コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
――終わった。
ロイは“紅蓮弐式”の側面――“紅蓮弐式”からは死角――で勝利を確信し、紅の装甲に剣を振り下ろす。
使ったのはロイの必殺技、ブルーファントム。
機体を直進するように見せかけて、相手に気付かれない程度に徐々に右か左に寄り、そして敵の攻撃が“クラブ”に到達する刹那、一気に身を翻えして、その攻撃をかわす。
つまり、一種のフェイント。
おそらく“紅蓮弐式”のパイロットは、この“クラブ”が何の前触れも無く、急に消えたように見えただろう。
それこそ、幽霊(フォントム)のように。
この技はかなり強力で、ラウンズ同士の模擬戦でもうまくいけばこれだけで一勝を奪い取れる。
それ程の技なのだが……。
「!」
完全に相手の死角から振り下ろしたはずのMVSは、紅い装甲を切り裂く事はなかった。
“紅蓮弐式”の頭部メインカメラは完全に正面に向いている。しかし、その腕だけは、正確にこちらに伸びて“クラブ”の腕を掴んでいた。
「防がれた? 読まれたのか? しかも初見で!?」
ロイは驚愕した。
ラウンズにだって、初見ではこうも完全に止められはしない。
あの、ナイトオブワンとて、模擬戦でこの技を初めて使われた時は、成す術無く一本を取られたのだ。
つまり、この技は初見に限ればまさに必殺。
そのはずだった。
いや、すでに初見で防がれたので、そう思っていた、という過去形の表現の方が正しいか。
あまりの出来事に、ロイは一瞬だけ動きを止めてしまった。その一瞬の隙で、ロイはいままで数多くの敵を屠ってきたというのに。
●
“紅蓮弐式”のコクピットの中で、カレンは驚いていた。
「こいつ、ライみたいな技を!?」
ライが得意としていたフェイント。
それとほとんど同じ技を“クラブ”は繰り出してきた。
防げたのは、過去の模擬戦で何度もこの技で撃破されている内に身に付けた、無意識レベルでの条件反射だった。
つまり、考える前に体が動いた。
かつて、ライも「もうこの技に限って言えば君は無敵だね」と苦笑していた。
まさに彼が守ってくれた。そうとしか思えなかった。
不意に、カレンの顔に哀しげな影が浮かぶ。
(ライ、必ず助けるからね……)
再び、目の前に立ちはだかる“クラブ”を睨み付ける。
「私の邪魔をするな! こいつっ!」
“紅蓮弐式”が主人の意志に呼応して、右腕を力強く伸ばした。
●
ロイが動揺した一瞬の隙をついて、“紅蓮”は身を俊敏に反転させ、必殺の右腕を伸ばしてきた。
「!」
われに返って、ロイは回避行動を取る。しかし、間に合わない。必殺の技が破れたという事実は心に動揺を呼び、ナイトオブゼロであるロイにすら一瞬の判断を鈍らせた。
白い爪が“クラブ”の肩部に食い込む。
コックピットが一度、大きく揺れた。
「しまっ――」
急いで逃れようとする。しかし、爪は青い装甲にしっかりと食い込んでいて離れられない。
“クラブ”のランドスピナーが煙をあげてむなしく空回りする。
“紅蓮弐式”のメインカメラが光った。“破壊の衝撃、とくと味わえ”そう言ってる気がした。
やられる、とロイが思った瞬間。
『ロイ、動くなよ』
遠い空。
遅れて到着した白き騎士――“ランスロット”が持つ青い銃身から、ためらいの無いヴァリスの弾丸が発射された。
「スザク!?」
“紅蓮弐式”の行動は素早かった。
彼女は“クラブ”を捕らえていた右腕を外し、それをヴァリスの弾丸に向けて、
「間に合えっ!」
赤い障壁が展開される。
弾丸と、障壁が、接触して火花を散らす。
その隙に、ロイはイジェクションシートの起動レバーから手を離し、操縦桿を持ち直すと“クラブ”のフロートエンジンをフル回転させて、空に逃れた。
額には、冷たい汗が浮かんでいた。
●
『枢木卿。貴公は――』
『スザク、あなた――』
「牽制です」
“ランスロット”の操縦席。
ギルフォードとアーニャからの非難を、スザクは一言で遮った。
『味方の艦にヴァリスなど正気か!? あそこにはナナリー姫様もおられるのだぞ!』
「あれぐらい“紅蓮弐式”は止めます」
『近くにロイもいた。あの赤いのが防がなかったら、敵もろともロイは――』
「ロイはあれぐらいでは死なない。そうだろう」
『スザクっ』
アーニャがまだ何か言いたげにこちらを睨み付けてくる。それを無視して、スザクは大アヴァロンの白い甲板に立っているライバルを見据えた。
“ランスロット”の位置は“紅蓮”と、大アヴァロンに対して水平になっていた。これなら“紅蓮弐式”をあの武器で狙っても大アヴァロンは傷付かない。
●
「スザクか!」
カレンはヴァリスを輻射障壁ではじくと、見慣れた忌々しい機体の登場に“歓喜”した。
黒の騎士団としては、ここにきて“ランスロット”の登場は危惧すべき事柄だったが、カレン個人としてはよく来たなと言ってやりたいところだった。
●
出撃前。カレンはゼロに呼び出された。
「なにか分かったの!?」
空間を布でおおっただけの簡素な場所。そこでカレンはゼロの親衛隊隊長という体面を捨てて、感情的にゼロ――仮面を脱いだルルーシュに詰め寄った。
ルルーシュは、部下のその行動を咎める事も無く、小さく頷いた。
「ああ、新たな事実がな」
彼は、傍の机からA4サイズぐらいの紙を取り出すと、それを差し出した。
カレンは、ひったくるように受け取った。
「……なによ、これ」
心臓が止まりそうになった。
その紙には、ライの結末が書かれていた。
黒の騎士団のバイザーをつけたライの写真と、
<処刑済み。データ無し>の無機質な文字。
カレンの世界が不意に歪む。足に力が無くなりグラリと崩れる。しかし、体が床の冷たいコンクリートに触れる前に、だれかが彼女を支えた。
「大丈夫か?」
C.C.だった。
彼女はカレンを支え、心配そうに声を掛けた。しかし、そんな言葉などカレンには届かなかった。
それ程までに、目の前の事実は衝撃的だった。
「カレン。今は冷静になって俺の話を聞け」
ルルーシュの淡々とした言葉。
いつもは尊敬にすら値する声でもあったが、今はそれがどうしようもなく腹立たしかった。
「冷静になれって……なれるわけ無いだろう!」
カレンはぶつけようの無い激情と、あふれ出てくる悲しみを目の前の男に浴びせた。手渡された紙を投げ捨て、ルルーシュを締め上げる。
細身の体はなす術なく持ち上げられ、蹴られて椅子が飛び、ルルーシュは苦しそうに息を漏らす。
「ちょ、ちょっと待てカレン。落ち着け、少し落ち着――」
「どういうこと! 何なのコレは!? 何なのよ! 何だ!?」
感情のまま力任せにルルーシュを振り投げようとした所で、カレンの視界が反転した。
背中を引かれ、さらに足払いまでかけられたようだ。今度こそ、カレンは床の冷たいコンクリートに背中からぶつかった。
痛みに耐えながら頭を起こすと、そこには首を押さえて苦しそうにしているルルーシュを庇うように、C.C.が立っていた。
彼女は、呆れと、微細な怒りにも似た表情を浮かべてこちらを見ていた。
しかし、それはカレンを責める類のものではない。むしろ、
「気遣いも何も無くいきなり本題に入ったルルーシュの馬鹿さ加減には、私も女として腹が立たなくもない。だが、少しは落ち着け。話が進まないだろう」
「でも、でもC.C.。ライが……ライが」
「ラ、ライは生きている」
ルルーシュが苦しそうに呼吸をしながら告げた。
カレンは、すでにポロポロと涙を流し始めていた目を丸くした。
「……へっ?」
C.C.が、スッと脇にどく。
ルルーシュは転がった椅子を直しながら立ち上がる。乱れた服装を整え、一度咳払いしてから、
「今度は話を最後まで聞いてくれ」
と念を押した。
「公式発表では、ライはブラックリベリオンの後、すぐに処刑された事になっている。それは資料にある通りだ。だが、俺はそれをウソだと思っている」
「どういう事?」
カレンは、力なく立ち上がる。そうするには傍のテーブルに寄りかからなければいけなかった。
ルルーシュは丁寧に説明した。
ライがこういう形で死刑とされているのはおかしいということ。
ライがブリタニアで生きている可能性が高いという事。
記憶を改ざんする皇帝のギアスの事。
そして、すでにルルーシュはブリタニア情報部へのハッキングを繰り返し、ライの行方を捜し始めているという事。
「これが、そのライ候補者リストだ」
カレンは、大辞典並の分厚い書類を手渡された。
「その中にライがいるとは言えないが、可能性があるものを俺なりにリストアップしてみた」
カレンは黙ってその書類に目を通し始めた。
軍人、文官、学生、商人、執事、さまざまな人物のその詳細な経歴が写真付きで書き込まれている。
「どうだ?」
カレンが一通り読んだのを見計らって、ルルーシュが声を掛けてくる。
カレンは自信なさげに答えた。
「分からない。この中に本当にライがいるの? その、皇帝のギアスとかで」
「それは俺も分からない。ブリタニアは広い。俺だって全てのブリタニア人を調べ上げたわけじゃないからな。ただ、俺が確信を持って言えるのが――」
「変な気遣いは止めて。断定じゃないんでしょ。ライが生きてるっていうのは」
被せるように言うと、彼はどこか悲しげな表情を浮かべた。その様子はまるで親に悪い所を指摘された子供のようだった。
「お前が俺の推論を信じないのも、その……無理はない。むしろ、お前の男を巻き込んだ俺に、いや奪った俺に、まだよく仕えてくれるとありがたく思っている。だから、俺はお前には最大限の誠意を持ってだな……」
「そんなのはどうでもいいよルルーシュ。少なくともあなたはライが生きていると確信している。そうね?」
その言葉にルルーシュは驚いたようだった。しかし、カレンの。先ほどとは違う力強い表情を確認すると、彼は、その瞳に力を込めた。
「ああ、そうだ。助けてみせる。アイツは俺の親友だ。だからカレン、お前も」
カレンは、その言葉にウソが無い事を感じ、頷いた。
「うん、分かってる。正直、ゼロ=ルルーシュに全て納得してるわけじゃない。けど、あなたがライを助けると言うのなら、私はあなたの指示に従うし、あなたの目的への協力も惜しまない。そうね、今この瞬間、あなたの道は、私の道になった」
ルルーシュは瞳を細めた。パッと見れば不愉快そうなしかめっ面をしているが、この男は天邪鬼なので、おそらく、喜びを隠すためにこんな表情をしているのだろう。
ルルーシュは、カレンに数歩近寄った。
「分かった。誓おう。俺はライを取り戻す。そのために力は惜しまない」
「私も誓うわ。私はあなたのために力を尽くす。あなたの目的とライのために」
「これは契約だな」
傍で事の成り行きを見守っていたC.C.がポツリと呟く。
ルルーシュとカレンは、その比喩がおかしくて小さく笑いあった。
「……ありがとうカレン。そしてすまない。俺はお前の大切なものを奪ってしまったというのに」
カレンは小さく首を振った。
「それは違うわルルーシュ。今の結果は彼が選んだ事だもの。きっと、ライは巻き込まれたとかそういう感情なんて持ってない」
そして、カレンはこの部屋に入って初めて優しげな顔でほほ笑んだ。
「しっかりしてルルーシュ。親友であるあなたまでそんな間違いをしていたら、ライが悲しむわ」
「そうだな……」
「カレン。大丈夫なのか」
C.C.に訊かれて、カレンは顔を向けた。
「大丈夫よC.C.。もうたくさん泣いたもの。知ってるでしょ? だから、大丈夫」
「カレン、お前……神経がずぶとくなったな」
カレンはそれを聞いてガクッとコケそうになった。
「そ、そこは、素直に強くなったな。って言いなさいよ」
「それはすまなかった」
そう言ってC.C.は笑った。
●
「会いたかったわ、スザク……」
カレンの表情が怒りと喜びが入り交じった複雑な表情を浮かべる。
自分とルルーシュの道を妨げる敵。特にこの男には個人的な恨みもタップリある。
そしてここは学園ではない。感情を抑える必要は無い。
戦場で、二人は兵士。
「アンタには……」
スザクはライを撃った。傷つけた。許せない。許せるものでは無い。
同時に悔しい。
あいつさえ早めに殺しておけば、ライだってまだ自分の隣にいたはずなのに。
「今こそ……」
歪む。奴に対する何かが、それに呼応して表情が、心が、全てが奴にぶちまけろと憎悪に。
「こいスザク! 私と戦え!」
『カレン。君はまだ戦っているのか……』
スザクからの声に、カレンは怒声で応じた。
「当たり前よ!」
『ライはもういない』
スザクのその言葉に一瞬息を飲む。
処刑。
イメージがよぎる。
(違う! そんなわけない)
カレンは、思考を拒絶するように頭を強く振った後、ぬけぬけと告げた男を睨みつけた。
「黙れ! お前の言葉など誰が信じるものか!」
スザクは、息を吐いたようだった。
『……なら、何も言う事は無い。今更、許しは乞わないよ』
その時、“ランスロット”の右肩から長い砲身が伸びた。
「!」
カレンの脳裏に、“クラブ”が長い砲身を携えて味方の“無頼”を屠った光景がよみがえる。
――来る。あの赤い閃光が!
『隠れろ! 紅月!』
その時、近くにいた千葉の“月下”から、通信機越しに声が飛び込んできた。
カレンは岐路に立たされた。
(隠れるか? いや駄目だ。あいつはここに味方がいたと言うのに、あの馬鹿みたいに破壊力のヴァリスを発射した。すでにあいつはブリタニアの軍人。敵を倒すためなら、味方の犠牲も省みない非常な男)
奴は信用できない。
奴は友達二人を売った男。
“紅蓮”を移動させれば、それに合わせて、照準を変えてくるかもしれない。例えナナリーがいる大アヴァロンを傷つける事になったとしても。
(防ぐしかない!)
それに今、大アヴァロンにはゼロもいる。
ナナリーを、そしてルルーシュを殺させるわけにはいかない。
判断した次の瞬間。あの“クラブ”とは比較にならない力強い閃光が“ランスロット”の砲身から撃ちだされた。
「お願い、紅蓮!」
“紅蓮弐式”は腕を突き出し、赤い障壁を展開する。
しかし、
「っ、まさか!」
輻射障壁のパワーがいつもより弱い。間に合わせのうえ、連射がきかない甲壱型、というのもあるかもしれないが、それにしても障壁の出力が低すぎる。
――故障!?
今の黒の騎士団の整備力の無さが、ここに来て決定的になった。
閃光が飛来する。それは障壁をやすやすとぶち破り、“紅蓮弐式”の命ともいえる右腕を奪った。
●
『紅月!』
“紅蓮弐式”が腕を失い、制動を失って大アヴァロンから落下していくのを、一機の“月下”が追った。
それを眺めつつ、アーニャはフロートを吹かし、頭上から、その“月下”を鷲掴みにした。
『!』
パイロットが、驚きの吐息を漏らす。そして、手に持った剣でこちらを切りつけてきた。しかし、その剣は“モルドレッド”の強固な装甲に阻まれる。
「おしまい。かくれんぼは」
“モルドレット”は、“月下”の頭部を握る力を強めた。
“月下”はその間に、何度も紫の装甲を切りつける。しかし、逆に切りつける刀が壊れる有様だった。
「赤いのは落ちたから、もう前線にでても大丈夫。ロイは心配しない」
“月下”のパイロットが聞けたのかどうかは分からないが、その言葉を最後に“モルドレッド”は“月下”を握り潰す。
パイロットの安全を優先し、飛び出す脱出用のイジェクションシート。アーニャにとっては大切な友達であるナナリーを襲った黒の騎士団だ。一瞬、撃ち落してやろうかとも思ったが。
「……やめた」
アーニャはそれを実行に移さなかった。ナイトオブテンのような趣味はないし。それに、ロイはそういうのは嫌いだろう。
そう思ったからだった。