コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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①巻 5話『ナイト オブ ゼロ B』

 ロイの新居でのやりとりの後、ジノは用事があると言ってすぐに帰った。エリア11への出立に向けての準備など、色々あるのだろう。

準備に関してはロイも同様である。ロイは、アーニャと二人だけである場所に向かう事にした。二人は、ロイの所有する庶民的な乗用車に乗り込み、キャンベル卿私有地の草原を抜けて、都市部に向かう。

「ロイ」

 運転する車の中。助手席に座るアーニャが携帯をいじりながら話しかけてきた。

「なんだい?」

 ロイは視線を前に向けながら答え、左右を気にしつつ高層ビルが立ち並ぶ都市圏の交差点を右折した。

「いつものは?」

「いつもの?」

 疑問に疑問で返答したロイだったが、すぐに思い当たる。

「ああ、それなら君の前の収納ラックにあるよ」

 するとアーニャは目の前のラックを空けて、中からあるものを取り出した。

 眼鏡だった。ロイの車にあることから分かるが、それはロイの所有物だった。

 かなり分厚い眼鏡である。いわゆる牛乳瓶底眼鏡と言われるものだ。ご丁寧にもレンズには渦の模様が描かれている。

 アーニャは大切そうにその眼鏡を取り出し、レンズに「はぁ~」と息を吹きかけて、備え付けの布で丁寧に拭く。 

「ロイ。この眼鏡、かけないの?」

「今はいいだろ」

 応じて、ロイは苦笑した。この牛乳瓶底眼鏡、実はラウンズ就任式前に皇帝陛下直々に頂いたものである。それも複数個。と言っても、そもそもロイは目が悪くないので眼鏡は必要ない。それにこの眼鏡、実は度が入っていない伊達眼鏡である。

 よりにもよってなぜ眼鏡、それも伊達眼鏡を陛下から直接賜ったのかはさっぱり分からない。

 とはいえ、陛下直々に賜った品なのでぞんざいに扱うわけにもいかず、とりあえず外に出る時や人前に立つ時はこの眼鏡をかけるようにしていた。

 基本的に公務はこの眼鏡をかけてこなすし、例えばラウンズとしての仕事で報道関係のカメラの前に立つ時なんかも必ずかける。

 それが、皇帝陛下への忠誠を示すことになるはず、と自分を励ましながら、少々センスに欠ける眼鏡だと分かっていても毎日かけ続けていた。

「似合わない」

 正直な言葉に、ロイは再び苦みを感じさせる表情を浮かべた。

「それは自覚してるよ」

「だけど……役には立ってる」

「? どんな?」

 アーニャの意外な言葉に、ロイは耳を傾けた。

 この眼鏡は伊達だし、重いし、相手から顔は見えなくなるし……正直に言えば役に立ってない。皇帝陛下からいただいたものでなければ即座に処分している一品だ。それでも、アーニャはロイの役に立っていると思っているらしい。

「これをかけてると、ロイに寄ってくる女性が少なくなる」

「そうかい?」

「そう。少しだけど」

 ロイは首を捻った。ついでに制限速度を少しオーバーしていたことに気付いて、軽くブレーキを踏む。

「でも、それって役に立ってるっていうのかな? 僕としては女性にモテなくなるわけだから逆に損してる気がするんだけど……」

「役に立ってる」

「でも――」

「役に立ってる、だからこれ無しで出歩いちゃだめ」

 アーニャは有無も言わさぬ口調でキッパリと告げる。そして、助手席から身を乗り出し、ロイにピカピカになった眼鏡をかけた。危ないので、仕方なく甲斐はメガネがかけやすいように頭を助手席に寄せた。

 途端に、ロイの端正な顔が分厚いレンズに覆われて、冴えない田舎臭い感じになる。

 それでも、アーニャは満足そうに「これで少しだけ安心」と頷いた。

 運転中に無駄に駄々をこねられるよりはいいか、とロイはしぶしぶ自分の気に入る位置に眼鏡をかけ直した。

 目的地はそろそろだった。

 

   ○

 

 “キャメロット”

 元はブリタニア第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアの直轄であった特別派遣嚮導技術部がスザクのナイト・オブ・セブン抜擢に伴って発展的解消となった研究チームの総称である。

 所属は、一応だが皇帝直轄だ。 

「さぁ、到着」

 ロイ達はキャメロットの駐車場に車を止め、その施設の入り口で立ち止まっていた。ついでに、ロイは重たい眼鏡をクイッとかけ直す。

 正直、任務帰りで体がクタクタなのだが、エリア11に行くと決めた以上、ここにはその事を報告しに来なければいけない。

 だが、なぜナイト・オブ・ゼロであるロイが、セブンのチームであるキャメロットにわざわざ報告に来なければいけないのか。

 答えは簡単。このキャメロットはロイのチームでもあるからである。

 ラウンズは、それぞれが自分専用のナイトメアフレーム開発のチームと、専用の部隊を持つことが認められている。

 通常、その部隊や開発チームは、ラウンズに任命された者やそのバックの貴族が全額、もしくは大部分をポケットマネーで賄うのが常だが、スラム街出身のロイにそんなお金もバックもあるはずがない。よって最初はロイの開発チームは国のお金で組織されることになったのだが、国のお金とはつまりは税金であり、税金とは当たり前のことだが国民が納めるものだ。

 その税金を、ロイのナイトメアフレーム開発に使用するのは国民感情的にあまりよろしくないのではないかという意見が帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアから出た。

 ロイも同感だった。

 例えば、ロイが数々の戦場を潜り抜け、星の数ほどの武功を立て、その上でラウンズに就任したなら良い。

 それなら、税金で専属チームを設立すると言っても、味方をしてくれる国民もいるだろう。しかし、今もそうだが当時のロイはその実力があまり国民に知られていない。その上目立った武功も無く、知名度も新兵並にしか無い。

 そんな奴に税金が、しかも湯水の如く金を使うナイトメアフレームの開発に使われたら、納得がいかない国民の方が多いだろう。

 ということで、シュナイゼルの提案と紹介で、ロイはすでに設立されているこの“キャメロット”を自分のチームとしてスザクと兼用運用してはどうか、となった。

 もともと“キャメロット”はスザクの専属チームとしての発足が決定されていたのだが、当のスザクは文句などなに一つ言わず、ロイとのキャメロット兼用を快く承認し、その責任者も、

<いいよいいよ~。っていうか、君の事は、生体データとか見た時から目を付けてたんだよね~。大歓迎>

 と、むしろ万歳しながら迎えてくれた。

 更に、この責任者は本物の天才で、ものの数週間でロイの専用機を作り上げてくれた

 それだけじゃない。ここの部署の人たちはスラム出身のロイにもとても良く接してくれた。

 だから、ロイが何か任務に赴く時にはすぐにここにその報告に来るし、時間の許す限り電話ではなく直に伝達するのが礼儀だとロイは思っていた。

「さて、入ろうか。僕の相棒は先にここに帰ってきてるはずだ」

 ロイの後にアーニャが続き、二人は入り口をくぐる。

 施設内の通路を歩く。途中、見知った研究員が何人かいたので、二人は軽く手を振り、挨拶をしながら進む。

 その光景は、少し異常だった。

 通常、ラウンズ程の高い地位の人間が来れば研究員達は頭ぐらい下げそうなものだが、ここはではそんなのは一切無い。

 なんというか、すれ違う人すべてが親密さが溢れる対応――言い換えれば気軽な対応をしてくる。

 この二人はラウンズの中でもキャメロットによく顔を出す方だから、という理由もあるだろうが、上下関係をきちんと明確にする軍の施設としてはちょっと不自然である。

 といっても、その不自然さをロイは気に入っているから文句など言わないし、アーニャも同じだった。 

「そういえば、ロイは一時期ここに住んでたんだっけ?」

「ああ、ラウンズに入ってから二ヶ月間ぐらいだったかな。会議室にベッドと机だけ運んでね。そういえば私物が増えたのは居候先に引っ越してからだなぁ」

 そんな会話をしながら、二人は迷わずに施設内を進む。すると、

「あら」

 と、廊下の向こうに見知った女性が現れて、すぐこちらの存在に気付いた。

 ロイはニッコリ微笑んで、その女性に挨拶をした。

「ただいま、セシルさん」

「ロイ君。お帰りなさい」

 その女性は、柔らかい笑みを浮かべながら歩み寄ってきて二人を迎えた。

 女性の名はセシル・クルーミー。通称“キャメロットのお袋さん”。

 もっとも、それを口に出そうものなら、

<私はまだ二十代ですよ。お袋さんとは何事ですか>

 と満面の笑顔で言われた後、“人との正しい付き合い方を教えられてしまう”ので、要注意だった。

 しかし、お袋さんと呼ばれるに相応しい包容力と優しさを兼ね備えた大人の女性だ。

「今日は二人で来たのね」

 そう言ってセシルは、笑顔をロイからアーニャに向けた。

「いらっしゃいませ、アールストレイムきょ――」

「ただいまセシル」 

 セシルが言い終わる前にアーニャは言葉を挟んだ。セシルはしまった、といった感じで小さく口を開ける。

「……」

 アーニャは無表情のまま、セシルをジッと見続ける。

 慌てたような、困ったような顔をして、セシルは取り繕うように言った。

「お、お帰りなさい。アーニャちゃん」

「失格」

 アーニャはムッとして言った。

「失格。セシルにはがっかり」

「すみません。つい……」

 頭を下げるセシル。

 軽く笑いながら、ロイはその光景を黙って見ていた。

 このやりとりについては、話は半年ぐらい前にさかのぼる。アーニャがこのキャメロットにロイを訪ねて来た時、ロイがこの部署で軍の階級の垣根を越えた待遇を受けていると知り、

<だったら、私もここではロイと同じ扱いがいい>

 と言い出したのが始まりだ。それからというもの、アーニャはこの部署、特にセシルに敬語を使われるとご機嫌がすこぶるナナメになる。

「セシル。もう少し努力して」

「……すみません」

 シュン、として肩を落とすセシルに、あくまで“階級にこだわらない態度”を“命令口調”で求めるアーニャ。

 その矛盾がなんとも可笑しくて、でも、とても暖かいものに思えて、ロイはあえてアーニャを止めなかった。

 純粋にセシルに迷惑をかけているアーニャの行動は完全に許容できるものではない。だが、それ以上に、そんなのはどうでもよいと思えるぐらい、光景は微笑ましい気持ちになれる雰囲気に溢れていた。

(多分、お姉さんみたいな感じになって欲しいんだろうな……)

 ロイは、そう思っていた

 アーニャ・アールストレイム。

 その少女のことを、ロイは一年近い付き合いを通して、多少は分かるようになっていた。

 アーニャは、いくら表情が乏しいところはあっても、やっぱり女の“子”である。

 ロイはアーニャのことをよく子供扱いするなとは言うが、体だけ見れば子供である。その事実は変えようが無い。それはロイもよく分かっている。

 “子”である以上は親がいる。少なくとも親の代わりになる人が必要だ。

 アーニャの家庭とか家族構成を、ロイはよく知らない。

 話してくれるのを待ってはいるのだが、今のところそのような様子も無い。だから、アーニャがどのような人たちに囲まれて過ごしてきたのかは知らない。

 けど、これだけは言える。

 アーニャは求めている。親や家族のように接してくれる人を。

 だから、自分のことは“兄”と思って懐いてくれているんだろうし、セシルには母、もしくは姉を求めているのだろう。と、ロイはそう思っていた。

 もちろん。それはロイの勝手な妄想かもしれない。いや、そうである可能性の方が高いかもしれない。でも、ロイには今のアーニャの可愛らしい我侭を止める理由をどうしても見いだすことは出来なかった。

 例え、それがセシルの災難だと分かっていたとしても。

「ところでロイ君。今日はどういった御用かしら?」

 ひとしきりアーニャに注意され終わったセシルは、ロイに弱々しい口調で尋ねた。

 

   ○

 

「という訳で、僕の機体とスザクのランスロットを持っていきたいんですが」

 廊下を三人で歩きながら、ロイはエリア11に行くことになった経緯をザッと説明した。

 セシルは頷いた。

「分かったわ。それから先の話は、ウチの責任者を交えてお話しましょうか」

 そして、三人はとある扉の前で立ち止まる。セシルは迷わずその扉を開けると、部屋の中の人に声を掛けた。

「ロイドさん。ロイ君が来ました」

「ロイ君? おやおや、君はいつもちょうどいい時に来るね」

 多くの技術者達が真剣な眼差しでモニターに流れる一般人には理解不能な記号の羅列を見つめている中、一人の男がのっそりと顔を上げて飄々と返答した。

 一言で表すなら、それはひょろりとした男性だった。白衣、ロイより薄い眼鏡、にやけた笑みが他人に独創的な印象を与える。

 ロイド・アスプルンド。この“キャメロット”の責任者であり天才。ちなみに伯爵だ。

「っと、これはアールストレイム卿も。いらっしゃい」

 ロイドはアーニャの姿を確認すると、手を上げてニッコリと挨拶をした。

 アーニャはロイドに敬語を使われても別に何とも思わないようで、ペコリと小さく頭を下げた。

「ただいまロイドさん」

「おかえりロイ君。いや~、ちょうど君に連絡を入れようかと思ってたんだよ。本当、タイミングはバッチリだったね~」

「? 僕になにか御用でしたか?」

「この子のことさ」

 そう言ってロイドが見上げると、そこには二機の――青と白のナイトメアフレームがあった。

 “ランスロット”と“ランスロット・クラブ”。

 “ランスロット”の方はナイト・オブ・セブンであるスザクの専用機だ、その外見は騎士が白い甲冑を着込んだ姿を連想させる。

 ちなみに、それは美しかった。

 人型であった従来の“サザーランド”や“グラスゴー”さらに言えば現在主力機に移行しつつある“グロースター”と比べても、それはまさに人型中の人型だった。

 人型のロボットではない。人の形をしたロボット。

 人型から始まり人を目指したナイトメアが到達した一つの終着点。ランスロットはそう呼べる精巧な機体なのではないだろうか。

 この“ランスロット”はスザクの機体。そして、ロイの機体はその隣だった。

 “ヴィンセントプロトタイプカスタム”。正式名称“ランスロット・クラブ”。

 元は現在“ランスロット”の量産機として先行量産されている“ヴィンセント”のプロトタイプとして開発された機体だった。

 しかし、ロイドが自分の趣味を詰め込みすぎて、それこそ“ランスロット”並に搭乗者を選ぶ機体に仕上がってしまい、データ採取用という名のお蔵入りになっていた。

 “クラブ”はそれをロイに最適化し、徹底的に改修した機体である。

 改修の過程で、サクラダイトの搭載量を増やし、“ランスロット”と出力はほぼ“同じ”にしている。

 “ランスロット”は白い騎士を連想させるのに対し、“クラブ”の方は青と白の装飾が施されロイの二つ名である“青い聖騎士”の名の通り青い騎士を思わせた。

 この“ランスロット”と“クラブ”。見た目は似ているが、武装と装備が少し違う。

 最も違う点として、“ランスロット”は一騎にて戦況を変える一騎当千的な思想を純粋に目指しているのに対し、“クラブ”はその一騎当千の思想を引継ぎながらも、指揮官としての能力が高いロイに合わせて部隊と共に行動、言い換えれば部隊を運用する状況を思想に組み込み、胸部の二機のファクトスフィアの他に、それを補佐するセンサー・レーダー類の搭載が多く成されている。

 そのセンサー・レーダ類は頭部に集中して設置されており、その結果、“クラブ”の頭部は“ランスロット”と違い、サイのように大きな角が付いたような形状になっていた。

 ロイがクラブを見上げると、それに合わせてロイドが言った。

「“クラブ”の可変アサルトライフルの強化をしてみたんだ」

 “クラブ”独自の武装を呟きながら、ロイドは懐から端末を取り出し、画面を表示させてロイに説明しようとした。だが、

「それは後回しにして下さい」

 話し出すと長い上司の性格を熟知しているセシルは、ため息混じりに言った。 

 

   ○

 

 その場でロイが今までの経緯を説明すると、ロイドは「分かった」と頷いた。

「君の出立に合わせて“クラブ”を調整しておこう」

「ありがとうございます」

「でもスザク君の“ランスロット”はちょっと時間がかかるな。あれは後から届けるよ」

「? “ランスロット”はどこか故障でも?」

「まさか~。僕の“ランスロット”が故障なんてするわけないでしょ」

 と、ロイドは二マーと口を歪めた。その顔は、自分のお気に入りのおもちゃを自慢する子供のようだった。

 マズイ、とロイは思った。この顔をした時のロイドは要注意である。なにせ、この顔をした後は“ランスロット”、の自慢を永遠と何時間でも話し出すのである。

「いいかいロイ君。そもそも“ランスロット”は一騎でも多数の敵と戦えるように設計されているんだよ。それなのに、途中で故障――」

「この前の模擬戦で、スザク君が頑張っちゃったのよ。ね、ロイドさん」

 ロイドの会話がセシルの言葉と笑顔に遮られる。

 ロイドは特に気分を害した様子も無く、「あ、うん、そうなんだよ彼、スザク君がね」と言って話題を変えた。

 ロイは心の中でホッと胸を撫で下ろした。話題が機体が中心となる以外の話になれば、もう安心である。

 さすが“キャメロット”のお袋さん。ロイドさんの諌め方もよく心得ているなぁ、とロイは感心した。

 そんな高度な心理的やり取りがあった事など気付かずに、ロイドは話を続けた。

「スザク君。腕はいいんだけど扱い方が荒いでしょ。だから駆動系の部品が真っ先にダメになる。ま、もっとも、それは“ランスロット”の性能を十二分に引き出している事の証明だからね。こういう修理ならこっちとしても大歓迎だけど」

 ふと、ロイドがその青い瞳をロイに向けた。同時にその顔が子供から、人を見定めるような大人の科学者のものに変わった。

「その点、君は大人し過ぎるね」

「えっ……」

 瞬時にはロイドの意図が掴めない。

 そんなロイに構わず、ロイドは眼鏡をクイッとかけ直して話を続ける。

「パーツの磨耗率も低ければ被弾率も低いから損傷率も低い。これは君が効率的な戦術を展開している証拠だけど、言い換えれば、“クラブ”の性能を限界まで引き出していないことになる。例えば“クラブ”じゃなくてもフロート付きの“グロースター”でも武装が同じなら今までの君と同じような戦果があげられるんじゃないかな」

「す、すいません……」

 それが、自分を咎めているのだと思ってロイは謝罪してしまう。

 それを見てロイドは「アハ」と独特の笑い声を上げる。同時にその顔が大人の科学者から、子供の科学者のものに戻った。

「別に咎めてる訳じゃないよ~。君の場合、機体の性能を引き出せないんじゃなくて、引き出さないだけだからね。つまり、君を本気にさせる敵がいないってことなんだろうし。それに、そういう技量の高い君だからこそ」

 ロイドの瞳が怪しく光る。

「どんどん新しい物を与えてみたくなるんだよね」

 ロイドは改めて懐から端末を取り出し、表示されていた強化型可変ライフルのページを消して、新しいページを表示させた。

「今のハドロンブラスターを外して、新しく付けてみたいのがあってね」

「新しい武器ですか?」

「ご名答。スザク君の場合、新しい武器を作ったら、慣れるのに時間がかかるけど、君の場合その心配は無いしね。はい、これ」

 ロイドから端末を受け取り、ロイは図案に注目した。それは、すでに“ランスロット”や“クラブ”に取り付けられているハドロンブラスターのようだったが、形状が少しスマートになっており、砲身も細く、長くなっていた。

「ロイドさん。これは……?」

「可変ハドロンブラスター」

 言いつつ、ロイドは身を乗り出してロイの持つ端末を操作する。すると表示は新しい図案に切り替わった。それはハドロンブラスターの砲身が引っ込んで半分程に短くなったものだった。

「?」

 首をかしげていると、ロイドが説明を始めた。

「これは状況に応じて狙撃型と拡散型に可変可能なハドロンブラスターでね。ザッと特徴を説明すると狙撃型は通常のハドロンブラスターより威力が低いけど、貫通性と射程、それに命中精度が向上している。ただ、連射がきかないのは可変ライフルの狙撃モードと同じ。後者は射程が短くて威力も低いけど、その代わり広範囲の敵にダメージを与えることが可能」

「扱いが難しそうですね……」

 説明を聞いてロイが一番最初に浮かんだ感想がそれだった。

 そもそも、兵器に可変という思想を取り入れる上で一番のネックがその耐久性だ。銃であれ何であれ、可変という機構を取り入れるとその武器は構造上、耐久性を著しく損なう。

 耐久性の低い武器ほど前線で戦う兵士に不評を抱かれるものはない。いくら高性能、高水準の武器であっても破損、もしくは故障し、いざという時使えないのではただの鉄の塊。

 その点を踏まえ、このロイドが開発した可変ハドロンブラスターを見ると前線で戦う兵士であるロイにも、そのような不安が如実に浮かんだ。

 それでも、これがあくまで地上兵器であるKMFに取り付けられると言うのならロイもこのような不安はそれほど抱かなかっただろう。

 事実、“クラブ”の可変ライフルは頑丈でロイが地上でどのような高機動戦闘を行っても、壊れることなど一度もなく、充分に主であるロイの希望に応えてくれた。だが、時代とは変わっていく。

 フロートユニット。

 空において戦闘機以上の機動と高速移動を可能にしたこの新兵器。それはロイの専用機である“クラブ”にも装備されている。

 与えられた任務のほとんどを、ロイはこのフロートユニットを取り付けて遂行する。しかし、このフロートユニットが高性能であればあるほど、可変兵器にとってはネックになっていた。

 空の高機動戦闘において機体と搭乗者にかかる負担は地上の高機動戦闘とは比べ物にならないぐらい激しい。

 例えば、この可変ハドロンブラスターの狙撃モードの長い砲身を展開したまま、少しでも激しい回避行動を取れば、その長い砲身は全方位から重力や風の圧力を受けてねじ曲がってしまうだろう。

 いやねじ曲がるだけならまだ良い。最悪の場合、その砲身の重力、空気の抵抗によって思った通りの回避行動が取れず敵の直撃弾を受ける可能性もある。

 それをフォローするための拡散モードなのだろうが、この拡散モードにも問題はある。拡散モードの有効範囲は確かに広く、砲身も短いから空中で多少無理な機動をしても壊れないだろう。

 取り回しが効くという点でも通常のハドロンブラスターより優れている。しかし、データを見る限りその威力には疑問符が浮かぶ、おそらく一発では戦闘機などの小物はともかくKMFレベルの大物になると、破壊、撃墜は難しいだろう。射程も短い。つまり、拡散モードは通常のハドロンブラスターのようにメインの武器として使うには少々威力が心もとない。

 まとめると、この可変ハドロンブラスターは通常のハドロンブラスターに比べ、使える状況がひどく限られる。

 性能が一部の状況に優れているよう特化されてはいても、それ以外のあらゆる状況に対しては退化・劣化しているのである。

 ハッキリ言えば、こんな限られた状況でしか効果が期待できない武器をつけるぐらいなら、なにも取り付けない方がその分機体が軽くなって良いだろう。

 と、これはあくまでロイ以外の一般のパイロット――騎士の視点を加えた上での評価である。

 この兵器をロイだけが使うことが前提なら話は変わってくる。

「確かに、通常のハドロンブラスターと比べて欠点は多い武器だ。でも君なら問題無いだろ」

 ロイドの言う通りだった。

 一般の騎士にとって優れた武器とは移り変わっていく状況に合わせてオールマイティに使える武器のことを指す。

 その観点から言えばあらゆる状況に対応できないこの可変ハドロンブラスターは確かに愚劣な武器と言えるかもしれない。

 だが……、

 例えば、その移り変わって行く状況を自分でコントロールできる人間にとってもその武器は愚劣だろうか。

 例えば、その特化された武器が一番効力を発揮できる状況を自らの手で作り出せる人間にとってその武器は愚劣たりえるだろうか。

 答えはノーだ。

 そして、このロイ・キャンベルは移り変わる状況に合わせて戦うタイプではない。

 もちろんその状況に合わせて戦術を展開する能力も大したものだが、このナイトオブゼロの真骨頂はそうではなく、優れた知性と戦闘能力を生かして、自分の望む状況を自分の手で作り出す能力に長けていることだ。

 それは知性、戦闘能力どちらかだけに長けていても無理な能力。

 つまり、この可変ハドロンブラスターはロイのような希少であり類稀でありながら強力な能力を持つ者が扱った場合にのみ、それこそ鬼神のような力を発揮する。

 ロイは素直に感謝した。

 先行量産型の調整やフロートシステムの調整。次世代量産期の開発や“ランスロット”の強化などキャメロットはそれらの作業でてんてこまいだったはずだ。

 それなのにこんな量産性、凡庸性を完全に度外視したロイ専用の武器を作るのは完全な厚意がなければ出来ないことだった。

 兵器の開発とは最終的にはその量産が目標に置かれるもの。

 ロイドの目的がそこにあったかは別として、あの“ランスロット”だってあくまで量産をみこしたシュナイゼルが開発を許可したものだ。しかし、この可変ハドロンブラスターはそんなのを一切無視したもの、つまり本当に後にも先にもロイのためだけに作られたものなのである。

「助かります。短期間で僕の専用機を作っていただけただけではなく、こんな武器まで」

 それを分かっていたから深々と頭を下げた。ロイドは頬を染めて笑顔を浮かべた。

「いや~。こんなに感謝されると僕も照れちゃうな」

「気にすることは無いわよロイ君。キャメロットはラウンズ二人の担当になって資金面に余裕ができて大助かりなんだから。これぐらいの仕事をするのは当然よ」

 キャメロットの二人は、そう言ってそれぞれの顔で微笑んだ。

「アハ。それに、優れたディバイザーに合わせて改造・改修を繰り返すのは楽しいからね~。そういう意味では本当に君達二人は最高だよ」

「? どう楽しいの?」

 ロイドの言葉を疑問に思ったアーニャが言った。

 ロイドは「う~ん。そうだね」と少し考え込んで、

「君たちの感性で言えば、男性が女性に自分の選んだ服を着せる喜びに似ているかもしれないね~」

 と、肩をすくめながら言った。さすが“そういう事”の『概念は知ってるんだぁ』と豪語するだけのことはあり、その言葉はかなり的確だった。

「なるほど」

 ロイは頷きつつ、そして同時に想像してみた。

 例えば、セシルさんみたいな美人に自分が服をコーディネートするとなれば、それは……。

「? ロイ君、私の顔に何か付いてる?」

 ロイの視線に気付いたセシルは、首をかしげながらも笑顔で聞いてきた。

 ロイは、少し慌てて答える。

「あっ、いや、セシルさんみたいな美人に、僕の選んだ服を着てもらうのは楽しいだろうなと思いまして」

 セシルはそれを聞いて少し頬を染めると、ニッコリと微笑んだ。

「あら、お世辞でも嬉しいわ。でも、あまり大人をからかっては駄目よ」

「そんな、お世辞だなんて――って痛っ!?」

 その時、右足から激痛がした。ロイは急いで視線を下に移すと、自分の足の上で、小さな足がグリグリとかかとを動かしたあと、猫のような俊敏さで離れた。アーニャだった。

「な、なにをするのさアーニャ!?」

 ロイが足を抑え、涙目で訴えると、アーニャはいつものように涼しい顔で、そっぽを向きながら一言。

「……スケベ」

 少しだけ、本当に少しだけアーニャのその小さなホッペが膨らんでいる気がした。

「へっ? なに? どういうこと? っていうか怒ってる?」

「……別に」

 アーニャの返答は、いつも以上にぶっきらぼうなだった。

「ところでロイ君。ちょっと新武装の運用データを取りたいから。手伝ってくれる?」

 ロイドの言葉に、ロイはアーニャへの疑問は一時置いておいて顔を上げた。

「分かりました。すぐにパイロットスーツに着替えてきます」

「ち、ちょっとロイドさん!」

 ロイドとロイの間に入り込んで、セシルが声を荒げた。

「んっ、なに? セシル君」

「なに? じゃありませんよ! 確かロイ君は今日EUの戦線から帰ってきたばかりのはずです。なのにそんな――」

「構いませんよセシルさん」

 ロイは笑ってセシルの言葉を止めた。

 セシルは心配そうな顔をこちらに向けて「でも……」と呟く。

 ロイはさらにニッコリと微笑んだ。

「僕のために作っていただけた武器。凄く興味があります。それに、エリア11に行くまでそんなに時間もないし。少しは慣れておかないと」

 それを聞くと、セシルは呆れたような、心配そうな複雑な表情を浮かべた後ため息混じりに言った。

「もう、あなたもスザク君も人が良すぎます……」

「よかったよかった。じゃあ、ロイ君。シミュレーターに」

「分かりました」

 ロイは嬉々として準備を始めた。


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