コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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③巻 6話『守るべき 者』

 捕らえられていた状態を、スザクのお陰でなんとか脱出したロイは、紅の機体が落ちていくのをモニターで見ていた。

 “ランスロット”の“ハドロンブラスター”が“紅蓮弐式”の輻射障壁を破った時はヒヤリとしたが、コックピットブロックはどうやら無事のようだ。

「良かった」

 ロイは安堵の息を吐いた後、はたと気付く。

「って、なんでホッとしてるんだ僕は……」

 思えばこの状況で“紅蓮弐式”に降伏勧告など、馬鹿な事をしたものだと、ロイは首を傾げた。そして自分の行動を思い起こして、なぜそんな事をしたのかと不思議に思う。

 敵に優しいのはいい。しかし、敵に甘いのはいけない。

 それはロイにとって守るべき指針の一つなのだが、“紅蓮弐式”への降伏勧告を初め、あの機体に対するロイの感情は、どうもその甘い領域に足を踏み入れつつあるようだ。

(う~ん。女性には弱いからな、僕は……)

 戦場で戦う以上女も男も関係ないという主義のつもりである。しかし、まだその主義に殉じきれていない部分があるのも自覚している。

『お~、結局スザクが良いとこ取りか』

 “クラブ”の隣に“トリスタン”が、続けて“モルドレッド”も近付いてくる。

『良いとこ取りはいいけど、スザクはちょっと強引すぎ』

『……お前がそれを言うか』

 先ほど“トリスタン”スレスレにハドロン砲を撃たれたのを思い出したのか、ジノがゲンナリとした様子で言った。

 アーニャが不満げに反論する。

『私はジノにもロイにも当てない自信があった。でもスザクは違う。スザクは完全に敵の判断に任せた攻撃をした。もし、あそこで紅蓮がヴァリスを弾き返してなかったら、ロイどころかナナリー総督も危なかった』

『でも、結果的に二人は助かったじゃないか』

『私は、ギャンブルでロイとナナリー総督の命を賭けてほしくないだけ』

 画面でムッとするアーニャを、ロイは手で制した。

「もういいよアーニャ。ありがとう。でも、僕はスザクの判断は正しかったと思う。そもそも僕があの“紅蓮弐式”に油断して負けたのがいけなかったんだ。スザクは褒められこそすれ、責められるいわれはない。どちらかと言えば責められるのは僕の方だ」

『……』

 アーニャはしぶしぶといった感じで口を閉じた。

 その時、スザクから通信が入る。

 ロイは、恩人に笑顔を向けた。

『ロイ。無事か?』

「お陰でね。ありがとうスザク。助かったよ」

『良かった。じゃあ、僕はナナリー総督を探しに行く。後の事は任せてもいいかな?』

「もちろんだ。でも、総督の現在位置は分かってるのか?」

『セシルさんが探してくれている。それに、いざとなったら、あれを使う』

「分かった。僕の方でも“クラブ”のレーダーで探してみる」

『ああ、何か分かったら連絡を頼む』

 “ランスロット”は身を翻して大アヴァロンの内部に向かっていった。

 見送ってから、ロイは同僚の二人に告げる。

「さて、僕達は残りの一機を片付けようか」

『藤堂か。その必要は無いみたいだぞ』

 ほらな、と“トリスタン”が指で示す、その先では“月下”のイジェクション・シートが海面に向かって勢い良く飛んでいく所だった。ギルフォードの“ヴィンセント”と“グロースター”がその後を追う。

 どうやら、黒の騎士団は全て片付けられたようだ。

 殲滅すべき対象がいなくなったのなら、ロイ達の後の行動は一つしか残っていない。

「よし、じゃあ藤堂はギルフォード卿に任せて僕達はナナリー総督の捜索を――」

 三機が大アヴァロンへ機体を向けた時、

「! 何だ?」

 赤い光が弾けた。

 振り返ったロイは息を漏らす。

 手元のレーダーに視線を落とすと、LOSTのマークが三つ。

『おいおいおいおいっ! 飛んでるぜ、あの赤いの』

 ジノの声で顔を上げると、そこには確かに赤いKMFがあった。

 “紅蓮弐式”だった。しかし、先ほどまでの満身創痍とは違い、破壊された右腕は修復され、溶けた装甲は再生し、背中には尖った羽のようなパーツが付いていた。

 興奮気味にジノが言う。

『へぇ、黒の騎士団もフロートを開発してたのか。私としては、こっちのフロートよりあっちの方が好みだ』

『……でも、どんなにパワーアップしたって』

 アーニャの呟きに、ロイは同意する。

「だからといって、一機じゃどうにもできないさ。ジノ! アーニャ! あれをやるぞ!」

『了解。牽制する』

『了解。でも私の出番ある?』

 そう答えてジノは前に飛び出し、アーニャは後ろに下がった。

 二人とも、自分の機体の特性を把握した上での判断だった。

 一方、ロイはMVSを構え、ジノに少し遅れて飛び出す。

 この場合、ロイの役割はジノが敵を取りこぼした時のその始末だ。そして万が一、ロイも取りこぼせばそれはアーニャが始末する。

 いままでこの隊形を取って撃墜できなかった敵はいない。それどころか、アーニャまで出番が回った事も無い。

 だが、今回は違った。

 “紅蓮可翔式”は、“トリスタン”に向けて右腕を突き出すと、そこから輻射波動の“弾丸”を撃ち出した。

 ジノは、一度見せられた技に易々とやられる男ではない。

『へぇ、おもしれぇ!』

 “トリスタン”は、神速の機動でその弾丸をかわし、戦闘機に変形してスラッシュハーケンを放つ。敵の七割はこれで沈む。だが“紅蓮可翔式”は的確に迫るハーケンをかわし“トリスタン”に接近すると、

『お、私を踏み台にしたぁ!?』 

 なんと戦闘機形態の“トリスタン”を上から踏みつけて加速。その勢いで奥の“クラブ”に迫った。

「!」

 “紅蓮可翔式”は、“トリスタン”を踏み台にした加速を生かし、ロイにとっては完全に予想外の速さで一気に接近する。

 突き出される紅蓮の脚部。

 回避か迎撃かを迷った一瞬の時間のせいで、結局その選択肢は二つとも消えた。

 “クラブ”のメインモニター一杯に赤い足の底が映る。

『はぁぁぁぁぁあ!』

 カレンの咆哮。

 回避は間に合わず、“クラブ”の頭部に、体当たりにも似た痛烈な蹴りをくらう。

 “クラブ”のコックピットが縦横無尽に揺れた。

 何度か壁に頭をぶつけて、ロイは気を失いそうになる。

 その様子を見ていたアーニャの瞳に珍しく怒りの色がともり、口元に明確な歪みが生まれる。

『! 土足で』

 “モルドレッド”は展開していたハドロン砲の狙いをつける。

 砲身に赤い光が灯り、戦艦を一撃で沈める閃光と熱量が飛び出た。それは真っ直ぐ“紅蓮可翔式”に向かって伸びる。

『紅蓮を、舐めるなぁぁぁぁぁぁ!』

 “紅蓮”は機敏な動きで赤い閃光を潜り抜けるようにかわすと、右手の爪をビンタの要領でぶん回した。

『!』

 紅蓮に張り倒された“モルドレッド”は、巨体を揺らし、道を譲った。

「くっ、まだ!」

『ラウンズ並の腕前かよ!』

 その頃には、ロイもジノも改めて紅蓮を追う。

 距離は空いている。ラウンズの三人はフロートの出力をあげた。

 すると唐突に、紅蓮が上空で停止した。

「なにっ!?」

 三機共、今度は減速する。

 紅蓮は、先ほどまでの軟弱そうな白い爪とは違い、まるで肉食恐竜のような大きく鋭い爪を突き出すように展開した。

(また、あの弾丸か?)

 ジノも、体勢を立て直したアーニャもそう思ったらしく、いつでも回避できるよう操縦桿を握る。

 強力な輻射波動が飛び出ると言いっても、しょせんは効果範囲が限られた弾丸。

 来ると分かっていてかわせないメンバーはこの三人の中にはいない。

(かわして、そのままの勢いで突っ込む!)

 三人は一瞬で同じ事を決断した。すると、“紅蓮”の爪の付け根――いままでと違う機構――が、ガチャリと動いた。

<収束の次に拡散に発想がいくのは自然な流れだよ~>

 いつかのロイドの言葉が頭をよぎる。同時に、ロイの背筋に何か冷たいものが伝った。

(まさか……!)

 爪に充電していく熱量。

「二人共! 散開――」

 ロイが叫ぶのと同時に、膨大に広がった赤い閃光が三人を襲った。

 

   ●

 

 アーニャが目を開けると、そこには相変わらず青い空が広がっていた。

「あれ、私……」

 紅蓮に張り倒されて、そして体勢を立て直して、改めて紅蓮を追おうとしたら。赤い閃光が視界一杯に広がって……。

『アーニャ! ジノ! 無事か!?』

 ぼんやりとした脳内に聞きなれた声が飛び込んでくる。アーニャはそれで完全に目が覚めた。

「ロイ」

『私も無事だ』

 アーニャと同時に、ジノも答えた。

『にしても、一体全体なんなんだ? 私達は何をくらったんだ? “トリスタン”も全く動かないし。あ~くそ、後はスザクに任せるしかないな……』

 ジノの問いに、画面上で操縦桿をガチャガチャと動かしているロイが答えた。

『おそらく、あれは僕の可変ハドロンブラスター拡散モードと同じように、輻射波動の弾丸を拡散させた攻撃だろうね。見た目のダメージはほとんど無いみたいだけど、……駄目だ、センサーをはじめ精密機械が全部いかれてる』

 それを聞いてアーニャも操縦桿を動かしてみた。確かに精密機械に深刻なダメージを受けたようで、“モルドレッド”は錆びたゴーレムのように軋みを上げながら、断続的に動くだけ。これでは戦闘は不可能だ。

 仕方が無いのでアーニャは視界を上に向けた。“紅蓮”とスザクの“ランスロット”が戦っている。しかし、その戦いもすぐに終わった。

 スザクは“紅蓮”に背を向けて大アヴァロン内に突入し、“紅蓮”も“ランスロット”を追わず、大アヴァロンの周囲を、何かを探すように飛び始めた。

『って、おいおいロイ! お前大丈夫か!?』

 ジノの声を聞いて、アーニャはモニターに視線を戻した。そして彼女は目を見開いて、一瞬、呼吸を忘れた。

「! ロイ」

 先ほどは光の加減で気付かなかったが、ロイの頭から顔の三分の一を隠すように血がダラダラと流れていた。

 弱々しく、ロイは笑った。

『ああ、実はさっき蹴られた時に頭をぶつけてね。大丈夫、と言いたいところだけど……』

 ロイの顔から、血の気が失せている。いや、さらに失せていく。

『ごめん、駄目だ。悪いけど“クラブ”の回収は任せ、る……』

 そして、ロイは頭を垂れると、気を失った。

 一応はフロートシステムが起動しているので、急に海に落ちたりはしないが、それでも“クラブ”は糸が切れた操り人形のように、だらしなく四肢を垂らし、青い機体はゆっくりと高度を下げていった。

 アーニャは、一瞬何が起こったのか理解できなかったが、

「……ロイ? ロイ!?」

 アーニャは叫ぶように呼びかけながら、“モルドレッド”を、急いで“クラブ”に寄せる。

 それをジノが声で制した。

『むやみに動かすな! 運ぶならゆっくりとだ!』

「でもジノ! ロイが――」

 アーニャの声は今にもかすれそうだった。瞳にも水分がたまり始めている。そして思い通りに動かない“モルドレッド”に苛立ち、乱暴な手つきで操縦桿を動かし、とにかく一刻も早く“クラブ”に駆け寄ろうとした。

 アーニャの脳裏には。もはやモニター上でありえない量の血を流すロイしか映っていなかった。

 その様子を見たジノは、目を吊り上げた。

『バカヤロウ! 落ち着けナイトオブシックス!』

 ジノは珍しく語尾を強めて、アーニャを諌めた。そして、彼は一度息を吐いてから口調をゆるやかにする。しかし、その声には軽くドスがきいていた。

『もう一度言うぞ。落ち着いて、そしてゆっくりと運べ。それができないならできないと言え。私がやる』

「……できる」

 首を振り、感情を収め、表情を落ち着いたものに戻してからアーニャが答えると、ジノは穏やかに『それでいい』と言った。

『なら任せる。あと、そう心配するな、ロイはただ気を失っただけだって――ロイド伯爵。これより帰艦します。ロイが負傷したんで、一応医療班の手配を』

 ジノがロイドと、事務的な会話を交わす隣で、アーニャは指で瞼を拭い、心配そうな顔をモニターのロイに向けながら“モルドレッド”に“クラブ”をゆっくりと抱えさせる。

 本来なら、KMFにはこういう騎士が意識を失った時に備えて自動で帰艦できるプログラムが入っていたりするのだが、輻射波動をくらって、精密機械に甚大な被害を受けた以上、それは当てにできないだろう。

 “クラブ”はマニュアルで“アヴァロン”まで運ぶ必要があった。

「ロイ……」

 アーニャはもう一度、画面のロイに不安げな視線を送った後、

「っ、よくも……」

 一転して、唇を噛み、怒気の炎を内包した瞳で空の紅蓮を睨みつける。

 じきに、スザクがナナリー総督を救出したという連絡が入った。しかし、アーニャはその本来なら喜ぶべき知らせにも何の反応も示さなかった。

 彼女は丁寧に、それこそ赤子の手を握るかのように優しく操縦桿を動かし“クラブ”を抱える“モルドレッド”を操り“アヴァロン”ヘの着艦作業に入るまで“紅蓮可翔式”と紅月カレンを奥歯を噛みしめながらモニターに映し出される限り、睨みつづけた。

 ――アイツはいつか私が落とす。

 そう決意したのは、この時だった。

 

   ●

 

 ――ねぇ、○イ。

 呼びかけに、自分は手をあげて応じる。

 笑顔を浮かべたのは、無意識だった。

 彼女と顔を合わせるのは、純粋に楽しいことであり、嬉しいことであり、幸せなことであった。

 態度だけではいけないと思い。口を開く。

 だが、声が出ない。

 おかしい。喉に何かが詰まったかのようだ。

 やがて、彼女は離れていく。

 呼び止めようと、手を差し出すが、相変わらず声は出ない。

 それ以前に、彼女の名前が出てこない。

 先程まで理解をしていたのに。

 赤い髪に快活な印象を与える顔立ち。

 誰であったか。

 どこで会ったか。

 どのような関係だったか。

 記憶をたどる。

 すると、その少女は消え失せて、目の前には見慣れた貧困街の光景が広がった。

 自分が生まれ育った街だ。

 しかし、なぜだろう。その光景は、まるで映画のスクリーンでも眺めているかのような、ひどく実感が沸かない映像のような……。

 

   ●

 

 目を覚ます。

 薄暗い空間に青い天井。視界の隅には点滴袋も見える。

 自分がベッドに寝ているのだと自覚するのに、そんなに時間はかからなかった。

「ようやくお目覚めか、ロイ」

 声のほうに顔を向けると、そこにはジノがいた。

 疲れたような、そんな顔をしている。

 隣には、暗くなった空と白い雲が見える窓がついていた。もう遅い時間なのだというのは、それで分かった。

「ずっと、そばにいてくれたのか」

 ロイは体を起こす。

 そして徐々に思い出す。自分たちが、ゼロに襲われたナナリー姫の護衛のために、“アヴァロン”にて黒の騎士団と戦ったことを。

「そばにいるのは、私だけじゃないよ」

 ジノは、床に指を向けて、何度か上下する。

 視線を落とすと、そこには桃色の髪の少女――アーニャの姿があった。

 彼女は、ベッドに顔を付けて、安らかな寝息を立てていた。

「私はスザクと交代だったが、アーニャはお前がここに運ばれてからずっと付いていたよ」

「……そうか」

 ロイは桃色の髪を撫で、心の中で感謝の言葉を呟いた。

「そうだ。ナナリー姫様はご無事か?」

「スザクが助けたよ。心配するな。今は自室で休まれている」

「そうか、それは良かった……」

 胸を撫で下ろす。彼女の身に何かあれば、本国にいるときから協力して準備してきた例の件が実行不可能となるというのもあるが、ロイにとっては、その件や主従関係を抜きにしても彼女の無事は純粋に喜ぶべき事だった。

「僕は、どれぐらい寝てた?」

「五時間ぐらいかな。ちなみに、今はエリア11の空域に待機中だ」

 元々、ナナリー姫のエリア11の空港到着はテレビにて生放送される予定だった。しかし、ルート変更もあって、到着時間がズレた。

 深夜よりは朝~昼に到着とし、放送した方が視聴率が稼げると、ブリタニアらしいそういう判断だろう。

「ちなみに、なぜエリア11近辺の空で待機しているかというとだな――」

「事情は大体分かる。テレビ放送のためだろ」

 ジノは頷きもせずに、ただ言葉を止めて肩をすくめた。

「体は大丈夫なのか?」

 問われて、ロイは軽く体をひねり、腕を回す。

「頭がボーとはするけど大丈夫だ。あえて言えばお腹が空いたな。血が足りない」

「分かった。何かもらってこよう。さっきセシルさんが見舞いに来てくれてたから、彼女に軽食でも作ってもらって――」

「カップラーメンが食べたいっ!!」

 大声を出しすぎて、ロイはめまいがした。思わず手を額に持っていき、落ちそうになる頭を支える。

「な、なんだよ急に大声出して、びっくりするじゃないか……」

「頼むジノ。カップラーメンを、後生だからカップラーメンにしてくれぇ!」

 体の不調を堪えながら、声を搾り出す。

 ジノはよく分からないといった様子だったが、ロイの懇願に何かを感じ取ったのだろう、

「後生? 意味は分からんが、なんとなく分かったよ。カップラーメンだな。ったく、さっきまで気を失ってたってのに、変なやつだなぁ……」

 と、言って早足でこの部屋から出て行った。

 ロイは、再び胸をなでおろす。

 一日に、二回も気を失うのは遠慮したかった。

「ロイ、目を覚ましたの?」

 そんな事をしているうちに、桃色の髪がゆっくりと起き上がった。あれだけ目の前で騒げば当然と言えば当然だが。

「無事? 大丈夫?」

 彼女は眠たげな瞳を手でこすりながら、憂いを帯びた表情をこちらに向ける。

 ロイは、大丈夫だということを証明するために笑みを浮かべた。

「ああアーニャ。大丈夫だ。心配かけたね」

「そう」

 彼女は、一瞬だけ安堵した表情を浮かべたが、すぐに

「悪い夢でも見てた?」

 その質問に、ロイの心臓は一度だけ高鳴った。

「? どうして」

「運ばれた時、“紅蓮弐式”のパイロットの名前を、しきりに呟いていたから」

 夢の中の女性の顔が、明確となった。

(そうか、あの女性は“紅蓮弐式”のパイロットか)

 自分を撃墜しかけた上に、気を失わせ、“クラブ”を戦闘不能にさせた女性パイロット。

(印象は強く残っている。夢にまで見るのも、無理はない、か……)

 なにか釈然としない夢だったが、それを見る理由としては今日一日の出来事をかんがみれば十分なのかもしれない。

(いや、しかし、夢では僕は彼女を恐れていなかった。それどころかむしろ……)

「ロイ?」

「んっ、ああ。何でもない。しかし、情けない話だなそれは。怯えて夢に見るなんて」

 取り繕うように、そういう事にした。

「……」

 アーニャは、労わるような手つきでロイをベッドにゆっくりと倒した。

「今日は、もう少し休むといい」

 心配そうにアーニャが提案してきた。

「ロイ。大丈夫。次は私があなたを守るから」

「ありがとう。でもそれは、僕からも言いたいね」

「期待してる」

 アーニャのほほ笑みが、暖かかった。

 ああ、そうだ。とロイは思い直す。

 自分の守らなければいけないものは、傍にある。夢のことなど、気にしている余裕は無い。

 とりあえずジノが戻ってくるまで、ロイはアーニャに従って横になることにした。


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