コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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①巻 6話『ラウンズ の 象徴』

 二時間後。

「ロイ。大丈夫?」

 キャメロットの応接室。濡れたタオルを顔に被りながらソファの背にもたれてうなだれているロイに、隣に座るアーニャは心配そうな声を掛けた。

「大丈夫、伊達に鍛えてないから……。と言いたいけどちょっと休まないとマズイ」

 ロイは息も絶え絶えだった。

 侮っていた。嘗めていた。あと久しぶりで忘れていた。あの人――ロイド伯爵のデヴァイサーに対するドS体質を。

 体はもはや疲れでボロボロ。指一本動かすのも億劫だった。

 通常なら、こうなる前にセシルがストップをかけてくれるのだが、不幸にも来客があったらしく途中で席を空けたため、このようなことになってしまった。

 ロイはシミュレーターに入っていたので分からなかったが、二時間空けてセシルが戻ってきた時は凄かったらしい。

 セシルの表情は驚き。怒り。そして笑顔の順で変わり、それを見たロイドは顔を真っ青にして立ち尽くしていた。

 そして、セシルはシミュレーターを強制停止させて、ロイが頼りない足取りでタラップを降りた後すぐにフラリと倒れて尻餅を付くと、急いで駆け寄り、部下にテキパキと濡れたタオルや水を持ってくるように指示した。

 しばらくしてロイが活力を取り戻すと、彼女は安心の吐息を漏らした後、すぐにこれ以上のない笑みを浮かべながらロイドの襟首を掴んで個室に引っ張っていった。

 その時のロイドの顔が悪戯をして倉庫に押し込められる前の泣きじゃくる子供の顔に似ていたらしいが、残念ながら誰もそんなロイドを助けはしなかったらしい。

「あ~、キツイ」

「でも、こういう練習も必要」

 アーニャは心配そうに眉をひそめながらも、正しいことはしっかりと言った。

「……うん、分かってるよ」

 天井を見上げたまま同意する。

 アーニャが言うことはもっともだった。自分達はスポーツマンじゃない、兵士だ。そして戦場に出た兵士は疲れたから、体力が限界だからといって、敵に待ってもらえはしない。

 医学的にいくら認められないハードトレーニングでも必要なのだ。こういう、限界を一枚も二枚も越えるような訓練は何度でも何日でも。機会があるなら毎日でも。

 アーニャがシミュレータールームにずっと居たにも関わらずロイドの無茶なシミュレーションにストップをかけなかったのは、ここら辺に理由がある。

 どんなに厳しくてもシミュレーションはシミュレーション。ミスっても死にはしないんだから、時には体力の限界を超えるまでやることが本人の、自分のためになる。

 例え気絶しようが、吐こうが、骨が折れようが筋肉が断裂しようが、操縦桿が握れなくなろうがやるべきなのだ。

 戦場では自分の体がどんな状態でも戦い続けなければいけない。いや、戦い続けてやるという気持ちを持ち続けなければいけない。

 なぜなら、最後の最後で自身の絶体絶命の状況を救うのは技術でも体力でもなく、どんな状況でも諦めないという精神力なのだ。

 この一年、多くの修羅場をくぐってきたロイはそれを分かっていたし、アーニャもこの年には分不相応のその理論をよく理解していた。

 ロイやアーニャ、そしてジノ、他のラウンズもそういう世界で生きてきた。しかし、それが分かってはいても体が痛む、という現実は変わらない。

 それはロイもアーニャも理解している。だから、常に他の軍人の規範となるべきラウンズにしては、少々だらしなくうなだれるロイに対し、アーニャはなにも言わなかった。

「ロイ!」

 その時、唐突に鋭い呼びかけが部屋に響き渡った。

 アーニャではない。声に反応して、ロイが部屋の入り口に目を移すとそこには一人の女性の姿があった。

「エニアグラム卿!?」

 反射的に体を起こす。額の上に乗っていた冷たいタオルが床に落ちた。

「おっ、いたいた」

 その女性は嬉しそうな声をあげて、ニッコリと笑うと大股でこちらに歩いてきた。

 ノネット・エニアグラム。

 ナイト・オブ・ラウンズ。席次はナイン。切れるような鋭い目と眉。不敵に笑う口元。全身を覆っているカモシカの様な体の筋肉は相手に俊敏さと力強さを感じさせる。性格は大胆にして豪快。付け加えれば性格ではないが剛力。一部の騎士にはその姉御体質から『姉さん』と呼ばれているとかいないとか。

「探したぞロイ。せっかく家にまで出向いてやったのにもぬけの殻だものな。まぁ、お前のいそうな場所なんて大体想像は付くが」

 黙っていれば綺麗な表情が、瞬時に子供のような大雑把な笑顔になる。ノネットはそのままロイに近づくとその肩をバシバシと叩いた。ロイは思わずせき込んだ。

「というかロイ。なぜ帰ってきたらすぐに私の所に挨拶に来ない? 私の家族も使用人も、お前の帰りを首を長くして待っていたというのに」

 ノネットはロイの首に腕を回し、そして引き寄せた。ちなみに身長はノネットの方が大きいため、ロイは自然と覆いかぶされる形となった。

 この体勢はジノによくやられているから慣れているのだが、ジノとは決定的に違っているものがあった。

「あ、あのエニアグラム卿。その、当たってますが……ってぶっ!」

 ロイは柔らかいものに口を塞がれて、軽い呼吸困難になる。ついでに、かけていたメガネがその柔らかいものに押しやられて、大きく上にずれた。

 それを見たノネットの長い眉が動く。同時に、彼女は腕の力を弱めた。

「当たっているのは構わん。それよりお前はまたそのような眼鏡をしているのか? まったく、綺麗な顔をしているのに見えなかったらもったいないじゃないか」

 ロイは素早く体を翻して、重たいメガネをいそいそとかけなおす。柔らかいものの衝撃でフレームが曲がったみたいで、眼鏡は少々斜めにかかっていた。

「はは、それはどうも……」

「皇帝陛下よりいただいた品なんだから、大切にしまっておいても文句は言われないだろうに、律儀な奴だな。あっ、そうだ、皇帝陛下にいただいたもので思い出したが、お前の新しい家。見に行ったがなんだあれは。私が貸してやっていた家のほうが大きいじゃないか」

 貸してやっていた、というのはその言葉の通りの意味だった。

 ロイはラウンズに就任して二ヶ月程このキャメロットに住んでいたのだが、いくら、キャメロットの設備が整っているといっても所詮は研究施設。暮らし続けると困ることも色々あった。

 それを知ったエニアグラム卿が、

 『ならウチに来い』と言い出して、それに、本気で遠慮するロイの襟首を『後輩が先輩の好意を遠慮するものではないぞ。アハハハハ』とむんずと掴んで強制的に家に連れて行き、ヒモ……ではなく居候にした。

 それから、約半年以上、ロイはエニアグラム卿の家に居候として、部屋ではなく“家”を貸し与えられていた。

「どうせお前のことだから遠慮して、あの程度の家にしてもらったのだろうが、ならわざわざあんな家を建てんでも、私の家に住み続ければよいではないか」

「いえ、いつまでも他人様の家におじゃましているわけにも……」

 ロイの言葉を、ノネットは「くだらん」と一蹴したあと、何かを思いついたらしく、

「つまり、他人様でなければ良いわけだ」

「……へっ?」

「よし。なら、もういっそ婿に来てしまえ。いや、お前はラウンズだったな、ならば私が嫁に行くのもありか。そうなると、私の今の家は親族の誰かにくれてやるとして……」

「あ、あの、エニアグラム卿?」

「お前の家で暮らすのもありと言えばありだな。なに気にするな。どんなに小さくても、住めば都。士官学校のサバイバル訓練の時、コーネリア殿下と道に迷って救援が来るまで三日間過ごしたあの洞窟に比べれば天国だ。大変だったぞ、ウジみたいな虫がそこら中にいてな。その時、殿下が幼子のように怖がるという貴重なお姿と、可愛らしいお顔を見せていただけたのを、私は一生忘れられんよ。ア~ハッハッハ、っと話がずれたな」

 ノネットはコホンと咳をすると、再び口を開いた。

「というわけでロイ。どうだ」

 どうだ、と言われてもロイは苦笑いしか出来なかった。確かにノネットは文句無しの美人であり、そりゃあロイだって健全な男子である以上、ノネットにある意味当たり前な感情を多少なりとも抱くことはある。

 しかし、いくらなんでもそれは話が急すぎるというか、なんというか、行き当たりばったりすぎる気がする。

「エニアグラム卿は冗談が上手いですね」

「冗談、だと?」

 ノネットの顔がニヤリと歪む。ロイは、ノネットのその獲物に止めを刺そうとする猟師のような視線を受けて、小動物のようにブルッと小さく震えた。

「エ、エニアグラム卿?」

「いいだろうロイ。私が本気だと教えてやろう」

 そう言ってノネットがロイに向かって一歩前に踏み出すと、

 ボフッ、とその豊満な胸に何かが当たって、足を止められた。

 ノネットが怪訝に思って、自分の胸に視線を移すとそこには毛むくじゃらなピンクの物体――じゃなくて、アーニャの頭が見えた。ちなみにその小さな顔は、その豊満なものの間にすっぽりと埋もれていた。

「なんだ。いたのか」

「……いた」

 アーニャがそう言って窮屈そうに顔を上げる。それによってアーニャの顔の上半分は見えるようになったが、それ以外の大部分はいまだに埋もれている。

「どいてくれないか? 邪魔だ」

「嫌」

「年上には譲るものだぞ。色々と」

「サラサラ無い。そんな気は」

 アーニャは谷間から上へ、対してノネットは見下ろす形で視線を交わせ、そのちょうど真ん中で火花が散る。

「……」

 しばらく二人は見つめ合いという名の、睨み合いを続けていた。それは永遠に続くかと思われたが、

「今日のロイ姫には騎士が付いていたか……」

 と、ノネットが歩を下げる。多分、ライバルと言っても年下相手に本気になる自分を見直して興が冷めたのだろう。同時に、柔らかい物も下がったので、ようやくアーニャは圧迫感から解放された。

 結果だけ見れば、敵の進行を退けたアーニャの勝ちである。だが、当のアーニャは喜ぶこともなくく、今まで強大な脅威に晒されていた自分の頬をさすり、続けて、ふと視線を下げてなにかを確認すると、

「屈辱。でもいつか必ず……」

 と、KMFの模擬戦にコテンパンに負けても浮かべないようなひどく悔しそうな、それでいてほんのちょびっとだけ悲しそうな表情を浮かべ、拳をグッと強く握り締めた。

 きっと、彼女はその悔しさをバネに一回りも二回りも成長していくのだろう。多分。

 そんなアーニャには気にも留めず、ノネットは改めて口を開く。

「仕方ない。口説くのは今度にするとしよう、今日は違う目的で会いにきたわけだしな」

 そして、ノネットは改めてロイを見据えた。

「ロイ。今日はおまえにプレゼントがある」

「へっ?」

 ロイが素っ頓狂な声を上げると、その前に紙袋が差し出された。

「エニアグラム卿。これは?」

「いいから開けてみろ」

 言われるままその紙袋を受け取り、中のものを取り出すと、ロイは良い意味での驚きで言葉を失った。

「私とお揃いのだ。どうだ嬉しいか?」

 それはマントだった。

 マントと言ってもただのマントではない、ナイト・オブ・ラウンズだけが着用を許されるあのマントだ。いや、この場合オリジナルは今ノネットが羽織っているので、レプリカと言うべきだろう。

「お前だけマントが無いというのも可哀想だからな。贔屓にしている職人に仕立てさせた。できるのに半年もかかってしまって、渡すのが就任から大分経ってしまったが……」

 ロイはマントを広げて感嘆の声を上げた。

「あ、ありがとうございます。こんな……」

 それは立派なマントだった。装飾が豪勢で、見ていると目がチカチカしそうだ。

 純粋に嬉しい。公務などで、ラウンズが全員揃う時、一人だけマントを付けていないというのを、ロイはなんとなく寂しく感じていたものだ。しかし、そんな気持ちなど一切口に出したことはなかったというのに、この女性は、そのロイの気持ちを汲んでこのようなプレゼントをしてくれたのだ。

 ただ、嬉しさと同時に、ロイには一つの心配が浮かんだ。

「ちなみに、これ凄く高いんじゃ……」

 高い。とはもちろん値段的な意味である。

 ロイがおそるおそる聞くと、ノネットは「なに」と言って軽く笑う。

「大したことはない。悪いが安物だ。そうだな……せいぜい車一台ぐらいじゃないか」

「エニアグラム卿の言う車って、あのいつも乗り回してるフランスパンみたいに長い車ですか?」

「ハハハッ、面白い例え方をするな」

「スイマセン庶民で」

「早速着て見せてくれ」

「はい」

 ロイはマントを翻し背に羽織る。そして、胸の前にある紐を繋ぎ固定する。

「ど、どうです?」

 少し照れながら聞くと、ノネットは満足そうに「うむ」と頷いた。そして、すこし目を細めて笑った。

「やはり、お前には青い色が良く似合う」

「そうですか?」

「ああ。……なぁ、似合うよな?」

 ノネットが振り返って聞くと、アーニャは、

「ピンク色の方が……」

 と言って何やら考え込んだ後、

「……何でもない」

 と、残念そうにため息をついた。流石に、男にピンクは無しだと思ったらしい。

 その時、

「ロイ君。アーニャちゃん。ロイドさんから、ふんだくったお金で買ってきた個数限定の高級ケーキはいか、が……」

 セシルがお盆にケーキと紅茶を乗せて部屋に入ってきた。その表情は笑顔だったが、

「って、エニアグラム卿!?」

 とすぐに驚愕の表情に変わる。

 驚くのも無理は無い。地位的に将官クラスに相当する人物が人知れず、ここにいるのだ。

「よぉセシル。邪魔をしている。あっ、ケーキは私の分もあるか?」

 しかし、当の本人はあっけらかんとそう言って楽しそうに笑った。

 

   ○

 

「ふう……」

 ロイは自宅に戻り、足元をふらつかせながらも自室のベッドの上にドサリと身を倒した。同時に、新品のシーツからフワッと良い匂いが舞い上がる。

 あのあと、キャメロットではエニアグラム卿に散々模擬戦に付き合わされて、

 それにロイドさんが大喜びしてデータを採取し始めて、最終的にセシルさんが止めて、その後、アーニャとは別れた。

 アーニャはここ一年、とある皇族の専属の護衛になったため忙しい。それでも、その合間を縫って会いに来てくれるので、本当に優しい友人である。

 ロイはもう、シャワーも浴びたので、そのまま眠りの世界に旅立とうとした。しかしふと、壁にかけられた青紫のラウンズマントが目に入る。

 ロイは思う。

(このマント。僕のため、だろうな……)

 睡眠に移行しそうな脳でそんなことを考えた。

 ラウンズのマントとは、ラウンズの勲章であると同時に、いまのラウンズである人物を象徴するものでもある。

 だから、このマントを羽織れば、それが同じラウンズであるロイでも、あくまでエニアグラム卿のマントを羽織っているロイ。ということになる。

 そんなの当然だろ? と思う人がいるかもしれないが、ロイの場合はそれが結構重要だったりする。

 ラウンズ自身を象徴するマント。

 玩具とか一般市民が真似て作るとかなら話は別だが、軍人がこのマントを勝手に複製・制作することは認められていない。

 しかし、そのラウンズである本人の手でそれが行われれば話は別だ。つまり、本人以外の軍人がそれと同じマントを持ち、羽織るというその意味は、

『この者はノネット・エニアグラムが認めた男である。文句があるなら、私にも文句を言っているのと同じだぞ』

 という威嚇になるということ。これで、いままでの少々気が滅入るような嫌がらせも減るだろうし、なにより任務においてよく反発を受けていたロイの指示や命令も、多少は軍人や騎士に受け入れてもらいやすくなるだろう。

 情けない話だが、ロイはラウンズとして、実力や経験とかそんなものよりなにより、知名度と武勇伝、あと戦果が足りていない。

 皇帝に気に入られたからラウンズになれた男、という印象の方が強いのだ。だから、初めて会う軍人や騎士は大抵、ロイを見くびって反発する。

 だから、このマントを羽織るというのは色々な意味でロイのプラスに働く。

 ノネットの配慮には素直に礼を言うべきだろう。ただ、いつかはこのマントに頼らなくても、信頼されるラウンズになりたい。

 そう思いつつ、疲労した体に睡眠という休息を与えることにした。

 エリア11への出立まで、もうそれほど時間は無い。


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