コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
「フロートに追いつけない!」
空を飛び回る“ヴィンセント”を、紅月カレンは憎々しげに睨みつけた。
戦局は、明らかに黒の騎士団にとって不利な状況に傾いていた。
大アヴァロンの対空攻撃を掻い潜り、取り付いたまでは順調だった。しかし、ギルフォード率いる、KMFの新装備フロートシステムを搭載した部隊が救援に駆けつけてから状況は一変した。黒の騎士団は、空を舞う巨人に振り回され、苦境に立たされていた。
すでに、何機かの味方の“無頼”は倒されている。
「ええいっ!」
左腕のグレネードを乱射する“紅蓮弐式”。しかし、当たらない。“ヴィンセント”は焦るカレンを嘲笑うかのように、スイと避けて、破壊力を伴った弾は青い空に消えていく。
機動性が違いすぎる!
地上では無類の強さを発揮した野獣も、空を飛ぶ鳥には爪が届かないのだ。
無駄と分かりつつも、カレンは射撃を続けるしかなかった。
『カレン隊長! このままでは――』
その時、部下が乗る“無頼”からの通信が途切れた。カレンが不審に思って目を向けると。
「!」
赤黒い閃光が“無頼”の脚部を貫いていた。“下半身”を完全に破壊された“無頼”は、壊れた人形のように崩れ落ちる。
「江島!」
仲間の撃破を目の当たりにし、部下の名を叫ぶ。そして、その光線が放たれた先を見る前に、
『う、うわぁああ!』
隣のもう一機の“無頼”が、同じ赤黒く細い閃光に貫かれて大破した。
カレンは首を回した。
「南さん!」
呼びかけるが返事は無い。緊急脱出のイジェクション・シートが飛び出したので、命に別条はないだろう。
(一瞬の内に二機も!?)
前を向くと、はるか遠く離れた空には、身の丈以上もある細長い砲身を肩に抱えた青いランスロットの姿があった。
「なっ、まさかあんな距離から!?」
搭乗者がスザクではないランスロット。
資料では何度か見たことがある。“ランスロット・クラブ”だった。
●
『ひゅ~。この距離から命中とは。すごいな“クラブ”の新兵器は』
通信機越しに、ジノの感嘆の声が漏れた。
可変ハドロンブラスター狙撃モード。“クラブ”の可変ライフル以上の射程距離を誇るこの兵器は、主人であるロイの期待に寸分違わず、しっかりと応えた。
ロイからも“無頼”二機のイジェクション・シートが確認できた。人を殺さず機体だけを倒す。“青い聖騎士”の名の通り、慈悲深き戦法だった。
(それにしても、地上兵器であるKMFで大アヴァロンに奇襲、か……)
ギルフォード卿からその旨を伝える連絡を受けたとき、ロイは純粋に、
(なるほど、その手があったか)と感心した。
空を飛ぶ鳥も、その身に取り付いた虫や植物の種を自由には落とせない。
(勉強になったよ。ゼロ)
内心で敵に称賛の言葉を送り、ロイは細長く展開した可変ハドロンブラスターを長距離モードから待機モードにした。
すでにこちらの位置は特定された。
狙撃というものは、こちらの場所が不明な状況で初めて意味を成すものだ。すぐに身を隠せるジャングルや市街地なら話は別だが、空では隠れる事もできない。
『紅蓮は残しておいたのか。気が利くな』
ジノの言葉に、ロイはハッとした。
「え、あっ、いや。そうだね、今なら確実に撃墜できたのに。僕とした事が……」
ありえない判断ミスだった。敵のKMF三機を捕捉し、その中にあの黒の騎士団のエースである“紅蓮弐式”も入っていた。
確実に撃墜できるタイミングだった。それなのに、ロイが撃ったのは二機の“無頼”。
たかが量産機である。
「無頼ではなく紅蓮を狙うべきだった……」
悔しげにロイが呟くと、紅蓮はこちらの射線から逃げるように、大アヴァロンの装甲の影に隠れる。
だが、そんなロイを咎める様子も無く、ジノはむしろご機嫌な様子で言った。
『何言ってるんだ。あの紅蓮をあっさり落としたらつまらないだろう。よし、あいつは俺に任せてくれ』
「いや」とロイは首を振る。
「責任は僕が取ろう。君は“月下”の方を」
『あっ、おい!』
ジノの制止を聞かず、ロイは“クラブ”のフロートを加速させた。
(ナナリー総督も心配だけど。まずは黒の騎士団を壊滅させなくては)
そうしないと、安全にナナリー総督を連れ出すのも難しい。
時間の勝負だった。見る限り大アヴァロンのフロートは停止状態。サブシステムでなんとか浮遊している状態で、そう長くはもたないと思えた。
もっとも、大アヴァロンのフロートが損傷しているというのもおかしな話だった。黒の騎士団はおそらくこの大アヴァロンの鹵獲を考えていたはずだ。
「っ、アプソン将軍……」
ロイは煙のあがるフロートを拡大表示させて、憎々しげにその名を呟いた。おそらく、アプソン将軍自身がこの大アヴァロンのフロートを傷つけたのだろう。
(敵に渡すぐらいなら。とでも思ったのか、愚かな……)
本当は、アプソン将軍はそんな事など考えず、ただの衝動的な行為の結果、この大アヴァロンのフロートは損傷したのだが。それは愚かどころかただの馬鹿と言える行為であり、いくら聡明なロイでもその事実に思い当たる事はなかった。
いや、思い当たる必要もなかった。思い当たった所で、ロイの中のアプソン将軍の評価が愚かな将軍から、馬鹿な将軍に変わるだけの話である。
ロイの視界に大アヴァロンの白い装甲がグングンと大きくなる。そして、一角に、あいつはいた。
「これが、“紅蓮弐式”か」
ロイは改めて、敵のエース機を観察する。
肉食獣を思わせる機動。猛禽類を彷彿とさせる外見。
まるで紅い野獣だった。
「……さて」
どう攻撃を仕掛けるか。
あのように、大アヴァロンに取りつかれたら、可変ライフルや可変ハドロンブラスターはもちろん使えない。
ナナリー総督が脱出するまで、少なくともこの戦艦を海に叩き落すわけにはいかなかった。
となると、選択肢は一つしかない。
ロイは旋回しつつ、二振りのMVSを引き抜いた。鞘から解放されたショートソードタイプのMVSは主人の攻撃の意志に呼応するように、断続的な唸りをあげはじめる。
「まずは、小手調べだ」
滑空するように接近。
紅蓮は動かない。牽制の射撃も無い。こちらが、近接武器を手にした以上、その土俵に上がってやるとでも言わんばかりにどっしりと構えている。
(へぇ、黒の騎士団のエースは女だったはずだけど)
並の男以上に肝が座っているようだ。
ロイは紅蓮の懐に、滑り込むように着地し、赤い装甲を断ち切ろうと左右の剣を振るう。
洗練された剣筋。二本の剣がまるで獲物を追い詰める猟犬のように連携し、追い詰め、そして“紅蓮弐式”を切り裂こうと食い下がる。
それを“紅蓮弐式”は俊敏な機動で全て躱した。
ロイの口元に、楽しげな歪みが生まれた。
「やる……しかし!」
“クラブ”は剣を振るう手を止めなかった。触れれば切れるその刃が何度か紅い装甲を削り取る。
紅蓮は“クラブ”の疾風の如き攻撃を嫌がって、後方に跳躍した。
すかさず追撃する。
すると距離を空けた“紅蓮弐式”は地を蹴り、身の丈程もある大きな右腕の振り上げて突進してきた。
――輻射波動か!
情報部のデータベースで見たことがあった。
巨大な爪で相手をわしづかみにし、そこから破壊の衝撃を叩き込む必殺の武器。しかし……。
(当たらなければ、どうという事は無い!)
ロイは迫る禍々しい指のような爪を冷静に眺め、タイミングよく操縦桿を動かして初撃をかわす。しかし、紅い野獣の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
今度は、こちらが受けに回る番だった。
“紅蓮弐式”はその場でステップを踏みながら“ランスロット”や、“クラブ”特有のスピード感のあるダンスのような優雅な機動ではなく、どこか野生的な機敏さを持って、突発的な足払いを織り交ぜた、爪の連続攻撃を繰り出してくる。
“クラブ”はそれらをその場から一歩も引かずにかわし、凌ぎ続ける。
スピードはあるが、読みやすく単純な攻撃をするパイロットだ、というのがロイの第一印象だった。
とはいえ“紅蓮弐式”のパワーは“クラブ”と同等かそれ以上。力強く繰り出された爪や攻撃が青い装甲をかすめるたびに、風圧が装甲を抜けてコックピットまで届く気さえする。
それに“読み易い攻撃”といっても決して“読める攻撃”ではないわけで、しだいにロイの額に冷たい汗が浮かぶのも無理は無かった。しかし、攻められ、下がり、押されれば“紅蓮弐式”のパワーで一気にねじ伏せられる可能性がある。
だからロイは引かない。いや、引けない。引いたらむしろやられる。しかし、ロイとてこのままずっと受け手に回るつもりは微塵もない。
やがて、攻め疲れたのか“紅蓮弐式”の攻撃の鋭さがふいに緩んだ。
どんな力強い暴風を伴う台風も、いずれ通り過ぎ、納まる。そういう事だ。
ロイは、ここぞとばかりに操縦桿を一気に前に倒した。
フロートが火を吹き、青い機体が前に奔る。次の瞬間。“クラブ”が“紅蓮弐式”を体当たりで吹っ飛ばした。
確かに、“紅蓮弐式”のパワーは“クラブ”以上だが、フロートを利用すれば話は別だ。このブリタニアのテクノロジーが結集された装備は黒の騎士団の最新鋭機を単純なパワーでたやすく圧倒した。
よろめく“紅蓮弐式”。その様子をロイは淡々と眺め、“クラブ”に双剣を握り直させ、グリップを確認する。
――終わりだ。
フロートではなく大アヴァロンの装甲をつたってランドスピナーで飛び出す“クラブ”。
“紅蓮弐式”は完全に死に体。“クラブ”があと数歩踏み込めば、剣のエリアに入る。そしたら切り伏せて終わりだ。
しかし、今にも“クラブ”の勝利が確定しようとしたその瞬間。コックピット内に赤い光を伴ってアラームが鳴り響いた。
ロイは咄嗟に剣先を止めて、フロートを使い宙に飛び、“紅蓮弐式”と距離を取る。
周囲を確認する。
アラームが鳴った原因はほどなく分かった。
「なっ――」
ロイは言葉を失った。
『おいおいおいおい!』
いつの間にか四聖剣の朝比奈、仙波を撃墜していたジノも、ロイと同じ事実に気付いたようで、通信機越しに驚きの声を上げた。
目前に薄い紫の装甲が視界いっぱいに迫っていた。
大アヴァロンの護衛を務めていた小アヴァロンが制御を失って、こちらに近寄ってきているのだ。このままでは、ぶつかって……。
『ロイ!』
「分かってる!」
ロイとジノはその掛け声で、お互いがやるべき事を理解した。
大アヴァロンも小アヴァロンも損傷が激しく、その上、フロートのエンジンも止まって、どちらもサブシステムで何とか浮遊している状態。回避は不可能。となれば、外部的な圧力によって小アヴァロンの軌道を逸らすしかない。
ジノは小アヴァロンに“トリスタン”の機首を向ける。ロイは再び、“クラブ”の可変ハドロンブラスター狙撃モードを展開した。
しかし、どちらも頭によぎる不安は同じだった。
――やれるか、砲撃戦用ではないこの機体で。
“クラブ”の可変ハドロンブラスター狙撃モードは貫通力はあるが破壊力が心もとない。“トリスタン”の例の武器も調整中で使用不可能。
絶望的なまでの火力不足。
しかし、やるしかなかった。この大アヴァロンには命をかけても守らなくてはならない人物――ナナリー総督が乗っているのだ。
騎士二人が覚悟を決めたその時――。
巨大な熱量の塊が空を切る音の後、どこからとも無く赤黒い閃光が飛来した。その赤黒い閃光は大アヴァロンのブリッジをかすめ、“クラブ”と“トリスタン”の中間を少々“トリスタン”寄りに抜け、今にも突っ込もうとしていた小アヴァロンに伸びて激突した。
一拍置いて、小アヴァロンには炎があがり、艦は爆発。その後、霧散した。
膨大な熱量が、周りにいる人間の肌を、爆発の光が視界を焼いた。
その様子を戦闘中の誰もが――黒の騎士団も、ギルフォードもただ呆然と眺めていた。そんな中、ロイとジノだけが、笑みを浮かべた。
『相変わらずだなモルドレッドのやることは』
「ああ、ちょっと。もとい、かなり心臓に悪かったけどね」
『なんだ、ビビったのか?』
「う~ん。ビビったというか、なんというかヒヤリとした」
そして、ロイは遠い空で浮かぶ“モルドレッド”に通信を開いた。
画面に映ったアーニャは自慢げにえっへん、と胸を張っているように見えた。いかにも褒めて褒めてといったオーラを醸し出しているようにも感じた。
そのしぐさを見て、ロイはまた軽く笑った。
「よくやったアーニャ。でもシュタルケハドロン砲はもう使わないようにしよう。君の腕を疑うわけじゃ無いけど、万が一ナナリー総統を巻き込んだらマズイし、それに……今、結構“トリスタン”が際どかった。一瞬ヒヤリとしたよ」
『えっ?』
それを聞いてジノが声を上げた。どうやら、あちらのコックピットからでは、赤黒い閃光が“トリスタン”の下、結構ギリギリを抜けていったのが見えなかったらしい。
すると、
『大丈夫。ロイには絶対に当てない』
アーニャはまた、だから大丈夫。とでも言いたげに胸を張った。
『ば、馬鹿! “トリスタン”にも絶対当てるなよ!』とジノが怒るのも無理はなかった。
○
二対のメインカメラがこちらを向いた所で、紅月カレンはようやく小アヴァロン爆砕の呆けから立ち直り、そしてすぐに呆けていたことを後悔した。
目の前にいるナイトオブラウンズの機体“クラブ”と“トリスタン”。一騎当千の機体がこちらに狙いを定めている。
背筋に冷たいものがよぎるのを感じた。
「く、来るか」
“紅蓮”を身構えさせる。しかし、二機はすぐに襲ってこなかった。それどころか“トリスタン”はフロートを吹かしてどこかへ飛んでいってしまった。
“紅蓮”の眼前には“クラブ”だけが残った。
遠くの空に浮遊している“モルドレッド”も戦闘に加わる意志は無いらしく、大アヴァロンの周りを飛んでいるだけである。
どうやら、この“紅蓮”は“クラブ”一機で事足りると判断されたらしい。
(舐められたものね……)
しかし、それが当たり前というのも理解できた。
『“紅蓮弐式”のパイロット』
外部スピーカーを通して“クラブ”のパイロットからの声がした。
カレンがその唐突さに驚いて、返答するかどうかを迷っている内に“クラブ”からの言葉は続く。
『降伏する気はありませんか?』
なんだそんな事か、とカレンは肩透かしをくらった気分になる。カレンは鼻を鳴らし、外部スピーカーの電源を入れた。
「ありがとう。優しいのね」
と、おしとやかに言ってやり、侮蔑の笑みを浮かべた後、声のトーンを一つ下げ、
「それとも……戦死じゃなくて、公開処刑の方がそちらの都合がよろしいのかしら?」
少しの沈黙があった。
『そんなつもりは……』
「あなたはそんなつもりじゃなくても。ブリタニアはそうでしょ? だから」
“紅蓮弐式”は爪を構える。それがカレンの意思表示だった。
「第三の選択をさせてもらう。私はあなたを倒して、生き残って、目的を達成する」
“クラブ”は構えなかった。
『……こちらも時間に余裕があるわけではありません』
その男の穏やかとも表現できる声に、微かな殺気が重なった。
『あなたでは僕に勝てない』
そうだろう。それは先ほどの戦闘でよく理解できた。ただ、この目の前の男がカレンと同レベルであるスザクに比べて強いというわけでは決してない。おそらく、純粋な強さで言えば“クラブ”のパイロットとスザクでは、十中八九スザクの方が強いだろう。
多分、相性の問題だ。思えば、カレンにとってのライがそうだった。
ライは究極的に理詰めを持って戦闘を行う。そういう相手は自分にとって最も苦手なタイプなのだと、カレンはかつて彼との模擬戦で散々思い知らされた。
目の前の男も、おそらくはそんなタイプだった。
『これが最後です。僕はあなた程のパイロットを殺さずに取り押さえる自信は無い。悪い事はいいません。投降してください』
その呼びかけに、カレンはスラッシュハーケンの射出で応えた。ワイヤーでつながれた刃を、“クラブ”は双剣を最小限に動かして弾く。
「これが返答よ!」
『……残念です』
“クラブ”は剣を構えたまま後ろに跳躍して距離を取る。
そして告げる。
『僕の名前はロイ。ナイトオブゼロ、ロイ・キャンベル』
驚くべき事だが、カレンはここで初めて、目の前の男があの文化祭の時に、自分にクレープを差し出してきた人物だと気付いた。
もちろん、カレンは文化祭での彼がナイトオブゼロだと知っていたし、“クラブ”が出てきた時点で、相手はロイ・キャンベルだと認識してはいた。
でも、あの平和な学園で優しいほほ笑みを持ってクレープを差し出してきた男と、鋼鉄の巨人を操って殺し合いを行う人物とはどうしても繋げられなかった。
カレンは戦争という現実に悲しみの感情を抱いたが、それは本当に一瞬で、次の瞬間にはカレンにとって目の前の男はただの倒すべき男となっていた。
カレンは、戦士なのだ。
「カレン。紅月カレンだ」
『……良い名です』
それが最後だった。両機はそれぞれの武器、それぞれの構えで、お互いの距離を測る。
先に動いたのは“クラブ”だった。
“クラブ”は剣を構えランドスピナーで甲板を疾走。真っすぐ向かう。愚直で、フェイントも無い。本当に真っ直すぐ。
「そんな馬鹿正直な攻撃でっ!」
“紅蓮弐式”は遠慮など微塵もせずに爪を繰り出す。それに対して“クラブ”は避けようともしない。
――もらった!
カレンは勝利を確信した。意外に倒すのは簡単だった、そう思った瞬間。
“クラブ”は目の前から消え失せた。
カレンは目を見開いて息を飲んだ。同時に、必殺の白い爪がむなしく空を切った。