コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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③巻 7話『ロイ の 本質』

『行政特区日本を設立します』

総督就任式の全国中継で、そう宣言したナナリーを、それぞれのラウンズはそれぞれの表情をもって受け止めていた。

 スザクは驚き、

 アーニャは淡々、

 ジノはため息をつき、

 ロイ・キャンベルは苦笑いだった。

 ナナリーの発言に対する反応は、やはりというか予想通りというか、発表後に政庁内で執り行われた会議では反対の声が巻き起こった。しかし、ロイ、ジノ、アーニャや文官の取りまとめであるローマイヤがナナリーの発言に対する擁護に入ると、その声は次第に沈静化していった。

 会議終了後、ローマイヤがナナリーの行政特区日本宣言を庇うような行動をしたのをロイは意外に思い、呼び止めて尋ねてみると、

「別に賛成なわけではありません。むしろ反対です」

 緑色の淑女服に身を包む彼女は、キッパリとそう言い切った後、不機嫌そうに眼鏡をかけ直す。

「ただ、すでに“総督”が“公式の場”で発表してしまった事に反対してどうするのですか……」

 そう言って彼女は、行政特区日本に参加を希望する日本人の受け入れ体制を整えるための案を作成するために、しぶしぶといった様子を漂わせながら自分の執務室に入っていった。

 まぁ、そう言われてみれば、といった感じでロイはローマイヤの行動を納得した。しかし、ロイはもう一人、その行動に納得がいかない人物がいる。

「なんで僕が会議でナナリーを擁護しなかったか、かい?」

 ナイトオブセブンの執務室。ロイからの質問を聞き返したスザクは、テーブル上の湯呑を口につけると、笑っているのか怒っているのか、それとも表情を変えていないのか判断がつきにくい顔をした。

 スザクは、先ほどの会議においてこのエリア11にいるラウンズの中で唯一、ナナリーの発言については何も語らず、結局そのまま最後まで口を開かなかった。

「そうだね。驚いたから、というのが本心だよ。だからどうしていいか分からなかった。賛成するべきか、反対するべきかもね。まさか総督があんな事を言うとは思わなかったから」

 そしてスザクは、再びお茶をすする。

 ロイはその行動を黙って見つめていた。しばらくの沈黙の後、

「……君は知っていたのか」

 スザクが不意にポツリと呟いた。

 今度はロイが黙り、目の前に用意された湯呑に初めて手をつける。それを口の前まで運んぶと、茶葉の香りが湯気と共にロイの形の良い鼻をくすぐり、同時に分厚い眼鏡を曇らせた。

「僕としては、君が知らなかった事の方が意外だった」

 ロイはお茶をグイッと飲んだ。すでに熱湯と言える温度では無くなっていたが、それでも多少は熱いお茶を、一気に飲み干す。

「察してはいたんだろ?」

 尋ねると、スザクは静かに頷いた。

「総督からユフィの意志を継ぎたいというのは以前から聞いていた。でも、それがいきなり行政特区日本に飛ぶとは思わなかった」

 それはロイも同じだった。もっとも、ロイは以前からナナリーに相談を受けていたから、いつかナナリーは行政特区日本をやると思っていた。しかし、それはあくまで、ナナリーの意志の“通過点”としてで“到達点”ではない。だから実行するとしても、こんなすぐではなくて、総督の意志が軌道に乗る、早くても数年後だろうとロイは予想していた。

「総督は無意味に急いでおられるんだ。だから、ユフィの意志ではなく行動を真似しようとする……ねぇロイ。君はどう思う。今回の行政特区日本について」

「失敗する」

 ロイが即答してもスザクは顔色一つ変えなかった。

 驚かないところを見ると、おそらくスザクも同じ考えなのだろう。いや、自分とスザクどころか世界のほとんどの人間が同じ考えに到達しているのかもしれないな、とこの時にロイは思ったりした。

「さっきの会議の通りさ。ブリタニアに味方は無く、イレブンは僕たちブリタニアを信用しないだろう。イレブンについてはカラレス総督が相当嫌われる事をしてきたから当然と言えば当然かな」

 ロイはあえて、カラレス総督の行いより、イレブンの心境に影響を与えた一年前のあの事件――ブラックリベリオンの原因になったあの事件――の事は言わなかった。

 しかし、スザクは当然その事に思い当たっているだろう。「イレブンは僕たちブリタニアを信用しない」というロイの言葉を聞いた時、スザクの瞳に悲しみがよぎったのをロイは見逃さなかった。

「そうだねロイ。今回の総督の行政特区日本“も”失敗する。それは確実だろう」

 スザクもそう言い切った。しかし、

「それでも僕は、ナナリーがユフィの意志を継いでくれるというのなら。今回は失敗だとしても、できる限りの協力はしてあげたい。それが例え、ナナリーの意思に背く事だとしても」

「そうだね。それがいいだろう」

 ロイは頷いた。

 このとき、ロイはスザクのこの言葉を、

 スザクは自分の意志を示した。

 と、それぐらいにしか思っていなかった。正直、軽く受け取っていた。

 スザクがナナリーの意志に背く。そんな事などあるわけないとタカをくくっていたのかもしれない。あるいは長い会議の後だったので、頭の回転が遅くなっていたのかもしれない。

 しかし、ロイは失念していた。スザクがその意志を行動とする事に、何の躊躇いも無い男だという事を。

 それに気付いたのは、スザクとのその会話から一0日がたった後だった

 ロイが、ローマイヤとシズオカに到着し、行政特区日本の会場設営と警備について話し合いながら視察を続けている途中にその知らせは届いた。

 すでに空は暗くなり、ローマイヤとホテルに引き返そうか話をしている最中の事だった。

『枢木卿。オガサワラにて黒の騎士団捕縛作戦を展開!』

 ロイはその知らせを聞いた時、手に持っていた数枚の書類を落とした。

 隣のローマイヤは眉をピクリと動かしただけだった。

 

  ○

 

 黒の騎士団が小笠原近海に潜伏しているのを発見。

 ナイトオブセブンは降伏と武装解除を相手に通達後、返答が得られなかったため直属艦隊とエリア11統治軍の混成部隊はこれを捕縛しようと作戦を開始。

 しかし、黒の騎士団のリーダーゼロが作戦途中で姿を現し、行政特区日本に参加する旨を宣言したので枢木卿は作戦中止を決断。撤退を指示。

「さて、僕は何から聞けばいいんだろうか」

 小笠原の戦いから引き上げてきたラウンズの三人を、政庁で待ち構えていたロイは、早速三人を会議室に押し込んだ後、重い声で尋ねた。

 数十人が一斉に会議ができる場所に四人。部屋は広いが、ロイの声はその震えまで全体に良く通った。

「……聞きたい事があるのなら、早く頼むよ。この後、僕は事後処理をしなきゃいけないから」

 そう臆面も無く言ったのはスザクだった。スザクはそっぽを向き、先ほどからずっとロイとは目を合わせていなかった。

 スザクの対面に座るジノが、大きな手で顔を覆って首を横に振った。

「じゃあ、単刀直入に聞かせてもらおう。スザク。君は今回の行動をどう考えているんだ」

「どう? とはどういう意味だい。もっと明確に言ってくれないと分からない」

「僕が君に法的に問題ないか尋ねているとでも?」

 ちなみに、スザクの今回の行動は、例え総督の意志に反するものであったとしても、法的には何の問題も無い。そもそも黒の騎士団はブリタニアにとって指名手配うけている立派なテロリストであり、ブリタニア軍が捕らえるべき義務を負った存在なのだ。

 それにラウンズは自分の部隊の運用にかなりの裁量権が与えられている。それを制限、もしくは行動を摘発できるのは皇帝陛下だけであり、総督ではない。そして、皇帝陛下は、おそらく今回の件でこのスザクを責めることはしないだろう。

 つまり、スザクが黒の騎士団を捕まえようとした行動だけを見れば、違法では無く、完全な合法であり、本来であれば誰からも責められるいわれは無い。

 しかし、ロイはスザクを責めなければいけなかった。いま、こんな出来事があったとは知らず、文官と力を合わせて行政特区日本を設立させようとしているナナリーのために。

「もう一度尋ねさせてもらう。スザク、君は今回の行動をどう考えているんだ?」

「黒の騎士団はテロリスト。それを捕らえるのは僕たちの任務の一つだと考えるけど」

 ロイは机を強くたたいた。ジノとアーニャが微かに肩を震わせる。それに気付いて、ロイは努力して緩やかな口調を心がけた。

「ナナリー総督には、何とご説明するつもりなんだ」

「ありのままを」

 それを聞いて、あ~、もうだめだ。とロイは思った。

「ふざけるなよ」

 今度こそ静かだが明確な怒りを含んだ声を発し、ロイはもう一度を机を強くたたいた。

 スザクはここに来て初めてロイと目を合わせた。彼の冷ややかな瞳が、ナイトオブゼロを見返す。

「ふざけてなどいないさ。僕は今回の行動こそがナナリー総督のためになると信じている」

「総督のため? 黒の騎士団に行政特区日本への参加を呼びかけていた総督の意志を無視して、総督の補佐役である君が黒の騎士団の捕縛に乗り出した行動がナナリー総督のためだと、君はそう言うのかスザク」

「その通りだ」

 スザクも瞳を尖らせた。しかし、ロイはレンズの奥でもっと瞳を尖らせた。

「今回の行動を知ったイレブンが、ナナリー総督の事を何て囁き始めているのか君は知っているのか? “嘘つきナナリー”だ。情報規制は敷いたけど、あんな近海でドンパチをやったんだ。完全に情報が広がるのを防ぐのは不可能だろう。まさか、なんで総督がそんな不名誉なあだ名を付けられたか分からないって言うんじゃないだろうね」

「分かってるさ。ナナリー総督が黒の騎士団に行政特区参加への呼びかけをしていたにも関わらず、総督の補佐である僕が、黒の騎士団が特区参加か不参加かの表明前に捕獲に乗り出す。事実的に、僕はナナリー総督の言葉をウソにしてしまったに等しい」

 ロイの拳に力がこもった。

「分かっていながら。なぜだ」

「僕は、黒の騎士団の本質を知っているからさ」

「本質?」

 聞き返したロイに、スザクは確信を込めて言った。

「黒の騎士団は危険だ。そしてゼロもね。彼らはナナリーの意思の前に必ず立ち塞がる。いいかいロイ。黒の騎士団とは手を取り合うべきじゃない。殲滅すべきなんだ。……ロイ。君は甘すぎるよ。それは君の美徳であるから、僕は好意を抱くけど、それを黒の騎士団に向けるのはやめた方がいい」

「……」

 ロイは、ここである事を確信した。それにしたがって頭に上っていった血が急速に落ちていく。

「甘いだって? スザク。君は分かっていない。僕が怒っている理由を……」

 革張りの背もたれに体を預けながら、ロイは軽い失望を口調に漂わせた。

「甘いのは君だよスザク……」

 スザクがその表情を軽く怪訝な色に染めた。

「僕が、甘い?」

「黒の騎士団を殲滅しなければいけない。という思想を持っているのは君だけじゃない。僕だって同じだ」

 と、ここで、その言葉がよほど意外だったのか、スザクは驚いた様子で目を丸くする。

「えっ……」

「僕が問い詰めてるのは、何で黒の騎士団の捕縛を君がやったか。という事だ。もっと言えば。こうやって僕みたいに怒るのは君の役目だ」

「どういう事だ」

「君は何だ? ナナリー総督の補佐官だろ」

「そうだ。だからこそ、僕は――」

「だからこそ、やってはいけなかったんだ……君はナナリー総督を裏切ってはいけない。ナナリー総督が黒の騎士団と戦う意志を無しとした以上、君は不本意でも……少なくとも表面上はそれに従わなくてはいけない。ラウンズとして、総督に同行するというのはそういう事じゃないのか?」

「しかし、だれかがやらなければ……」

「だから、なぜその誰かで僕を使わない。いいかいスザク。君は常にナナリー総督を擁護するべきだ。ああ、これはナナリー総督に反対意見を言うなとかそういう事ではないよ。でも君は、表面上ではナナリー総督につき従う騎士であるべきだ」

 そしてロイは、体を前に倒して肘を付き、テーブルの上で指を絡ませた。

「ドロを被るのは僕たちでいい。そのために君以外のラウンズが三人もいるんだ」

 つまり、平和路線のナナリーと日本人のスザクは、ナナリー総督が望む日本人との融和路線の象徴でないといけない。とロイは考えていた。象徴というからにはそこに一片の影や曇りがあってはいけない。

 そのスザクが日本人の味方である黒の騎士団を捕縛する。これは、日本人に不信感を抱かせるには充分だ。しかし、黒の騎士団はナナリー総督の提案に乗ってくる事は無い危険な存在なので放っておくわけにもいかない。

 ならば、それはスザクとナナリーの少なくとも表面上はあずかり知らぬところで行えば良いだけの話だ。

 だから、この場合、黒の騎士団捕獲作戦で陣頭指揮を執るべきだったのは、スザク以外の三人のラウンズだ。

 そのラウンズの仲でも特に権限の低い(と、少なくとも世間に認知されている)、例えばロイが暴走して、黒の騎士団を捕らえるために出撃、捕縛。

 そして、その行動をこのエリアで地位の高いナナリー総督とスザク、さらにジノとアーニャが声高らかに責め、日本人には黒の騎士団の解放を約束するとともに行政特区日本の参加を改めて黒の騎士団にお願いする。こういうシナリオにすれば、少なくともナナリーの発言はウソにはならないし、日本人からのスザクの印象が崩れる事はない。

 それに黒の騎士団を捕らえて、一度でもブリタニアの手の内に入れてしまえば、料理のしようなどいくらでもある。それこそ、うまい餌、妥協案、強いては拷問まであらゆる手を使い、黒の騎士団に共同歩調を取らせる事も可能なはずだ。

 なんなら、ゼロを捕らえた後、その存在を“消して”、新たにこちらで“ゼロを作る”という手もある。ナナリーの行政特区日本に必要なのは黒の騎士団ではない。ゼロだ。

 “ブリタニアに協力してくれるゼロという存在”さえいれば、いくら古株の藤堂や皇が騒いでも、そんなものは小波のようなもので。結果、ナナリー総督の政策もスムーズに運べるだろう。

 もっとも、このいくつかの手段はロイにとってあまり好ましくも望ましくもない手段ではあるが、必要ならば躊躇わないのもロイ・キャンベルという人間である。

 ロイは、善人ではあるが聖人ではない。

 最終的に、今回のスザクの行動によってもたらされたものは、ナナリー総督の信頼の失墜、三桁に昇る死傷者、この二点だけである。

 これを不毛と言わずになんと言えば良いのか。

 それらの説明を聞いて、スザクはただただ目を丸くした。

「スザク。君は優しい。だから、他人にドロを被せるというこの事に頭が回らなかったんだと思う。だから君は甘い。君には信頼する仲間にドロを被ってくれとも言えないんだからね」

「……しかし、ロイ。君は僕とナナリーを象徴と言うが、ナナリーはともかく僕は日本人にしては裏切り者、ゼロを捕らえた男だ。そんな僕が――」

「だからこそだ」

 ロイはスザクの言葉に被せる。そこには有無を言わせない何かがあった。

「君には、総督の意志実現のためにゼロと共同歩調を取ってもらいたかった。お互いの過去は忘れ、日本のためにね。もちろんそのゼロは本物でも偽者でも構わないわけだけど」

 そして、ロイは眼鏡をかけなおして、少しだけ口元を、悪の組織の幹部のように楽しげにゆがめた。

「みんな大好きだろう。敵対していたライバルが和解して、仲間になるっていうシナリオはさ」

 ロイのその言葉と笑みに、同僚の三人は微かな寒気を覚えた。

 かつて、ジノはロイの事を「正道すぎる」と言った事があった。しかし、それは必ずしも、ロイに正道以外はできない、と結びつかない。

 ただ、ロイは正道を極端に好むだけなのだ。だが、そんな謀略じみた事をするのは非常に抵抗があるロイだが、それがもっとも良い、もしくはそれしかない、“それが一番被害が少ない”と判断した時は躊躇わずそれを実行する。

 ロイは心に健全な面を持つ一方、その逆の、それこそブリタニアの貴族の間で往来する悪意の応酬を非常な手段で逆手に取れるだけの陰湿さも持ち合わせていた。

 ただ、その陰湿さを必要なものとしながらも、それを使いたがらないのもやはりロイであった。

 しかし、今回はそれしか無かった。ナナリーは行政特区日本設立のためにゼロを必要としている。でもゼロは首を縦に振らない。だったら首を縦に振るゼロを用意するしか無いではないか。

「だけど、僕はゼロを許すつもりは……」

 ロイは、スザクにその反論を許さなかった。

「だから、そのゼロは本物じゃなくてもいいって言っただろう。君が過去の復讐を果たしたいというのなら、ゼロを捕らえた後、収容所の隅ででもやっててくれ。君はあくまで、こちらで用意したゼロと手を取り合ってくれればいいんだ」

 スザクはまた目を見開いた。スザクには理解できたのだろう。この銀髪の同僚がそう言ったからにはそのように事を運べるだけの自信と、そして準備があったのだと。

「ようも、そんな事が考え付く……」

「もっとも。今回の君の行動で全てがパーになったけどね」

「……」

「とにかく。今後、このような行動は慎んでくれ。もっとも、ナイトオブゼロは君に命令する権限は持たないから、これは単純なお願いになる」

 その時、今まで黙っていたジノがそっと手を上げた。

「あ~、ロイ。この事は、ナナリー総督にはすでにご報告済みなのか?」

「いや、まだだ。ナナリー総督にはローマイヤさんがおりを見て、話してくれるそうだから、そのタイミングは彼女に任せよう」

「ロイ」

 スザクが呟いた。ロイは顔を向ける。

「何だい?」

「君の言う事も分かる。しかし、そんな損得勘定だけでは……」

 そして、スザクは苦い怒りを押し殺すように言う。

「損得勘定だけでは……」

 スザクの鍛えられた拳は小さく震えていた。

 ロイはそんなスザクを悲しげに見つめ「僕が言いたい事は以上だ」と言って、少々乱暴に席を立った。 


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