コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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①巻 8話『ゼロ の 左腕』

 中華連邦の動向と、ゼロが再び姿を現したバベルタワー事件。幹部メンバーが奪還された政治犯強奪事件の説明、検証を終えた後、

「では、次に黒の騎士団の戦力についてのデータです」

 と言って、ローマイヤはモニターを操作する。

「現在、黒の騎士団で使用されているナイトメアは大きく分けて三つ。“月下”と“無頼”、そして“紅蓮弐式”」

 モニターの表示が切り替わる。黒の騎士団の“無頼”、“月下”、“紅蓮弐式”がそれぞれ映し出された。

「“無頼”については、これと言って特筆するべき所はありません」

「つまり、検証するべきは“月下”と“紅蓮弐式”か」

 ジノの言葉に、ローマイヤが頷いた。

「この二機は構造上の類似点が多数あります」

「要は同じ機体?」

 アーニャの問いかけは、間違ってはいなかったようだ。

「はい。性能や出力はほぼ同じか“紅蓮弐式”の方が少し上。その程度だと思われます」

「でも、有名だよねクレンちゃんの方は」

「“紅蓮”です」

 ジノに容赦無い突っ込みを入れたあと、ローマイヤはモニターに映る“紅蓮弐式”を手で持った棒で示した。

「この“紅蓮弐式”は高性能の輻射波動機構を備えており、それが“月下”との決定的な違いになります」

「輻射波動?」

「要は電子レンジだよアーニャ。チンされちゃうんだ」

「ふーん」

「これは映像を見ていただいた方が早いですね」

 ローマイヤが手元のパネルを操作すると、モニターには黒の騎士団の戦闘シーンが映し出された。

 “紅蓮弐式”が地を駆ける。“サザーランド”の銃撃を俊敏な機動でかわし、あっという間に肉薄すると、その身の丈程はありそうな巨大な右腕を振り上げた。

 “サザーランド”はなす術無く、その巨大な爪に鷲掴みにされる。刹那、鈍音を立てて断続的に発生する破壊の衝撃。“サザーランド”の胴体には、マグマから噴出する泡にも似たものがそこら中に浮かび上がる。

 次の瞬間。“サザーランド”は爆発炎上し、その炎をバックに、“紅蓮弐式”は爪を構え直し、肉食動物の眼のようなメインカメラで次の獲物を探していた。

「これが輻射波動か、実際見ると凄いものだね」

 シュナイゼルが驚きの声を上げる中で、

「……」「……」

 この場で、おそらく“紅蓮弐式”の強さを最も良く理解したであろう帝国最強の騎士ナイトオブラウンズの二人は黙ったまま、真剣な眼差しでモニターを見つめ続けていた。

「お二方共どうかされましたか? 質問があるのでしたら――」

 怪訝そうにローマイヤが尋ねると、ジノが珍しく真剣味を帯びた口調で、

「その、青い機体は何だ」

「は?」

 ローマイヤは映像を止める。見ると確かに、紅蓮弐式が映し出される隅に青い機体が映っていた。

「ああ、これですか。“月下”の先行量産機、もしくはそれを改修したものと思われます」

「こいつも輻射波動を装備していないか?」

「その通りです。興味がおありですか?」

「もう一度最初から流してくれ」

 ローマイヤは「承知しました」と、手元のパネルを操作する。再度、黒の騎士団の戦闘シーンが流された。

 映像は主に“紅蓮弐式”や四聖剣の“月下”が中心になるよう編集されていたが、その隅では確かに青い“月下”の戦闘も多く映し出されていた。

「……怖いねぇ」

 視線を映像に向けたまま、ジノはポツリと呟いた。

 アーニャが同意と言わんばかりに、

「この青いの。混戦の中“紅蓮弐式”の背後を守りながら、常に最善最適な手段で敵を撃破している。他の部下へのフォローも完璧」

「一対一ならともかく、指揮官としては戦いたくないな。こいつは自分の部隊の力を何倍にもできるタイプの人間だ」

 ジノはその真剣な眼差しを、改めてローマイヤに向けた。

「ローマイヤ。このパイロットの名前は?」

「……しばらくお待ちを」

 ローマイヤが手に持ったパネルを操作すると、黒の騎士団特有のバイザーを付けた一人の男が映し出された。

「ライ――別名“ゼロの左腕”と呼ばれた男です」

 眼鏡を掛け直ながら、ローマイヤは説明を続ける。

「捕えた団員の証言では。ゼロは作戦立案をする時には必ずこの男に意見を求めたといいます」

「あっ……」

 テーブルの一角から驚きの声。ナナリーだった。

「知っているのかいナナリー?」

 シュナイゼルが尋ねると、ナナリーはおどおどとした態度で困惑した後、このまま無言ではいられないと悟ったのか、観念したように目を伏せた。

「はい、私が、アッシュフォード学園で過ごしていた頃。その……とても良くしていただいた方です」

「アッシュフォード? ならもしかして……」

「この人物を逮捕、拘束したのはナイトオブセブンです」

 補足したのは、ローマイヤだった。

 シュナイゼルは意味深に「ほぅ」と言葉を漏らす。

「ナイトオブセブンが? なら、もしかして彼とこのライという少年は顔見知りだったのかな?」

 シュナイゼルは、その青い瞳をナナリーに向けた。

「そ、それは……」

 ナナリーはサッと顔を曇らせた。

 そんな妹に、シュナイゼルは口調を和らげて言った。

「ナナリー。安心していいよ。君が何と言おうとナイトオブセブンの立場が悪くなったりはしないから」

「……」

 ナナリーは、それでも少し躊躇して、

「仲は良かったです。それこそ親友のように……」

「そうか、ならば彼はブリタニアのために辛い選択をしてくれたんだね……」

「このライというテロリストは、アッシュフォード学園の生徒ですが、本当の生徒ではなく、あくまで仮入学扱いだったそうです」

「仮入学?」

「はい。身元不明の記憶喪失者だったらしく、それをアッシュフォードが厚意で保護したようです」

「なるほど。しかし、なぜそんな少年が黒の騎士団に入団することになったのかな?」

「それは恐らく。“紅蓮弐式”のパイロットのせいだと思われます」

「?」

 首を傾げる一同を尻目に、ローマイヤが手元のパネルを操作すると、またモニターの映像が変わった。

 映し出されたのは、“紅蓮弐式”と青い“月下”が前後に並んで戦っている映像だった。

 映像の“紅蓮弐式”は躊躇無く戦場を猛進し、立ちはだかる敵を撃破している。前に、前に、前に、と。

 後ろの事など微塵も気にしていない。まるで、そんな心配は無用と言わんばかりだ。

 “紅蓮弐式”は敵を蹴散らし、飛び散らせ、ブリタニア軍を蹂躙していく。青い月下はそんな“紅蓮弐式”の殿(しんがり)を見事に務めていた。“紅蓮弐式”が討ちもらした敵を掃討し、時には“紅蓮弐式”の進攻のフォローを行い、紅い背後を守り続ける。

 更に戦闘と同時に部下に指示まで出しているようで、時折、黒の騎士団の量産機である“無頼”が、的確な援護をこの二機に行っていた。

 それは戦闘のプロであるラウンズの二人や、指揮官・戦略家として超が付くほど優秀なシュナイゼルでも、思わず見入ってしまうほどの手際の良さだった。

「この二機は“騎士団の双璧”と呼ばれ、“ゼロの右腕”“ゼロの左腕”とも称されたコンビでもあり――」

「あっ、もしかして、この二人は」

 と、ローマイヤの説明の途中で、なぜかカノンが嬉しそうに言った。

「恋仲だったそうです。“紅蓮弐式”のパイロットである紅月カレンは、アッシュフォード学園に通い、潜伏を続けながらテロ活動をしていました。その過程で、このライと親しくなったと思われます」

「なるほど。籠絡された訳ねこのライ君は。いや、分かるな~。私もこんな美人に迫られたら黒の騎士団に入団しちゃうかも」

「ジノ。不謹慎極まりない」

 アーニャが無表情で言い放った後、ローマイヤは「全くです」と言いたげに鋭く氷のように冷たい視線をジノに向けた。

 ジノは、ばつが悪そうに苦笑した。

「冗談だよ。ところで、このライってやつ素顔の写真は無いのか?」

 ジノは、画面に映るバイザーを駆けた男――ライを指して言う。

 ローマイヤの返答は早かった。

「はい」

「なんで?」

 ジノが聞き返すと、ローマイヤは困ったように眉をひそめた。

「なんで、と言われましても……。無いものは無いとしか……」

「このナイトメアの動きは只者じゃない。少なくても、どこかで訓練を受けていると思うんだが。それについては?」

「不明です」

「不明? おいおい。これほどの腕前なんだぜ。いくら記憶喪失者だと言っても、生体データとか調べれば色々分かるんじゃないの?」

「調査はもちろん行われました。ですが……」

「その情報が提示されていない。という事かい?」

 シュナイゼルの言葉に、ローマイヤは、少し躊躇してから肯定した。

「はい。その通りです……」

「その、情報規制も父上――皇帝陛下がご命令を?」

「はい」

「そっか~」

 がっかりして、ジノは椅子の背もたれに体を預けた。

 さらに言えば、ジノはどこか納得のいっていない様子だったが「それなら仕方が無いな」と言って食後のコーヒーを口に含んだ後、不敵に笑った。

「なら、その面(ツラ)はエリア11で直に拝むとするか」

 アーニャも、ジノに同意とばかりにコクコクと顔を上下させた。

 そんな二人を見て、シュナイゼルは興味深そうに、

「ほぅ、ラウンズにここまで言わすとはね」

「先程はこのパイロットの事を、怖いとおっしゃってませんでした?」

 カノンの問いに対して、ジノは口元を綻ばせる。

「怖い、けど戦ってみたい」

「恐怖と興味。それを同時に感じさせる人間か。中々いないよ、そんな人物は」

 そのシュナイゼルの言葉に「あの……」とローマイヤが口を挟んだ。

「盛り上がっている所申し訳ありませんが。それは不可能です」

「んっ? なんで?」

「このテロリストはすでに、この世にいませんから」

 それを聞いて、ジノが「はぁ?」と、素っ頓狂な言葉を漏らした。

「このライってやつはスザクが“殺さずに捕らえた”んだろ? だったら、先日の政治犯強奪事件で一緒に奪還されたんじゃないのか?」

「いえ、このライという人物に限り、皇帝陛下の御名において、刑の執行はすでに取り行われています」

 一同の顔に疑問符が浮かぶ。代表してシュナイゼルが不思議そうな顔で尋ねた。

「藤堂を初め、黒の騎士団の主要幹部の処刑をお認めにならなかった陛下が、このライという人物に限って刑を?」

「はい。すぐに執行を許可されたそうです。刑はブラックリベリオン鎮圧より一週間後、時間も場所も非公開で執り行われました」

「ちょうど、スザクがラウンズ入りしたあたりか。それにしても、非公開で処刑とはなぜだ? 何か理由があるのか?」

「それは私に聞かれましても……」

 ジノの問いに、口ごもるローマイヤ。

 その時、ふとアーニャは何も発言しないナナリーの方を見た。

 ナナリーは今にも泣きそうな顔で、ドレスの裾を強く掴んでいた。

(ナナリー殿下……)

 アーニャは、そんなナナリーを悲しげな瞳で見た。

 よほど、このライという人物とナナリーは仲が良かったのだろう……。それが、その表情から痛いほど見て取れた。

 そんな人物が死んだだの、死刑にされただのという話を目の前でされて、平気でいられるほど、ナナリーは自分のように汚れていない。

「もういない人の話は、これ以上必要ない」

 一同が会話を止めてアーニャに視線を向ける。もちろんナナリーも。

 アーニャは、それらの視線がどうも居心地悪かったが、ナナリーの心境を考えればそんなものはなんでも無かった。

 静かな時間の後、初めに口を開いたのはカノンだった。場の雰囲気を無理やりにでも変えようとしているのか、その口調はやけに明るかった。

「そうです。アールストレイム卿のおっしゃる通り、死んでしまった人間について語り合っても仕方がありませんよ。それに」

 カノンはまるで本物の女性のように艶やかに微笑む。

「いるではありませんか。そんな能力を持つ人間が私達の所にも」

「確かに……」

 と、軽く笑ったのはたのは、なんとあのローマイヤだった。

 ちなみに、その笑みが今まで見たどの笑顔よりも親密さに溢れていたのを、アーニャは見逃さなかった。

「おや、また始まったね。カノンのキャンベル卿贔屓が」

 シュナイゼルがヤレヤレとため息混じりに首を振る。それに、カノンはこれまた柔和な笑みで答えた。

「贔屓ではありませんわ殿下。正当な評価です」

「そういえば私の親族の中にも、彼を気に入った者が多くいるね」

「そうですわね。恐れながら、カリーヌ様などはその典型かと」

「はは、ロイ様ロイ様といつも追いかけてるのは知ってるよ。でも、今回の件もあるし、カリーヌには私から少し諌めの言葉をかけておいた方が良いだろうね」

 そう言いつつ、シュナイゼルは壁の時計をチラリと見た。時間はゆうに夜の十一時を越えていた。

「さて、時間も時間だし、これぐらいにしようか」

 シュナイゼルは温和なその顔を少々真剣な物に変えた。

「ナナリー。最後に教えてほしい」

「はい。なんでしょうお兄様」

「君が総督に推薦を願い出た理由。そして、どういう総督になるつもりなのか、それを教えてほしい」

「……」

「今までの会議を聞いての通り、今のエリア11は君が以前暮らしていた時と比べその情勢は大きく変化している。実際、私としても心苦しい。自分は、もしかしたら妹にとんでもないものを押し付けようとしているのでは無いか、と思う時もある」

「いいえ」

 ナナリーは首を静かに横に振った。

「シュナイゼル兄さまには感謝してもしきれません。兄さまがお父さまにお口添えをしてくださらなければ、私が総督になるなんて決して無かったでしょうから」

 それを聞いて、シュナイゼルは小さく息を吐いた。

「複雑な気分だねどうも。しかし、私が君を危険性のある場所へ送り込もうとしているのは事実だ。でも、ナナリー。君にはエリア11でやりたい事がある。そうだね?」

「はい」

「ならば、せめてそれを教えてほしい。それを知っておくと私も君のサポートをしやすいからね」

 一同の瞳がナナリーを見つめた。

 ナナリーは俯いていた。その指は強くドレスを握り締めている。

 そんな妹を見るシュナイゼルの瞳に、少々険しいものが浮かぼうとした時、

「……私は」

 ナナリーは気持ちを打ちあけはじめた。

 

   ○

 

 会食の翌日。

 エリア11に向かう輸送機の中。指揮官用に設けられた質の高い座席の上で、ロイはノートパソコンのモニターを見つめながら、徹夜明けの眠たげな瞼をこすった。

(あ~。眠い……って、うっ!)

 大きくあくびをすると、唐突に昨日食べたイチゴジャムおにぎりその他もろもろが口の外に出たいと騒ぎ出した。

 体調は、正直あまり良く無い。

 睡眠不足なのも原因だろうが、それ以上に、昨晩アーニャとジノが仕事の手伝いに来てくれたと同時に繰り広げられた、

 

 ドキッ☆ジャムだらけのおにぎり世界大会~ブート・ジョロキアもあるよ☆~

 

 のダメージが大きすぎる。

 しかし、妹のように可愛がっているアーニャの厚意を無にする事などできず、勢い良く食べて片付けた。

 というか、

<ロイ。料理はあんまり得意じゃないけど、頑張って作ってみた。自信は無いけど、食べてくれると嬉しい……>

 と見てるこっちが悲しくなるぐらい不安そうな顔をして、それでいて拒絶すれば壊れてしまいそうなぐらい儚く潤んだ瞳で言われたら、男として食うしかなかった。

「よ、よし。収まった……」

 ロイが胸をなでて、不快感を打ち払うと。

「眠そうにしやがって」

 と言って、誰かがロイの背中をバシンと叩いた。同時に、またあの言い様の無い圧迫感が胃の底から込み上げてくる。

 背中を叩いたのはジノだった。隣には、アーニャの姿もある。

 ロイは、しばらく咳き込んだ後、

「な、何するんだよジノ! 僕にバスで遠足に出かける小等部の子供のようなあだ名でも付けたいのかい!?」

「んな大げさな」

 朗らかに笑う。というか、昨晩は自分と一緒に徹夜だったはずだが、なぜかその顔には気力が溢れていた。

「だ、大体ジノ。君は何でそんなに元気なんだ……」

「う~ん。やっぱアーニャの作ってくれたあれのおかげじゃないか?」

「ま、まさか、あれって、あれかい?」

 憂鬱気味な表情を浮かべるロイとは対照的に、ジノははつらつと言った。

「やっぱ、セシル式の料理はいいね~。なんというか眠気も吹っ飛ぶ程個性のある料理で、体調まで整えてくれたよ」

 それはギャグで言っているのか? と突っ込みたいところだったが、ジノが本気でそう言っているのは良く分かっているので、何も言わなかった。

 かつてジノがセシルのバナナとイチゴを牛のレバーで包んでチリソースかけた地獄料理を「うん、中々いける」と言って食べているのを隣で見た時から、ジノについては色々諦めている。

「これからも、アーニャには日々、セシルの料理をより忠実に再現できるよう日々精進してもらいたい」

「頑張る」

 ジノの言葉に、淡々ながらも素直に頷くアーニャ。

 もう、ロイはどうして良いか分からなかった。世界が闇に包まれたような気がした……。

 そんな風に、暗い思考を巡らしていたのに気付いたのか、アーニャは少し不安そうな表情を浮かべて聞いてきた。

「ロイ。もしかして私の料理マズかった?」

「へっ?」

 アーニャは少し躊躇いがちに言った。

「ロイ。なんだか私のおにぎりを無理に食べていた気がする……」

 見破られていた。

「あっ、いや、それは……」

「美味しくなかった?」

 アーニャは首を傾げた。

 こんな不安そうで、悲しそうな顔をするアーニャを、今までロイは見たことが無かった。

 奥歯を噛み締める。ロイは覚悟を決めた。男には、引くに引けない時がある。

「な、何言ってるんだいアーニャ。そんな事無いよ。凄く……」

 おかしい。なぜ言葉に反して、気持ちがこんなに悲しくなるのだろうか。

「美味しかったよ! 当たり前じゃないか!」

 100万ドルの笑顔で言った。

 きっと、ここにスザクがいれば、そのロイの健気さと勇気に感極まって涙を流しつつ、それを称えながら惜しみない拍手を送ったに違いなかった。

「本当?」

 いまだ不安そうにアーニャに、ロイはその笑顔を維持したまま答える。微妙に口が引きつっているのはご愛嬌だ。

「もちろんさ」

 ここにきてようやく、アーニャの顔に微細な笑みが戻った。

「じゃあ、また作る。セシルに習って」

「おう、今度スザクにも作ってやれよ」

「うん、スザクにも作る」

「……」

 エリア11にいる友人に、ロイは静かに胸で十字を切った。

 この瞬間。ナイトオブセブンとナイトオブゼロは、運命共同体となった。

「ところでロイ。さっきから何を見てるの?」

 アーニャは身を乗り出して聞いてきた。その目線はロイの前にあるパソコンの画面に向けられていた。

「んっ? ああ、黒の騎士団のデータだよ」

 そう答えて、ロイは画面を二人の方に向けた。

「僕が持ってたのは古いデータだったからね。昨日の会議にも出席できなかったし、今朝ローマイヤさんに新しいデータを送ってもらったんだ」

「ローマイヤ、ねぇ……」

 それを聞いてジノが不思議そうに聞いてきた。

「ロイ。そういえばお前、ローマイヤと仲良いよな」

「んっ、そうだね。彼女には仕事で色々助けてもらってるし、仲が良いと言えばそうなのかも」

「前々から疑問だったんだが、どうやって“あの”ローマイヤと仲良くなったんだ?」

「どう、って聞かれても困るけど。国立図書館で何度か会っている内に自然とね、あとは成り行きかな」

「ミス・ローマイヤは何度か会ったからって仲良くなれるタイプでは無いと思うが……」

「そうかな? 確かに最初はきつい人だなぁと思ったけど、付き合ってみれば優しい女性じゃないか」

「マジで?」

「うん。マジで」

 ロイはパソコンを操作しながら、凄い事を、当たり前のようにサラリと言った。

 ちなみに、そんなやり取りをしていた二人の隣で、アーニャが「やっぱり……」となにやら悲しそうに呟いたが、ロイは気付かなかった。 

「よし、二人とも見てくれ」

 ロイがパソコンの操作を終え、その画面を二人に向ける。そこには、黒の騎士団の制服を着た人物がズラリとリストになって並んでいた。

「黒の騎士団のパイロットリストだ。そして、おそらく僕たちが戦う事になる中で、特に注意が必要なのは……この三人だ」

 パソコンのエンターを押すと、画面のリストのほとんどが消え、三人の人物が残った。

「奇跡の藤堂。四聖剣の朝比奈。そして、ゼロの右腕、紅月カレン。この三人は今の黒の騎士団のトップ3だ。この三人の相手は必ず僕たちが担当した方が良いだろう」

「犠牲を出さないためにか? 相変わらず優しい考えだな」

 ジノが苦笑して言う。ロイもそれに、含んだ笑いで答えた。

「優しい優しくないは関係ないよ。ただ、味方の損失を少なくするにはこうした方が良いっていうのを提案してるだけさ」

「じゃあ、私は是非このカレンって子の相手したいね」

 ジノが横からパソコンを操作し、紅月カレンのデータを拡大表示させた。

 ジノはその写真を見て嬉しそうに「うんうん」と頷く。

「やっぱ美人。これは一度直でお会いしてみたいね」

 そのジノを見ながら、アーニャは淡々と言った。

「……会いに行ってみたら? この子も喜ぶと思う」

 ジノはそれににっこり笑って答えた。

「あっ、やっぱりそう思う? まいったなぁ」

 ジノはそう言って、輸送機の窓に映る自分の顔を見ながら、歯を光らせてみたり、前髪をかきあげてみたりと、なにやらポーズを取り始めた。

 それを眺めながら、またアーニャは淡々と言った。

「思う。ラウンズを討ち取れる滅多に無いチャンス。私がこの人の立場だったら、ジノが会いに来たら大喜び」

「……」

 ジノがピタリと止まって振り返り、ジト目でアーニャを見る。

 ロイは堪えきれずにぷっ、と吹き出した。

「違いない。ジノ、一回会いにいってみなよ。絶対喜ばれるから」

「ちぇ、面白く無い」

 一瞬ふて腐れたジノだったが、すぐに何かを思い出したのか、

「そうだ。なぁロイ。“ゼロの左腕”って知ってるか?」

「ゼロの左腕? ああ、そんなのもいたらしいね。たしか、紅月カレンと並んで“騎士団の双璧”といわれていた男だよね」

「この人」

 アーニャが横からロイのパソコンを操作する。そして、そのリストの中で比較的上の方にあった、ライという名前をクリックする。

 画面にはそのライの情報が拡大表示された。しかし、そこにはバイザーをかけた男の写真とたった二言。

『処刑済み。データ無し』

 と、あるだけだった

「ロイ。どう思う?」

 アーニャは怪訝そうに、ロイに尋ねる。もちろん、なぜ、この幹部だけ処刑されたのか。なぜデータが開示されないのかを含めてアーニャは尋ねている。

 ロイは「そうだね」と頷きつつ、思考をまとめた。

「多分、ブリタニアの人間だったとかそういう理由じゃないかな」

「どういうことだ?」

「これはあくまで予想だけど。このライっていうのはブリタニアにとって、黒の騎士団にいたら色んな意味で都合の悪い人物だったんじゃないかな。だからこそ刑の執行も非公式で迅速に行われ、更にはこのようにデータも残さなかった」

「なるほど」

「どちらにしても、死んだ人間なんだろ? 僕達には関係ないさ」

「結構面白そうな男なんだけどな……。って、おっ」

 ジノが、ふと窓の外に視線を向けると、あるもの発見した。

「見ろよ二人とも」

 ロイとアーニャはその言葉に従って視線を外に向けと、ジノは少々興奮気味に言った。

「あれがオフネサンだろ?」

「富士山だよジノ……」

 ロイがツッコミを入れると、アーニャは首を傾げた。

「到着?」

「ああ、エリア11だ」

 輸送機の着陸を知らせるアナウンスが入ったのは、その後すぐだった。


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