息を堪えながら、小動物のようにパンを齧る。目の前の人物と目を合わせないように。食事のときは常に伏目。私の人生は後ろ向き。

 嵐が過ぎるのを耐えるかのようにカリカリと齧っていたら、幽香に声を掛けられてしまった。かなり珍しい。珍しくても、特にラッキーとは思えないのが悲しいところ。アクシデントと呼んだ方が良い。

 

 

「最近、やけに明るいわね」

「そ、そうでしょうか」

「……ちっ」

 

 えへへと卑屈な笑みを浮かべると、幽香が死ぬ程不機嫌そうに舌打ちする。最近学習したこの愛想笑いが相当気に喰わないらしい。慌てて真顔に戻ると、幽香の表情が元に戻った。私はどうすれば良いのだろうか。この悪魔と仲よくなるコツを教えてください。幻想郷に、デビルサマナーとかいないかなぁ。

 私が試すと、多分こうなる。『喧嘩は止めて仲良くしようよ幽香! 私達、親子じゃない!』『うるさい、死ね』コース一直線だ。

 

 と、ここで私ははっと思いついた。あの一つ目象さんの物理反射技は役に立つかも。いつか修行して試してみよう! こういう思いつきで小手先の技術を編み出し、幽香にこっそり試して痛い目を見るのが私である。学習能力がないと言われようが試さずにはいられないのだった。万が一ということもある。ボスに即死技は効かないのは常識。だが、バニシュデスは効いてしまうかもしれない。

 

 ちなみに今日用意している切り札は別にある。これで勝負を決めたいと思っている。天気もいいし、なんだか上手くいきそうな気がしてきた。

 

 

「そういえばアリスから聞いたわ。友達ができたそうね」

「……は、はい」

 

 いつの間にアリスと会話をしているんだ。と思ったら、送迎のときにちょこっとだけ話し込んでたりするのを思い出す。目を合わせないように私はコソコソとしているので、内容までは聞き取れない。

 友達ができたのは別に隠すことじゃないけど、お前に友達なんて生意気だと殴られても驚かない。

 

 

「誰?」

「えーと。とてもいい妖怪です。はい」

「誰?」

 

 誰がお前なんかに教えるか的な感じで、曖昧に返事をしてみた。許されなかった。

 一度目は笑顔だったのに、二度目は真顔で聞かれてしまう。君子は豹変すというらしい。幽香は君子とは程遠いけど。とにかくこわい。

 

 

「ル、ルーミアです」

「……そう。ならいいわ」

「はい」

 

 何が良いのかはさっぱり分からない。幽香の基準では合格なんだろう。駄目だった場合どうなるか、それは神のみぞ知る。

 

 

「先に言っておくけど。人間と友達になろうなどと考えないことね」

「え?」

「同じことを二度言うのは死ぬ程嫌いなんだけど、特別にもう一度だけ言ってやる。できるだけ、人間と関わるな」

「どうして?」

 

 幽香は無言で何かを考え込む。

 

「ふん。……そうは言っても全く関わらないというのも難しいか。全く、本当に厄介な――」

 

 私の質問には答えずに何かをぶつぶつと呟くと、幽香は食器を持って流しへと行ってしまった。私は放置プレイ。良くある事だからいいんだけど!

 うーむ。どうやら幽香は人間が嫌いらしい。しかし、私は種族で差別したりはしない。八方美人政策は続行中だ。

 

 幻想郷には、博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、東風谷早苗、稗田阿求などなど魅力的な人達が一杯! 彼女達とは是非友達になりたいと思っている。さぞかしキラキラと輝いていることだろう。その咲き誇る姿を是非目に焼き付けたい。

 特に博麗霊夢とは友好的にやっていきたい。ここだけの話だが、とある妖怪の退治を依頼したいと思っているのだ。誰のことかは内緒である。――ヒントは今いなくなった緑髪の妖怪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 今日は組み手の鍛錬。私はこれが大嫌いである。なぜかというと、私が攻撃を仕掛ける、幽香が反撃してくる、本当に酷い目に遭う、というのが確定しているからだ。組み手なんだから、一撃くらい入れさせろという話である。絶対に許さない。

 

 

「ふふん。しかし、得意気な顔をしていられるのもいまのうち。待ちに待ったときが来たのだよ明智君」

 

 明智君って誰なんだ。とにかく、気合が昂ぶってきた。いけるぞー今日はいっちゃうぞー。

 ――なにせ、今日の私には秘策がある。幽香をギャフンと言わせるために色々と考えているのだ。今日は上手くいきそうな気がしてならない。おみくじを引いたら、確実に大吉がでそうなほど上り調子な気がする。勝利の栄光を私に!

 

 

 

「さてと。始めましょうか」

「はい」

「何だか、気合の入った顔しているわね。グズのくせに気に入らないわ」

「…………」

 

 天地魔闘の構えぐらい隙のない幽香が正面にいる。悠然と立っているだけのくせに、凄まじい威圧感。大物オーラばりばりだ。私も負けずに大物オーラを放つ。幽香がニヤリと笑う。ガクガクと震えが来る。もちろん武者震いじゃなくて、臆病風です。

 まともな格闘戦では本当に勝ち目がない。顔面に拳を入れようとした瞬間、恐ろしい速さの何かが飛んでくるし。運よく避けてもその風圧で、私が吹き飛ぶという始末。多分鞭のようにしならせたジャブかなんかだと思う。速すぎて見えないから分からない。正攻法だと、未だに対処できていない。

 

 

 ならば足元を攻めてみてはどうかと、水面蹴りとかスライディングをうっかり試しちゃったのだが、軽くいなされて顔面を踏まれてしまった。娘の顔を容赦なく踏みつけるなんてナンセンスである。軽くトラウマになった。

 それ以来、足元を攻めるのはご法度としている。屈辱感が二倍で腹立たしいからだ。

 一ついえるのは、私に格闘センスはないということ。いい加減、格闘技術の向上は諦めてくれと土下座でお願いしたら、うるさいと本当の意味で一蹴された。そして、これは耐久力向上のための鍛錬なのだとのたまいやがった。絶対にサンドバッグにして喜んでいるだけだと思う。私が言うのだから間違いない。

 

 

「いつでも良いわよ。アリスのもとで能力のコントロールを勉強しているのだから、多少は力の使い方も分かってきたはずよね。その成長振りを味わうのは、少し楽しみ」

「…………」

 

 実はお菓子を食べたり、ポーカーやって遊んでましたとか言ったら本気で殺されそう。勿論言わないでおく。アリスに迷惑がかかるから。それに、鍛錬自体は真面目にやっているし。アリスの教育は完璧なのだ。

 

 というか、改めて幽香をジッと見ると、本当に凄まじい妖力である。スカウターがボンと壊れるくらい戦闘力凄そう。この女、追い詰められたら絶対に変身すると思う。ザーボンさんみたいに。髪が緑だし間違いない。いやいやいや、ビビってはいけない。今日の私は超上り調子! 今の私は色違いのコイキングぐらい強い。

 

 ――というわけで即行妖術発動! 両手を広げ、それぞれに赤と青の霧を発生させる。紅霧異変を見て思いついたできたてほやほやの妖術だ。こいつでお陀仏というわけ!

 

「……何をする気?」

「それは喰らってからのお楽しみということで。――いきます!」

 

 

 二色の霧を幽香に向けて放射。赤と青が混ざり合い、不気味な紫色へと変わる。幽香は特に対処することはないが、顔を顰めている。紫色が嫌いなようだ。いずれにせよ、最初は絶対に喰らってくれると思った。強者の余裕ゆえか、先手をうって私を止める事はまずない。それが弱点。小手先の技術だと舐めたのがお前のミスだ!

 

 

「この霧は……呪術の一種か。また姑息なことを。少しは期待したのに何も学習していないのね。やっぱり、馬鹿は死ななきゃ治らないのかしら」

「まともに当りましたね? 今、当っちゃいましたよね?」

「それがどうしたというの?」

 

 ふふん。姑息だろうがなんだろうが、勝てばよかろうなのだ!

 

 

「それはですね、能力弱体化の呪霧なんですよ。くくっ、あはははは! かかったなアホが――じゃなくて迂闊でしたね! 貴方の身体能力は、一時的だけど半減している!」

「…………」

「これがどういう意味か分かりますかぁ? そこらの木っ端妖怪と同レベルってことですよぉ。今なら私の攻撃でも致命傷なんです。ざまぁみろ!」

 

 大物オーラを発しながらあかんべぇをして挑発してやる。ついでに舌も出しておこう。くくく、悔しいでしょうねぇ!

 

 

「随分と口が滑らかじゃない」

「当たり前ですよ、勝利が目前なんですから。さて、どこまで余裕ぶっこいていられますかね。今までの恨み、全身全霊を持って思い知るがいい! あははははははッ!」

「へぇ」

 

 更に全力で調子に乗ってみた。ようやく幽香のこめかみに青筋が浮かぶ。超怒っている。笑顔だけど目がマジでやばい。

 だがこれも計算通り。怒らせるのが私の目的なのだから。頭に血が上れば冷静な判断ができなくなる。そこが付け込む隙となる。私の計画は完璧だ!

 本当はすごい怖いけど、私には心の友と優しい先生がいる。勝ったら美味しい紅茶を一緒に飲むとしよう。

 ――だから、ここで決める!

  

 

「今日で私の連敗記録はストーップ! 地べたでミミズのように這い蹲るのは偉大だったお母様! 勝利はもらったあッッ!」

 

 両拳に全力で妖力を篭め、ガードを固めながら大地を蹴って一気に肉薄する。幽香は左手を振り子のように揺らしながら、それを受ける構え。だがこれが曲者だ。私は今までこれを突破したことがない。でも今日はいけるはず!

 

 

「くっ」

 

 

 見えないジャブが飛んでくる。連発で。ガードの上から凄まじい衝撃が間髪おかずに打ち込まれるが、なんとか受け止める。いける。いつもの岩をも砕く殺人的な威力ではない。残った左拳の風圧も私を吹き飛ばすまでには至らない。勝てる!

 

 

「――ちっ」

「あははッ! 今日は甘っちょろいですねぇ! そんなんじゃ蝿も殺せませんよ! あははははは!」

 

 口からどんどん調子の良い言葉がでてくる。私とて妖怪の端くれ、押してるときはどこまでもいくべきだ。私の真の強さを思い知らせてやろう。

 そして、いよいよ射程距離に入った。待ちにまった復讐のとき! まずは渾身のリバーブローをお見舞いしてやる。悶絶したところをガゼルアッパーで顎を粉砕。そしてとどめのデンプシーロール。勝利の方程式は完璧。私に敗北はないっ! 風見幽香の最強伝説はこれにて終了! 私は晴れて自由の身だ! 自由万歳!!

 

 

「喰らえッ!」

 

 幽香のリバーに渾身の拳が突き刺さる。手ごたえ抜群。もう痛恨の一撃って感じ。

 えへへ、はじめてのクリティカルヒット。狙い通りの場所にばっちり当った。確かに当った。……うーん、当ったのはいいんだけど、何故か目の前が真っ暗だ。あれれ、ルーミアが能力でも発動したのかな。でもこんな場所にいるわけないし。――というか、滅茶苦茶顔が痛い! なんで!?

 

「……あ、あばっ?」

「やけに素敵な言葉を投げかけてくれたわね。アホなんて汚い言葉、誰から習ったの? アリスじゃないわよね。もしかして、ルーミアかしら?」

「あべっ。ち、ちがぶ――」

「まぁどうでもいいんだけど。腹立たしいから二度と使わないように。さもないと、こうするわ」

 

 

 私の顔面に幽香の右ストレートがヒットしていた。カウンターだったから、なんかめりこんでるし。どうして右拳を使っちゃうのかな。サービスタイムは終了なの?反則的な見えないジャブだけで満足しとこうよ。

 そう愚痴りたかったが、頭がさっぱり回らない。視界がぐにゃぐにゃする。膝が笑っている。一撃で、体力ゲージが真っ赤!

 

 ほげーとふらついてしまったところを、がっしりと両肩がロックされる。幽香が私に頭突きを放ってきた。痛いしやばい。今日はいつもより激しい。ルールがなんでもありになってきた。最初に卑怯なことをしたのは私だけど、頭突きは反則だ。レフェリーはどこなの?

 しかし、能力低下中の幽香の一撃をなんとか耐える。低下してなかったらどうなっていたんでしょうか! 

 考えないようにして、もう一発同じ場所にリバーブロー! 反吐ぶちまけろ!

 

「……あれれー? なんで倒れないの?」

「急所を狙うのは中々良い考えだけど、全然腰が入ってない。はっきり言って“甘っちょろい”のよ。パンチっていうのはね、こうやって放つのよ」

「げ」

「――はあああああッ!!」

 

 私の横っぱらに洒落にならない一撃が入る。ボキボキっという鈍い音の後で、ぐにゃっとかいう嫌な音がした。骨以外になんかイッたくさい。なにぐにゃって。お肉までいっちゃったの? 何回も叩くと柔らかくなって美味しいよって、喜ぶのはルーミアだけだし!

 

「ぐええええっ、おええええっ! じ、じぬ」

 

 くの字に悶絶させられると、口から赤交じりの反吐がでた。お、おかしい。能力は間違いなく半減しているはずなのに。もしかして、怒らせたからだろうか。いつもの倍以上に痛い。

 ピンピンしている幽香が、崩れ落ちようとする私の胸元をぎゅっとつかむ。顔を近づけ、どんな気持ちと聞いてくる。すげームカつく。目から怪光線撃ってやろうかと思ったけど、確実に目潰しされるので自重しておく。流石に目を潰されるのは経験がない。本当の急所はやめよう。女の子は、もっとおしとやかにしないと。

 

 

「お前の小手先の呪術なんて、何もしなくても勝手に消え去った。むしろ私を怒らせたことで攻撃力倍増というわけ。それで、今の気分はどう? 策を弄して無残に負けた気分は?」

 

 ねぇ、どんな気持ちどんな気持ちと、更に愉しそうに煽ってくる。本当にムカつく女だ。怒りと悔しさ憎しみなどが心中に溢れかえるが、これ以上は戦えそうにない。足腰に力が入らない以上、おしまいだ。

 こういうときは、素直に敗者の弁を述べる事にする。この悔しさはきっと次へと繋がるだろう。繋がったことは一度もないけれど。

 

 

「ちょ、超くやじいでしゅ」

「ふふふ、中々いい顔をするじゃない。これで学習できるといいわね。小手先の技に頼るなってことを。まぁ、治らないからお前は馬鹿なんだけど。ねぇ、一度頭の中身を全部入れ替えた方がいいんじゃないかしら」

「…………ぐ、ぐぬぬ」

「悔しい? 憎い? 殺してやりたい? だったらそれを糧に強くなりなさい。全ての理不尽を蹴散らすほどにね。まぁ、期待しないで待っていてあげるわ。いつまでもね」

 

 ぼろ雑巾の私はぐぅの音もでない。だって渾身の恨みを篭めた呪術が十秒もたず効果切れだし。たったの1ターンだけじゃ意味ないじゃん。私って本当馬鹿。ま、まぁ今日は一撃いれたし。効いてないけど、一発は一発。だから判定としては引き分けということでここは一つ――。

 

 

「さてと、最後に何か言い残すことはあるかしら?」

「さ、最後?」

「お前の健闘を讃えて、今日は徹底的に叩き潰してあげるわ。嬉しいでしょう」

 

 全然嬉しくないし。そこは頭を撫でたり抱きかかえたり優しい言葉を掛けたりとか色々あるのに、どうしてその選択肢なの。意味が分からない。しかし考えている余裕はもうない。どうせなら気合の入った罵声を投げかけてやろう。

 

 

「あ、悪魔め。地獄に落ちろ、じゃなくて落ちてください。お願いします」

「じゃあとどめを刺すわ。起きたら草むしりをやっておくように」

 

 どか、がしっと鈍い音が二回ほど花畑に響いた。多分、ボディと背中に一発ずつ。

 ああ、今日は勝てるはずだったのに、何がいけなかったのか。滲む太陽がやけに眩しい。とりあえず、これだけは言わなくてはなるまい。敗者がやるべき最後の仕事である。これを欠かしたら画竜点睛を欠いてしまう。

 

 

「――ぐふっ」

 

 うん、いつも通り完璧だ。倒れた私を見下ろし、「さっきのパンチは中々悪くなかった」と聞こえたのは多分幻聴だろう。あいつがそんなことを言うはずがない。それに横っ腹を押さえているし。そうなればよかったのになぁという願望に過ぎない。悲しすぎるし空しすぎる。

 全ては都合の良い幻覚に幻聴に過ぎない。よって、私はさっさと意識を手放すことにした。これでいい。

 

 




将来は幻想郷フェザー級王者の美鈴に挑戦します。
嘘です。

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