ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第十話 優しさと温もりが私を壊す

「今日はここまでにしましょう。初日にしては、悪くはないわ」

「はい。慰めてくれてありがとうございます」

「成功したことに意味がある。後はそれを再現できるように繰り返せばいいだけ。だから、失敗の回数なんて気にする事はない」

 

 椅子に座って本を読んでいたアリスが、こちらに声をかけてくる。たぶんこちらに気を使って、悪くなかったと言ってくれている。なにしろ、上手くいった回数はたったの3回。100回やって3回。人間でやっていたら、97人の哀れな犠牲者が誕生していたことになる。心よりお悔やみ申し上げます。

 

 と、ちょっと待てよと思う。世の中の大妖怪やら魔女たちはこんな面倒なことを、こっそりやっていたのだろうか。手加減する訓練なんてするような連中ではない。幽香が人間を壊さないようにちょんちょんとみみっちいことをやるだろうか。いや、やらない。

 

 

「あの、この訓練は、一般的なものなんですか?」

「いいえ、違うわ。私があなた用に、独自に考えたものだけど」

「それなら、他の妖怪たちは、どうやって能力のコントロールを覚えたのですか?」

「それは時間と経験ね。貴方は誕生してから僅か10年でしょう。だけど、この幻想郷にいる妖怪達は長く生きてきた者が多い」

「……ということは?」

「推測することしかできないけど、人間や同族相手に戦闘を繰り返しているうちに、勝手に身に付いたんじゃないかしら。何百、何千回と繰り返していれば嫌でも覚えるわ」

 

 つまり、人間相手にドンパチやっていれば勝手に身につくようだ。全盛期には人間側も陰陽師やら退魔師やら鬼をぶっ殺す侍やら一杯いたのだろうし。修羅道に入った人間は化物と同義である。実に恐ろしい。

 

「賢い連中なら、自分なりの訓練でもしていたかもしれないけど。力の加減を学ぶのは、別に恥ずかしいことではない。人外だからといって、常に戦いを望むわけじゃないし。多分、忘れ去られた“オニ”ぐらいのものでしょうね」

「ああ、なるほど」

 

 戦闘民族サイヤ人の末裔、頭に角の生えた妖怪--鬼だ。おらワクワクすっぞとか言いながら、顔面パンチを放ってきそうな連中。敗北すると、いくさ人のように爽やかに死んでいく。絶対にかかわりたくない。

 

 

「うーん。萃夢想のときは、こっそりしていないと」

「萃夢想?」

「はい、鬼の伊吹萃香がやってきて、大勢をまきこんで大騒動に――むぐっ」

 

 蓬莱人形が飛びついてきた。私の口を体を使って塞いでくる。

 

 

「詳しくは聞かないけれど、貴方は余計なことを喋りすぎる悪癖があるみたい。私が近くにいるときはこうしてあげるけど、自分でも気をつけなさい。最後に損するのは貴方かもしれないわよ?」

「むぐっ。……は、はい」

 

 蓬莱をゆっくりと引き剥がし、申し訳ないと謝罪する。気をつけよう気をつけようと思っていてもうっかり口にでる。駄目妖怪の証明。口にチャックでもしておきたいぐらいである。私の無意識がそうさせているのではないだろうか。多分、こいしのせいである。

 

 

「…………」

「?」

 

 アリスがちょっとだけ考えこんだあと、私をじっと見据えてくる。と思ったらいきなり頭を下げてきた。

 

 

「忘れていたけれど、御礼をいっておくわ。どうもありがとう」

「え、えっと、何がですか?」

 

 動揺して目を回す私。なぜアリスが私に感謝するのか。なんかやったっけ。お世話になっているのは100%私である。

 さっきのパンケーキも美味しかったし。紅茶もパーフェクト。人形は可愛くて飽きないし、見ているだけでも楽しい。何より、アリスは優しくて美人であり、傍にいさせてもらうだけでのんびりとできてしまう。

 

 

「この前の幽香との戦い。実は、私も傍にいたのよ。ちょっとしたことで呼び出されていてね」

「……お母様に? もしかして、脅迫ですか?」

 

 大いにありうる話。お前の顔や名前が気に入らないと喧嘩を吹っかけていそう。修羅の道をいっているから何も不思議ではない。早く幻想郷地下トーナメントや魔界一武闘会に出場してとっとと再起不能になってほしい。

 

 そんなトーナメントないと思うが、優勝してしまいそうなのが怖い。むしろ、お前も参加しろとか言われたら困る。多分足元がお留守になってひどい目に遭うのが私だ。なぜかといえば、そういう星の下に生まれたから。夜空を見上げると常に死兆星が輝いている。明るくていいよね!

 

 

「違うわ。そんな暴力的なものではなくて、ちゃんとした交渉だったわ」

「そ、そうですか」

「貴方が激昂して幽香に向かっていた理由。あれは、私が傷つけられた、もしくは殺されたと勘違いしたからでしょう?」

「えっと、その。わ、私は馬鹿なので、早合点してしまいました」

 

 反省している。でも、挑発的なことを言ってきたのは幽香である。私は、それを嘘だと否定する材料を持っていなかった。こいつなら気紛れでやりかねないと今も確信している。

 ちょっと飽きたから幻想郷を破壊してくると、笑顔で飛び出していっても驚かない。今のうちに風見幽香包囲網を構築した方がいいと本気で思う。私が足利義昭役になって頑張ってみようか。…・・・あれ、最後追放されてなかったっけか。

 ならば十本刀を集めて――。あれ、こっちも敗北していた。

 

 

「ええ、そうだったわね。でも、貴方は他人同然の私のために怒り、死を覚悟で敵うはずのない風見幽香に挑んだのは事実でしょう。私は、その勇気を立派なものだと思う」

「それは、買いかぶりすぎです。私がおっちょこちょいなだけですから」

「貴方がどう思おうと関係ない。これは私の感想だから。それを好ましいものと思ったから、私は貴方の教育を引き受けようと思ったの。――私は貴方のことを、気に入り始めている」

「…………」

 

 おおうと、思わず身じろぎしそうになった。

 なんだろう、この微妙に漂う甘い空気は。中学生の女子トーク的な甘酸っぱい臭いがプンプン漂っている。いや、そう感じているのは私だけなんだけど。あまりにも率直な感謝と好意の伝え方に戸惑ってしまったのだ。

 こういうとき、無反応はよくない。それぐらいは分かる。ちゃんと私も伝えねばなるまい。

 

 

「そういってもらえて、本当に嬉しいです。こ、これからも宜しくお願いします」

「ええ、改めて宜しくね」

 

 私が頑張って差し出した手を、アリスがゆっくりと握る。友人とはちょっと違うか。親戚の優しいお姉さんが最適解だと思う。ちなみに、風見幽香は鬼母である。包丁もって襲い掛かってくる悪夢を何度も見た。今はどうでもよいので横においておく。

 とにかく、私は幻想郷ではじめて友好関係を築く事ができたのだった。

 

 

「折角だから、晩御飯を食べてから帰るといいわ。何か食べたいものはある?」

「アリスの作るものならなんでもいいです」

「それは、一番困る回答ね」

 

 アリスが苦笑する。上海人形がなんでやねんと、手でツッコミをいれてきた。これを操っているのはアリス。もしかして、ノリがいいのだろうか。いつか私も人形を作って欲しいなぁなどとちょっと思う。

 もちろん藁人形とかではなく、可愛らしいのが良い。

 

 

「なら、シチューとか……」

 

 私は家庭的な味に餓えている。家庭的といえば暖かいイメージ。シチューとかいいですね。肉じゃがも好きだけど、アリスには和風は似合わないような。ただの先入観である。

 

「いいわ。材料はあるし、できるまで、少しそこでのんびりしていなさい」

「はい!」

 

 いやっほうと右手を上げて飛び上がると、やれやれと肩を竦めるアリス。まだ会ってから全然経ってないのに本当に打ち解けられた気がする。やっぱり幻想郷は楽園である。遠くないうちに、友達百人できてしまうかもしれない。

 

 

 しかし、週に三日しかこの楽しみがないというのは残念である。あとの四日はまた幽香との鍛錬の日々。あの修羅妖怪もいい加減飽きないのだろうか。飽きないのだろう。

弱者を虐げるというのは楽しいものらしい。暴力はいいぞケンシロウ!

 

 しかし逆らおうにも、この前の一戦でまったく歯が立たないのは証明済み。しかし、呪縛はそこそこに効力を為していた。封印系の術がもしかすると幽香の密かな弱点の可能性がある。いやあってほしい。弱点なしとかいう恐れを跳ね除けるためには、少しばかりの奇跡が必要だ。東風谷早苗が登場するまで待ってなどいられない。

 

 

 となると、アレをマスターするしかない。地獄のような世界で人間が生み出した秘術。世界を魔の手から救った禁断の技――魔封波だ。あれさえ使えれば、幻想郷には平和が訪れる。

 

「たしか、こんな感じで印を結んで」

「貴方は何をしているの?」

「食事前の運動です」

「妖力を家の中で放つのは止めてね」

「もちろんです!」

 

 しゅばばばっと適当に手を格好良く動かした後、ふんと両手で印を結ぶ姿をアリスに見られていた。恥ずかしいが、気にしてはいられない。

 そして、この後に波ッと何か凄い霊的なものを竜巻みたいにぐるぐるやって、標的を封印するという派手な技。あれは格好いい。一度は撃ってみたい技上位(私調べ)にランクインだ。

 

 ……でもあの技ってなんだか凄いデメリットがなかったっけ。よく思い出せないけど。なんかこう、やったぜ! みたいなイメージが浮かばない。

 まぁ、それは後で考えればよいか。さしあたり必要なものといえば。

 

 

「アリス」

「何かしら。ああ、デザートはプリンだけど。嫌いだった?」

「こっちで食べた事はないけど大好きです。いやそうじゃなくて。電子ジャーって、どこかに売ってないですか?」

「……はい?」

 

 

 なんでやねんと、上海と蓬莱のツッコミがはいった。タイミングは完璧だった。

 やはり、アリスは意外と面白い人である。


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