コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
『で、今から送るデータが、あなたが作ったナナリー総督警備案に対する私の考察ね』
エリア11の政庁にあるロイの執務室。それなりに高級な革張りの椅子に座りながら、ロイは目の前のパソコンに映る女性――モニカ・クルシェフスキーに頭を下げた。
「ありがとうございます」
『別にいいわよ、これぐらい』
と、応じてモニカは画面上でなにやら操作する。数秒後、ロイのパソコンにメールが届いた。
『どう?』
「はい、届きましたよクルシェフスキー卿」
『あら、いつもはモニカさん、って呼んでくれるのに』
そう言って、モニカはいたずらっぽくクスクスとほほ笑んだ。
「いえ、しかし僕は勤務中で……」
『勤務中でも何でも、今は私とあなた二人だけでしょ?』
「それも、そうですが……」
『アールストレイム卿にはいつもアーニャって言うのに。うん、決めた。これから二人っきりの時は、モニカさんって呼ばないと、私はあなたと喋りません』
「勘弁してくださいよクルシェフスキー卿……」
『喋りません』
そして、ついにツーンとそっぽを向かれてしまった。
ロイは、ため息を付いた。
「分かりましたモニカさん。でも、他に誰かいる時は勘弁してください」
『はい、そこまで我侭はいいませんよ』
そして、モニカはまた楽しそうにほほ笑んだ。
ロイは完全に遊ばれていると自覚しながらも、別段嫌な気持ちはしなかった。いや、むしろ心地よさを感じている自分に気付いて、ちょっと困惑した。
モニカ・クルシェフスキー。ナイトオブトゥエルブ。ロイの同僚。彼女は皇帝直属の護衛部隊であるロイヤルガードを統括する人物でもあり、要人警護というジャンルならばラウンズ内でもこの人の右に出る者はいない。
ロイはそのモニカに対して、スザク、ジノ、アーニャと共に作成したナナリー総督の空港到着時から政庁間における護衛計画を考察してもらえないかと頼んだ。
もともと、ロイ達と親しいモニカは快くオッケーし、そして彼女もラウンズとして忙しい身であるにも関わらずたった一日でこのように返事をくれた。
「それにしても本当にありがとうございますモニカさん。こんな急な話を引き受けていただいて」
ロイが改めてお礼を述べると、モニカは大きな瞳をパチクリとさせた。
『へっ? 急な話も何も、ただあなたたちが作った案を私が手直しするだけでしょ? 大げさよロイ君。休憩中にでもできる事だわ』
「手直し? 何か問題点でもありました?」
ロイが聞くと、モニカは口に指を置いて「う~ん」と少し悩んだ後、
『問題というか……あなたたち、もう少し人間を守るっていう事を認識した方がいいわよ』
「と、言うと?」
『あなたたちの計画書。確かに、空港を守るには適した内容だったわ。けど、ナナリー様を守るとしたら穴だらけとまではいかなくても、それに近い部分はあったわね』
「え? どこですか?」
『トイレ』
「……はっ?」
ロイは思わず声を高くして聞き返した。
『はっ? じゃないわよ。その点はどうなってるの? ナイトオブゼロ』
役職で呼ばれて、ロイは反射的に背筋を伸ばす。続けて、脳に整頓されている知識の棚から、ナナリー総督護衛計画についての情報を急いで引っ張り出す。
「トイレにつきましては大アヴァロンの中にあるもので問題ないかと。艦内ならセキュリティも万全ですし」
それに、艦内の事は自分たちの担当ではなく、その艦の責任者の問題である。
しかし、モニカはそのロイの答えが気に入らなかったらしく、不出来な生徒を諌める教師のような口調で、
『空港に到着して、総督が急にもよおしたらどうするの? その事は考えた? 想定してる? 空港はあなたたちの担当でしょ?』
「それは空港のトイレを使う場合の総督の安全の事ですか? それなら使わなければ済む話では? 予定では侍女が空港到着一五分前に、総督にその点を確認し、必要な際は船内のトイレを使用する事にもなってますし」
『ではキャンベル卿。ナナリー様が空港のトイレをご使用にならないとなぜ言い切れるの?』
「いや、それは……」
『もし、大アヴァロンのトイレが全部使えなくなったら? 特にナナリー様はお体が不自由だわ。大アヴァロン内に、バリアフリーのトイレは限られた数しかないわよね。それがもしなんらかのトラブルで壊れたら、空港到着後、施設内のトイレを使う可能性も否定できないのではなくて?』
ロイは、押し黙ってしまう。
『それだけじゃないわ。あなたたちの案の中でナナリー殿下がお通りになる空港やそれから政庁に到着するまでの予定ルートの護衛計画は良く練りこんであるけど、それ以外は全く考えてないじゃない。この場合、せめて空港ぐらいはナナリー様がどこに行く事になっても大丈夫なように考え直さなきゃ駄目よ。例えば、空港のルート上に爆弾を抱えたテロリストが急に現れたらどうするの?』
「射殺します。僕たちの決めたルートに割り込みなんてさせません」
『もしその犯人が持っている爆弾が、心臓が停止したら爆発するタイプだったら、あなたたちは全員死んだわね』
「うっ……」
ロイは口をつぐんだ。画面上のモニカはゆるやかに腕を組み、同僚への指導を続ける。
『そういう爆弾を持ったテロリストが現れたら当然ルートは変更する事になるわけでしょ? いい、ロイ君。最低でも安全なルートというのは施設内、そして施設外にそれぞれに三つは確保しておかなきゃ駄目。皇族の護衛っていうのはそういうものよ。細かい所にまで気を配るのが私たちの務め。あらゆる状況を予想し、それに対応できる策を練る。分かる?』
「……はい」
なんという認識の甘さだったのだろう。
ロイは、総督の護衛を施設や補給輸送の護衛と同じ視点で考えていた事に気付いて、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
人というのは不規則である。気まぐれである。無機質な物資や補給を運ぶのとはわけが違う。そんなものより多くの不測の事態が付きまとうのは護衛対象が生物である限り当然。そんなの少し考えればすぐに分かる事だったのに……。
ロイが猛省していると、
『っと、少し意地悪な事を言ってみました』
モニカはあっけらかんと言った。
「…………は?」
ロイが目の前の女性からの、あまりな言葉に対して思わず聞き返すと、モニカはまたクスクスとほほ笑んだ。
『普通。そんなところまで気は回らないわよね』
「えっと、あの、ええ!?」
モニカは『だって……』と前置きしてから、
『この計画書。良く出来ててほとんど私が言うことないんだもの。ロイ君、やっぱりあなた優秀よね。でも、私だって頼まれた以上、何かこういう所を直しなさい! とか、こうしなきゃ駄目よ! とかお姉さんっぽく言いたいもの……』
「いや、言いたいもの。とかちょっと拗ねた感じに言われても困るんですが……」
ロイが言うと、モニカは本当に拗ねたように口を尖らせた。
『大体、ロイ君も冷たいわ。長期任務からやっと本国に帰ってきたと思ったら、私にあいさつもせずにすぐにエリア11に行っちゃうし……エニアグラム卿やカリーヌ様とはお会いになったみたいなのに』
急に話が180度変わった。
「あの。その話と今の話と何の関係が? というかそれ以前に――」
あなたは僕が帰国していた時は、仕事で本国にいなかったじゃないですか……。とロイは言おうとしたが、『言い訳は聞きたくないの!』というモニカの言葉と、彼女がドン! と机を強く叩たたいた音に遮られてしまう。
「言い訳って。僕はそんなつもりは微塵も……」
『アールストレイム卿とはいつも一緒にいるし! それに今度エリア11にはあなたと仲の良いローマイヤまで行くんでしょ? 不公平よ! いっそ私も一年前エニアグラム卿がしたのと同じ手段でエリア11に行こうかしら! 行けばいいのかしら!? 行ってもいいかしら……』
と、あげくに言葉の最後で、彼女は『あっ、それいいかも』なんて呟きながら何やら考え込み始めた。
一年前。ノネットがこのエリア11に来ていたという事実はロイにとっては初耳で、少し驚いたのだが、今このときに限ってはそんな事はどうでも良かった。
なぜなら、モニカが本気でこっちに来る事を考えていると、本能的に悟ったからだ。
「待ってくださいクルシェフスキー卿。少し落ち着いてください……」
『……』
「クルシェフスキー卿?」
呼びかけるが返事はない。彼女は大きな瞳を少々とがらせて、しばらくこちらをまじまじと見つめた後、やがてボソッと言った。
『……モニカ』
ロイはハッとして、
「すみませんモニカさん」
即座に言い直した。だがモニカは、『もう、結構です』と告げると、表情を一変して、これ以上無い天使の笑みを浮かべた。
その天使の笑みに、ロイはかつて派遣された極寒の地である東ロシアで経験した以上の寒気を感じた。
『あなたたちの計画書は良くできてましたよ。さすがキャンベル卿、とても優秀ですね。私の言いたい事は送ったメールに添付しておきましたんで優秀なキャンベル卿の参考になれば幸いだわ。せいぜいみなさんと仲良くお仕事を楽しめばいいんじゃないですか? じゃあごきげんよう。以上、クルシェフスキー卿からでし、た!』
「ええ!? モニカさん何を怒って――」
そして、モニカがふん! と顔を背けた映像を最後に通信は途切れた。
ロイは通信画面の消えたパソコンをしばらく呆然と眺め、
「……僕は何かを踏み外したのだろうか」
と、冷たい汗を垂らしながら熟考してみる……がそんなもの全く分からない。
こういう時にジノがいれば何か適切なアドバイスをくれると思うのだが、現在ジノを初め、ロイ以外のエリア11にいるラウンズは、中華連邦の総領事館に匿われているゼロの身柄引き渡しを要求しに行っていて不在だった。
(仕方ない。とりあえず。あとでモニカさんには謝りのメールを送っておこう……)
といっても、一体全体何を謝ればいいのか全く分からないロイだった。