ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第十二話 ハッピーエンドを目指して

 朝起きたら幽香にいきなりボコボコにされたでござる。

 

 もう慣れっことはいえ、ムカつくことには変わりない。スパルタ特訓のせいで、妖力やら身体能力やらは確かに上がっている気もするが、毎回ひどいめにあっている。

 怒りのあまり、口から怪光線を吐いてやろうとしたら、まさか手を突っ込まれるとは思わなかった。流石は修羅の戦士、常人とは発想が違う。しかも全力で噛み付いてやったのに、かすり傷程度しか与えられなかったし。どんな頑丈な手してやがるんだ。あの鋼鉄の女め!

 

 ――というか、よくよく考えないでも、このそこそこ平和な幻想郷でそこまでして世紀末覇王を目指す必要なんてないと思う。一体誰と戦う為にあんな頭のおかしい鍛錬を積まなくてはいけないのか。閻魔様あたりがやってきて、ビシッと説教してくれる日を待っているのだが、なかなか来てくれない。四季映姫・ヤマザナドゥはいずこにありや。

 

 もう誰でもいいので、この北斗仕様の幽香と、どこかの世界にいる綺麗な幽香りんを交換して下さい。GTS(幻想郷トレードステーション)に預けておきたい。6Vの固体値超絶MAX、性格もガチです。こちらの希望はポッポでもコラッタでもいいです。でも絶対に言うこと聞きません。返品は受け付けません。

 

 

「ふー。温かさが胸に沁みます」

 

 とにかく、私は今みたいに、優雅に紅茶を飲んでふーっと一息つける生活が送りたい。花に囲まれながら、気の合う友達と小粋なトークを繰り広げる日々。それだけが望みです。だから誰か助けて欲しい!

 

 

「半泣きになるほど紅茶が好きだったの? いつもと変わらないけど」

「紅茶は美味しいです。ただ、諸行無常だなぁと浸っていました。ここに来る前に、またボコボコにされたので」

「……ああ。それは、ご愁傷様」

「多分、寝起きでうっかり大魔王と口走ってしまったせいです。なんだか、凄い顔で睨まれたし。石化するかと思いました」

「口は災いのもとね」

「全くです。あと、目は口ほどに物を言うのコンボのせいで、私の体はボロボロです」

 

 少し慣れて来たので、打ち解けた感じでアリスとは話している。たった数日で私の中の好感度が幽香を上回りました。幽香は好感度0。マイナスがあったらもうそれは凄い事になっているだろう。

 そんなに私のことが嫌いだったら、解放してくれーと何回か言った覚えがあるが、全て却下されている。私に選択の自由はないと、額に指をつきたてられた。そのまま殺されるかと思ったぐらい、ビビってしまった。

 勇気を出して脱走してもすぐに掴まるし。あの女、なんで私の行動が読めるんだろう。監視カメラなんてないのに、抜群のタイミングでいつも捕獲される。斥候でもいるのかと探してみたけど、誰もいなかったし。リグルあたりが、虫をつかって協力しているのかと思っていたがはずれ。というか、リグルは走り去っていく後姿を見かけただけで、それから一度も見ていない。蟲の王が悪魔の手先という線はなくなった。

 つまり、花の悪魔は、博麗の巫女並の勘をもっているとしか考えられない。

 

 結論を言うと、私が自由をゲットするためには、幽香をギャフンと言わせるか、電子ジャーに封印するしかないというわけだ。……うーん、厳しい!

 

 

「貴方は能力だけじゃなくて、感情のコントロールも覚えたほうがいいわね。感情の起伏は能力にもろに影響を与える」

「私は常に冷静です」

「そう思ってるのは貴方だけじゃないかしら。第一印象は確かにそう思ったけどね」

 

 冷静なアリスのツッコミ。それと同時に鉄拳が飛んでこない分、有情である。

 

 

「でも、自分では感情を表に出しているつもりはないんです」

「まぁそうなんでしょうね。だから分かりやすいんだけどね。喜怒哀楽が素直に表情に出てるのよ」

「え」

 

 

 そんなの知らなかった。とても困った。ポーカーフェイスを維持しているつもりだったのに。これでは密かな殺意がバレてしまう。

 

「さっき、幽香のことを考えていたでしょう」

「……え?」

「それも顔に出てるの。ついでにまた敵意と威圧感を発していたし。だから分かりやすいと言ったのよ」

「……本当に?」

「嘘をついても仕方がないでしょう」

 

 なんということでしょう。対幽香戦略を練っているときに無意識で威圧感――大物オーラを発していたとは。この花のリンカ、一生の不覚ッ! 不覚を取るのは一度とは言っていないのが重要なポイント。

 

 ちなみに大物オーラとは、凄い圧力やら威圧感ではなんだか味気ないので、私が命名してみた。ゾーマ様やバーン様みたいなあのカリスマと圧迫感だ。幻想郷では八雲紫や風見幽香が自然と発しているアレである。

 私とちがって、あの人達は場面に合わせて加減ができるからカリスマ度が高まっているのだろう。洗練された大物オーラなのだ。どうでもいいところで大物オーラを出している奴は、むしろ小物になってしまう。そういうのを、人はかませ犬という。

 

 

「ところで、私カリスマ感ありました?」

「ごめんなさい。貴方が何を言っているのかさっぱり分からない」

「この圧力を発しているとき、私の顔はキリッとしていました?」

「……ま、まぁ、そこそこかしら」

「そうですか」

 

 私は何度か頷いて満足した。小物にはなりたくない。せめて、南斗五車星の連中ぐらいには頑張りたいところだ。

 反応に困っていたアリスだったが、一応頷いてくれた。

 

 

「それでですね。実は、この威圧感を“大物オーラ”と名付けてみたんです」

「貴方は、もしかして馬鹿なの?」

 

 的確で鋭すぎるツッコミ。流石はアリス、できる女である。

 

 

「あの圧力とか、威圧感なんて呼び名だと味気ないですし、面白くないと思いませんか?」

「はぁ。まぁ貴方の好きにすればいいと思うわ。ちなみに、今の貴方からは小物オーラがでている気がするけどね」

「…………」

「…………」

「それでですね、グラスの訓練で能力のコントロールを学びつつ、更に大物オーラの制御を学べば、私は完璧だと思います。もう何も怖くないと、断言できそうな気がします」

「そうかしら」

「……た、多分そうです」

 

 疑わしげな視線を受けると自信がなくなってくる。

 

 

「なら頑張りなさい。別に失敗しても死ぬわけじゃない。それを糧に成長すればよいだけよ。」

「はい!」

 

 アリスは実に教師に向いている。私のような駄目生徒にも親身になってくれる。

 よくよく考えると、ここは学校のようなものである。生徒は私だけ。常に特別授業。はっきり言って、ここにいる時間が楽しくて仕方がない。ああ、永遠に卒業したくないなぁなどと、思わずうなだれてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後。私とアリスは、なぜか将棋を指していた。

 

 

「王手」

「…………」

「…………」

「…………ありません。参りました」

 

 呆気なく私は詰まされた。何処に逃げても数手先で死ぬ。おかしい。アリスは、将棋のルールは知っているけど、一度もやったことがないのではなかったのか。

初心者殺しのハメ手を使って調子に乗っていたら、まんまと逆転されてしまったでござる。

 私は詰めが甘いことに定評がある。家での対戦相手は自分だったけど。ズッ友(壁)は手がないので将棋を指してはくれない。幽香も将棋盤は持ってるくせに、私と遊んでなどくれない。

 一度だけ、負けるのが悔しいのですか? とほんのちょっぴり挑発してやったら、死ぬより恐ろしい経験をした。も、もう二度としないよ。

 

 

「……将棋ははじめてだったけど、中々面白いわね。チェスと違って、駒を再利用できるのは新鮮に感じる」

「私も、アリスさんのはじめてをゲットできて光栄です」

「そういう下賎な言い方をしないように。貴方の母親にも似たようなことを言われたわよ。流石は親子といったところかしら」

「うげっ」

 

 しまったと口元を抑える。もしかして思考パターンが似ているのか。いや違う。むしろ、染まってきているのではないだろうか。これはいけない。アリス成分で中和しないと。幽香成分が強くなると、私の修羅度がアップしてバッドエンド一直線。ほっこり度アップを目指したい。

 

 

「それにしても、貴方が使った今の戦法、なにかの定跡なのかしら。序盤だけ不可解なほど攻められ続けた気がする。貴方の指し方も、なんだか手馴れていたしね」

「……気のせいじゃないですか?」

「正直に言いなさい」

「しょ、初心者殺しの通称鬼殺し。えへへ。いわゆるハメ手です」

 

 誤魔化すように笑うと、アリスがやっぱりと溜息を吐く。

 

 

「今日見せてもらった、新スペルもそうなんだけど。貴方って、結構卑怯よね」

「うぐっ!」

 

 私の精神に大ダメージ! いつもと変わらない表情で、大上段から真っ二つにされてしまった。私は藤木君だったのか。

 

 ちなみに、今日アリスに見せた新スペルというのは、陽符「サンフラッシュ」だ。その名の通り、鶴仙流の太陽拳もどきである。相手の意表をついていきなりスペルを発動させ、相手の目が眩んだところに通常弾幕をこれでもかと叩き込むのだ。浪漫を感じるグミ撃ち&高笑い。なんとしても成功させたいところ。

 

 当然、対幽香戦を想定してもいる。流石の悪魔も眩しければ目を瞑る。確実に隙ができる。そこに究極奥義を叩き込む予定である。もちろん、予定は未定だ。

 

 

「ああ、別に批判している訳じゃないの。頭を使うのはいいことだと思うわ。貴方は幽香そっくりだから、多分初見の相手は相当面食らうでしょう。そこを衝けば、有利に勝負を運ぶことができるはずよ。心構えはともかく、戦法としては悪くないと思う」

「そ、そうですよね。勝てばよかろうですよね」

「……そこまでは言ってないけど。まぁ、幽香が望んでいる育成方針とは真逆になるのは確かでしょう。正面から徹底的に叩き潰すのが好きみたいだし」

「……はい、小手先の技術を使うなといつも怒られてます。でも、単純な力では絶対に勝てないので、搦め手からじゃないと」

「なるほど。貴方の最終目標は、風見幽香ってことね」

「その通りです。あの悪魔――大魔王じゃなくてド外道をギャフンと言わせてからが、私の妖怪人生のスタートです。卑怯でも姑息でもいいので、とにかく勝ちたいです」

 

 姑息な手を使っては、毎度正面から叩き潰される私。この前など呪縛術で締め上げられるという屈辱を味わってしまった。なんでラーニングしてんのこの悪魔と、あのときの私はあっさり心が折れてしまった。私の考えた術を瞬時にラーニングし、逆に撃ち返して来る。反則すぎる。

 でもすぐに立ち直ったので、あの時はあの時と割り切る事にした。そう思わないと、あの家では生きていけない。憎悪と復讐心を糧に、私はあの悪魔に喰らいついていく。来るべき勝利の日のために! ……来るのかなぁ。

 

 そんな私の葛藤をみたアリスが、肩を優しく叩いてくる。

 

 

「……道のりは長く厳しそうね。前も言ったけど、慌てることはないわ」

 

 アリスの慰めの言葉が、私の心に染み入る。

 

 

「……あの、気分を変えて次はオセロで遊びませんか?」

「いいわよ。ちなみに、感情の制御の訓練もかねているんだから、そのつもりでね」

「はい!」

「喜びの感情が溢れすぎ。今はいいけど、対戦中は抑えるように」

「はい!」

 

 ちなみに、アリスが将棋盤やらオセロやらの遊具をもっているのは、客人への接待用らしい。たまに森の迷い人を助けてあげるというハイパー善人ぶりを発揮しているらしく、その客人が暇をしないように備えているらしい。アリスは本当にいい人すぎるでしょう。誰かさんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

 

 実は、一人将棋やら一人オセロを人形と楽しんでいるのかと、つい邪推してしまった自分が恥ずかしい。うん、私も幽香と一緒に死んだ方が良いと思う。二人が死ねば、幻想郷はきっと平和になるはず。やった、ハッピーエンド! 

 

 

「アリスは、表情を隠すのが本当に上手ですよね。どうしたらそんなにポーカーフェイスになれるんです?」

「別に訓練したことなどないわ。ただ、敵――対戦相手に余計な情報を与えるのが嫌なだけ。そう思っていたら、自然とこうなったの。ほら、日常生活では私も普通でしょう?」

「はい」

 

 

 優しい笑みと、私に向ける呆れた表情、あとは作業をしているときの真剣な表情。どれも実に格好いいし憧れる。

 

「戦いにおいては、頭は常に冷静に、そして心の中では闘争心を滾らせる。魔法使いはこうでなくちゃいけないわ。私も魔術に関してはまだまだ修行中の身だから、そうあろうと心がけているの」

 

 戦いの心構えを伝授してくれた。多分私には真似出来ないと思う。すぐに顔にでるし声にでるから。でも、いずれはこうなりたいなぁという目標にはなる。素晴らしい先生を持てて、私は実に幸せである。

 

 

「……アリス先生は、本当に完璧ですね。思わず痺れました」

「足が?」

「たまにでるボケも、凄くいい感じです」

「?」

 

 首を傾げるアリス。何をやっても絵になってしまう。

 ああ神様、やっぱりこの家の子になりたいです。次の人生では、私はリンカ・マーガトロイドになりたい。


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