コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
モニカから送られてきたデータを参考にして、ナナリー総督の空港到着から政庁までの警備計画を細部修正していると、机に備え付けられた通信機が鳴った。
ロイは素早く片手で受話器を取る。しかし、もう一方の手は作業を止めない。
「僕――いや私だ。何か?」
オペレーターが電話越しに応えた。
『キャンベル卿。ベスタ島基地のギルフォード卿より通信です』
「ギルフォード卿から?」
意外な人物からの連絡に、ロイは目をしばたたかせた。
ロイは、あのギルフォード卿が自分に連絡をしてくる理由が全く思い当たらなかった。
「分かった。じゃあ私のパソコンにつないでもらえるかな」
『かしこまりました』
受話器を置くと、パソコンにウィンドウが現れてそこに一人の男が映し出された。
ロイは、作業の手を完全に止めた。
「お久しぶりです。ギルフォード卿」
軽くあいさつをすると、画面の中の男――コーネリア皇女殿下の騎士ギルバート・G・P・ギルフォードは鋭利な顔に、柔和な笑みを浮かべた。
『お久しぶりですキャンベル卿。貴卿のラウンズ就任式でお会いして以来ですね』
「ええ、その節はお世話になりました。ところでギルフォード卿は先日の政治犯強奪事件で負傷し、療養のために本国に帰国していると聞きましたが。もう、お体の方はよろしいのですか?」
『はい、お陰様で回復いたしました。本日より、私もエリア11での任務に戻らせていただくつもりです』
「それは大変心強い事ですが……大丈夫ですか? 画面越しで見る限りでは、どうも顔色がよろしく無いようですが」
そうロイが尋ねると、ギルフォードの顔にスッっと影が差した気がした。
「ギルフォード卿?」
『はい。実は……私がブリタニアの空港を出るとき、ある部下が「自分は退院します! ついて行きます!」と重症のくせに我侭を言いまして。それを諌めるのに手こずったものですから……』
「我侭?」
『まぁ、けがが治るまでおとなしくしていろと一喝し、黙らせました。ですが、あの様子では私の制止も一カ月もつかどうか……』
ギルフォード卿の部下と言えば。おそらくグラストンナイツのメンバーだろう。そして、現在も本国で療養中ともなれば一人しかいない。
「そうですか。ここはかつてコーネリア皇女殿下が治めた土地ですので、やはりアルフレッド卿も相当強い思い入れをお持ちなのですね」
『アルフレッドをご存じなのですか?』
ギルフォードが意外そうな顔をした。
ロイは頷いて応えた。
「ええ、彼とは一度、東ロシア戦線で小隊を組んだ事がありますので」
一年ぐらい前、ロイが初めてラウンズとしての任務に就いた時の事だった。
アルフレッドは一時エリア11から本国に報告に戻っていた時に、命令を受けて助っ人として東ロシアにやってきた。その時に出会い、ロイはアルフレッドと三日間作戦行動をともにしたのだ。
『ああ、なるほど。やつが我侭を言う原因はキャンベル卿でしたか……』
「はい? 原因?」
『いえ、合点がいきました。恐らくあなたに恩義を感じているのでしょう。だから早く戻りたいと……』
「へ?」
『おっと、これから先は本人の口からいう事ですね。でしゃばりは控えましょう』
「はぁ……」
ロイが曖昧な返事を返す。
ギルフォードは咳払いしてから、その顔を真面目な軍人のそれに戻した。
『それより。先ほどナナリー総督を乗せた大アヴァロンが補給のためベスタ島基地に到着いたしました』
それを聞いて、ロイも表情を引き締めた。
「そうですか。報告感謝します。護衛は確かアプソン将軍でしたかな?」
『はい』
「そうですか……」
アプソン将軍はあまり良い評価を聞かない人物である。ロイはギルフォードには気付かれない程度に顔を険しくした。
「では、ギルフォード卿。あなたは高速艇で一足早くこのエリア11に戻ってきていただけませんか? 空港の防備を固めたいと思いますので」
『了解しました。ですが……』
と、ギルフォードが言いよどんだのをロイは見逃さなかった。
「ギルフォード卿。何か心配事でも?」
ロイが尋ねると、ギルフォードは少し躊躇って、
『はい、どうも嫌な予感がするのです。できれば、私はナナリー新総督とともにエリア11に参りたいのですが……』
ロイはそれを聞いて、「ふむ」とアゴを指でなぞった。
「参りたいのですが、というのはどういう事ですか? いや、待った……それ以前にあなたが今そのペスタ島にいるのはおかしいですよね。今、思い出しましたが、私が聞いた限りでは、あなたはナナリー総督がエリア11に到着されるずっと前――予定ではすでにエリア11到着しているはずでは?」
『……はい』
「それなのに、あなたはまだベスタ島にいる。理由をお聞かせ願いますか?」
これは問題である。ギルフォード卿は軍であらかじめ予定されていたエリア11への帰還ルートを外れて、自分の部隊を率いて自由奔放な行動をしている事になる。
もちろんあのギルフォード卿の事なので、何か理由はあるのだろうが、だがこうやってその事実を知ってしまった以上、黙って見逃せるほど、ラウンズという立場の責任は軽くない。
ギルフォード卿はロイの怪訝そうな瞳を真っすぐ見つめ返した。
『実は……私はアプソン将軍には内緒で、大アヴァロンに捕捉されない距離を保ちつつ、自分の部隊を率いてこのペスタ島にやってきました』
「? それは一体どういう事ですか?」
『護衛です』
「護衛? 誰から守る護衛ですか?」
『ゼロです』
この答えには、ロイも「馬鹿な」と驚くしかなかった。
「そんな場所をゼロが襲うわけがないでしょう」
『はい。ここまではやつも姿を現しませんでした。しかし、エリア11に近づけば近づくほど、やつが現れる可能性が高くなります』
「ギルフォード卿。悪い事は言いません。少し冷静になって考えてみてください。カリフォルニア基地からベスタ島基地の空路上でゼロが襲ってくるわけがないではありませんか。事実こうやって襲われなかった」
『はい。私も99,9%襲われないと思っていました。しかし、ここからエリア11への間ならありえるかもしれません。本当ならば、私たちは大アヴァロンに沿う形で同行したかったのですが、カリフォルニア基地で、アプソン将軍にわが部隊も同行させてほしいと頼んだところ、断られまして……』
と、困った様子で言うギルフォード。
あの将軍の性格ならそう言うだろうな、とロイは思った。将軍とは顔見知りではなかったが、頑固者といううわさはいろいろと聞いていたからだ。
だが、それはこの際、問題ではない。
「だから軍の規則を破って、自分の部隊とはいえ、あなたの独断でブリタニアの軍を勝手に動かしているのですか?」
ロイがそう咎めるように言っても、ギルフォードは全く臆する様子を見せず、むしろ堂々として言った。
『私は、ゼロを甘く見たくはないのです』
ロイはそれを聞いて、またか、と視線を上げた。
「あなたもですかギルフォード卿……」
『はっ? あなたも?』
「あっ、いや……」
ロイは、自分から不意に出た言葉に軽く驚いた。
こうやって、無意識に言葉が出るという事は、どうやら、自分は先ほどスザクと行ったやりとりを少々根に持っているんだな、と気付かされる。
「スザクもそう言って、僕の制止を聞かずに中華連邦の総領事館にゼロの身柄引き渡し要求に行ったものですから」
『枢木卿が……』
「ええ、困ったものです」
――ゼロを甘くみるな。
そう言って――いや、言い続けて、スザクはロイの制止を聞かず、領事館に行くと言ってきかなかった。
ロイの意見としては。オデュッセウス殿下と天子様のご婚儀も早まった事だし、あまり中華連邦を刺激するような行動はどうかとも思った。
それにご婚儀が執り行われれば、さすがに中華連邦もゼロを匿うことは止めるはずである。いや、むしろ向こうからゼロを差し出してくるかもしれない。
われわれブリタニアはそれを待っていればいいのだ。なのに、スザクはわざわざ波を立てに行った。しかも、ナナリー総督が到着するこの大事な時期にだ。
『賢明な判断です』
しかし、ギルフォードはスザクの行動を擁護した。呆気に取られるロイを尻目に、卿の鋭利な瞳がさらに細くなった。
『私には、あのゼロが自分が中華連邦から追い出されるのを手をこまねいて見ているとは思えません』
ロイはギルフォードの言葉を聞いて、机に肘を付き、指を交わらせモニターの前にゆったりと上半身を近づけた。
「ではギルフォード卿。つまり、ゼロは何かしらの行動を起こす。と、そうおっしゃりたいのですか?」
ギルフォードは小さく頷いた。
『その可能性は高いでしょう。ですのでナナリー総督が就任されるこの時期、取り返しが付かなくなる前にゼロを確保したい、という枢木卿の考えは分からなくもありません。とはいえ、外交問題に発展するような問題を起こすのもどうかとは思いますが……』
「その点は大丈夫です。ナイトオブスリーやナイトオブシックスも同行しています。それに、スザクだって政治というのをちゃんと理解している人物です。外交問題になるかならないかの見極めはできるでしょう」
と、ロイは自信ありげに言った。私は完全にスザクを信頼していますから、という顔をロイは作った。
だが、それはうそだった。
そもそも、本当にスザクに外交問題になるかどうかの見極めができると思っていれば、彼が領事館へ行くというのをロイは制止したりはしない。
実を言えば、ロイはスザク一人で領事館に行かせるのはかなり不安だった。なぜならば、スザクはゼロに対しては冷静さを失う節がよくあるからだ。
感情的になる、衝動的になる、と言い換えても良い。
それはユーフェミアを交えたスザクとゼロの過去の確執を見れば仕方が無いとも言えるが、だからといって暴走してもらっては困る。なのでロイは、ジノとアーニャも同行するならという条件付きでスザクが領事館に行くのを嫌々ながらも納得した。
ちなみにスザクに付き添う二人には「くれぐれも問題を起こさないように。スザクが何かしそうになったら止めるように」と出発する時にスザクに隠れて何度も言い聞かせた。
本当ならロイは自分が付いていけばもっと確実だったのだが、モニカと通信の約束もあったし、一人ぐらいラウンズが政庁に残ってないといざとなった時に困る、という判断だった。
ギルフォードは少し思案顔をしてから口を開いた。
『そうですか。ただ正直に個人的な意見を言わせていただければ。やはり多少中華連邦との関係が悪くなったとしても、早々にゼロを捕まえるべきだと思います。
「……ほぅ」
ここで、ロイはゼロに対して、ある種の驚きにも似た感心を覚えた。
(それほどの男なのか。ゼロ)
スザクもギルフォードもブリタニア屈指の騎士と言っていい人物だ。その二人が――実際ゼロと相対したことのあるこの二人が、そろってゼロに脅威を感じている。
(ここまでくると、もしかして僕の方がゼロに対する認識が甘いんじゃないのか、とすら思えてくるな。それとも、この二人が単に気にしすぎなのか……)
『キャンベル卿?』
少し考え込んでいたようだった。ロイはギルフォードの不審げな声を聞いてハッとした。
「はい、何でしょうか」
『すみません。差し出がましい事を申しました』
「いえ、あなた程の人物が危険視するのです。なるほど、私は少しゼロという人物を甘く見ていたのかもしれない。注意しますよ」
『はい。キャンベル卿も油断なさらぬよう』
「ありがとうございます。して、ギルフォード卿」
ロイはモニターに対して、ゆっくりと体を近づけた。
「私への要求を聞きましょうか。わざわざ隠密行動をとっているのも関わらず、こうやって連絡をしてきたのですから。行動を黙認してくださいとかそんな内容じゃないんでしょう?」
行動を黙認してくださいと頼むもなにも、ロイはそんな事を知らなかったわけだから、こうやって連絡する意味がない。そして、ギルフォード卿はとりあえず“甘そうな”上司に連絡だけしておいて、後で、
「キャンベル卿には今回の私の行動は伝えてありました」と言って厳罰逃れをするような人物でもない。となると、何かしらロイにしてほしい事があってこうやって連絡してきたと思うのが普通だろう。
ギルフォードは躊躇わなかった。
『はい。実は私の部隊が使っていた輸送機が、急に調達した古い機種なのもあってかエンジントラブルのため、修理に二時間程かかる事が判明いたしました。しかし、その間にナナリー新総督を乗せた大アヴァロンはこのベスタ島を出航してしまいますので……』
(つまりは、ラウンズの権限でなにかしらの航空手段を確保してくれないか、という事か……)
と、ロイは解釈した。
それならば、この通信は本来スザクにつなぐはずのものだったのかもしれない。いや、多分そうだろう、と判断できた。
この種のお願いならば、ギルフォード卿にとっても顔見知りであるスザクに頼むのが普通であるし、確実だ。しかし、今はスザクがいないので、それならばロイに、という事だろう。
(ジノやアーニャに比べて説得しやすいとでも思われたのかもしれないな)
そう思って、ロイは心の中で苦笑した。しかし、たとえそう思われていたとしても、いや、そう思われたぐらいで傷つくような安いプライドをロイは持ち合わせていない。
「では、こうしましょう。私の部隊でもある“キャメロット”が使用している“アヴァロン”も確か予定ではその基地に給油のため立ち寄っていますよね? 本来なら“アヴァロン”はアプソン将軍出発の一時間後にその場所――ベスタ島基地を離れることになっていますが、……予定を繰り上げて三0分後に出立にしましょう。そして、ギルフォード卿の部隊にはその“アヴァロン”の護衛をナイトオブゼロの名において正式にお願い――いえ、命令します。これで、よろしいですか?」
そうすれば、もし、ナナリー総督の乗る大アヴァロンの方に何かあったとしても、KMF用の例の装備の量産化の事もあるし、すぐに後ろから駆けつけられる。
ギルフォードは自分の意見がすんなりと通った事に、一瞬目を見開いて驚いていた。しかし、すぐに、ほっとしたような表情を浮かべた。
『感謝いたします』
「いえ。私はあなたの意見を聞いて、よりナナリー新総督の安全が高い選択をしたまでです。では、“アヴァロン”の責任者であるロイド伯爵にはこちらから連絡を入れておきます」
『よろしくお願いします』
背筋の伸びたギルフォードの敬礼を最後に、通信は切れた。
執務室には再び静寂が訪れる。ロイは真っ暗になったモニターを見つめ、呟く。
「……ゼロか」
ロイの頭の中にスザクとギルフォードが言った、
――ゼロを甘くみるな。
――ゼロを甘くみたくはないのです。
という言葉が何度もよぎる。
ロイは妙な胸騒ぎを感じて、もう一度、情報部から届けられた黒の騎士団のデータを確認する事にした。
パソコンを操作し、黒の騎士団の最新情報を表示させる。
しかし、何度確認してもその航空戦力の欄には、“黒の騎士団には航空戦力は無し”としっかり記載されていた。それは情報部の報告を信じるならば、黒の騎士団は空中戦ができないとい、つまり、ナナリー総督は少なくとも空にいる限りは安全という事になる。
黒の騎士団に航空戦力は無い。
これは前々から判明していた事で、だからこそロイ達ラウンズは、もし黒の騎士団が総督を狙って何らか行動を起こすとしても、ナナリー総督が到着する前後、つまり空港か、政庁までの護送ルートが一番危険であると判断し、ナナリー総督に先立ってこの土地にやってきて防備を固めていたのだ。
しかし、ロイはスザクとギルフォードの言葉を聞いて、自分たちはいつの間にか襲撃があるとすれば、空港到着前後、という固定観念に囚われてしまっていたのではないか? とそんな不安に駆られた。
――ゼロを甘くみるな。
――ゼロを甘くみたくはないのです。
スザクとギルフォードの言葉が再びロイの頭によぎる。
(それはつまり、黒の騎士団はナナリー総督を空港ではなく、渡航中に襲う可能性があるという事か?)
そう思い立って、ロイはパソコンにエリア11を中心とした地図を表示させた。そこにはブリタニアからこのエリア11に来るまでにナナリー総督が通る空路が示してあった。
(僕が黒の騎士団のリーダーだとする。そして敵にバレていない航空戦力を保持している。と仮定して……)
海上決戦。それを行う場所として、大アヴァロンの航空ルート上、黒の騎士団に一番都合が良い場所。それは、
「ポイントT-2031……」
ここだ、というかここしかない。ここならば、他のブリタニア軍施設からもっとも離れているため、もしナナリー総督が襲われても他の基地から救援に駆けつけるのに時間がかかる。
少なくとも自分が黒の騎士団のリーダーで大アヴァロンと一戦を交えるつもりなら絶対にこの場所で待ち伏せをする。だが……。
「う~ん」
ロイは、頬をポリポリと掻いた。
「そもそも、航空戦力をそれなりにそろえていたとしても、あの大アヴァロンの編隊に敵うかな……」
攻撃を加える。これは誰にでも可能な事だが、敵を撃破するとなると話が違ってくる。それが分からないゼロでは無いだろう。
ナナリー総督を護衛し、このエリア11まで送り届けてるのはアプソン将軍率いる量産化された空中戦艦アヴァロンの編隊だ。
それらは一隻で街一つを焦土にできる力がある。しかもそれが五隻、五隻も護衛についているのだ。
生半可な航空戦力で奇襲を敢行した所で、このアヴァロンの編隊はビクともしないだろうし、たとえこの大アヴァロンを撃破できるほどの航空戦力を持っていたら、さすがにそんな大きな規模の戦力の保持を情報部が見逃すわけがない。
それこそ、ゼロが奇跡でも起こして、短時間で師団クラスの航空戦力をそろえられるというのなら話は別だが。
「それとも、僕は何かを見落としているのか?」
ロイは画面上の海図を見つめてうなる。
黒の騎士団がブリタニアの情報部が見逃してしまう程度の小規模および中規模の航空戦力を持っていたとしても、やはりそれでアヴァロンに戦いを挑むのは無謀すぎる。
それならまだナナリー総督が空港に到着した瞬間に地上戦力である無頼や月下のKMFで突撃をかけた方が現実的だろう。もっとも、空港には自分たちラウンズが四人もそろっているので、たとえ黒の騎士団のKMFが軍団規模で攻めて来たとしても遅れなどとらないが。
「……まぁ、念のためだ。アヴァロンの通過するT-2031に先行してこちらから偵察機を飛ばしておくか」
――あらゆる状況を予想し、それに対応できる策を練る。
モニカの言葉だ。しかし、これが、帝国を守護するナイトオブラウンズの役目である。
○
ギルフォードがナイトオブゼロとの通信を終えると、部下の一人、グラストンナイツのデヴィットが話しかけてきた。
「どうやら、キャンベル卿をうまく説得できたようですねギルフォード卿」
「説得?」
そう言ってギルフォードはデヴィットをチラリと見やった後、その視線を再び真っ暗になったモニターに戻した。
「少し違うな、あの方を説得したのではない。あの方がこちらに理解を示したのだ」
「はっ?」
「説得というものは伝える情報を全部提示して、それから始めるものだ。私は、今の会話では情報の提示しかしていない。情報を聞いて、判断をしたのはキャンベル卿だ。なるほど。アルフレッドが熱中するのもわかるな。賢い人物だよ」
そして、ギルフォードはフッと軽く笑い、
「いや、それとも人が良いだけなのかな」
「?」
デヴィットが首をかしげる。その様子を見てギルフォードはまたほほ笑んだ後、すぐに顔を引き締めた。
「さぁ、聞いての通りだ。われわれはロイド伯爵の“アヴァロン”に搭乗する。すぐに取り掛かれ」
「イエス・マイ・ロード!」
デヴィットの敬礼する横を通り過ぎ、ギルフォードは通信室からペスタ島基地の廊下に出た。
○
黒の騎士団が中華連邦領事館から抜け出して一夜が明けた。
「……」
紅月カレンは租界地下に作られた地下道を歩いていた。
地下道。と言っても、この場所はブラックリベリオン以前から黒の騎士団が、よく使っていた施設で、横幅はちょっとした体育館ぐらいの広さがあり、簡易な宿泊施設や通信施設等が存在し、さらにその周りには黒の騎士団のKMFである無頼と月下が所狭しと並べられていた。
つまり、この場所はちょっとした地下基地とも言えた。
もう少しで出撃なのもあってか、ここは整備兵達の飛び交う声で騒がしかった。
だが、そのKMFが並べてある空間を通り過ぎるとやがて喧騒も無くなった。
自分の歩く足音が反響する音を聞きながらしばらく通路を進むと、カレンはやがて目的の場所に着いた。
そこには布で仕切られた一角があった。ここは現在、カレンの所属する黒の騎士団のリーダーがいる場所だった。
「失礼しますゼロ。零番隊隊長紅月カレンです」
仕切られた布の前でそう言うと、
『入ってくれ』
「はい」
カレンは声に従って、空間を覆っていた布をサッとどけた。中には簡素な机とテーブル。椅子が数個。粗末なベッド。そして、
『呼び出してすまなかったなカレン』
カレンの上司であり黒の騎士団のリーダー、ゼロがいた。木製の椅子がある中で、唯一革張りの椅子に座っている。カレンが入ってきたのを確認すると、その椅子をクルリと回転させてその体をこちらに向けた。
黒い仮面に黒い装束。何度見てもセンスが悪いとカレンは思う。もっとも、このゼロという人物の服装をどうこう思い始めたのは、ゼロの正体を知ってからだったが……。
「何か御用でしたか。ゼロ」
カレンはゼロの前に立ち、敬礼こそしなかったが一年前と変わらない敬意を持って尋ねる。
ゼロは腰掛けた椅子でゆったりと足を組み直し、そして言った。
『君に、作戦前に話しておきたい事があってな』
「? 何でしょうか?」
『一応人払いはしたんだが……気配は?』
「気配? ああ、少しお待ちを」
そう言ってカレンは周りの人の気配を探った。遠くから先ほどの喧騒が聞こえてくる他は、この辺りに人の気配は一切しなかった。
つまり、ここで何を話そうともそれが第三者に聞かれる心配はないという事だ。
「大丈夫です。人の気配はありません。もっとも、猫の気配はしますけど」
「やっぱりすごいな。お前は」
カレンがゼロから視線を外し、ジト目で布で仕切られた空間の一角を見ると、そこの布が不意に揺れてその隙間から一人の女性――C,C,が現れた。
「あんたの気配は、薄いようでなんか目立つのよC,C,」
「そうか? これでも潜入は得意なんだが」
C,C,はそう言って、クスクスと笑った。女性のカレンから見てもその笑みは綺麗だなと思えた。
『茶化すなC,C,。それとなカレン――』
二人の女性の会話を遮り、ゼロは己の仮面に手をかける。同時に空気が抜ける音がして、彼はその仮面を脱いだ。
繊細で綺麗な顔が現れる。ゼロの正体――ルルーシュ・ランペルージだった。
カレンはそれを見届けて、片方の眉をピクリと上げた。
「仮面を取ったという事はゼロとしてではなく。ルルーシュとして私に用があるという事かしら?」
ルルーシュはほほ笑みもせず神妙な顔で「ああ」と小さく頷く。その隣では、C,C,がそれこそ猫のようなしぐさでゆうゆうと空いていた椅子に腰掛けた。
「何の用かしら? 出撃前だし、なるべく端的に済ませてもらえるとありがたいんだけど」
すると、ルルーシュはその宝石みたいに綺麗な瞳をカレンに向けて、そして告げた。
「ライの事だ」
「!」
カレンの瞳が大きく見開かれた。
○
「領事館に黒の騎士団がいない!?」
ロイが執務椅子から立ち上がりながら聞き返すと、携帯電話の先のジノは、いつもより低い声で『ああ』と答えた。
『今、確認したんだが領事館の中には黒の騎士団はいない。ここの責任者の話では昨夜の内に黙って出て行ったそうだ』
黒の騎士団が領事館から消えた。その事実が意味するものは一つしかなかった。
ロイは己の中に巻き起こった小さな焦りを、これまた小さな息と共に吐き出す。
とにかく、少しでも早く気分を落ち着けるよう努めた。
行動は焦ってもいい。ただし思考まで焦らせるとロクな事にならない。それをロイはよく分かっていた。
「そうか、ここにきて黒の騎士団が動いたとなると……」
『どっちだと思う?』
ジノが尋ねたのは、黒の騎士団がナナリー総督を狙うとしたら、空港か、それともそれ以外かという事だ。
ロイは、少し視線を下げて考え込んだ後、
「今の状況では判断しかねる。ただ黒の騎士団が空港ではなく空で大アヴァロンを襲うのなら――」
『ポイントT-2031だろうな』
ジノ達もすでに空で黒の騎士団が大アヴァロンを襲うをしたら。という話し合いをしていたのか、彼はロイが予想していたのと同じポイントをサラリと言った。
『すでにスザクが大アヴァロンに連絡して、進路を変更してもらっている。そんで……』
「分かった。今エリア11には空中戦ができるKMFは僕たちの機体しかない。空港の事はここの駐留軍に任せて、僕たちラウンズは――」
『出撃だな。ポイントT-2031で奴らがのんびり待ち伏せをしていたら、やってくるのは自分たちラウンズ部隊ってことだ。じゃあ、こっちはこのまま格納庫に向かう』
「ああ。また後で」
そして、ロイは電話を切った。
携帯電話を懐にしまうと、ロイはすぐに執務机の上にある通信機に手を伸ばした。先ほど、T-2031に偵察機を飛ばすよう指示した部署に連絡を入れると、すぐに女性のオペレーターが応答した。
「私だ。先ほど飛ばした偵察機からの連絡は」
オペレーターの返事はすぐだった。
『偵察機は指示されたエリアに到着し、現在索敵中です。今のところ、不審な機影は確認できません』
「そうか……では引き続きエリアの捜索を。そこには黒の騎士団が向かっている可能性が高い。鳥一匹見逃さないつもりで探してくれ」
『イエス・マイ・ロード』
聞きなれた返答を最後に、ロイは受話器をあえてゆっくりと置いた。誰にであれ、自分が少しながらも焦っている事を知られたくないという心理が働いたからかもしれない。
「来るのか、ゼロ」
ロイは身をひるがえし、早足で政庁地下にある格納庫に向かった。