コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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③巻 9話『ゼロ の 提案』

 政庁中心部にある防音構造の壁に囲まれた一室。

 そこが今回の会談の場所だった。

「すみません。遅くなりました」

 トレーニング用の袴から白い軍服に着替えて部屋に入ると、すでにメンバーは全員がそろっていた。

 こちらを見て軽くお辞儀をするローマイヤ。

 柱に寄りかかって指を立てるジノ。

 椅子に座って携帯をいじっているものの、一瞬だけ視線を上げるアーニャ。

 同じく椅子に座ってジッと目の前の巨大モニターを見つめているスザク。

 ワインのグラスを傾けているロイド伯爵。そして、

「って、セシルさん。どうしたんですかその格好は?」

 ロイは目をしばたたかせた。

 キャメロットのセシル・クルーミーは、おへそを大胆に開けた“青い”ドレスを着ていた。

 確かに、この部屋はお酒をたしなめるカウンターなども備え付けてあり、小さなパーティーを開けるような内装ではあるが、それにしても他のメンバーが政庁での仕事着を着用している中では異様なほど浮いていた。

 セシルは腕でおなかを隠すようにした後、

「ちょっとね、どうやら会の趣旨を勘違いしたみたいで……」

 と、恥ずかしそうに弁明した。

 ロイはそれを聞いて少し呆然としていたが、急にその顔をパッと輝かせた。

 セシルが着ていたドレスは、以前にロイがプレゼントしたものだった。

「うれしいな。それ、僕がプレゼントした服ですよね」

「え、ええ。ちょっと派手だな、とは思ったんだけど。せっかくもらったし」

 セシルは、ロイドに恨めしげな視線を送る。

「ロイドさんからは。すてきな殿方達とのパーティーって聞いてたし……」

「どういうことですか?」

 ワイングラスを傾けているロイドに、ロイが尋ねると、彼は飄々とした態度で「あはっ」といつも通りに息を吐き出して笑った。

「すてきな殿方達とのパーティーには違いないだろう? ねぇ、ヴァインベルグ卿」

「私に話を振らないでくださいよ」

 ジノは苦笑して応じる。その後、彼はセシルをまじまじと眺めた。

「でも、これは逆に目の保養をさせてくれたロイド伯爵に感謝するべきでしょうね。セシルさん、よくお似合いですよ。なぁ、ロイ」

「ええ、本当にとてもよく似合っていますよ」

 とロイが、自信満々で頷くと。先ほどから黙って立っていたローマイヤがその鋭利な瞳に、珍しく困惑の色を浮かべた。

「キャンベル卿。これが、あなたの趣味なのですか……」

 なぜか彼女はショックを受けている様子だった。

「えっ、あっ、いや、僕の趣味というか……」

 ロイが続きの言葉を作り出せないでいると、携帯を弄っているアーニャがポツリと言った。

「ジノの趣味」

「そうです。私が愛を込めてロイに助言しました」

 ジノが胸を張って告げると、ローマイヤは胸を撫で下ろした。

「そ、それは良かった。さすがにこれは、私には抵抗がありますので」

「はっ? なにが良かったんですか?」

 ロイが聞き返すと、ローマイヤは、ハッとして咳払いを一つすると眼鏡を指でかけなおした。

 それを見てジノが楽しそうに笑った。

「ロイ。なんならミス・ローマイヤにもプレゼントをして差し上げたらどうだ?」

「それは名案だ」

 ロイは同意した。

 ただでさえ、ローマイヤには仕事の面で世話になっている。ちょうど、なにかお礼をしたいとも考えていたところだ。

「そうですね。ローマイヤさんは何色がお好みですか?」

「結構です! それにしてもキャンベル卿が、女性にドレスの贈り物というのも意外といえば意外でした」

「いや、セシルさんだけじゃなくて、ロイドさんにもプレゼントしたんですよ。日頃の感謝を込めて。もちろんドレスではありませんが」

「僕は最新式の眼鏡洗浄機をもらったな~。こうやって水に浸けておくやつ」

 ロイドは眼鏡を外し、その眼鏡を水に浸けるけるしぐさをした。

「そうだったのですか。彼女にだけプレゼント、というわけではないのですね」

 ローマイヤはまたなにかにホッとしたようだった。

 ロイは、先程からローマイヤがなにを安心しているのか分からなかったが、なんとなく追求できる様子でもなかったので、そのまま黙ってしまう。

 一方、ジノだけはニヤニヤと意地が悪そうに笑っていた。

「それにしても、本当にセシルさんはよくお似合いだ。正直、目のやり場に困るほどですよ」

 ジノが改めてセシルを褒めたたえると、その隣で、ロイは少しだけ首を捻った。

「うん。でもちょっと派手すぎましたかね?」

「そ、そうね、派手は派手かも……」

 セシルが言うと、ジノは大げさに首を振って見せた。

「なにを言ってるんですか。それぐらいがいいんですよ。なぁ」

 ジノはロイに同意を求める。ロイはそれに、当然の如く肯定で応じた。

「本音を言わせてもらえば、セシルさん奇麗ですよ、の一言に尽きます」

 それは、シンプルな評価だった。

 だが、飾り気のない好意の言葉というのは、派手さはないが、それだけに相手の心にまっすぐと届くものがある。

 セシルは、顔を真っ赤になせた。

「もう、ロイ君! 大人をからかわないの!」

「いえ、そんなつもりは……」

 一方、そんなやりとりをを横目で見ていたアーニャは、携帯の操作が少々強引になっていた。

「おい、アーニャ。携帯壊れるぞ」

「……」

 アーニャは、近寄ってきたジノをチラリと見ただけで答えない。指に込める力も緩めない。

 哀れ、なんの罪も無い携帯はその少女にしては破格の腕力に嫉妬という追加効果を受けて、ボタンを押されるたびに、小さな軋み音を立てていた。

 それを見てジノは軽く笑った後、セシルに大人との付き合い方を説われているロイに視線を向けた。

「それにしても、ああいうことを自然に言えるやつってうらやましいな。やっぱ性格かな」

「私だって、露出度は負けてない」

 アーニャはブスっとして呟いた。おそらくそれはジノに言ったというよりは、自分に言い聞かせるという意味合いの方が強かったのかもしれない。

 ジノはその大きな手をゆったりとアーニャの頭に置いた。そして、かわいらしい妹に優しく言い聞かせる兄のような表情で、

「アーニャ……」

 と呼びかける。そして、息をためてから告げた。

「露出度“は”な」

 彼は、ナイトオブシックスの名誉を、死神の鎌にも似た言葉でばっさりと切り捨てた。

 アーニャは額に筋を浮かばせると、即座にナイトオブスリーのすねを思いっきり蹴っ飛ばした。

 

   ○

 

「つながるみたい」

 ジノの悲痛な叫び声が上がるのとほぼ同時にロイドが呟いた。

 目の前のモニターに小さな波が立ち、そして光がともった。

 一人の人物が映し出される。

 黒いマントに黒い服、そしてなによりも目を引く黒い異形の仮面。

 魔人ゼロ。

 和気あいあいとしていた一同は、その表情を瞬時にそれぞれの地位に相応しいものに戻した。

『ほぅ、ナイト・オブ・ラウンズが四人も――しかし、肝心の総督の姿が無いようだが?』

「これは事務レベルの話だ」

 先行して発言したのはスザクだった。その隣で、ロイドが独特な笑い声を上げた。

「あのさ、一つ聞きたいんだけど」

『何かな』

「君と前のゼロは同じ? それとも……」

『ゼロの真贋は中身ではなく、その行動によって測られる』

「あは、哲学だね~」

 会話が続く中、ロイは発言することもなく柱に寄りかかって、ただジッとゼロを見つめていた。

 正直、ロイはこのゼロとの会談に興味がなかった。

 どうせ、ゼロはなんだかんだ言葉を並び立てて、行政特区日本への参加を拒否するだろうと考えていたからだ。

(そうなったら、今すぐにでも僕たちで黒の騎士団の歴史を終わらせる)

 ロイは、このゼロに対してはもう自分がなにか言うことも、聞くこともないと考えていた。

 ただ、このゼロは会談の後、数日中に自分たちが処刑台送りにする敵の大将だ。この通信で少しでもその性格や気勢などを把握できれば、戦略や戦術も立てやすい。

 ロイにとって、この場はゼロを観察する。それだけの意味しか見いだせていなかった。

 そんなロイの隣から、なぜか片足をヒョコヒョコと引きずった“涙目の”ジノが威圧的な口調で言った。

「く、黒の騎士団の意見はまとまったのか?」

 しかし、格好はついていない。威圧を与えられたかも少し疑問だった。

 それでもジノはめげずに言う。

「一度参加すると言ったからには」

『こちらには、百万人を動員する用意がある』

 ジノの言葉をさえぎるようなゼロの発言に、この場にいる全員が少なからず驚きを覚えた。

「ひゃ、百万……」

 信じられない、といった様子で呟くセシル。

 その隣のスザクがまるっきり信用していない様子で、

「本当だろうな」

 と尋ねた。

 ゼロは『ああ』と頷き、そして言った。

『その代わり、条件がある』

 この場のほぼ全員が心の中で、ほらきた、と思ったに違いなかった。

 どんな無茶な要求をしてくるか。

 全員が身構えた。

 

『私を見逃して欲しい』

 

 一瞬、空間が静まり返った。だれもが、それを咀嚼するのに苦労した。

「なん、だと……」

 スザクが皆の気持ちを代弁するかのように呟く。その後、彼は目を見開いたまま言葉を詰まらせた。

 ロイすらも、完全に予想外のゼロの言葉に驚きを隠せなかった。思わず、背を預けていた柱から身体を起こして画面に向き直ったほどだ。

 そんな一同を尻目に、ゼロの変声機による機械的な声は続く。

『もちろん。そちらにも立場があるということは承知している。どうだろう、ゼロを国外追放処分としてはいかがかな?』

「く、黒の騎士団は!」

 スザクが立ち上がった。

 そのスザクの問いに答えたのはゼロではなく、ジノだった。

「捨てる気だろ。自分の命だけ守って」

「おやおや」

 ロイドは相変わらず飄々とした口調で言った。その表情は不謹慎ながらもどこか楽しげに見えた。

「こんなこと、黒の騎士団にバレたら君はリンチだよ」

『だから、このように内密に話をしている』

「……」

 この時、ロイは無言でローマイヤに視線を向けた。

 正直、ロイはそこまでブリタニアの法律に詳しくないので、ゼロの言うことは可能なのか? ということを専門家であるローマイヤに確認するためだった。

 ローマイヤもその視線と意図に気付き、二人はしばし視線を絡ませる。

 記憶の辞書をたどっているのだろう。ローマイヤは数秒間沈黙を保ったあと、小さく頷いた。

「エリア特法。十二条第八項」

 ローマイヤが淡々と言い始めると、あらかじめ彼女と視線を合わせていなかったロイ以外の人間は、彼女に視線を集めた。

「そちらを適用すれば、総督の権限内で、ゼロの国外追放処分は執行可能です」

 スザクが、まるで仇敵でも見るようにローマイヤを睨みつけた。

「ミス・ローマイヤ! 犯罪者を見逃せと言うのですか!?」

「私は――」

「ローマイヤは、法的な根拠を提示してくれただけだ」

 ロイは、反論しかけたローマイヤの言葉を遮り、さらにゆったりと歩くとスザクの視線から庇うように間に入った。

「それに、法的に可能ならばこれはそんなに悪い話だとは思えない」

 今度は、スザクがロイを鋭く睨んだ。

「悪くないだって? ロイ! やっぱり君は――」

「確かに」

 ロイに詰め寄ろうとしたスザクを制止するように、ジノが彼の身体に腕を回した。

「悪くない話だ。トップが逃げ出せば、テロリストどもは空中分解だろうからな」

「しかし、犯罪者を……」

 スザクは納得がいっていない様子で、奥歯を強く噛む。

 このとき、ロイは視線でジノと意思を疎通する。

 ――続きは僕が?

 ジノは頷いて、スザクを抑えている腕の力を強めた。

 ロイは身体を翻して画面に近寄った。

 ゼロに言葉をかけるつもりは微塵も無かったが、こうなると話は別だ。

「ゼロ」

『何かな』

「こちら側にも協議する時間をいただきたい。と言ってもそんなに時間はかからないから、二三日中には“良い”返事が出来ると思う」

『ほぅ』

 ゼロは感心したように言葉を漏らす。

 なかなか話が分かるやつ、とでも評価されたのかもしれないが、そんなのうれしくとも何ともなかった。

『そのメンバーの中であなたがそれを言うのか。いや失礼。武と文を兼ね備えた騎士として名高いあなたにそう言っていただけるなら、こちらも安心だ』

 組織を裏切る小男に言われても嬉しくない! この恥知らずめ!

 ロイは内心ではそう激しくののしったが、それを言葉に出してしまうほど、取り乱してはいなかった。

「お褒めにあずかり光栄だ。こちらも、この件についてすぐに話し合いに入りたい。そちらの連絡先を教えてもらおう」

『分かった』

「それと、この件に関しての公表のタイミングは、こちらの条件でやらせてもらう。異存はないな?」

『ああ。と言っても、あまり早く公表されても困る。これは提案なのだが、“式典”で発表するというのはどうだろう?』

「そうだな。そっちの方が都合がいいだろう。お互いにな」

『そうだな。お互いに、な。それでは、良い返答を期待している』

 そしてゼロは、会話が終了したあと、こちらが指定した方法で連絡先を伝えてきた。

 

   ○

 

 ロイがゼロに言った。「良い返事ができる」というのは、その通りになった。

 ゼロとの会談の後、すぐに開かれた政庁の会議ではほぼ一同がゼロの提案に賛同し、司法取引を成立させるという方向で、ナナリー総督の指示を仰ぐということで決着がついた。

 それをスザクが総督に伝え、総督はそれを了承した。

 以後、政庁の職員全員は、間断ない仕事に追われるようになった。

 突如、百万人の日本人の特区への参加が決定したのだ。警備、制度、広報、人員、その他様々な面において計画の練り直しとその実行が責任者達に求められた。

「ふぅ……」

 その責任者の一人であるロイ・キャンベルは自分の執務室兼自室で、出来上がった新たなナナリー総督の式典中の警備計画書をパソコンに保存し、大きく息を吐いた。

 背伸びをしながら時計を確認すると、夜の二〇時を回っている。

「もう、こんな時間か……」

 遅めのランチをとったのが一四時だった。仕事を再開したのが一五時だったので、ぶっ続けで五時間ほど仕事をしていたことになる。

 途中で夕飯代わりにサンドイッチをつまんだため、おなかこそ空いてないが、さすがに疲れてきたし、仕事の効率も下がっていた。

 計画書を総督に相談する前に各部署との事前調整をする必要があるが。

「あとにするか」

 少しだけ休憩することにし、コーヒーでも淹れようかと席を立つ。

 ロイには、コーヒーが飲みたいなと思った時にスッと差し出してくれる秘書がいない。休憩のコーヒーも自分で用意しなければいけない。

(いや、秘書とかコーヒーだけの問題じゃないな……)

 そう改めて考える。

 スケジュールの管理やら、ラウンズの業務上ではどうしても雑務に当たる類のもの。

 また、業務上の助言、助役としての力を発揮する副官は、軍においてある程度の地位を得た人間にとって必要不可欠な存在であり、そのそもラウンズという将官に相当し、他の軍隊ならば“閣下”と呼ばれる地位にあるロイが副官を持たないというのも異様と言えば異様だった。

 特に、ロイの仕事は幅広い。

 ただでさえ忙しい軍務の他に、ナナリーがブリタニアで立ち上げたの福祉事業の実務的な責任者まで手がけているのだ。その仕事量は他のラウンズと比較しても、膨大と言って差し支えない。

 恐らくロイでなければ、とうに全ての仕事が滞り、破綻しているだろう。しかし、今まではなんとかやってこれたが、だからこれからも大丈夫と思えるほどロイは楽観主義者ではなかったし、事実、体からは疲労の悲鳴が上がり始めている。

 通常、秘書や副官というのは軍が人材を回してくれるものなのだが、そうなっていないのは、ナイトオブゼロという地位の不確立性に問題があった。

 ロイは極端に言えばブリタニア内でナイトオブラウンズという将官待遇の地位と見られ、そのように他者から扱われるが、それを確固たるもので約束されているわけではない。

 もっと言えば、ロイはブリタニア軍人ではない。

 そもそも、軍にはナイトオブゼロという階級も地位も存在しないのだ。

 ロイは皇帝陛下に私的に雇われた傭兵みたいなものである。ただ、皇帝がナイトオブゼロとし、ナイトオブラウンズと同列のように扱っているから、軍もそうしようとしているだけで、細かいところではそこでラウンズとの待遇の差がどうしても出てしまう。

 傭兵に正規軍が副官を回すという事は無いのである。

 ロイは優秀であり、その優秀さ故に、数多くの味方に疑惑の瞳を向けられる反面、シャルル、シュナイゼル、オデュッセウス等の数少ないながらも、最高峰の地位を持つ人たちには頼りにされている。

 そして頼りにされているというのは頼られるとほぼ同義であるから、仕事量は増える一方だった。

(そろそろ、本気で補佐役が欲しくなってきたな……)

 ロイは器用な人間であり、ある程度のことは一人でこなせる。しかし、それでも限界があった。

 ここら辺の問題を、以前、帝国宰相であるシュナイゼルが「なんとかするよ」と言ってくれたので、じきに改善はしてくれると思う。しかし、

(その前に、自分の体が壊れるのではないか?)

 と、そう思えてきた今日この頃であった。


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