コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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③巻11話『アーニャ の 変化』

 ローマイヤとナナリーを廊下まで見送った後。

自分の執務室に足を向けながら、ロイは総督のお願いについて考えを巡らせていた。

(背後関係を洗う必要があるな)

 ナナリーには依頼を快く引き受ける旨を伝えたが、今回の話は簡単ではなさそうだ。

 そう考える理由は証拠や経験に裏付けされたものではなく、どちらかといえば勘によるものに近かった。

 しかし、勘“だけ”というわけでもない。

(ルルーシュという人物を調べるのは行政特区設立後なんて言わずに、明日にでも調べられる簡単なものだ。けど、なぜそんな簡単なことをスザクや他の部下ではなく僕に頼むのか。しかも、総督は僕とアーニャ以外には秘密にしてほしいとも言っていた。なによりあの学園には皇帝陛下直属の機密情報局が居座っているというのも気にかかる。総督となにも関係がないというのなら、それでもいいけど。もし関係があるとしたら……)

 見通せない要因が多い。

 取り返しのつかない事態になるのだけは避けなければいけなかった。

 なにげなく調査結果を教えて、それが原因で総督の身になにかありましたでは、あまりに寝覚めが悪すぎる。

(とりあえず、行政特区設立後に調査を開始するにしてもルルーシュという人間を調べるだけではなく、そのルルーシュという人間とナナリー総督の関係性、また総督がルルーシュという存在を知ったら、どういう事態が起こりうるのか。それらがある程度予想ができるまで、総督にはなにも教えないほうがいいだろうな)

 もっとも、ナナリーのお願いと機密情報局の任務にアッシュフォード学園という共通点があるからといって、ここまで気にするのも少し大げさなのかもしれない。

(いや、大げさなぐらいでちょうどいいんだ)

 ロイは、自分の思考にかぶりを振る。

 ナナリーは、正直に言えばなんの力もない総督だ。ちょっとしたスキャンダルが再起不能な失墜の原因にもなりかねない。

 特にこの件にはブリタニア内でも“大ごと”を扱う機密情報局が絡んでいるのだ。

 もしこの機情の任務がナナリーのお願いと全く関係ないとしても、調査の過程で機情と捜査範囲が被り、いやおう無しに機情の任務に巻き込まれるという自体も十分ありうる。

 慎重に過ぎるのは駄目だが、適度ならばそれは自身の命を守る良き僚友となるのをロイは知っていた。

 ロイは思考を継続させつつ、自分の執務室の扉を開ける。

「……」

 そして、目の前に広がる光景に、その思考は途切れさせられた。

 手で自身の銀髪を掻く。次いで頭痛に近いものを感じてロイは頭を左右に振った。

「なんで僕のシャツを着てるんだアーニャ。君に手渡したのはただのパジャマだったと思うんだけど」

 目の前には、なぜか上着のシャツ“だけ”を着たアーニャがいた。

 ロイが視線を横に向ける。執務室に隣接する私室のタンスから、きちんと奇麗に折りたたんであったはずの衣類が、何枚か飛び出ているのが見えた。

 アーニャが漁った。というのは容易に想像ができた。

 その衣類が飛び出ている二段下の棚――ロイの下着の棚――が荒らされていないのが幸いと言えば幸いだった。

「どう?」

「なにが?」

 ロイは、アーニャに視線を戻して問い返す。

 アーニャは腕を広げ、少しだけ足も広げた。その四肢はふくよかという表現に程遠かったが、肌はきめ細かく滑らかで、白い布地から伸びる足はスラリとしており、思わず目がいく。

 シャワーを浴びたばかりなので、珍しく髪が下ろされていた。

 いつもより幾分か落ち着いた雰囲気。それが彼女からは醸し出されていた。

 ナイトオブセブン歓迎会の時のウェイトレス姿と同様、ロイは素直にその姿をかわいいと思う。

 もっとも、その数瞬後にはロイの脳は自身に自制を呼びかけていた。

 ロイが困惑を隠すように咳払いすると、アーニャは言った。

「いつだったかジノが言ってた。「大き目のシャツ“だけ”を着ている少女は男のロマン。それは男である以上、ロイも例外ではない」って」

(って、また君かジノ……)

 友人に失望と呆れを感じて、ロイは天井を仰いだ。

「一応。私も少女」

「……」

「そこを踏まえて……どう?」

 安全上、味方のKMFをハドロンブラスターでロックオンできないのを、ロイはこんなに恨めしく思ったことはなかった。

 次のロイの口調は、本気の懇願だった。

「ねぇ、アーニャ。とりあえず、ズボンを穿いて。お願いだから……」

「私は感想を訊いてる」

 答えをウズウズして待っている。そんなアーニャの態度。

 その仕草は、ロイにさらに大きなため息をつかせた。

「ノーコメント。それに、ここは僕の部屋だ。言うことが聞けないのなら――」

 出て行ってくれ。と言う前に、アーニャはつまらなそうに傍に置いてあったロイのパジャマに手を伸ばした。

 その細い体が、ズボンをはくために傾き、膝があがる。ロイはいけない所が見えそうになって顔を赤くした。

「ここでじゃなくて向こうの部屋でだ!」

 怒鳴ったロイを、アーニャは怪訝そうな顔で、

「注文が多い……」

 そしてアーニャは裸足で執務室の赤いじゅうたんを歩き、居住スペースの部屋を横切って、シャワーの更衣室に入っていった。

 それを見送った後、ロイは「まったく……」と肩を落とした。

「ジノは本当に仕方がないことばかりアーニャに教えて……」

 どうしようもないやつである。

 というか、

(そもそも、ジノはそんなキャラだっただろうか……)

 と、ロイはここにきてようやく、そんな基本的なことを悩むに至った。

 出会ったばかりの頃、ジノの性格は相変わらず明るかったが、もう少し温室育ちっぽくて、話す内容は今のように俗っぽくなかった気がする。すくなくともいたいけな少女に馬鹿みたいなことを教えるような性格ではなかった。

(まぁ、口調も話す内容も俗っぽくなったというのは、多分僕のせいだろうけど……)

 ジノは、貴族ぶっていない男友達ができたのが相当にうれしかったらしく、よくスザクやロイに街に遊び連れてってくれとねだった。

 街に繰り出してみたいが、自分はお坊ちゃんで浮いた存在だというのは自覚してるから、一人で行くのは心細いということも本人から聞いた。

 ロイもスザクもどちらかと言えば平民的な生活者で、しかも男が三人が遊ぶとなれば、やはり俗っぽい場所めぐりになる。

 三人で変装してカラオケ、ゲームセンター、ファーストフード店、遊園地、スポーツ観戦(一般席)。買い食いして、映画を見て、薄利多売をモットーにするような安い服屋もよくまわった。

 仕事終わりに大衆向けの酒場にまで足運び、飲み潰れて公園で一晩を明かしたこともある。ここだけの話、ナンパもやったし逆もある。それらを一年も繰り返していればお坊ちゃんのジノも影響され、ああなるのも無理はないのかもしれなかった。

 聞くところによると、ジノの父親はロイとスザクのことを「息子をたぶらかした悪友」としており、相当嫌っているらしい。

「でも、まぁ、勝手に俗に染まったのはジノの責任だ。うん……」

 ロイはそう言って、やっぱりアーニャに変なことを吹き込むのは百パーセントジノが悪い、として回想を止めた。

 次に、ロイは私室にある簡易キッチンに足を向けた。

 お湯を沸かし、棚からカップを出し、暖かいココアを二つ用意し始める。

 アーニャはシャワーを浴びた後、ほぼ裸の状態でこの部屋をうろついたわけだから、体が冷えてるだろうと思ったからだ。

 その予想を証明するかのように。アーニャが男物のパジャマを着て部屋に戻ってくると、と控えめなくしゃみをした。

「……グス」

 鼻をすするアーニャを見て、ロイは言った。

「言わんこっちゃない」

 アーニャを席に促すとロイは淹れたばかりのホットココアを勧めた。アーニャは礼を言って受け取り、一口すすった。

「……甘い」

 と、アーニャは満足そうに呟いた。

「それが君の好みだろ」

 ロイは腰掛けて、自分用の甘さ控えめのココアを口に含んだ。

「それにしても、変な話を持ってきてくれたねアーニャ」

 あえて先ほどのことには触れずに、ロイは話を切り出した。

「迷惑だった?」

 アーニャは裾の長いパジャマでの動作に若干戸惑いながら、暖かいココアに息をふぅふぅを吹きかけ、上目遣いで答えた。

「いや、迷惑ではないよ。ただ変な話ではある。アーニャも総督から話は聞いたんだろ?」

「どうもキナ臭い。機密情報局のいる場所に、総督のこの頼み」

 ロイがナイトオブセブン歓迎会で機密情報局と接触した時、アーニャは傍にいたので、あの学園にはなにかある、と気にはとめていたようだった。

「ロイ。これはまだ総督にはしゃべってないんだけど、ルルーシュという人間は確かにあの学園にいた」

 ロイは、カップを持ち上げかけていた手を止めた。

「へぇ、どうしてそう言えるんだい?」

「歓迎会中、学園の女の子達が話をしてた。ルルーシュ君カッコイイ。ルルーシュ君素敵。ルルーシュ君を見かけた。ルルーシュ君、ルルーシュ君、ルルーシュ君。何度も聞いたから嫌でも覚えた……」

 最後の方は、どこかゲンナリとしてアーニャは言った。

「そうだったのか。全然気付かなかった……じゃあ、なんでアーニャはそれを総督に教えなかったの?」

 アーニャはカップをテーブルに置いた。

 甘い香りの湯気が二人の間に立ち上る。

「教えてもよかったけど、機密情報局があの場所にいたのがどうしても頭に引っかかった。でも、総督は、そのルルーシュのことを知りたがった」

「それで?」

「私は総督に安易に教えていいものか判断がつかなかった。だから、総督には何も言わず、ロイに相談するように勧めた」

 と、アーニャはココアをすすって、白い湯気の混じった息を吐いた。表情が少し緩んでいる。

 やはりココアを甘めに作ったのは大正解だったらしい。と、ロイは思った。

「もっとも、ロイはあっさりしゃべちゃったけど」

「確かに。少し浅はかだったかもしれないね」

 ロイは軽くほほ笑んで、カップをテーブルに置いた。

「でも、引き返せないわけじゃない。別にこの後、ミレイ嬢の言葉はやっぱり聞き違いでした、って言ってもいいわけだし」

「そうするつもりはないんでしょ?」

 それが分かっているから、総督に僕に相談するよう勧めたんだろ? とロイは思ったが、それを口には出さず、浅い頷きで応じた。

「そうだね。総督が知りたいというのなら、協力はしてあげたい」

「なら、いいこと考えた。私たちも、スザクみたいにあの学園に通えばいい」

 ロイはその提案に一瞬面くらったが、「ふむ」と呟いてしばし考えた後、

「悪くないね。それなら、怪しまれることなくルルーシュを調べられる。スザクも学園に通ってることだし。誘えばジノだって通いたいって言うんじゃないかな。それに、僕も興味あるな、学園生活」

「じゃ、決定」

 表情は変わらないが、アーニャはうれしそうにココアの入ったカップを傾けた。

 しかし、この時のロイにはある予想があった。

 行政特区日本が設立し、黒の騎士団が消滅すれば、派遣されているラウンズ四人の内の何人かはブリタニアに帰国することになるだろう。

 そもそも、このエリア11にラウンズが四人も派遣される、という本来ならばありえない人事は黒の騎士団の存在があるからだ。

 それがなくなれば、ナナリー総督の補佐であるスザク。また、女性であるナナリー総督の身辺のお世話や、込み入った場所での護衛ができるアーニャは別として、ロイかジノはブリタニアへの帰国命令が出るだろう。

 いや、最初から赴任が決まっていたジノはもしかしたら、このエリアに残されるかもしれないが、単なるついでとしてこのエリアに来たロイは確実に帰国だろう。

 もしかしたら行政特区設立後、ロイはアッシュフォード学園に通う手続きをしている暇さえないかもしれない。

「じゃあ行政特区が設立したら、すぐに入学」

「すぐには無理だよ。特区設立後は、目の回るような忙しさになるだろうから、学校に通えるのはそれからしばらくたってからだろうね」

 そのしばらくの間に、おそらく自分はブリタニアに帰っている。という予想を、ロイは口に出さなかった。

「屋上で昼食を食べる」

「楽しみだ」

「弁当作る」

 アーニャの瞳が、珍しく歳相応にキラキラと輝いているように見えた。

「期待してるよ」

 ロイは、ほほ笑むしかなかった。

 一年前とは違い、多少なりとも喜びという表現を他者に表現し始めるようになった少女を見ていると、ロイは自分の予想などとても口にできるものではないように思えた。

 ロイはアーニャに笑顔を向ける裏で、その笑顔から目を背けるような気持ちで、ナナリーからの頼みごとについての思考を巡らせた。

 ナナリー総督からお願いされた調査は、慎重に動くにしても、素早く目標を達成する必要があった。

 最悪でも、調査継続に危険性が無いことを確認して、アーニャに引き継ぎができる段階にもっていかなければならない。

 時期的に相当厳しい。なにせ、行政特区日本が設立して、後処理を済ませ、身体が空いてから帰国するまでの間にそれをやってのける必要があるのだ。

(まぁ、でも……)

 ロイはしっかり調べてあげようと思った。なぜなら、これがこの任務で自分がナナリーにしてあげられる最後のことかもしれなかったからだ。

 アーニャに視線を戻す。彼女はいまだに楽しそうに学園生活でどう過ごしたいかを語っている。

 ロイは、甘いはずのココアがなぜかとても苦く感じた。


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