コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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①巻 4話『ナイト オブ ゼロ A』

『キャンベル卿。あなたの屋敷が完成したそうですよ』

 EUの戦線から帰国したとたんに届いたその知らせを受け、ロイはとある場所に来ていた。

 肩まで伸びた銀の長髪。線の細い端正な顔立ち。絹のように白い肌は、無駄のない筋肉を包み、その体格は細身ながらも、物腰はしっかりとしていた。

「ここか……」

 ロイは家と呼ぶには少々抵抗のある建造物を見上げながら呟く。そして、いまだ慣れない白い軍服の襟を締め、なんとなく身だしなみを整えてから改めて歩き出す。

 ちなみに、その軍服はブリタニア内において特別な意味を持つものだった。

 ナイト・オブ・ラウンズ。

 帝国で“一三人”にだけ着用を許された名誉の軍服。

 ブリタニア最高にして最強の騎士団、その団員、その騎士、もっと言えばブリタニア軍の中枢の一角を担う者の証。

 身長の何倍もある門を通り抜けると、広がるのは暖かい日差しと、よく手入れされた庭園、そして数十人は楽に暮らせそうな、豪勢な屋敷が広がっていた。

「お金って、あるところにはあるんだなぁ」

 ロイ・キャンベルは自分がブリタニアのスラム街で住んでいた頃に使っていた、ほったて小屋と比べて、なんだか虚しい気分になった。

「それにしても……」

 グルリと見渡す。

 ラウンズとして下賜した領土の中に、自分の意見など一切無視で建てられたお屋敷。装飾は壮観を抱かせるには充分な豪華さを誇るが、どこか古き良き穏やかさを取り入れたかのような、静かな趣を感じさせる。

 これ程のお屋敷が半年で完成するとは、ブリタニアの建築技術は素晴らしいの一言だ。

 庭にポツンと立つ銅像なんて売ったらいくらするんだろうか? そんなことを考えながら、公園のような庭を歩き、改めて今日から自分の家になる屋敷に足を踏み入れる。

 屋敷に入ったら入ったでエントランスホールの広さにまた唖然としつつ、とりあえず任務帰りで疲労がピークなので二階にあるはずの自室で休むことにした。

 高級そうな絨毯が敷かれた階段を上りつつ、ロイはなんとなく自分の境遇を振り返る。

 スラムで賭けKMFパイロットをしていたところを、なんの因果か皇帝陛下の目に止まり、あろうことか帝国最強の騎士団ナイト・オブ・ラウンズに任じられてから約一年。

 大出世。貧乏人から貴族へ。しかし、元がスラム出身ということもあり、いくらKMFの操縦技術が優れているといっても、あまり貴族の人達には良い目で見られてはいない。

 まぁ、そこらへんは仕方がない、とロイは思っていた。

 なにせ自分は苗字すら持っていないような地位だったのだ。キャンベルという名もラウンズ就任と同時に皇帝陛下より直々にいただいたたものである。

 そんなことを考えている内に、自室にと割り振られているはずの部屋に辿りついた。

「ここだな」

 ロイはドアのノブに手をかけて、それを回さずにピタリと止めた。

 部屋の中から気配がしたのだ。一人、いや二人。

 使用人? それともメイド? という考えが浮かんだが、よくよく考えればそれは無い。使用人やメイドは明日から来ることになっている。となると……。

(泥棒か?)

 ロイは素早く腰に備えてあった銃を取り出す。そしてドアにそっと耳を当て、中の様子を伺った。

 会話が聞こえる。

 内容はよく聞き取れなかったが、中にいるのは二人で間違いないようだ。

(二人か……なら)

 静かに深呼吸し、ドアノブを持つ手に力を入れる。

 ロイは勢いよく扉を開く。同時に、銃を構えてなだれ込むと、即座に中の人物に照準を合わせた。

「動くな!」

 部屋には予想通り二人。その二人は銃を突き付けられても、特に驚きもしない。それどころか、

「よぉ、ロイ。先にお邪魔してるぜ」

「……お帰りなさいロイ」

 と、優雅に椅子に腰掛けてティーカップ片手にロイを迎えた。

 その二人を、ロイはよく知っていた。

「ジノ! それにアーニャ!?」

 一人はジノ。ジノ・ヴァインベルグ卿。

 金髪碧眼の顔が整った美男子。黙っていれば二枚目だが口が開くと三枚目になる。見た目は一見すると長身の優男だが、そこはナイト・オブ・スリーの称号を持つ騎士。KMFの腕前は半端ではなく、特に愛機“トリスタン”を駆っての空戦に持ち込まれたら彼の右に出るものはいない。

 そしてもう一人はアーニャ。アーニャ・アールストレイム卿。

 ピンクの髪に、虚ろな瞳の少女だ。少々感情表現の波が穏やかではあるが、付き合っていれば悪い子じゃないのはよく分かる。彼女もれっきとしたラウンズで、席次はシックス。史上最年少でラウンズになっただけあってKMFの扱いは大人顔負けだった。

「おいおい、なんだなんだ銃なんか持って。泥棒でも出たのか?」

「二人とも、来るなら来るって言ってくれればいいのに」

 ロイはほっとしつつ銃を下げた。

 ジノにアーニャ。この二人は、貴族でありながらスラム出身のロイに分け隔て無く接してくれる数少ない人物で、ラウンズの仲間であり、同僚であり、友人だった。

「台所を借りたぞ」

 ジノはそう言って軽く手を振り、多分自分で持ってきたと思われる紅茶を口に含む。

「あ、うん。それは構わないけど……」

「とりあえず、その銃をしまえよ。無粋なものはせっかくの紅茶を不味くする」

「分かった」

 ロイは、抜き身になっていた銃を慣れた手つきで腰のホルスターに戻した。

「でも、どうしたのさ急に……?」

「私は野暮用。アーニャはロイに会うって言ったら勝手に付いてきた」

 と、ジノは隣のアーニャを見て、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「将来の自分の家になるかもしれないから、見ておきたかったんじゃねーの」

「……ジノ」

 ニヤニヤ笑うジノ。アーニャは咎めるような視線を向けた。

 ロイはよく意味が分からなかったが、自分の屋敷を気に入ってくれたのかな? と解釈した。

「アーニャはここに住みたいの? 僕としては大歓迎だけどね」

「えっ……」

 ロイの言葉に息を飲むアーニャ。そして、

「本当?」

 と、何かを期待するような瞳をロイに向けた。

 対して、ロイは笑顔でこう答えた。

「ああ、いつでも“泊まり”に来てくれて構わないよ。どうせ、部屋なんていくらでも余ってるし。なんなら友達も連れてきてくれ」

「泊まり……」

 すると、アーニャはなぜか落胆したように、小さく息を吐いた。

「? どうしたのアーニャ?」

「……別に、なんでもない」

 ふて腐れたように唇を尖らせ、紅茶を口に含むアーニャ

「泊まりでも結構凄いと思うぞ私は。あっ、でも明日から使用人も来るんだったな。だったら大したことでもないか」

 と、ジノが心底楽しそうに笑う。

「ジノ。笑いすぎ」

 アーニャが、再び不満げな口調でジノに言う。

 ナイト・オブ・ゼロ。

 ラウンズでありながら、“存在しない”ゼロという名を持つ男――ロイ・キャンベルは自分の銀髪を掻きながら、二人のやりとりにはてな、と首をかしげたのだった。

 

   ○

 

 席に座り、アーニャからティーカップを受け取るとロイは優しく微笑んだ。

「ありがとうアーニャ」

 アーニャは、無言で頷いた。

「今回の任務では、私達が帰った後も、大活躍だったそうだな」

 ジノはテーブルの上に出されたクッキーをボリボリ豪快に食べながら言った。

「ジノ……。喋るか食べるかどっちかにしたら?」

 ロイは、友人に対して咎めるように言った。

 食事会のときとかは見惚れるぐらい優雅な所作で食べるくせに、こういうとろではスラム出身の自分が呆れるような食べっぷりである。

 もっとも、ジノに言わせれば、自分はスラム出身の割に貴族みたいな仕草が板に付きすぎていて、逆に異様らしいが……。

「おお、悪い悪い」

 紅茶で口の中のクッキーを流し込むと、ジノは改めて口を開いた。

「でも、今回は凄かったよな。EU相手にスザクと二人で大暴れ」

 ジノの言葉に、アーニャが付け足す。

「……青い聖騎士(ブルーパラディン)」

 “青い聖騎士”とはロイの二つ名だ。約一年間のラウンズとしての戦いで、いつの間にか敵からそう名付けられていた。

 自分から名乗るならともかく、敵が名付けたにしてはやけに綺麗な言葉を使うものだと最初は笑ってしまったものだ。

「やめてくれよ二人共。っていうか、僕のあげた功績なんて君たち二人が今まで築き上げてきたものに比べたら……」

 と、ロイは伏し目がちに息を吐く。

 それを見たアーニャは、手に持ったティーカップをカチャリと鳴らしてテーブルに置いた。

「ロイ、もしかしてまた何かされたの?」

「えっ」

「どうなの?」

 目を細めるアーニャ。その瞳には軽い怒りの色が浮かんでいた。

(……鋭いな、この子は)

 軽く感心する。

 実を言えばロイはここ最近いじめ、というか陰湿な嫌がらせを受けていた。

 やはり、平民以下の立場にいたロイが、一気にブリタニアでも最高峰の地位であるラウンズに就任することを快く思わない人は多い。

 弱肉強食。実力主義が国是のブリタニアにおいては、力が全てであり、力を持っている者は敬意を払われて当然なのだが、ブリタニア人の全員が全員それでロイの大昇進を納得できる訳もない。

 仕方がない。元々軍で頑張っていた人たちから見れば自分はただの成り上がり者。

 分かりやすく一般企業――会社で例えるなら、社長が社員でもなかった一般人をただ気に入ったからという理由だけで、いきなり幹部にしてしまったようなものだ。

 その会社内で長年その幹部を目指してきた人たちや、社員はさぞかし面白く無いだろう。

 だからといってラウンズである上に実力もあるロイに表立って文句を言う者などいるわけもなく、必然的にその文句は裏、つまり陰湿で陰険なものになる。

「心配してくれてありがとう、アーニャ」

 そう言ってロイはアーニャの頭を軽く撫でる。

 アーニャは特に抵抗することもなく、その差し出された手を受け入れた。

「でも大丈夫。君みたいに僕のために本気で怒ってくれる人もいるし。それに……」

 ロイは、正面のジノに目を向けた。

「僕を気に掛けてちょくちょく会いに来る悪友もいるからね」

「おいおい。悪友とはひどいな」

 と、口では文句を言っていても顔は笑っている。どうやら、悪友というのは彼にとってまんざらでもないようだった。

「……」

 アーニャはまだ納得がいっていない様子だったが、

「分かった……ロイがそう言うなら」

 と言って、紅茶を一口含んだ後、話題を変えた。

「ロイ。ラウンズの生活には慣れた?」

「ああ、アーニャにも手伝ってもらったし。お陰ですっかり慣れたよ」

「……良かった」

「良かったなアーニャ。お礼に今度遊園地連れてってくれるってよ。もちろんロイの奢りで」

 唐突にジノが訳の分からないことを言い出した。

「ジノ」

 ロイは、ジノに咎めるような視線を送る。

 別にアーニャに奢るのが嫌なわけじゃない。

 アーニャは自分がラウンズに入ってからしばらく世話係に任命された経緯もあって、本当に良くしてくれた。

 だから、一回や二回ぐらいむしろこっちからお願いして、奢らせてほしいぐらいである。

 しかし、アーニャは見た目こそ幼いが、まごうことなき誇り高きラウンズ。このような子供扱いな物言いは、アーニャが不快に思うだろう。

「んっ、なんだ?」

「なんだだって、君ね……」

 ロイがジノに文句を言おうとした時、

 クイッ。

 と、ロイは軍服の裾を引っ張られた。振り向くと、アーニャが、「本当?」と呟きながら小さく首をかしげていた。

 ロイは熟考した。

 あれ? まさか? もしかして……。そう思っておそるおそる聞いてみる。

「い、行きたいのかい? 遊園地」

 誇り高きナイト・オブ・シックスは、コクリ。と小さく可愛らしく頷いた。

 ロイは、再び熟考。

「……分かった。今度一緒に行こう」

「うん。約束」

 そう言って、アーニャは手の小指を立ててこちらに突き出してきた。

 ロイは迷わず、その小指に自分の小指を絡ませると、

「指きりげんまん。嘘付いたら針千本の~ます……ってあれ?」

 リズム良く歌ってる途中で歌を止めた。

 なぜかは知らないが、アーニャは無言で、しかも奇妙な物でも見るような顔でこちらを見ていたからだ。

「アーニャ?」

「……ロイがこれを知ってたのが意外だった」

 そう言ったあと、アーニャは指きりの歌をあまり緩急の無い口調で歌い、

「指切った」

 と絡めていた指を解いた。その後、改めてこちらに戸惑いがちな視線を向ける。

「これは、私が最近ある人から教えてもらったもの。だからそれをロイに教えてあげようと思ったんだけど、ロイはすでに知ってた」

「あ、そうなんだ」

「どこで、知ったの?」

 そう聞かれて、ロイは返答に困った。なんで、自分がこの歌を知っているのかが分からなかったからだ。

 過去に誰かに教えてもらった記憶もなければ、書物などで読んだ覚えもない。

 それでもアーニャに小指を出されたら、体が勝手に反応し、無意識にその歌の歌詞が頭に浮かんだのだ。

「そうだね。なんでだろう、不思議だ……」

 ロイが腕を組んで悩んでいると、

「そんなのどうでもいいだろ~」

 と、ジノが立ち上がって、こちらに歩いてきた。

 ジノはそのまま長い腕をロイの肩に回してもたれかかる。長身のジノにこれをやられると結構重い。

「ジノ、重いんだけど……」

「で、遊園地はいつにする? 私にも予定があるからな。決めるなら早くしてくれよ」

「ジノも来るつもり?」

 つまらなそうに、アーニャが言った。

「当たり前だろ。来なくていいとか、寂しいことは言うなよアーニャ」

「来なくていい」

「え~、なんでだよ」

「なんでも」

「まぁまぁ二人とも……ところでジノ。僕に用事があって来たんじゃないのかい?」

「あっ、そうだった」

 と言ってジノは自分の席に戻る。カップに残っていた紅茶をグイッと飲み干して、

「単刀直入に言おう。私と一緒にエリア11に行かないか?」

「エリア11?」

 その名を聞いて、ロイの頭に真っ先に浮かんだキーワードがあった。

「ああ、あの“日本人”の」

 元日本。今現在、色んな意味でもっとも熱いエリア。ロイが頭の中で日本に関する過去の事件。現在の情勢等を検索し、思い起こしていると。

「ロイ……」

 と、アーニャがなにやら複雑な表情を浮かべながら呼びかけてきた。

「んっ、なんだいアーニャ?」

「“イレブン”の呼び方」

「……あっ」

 ロイは、ハッとした。

「まっ、ラウンズとしてはマズイわな」

 ジノも、微笑みを浮かべながら、やんわりと言った。

 旧日本――現在エリア11。

 旧日本人――現在イレブン。

 これは、簡単に言えば国の決定事項。そして、軍人はその国の決定に従うのが当然。

 ましてやその軍の中枢の一角を担うラウンズが、その国の意思決定を些細なこととはいえ守らないというのは言語道断である。

 軍で地位を得たものは、その地位に見合うだけの範を示さねばならない。

 が、しかし。この二人の友人が心配しているのは、そんな範とか、規律の遵守とかそういうものではない。

 そもそも目の前の二人はそんなことに拘られない。ジノもアーニャもさすがに公の場では、しっかりと軍の規範を示すが、プライベートともなれば、

『日本? 日本人? 呼び方なんてそんなの分かればいいんじゃない?』といった感じだ。

 だが、先ほども言った通り。ロイは実力はありながらも出生、そして出世の経緯から軍内部で反発を受けやすい立場にある。

 呼び方一つ取っても、そういう人たちにとってロイを中傷する絶好の材料になりかねない。その点を二人は心配してくれているのだろう。

「そうだね、ちゃんとそう呼ばないと……」

 そう言ってロイが、何気なく言い直そうとしたとき、

――違う! イレブンじゃないっ! 日本人だ!!

 唐突に。本当に唐突に、そんな誰かの言葉が頭をよぎった。

「どうした?」

「いや、そのイレブンって呼び方、誰かが凄く嫌がっていたような気がするんだ……」

「そりゃあ沢山いるだろう。イレブンなんて特にそうだろうし」

「いや、なんていうか、もっと身近に……」

「イレブンの知り合いでもいるのか?」

「……いや、いない」

 ジノの問いをロイはキッパリと否定した。

 人を記憶することに関しては自信がある。だから断言できる。

 今までイレブンと出会ったことはない。もちろん、スラムで生活してる時にもその様な知り合いはいなかった。

 しかし、なんとも言えない妙な違和感が止まらない。

「……とりあえず気を付けた方がいい。個人的には分かればいいとは思う。だけど」

「そうだな、私とアーニャ。あとスザクはもちろん気にしないが……」

「ああ、分かったよ」

 それでも、アーニャはまだ心配そうな顔でこちらを見ていた。

 ロイは、そんな少女に優しく微笑む。

「心配はいらないよアーニャ。これからは気を付けるから」

 そう言ってロイはアーニャの頭を優しくなでる。アーニャはまた、特に抵抗することも無くロイの手を受け入れた。

 そんな光景を見ていたジノが、ため息混じりに言った。

「ロイ」

「んっ、何?」

「お前さ。私によくアーニャを子供扱いするなって注意するけど、傍から見ると、お前が一番子供扱いしてないか?」

「えっ、あっ、ごめん。つい……」

 ロイはパッと、アーニャの頭から手を離す。

「あっ……」

 アーニャはそのロイの手を名残惜しそうに見送った後、ジノにいつもより五割増しぐらいの不満そうな瞳を向けた。

「ジノ。私は構わない」

「スマン。悪かった。そんな目で見るな、ごめんなさい……で、話を戻すぞ。というか戻させてくれ。エリア11の件だが。実は近々カラレス総督に代わって、新たな総督が赴任されることになった」

「あ、うん。その話は聞いたよ。ずいぶんと思い切った人事をされるもんだと驚いた」

「で、それに伴って、エリア11には私とスザクが派遣される」

「スザクが?」

 ロイは、声を弾ませた。

 枢木スザク。ロイの同僚。そしてナンバーはセブン。

 同じ日にラウンズに就任した事がキッカケで知り合った同僚である。

 最初、スザクはロイを避けているような態度が多かったが、今ではそんなこともなく、二人はとても仲が良かった。

 任務も共にこなす機会も多く、二人で専用機に騎乗して戦っている姿を“ブリタニアの二本槍”なんて呼称されることもあるぐらいだった。

「でも、君やスザクが行くなら僕は必要無いだろ?」

 そう言うと、ジノは口元を歪ませながら、

「私もそう思っていたんだがな……」

「ゼロ」

 アーニャがそういうと、ロイの頭に一人の男が浮かんだ。

<聞け! ブリタニアよ。刮目せよ、力を持つ者よ!>

 そう言って始まったあの演説を知らないブリタニア人はいないだろう。

 魔人ゼロ。黒いマントに黒い仮面。黒一色の出で立ちは、まさに魔人の名に相応しい。

 その男が、一年の沈黙を破って再び姿を現した。それも、エリア11の総督を殺害するというオマケ付きでだ。

 しかし、ゼロは公式には一年前のイレブンの未曾有の大反乱ブラックリベリオンで死んだことになっている。だが復活したゼロが本物かどうかなんてあまり関係が無い。

 そう、関係ない。そもそも、ゼロの正体など誰も知らない。だからあの黒い仮面を調達すれば誰だってゼロになれる。

 ゼロは象徴なのだ。ただ、ゼロという象徴に見合った力と奇跡があれば、正体が誰であれ、それが日本の救世主、魔人ゼロなのだ。

「話は分かった。けど、それだけでは僕が行く理由にはならないだろ?」

 いくらゼロが実力を持ったテロリストであったとしても、それは過去の話だ。

 ロイが軽く調べた限りでは、現在、ゼロが率いる黒の騎士団は力を大きく落としている。

 やっかいな事と言えば中華連邦の領事館に立て籠もっていることぐらいだが。これも将来的には実は大した問題ではない。

 領事館の立て籠もりは長くは続かない。なぜなら、ブリタニアと中華連邦は同盟関係になろうとしているのだ。

 そうなれば、流石に中華連邦の領事館だってゼロを追放するだろう。

 後は簡単な話だ。敵が――ゼロが中華連邦の領事館外に姿を現した瞬間、ブリタニアの軍の力で蹴散らせばいい。それで終わりだ。

 そんなロイの思考を感じたのか、ジノは言った。

「黒の騎士団。何日も経っていない内にかつての力の復活の兆しを見せつつある」

 そう言って、ジノは懐から何枚かの写真を取り出し、テーブルの上に軽く放った。

 写真に写っている人物は、老若男女様々な囚人だった。しかし、ロイはその写真を見てピンときた。

「これは黒の騎士団の幹部の写真だね。確か、僕がラウンズに就任するちょっと前に捕まったっていう」

「ほう。よく知ってるな」

「まぁね。特に、この人には戦術を勉強する上で、何度も世話になった」

 そう言って、ロイは一枚の写真を手に取った。写真には精悍な顔つきをした男が写っていた。

 藤堂鏡志朗。黒の騎士団軍事総責任者。

 彼が黒の騎士団に入る前、日本軍に所属していたときに起こした厳島の奇跡は、戦術を学ぶ者にとって参考になるべき教訓がいくつもある。

 ロイもラウンズになってから、何度もその厳島の奇跡のデータを検証し、多くの戦術を学ばせてもらったものだ。

「一度直にお会いしてみたかったよ……」

 そう、ロイはどこか遠い視線をして言った。

 藤堂鏡志朗は一年前のブラックリベリオンで逮捕されたと聞く。

 どんなに優れ、尊敬できる軍人でも、そうなってしまえばただのテロリスト。今までのエリア11の総督が冷徹カラレスだったことを考えれば、すでに生きてはいないだろう。

「そうか、なら会いに行こうぜ」

「は?」

 ジノの言葉に、ロイはキョトンとした。

「実はここにいる全員、ゼロに奪還された」

「ちょっと待ってくれ。奪還された?」

「ああ、まだ公式発表はされてない。ほんの二時間程前の話だ」

 奪還。ということは、それをしたのはゼロだろう。

 確かに、ゼロは前にも一度、ブリタニアに捕まっていた藤堂鏡志朗を強奪したことがある。だがあの時とは状況がなにもかも違う。

 先ほども言ったとおり、今のゼロには大した戦力は無い。

 いや、というかそれ以前に、

「まだ生きてたのかい。この人たち?」

「知らなかったのか?」

「僕はてっきり、捕らえられた幹部はすでに処刑されているものだとばかり思っていた」

 というより、そんなことに気を回す暇が無かったと言った方が正しいかもしれない。

 いくら尊敬できる人と言っても、所詮テロリスト。しかも捕らえられたとなれば、その後辿る道はブリタニアには一つしかなく、それは当然であり必然。

 そんな当然なことを気にするより、ロイにはラウンズとして学ばなければならないこと、身につけなければならないこと、気を向けねばならないことは腐るほどあった。

「まぁ、お前の疑問はもっともだが、その論議はまた今度にしよう。とりあえず話を続けるぞ」

 ジノは咳払いして、仕切り直した。

「いくらゼロが過去の団員を救出できたといっても、その戦力は依然大したものじゃない。私が懸念しているのは、もっとブリタニアの私的な問題だ――」

「……分かった。読めたよジノ、君の言いたいことが」

 ジノの言葉が終わる前に。ロイは口を挟んだ。

 聞けば、新総督就任に伴ってエリア11には大量に文官が派遣されるらしい。

 だが、あのエリアはいままでカラレス総督の性格や気質に合う、多数の武官が幅をきかせていた。

 古来より、文官と武官は仲が悪いもの。

 その上、それを統括する新総督は決断力、経験、統率力に乏しいときている。

 結果、導き出されるのは、ブリタニア内部の文官、武官の衝突。それに伴う無意味な派閥の発生。しかも、新総督にはそれを止める力はないため、最悪、自滅と言う名の内部分裂が起こる。

 その影響は、黒の騎士団に対抗するブリタニア軍全体の混乱を招き、テロリスト共のテロの多発を許す結果になるだろう。

「察しがいいなロイ。しかし、お前が思っている事態を未然に防ぐことが出来るのが私達ラウンズだ」

 ジノが不敵に笑って言った。

 意味は分かる。

 再び息を吹き返しつつあるテロリストと、対立が目に見えているブリタニア軍内部。

 その両方の監視をラウンズがやってのけなければならない、とジノは言っているのだ。なぜならラウンズにはそれが出来るだけの地位と権限がある。なにせ、ラウンズは皇帝直属の騎士。そのラウンズの行動、言動はエリアの総督だって無下にできない。

「とは言っても、何事も限界というのはある」

 ジノは、軽くため息をついて言葉を続けた。

「私とスザクの派遣が決まった頃と比べて、エリア11の変化の波が激しい。んで、どう考えてみても私“一人”だと手があまりそうになってきた……」

 スザクの派遣は決まっているのに、ジノが使った“一人”という言葉。

 友情は友情。能力は能力。だから、ロイはハッキリと言った。

「分かるよ。スザクは確かに強いけど、そういう能力はザルだからね」

 そういう能力、とは部下の間を取り持ったり、指揮したり、纏め上げる能力のことだ。

 帝国最強の騎士団。なんて言われているから勘違いされることも多いが、ラウンズとして求められるのは“人を倒す力”だけじゃない。

 それはラウンズ入団の必須条件なだけであって、ラウンズは軍の一角を担う者。いわゆる将校でもある以上、“人を生かす”術を身に着けなければいけない。

 しかし、スザクは贔屓目に見ても、そういう能力に恵まれているとは言えなかった。

「そこで、お前に白羽の矢を立てた訳だ。だから行こうぜ。っていうか、来てくれエリア11に」

 ロイは顎に手を添えて考える。

 ゼロ復活の放送には、正直に言えば興味を持った。

 あの時は、ブリタニアに一時帰国していて、さらに偶然に偶然が重なってラウンズ一同が集合していた時だったから尚更鮮明に覚えている。

 ――魔人ゼロ。

 面白い男だと思う。エリア11において、絶対的な支配者たるブリタニアに反旗を翻し、そして一時的とはいえ日本の王と言える程の勢力を手にした男。

 正体は全て謎に包まれているが、なおさらそれが人々にミステリアスな魅力と、探究心を抱かせる。

 そして、その魅力には正直ロイも引き込まれていた。

 考えれば考えるほど、答えは決まっているようなものだった。

「行ってみよう」

 ロイがそう言うと、ジノが嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「おお、そうかそうか。それは良かった」

「でも、皇帝陛下が許可をして下さるかどうか」

「大丈夫。実を言えばこの話はシュナイゼル殿下が言い出したことなんだ。文武に優れるラウンズをもう一人ぐらい派遣できたらいいのにね、ってな。そう言われた瞬間ピーンときたよ。ああ、これはキャンベル卿も誘ってみてはどうかな? って言ってるんだなってな」

 皇帝陛下に次ぐ権力を誇っているシュナイゼル殿下がそう言っていたのなら問題ないだろう。

「分かった。出立はいつだい?」

「三日後だ」

「三日後? それはまたずいぶん急だね。分かった準備しておこう」

「……私も行く」

 その時、アーニャが二人の会話に割り込むように言った。

「え?」

 これには、さすがにジノもびっくりしたようで、彼は軽く目を見開き、キョトンとしていた。しかし、すぐに困ったような顔を浮かべて、

「おいおい。一つのエリアにラウンズが四人も行ってどうするんだよ」

「……じゃあジノが残ればいい」

「元々任じられたのは私なんだが……。ってか、今の話聞いてたか? 一人じゃどう考えても厳しい――」

「ジノ一人なら無理だけど、ロイ一人ならこなせる。問題ない」

「はは……」

 冷や汗交じりの苦笑い。そんなのジノを気にせず、アーニャは言葉を続けた。

「どちらにせよ私も行こうか迷ってた。でも、決心がついた」

「え、そうなの?」

 ロイが聞くと、アーニャは小さく頷く。

「うん。あそこにはナナリー皇女殿下が行くことになってるから。だから、お願いジノ」

 ジノはやれやれと呟いて肩を竦めた。

「分かったよ。四人ともエリア11に配属していただけるよう、私が陛下とシュナイゼル殿下に頼めばいいんだろ」

 こうして、一つのエリアにラウンズが四人も派遣されるという前代未聞の事態がほぼ決定した。


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